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旧作3-2  作者: 智枝 理子
Ⅳ.神聖王国編
86/149

95 アクセント

「デザートのショコラムースでございます」

 オランジュピールが練り込まれてるムースだ。

「美味しい」

「はい。とっても美味しいです」

「そういえば、アレクさんってご飯食べたのかな」

「今頃、近衛騎士と一緒に食べているんじゃないでしょうか」

 だから皆、居ないの?

「あの、邪魔じゃなかった?」

「アレクは今、行動を制限されている状態ですから。良い気晴らしになっていると思います」

 アレクさん、前みたいに王都には行けなさそうだよね。

 アレクさんがいつも使ってる書斎って、出かけたい時に窓からすぐに出られたけど、ここから王都に出るのは大変そうだ。

 ロザリーがどこか遠くを見るような眼をした後、俯く。

「アレクさん、そんなに元気ないの?」

「休みを満喫するのも悪くないと言っていましたが。毎日、同じ部屋で同じ人間としか顔を合わせない生活は、つまらないと思います」

 確かに、アレクさんって大人しくしてるイメージってあんまりないかも。

「リリー、口の端にショコラのムースが付いてます」

「えっ?どっち?」

 手を頬に伸ばそうとしたところで。

 急に後ろから体を羽交い絞めにされる。

「!」

 ロザリーが笑いだして、後ろから聞き慣れた笑い声も聞こえてきた。

 もーうっ。

「エルっ!」

 いきなり後ろから来るなんて、ひどい。

 顔についたショコラムースを口に入れる。

「ただいま」

「おかえりなさい」

 やること、終わったのかな。いつもの服に着替えてる。

 私の頭を撫でて、エルがロザリーと私の間に用意された椅子に座る。

「エルもショコラムースを食べますか?」

「甘いものは食べないんだよ」

 エルがライーザの用意したコーヒーを飲む。

「それは残念です。リリーの作る料理はとても美味しいのに」

「え?このショコラムース、リリーが作ったのか?」

「えっ?違うよ、私じゃないよ」

 ロザリーがくすくす笑って、エルが眉をしかめる。

 ムース、作ったら食べてくれるのかな。コーヒーのムースなら食べてくれるかもしれない。

「今、リリーが着てる服もロザリーが作ったのか?」

「はい。リリーは私の作った服を可愛く着てくれるので、作り甲斐があります」

「えっ?私、そんな……」

「リリーもロザリーの作った服は喜んで着るからな」

 喜んで着てるわけじゃなくって、でも、作ってくれるのは嬉しくないわけじゃなくって……。

「本当ですか?それなら嬉しいです」

「かっ、からかわないで」

 私、人に褒められるようなことは何もないのに。

「ちゃんと二人が一緒に居るところが見られて良かったです。実は喧嘩をしていたのではないかと思っていました」

「喧嘩?」

「なんで?」

「あまりにも二人が一緒に居るところを見かけなかったので」

 そう思われても仕方ないんだけど……。

「それに、リリーはエルが女装をしていることも知らなかったようですから」

「仕事の話はしないんだよ」

 仕事だったから教えてくれなかったんだ。

 そうだよね。話せないことばかりみたいだから。

「でも、これからは同僚ですから。仕事の話もしなくてはいけませんね」

 同僚?

『リリーはアレクから何も聞いてないんだよ』

『教えてあげないの?』

『隠すようなことは一つもないはずだが』

 でも、私の仕事とエルの仕事は同じじゃないし、エルと一緒に居られるだけで……。

「今回のマリーの仕事は、クエスタニアに大陸会議参加の承諾を取り付けて来ること。俺はその手伝いついでに、聖櫃と呼ばれるグランツシルト教の宝物が封印の棺かどうか調査に行くんだ」

 エルが私の方を見る。

 あれ?今の話し、私に?

「で。本物だった場合、関係者の了解と協力が得られれば、封印の棺の封印を解いて月の力で封印し直す予定だ」

「え?封印を解いちゃうの?」

「クエスタニアの棺は封印を解く条件がほぼ揃ってる。だから簡単に封印が解けないよう、俺が月の力で封印し直すんだ。封印魔法は必ず対になる力じゃないと解くことはできない。月の力で封印されたものは、太陽の力でなければ解くことはできないってわけだ」

『ちゃんとわかってるの?』

 封印魔法は、フェリシアを封印してた魔法で、レイリスが私の中にある力を封印するのに使った魔法だよね。

 アリシアはあまり知らないみたいだけど、エルも使えるのかな。

 なんだか難しそうな魔法。誰かの協力が必要?

「あの、関係者って?」

「魔法陣の管理人と、光の大精霊」

 封印の棺は魔法陣と対になってるんだっけ。

 あれっ?

「クエスタニアには光の大精霊が居るの?」

「確認は取れてないけど、居る可能性が高い。神聖王国クエスタニアは光の勇者の子孫を名乗る光の国だし、アレクもグラム湖を彷彿とさせる雰囲気があるって言ってたから」

「そうなんだ」

 確かに、魔王から解放されて以来、クエスタニアには光の国ってイメージがあるかも。神聖王国って言うぐらいだし。

「質問は終わりか?」

「えっと……。うん?」

 魔法のことは難しくてわからないし、私が手伝えることもそんなになさそうだよね。

「これから、クエスタニアとグランツシルト教に関する知識を勉強する予定。リリーも一緒に来て」

「私、ロザリーの護衛をしなくちゃ」

 今は誰も居ないから。

「私の護衛は必要ありません」

「でも……」

「外にグリフが居るから問題ないだろ」

 グリフが来てるんだ。

「ロザリー、連れて行って良いか?」

「もちろんです。リリーのお仕事はエルの護衛ですから。頑張ってくださいね」

「うん。ありがとう」

 初めての主命。しっかりしなくちゃ。

「リリーシア様、少しよろしいでしょうか」

「何?」

 アニエスがテーブルの上にバスケットを置く。

「こちらをお持ちください」

 バスケットに入っているのは可愛い紅茶缶。お菓子もいくつか入ってる。白い布はテーブルクロス?

「おそらく勉強は皇太子の棟で行うかと思います」

「どうして?」

「エルロック様は許可なく図書室に入ることはできませんから」

 ……それって、エルがものすごく散らかすから?

 エルの書斎も、王立図書館の書庫も凄かったよね。本は好きなはずなのに、どうしてあんな風に扱うんだろう。

「ベランダの隣にエミリーの部屋がございます。給湯設備の他にお菓子もございますから、ご自由にお持ちください」

「はい」

「ただし、作業の際には必ずこちらのエプロンをご着用くださいませ」

 バスケットの中に入ってる白い布ってエプロンだったんだ。

「はい」

 服を汚さないようにかな。

 ショコラティーヌを作った時にも借りたよね。


 ※


 エルと一緒に皇太子の棟に行くと、ローグが居るのが見える。

 ローグが本を用意してたんだ。

「必要な本はこちらに揃えました。足りないものがあったら私の部屋を探してください」

 エルが手近な本を取ってローグと話してるのを見ながら、脇にある部屋に入る。


 ここがエミリーの部屋だよね?

 入ってすぐのところに給湯設備。

 紅茶やコーヒーの豆が並んだ棚には、エルが好きなコーヒーのブレンドもちゃんとある。

 下にあるのがお菓子の入った場所かな。缶や包みがいくつか置いてある。

 それから、綺麗なティーセットやコーヒーカップ。アレクさんが使うものだから、きっと有名な職人さんが作ったものなんだろう。

 パーティションで区切られた奥がエミリーの部屋かな。ここから見える場所には机と本棚が見える。

 台所もそうだったけど、使いやすく綺麗に片付いていて素敵な場所だよね。

 バスケットからエプロンを出して身に着ける。後ろのリボンは……。

 丁度、脇にあった姿見を見ながら、リボンを結ぶ。

「イリス、どうかな」

『良いんじゃない?』

 やっぱり、エルみたいには上手くできないよね。

 紅茶、何が良いかな。

 バスケットの中から紅茶缶を二つ選んで、ベランダに行く。

「エル、ローグ、どっちの紅茶が良い?」

 声をかけると、二人が振り返る。

 邪魔しちゃったかな。

「私はどちらでも構いません」

「どっちでも良いよ」

 ……うーん。

「じゃあ、ベルガモット茶にするね」

 エミリーの部屋に戻ってお湯を沸かす。


 お茶の準備をしてベランダに行くと、エルが眼鏡をかけて、テーブル一杯に本を広げてる。

『この短時間に何があったんだろうね』

 本、さっきは綺麗に並んでたはずなんだけど。

「エル、お茶を置いて大丈夫?」

「あぁ」

 エルが本を端に追いやった結果、テーブルの端に積まれていた本が雪崩を起こして床に落ちる。

 トレイを置くスペースを確保すると、エルが視線を本に落とす。

―集中すると酷いんだよ。

―俺たちが来た時にはすでに酷い有様でさ。

―エルに本を片付けさせるなんてまず不可能だ。

 ここに置いて大丈夫かな。

 トレイを置くと、廊下に並ぶ部屋の一つからローグが本を持って出て来る。

「エルロックさん、これで良いですか?」

『こんなにあるのに、まだ持って来るの?』

 エルが顔を上げて、本を開く。

「あぁ、こういうの」

「こちらも使いますか?」

「置いておいて」

「わかりました。あちらのは片付けても良いですか?」

「置いておいて」

「わかりました」

 ローグが机に本を積んで、落ちていた本を拾ってテーブルの上に置く。

「エルって、いつもこんな感じなの?」

『いっつもよぉ』

「そうみたいですね」

『アレクですらエルには本棚を触らせないからな』

 それは、なんとなくわかるかも。

「こんなに本が必要なのかな」

「出典の示されていない一文が気になるらしいですね。書物の中には、正式に公表されている事実なのか、その時代では当たり前とされていた風習なのか、個人的な見解なのかわからないものも多いですから」

 そんなの、考えたこともないけどな。

「リリー」

 エルが空のカップを持って、揺らす。

「あっ、ごめん」

 紅茶のポットから、飲み頃になったベルガモット茶を注ぐと、エルが香りを嗅いでから口に含む。

「良い匂い」

 気に入ってくれたのかな。

 他のカップにも注いだところで、テーブルに空いている場所がないのに気付く。

 どこでお茶を飲もう?

「もう一つ、テーブルを出した方が良さそうですね」

 ローグが部屋の一つに入る。

 確か、さっき本を持って出て来た部屋と同じ部屋だよね。あそこがローグの部屋なのかな。

『マリユスが来た』

 皇太子の棟の入口を見ると、荷物を抱えたマリユスが入って来る。

「おかえりなさい」

「リリー。……と、エルロックさん?何やってるんですか?」

「勉強みたい」

「噂に聞いたことはあるけど、本当にすごいんだね」

 そんなに有名なことなんだ。

「マリユスもお茶を飲む?」

「これを片付けたら貰おうかな」

「手伝う?」

 たくさん持ってるけど。

「大丈夫だよ。主君に献上されたものを宝物塔に運ぶだけだから」

「え?それ全部、貰ったものなの?」

「お見舞いの品とお祝いの品。主君は今、アンシェラートを封じ込めるために力を使い、病に伏せっていることになってるからね」

 えっと……。本当は違うけど、そうなってるってことだよね。

「お祝いの方は、婚約祝い。正式なお披露目も出来ない状況だけど、祝い事だからね」

「そっか」

 良かった。二人をお祝いしてくれる人、たくさん居るんだ。


 ローグが持って来てくれたテーブルで、三人でお茶をする。

 エルにも声をかけたけど、完全に無視されてしまった。集中してる時は興味のない事には反応してくれないらしい。

「リリーは明日からクエスタニアに行くんだよね」

「うん」

「大丈夫?」

 私が黒髪だからかな。

「大丈夫だよ。きっと」

『この前みたいなことになっても誰も助けてくれないからね』

 それって、シリルさんに助けてもらった時のこと?

「えっと……。もめ事は起こさないように頑張るよ」

『本当かなぁ』

「エルロックさんから旅程は聞いていますか?」

「旅程?」

「聞いてないの?」

「明日の朝、魔法部隊宿舎のロビーに集合し、転移の魔法陣を使ってクエスタニアに移動します。転移先はイレーヌ様の仲間が管理する場所ですので、途中までイレーヌ様にも同行して頂きます。その後、ルサミの村まで移動して一泊し、馬車で王都を目指します」

「王都でマリーの仕事を手伝うんだよね?」

「はい。リリー、エルロックさん、マリアンヌ様ともう一人、騎士が同行する予定です」

「四人で行くの?」

「私も途中まで同行しますが、別の任務があります」

「そっか」

「くれぐれも、エルロックさんを一人にしないで下さいね」

「うん。頑張るよ」

「ローグ。ちょっとこれ」

 エルに呼ばれて、ローグが席を立つ。

「この一文は間違ってますね。正しくは……」

『ライーザだ』

 振り返って皇太子の棟の入口の方を見ると、衣装をたくさん抱えたライーザが入って来るのが見える。

 そして、そのままエルの部屋に入って行った。

「良くライーザが来たのに気づいたね」

「闇の精霊が教えてくれたんだ」

「闇の精霊?」

『マリユスは精霊に関する知識はないみたいだよね』

「闇の精霊は人の気配に敏感なんだ。知ってる人なら、すぐにわかるみたい」

「それって、尾行にもすぐに気づけるってこと?」

『精霊は基本的に警戒などしない』

『エルは、すぐ危ない目に合うからぁ、メラニーが教えてるのよぉ』

 そうなんだ。でも、メラニーが心配するのもわかるよね。

「基本的に、そこまで警戒する精霊って居ないみたいだよ」

「特別な精霊も居るってこと?」

「特別って言うか……。人と精霊って、すごく信頼関係が大切なんだって。エルは自分の精霊をとても大事にしていて、エルの精霊は皆エルのことが大好きで、エルのことを守りたいんだ。だから教えてくれるんだと思う」

「なんだか人間みたいだね。精霊は神に等しい自然な存在なのに」

『精霊の存在を見ることも感じることもできない人にとっては、ボクらは空気と変わらないんだろうね』

「そんなことないよ。精霊ってすごく身近にいて、私たちのことを守ってくれてる。人が好きで、ちゃんと言葉も気持ちも理解してくれるし、感情を持ってるんだよ」

「そうなの?……意外だな。もっといろんなものを超越した存在だと思ってたのに。それじゃあ、魔法使いにとって、精霊ってペットみたいなものなの?」

『ペットぉ?』

『失礼ね』

『ペットって?』

『人間が飼いならす動物だ』

『オイラたちは生き物じゃないけどねー』

「あの、あんまり怒らないで」

「え?」

『精霊の存在を感じ取れない人間の言葉を真に受けてどうする』

『でもぉ』

「あっ。……すみません。見えないけど、いらっしゃるんですよね。精霊の加護にはいつも感謝しています。その、思った以上に身近な存在だったことに驚いていて」

『神さまと同列に考えてた精霊が、こんな風に喋ってるって知ったら、びっくりするよね』

「大丈夫だよ。精霊は皆、優しいから」

「リリーやエルロックさんにとって、精霊は友人なんだね」

「うん。友達とか家族とか、そんな感じだよ」

「リリーシア様、少しお時間を頂いてもよろしいでしょうか」

「ライーザ」

 さっきよりも荷物の減ったライーザが傍に来る。

「騎士の正装をお持ちいたしました。衣装合わせにお付き合い願えますか?」

「うん。わかった」

 ほかの服は、エルのだったのかな。

「僕はそろそろ戻るよ。リリー、色々教えてくれてありがとう。クエスタニアには気を付けて行ってね」

「ありがとう、マリユス」


 ※


 ライーザの部屋で騎士の正装の最終調整をする。見た目はかっちりしてるのに、着心地が良くて、動き回るのにも向いてる服だ。

 マリーはクエスタニアの王様と謁見する予定だから、その時に着なくちゃいけないらしい。一着しかないから、汚さないように気を付けなくちゃ。

 エルが勉強している横で、ローグから騎士について教えてもらって。三人で夕食を食べて、明日の準備をするために部屋に戻る。

「明日って何を着て行けば良いかな」

「楽な服で良いよ。鎧は持って行かなくて良いからな」

「わかった」

 いつもの服で良いのかな。

「騎士の正装と、官位章、身分証は忘れずに」

「うん」

 騎士の正装はもうしまってある。

 官位章と身分証は肌身離さず持ち歩くように、ローグからも言われた。

「それから、撫子のマントはずっと着けてること」

「目立たないかな」

 ピンクのマントの人なんて見たことがないけど。

「どうせ黒髪ってだけで目立つんだから一緒だ」

 クエスタニアって、ラングリオンみたいに全然、黒髪の人が居ないのかな。

 あれ?

「エル、その服を持って行くの?」

 ライーザが用意した服だと思うんだけど、なんだかひらひらした服ばかり。

 これって……。

「俺はメディシノに化けていく予定だからな」

「変装するってこと?」

「そうだよ」

 エルが黒髪の鬘を被る。

 ロザリーと同じ、黒髪に紅の瞳のメディシノ。

「それなら、これを持っていた方が良いのかな」

 ロザリーから預かったもの。

「それ、ロザリーの?」

「お守りにって、ロザリーから借りてるんだ。私が剣花の紋章を持っているなら、エルに渡しても良いって約束なんだけど……」

「剣花の紋章はリリーが持ってて」

「良いの?」

「まだアレクとの約束が終わってないからな」

 約束?

 私が持ってる期間って決まってるのかな。

「じゃあ、エルに預けておくね」

 ロザリーの短刀をエルに渡す。

 どうか、エルを守ってくれますように。

 そうだ。

「それからね、ヴィエルジュがクエスタニアでも助けてくれるって」

「ヴィエルジュが?」

「剣花の紋章を持っていれば、大陸中、どこに居ても来てくれるんだって。でも、クエスタニアだと探しにくいから、一度、どこかで呼び出した方が良いみたいなんだけど」

 どこか良い場所はあるかな。

「転移先は森だし、ヴィエルジュを呼び出しても大丈夫だと……」

 イレーヌさんの仲間が管理してるところって森なんだ。

「明日の予定って話したか?」

「さっきローグから聞いたから大丈夫だよ」

「同行者の話しも?」

「四人で行くんだよね?」

 エル、マリー、私と、騎士がもう一人。

「ヴィエルジュといつ話をしたんだ?」

「ロザリーと食事中ずっと、ベランダに居たよ」

「居たのか」

 気づかなかったのかな。

 でも、喋ってる時ですらほとんど動かないから、お人形みたいだよね。

「封印の棺についてどれぐらい知ってる?」

「神の力が封印されてるんだよね?」

 あの、斑の光。

「神の力については?」

「あの人が持ってる力で、私が持ってる力で、もともと本当の神さまのもので……」

「本当の神?」

「ヴィエルジュが言ってたよ。あれは、あの人が神さまから奪った力なんだって」

「神から……」

 奪ったってことは、あの人、神さまと戦ったのかな。

「でも、今は神さまが地上に居なくて、その力を返す方法がないから、封印の棺に封印するしかなかったんだって」

 神さまが地上に居ない理由。

 アンシェラートを封印する為に、全ての神は地下に潜ったって勉強したけれど。

 あの人と戦って力を奪われた神さまも、あの人から力を取り戻すことなく、地下に戻ったのかな。それとも……?

「ねぇ、エル。神さまに力を返す方法ってないのかな」

 エルが口元に手を当てて何か考えてる。

「聞いてる?」

 エルが私を見る。

 ……こっち、向いてくれた。

「あいつは、生まれながらにしてリンの力を持っている人間だ」

「リンの力?」

「そう」

 境界の神にして、剣の神の力。

「あいつはリンによって卵から孵されたクレアに違いない。リンの力が宿る剣は精霊の力を宿すことが出来るだろ?つまり、あいつは神から神の力を奪える人間だったってことだ」

 卵を孵すのって、精霊だけじゃなく神さまもするんだ。

「あの人ってクレアなの?」

「あいつは自分がブラッドの生みの親って言ってたんだ。それまでブラッドは存在していない。つまり、元クレアってわけだ」

 じゃあ、あの人はエレインやイレーヌさんみたいに、緑の髪だったのかな。

 瞳の色も紅色じゃなくて茶色だった?

 血の色が透明から赤に変わっちゃうぐらいだから、変わっちゃうのかもしれないけど。

「どうして、あの人は神の力を奪ったのかな」

 自分を生んでくれた存在と敵対するなんて。

 ……そういえば、あの人って名もなき王だよね。

 あれは、王様が身分と素性を隠して旅をするお話しだ。

 彼は世界を巡って、自分の知識を一人一人に教えて歩く。

 人々に危険が迫れば、知恵と勇気を駆使して戦う。

 それが自分の役目だから。

 でも……。

 思わず欠伸が出て目をこすると、エルがくすくす笑う。

「今日はもう休むか」

「明日の準備、ちゃんと出来てるかな」

「どうせすぐに帰って来るから、大したものは要らないよ」

 エルが黒髪の鬘を外す。

「旅の間は俺のことはクロエって呼んでくれ。俺もリリーのことはリリーシア様って呼ぶよ」

「えっ?」

 リリーシア様?

「リリーじゃだめ?」

「皇太子近衛騎士は貴族だぞ。身分が上の人間を呼び捨てに出来るわけないだろ」

 それは、ローグからも聞いたことだけど。

「マリーもアレクさんも愛称で呼んでって言うよ」

「公式な場での呼び方は別だ」

「そうだけど……」

 一緒に旅するのに、他人みたいにしなくちゃいけないなんて。

「では、この声の時だけリリー様とお呼びすることにしましょう」

「あっ。その声、聞いたことがある」

 私とリックさんの間に入った女の人の声と全く同じ。

 高い声と丁寧な口調。

 どうやって出してるのかな。

「これで可愛い服着たら、本当に女の人みたいになっちゃう」

 ただでさえ、こんなに綺麗な顔の人なんて居ないのに。

 エルの頬に触れる。

「でも、もう間違えないよ」

「間違えない?」

「どんな姿でも、どんな声でも、絶対エルを見つけるから」

 この輪郭もすべて、覚えてるから。

 急に、エルが私を抱きしめる。

「エル?」

 いつも通りのエルのぬくもりと、鼓動。

 私の大好きな腕の中。

 一番落ち着く場所。

 


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