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旧作3-2  作者: 智枝 理子
Ⅳ.神聖王国編
83/149

92 撫子の騎士

 衛兵がたくさん居る廊下を歩いて行った先。

 扉の前に、ツァレンさんとシールが居る。

「お帰りなさいませ」

「お帰りなさいませ」

「ただいま。二人とも、新しい近衛騎士の叙勲を行うから中に入ってくれるかい」

「御意」

「御意」

 ツァレンさんとシールを連れて、アレクさんが部屋の中に入る。

「リリーシア」

「ロザリー」

 広い部屋の中には、知ってる人がたくさん居る。

『アレクの従者が勢ぞろいだね』

「マリユス、近衛騎士の叙勲について教えてあげてくれるかい」

「御意」

「ライーザ」

「はい。こちらに」

 アレクさんがライーザさんの方に行って、マリユスが私の傍に来る。

「主君の前に跪いて、こう言うんだよ。……ラングリオンの騎士として、騎士の誇りと忠誠をアレクシス様に捧げます。私の願いを受け入れて下さるならば、誓いの証をその御手に。って」

 あれ?それって……。

「アレクさんがロザリーにしてたのと同じ?」

「そう。あれは、騎士が自分の剣を捧げる相手へ贈る言葉なんだ。あの言葉で、主君はロザリー様の騎士になったんだよ」

―私は、この生涯をかけて君を守る騎士となりたい。

 最初から、アレクさんはロザリーの騎士になるつもりだったんだ。

「準備は良いかい」

「はい」

 アレクさんが私の前に来る。

「これより、近衛騎士の叙勲を行う。……跪け。リリーシア」

「はい」

 アレクさんの前に跪く。

「ラングリオンの騎士として、騎士の誇りと忠誠をアレクシス様に捧げます。私の願いを受け入れて下さるならば、誓いの証をその御手に」

「アレクシス・サダルスウドの名の元に。許可しよう」

 アレクさんが差し出した手の甲に、口づける。

 サダルスウド。

 私が勝手に見ちゃった名前だよね。

―伝統的に、信頼の証に王族が騎士に教える名前なんだよ。

 これで良いのかな。

「立て」

「はい」

 言われた通り、立ち上がる。

「エルに許可は取っていないのだけど」

「?」

「後で言っておかなくてはね」

 アレクさんが私の額に唇を当てる。

 ……キスされた。

 ここまでが儀式?

「ライーザ」

「はい」

 アレクさんが、ライーザさんから受け取った布を広げる。

 これって、マント?

「撫子色だよ」

 可愛い。

 淡いピンク色のマントを、アレクさんが私の肩にかける。

「名誉騎士の勲章は私が預かるよ。代わりに、皇太子近衛騎士の官位章を与えよう」

 さっきつけたばかりの勲章を外して、アレクさんが私の服に勲章をつける。

 シールのと同じ。近衛騎士の官位章だ。

「皇太子近衛騎士、撫子のリリーシア。君を歓迎するよ」

「はい。ありがとうございます」

「それじゃあ、今一度、自己紹介をしようか。……グリフ」

「了解。俺がアレクの近衛騎士長の常盤のグリフレッド。グリフで良いぜ」

「はい。グリフさん」

「だめだよ、リリーシア。君はこれから近衛騎士になる。近衛騎士同士の敬称は禁止だ。仲良くやるようにね」

「えっと……」

 年上の人を呼び捨てにするなんて、良いのかな。

「よろしく、グリフ」

「あぁ。そんな感じで頼むぜ」

 優しそうな人。

「じゃあ次は私。白花のヴェロニク。ロニーで良いよ」

「よろしく、ロニー」

 ……なんだか不思議な人。

「俺は銀朱のツァレン」

「よろしく、ツァレン」

 豪快そうな人。

「私は青藍のレンシール。シールで良い」

 あれ?

「名前じゃだめ?」

「当然だ」

 だめなんだ。

「よろしくね、シール」

「私は黒紅のローグバル。ローグで構いません」

「よろしく、ローグ」

 パーシバルさんのお兄さん。

 いきなりマリユスを殴ったことしか知らないけど、怖い人じゃなさそうだよね。

「僕は琥珀のマリユス」

「よろしくね、マリユス」

 近衛騎士って色んな人が居るよね。

 ……大剣を持ってる人はいないみたいだけど。

「じゃあ、次は私だねー。秘書官のメルティム。メルティで良いからねー」

「同じく秘書官のタリスだ」

「よろしく。メルティ、タリス」

 秘書官って二人しか居ないのかな。エルみたいに頭の良い人たちなのかも。

「では、次は私たちが。アレクシス様にお仕えするメイド長、鍵番を任されているアニエスと申します」

 鍵番って、もの凄く偉い立場?

「同じく、メイドのライーザです」

「同じく、メイドのエミリーです」

「よろしく。アニエス、ライーザ、エミリー」

 皆、たくさんお世話になってる人たちだ。

「ロザリーも、おいで」

「はい」

 ロザリーがアレクさんの傍に行く。

「アレクの婚約者となりました、ロザリーと申します。よろしくお願いしますね」

「よろしくね、ロザリー」

 正式に婚約者になったから、堂々と一緒に居られるんだよね。

「次はリリーシア」

「はい。撫子のリリーシアです。あ、撫子のリリーシア。よろしくお願いしま……、よろしくね」

 皆が笑う。

 だって、そんなに急に変われない。

 あ、大事なこと!

「あのっ、リリーって呼んでください」

「よろしく、リリー」

「歓迎するよ」

 これで全員?

 皆、知っている人ばかり。

 あの人は居ないよね……?

「もう一人は、後で紹介することにするよ」

「もう一人?」

「んー?あれか?」

「クロエだよ」

 あちこちから溜息や笑い声が聞こえる。

「クロエって、ロザリーが本当の名前を思い出すまでの間使っていた名前じゃないんですか?」

「名前を借りていたんだ。ランチまでには来るはずだから、まずは母上に会いに行っておいで。カーバンクルの件で話をする約束だっただろう」

「はい」

 謁見の時に約束したよね。

「ローグ、マリユス。リリーシアを案内してくれるかい」

「御意」

「御意。リリー、行こうか」

「うん」

 二人に続いて、部屋を出る。


「クロエさんって、アレクさんのメイドさんだったの?」

「メイドというか……」

 あ。マリユスも知ってる人だったんだ。

「メイドもされていましたね。何でもできる方なんです」

「すごい人なんだ」

 色んなことしてる人だから、普段居なかったり、リックさんを迎えに来たりしてたのかな。

「どうしてそんなに会いたいの?」

「ちゃんとお礼を言ってないから。それに、あの人、すごく強い人だと思う」

「強い人?」

「私とリックさんが戦っている間に割って来れたから」

「……リリーって本当に色んな人と戦ってるんだね」

『喧嘩っぱやいだけだよね』

「そんなこと……」

 立ち止まったローグの背中に鼻をぶつける。

 ローグとマリユスが頭を下げたのに倣って、慌てて頭を下げる。

『噂をすれば、だね』

「噂?何の話しだ」

 この声は。

「リックさん」

『リックと戦った時の話をしてたんだよ』

「あれか」

「リリー。フェリックス王子に御挨拶を」

「はい。撫子のリリーシアです」

 リックさんが溜息をつく。

「お前は自己紹介もまともに出来ないのか」

「え?」

「おい、ローグ、マリユス。お前たちが教育係だったら失格だぞ」

「申し訳ありません」

 ローグとマリユスが膝を突いて頭を下げる。

「皇太子近衛騎士、黒紅のローグバル。謹んでお詫び申し上げます」

「皇太子近衛騎士、琥珀のマリユス。謹んでお詫び申し上げます」

『リリー、しっかりしてよ。一体誰の近衛騎士になったの?』

「あっ……。皇太子近衛騎士、撫子のリリーシアです」

「これから挨拶回りか?」

「王妃様に会いに行くんです」

「母上のところに行くなら、花の一つでも摘んで行きな。今なら庭に伯爵が揃ってるぜ」

「伯爵?」

「お気遣い感謝いたします」

「しっかりやれよ。じゃあな」

 リックさんが通り過ぎた後、ようやくローグとマリユスが立ち上がる。

「あの……。すみませんでした」

「謝らなくて良いよ。ちゃんと説明してなかったからね」

「最初にお会いしたのがフェリックス王子で良かったです」

『良かったの?あれ』

「怒らせちゃったけど……」

「問題ありませんよ。この場で正して頂けましたから」

「性質の悪い人なら、リリーが礼儀知らずだって噂を流すだろうからね」

 そんな人が居るんだ。

「ローグ、先に伯爵のところに行こうか」

「そうですね」

「伯爵って?」

「城内で伯爵と言えば、宮中伯のオルロワール伯爵とノイシュヴァイン伯爵を指すんだよ。お二人以外の伯爵は辺境伯で、普段は王都にいらっしゃらないからね」

 えっと……。宮中伯って言うのはラングリオンの政治の中枢を担う二大名家を指して、辺境伯って言うのは国の主要拠点を守ってる伯爵のことだよね。

「今ならお二人が揃っていらっしゃるようですから、薔薇の庭に行きましょう」

「薔薇の庭?」

「フェリックス王子の庭と言えば薔薇の庭だからね」

『城内では当たり前のルールがたくさんあるみたいだね』


 薔薇の庭が見渡せる長い廊下。

「ここは?」

「会議室としても使われる応接間だよ。偉い人がたくさん居ると思うから、気を付けてね」

 薔薇の庭に直接行くわけじゃないらしい。

「はい」

 今度は気をつけなきゃ。

 衛兵が並ぶ扉の前へ行く。

「皇太子近衛騎士、ローグバルです。新しい騎士の紹介に参りました。伯爵に御目通り願えますか」

「少々お待ちください」

 衛兵が扉をノックして、中から出てきたメイドさんに用件を伝える。

 メイドさんは一度部屋の中に戻って、そう時間を置くことなくもう一度扉を開いた。

「どうぞ、お入りください」

 中には人がたくさん居て、ざわついてる。

「リリーシア」

「アルベールさん」

 アルベールさんも居たんだ。……当たり前だよね。伯爵と一緒に仕事をしてるんだから。

 謁見の後、すぐにこっちに来たのかな。

「お忙しい中、御時間を頂きありがとうございます」

「今は休憩中だから気にするな。良くここに居るってわかったな」

「フェリックス王子が教えて下さいましたから」

「丁度すれ違ったのか。王子はさっきまで会議に参加してたからな」

 リックさん、ここに居たんだ。

「そのマントの色は……」

「撫子色です」

「撫子か。良いじゃないか。伯爵を紹介しよう」

 アルベールさんについて行く。

 一番上座に座っている人。

「伯爵、父上。新人騎士の紹介に来ました。リリーシア、自己紹介を」

「はい。皇太子近衛騎士、撫子のリリーシアです」

 頭を下げる。

 ちゃんと出来たよね?

「フィルマン・ド・オルロワールと申します」

 アルベールさんに良く似た顔のコーラルアイの伯爵。

 謁見の間でも見た人だ。

「リシャール・ド・ノイシュヴァインです。以後、お見知りおきを」

 金髪碧眼の伯爵。ジニーに似てる感じはしないかな。

「よろしくお願いします」

「お噂はかねがね伺っておりますよ」

「噂……、ですか?」

「メインストリートの大樹の件はレオナールからも聞いています。本当に助かりましたよ」

「三番隊を良く手伝っておられるとか。王都の治安に貢献して頂けるのはありがたいことです」

 褒められた。

「その……。光栄です」

『良かったね。良い噂で』

 どういう意味?

「他の皆にも紹介しよう。こっちに来ると良い」

 紹介って。

 もしかして、ここに居る人全員?


「ありがとうございました」

 お礼を言って、部屋を出る。

 官職と名前をたくさん聞いたけれど、全然覚えられる気がしない。

「リリー、大丈夫?」

「もう一度会って、覚えていられるかな」

「心配要りませんよ。関わることもほとんどありませんから」

「でも……。なんだか、その……」

「好意的な方ばかりではなかったと?」

 頷く。

 オルロワール伯爵もノイシュヴァイン伯爵も、普通に接してくれたのだけど。

「確かにそうだよね。あの茶髪の秘書官なんて、皇太子近衛騎士に対して失礼な態度だったよ」

『なんだか馬鹿にされた感じだったよね』

「私じゃ、足手まといになっちゃいそうだからかな」

「それはないよ。リリーが剣術大会の優勝者なことは、あの場に居る全員が知ってることだ。女性騎士だって今時珍しくないし、実力の面では何の問題もないよ」

「そうかな」

「おそらく、理由はリリーが黒髪だからでしょう。黒髪の方に対する偏見はラングリオンでも根強いですから」

 王都よりも、城内の方が差別の意識は強いんだ。

「そんなの時代錯誤だ」

「誰もがそう思っているなら、主君の婚約ももっとスムーズに行っていただろう」

「……そうだけどさ」

「あの、大丈夫だよ。気を付けるから」

「気にする必要はありません。王家と伯爵家を除いて、皇太子近衛騎士に易々と意見を言える者など存在しませんから。堂々として居れば良いんです」

「え?」

 どういうこと?

「リリーは知らないのかな。皇太子近衛騎士は騎士の位では三等騎士。爵位はなくとも、上級騎士に列せられる貴族階級なんだよ」

「そうなの?」

「リリーは騎士のことをもう少し勉強した方が良さそうですね」

「……はい」

『本当に、何も知らないからね』

 武官として働くのも、文官として働くのも、大して変わらないぐらいやることがいっぱいありそうだ。

『リリー、本当にお城で働けるの?』

 お城で働くって、思った以上に大変だよね。

『そもそも、一人でアレクの部屋に戻れる?』

「えっ」

「どうしたの?リリー」

「どうかしましたか?」

 えっと……。

「アレクさんの部屋って、向こうだよね?」

「え?」

「……」

 違った……。

「城って、王都より複雑な作りになってるからね。しばらく城で過ごせば慣れると思うけど……」

「リリー。まず、公務中はアレクシス様のことは主君と呼ぶのが習わしです」

 近衛騎士は皆、アレクさんを主君って呼んでたっけ。

「公務って?」

「近衛騎士として外に出ている場合です」

「基本的にずっとだよ。グリフとロニーを見ているとわかるんじゃないかな。二人は公私をきちんと区別して、主君の名を呼んでるから」

 そういえば、アレクさんのことをアレクって呼んだり主君って呼んだりしてるよね。

「くれぐれも、エルロックさんの真似はしないで下さい」

『エルはいつでもアレクのことをアレクって呼んでるもんね』

「はい」

「それから、主君が今いらっしゃるのは椿の庭の御部屋です」

 あの部屋って大きな掃出し窓があったよね。椿が咲く庭を見渡せる部屋なのかな。

「無理に覚えようとはせずに、迷ったら周囲に居る人間や精霊に聞いた方が良いでしょう」

 そっか。精霊もたくさん飛んでるもんね。

『そんな甘えた態度で良いの?』

「……ちゃんと覚えた方が良いですよね」

「いいえ。その方が城内で働く者の顔も覚えるでしょうから、一石二鳥です。尋ねる時は主君の居場所ではなく椿の庭の場所を訪ねるようにしてください」

「はい」

『なんか甘やかされてるよねー。それとも、リリーはどうせ覚えるわけないって諦められてるのかな』

 そんなこと、ないよね?

「では、王妃様の元へ参りましょう」

 うーん……?



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