88 崩れゆく都市
「おい!どいてくれ!馬車を動かせないだろ!」
「あっ、すみません」
慌てて道の端に避けると、馬車が大樹の脇を通り過ぎる。
「もう、危ないのはどっちよ!」
「道が狭くなってるんだから仕方がないよ。……こんなに大きな木が、突然現れたんだからね」
キャロルとルイスと一緒に、イーストストリートの真ん中に生えている大きな木を見上げる。
昨日は全然気にしなかったけど。これって、ヴィエルジュが槍の魔法から王都を守る為に生やした木だよね?
隊長さんの家の庭にもあったし、オルロワール家の庭にもあったし、メインストリートのあちこちにも生えている。……きっと、王都中に生えてるんだろうな。
「おい!何をするつもりだ!」
「切るなんて恐れ多いわ」
切る?
「こんなところに木が生えてたら邪魔だろ!」
「何言ってるんだ。これは王都を救った神木だぞ」
「こうあちこちで交通の妨害をされてると、王都の復旧もままならないからな……」
「商売にならないぞ」
「この先、また恐ろしいことが起こったらどうするつもりだ」
「木を避けて復旧作業をしろって言うのか?」
『揉めてるね』
なんだか雰囲気が悪い。
「リリー、行きましょう」
「裏道を通った方が良さそうだね。広場側から行こうか」
「うん」
ルイスとキャロルについて、イーストの脇道に入る。
あの後。
エルはアレクさんと一緒にお城に行って、私はルイスとキャロルの居る隊長さんの家に戻った。
しばらくは隊長さんの家に居るように言われたのだけど、ルイスが一度家に帰りたいと言ったので、キャロルと三人で出かけることにしたのだ。
オルロワール家の裏口を通った時に、ロジーヌさんが剣術大会の閉会式が中止になったことを教えてくれた。
閉会式のことなんてすっかり忘れていたけれど。
優勝者の願いを叶えてもらうために、私は近い内に陛下に謁見することになるらしい。
……あれで優勝したって言えるのかな。私。
「ここにもあるね」
さっきと同じ大樹がアリス礼拝堂前の広場にもある。
『ここは流石に、揉めている人はいないみたいだね』
「うん」
広場の中央に立っている木の周りには人が集まっているけど、さっきみたいに木を斬り倒そうとしている人は居ないみたいだ。
むしろ、お祈りしてる人も居る。
あの人が来て槍の魔法を使ったら、ヴィエルジュは王都を守ってくれるのかな。
……あの人、何処に行ったんだろう。
空高く昇って行ったのしか見てない。
アレクさんとエルでも勝てなかった人。
そんな人に勝てる方法なんてあるのかな。
あの人に攻撃できるのはエイルリオンと慈悲の剣。それを使えるのは、アレクさんとエルだけなのに……。
見上げた空は一面、雲で覆われて真っ暗だ。
礼拝堂の広場を通り抜けて職人通りへ行くと、エルの家の前に人が集まってる。
「何かあったの?」
「ルイス。丁度良かった」
「怪我人が居るんだ」
「崩れた家があって、今、救助してるところなんだが……」
「わかった。すぐに行くから、ちょっと待ってて」
ルイスが鍵を開けて家の中に入る。
「ねぇ、崩れたって、どこの家?」
「向こうだ」
職人通りの、ずっと奥?
「昨日の地震で廃屋が三軒崩れたんだよ。あそこを根城にしてた連中がどれだけ居るか知らないが。子供の声がしたから、何人かは助けたんだが……」
ルイスが大きな薬箱と鞄を持って出て来る。
「準備出来たよ。案内して」
「こっちだ」
「待って、私も行く」
「私も行くわ」
職人通りの奥。イーストエンド。
ここまで奥に来るのは初めてだ。
怪我をしている人と、怪我の手当てをしている人が路上に集まってる。
目の前には、中途半端に崩れた家。
左側の煉瓦の壁は綺麗に残っているけど、残り半分は崩れて、瓦礫の中で折れた木や引きちぎられた布が、むき出しに見えている。
「薬を持って来たよ。怪我にはこれを使って。重傷の人は?」
「この子を見てあげて。脚を挟まれていたみたいなの」
「わかった。僕に任せて」
「ルイス、バケツは持って来てる?」
「鞄に入ってるよ」
キャロルが鞄の中からバケツを出して、その中に水の玉を割って水を入れる。
「傷口を綺麗にするわ。見せてくれる?」
二人が手際良く怪我人の治療をしてる。
私も何かしなくちゃ……。
「リリーシア、ちょっと手伝って欲しいんだけど」
「うん」
もしかして、ルイスが家に帰りたかったのって、この辺りの人たちのことが心配だったからなのかな。
イーストエンドは貧困区。怪我をしても薬を持っていない人が多いから……。
ルイスとキャロルを手伝って怪我の治療をしていると、崩れた家の中から子供を抱えた人が顔を出す。
「おい、誰か手伝え!」
皆で子供を先に助け出して、最後に大人が外に出るのを手伝う。
「ウィリーがまだ残ってるんだ!助けて」
まだ中に誰か居る?
「無茶を言うな。声もしなかったし、これ以上の捜索は無理だ」
「でも……」
「私、探してきます」
『リリー、本気?』
「中は狭いし、いつ崩れるかわからないぞ」
「大丈夫です」
「リリーシア、その大剣は置いて行った方が良いんじゃない?狭い場所では邪魔になるよ」
「わかった」
持っていたリュヌリアンを下ろして、家の中に入る。
確かに、この方が身軽だ。
「リリーシア!あのね、たぶん右の奥に居ると思う」
「中に居るのってその子だけ?」
「たぶん……」
「わかった。探して来るから、待ってて」
「お願い」
「気を付けてな」
崩壊した建物の中に入る。
煉瓦が至る所に落ちていて、傾いた柱が辛うじて天井を支えている。
『気を付けてよ、リリー。ちょっとぶつかっただけでも崩れそうだよ』
「うん」
入口から右に向かって、天井が低くなった場所を歩く。
右側は、外から見ても崩れてた方だ。
「ウィリー!居るなら返事をして!」
歩きやすそうな場所を選んで、奥に進む。
「ウィリー!」
声をかけながら進むけれど、返事が返ってこない。
どうか、無事でいて。
『本当に居るのかな。メラニーが一緒だったら良かったんだけどね』
「うん……」
エルがここに居てくれたら、すぐに救出できるのかな。
『ボクなら狭い場所も通れるし、手分けして探そうか?』
「大丈夫?」
『ボクの心配より自分の心配をしたら?リリーが怪我して動けなくなったら、元も子もないんだからね』
「気を付けてるよ」
足元にある木の板を越えたところで。
「あっ」
『リリー!』
脆くなっていた床板に足を取られると同時に、何かの均衡が崩れたのか、後ろの柱が倒れて辺りに埃が舞う。
『大丈夫?』
「平気」
埃のせいで少し咳が出るけど。
『帰り道が無くなっちゃったね』
「……うん」
怪我はしなかったけど、柱と一緒に崩れた煉瓦で、来た道は見えなくなってしまった。
他にも出られそうなところがあれば良いけど。
「ウィリー!居る?」
「……」
声?
誰か居る。
「ウィリー!」
「……」
『あっちだ』
イリスの後を追って、進む。
これ以上崩れる前に助けなきゃ。
「ウィリー!」
「誰か!」
声は聞こえるけど……。
『行き止まりだね』
「どこ?」
「ここだ!」
壁の中から声がする。
崩れた壁に向かって声を上げる。
「この中に居るの?」
「そうだよ!」
『これ……。暖炉の中に逃げ込んでたのかな』
暖炉の入口が塞がってるんだ。
塞いでる煉瓦を上から取り除こうとするけれど、簡単には崩せそうにない。
『困ったね。氷の魔法じゃどうにもならないし』
魔法……。
「砂の魔法なら、出来るかも」
『使えるの?』
「試してみる。……ウィリー、今、助けるから、ちょっと待ってて」
大丈夫。
煉瓦に手を当てて、煉瓦が砂に変わるイメージ……。
手で触れたところから、さらさらと煉瓦が砂に変わっていく。
集中して。
気を付けて……。
砂がどんどん下に崩れ落ちて、目の前に穴が開く。
「開いた……。もうちょっと待っててね!」
この調子で……。
人が通れるぐらいの丸い穴が開いたのを確認してから、煉瓦から手を離す。
できた。
「通れそう?」
「うん」
中に居たウィリーの腕を引いて、外に引っ張り出す。
「ありがとう、リリーシア」
「私のこと、知ってるの?」
「知ってるよ。エルの嫁だろ?」
『さっきの子もリリーの名前を知ってただろ』
そうだっけ。
『で?どうやって外に出るの?』
「どうやって外に出よう」
「外ならもう見えてるだろ」
「え?」
「この壁の裏は外なんだ。怪力のリリーシアなら、壁一枚ぶち壊せるだろ?」
……ひどい。
リュヌリアンは置いて来ちゃったのに。
立ち上がって、カーネリアンを抜く。
『え?短剣で壁を壊す気?』
たぶん、大丈夫。
「ちょっと離れててね」
「わかったよ」
カーネリアンを逆手に持って、思い切り壁に向かって斬りつけると、壁に穴が開く。
『それ、短剣使ってる?』
使ってるもん。
「これで良い?」
カーネリアンを鞘に戻す。
「流石、リリーシアだな」
『さっきみたいに砂の魔法で崩せば良かったんじゃないの?』
……あんなに集中力を使うことなんて、たくさんできない。
ウィリーと一緒に外に出る。
ここは……。
職人通りの、さっきの場所?
「ウィリー!」
「皆、無事に外に出られたみたいだな。……全員居る。助かったぜ、リリーシア」
「私が助けたのってウィリーだけだよ。ここに居る皆が助けてくれたんだ」
「あーぁ。借りが増えたな」
置いて行ったリュヌリアンを背負うと、ルイスが顔を上げる。
「さっき、何かが崩れる音がしたけど。怪我はない?」
「大丈夫だよ」
「ウィリーは?」
「暖炉に逃げ込んだから平気だ。ルイス、うちの連中が世話になったな」
知り合い?
……この辺に居る子なら、顔見知りなのかな。
「怪我の治療ぐらいしてあげるよ。欲しい薬があるなら、今なら無料にしておいてあげるけど?」
「お前の世話になんかならないよ。……見事に崩れたな、この廃屋。次の根城を探すのが大変そうだ」
もしかして、この子たちって自分の家がない……?
「誰か!」
「おい、また来たぞ!」
また?
叫び声が聞こえた方を振り返る。
『なんで亜精霊がこんなところに居るんだよ』
「あれ、亜精霊なの?」
『本で見たことあるだろ?ツノウサギだ』
シカのような角が生えたウサギ。
『人間を襲わない大人しい亜精霊のはずなのに』
ツノウサギが、他の人たちと戦ってる。
「行かなきゃ」
リュヌリアンを抜いてツノウサギに攻撃すると、ツノウサギが消える。
『まだ来るよ』
襲い掛かってきたツノウサギを攻撃する。
「本当に大人しい亜精霊なの?」
『ボクだって、本でしか見たことないんだから知らないよ』
三体、四体、五体……。
手加減できない。この亜精霊、攻撃することしか考えてない。
「助かったよ。リリーシア」
リュヌリアンを鞘に納める。
「あの、ツノウサギって、普段は大人しい亜精霊なんですよね?」
「そうだよ。ツノウサギが人間を襲うなんて聞いたことがない。無害な亜精霊って言われてるんだが……」
『やっぱり。亜精霊にも何か変化が起こってるのかな』
「亜精霊って、この辺にも良く現れるんですか?」
「まさか。王都に亜精霊が入り込むわけないだろう。昨日の夜から急に現れるようになったんだ」
「昨日の夜から?」
「城壁の一部が崩れてるみたいなのよ。そこから入って来るんだわ」
「守備隊に報告しないんですか?」
皆が顔を見合わせる。
「エンドは守備隊の管轄外だ」
「そんなこと……」
「リリーシア、行くよ」
「え?」
ルイスに腕を引かれて、ルイスとキャロルについて行く。
「あの、ルイス」
「前にも言ったよね?こっちには近づいちゃいけないって」
「言われたけど……」
「この辺は犯罪者も多いんだ。守備隊が常駐するようになったら、ここに住めなくなっちゃう人がたくさん出て来る」
だから皆、亜精霊が現れても守備隊には何も言わないの?
「でも、城壁のことは三番隊に報告した方が良さそうだね」
「うん」
早く直した方が良さそうだよね。
人間を襲う亜精霊が居るなんて……。
「リリー。なんだか怖いわ。王都に亜精霊が居たり、空から槍が降りそうになったり、あちこちに大樹が生えたり。立夏でもないのに空は曇っているし、一体、何が起こってるの?」
『余計なこと言わないでよ。不安を煽るだけだからね』
……わかってるよ。
「私も良くわからないんだ」
あの人と関係がある気がするってだけで。
エルは何か知ってるのかな。
「早くお日様が見たいわ。いつになったら晴れるのかしら」
空を見上げる。
天気が暗いのは、あの人の魔法。
あの人をどうにかしないと、天気が晴れることってないのかな。
※
エルの家に戻って、台所に行く。
「しばらく帰って来れないかもしれないから、少し片付けておこうか」
「うん」
なんだか、もの凄く久しぶりに戻った気がする。
人の気配が全然しない家は、少し寒い。
「ルイス、保冷庫のものはどうしましょうか」
「礼拝堂に持って行こう。きっと炊き出しをしてるよ」
「そうね」
「炊き出しって?」
「食べ物に困ってる人に無償で食べ物を提供することだよ。地震であちこち崩れてるみたいだし、料理が出来ない環境の人も居るはずだから。礼拝堂で用意するんじゃないかと思ってね」
「そっか」
「いつ帰れるかわからないから、必要なものや大事なものは持って行った方が良さそうだね」
……エル。いつ帰って来るんだろう。
ここで皆で暮らせるのっていつになるのかな。
「リリー、あのケーキは持って行く?」
キャロルが棚の上に置いてあるブリキの缶を指す。
「持って行こうよ。エルが戻ってくる日の為に作ったんだよね?」
「え?」
「違うの?もう喪に服す必要はないんだよ」
「そうだわ。エルがいつ帰って来ても良いようにしておかなくちゃ。持って行きましょう、リリー」
エルが帰って来たら皆で食べようって言っていた、熟成ケーキ。
……そっか。
「そうだね。持って行って、皆で食べよう」
私たちの居る場所が、エルの帰って来る場所。




