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旧作3-2  作者: 智枝 理子
Ⅳ.神聖王国編
80/149

88 崩れゆく都市

「おい!どいてくれ!馬車を動かせないだろ!」

「あっ、すみません」

 慌てて道の端に避けると、馬車が大樹の脇を通り過ぎる。

「もう、危ないのはどっちよ!」

「道が狭くなってるんだから仕方がないよ。……こんなに大きな木が、突然現れたんだからね」

 キャロルとルイスと一緒に、イーストストリートの真ん中に生えている大きな木を見上げる。

 昨日は全然気にしなかったけど。これって、ヴィエルジュが槍の魔法から王都を守る為に生やした木だよね?

 隊長さんの家の庭にもあったし、オルロワール家の庭にもあったし、メインストリートのあちこちにも生えている。……きっと、王都中に生えてるんだろうな。

「おい!何をするつもりだ!」

「切るなんて恐れ多いわ」

 切る?

「こんなところに木が生えてたら邪魔だろ!」

「何言ってるんだ。これは王都を救った神木だぞ」

「こうあちこちで交通の妨害をされてると、王都の復旧もままならないからな……」

「商売にならないぞ」

「この先、また恐ろしいことが起こったらどうするつもりだ」

「木を避けて復旧作業をしろって言うのか?」

『揉めてるね』

 なんだか雰囲気が悪い。

「リリー、行きましょう」

「裏道を通った方が良さそうだね。広場側から行こうか」

「うん」

 ルイスとキャロルについて、イーストの脇道に入る。


 あの後。

 エルはアレクさんと一緒にお城に行って、私はルイスとキャロルの居る隊長さんの家に戻った。

 しばらくは隊長さんの家に居るように言われたのだけど、ルイスが一度家に帰りたいと言ったので、キャロルと三人で出かけることにしたのだ。

 オルロワール家の裏口を通った時に、ロジーヌさんが剣術大会の閉会式が中止になったことを教えてくれた。

 閉会式のことなんてすっかり忘れていたけれど。

 優勝者の願いを叶えてもらうために、私は近い内に陛下に謁見することになるらしい。

 ……あれで優勝したって言えるのかな。私。


「ここにもあるね」

 さっきと同じ大樹がアリス礼拝堂前の広場にもある。

『ここは流石に、揉めている人はいないみたいだね』

「うん」

 広場の中央に立っている木の周りには人が集まっているけど、さっきみたいに木を斬り倒そうとしている人は居ないみたいだ。

 むしろ、お祈りしてる人も居る。

 あの人が来て槍の魔法を使ったら、ヴィエルジュは王都を守ってくれるのかな。

 ……あの人、何処に行ったんだろう。

 空高く昇って行ったのしか見てない。

 アレクさんとエルでも勝てなかった人。

 そんな人に勝てる方法なんてあるのかな。

 あの人に攻撃できるのはエイルリオンと慈悲の剣。それを使えるのは、アレクさんとエルだけなのに……。

 見上げた空は一面、雲で覆われて真っ暗だ。


 礼拝堂の広場を通り抜けて職人通りへ行くと、エルの家の前に人が集まってる。

「何かあったの?」

「ルイス。丁度良かった」

「怪我人が居るんだ」

「崩れた家があって、今、救助してるところなんだが……」

「わかった。すぐに行くから、ちょっと待ってて」

 ルイスが鍵を開けて家の中に入る。

「ねぇ、崩れたって、どこの家?」

「向こうだ」

 職人通りの、ずっと奥?

「昨日の地震で廃屋が三軒崩れたんだよ。あそこを根城にしてた連中がどれだけ居るか知らないが。子供の声がしたから、何人かは助けたんだが……」

 ルイスが大きな薬箱と鞄を持って出て来る。

「準備出来たよ。案内して」

「こっちだ」

「待って、私も行く」

「私も行くわ」


 職人通りの奥。イーストエンド。

 ここまで奥に来るのは初めてだ。

 怪我をしている人と、怪我の手当てをしている人が路上に集まってる。

 目の前には、中途半端に崩れた家。

 左側の煉瓦の壁は綺麗に残っているけど、残り半分は崩れて、瓦礫の中で折れた木や引きちぎられた布が、むき出しに見えている。

「薬を持って来たよ。怪我にはこれを使って。重傷の人は?」

「この子を見てあげて。脚を挟まれていたみたいなの」

「わかった。僕に任せて」

「ルイス、バケツは持って来てる?」

「鞄に入ってるよ」

 キャロルが鞄の中からバケツを出して、その中に水の玉を割って水を入れる。

「傷口を綺麗にするわ。見せてくれる?」

 二人が手際良く怪我人の治療をしてる。

 私も何かしなくちゃ……。

「リリーシア、ちょっと手伝って欲しいんだけど」

「うん」

 もしかして、ルイスが家に帰りたかったのって、この辺りの人たちのことが心配だったからなのかな。

 イーストエンドは貧困区。怪我をしても薬を持っていない人が多いから……。


 ルイスとキャロルを手伝って怪我の治療をしていると、崩れた家の中から子供を抱えた人が顔を出す。

「おい、誰か手伝え!」

 皆で子供を先に助け出して、最後に大人が外に出るのを手伝う。

「ウィリーがまだ残ってるんだ!助けて」

 まだ中に誰か居る?

「無茶を言うな。声もしなかったし、これ以上の捜索は無理だ」

「でも……」

「私、探してきます」

『リリー、本気?』

「中は狭いし、いつ崩れるかわからないぞ」

「大丈夫です」

「リリーシア、その大剣は置いて行った方が良いんじゃない?狭い場所では邪魔になるよ」

「わかった」

 持っていたリュヌリアンを下ろして、家の中に入る。

 確かに、この方が身軽だ。

「リリーシア!あのね、たぶん右の奥に居ると思う」

「中に居るのってその子だけ?」

「たぶん……」

「わかった。探して来るから、待ってて」

「お願い」

「気を付けてな」

 崩壊した建物の中に入る。


 煉瓦が至る所に落ちていて、傾いた柱が辛うじて天井を支えている。

『気を付けてよ、リリー。ちょっとぶつかっただけでも崩れそうだよ』

「うん」

 入口から右に向かって、天井が低くなった場所を歩く。

 右側は、外から見ても崩れてた方だ。

「ウィリー!居るなら返事をして!」

 歩きやすそうな場所を選んで、奥に進む。

「ウィリー!」

 声をかけながら進むけれど、返事が返ってこない。

 どうか、無事でいて。

『本当に居るのかな。メラニーが一緒だったら良かったんだけどね』

「うん……」

 エルがここに居てくれたら、すぐに救出できるのかな。

『ボクなら狭い場所も通れるし、手分けして探そうか?』

「大丈夫?」

『ボクの心配より自分の心配をしたら?リリーが怪我して動けなくなったら、元も子もないんだからね』

「気を付けてるよ」

 足元にある木の板を越えたところで。

「あっ」

『リリー!』

 脆くなっていた床板に足を取られると同時に、何かの均衡が崩れたのか、後ろの柱が倒れて辺りに埃が舞う。

『大丈夫?』

「平気」

 埃のせいで少し咳が出るけど。

『帰り道が無くなっちゃったね』

「……うん」

 怪我はしなかったけど、柱と一緒に崩れた煉瓦で、来た道は見えなくなってしまった。

 他にも出られそうなところがあれば良いけど。

「ウィリー!居る?」

「……」

 声?

 誰か居る。

「ウィリー!」

「……」

『あっちだ』

 イリスの後を追って、進む。

 これ以上崩れる前に助けなきゃ。

「ウィリー!」

「誰か!」

 声は聞こえるけど……。

『行き止まりだね』

「どこ?」

「ここだ!」

 壁の中から声がする。

 崩れた壁に向かって声を上げる。

「この中に居るの?」

「そうだよ!」

『これ……。暖炉の中に逃げ込んでたのかな』

 暖炉の入口が塞がってるんだ。

 塞いでる煉瓦を上から取り除こうとするけれど、簡単には崩せそうにない。

『困ったね。氷の魔法じゃどうにもならないし』

 魔法……。

「砂の魔法なら、出来るかも」

『使えるの?』

「試してみる。……ウィリー、今、助けるから、ちょっと待ってて」

 大丈夫。

 煉瓦に手を当てて、煉瓦が砂に変わるイメージ……。

 手で触れたところから、さらさらと煉瓦が砂に変わっていく。

 集中して。

 気を付けて……。

 砂がどんどん下に崩れ落ちて、目の前に穴が開く。

「開いた……。もうちょっと待っててね!」

 この調子で……。

 人が通れるぐらいの丸い穴が開いたのを確認してから、煉瓦から手を離す。

 できた。

「通れそう?」

「うん」

 中に居たウィリーの腕を引いて、外に引っ張り出す。

「ありがとう、リリーシア」

「私のこと、知ってるの?」

「知ってるよ。エルの嫁だろ?」

『さっきの子もリリーの名前を知ってただろ』

 そうだっけ。

『で?どうやって外に出るの?』

「どうやって外に出よう」

「外ならもう見えてるだろ」

「え?」

「この壁の裏は外なんだ。怪力のリリーシアなら、壁一枚ぶち壊せるだろ?」

 ……ひどい。

 リュヌリアンは置いて来ちゃったのに。

 立ち上がって、カーネリアンを抜く。

『え?短剣で壁を壊す気?』

 たぶん、大丈夫。

「ちょっと離れててね」

「わかったよ」

 カーネリアンを逆手に持って、思い切り壁に向かって斬りつけると、壁に穴が開く。

『それ、短剣使ってる?』

 使ってるもん。

「これで良い?」

 カーネリアンを鞘に戻す。

「流石、リリーシアだな」

『さっきみたいに砂の魔法で崩せば良かったんじゃないの?』

 ……あんなに集中力を使うことなんて、たくさんできない。


 ウィリーと一緒に外に出る。

 ここは……。

 職人通りの、さっきの場所?

「ウィリー!」

「皆、無事に外に出られたみたいだな。……全員居る。助かったぜ、リリーシア」

「私が助けたのってウィリーだけだよ。ここに居る皆が助けてくれたんだ」

「あーぁ。借りが増えたな」

 置いて行ったリュヌリアンを背負うと、ルイスが顔を上げる。

「さっき、何かが崩れる音がしたけど。怪我はない?」

「大丈夫だよ」

「ウィリーは?」

「暖炉に逃げ込んだから平気だ。ルイス、うちの連中が世話になったな」

 知り合い?

 ……この辺に居る子なら、顔見知りなのかな。

「怪我の治療ぐらいしてあげるよ。欲しい薬があるなら、今なら無料にしておいてあげるけど?」

「お前の世話になんかならないよ。……見事に崩れたな、この廃屋。次の根城を探すのが大変そうだ」

 もしかして、この子たちって自分の家がない……?

「誰か!」

「おい、また来たぞ!」

 また?

 叫び声が聞こえた方を振り返る。

『なんで亜精霊がこんなところに居るんだよ』

「あれ、亜精霊なの?」

『本で見たことあるだろ?ツノウサギだ』

 シカのような角が生えたウサギ。

『人間を襲わない大人しい亜精霊のはずなのに』

 ツノウサギが、他の人たちと戦ってる。

「行かなきゃ」

 リュヌリアンを抜いてツノウサギに攻撃すると、ツノウサギが消える。

『まだ来るよ』

 襲い掛かってきたツノウサギを攻撃する。

「本当に大人しい亜精霊なの?」

『ボクだって、本でしか見たことないんだから知らないよ』

 三体、四体、五体……。

 手加減できない。この亜精霊、攻撃することしか考えてない。


「助かったよ。リリーシア」

 リュヌリアンを鞘に納める。

「あの、ツノウサギって、普段は大人しい亜精霊なんですよね?」

「そうだよ。ツノウサギが人間を襲うなんて聞いたことがない。無害な亜精霊って言われてるんだが……」

『やっぱり。亜精霊にも何か変化が起こってるのかな』

「亜精霊って、この辺にも良く現れるんですか?」

「まさか。王都に亜精霊が入り込むわけないだろう。昨日の夜から急に現れるようになったんだ」

「昨日の夜から?」

「城壁の一部が崩れてるみたいなのよ。そこから入って来るんだわ」

「守備隊に報告しないんですか?」

 皆が顔を見合わせる。

「エンドは守備隊の管轄外だ」

「そんなこと……」

「リリーシア、行くよ」

「え?」

 ルイスに腕を引かれて、ルイスとキャロルについて行く。


「あの、ルイス」

「前にも言ったよね?こっちには近づいちゃいけないって」

「言われたけど……」

「この辺は犯罪者も多いんだ。守備隊が常駐するようになったら、ここに住めなくなっちゃう人がたくさん出て来る」

 だから皆、亜精霊が現れても守備隊には何も言わないの?

「でも、城壁のことは三番隊に報告した方が良さそうだね」

「うん」

 早く直した方が良さそうだよね。

 人間を襲う亜精霊が居るなんて……。

「リリー。なんだか怖いわ。王都に亜精霊が居たり、空から槍が降りそうになったり、あちこちに大樹が生えたり。立夏でもないのに空は曇っているし、一体、何が起こってるの?」

『余計なこと言わないでよ。不安を煽るだけだからね』

 ……わかってるよ。

「私も良くわからないんだ」

 あの人と関係がある気がするってだけで。

 エルは何か知ってるのかな。

「早くお日様が見たいわ。いつになったら晴れるのかしら」

 空を見上げる。

 天気が暗いのは、あの人の魔法。

 あの人をどうにかしないと、天気が晴れることってないのかな。


 ※


 エルの家に戻って、台所に行く。

「しばらく帰って来れないかもしれないから、少し片付けておこうか」

「うん」

 なんだか、もの凄く久しぶりに戻った気がする。

 人の気配が全然しない家は、少し寒い。

「ルイス、保冷庫のものはどうしましょうか」

「礼拝堂に持って行こう。きっと炊き出しをしてるよ」

「そうね」

「炊き出しって?」

「食べ物に困ってる人に無償で食べ物を提供することだよ。地震であちこち崩れてるみたいだし、料理が出来ない環境の人も居るはずだから。礼拝堂で用意するんじゃないかと思ってね」

「そっか」

「いつ帰れるかわからないから、必要なものや大事なものは持って行った方が良さそうだね」

 ……エル。いつ帰って来るんだろう。

 ここで皆で暮らせるのっていつになるのかな。

「リリー、あのケーキは持って行く?」

 キャロルが棚の上に置いてあるブリキの缶を指す。

「持って行こうよ。エルが戻ってくる日の為に作ったんだよね?」

「え?」

「違うの?もう喪に服す必要はないんだよ」

「そうだわ。エルがいつ帰って来ても良いようにしておかなくちゃ。持って行きましょう、リリー」

 エルが帰って来たら皆で食べようって言っていた、熟成ケーキ。

 ……そっか。

「そうだね。持って行って、皆で食べよう」

 私たちの居る場所が、エルの帰って来る場所。

 


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