93 そして現在地
今までと雰囲気の違う場所に出る。
お城は全体的に質実剛健という感じなのだけど、この辺りは華やかな感じ。
「リリーシア様。お待ちしておりました」
メイドさん?
「私たちはここで待っています」
「リリー、その大剣は預かるよ」
「え?」
「王妃様の御部屋に入るのに、その武装は失礼だからね」
そっか。ここが王妃様の部屋なんだ。
「お願い」
リュヌリアンを下ろして、マリユスに渡す。
「リリー、部屋に入ったらまず、自己紹介をしてくださいね」
「はい」
「では、リリーシア様。どうぞこちらへ」
案内されて、部屋の中に入る。
良い香りがする部屋だ。
装飾の多い部屋だけど、居心地が悪い感じはそんなにしないよね。
「ようこそ、リリーシア様」
「お招きありがとうございます、王妃様。皇太子近衛騎士、撫子のリリーシアです」
丁寧におじぎをする。
「撫子。そうね。可愛らしい色があなたに似合うでしょうね」
「ありがとうございます」
「私の自己紹介もまだでしたね。ラングリオンの国王妃、マリアンヌと申します」
「マリアンヌ様?」
あれ?それって、マリーと同じ名前?
「ふふふ。驚いた?あなたの御友人のマリアンヌと同じ名前なのよ」
『そういえば、国王陛下はマリアって呼んでたよね』
ラングリオンではメジャーな名前なのかな。
『薔薇を渡したら?』
「あの、これをどうぞ」
薔薇の庭で摘みたての薔薇。
赤色はなんだか選べなくて、白とピンクになってしまった。
「まぁ、素敵。さっそく花瓶に活けておきましょう」
「御預かり致します」
謁見の間でも会った侍女に薔薇を渡す。
「どうぞ、御掛けになって」
「はい」
メイドさんに椅子を引いてもらって王妃様の向かいに座ると、もう一人のメイドさんがテーブルに用意されていたカップに紅茶を注ぐ。
「グラシアルの方は紅茶を好まれると聞いたのだけど。どうかしら」
この香り。ポリーズの紅茶だ。
「はい。すごく素敵な香りです」
あったかい。
「何故、アレクの近衛騎士を目指したのか伺っても良いかしら」
「えっ?その……」
どうしよう。
『言うの?』
エルと一緒に居たいから、なんて言えないよね。
理由……。えっと……。
王妃様が笑う。
「良いのよ。貴方は異国の方だから、きっとラングリオンの古い話しは知らないものね」
「古い話し?」
『敬語!』
「……ですか?」
王妃様がまた笑う。
「すみません」
「楽にして構わないわ。ここは公式の場ではないもの」
『公式の場じゃないって言っても、相手は王妃様なんだから。気を抜かないでよ』
わかってるんだけど。
「あの、古い話しって何ですか?」
「剣術大会で優勝し、皇太子近衛騎士を願った女性は、過去にも居るのよ。剣術大会史上一番有名な願いね」
あれ?それって……。
―剣術大会っていうのはなんでも願いを叶えてもらえる分、変わった願いが多くてな。……その中でも最も有名な願いがあるんだけど。
―大会の歴史の中でも、最も有名な願いをリリーシアが言うんだよ。盛り上がりそうじゃないか。
アルベールさんもアレクさんも言ってたし、みんな知ってるみたいだったよね。
……エルも、知ってる?
「彼女は、当時の皇太子と恋人同士だったの」
「え?」
「彼女はその願いを出すことで、皇太子の従騎士となり、恋人の傍に居る方法を作ったのよ」
その話しはアレクさんからも聞いたよね。
従騎士は、ずっと一緒に居なきゃいけないって。
「そして、彼女はやがて、皇太子近衛騎士と皇太子妃を兼任する女性になったわ」
「皇太子妃……?」
『だから、エルがあんなに怒ったんだ』
全然知らなかった。
……エル、ごめんなさい。
「既婚の貴方がアレクとの結婚を願ったりはしないと思っていたけれど。アレクは貴方のことを気に入っているようだから、貴方が来てくれて、さぞや喜んでいることでしょう」
私、どうして気に入られてるのかな。
「ところで、貴方はアレクとロザリーの馴れ初めのお話しを聞いたことはあるかしら」
「えっ?」
『ちょっと、余計なこと言っちゃだめだよ!』
「御存知のようね」
「いえっ。知らないです」
『もう少し、まともに嘘吐けないの?』
だって……。
「ふふふ。良いのよ。私も、二人がそんなに昔から縁があったなんて知らなかったもの」
アレクさん、そんなに昔からロザリーの棺を持ってたの?
「あの、アレクさんから聞いたんですか?」
「王弟殿下から伺ったのよ」
王弟殿下って……。ロザリーを養女にしたヌサカン子爵だよね。
「幼い頃からグリフと仲が良いことは知っていましたが。そこにもう一人、仲の良い女の子がいたなんて、全く知らなかったわ」
えっと……?
「婚約の話しが上がる度に城を抜け出していたのも、彼女への想いが断てなかったからなんて。可愛いと思わない?そんなに一途に想いを寄せていた女性の存在を今日まで知らなかったのが残念でならないわ」
『どういうこと?』
「王弟殿下も、ロザリーが御自分と吸血鬼種の間に生まれた隠し子であったことは公表されるそうね」
「隠し子……?養子じゃ?」
「ラングリオンの法律上、生まれた直後に認知しない子供は養子になってしまうの。容姿の問題さえなければ、王弟殿下がロザリーを世間から隠すこともなかったでしょうし、アレクとロザリーも遠回りせずに結ばれていたのでしょうね」
『なんか、ボクらが知ってるのとは全然違う話しになってるみたいだね』
うーん……。
でも、素敵なお話しだよね。
周囲に反対されながらも、幼い頃からの純愛を貫き通して結ばれるなんて。
やっぱり、アレクさんとロザリーって物語の王子様とお姫様みたい。
「私の話しばかりで申し訳ないわね。何か、聞きたいことはあるかしら」
王妃様に聞きたいこと……。
さっき、ローグとマリユスと一緒に会議室に行って思った事。
「王妃様は、黒髪の人のことをどう思いますか?」
『そんなこと聞いて良いの?』
「あの、失礼な質問だったらすみません」
「良いのよ。……そうね。貴方の周りには、貴方を大切にしてくれる人がたくさん居るものね。世間で聞くほど差別を受けた感覚がないのが不思議なのでしょう」
私のこと、そんなに知ってるの?
王妃様が私の髪に触れる。
「強くてしなやかな髪ね。とても美しいと思うわ」
王妃様は嫌いじゃないのかな。
「けれど、ブラッドアイは苦手ね。あの血のような瞳は見慣れないわ」
血のような瞳……。
「王妃として、差別を推奨する発言は公の場ではしないわ。アレクの母として、あの子が選んだ女性を否定したりもしません。けれど、貴方が聞きたいのは私の個人的な意見なのでしょう」
「……はい」
ロザリーが言うような差別を私は知らない。
王都の人はみんな、私に優しかったから。
「まず、吸血鬼種と黒髪の人間は分けて考えた方が良いわね。商船の増加によって、海を渡った異国からの旅人も増えているわ。特に刀の国からいらしゃる方々は黒髪が多いと言うし、差別を続ければ相互の発展に支障が出るのは明らか。髪の色による差別は古い考え方だというのが、今の若い人たちや商業を生業にする人の間では一般的な考え方でしょうね」
『王妃様も色んな情報を持ってるんだね』
刀の国。
ムラサメさんもアヤスギさんも、黒髪だったよね。
「けれど、未だに差別が根強いという話しも、王都では黒髪を隠す風潮が残って居るという話しも、良く聞いている事でしょう」
「はい」
王都で黒髪の人は全然見かけない。
「当たり前として根付いてしまっていることはなかなか変えられないものだわ。でも、私は、貴方がその流れを変えてくれると期待しているの」
「私が?」
「黒髪の貴方が堂々と楽しく王都で生活しているだけで、人々の意識は変わるわ。それはいずれ旅人の間でも噂となり、黒髪を隠す風潮を古いものに変えてくれると思うのよ」
『リリーは普通に生活してるだけなんだけど。黒髪の人は、それが怖くてできなかったんだろうね』
私、何も知らなかっただけなんだけどな。
「ただ、吸血鬼種となると話は別ね。ブラッドアイは、私の知る限りオービュミル大陸だけに存在する特殊な瞳。そして、そのルーツは、同じように特殊な瞳を持つオルロワール家のように誉れ高いものではなく、魔王と結びついてしまう。その色が血を彷彿させることも手伝って、なかなか受け入れがたい瞳の色だわ」
あんなに綺麗な色なのに。
「魔王も吸血鬼も、もう居ないのに、ですか?」
「居ないことはわかっているけれど、居るかもしれない。吸血鬼種から吸血鬼が生まれるかもしれない。自分の身近に危険が存在する可能性を彷彿とさせるだけで、恐怖を引き起こす要因となるわ。多くの人が、その意識を共有していると言うだけで、尚更ね」
吸血鬼種から悪魔の吸血鬼が直接生まれることはない。
でも……。
プリーギが流行して。メディシノではない吸血鬼種と真空の精霊が治療を行えば、また、吸血鬼が生まれてしまうのかもしれない。
エルに、その危険があったように。
「それでも、王都であの子を吸血鬼と呼ぶ者は、ここ最近は聞かないわ」
「え?エル、吸血鬼って呼ばれていたんですか?」
黒髪じゃないのに?
「あの子は王都に来た直後から、その瞳のせいで吸血鬼と罵られ、差別の対象となっていたわ。石を投げられることもあれば暴力を振るわれることもあったようね。小さな子供相手でも差別は容赦なかったと聞いているわ。アレクの庇護下にあったとはいえ、それが意味をなさないことも多々あったでしょう」
そんなことが日常的にあったなんて。
今の王都の様子からじゃ、想像がつかない。
だって、王都の人たちは、あんなに……。
「けれど、あの子はあの子の生き方を貫き通した。幼い頃から、あの子はとても強い子だったわ。王都で吸血鬼種を罵る風潮を変えたのが自分であることを、あの子はきっと知らないでしょうね」
エルは強い。
でも、きっとそれだけじゃないよね。
エルは一人じゃなかったから。
エルの周りに居る人はみんなエルのことが好きで、優しかったから。
「ロザリーも、あの子のようにラングリオンで受け入れられる存在となることを願っているわ。差別を失くすことは次の国王であるアレクの願い。その意味を、国民も理解してくれることでしょう」
……アレクさんは、信じてるから。
「大丈夫だと思います。あの瞳は、宝石みたいに綺麗だから」
「宝石?」
「私は、カーネリアンって呼びます」
王妃様が柔らかく微笑む。
「そうね。確かに、宝石のような瞳かも知れないわ。……貴方が聞きたかったことはこんなところかしら」
「あの、王妃様はエルのことをどう思ってますか?」
「あの子のこと?……私にとってフラーダリーは特殊な子。その養子である彼について語ることは、容姿の問題以上に難しいことね」
「……すみません」
フラーダリーは、アレクさんにとっては義理の姉でも、王妃様にとっては他人だ。
「良いのよ。遠慮なく何でも言ってくれる方と話すのも悪くないわ。……そうね。個人的な意見を言うなら、彼のことは好きになれないわ。アレクはあの子に影響され過ぎた。身の程もわきまえず、自由過ぎる子になってしまったもの」
『アレクってエルより年上なのに、エルの影響なの?』
……どうなんだろう。
エルって昔からあんな感じだったのかな。
小さい頃のアレクさんは、もっと違った人だった?
ちょっと想像がつかない。
でも、二人ともレイリスには影響されてそうな気はする。
「お喋りが長くなってしまったわね。あれを持って来て頂戴」
王妃様に言われて、侍女が箱を持って来る。
謁見の間で見たのと同じ。中にはカーバンクルが入っている。
「どうぞ、御手に取って」
王妃様からカーバンクルを受け取る。
手に収まる大きさだけど、思ったよりもずっしりしてるよね。
不思議な輝きの石……。
アレクさんの持っていたカーバンクルとは、ちょっと違う気がする。
「貴方は盾はお持ちになって?」
「いえ、盾を使ったことはないです」
「そう。アレクのように盾に埋め込むのも良いと思ったのだけど、やっぱり装身具の方が良さそうね。ティアラか腕輪はどうかしら。首飾りにするには向かないと思うわ」
カーバンクル。
すごく固そうだけど、この石って加工できるのかな。
アレクさんのカーバンクルも、少しいびつな形だった気がするから、原石をそのまま使うって考えた方が良いよね。
だったら、ティアラには向かないだろう。
「腕輪にしてもらえますか?」
王妃様が微笑む。
「わかりました。貴方に似合うように加工させましょう。採寸をお願いしても良いかしら?……それとも、鎧を発注する際に採寸済みかしら」
「鎧の発注?」
「叙勲が終わったばかりだから、まだ作っていないのね。近衛騎士には揃いの正装と鎧が作られるのよ」
そうなんだ。
「こちらで計っておきましょう」
「失礼いたします」
侍女が私の両腕を計る。
……どっちの腕で作るのかな?
「リリーシア様の好みをお伺いしてもよろしいかしら。お好きな色は?」
「紅色です」
「宝石は何がお好きなのかしら。そういえば宝石にお詳しいという話しも聞いたことがあるわ。多趣味でいらっしゃると」
えっと……。
『また、質問攻めだね』
※
ようやく解放されて、マリユスに預かっていてもらったリュヌリアンを背負う。
なんだか、とっても疲れた……。
「もうランチの時間だね。戻ろうか」
時間が過ぎるのがあっという間。
「リリーって本当に誰にでも気に入られるんだね」
「え?」
「王妃様がこんなに長く歓談を楽しまれるなんて。何を話してたの?」
「えっと……。色んな話?」
『説明になってないよ』
マリユスが苦笑する。
「楽しんだみたいだね」
「あの、ロザリーって、ずっとヌサカン子爵の所に居たことになってるの?」
「それは……」
「ロザリー様はヌサカン子爵と吸血鬼種の女性との間に生まれました。母君がロザリー様を御出産と同時に亡くなられた為、子爵がそのまま引き取ることになりましたが、その容姿の為に正式な嫡子として迎えられることはなく、世間から隠されて育てられていました。主君とは幼少時代に出会い、主君が子爵邸でお過ごしになられる際にはグリフと共に三人で遊ばれる仲だったそうです」
王妃様が言ってたのと、だいたい同じ。
「これが事実です」
「事実?」
「王室で共有されている事実です」
『本当のことは誰にも言うなってことだよ』
「……はい」
「恋物語は吟遊詩人が紡いでくれるでしょうから。聞かれても多くを語らないで下さいね」
「すでに、主君が婚約者を作らなかったのはロザリー様の為とか、ロザリー様を連れて旅をしていたとか、いろんな話が作られているみたいだからね」
アレクさんって本当に王子様だから。
吟遊詩人も物語を作り甲斐があるんだろうな。
「では、そろそろ戻りましょうか。早く戻らないとクロエ様が居なくなってしまうかもしれませんから」
「クロエさんって、そんなに忙しい人なの?」
「一つの場所に留まって居られることが少ない方ですからね。……では、リリー。先を歩いてください」
「え?」
「僕たちは後ろからついて行くよ」
えっと……。
「このまままっすぐ進めば良い?」
「戻る道は一通りじゃないですから」
「どうしても外れそうになったら教えるから、自由に歩いて良いよ」
イリスの方を見る。
『何?ボクを頼りにしようとしたって無駄だからね』
……だよね。




