91 武勇の誉れ
今日はお城に行く日。
せっかくだから、ロザリーが作ってくれた服を着て行こう。
えっと……。
これにしようかな。
着替えて、鏡の前に立つ。後ろのリボン……。
エルは、こうやって結んでたと思うんだけど。
「イリス、どう?」
『エルに直してもらったら?』
ベッドの方を見る。
「おはよう、リリー」
エルが欠伸をしながら起き上がって、大きく伸びをする。
「おはよう、エル」
今、起きたとこなのかな。
「明日から、しばらく出かける」
「……うん」
クエスタニアに行くって、教えてくれないのかな。
「大した用じゃないから、すぐ帰って来る予定。イリスは連れて行くから、何かあったら教えて」
「うん。わかった」
エルが、私の後ろのリボンを直す。
「これで良い?」
鏡でリボンを確認する。やっぱり、エルの方が上手だよね。
「ありがとう。先に行ってるね」
ブリジットさんはもう台所に居るはずだ。
※
台所は良い匂い。
「おはようございます」
顔を出すと、ブリジットさんとキャロルが居る。
「おはようございます、リリーシア様」
「おはよう、リリー。朝ご飯、エルも食べるのよね?」
「うん」
昨日、隊長さんの家に戻った時間は、かなり遅かったらしく、ブリジットさん以外とは誰とも会えなかった。
エルと一緒にレストランで夕飯を食べて来ただけなのだけど、そもそもオルロワール家を出た時間も遅い時間だったのかもしれない。
時計がないと、ちょっと不便になってきた気がする。
「今日は、朝ご飯を食べたら一緒にお城に行く予定なんだ」
「相変わらず忙しいわね、エルって」
キャロルが棚の上のブリキ缶を見る。
「あれをみんなで食べるのはいつになるのかしら」
「大丈夫。熟成させればさせるほど美味しくなるから」
キャロルが笑う。
「エルが居ない分だけ美味しくなるなんて、不思議ね」
なんだかとっても複雑だ。
※
朝ご飯を食べて、エルと一緒にお城に向かう。
『カミーユが居るな』
「カミーユ?」
辺りを見回すけど、歩いてるのは鎧を着た衛兵ばかりだ。
そういえば、いつもこの辺に居るはずのコートニーが居ない。
『魔法部隊の宿舎に居る』
確か、魔法部隊の宿舎って、お城の中にあるんだよね。
「先に魔法部隊の宿舎に寄る」
『行くのぉ?エル』
「あぁ。ちょっと気になることがあるんだ」
エルに手を引かれて、左の道を歩く。
あの塔が、魔法部隊の宿舎なんだ。
中に入ると、カミーユさんとレティシアさんが居る。
「エルロック、リリーシア」
「こんなに早くに、どうしたんだ?」
「お前たちは殿下に呼ばれてるはずだろう」
「急ぎの用じゃないから良いんだよ。何かあったのか?」
「ちょっとな」
「イレーヌの里の者を送ったきり、昨日からアンドレが帰らないんだ」
エルがカミーユさんたちの方に行く。
あれって、転移の魔法陣?
「おはよう、リリーシア」
「イレーヌさん」
扉の近くに居たイレーヌさんの方へ行く。
「何があったんですか?」
「あの魔法陣、使えないみたいなのよ」
転移の魔法陣って、王都にもあったの?
前は、なかったはずだよね?
エルとカミーユさんが新しく作ったのかな。
「ここが使えないと、帰るのが少し難しそうね」
「エレインは?」
「まだ王都に居るわ。変なことが起きてるみたいだし、頼まれたこともあるから。状況が落ち着いてから帰ることにしたのよ」
エレイン、カミーユさんに言ったのかな。
「帰ったら、エレインは、ここに来れなくなっちゃうんですか?」
「一人で来るのは難しいでしょうね。見ての通り、自分じゃ何もできないような子だから」
そうかな。
『そうだね。リリーだって一人にはしておけないぐらいだし』
「一人で旅ぐらいできるよ」
「まだまだ経験が足りないわ」
『東の街に行くはずが、西の街に行ってるって落ちが見えるよ』
「そんなこと……」
「周囲に居るのが良い人間ばかりとは限らない。身の守り方も知らずに旅するなんて、危険よ」
「王都は安全だと思います」
「そうは思わないわ。私たちにとって、地上はすべて敵の土地なのよ」
それは……。違う種族だから?
「ごめんなさいね、言い過ぎたわ。あなたたちにはとても感謝してるし、人それぞれだってわかってる。その上で、油断大敵なことの方が多いって言っているの。幸運が続くなんてことは滅多に……」
イレーヌさんが笑う。
「?」
「そうね。あなたに会ってからは良いことばっかりだったわ」
「待て!」
カミーユさんの声が聞こえて、エルの方を見る。
「一応、俺の精霊も連れて行け。何かトラブルがあった可能性が捨てきれない」
『ついて来るのぉ?』
エル、どこかに行くの?
「わかったよ」
置いて行かれちゃう。
「エル!私も、」
「リリーはここに居てくれ」
『エルに帰ってきて欲しいなら、ちゃぁんと待っててねぇ』
「すぐ戻る」
待ってた方が良いってこと?
「わかった」
エルが魔法陣に乗る。
「スタンピタ・ディスペーリ・セントオ・メタスタード」
転移の魔法陣が輝いて、エルが消える。
「使えるみたいね」
「いや。転移できたとしても失敗する可能性があるんだ」
「その話しは聞いたことがあるけれど」
「昨日、出かけた奴が帰って来ないってことは、知らない場所に出た可能性がある。エルが何処に出たか分かれば足取りも掴めるだろう。検証結果を待ってくれ」
扉が開く音が聞こえて振り返る。
「おはようございます。皆様」
「ライーザさん」
ライーザさんが頭を下げる。
「リリーシア様のお迎えに上がりました」
「え?私?」
「はい」
「あの、私、エルに待ってるように言われたんですけど……」
「大丈夫だぜ。リリーシアちゃんが王都に居れば問題ない。アレクシス様が待ってるんだろ?あの馬鹿が帰ってきたら伝えておくから行ってきな」
『リリーに用があるみたいだし、行ったら?』
良いのかな。
「では、こちらへ」
「リリーシア、また今度ね」
「はい」
イレーヌさんと別れて、魔法部隊の宿舎を出る。
※
えっと……。
「あの、これって?」
『良く見る服だよね、それ』
案内された部屋で着替えたのは、少し大きめの服。
「サイズのお直しが間に合わず、申し訳ありません」
ライーザさんが、服を引っ張ったりしながら調整する。
ぶかぶかって程じゃないから問題はないのだけど。
「いかがでしょう」
ライーザさんが私の前に姿身を持って来る。
「わぁ。かっこ良い。騎士の正装みたい」
「はい。騎士の正装でございます」
「え?」
「では、この剣を……」
「あっ、私が持ちます」
置いておいたリュヌリアンを背負う。ライーザさんには重いよね、これ。
カーネリアンと他の荷物も身に着ける。
「では、謁見の間へ参りましょう」
「謁見?」
「はい。国王陛下が、剣術大会優勝者の願いをお待ちでございます」
「国王陛下……?」
どうしよう。一気に緊張して来た。
これから、国王陛下に会うの?
『大丈夫?リリー』
「あの、私、謁見の作法とか知らないんですけど……」
「アレクシス様の精霊の補佐があると伺っております」
「アレクさんも居るんですか?」
「はい」
『エル、謁見のこと知ってたのかな』
「エルって謁見のこと知ってたんですか?」
「いいえ。謁見は今朝、陛下がお決めになられたことですから」
「今朝?」
「アレクシス様との御朝食の際に、本日、リリーシア様がいらっしゃるとお聞きになられ、お決めになられたと伺っております」
『忙しいから、時間が空いてる時にって感じだったのかな』
「謁見の間に向かう間に、謁見の作法を御説明いたしましょうか?」
「はい。お願いします」
『ライーザにはお世話になりっぱなしだね』
「何か不測の事態が起こっても、アレクシス様が同席されております。どうか肩の力は御抜きになって下さい」
「はい」
深呼吸……。
※
謁見の間の扉が開く。
中央の玉座に座っているのは国王陛下。
その隣で侍女と一緒に立っている、ティアラをつけた人が王妃様。
アレクさんは向かって右側の玉座に座っていて、その後ろにはマリユスとローグバルさんが居る。
左手に居るのはアルベールさんと……、オルロワール伯爵かな。
「剣術大会優勝者、リリーシア様がいらっしゃいました」
『しっかりしてよ』
小さく頷いて、近衛騎士が左右に並んでいる赤い絨毯の中央を真っ直ぐ進む。
……真っ直ぐ、歩けてるかな。
緊張してるから、ちょっと自信がない。
『カートだ』
ライーザさんが歩みを止めるように教えてくれた場所。剣花の紋章の模様が描いてある場所にカートが居る。
『ここで止まれよ』
補佐してくれるのって、カートだったんだ。
立ち止まって、国王陛下の前で膝を突いて頭を下げる。
『挨拶』
「リリーシア、参上いたしました」
『声がひっくり返ってるぞ』
『まぁ、しょうがないよね』
だって。こういうの、初めてだから……。
「良く来た。顔を上げてくれ」
顔を上げる。
「本来ならば、優勝決定と共に勝者の願いを聞くのが私の役目。その機会が遅れたことを詫びよう」
「とんでもないです」
閉会式どころじゃなかったのは良くわかるから。
「では、貴殿の願いを申すと良い」
「はい。私を、アレクさ……」
『おい!ここをどこだと思ってるんだよ』
あっ。
「アレクシス様の近衛騎士にしてください」
『しっかりしてよね』
『こんなところでアレクを笑わせてどうするんだよ』
アレクさんが笑いをこらえてるのが見える。
……笑わなくても良いのに。
「その願いはアレクシスも承知済み。優勝者、リリーシアの願いはラングリオン国王、アントワーヌの名において叶えられると約束しよう」
「ありがとうございます」
えっと……。
これで良いんだよね?
「さて、リリーシア」
「はい」
「剣術大会での奮闘、紫竜フォルテとの戦い、並びに王家の敵の撃退、見事であった。国の危機に立ち上がり、ラングリオンの為に戦ったことに礼を言う」
……本当に、色んなことがあったよね。
『返事は?』
「はいっ。……ありがとうございます」
「貴殿に、私が預かっているものを返却致そう」
預かってるもの?
「マリア、あれを」
「はい」
王妃様が侍女を連れて私の前に来る。
「どうか、御立ちになって下さい」
「はい」
促されて立ち上がる。
「まず、リリーシア様に私からも感謝を。あなたはアレクシスの命を救ってくださったと伺っております。本当にありがとうございました」
王妃様が頭を下げる。
「それは、」
『大人しく、光栄ですって言っておけよ』
「……はい。光栄です」
私はエルを手伝っただけなんだけどな。
頭を上げた王妃様が、侍女の持つ箱の中から一つの宝石を出す。
「こちらは紫竜フォルテの眉間より取り出したカーバンクル。竜殺しの異名を持つリリーシア様に相応しい品となっております」
「あの……」
『いちいち話の腰を折るな』
「このままお持ちになっても構いませんが、よろしければ、こちらで加工を承りたいと考えております。いかがでしょう」
『お願いしますって言えよ』
「お願いします」
「では、後程、御相談致しましょう」
「はい」
王妃様はカーバンクルを箱に戻すと、侍女と一緒に陛下の元に戻る。
カーバンクル、私が貰っちゃって良いのかな。
『座れ』
また、その場に膝を突く。
「リリーシア。その数々の武勲は、我が国の騎士として迎えるに相応しい働きと言えよう。貴殿が望むのならば、名誉騎士の叙勲を行う用意がある。如何か」
「名誉騎士……?」
『ちゃんと返事しろ』
「はい。光栄です」
『名誉騎士って?』
『従騎士をやらずに騎士にしてやるってことだよ』
アレクさんが言っていた抜け道って、このこと?
「アレクシス、立会人を」
「はい」
『騎士の叙勲って、どうするの?リリーは何も知らないよ』
『叙勲を受ける方は大してやることはないから心配すんな。俺の言う通りにやれ』
大丈夫かな……。
陛下が私の前に立って、アレクさんが私の横に来る。
「リリーシア。君はラングリオンの騎士としての叙勲を受ける。誓いの剣はリュヌリアンで良いかい」
誓いの剣?
「えっと……。はい」
『は?大剣でやるのか?』
後は短剣しか持ってないけど……。
「借りるよ」
アレクさんが私の背からリュヌリアンを抜いて、それを陛下に渡す。
……リュヌリアンを片手で持てるんだ。
陛下もアレクさんみたいに強い人なんだろうな。
陛下が、剣先を上に向けてリュヌリアンを持つ。
「これより、騎士の叙勲の儀を行う」
「はい」
このまま跪いていれば良いのかな?
「リリーシア。礼節を重んじ、正義と寛大な心によって行動せよ。裏切りと欺きを恥とし、自由、平等、博愛の精神の元、同胞を守る盾となり、敵に臆することなく、気高く勇ましくあれ。ラングリオン王家と剣花の紋章に忠誠を」
これが、騎士の心得。
陛下がリュヌリアンを下ろす。
『その刃に口づけをするんだ』
リュヌリアンの刃にキスをする。
『次。俺の言葉を復唱しろ。……ラングリオン王家と剣花の紋章に忠誠を』
「ラングリオン王家と剣花の紋章に忠誠を」
「では、リリーシア。騎士となる上での誇りを示せ」
『良く聞けよ。……正義、武勇、高潔、誠実、慈愛、礼節、寛容。これが騎士が示すべき誇りだ。好きなのを選んで、誓いますって言うんだ』
騎士が示す誇り……。
なんだか難しい。
この中で私が自信が持てるのって……。
「武勇を、誓います」
『うん。リリーっぽいんじゃない?』
「誓いを受け入れよう。騎士としての誇りを忘れず、己の誓いに忠実であれ」
隣に居たアレクさんが私の髪を持ち上げる。
「?」
リュヌリアンの刃の腹が、肩に当たる。
『リリーの髪が斬れないよう、持っててくれてるみたいだよ』
リュヌリアンの刃は、私の首に当たりそうな位置に置かれている。少し冷やりとするけど、これが忠誠を誓った相手への信頼の証なのかもしれない。
「ラングリオン一等騎士、アントワーヌの名の元に、リリーシアを名誉騎士に叙する」
陛下が剣を引く。
「立て」
『立って、剣を受け取って、礼』
立ち上がって陛下からリュヌリアンを受け取って、頭を下げる。
『剣を鞘に納めろ』
陛下に当たらないかな。
一歩引いて、リュヌリアンを背中の鞘に納める。
「アレクシス、勲章を」
「はい」
アレクさんが私の服に勲章をつける。
これが名誉騎士の勲章なのかな。
隊長さんも持ってるんだよね。
「以上で騎士の叙勲の儀を終了する」
「はい」
「おめでとう、リリーシア」
アレクさんが微笑む。
「はい。ありがとうございます」
※
謁見の間から控えの間に戻って、深呼吸をする。
……終わった。
『まぁまぁの出来じゃねーか?』
「カート」
『なんでついて来たの?』
『すぐにアレクが来るから、ちょっと待ってろよ』
「アレクさんが?」
謁見の間の扉が開いて、アレクさんとマリユス、ローグバルさんが来る。
「お疲れ様。無事にラングリオンの騎士になったね」
「はい」
「近衛騎士の叙勲は、私の部屋でやろう」
「皇太子の棟ですか?」
「今は別の部屋を使ってるんだ。他の皆も紹介したいから、一緒に行こう」
「はい」
アレクさんの後に続いて、謁見の間の控えの間を出る。
「紹介と言っても、リリーシアは私の従者には一通り会っているのかな」
全員会ってる?
「あ。会ったけど名前の分からない人が居ます」
「誰かな」
「私にマントを貸してくれた女の人……。年始に、マリーに会いに王都に来てたリック王子を迎えに来た人です」
アレクさんが口元に指を当てて、苦笑する。
「あの子か」
まだ、ちゃんと挨拶したことないよね。
「なんて名前の人ですか?」
「ローグ、マリユス、心当たりはあるかい」
「近衛騎士ですか?」
「近衛騎士は皆会ってます。マリーも近衛騎士じゃないって言ってたから……」
「メイドでも、秘書官のお二人でもないんですよね?」
「はい」
あれ?マリユスもローグバルさんも知らない?
『リリー、顔見てないの?』
「顔は一瞬しか見てないから。ストレートの綺麗な金髪で、碧眼だったことは覚えてるんだけど……。背は私より高かったかな」
「一人、心当たりがあります」
「ローグはわかったようだね。マリユスは?」
「申し訳ありません。僕には全く……」
マリユスの知らない人?
「早く会えたら良いね」
「アレクさんの従者じゃないんですか?」
「そうとも言えるし、違うとも言えるかな」
「?」




