94 だれのもの
「えっと……。合ってる?」
マリユスとローグが顔を見合わせる。
「正解」
「最短ルートでしたね」
「本当?やったぁ!」
ちゃんと来れた!
『リリーのことだから、自分でもどうやって来たかわかってないパターンだよね』
どこをどう歩いたかなんて覚えてない。
クロエさんに会いたいなって思ってただけなんだけど。
歩いて行った廊下の先に、見知った近衛騎士が並んでる。
「おかえり、リリー」
「ただいま。シール、ツァレンさん」
「そりゃないんじゃないか?リリー」
「あっ。ごめんなさい。ツァレン」
「お疲れ様」
早く慣れなくちゃ。
「クロエさんは居ますか?」
「さて。どうだろうな」
「え?もう居なくなっちゃったの?」
「心配しなくても、会えるのは確かだ」
えっと……?
「リリー。近衛騎士は主君の部屋に自由に出入りできます。ノックをしてから、戻りましたと言って入室してください」
「はい」
ノックをして、扉を開く。
「戻りました」
「……え?」
声を上げた、目の前に居た人と目が合う。
「え?」
ストレートの金髪に碧眼。メイド服のすっごく美人な人。
「戻りました」
「戻りました」
後ろで、ローグとマリユスが同じように挨拶をして部屋に入った音が聞こえる。
「おかえり、皆」
「おかえりじゃないだろ。あれは何の真似だ」
アレクさんの目の前に居る、見慣れた金色の光を放つ、その顔。
その、声。
ここまではっきり会ったら、見間違えようがない。
「エル?」
「リリーシア、自己紹介を」
「えっ?」
自己紹介は……。
「はい。皇太子近衛騎士、撫子のリリーシアです」
「は?」
あっ。
エルにはまだ何の説明もしてないんだ。
「彼女は今日、陛下から名誉騎士の叙勲を賜り、剣術大会優勝者の願いを叶えて皇太子近衛騎士になったんだよ」
エルが頭を抱えてる。
「あの、みんな知ってたの?」
後ろに居る二人の方に振り返る。
「該当する方がほかに居ませんから」
「僕は初めて見たよ。女装って言うか……。本当に、女性にしか見えないね」
いつも瞳の色を変えてるところしか見てなかったけど。
これがエルの本当の変装なんだ。
どうしよう。
すごく綺麗だし、可愛いメイド服も似合ってて違和感がない。
「さっきの賭けは覚えているね」
賭け?
視線を戻すと、アレクさんの言葉にエルがため息を吐く。
確か、前も賭けをしてたよね?エルが負けたのかな。
「あの……。大丈夫?エル」
「リリーシア。最初の主命だよ。明日からエルと一緒にクエスタニアに行くこと。目的はエルの護衛。やってくれるね」
「はい!任せて下さい!」
やった!
エルと一緒に行けるんだ!
「ローグ、ちょっと来い」
え?
「良いよ」
「御意」
「あの、私も、」
「リリーシアは、これからロザリーとランチだね」
エルはあの恰好で別の仕事がある?
「アレク、リリーはやらないからな」
「それは私に向けて言う言葉かい」
エルが私の傍に来る。
「アレクが何と言おうと、リリーは俺のものだから」
「……はい」
そんなくらくらするようなこと、この場で言わないで。
倒れそう。
『大丈夫?リリー』
「うん……」
エルとローグが部屋を出て行く。
「紹介が遅れてしまったけれど、あの子がクロエだよ」
エルが、クロエ。
「クロエさんが男の人だったなんて思わなかったです」
アレクさんが笑う。
「そうだね。ばれてしまっては、変装の意味がないからね」
私、どうして気づけなかったんだろう。
『何?落ち込んでるの?』
「リックさんと戦った時に会ったのがエルだなんて思わなかったし、剣術大会だってレイリスだってわからなかったから……」
「君の瞳に映る情報は私たちよりも多いからね。エルがそれを利用して君の眼をくらませようとしたのは確かだよ」
それは、自分でもわかってるんだけど。エルは金色の光を持ってるから絶対に見間違えないって。そのせいで、すぐに気づけなかったんだって。
それでも。
「逆に、剣術だけでレクスの正体がエルだと見破ったことの方が素晴らしいと思うよ。それは君以外には難しい事だったんじゃないかな」
……そうかな。
「アレクさんでも難しいですか?」
「想像に任せるよ」
絶対、わかるよね。
「ライーザ、リリーシアの支度を手伝ってあげてくれるかい」
「かしこまりました」
「支度?」
「ロザリーが作った服があるんだよ」
「えっ?」
それって、きっとものすごく可愛い服だよね?
「あの、私、騎士になったんですよね?」
「もちろん」
騎士の服からそれに着替える理由って……?
「食事の準備が整うまでにお召し代えをいたしましょう。こちらへどうぞ」
ライーザに腕を引かれて、隣の部屋に行く。
※
可愛い。
紺色の生地で、白い糸で猫の刺繍の入ったワンピース。
あったかくて、相変わらず着心地も良い。
ロザリーって本当に色んな服が作れるよね。
「良くお似合いですよ」
「どうして着替えが必要だったの?」
「ランチの御時間ですから」
……関係ある?
「あれ?」
ライーザと一緒にさっきの部屋に戻ると、ロザリーとアニエスしか居ない。
「他の人は?」
アレクさんも、マリユスもエミリーも居ない。
「アレクは出かけました。ツァレンとシールも一緒に連れて行ったみたいです」
「リリーシア様は、皆様がお戻りになるまで、ロザリー様とお過ごしください」
えっと……。ロザリーの護衛をすれば良いのかな。
「はい」
「お食事はバルコニーに御用意いたしました。どうぞ」
案内されて、外に出る。
あ。
「ヴィエルジュ」
ヴィエルジュの大樹が、触れられるほど近い位置に生えてる。
―では、この世界とレイリスを守る為にも、私はしばしお前の守護を請け負うことにしよう。
そっか。アレクさんを守る為にここに居るんだ。
空は相変わらず真っ暗だけど、大樹の葉は生き生きとして濃い緑色だ。なんだか空気まで気持ち良い。
『あ。これって……』
目の前の幹が急に膨らんで、ヴィエルジュが顔を出す。
「何か用か?」
「え?」
『リリーが呼んだから来ちゃったみたいだね』
「えっと……」
どうしよう。特に用事はないんだけど。
「ヴィエルジュ様。ランチを御一緒にいかがですか?」
『えぇ?何言ってるの、ロザリー』
ルキア。
「私を人間と一緒にしてもらっては困る。食事とは生き物が行うものだろう」
「それもそうですね」
むしろ、人間は植物を食べる?
『相変わらず、ずれてるんだからぁ』
「どうぞ」
ライーザに椅子を引いてもらって、ロザリーの向かいに座る。
「アレクシスはどうした」
「出かけています」
「人間は大人しくして居られない生き物だな」
『ヴィエルジュだって、あちこちに顔出してるみたいだけど』
「大樹は私の体。お前たちの手に瞳が移動しているようだものだ」
手に、瞳?
「じゃあ、耳はどこにでもついてるってこと?」
「呼びかけに応える人間は決めている」
『そういうのって、食事の前にする話しかしらねぇ』
「あっ、ごめん……」
「それでは、いただきましょうか」
「うん。いただきます」
テーブルの中央に置かれたバスケットの中にはパンがあって、フレッシュなサラダだとかも並んでる。
目の前に食事が並んでるのを見ると、お腹が空いていたのを思い出す。
「ブロッコリーのポタージュでございます」
湯気が立ち上る緑色のポタージュが運ばれる。
優しい香り。
スプーンですくって食べていると、ライーザが平皿にバゲットやハム、じゃがいもを乗せて、大きなチーズを持って来る。
「それは?」
「ラクレットチーズでございます」
とろとろに溶けたチーズが、さっきのお皿の食べ物の上にかかる。
「わぁ」
美味しそう。
「どうぞ、お召し上がりください」
「ありがとう」
あつあつのチーズがかかったパンはすごく美味しい。じゃがいもにチーズの組み合わせは、エルに作ってもらったグラタンを思い出すな。
「リリーは、明日からエルとクエスタニアに行くのですよね?」
「うん」
「不安ではないですか?」
「どうして?」
『どうしてって……。あなた、怖くないの?』
「あの国は、黒髪に対して大きな差別を行う国です」
そういえば、神聖王国の人たちは黒髪の人に攻撃的なんだっけ。
「大丈夫だよ。エルも一緒だし」
「リリーは、エルが何をしに行くか知っているのですか?」
そういえば、何しに行くんだろう?
マリーと一緒に行くってことしか聞いてないけど。
『エルからは何も聞いてないよね』
『暢気ねぇ』
「アレクの話しでは、クエスタニアには封印の棺があるかもしれないらしいです」
「封印の棺って、あの人の力が封印されてる棺?」
「違う。神の力が封印されている棺だ」
ヴィエルジュ。
「何が違うの?」
棺に入ってるのは神の力で、あの人は神さまみたいな存在のはず?
「あれは、もともとあの男の力ではない」
「そうなの?」
「あれは、あの男が奪った力。本来の持ち主に還元する方法が失われた為に、棺に封印するしかなかったものだ」
「もともと誰のだったんですか?」
「神の力は、神のものに決まっているだろう」
「えっ?神さまのもの?」
「まぁ」
「そうだ。神は今、地上に存在しない。それ故に、あいつから神の力を取り出したとしても還元する方法はない」
でも、神の力って精霊の色と同じだったよね?
「精霊に還元することはできないの?」
「不可能だ。神の力とは精霊を越えるもの。それ故に、精霊は神と、神の力を持つ者に逆らうことはできない」
―精霊は神に逆らえない。
そういえば、レイリスも言ってたっけ。
アレクさんとレイリスの契約解除の方法だって、私に封印されている神の力を使うことだったんだから。
「あの男に対抗出来るのは人間だけだ」
人間だけ……。
―精霊が殺してはいけないのが人間だけだからだ。
「それは、精霊が殺してはいけないのが人間だけっていうのと、同じ意味?」
「そうだ。ブラッドはあの男の眷属。その赤い血に神の力を受け継ぐ存在。精霊はブラッドを殺すことはできない」
『なんだか、これだけ聞くと、精霊と人間って本当に敵対してるようにしか聞こえないよね』
『そうだけどぉ』
「精霊と人間は仲良く暮らしてるよ」
「封印の棺に神の力を封印したのは、人間だけでやったことではない。精霊と人間が協力して行ったことだ。その結果が今だろう」
そうだよね。
精霊と人間は敵対なんてしてない。
「この世界は最早、神を必要とはしていない」
あれ?
「あの男がもう一度世界に災いを招こうとしているならば、それを止めるのが私の役目だ」
表情が変わった?
今までずっと同じ顔だったのに。
御使いにも表情があるんだ。
『だから、初代国王にエイルリオンを渡したの?』
「地上に繋ぎとめられた私が出来ることは、地上を守る事だけ。戦いは人間に任せるしかない」
「エイルリオンを創ったのはヴィエルジュなの?」
「違う。あれは私が保管していただけだ。……あの剣にどんな効果があるのかは私も知らない。しかし、エイルリオンとジュレイドは、かつて、あの男から神の力を引き抜くのに使われたもの。あの男に対抗できる剣だ」
「ジュレイド?」
「エルロックが引き抜いたエイルリオンの中身だ。慈悲の剣と呼ばれていたか」
「アレクもその名は知らないんじゃないでしょうか」
「歴代の王にも聞かれた覚えはないな」
ジュレイドってどういう意味なんだろう。
ひとつの単語ではなさそうだよね。
ジュ・レイド?ジュレ・イド?どこの言葉かな……。
『ジュレイドって、エイルリオンと全く同じ性能なの?』
「私はどちらも癒しの剣だと思っていたが。エイルリオンは、世界の加護を受ける剣、ジュレイドは、本来あるべき姿に戻す剣らしい。かつて剣を与えた者はそう言っていた」
本来あるべき姿に戻す剣……。
それがあの人に効果があるってことは、あの人はかなり無理してる状態なのかな。
「剣には不思議な力があるのですね。……リリー、クエスタニアへは、これを持って行ってください」
ロザリーが短刀を出す。
これ、前にアヤスギさんに鑑定してもらったロザリーの短刀だ。
「私を千年間守ってくれたお守りです。きっと、リリーのことも守ってくれるはずです」
お守り……。
「あの、お守りなら、エルに預けても良い?」
「何故ですか?」
「エルって、危ないことに巻き込まれやすくって。何度も死にかけてると思う」
「アレクもそんなことを言っていた気がします。けれど、エルのことはリリーが守るのでは?」
「そうなんだけど……」
『自信ないの?』
エルが、ずっと私と一緒に居てくれる保証がないから……。
「呼べば、リリーシアのことは私が助けてやるぞ」
「え?ヴィエルジュって、クエスタニアにも行けるの?」
「この大陸は、私の力が強く及ぶ場所。木々を生やすことのできる土地ならば、どこにでも行くことは可能だ。請われれば助けに行ってやろう」
『すごいね』
大陸ってことは……。
「グラシアルにも行ける?」
「可能だ。寒い国は苦手だが」
「ヴィエルジュ様は、グラム湖を拠点にされているのではないのですか?」
グラム湖はラングリオンの聖地だ。
「あの場所は私の御使いの保管場所であり、アークトゥルスとの契約を行った契約の地。この辺りならば間をおかずにいつでも助けに行けるぞ」
『ってことは、クエスタニアなら、ちょっと時間がかかるってこと?』
「呼ばれてすぐには行けないだろう」
「リリー、封印の棺があるなら、ヴェラチュールがまた現れるかもしれません。ヴィエルジュ様の助力が必要だと思います」
「そっか」
『クエスタニアに行ったら、どこかで一度呼び出しておいた方が良いのかもね』
「うん」
剣花の紋章があれば来てくれるから。
「あっ。でも、剣花の紋章って返さなくても良いのかな」
「もともとエルが持っていたものです。一緒に行くのならば、どちらが持っていても一緒では?」
そういえば、もともとエルがフラーダリーの形見で持ってたものだよね。
だったら、これはエルに渡して良いのかな。
「では、こうしましょう。リリーシアが剣花の紋章を持っているのなら、私のお守りはエルに預けても構いません」
「うん。ありがとう」
ロザリーから短刀を受け取る。
武器として使うことはないだろうけど、大事に持ってよう。




