85 無知は罪
ライーザさんに案内されたのは、昨日もエルと一緒にランチを食べた部屋。
もうすぐお昼だ。
「御昼食をお持ちいたしました」
ライーザさんがワゴンで運んで来た食事をテーブルに並べる。
「こちらに、レイリス様より御預かり致しておりました剣を置いておきます。ご確認ください」
「あぁ」
慈悲の剣。鞘が付いていれば、誰でも持ち運べるんだ。
「リリーシア様。バーレイグの鞘を御預かりしてもよろしいでしょうか」
「はい」
バーレイグはフォルテに刺さったままのはずだよね。あれって抜けたのかな。抜くの、すごく大変そうだけど。
「では、失礼いたします。ごゆっくりお過ごしください」
ライーザさんが部屋を出る。
今は闘技場が封鎖されているから、騒ぎが収まるまで闘技場から出られないらしい。
ランチが終わるぐらいには、落ちついてるのかな。
※
時間が経つのって早い。もう夕方だ。
あの後。ライーザさんが食事を片付けに来た以外は何の連絡もなくて。エルと一緒に外に出たのだ。
鎧をそのままにしておくことは出来ないから、エルに手伝ってもらって着て来たけど。この後、どうするのかな。
そうだ。あれ。
荷物の中から、エルに渡そうと思っていたキャラメルを出す。
「エル、キャラメル食べる?」
「もらう」
シナモン味をエルの口に入れると、エルが微笑む。
「当たりだ」
「うん」
良かった。今回も上手くできたみたい。
……あれ?
遠くの方。死んだはずのフォルテから、斑の光が見える。
フォルテの周囲には、兵士と魔法使いたちが居る。
「あれ、何やってるのかな」
「さぁ?」
フォルテをロープで縛ってるみたいだけど……。
もしかして、まだ生きてる?
……そんなことないよね。
死んでも、光って簡単に消えないのかな。
『アレクだ』
「アレク?」
メラニーとユールが言った方を見ると、アレクさんとロザリーが近衛騎士たちと一緒に居た。
『あれがロザリーねぇ』
近くまで行くと、ロザリーがエルに会釈をする。
「はじめまして。エル」
「はじめまして?違うだろ」
そうだ。私がバーレイグだってばれちゃったから、ロザリーがエルと一緒に観戦席に居たこと、気づいてるよね。
「大会二日目に、顔を合わせてるはずだ」
「まぁ。エルは、あれが私だったと思っているんですか?」
「え?違うの?」
「え?違うのか?」
だって、確か……。
「ふふふ。冗談です」
皆が笑ってる。
ロザリーは真顔で冗談を言うから、どっちかわからない。
「ロザリー。これ以上、からかうものじゃないよ」
「エルは本当に素直な人ですね。大会一日目の午後からずっと、リリーシアの代わりにアレクの隣に居たのは私です」
「一日目の午後から?」
「あのっ、それは……」
「レクスの正体がエルだと気づいたリリーシアが、稽古をしたいと言うので。私が代わりを務めることになったんです」
エルには、まだ何も話してないのに。
「なんで俺だってわかったんだよ」
今でも覚えてる。風のように舞うエルの動き。
「だって、あんな動きするのエルだけだから」
エルは金色の光を持ってるって思いこんでなければ、もう少し早く気づけたと思うんだけどな。
「エル。自己紹介を続けて良いですか?」
「自己紹介?」
「はじめまして、エル」
さっきと同じように、ロザリーが会釈する。
「ずっと会いたかった」
「俺もだよ」
ずっと、すれ違いだったから。
会うことが出来て良かった。
「ロザリーと申します。よろしくお願いしますね」
「エルロックだ。よろしく」
「本当に金髪にブラッドアイなんですね。びっくりしました」
そういえば、ブラッドアイの人は黒髪だって言ってたっけ。
確かに、珍しい容姿なのかも。
「真空の精霊を連れてるんだって?」
「はい」
『ふふふ。久しぶりねぇ、ルキア』
『ユール!あなたも元気そうで良かったわぁ』
『当然よぉ。ルキアも元気そうで良かったわぁ』
『最近見かけないと思ってたら、メディシノでもない男の子と契約してたなんて。本当に変わってるわねぇ』
ユールとルキアが上空でお喋りしてる。
『エルは特別だものぉ』
「リリーシア。ありがとう」
ロザリー。
「私、あんまり役に立ってないけど」
「リリーシアが、誰かの為に何かをするのは、強くなければ出来ない事だと教えてくれたから。私も、前より少しは強くなれた気がします」
ロザリーが微笑む。
「二人が決勝戦で並んだ時、わかったんです。エルはとても強い人なのだと。そして、貴方はエルと並べるぐらい強い人なのだと。私も、二人を見習わなくてはいけないと思いました」
「私、そんなに強くなんて……」
急に、エルに腕を引かれてよろける。
「俺はリリーが居ないとだめだった」
「……エル?」
「ポラリスが言ってたんだ。いつの時代も、運命を切り開くのは愛だって。アレクがロザリーを選んだことが正しいって、俺とリリーで証明してやる」
えっと……?
アレクさんを見ると、アレクさんが俯いて肩を震わせてる。
これ、知ってる。
「何、本気で笑ってるんだよ」
「アレク、大丈夫ですか?」
弾かれたように笑い出したアレクさんを、ロザリーが支えてる。
……どうして、こんなに変な笑い方するのかな。
ここに居る人は驚いてないから、みんな知ってるみたいだけど。
「あぁ、本当に。リリーシア、君は最高だね」
「えっ?私?」
「エルが、こんなことを言うなんて」
「エル、なんて言ったの?」
「……今言っただろ」
「?」
こんなに笑うようなこと、言った?
「いい加減落ちつけ。……っていうか、こんなところで何してたんだよ」
「散歩です」
ロザリーが答える。
「散歩?」
アレクさん、まだ笑ってる。
「はい。観戦席で散歩をしていたらリリーシアとエルが見えたので、ここに来たんです」
……あ。戻った。
アレクさんって、たまにものすごく変だよね。
「城に帰還する目処も立たないから、閉会式の準備を見てたんだよ」
「閉会式の準備?あれが?」
エルがフォルテの方を見る。
「閉会式のイベントを行うのに、フォルテが闘技場の中央に居ては邪魔だからね。下手に解体も出来ないから、邪魔にならないよう端に移動させてるんだよ」
移動させてたんだ。
確かに、戦った場所とは違う場所に居る。
「アレクさん、閉会式では何をやるんですか?」
「閉会式は市民が持ち込むイベントが中心だよ。キャロルの合唱団も歌うんじゃないのかい」
「そういえば、毎年歌ってるって言ってたな」
アリス礼拝堂を拠点に活動してるシルヴァンドル合唱団。キャロルの歌を聞くのは楽しみだな。
「二人とも、フォルテを討伐してくれてありがとう。ラングリオンの皇太子として礼を言うよ。陛下からも感謝の言葉を頂けるだろう」
「お礼なんて……。私、フォルテの上では酔ってたから……」
「なんだって?」
あっ。……言うんじゃなかった。
『船酔いと同じ感じになってたみたいだよ』
「あの、普通に飛んでるドラゴンなら平気なんだけど」
『フォルテは暴れていたものね』
暴れてたって言うか……。戦ってたんだけど。
『ナターシャは平気だったの?』
『上空で揺れなんて感じないわ』
良いな。私も自力で飛べたら酔わないのかな。
「なんで言わなかったんだよ」
怒ってる。
「あの、大丈夫だったよ。立っていられないほどじゃなかったから」
「良くない」
「だって……」
「無茶するなって言ってるだろ」
すごく怒ってる。
当たり前だよね。私、エルの邪魔になっていたかもしれないんだ。
「ごめんなさい」
「そう、頭ごなしに怒るものじゃないよ。元はと言えばエルがリリーシアを置いて行ったのが悪いんだからね」
「連れて行く理由なんてないだろ」
「リリーシアがエルの言うことを聞くと思っているのかい」
「……」
それ、私にも言ってるよね。
「リリーシア。願いは決めたのかい」
剣術大会の優勝者の願い。
『まだ決めてないの?』
「その……」
決めてるんだけど。
今、この場でお願いしても良いかな。
国王陛下だけじゃなく、アレクさんの許可も必要なことだと思うし。
「あの、アレクさんにお願いがあるんです」
「私に?」
「はい。私をアレクさんの近衛騎士にしてください」
「……は?」
そうすれば、エルともっと一緒に居られる。
「それが大会優勝者の願いなのかな」
「はい」
「だめだ!」
「え?」
「そんなの、俺が許さない」
「良い案だと思うよ」
「ふざけるな!」
どうして、そんなに怒るの?
酷い。
怒るようなことしてないのに。
怒ってばっかり。
「絶対に叶えてもらう!」
「冗談じゃない。その願いはアレクが拒否すれば成立しないぞ」
「私が拒否する理由はないかな」
「なんでだよ」
「大会の歴史の中でも、最も有名な願いをリリーシアが言うんだよ。盛り上がりそうじゃないか」
「有名な願い?」
どういうこと?
「そんな理由で叶えるって言うのかよ」
「私の名代は最後の戦いを放棄。これでは大会を楽しみにしていた市民に申し訳ないからね」
「リリーとは戦わないって言ってあったはずだ」
「だからこそ、不甲斐ない名代を選んでしまった責任を取り、リリーシアと共に剣術大会の最後を盛り上げようと思っているんだよ」
「だめに決まってるだろ!リリーはラングリオンの騎士でもなんでもないんだぞ!」
騎士になることをお願いするんだけど……?
「彼女は騎士の素質があるよ。育てる楽しみが増えたね」
「あの……」
「誰が育てる、だ。リリーは俺のものだぞ」
「困ったな。私もリリーシアは欲しいと思っていたんだ」
「なっ……」
全然会話に入れない。
「リリーは絶対に渡さない。アレク、俺と勝負しろ。俺が勝ったらリリーを近衛騎士にするなんてやめること」
「えっ?」
「面白いね。良いよ」
「えっ?」
どうして?
「試合会場も綺麗になったことだし、ここでやろうか。ルールは剣術大会に準ずるけれど、魔法の使用は解禁しよう。魔力は回復しているのかい」
「充分だ。後悔するなよ」
「待って!」
「それぐらいのハンデがなくちゃつまらないからね。皆は周囲に被害が出ないように注意してくれるかい」
「御意」
アレクさんの後ろに居た近衛騎士が返事をする。
「少し危ないから、ロザリーはマリユスと共にエミリーとライーザの所に戻っているように」
「はい。わかりました」
「マリユス、ロザリーを頼んだよ」
「御意」
ロザリーが私に手を振ってマリユスと一緒に行ってしまう。
どうしよう。本当に?
「私はサンゲタルを使うよ。エルは?」
エルがフォルテの方を見る。
「イリデッセンスを取って来る」
アレクさんがサンゲタルで、エルがイリデッセンス?
それって、本気の戦い?
フォルテの方に行こうとするエルの腕を掴む。
「だめだよ、エル。アレクさんと戦うなんて」
「これは決闘だ」
「決闘なんて……」
「じゃあ、私が勝ったら何を貰おうかな」
「俺が負けたら、何でも一つ言うこと聞くよ」
「えっ?」
「そんな約束して良いのかい」
「決闘に賭けるものは等価なものだろ」
「だめー!」
エルが私の手を振りほどいて行ってしまう。
どうして、こんなことに……。
「さて。準備をしようか」
「待ってください、アレクさん。エルと戦うなんて、」
「リリーシア。君はラングリオンの騎士制度について知っているかい」
「騎士制度?」
『騎士の国ってだけあって、貴族も騎士だって聞いたことはあるけど。ボクも詳しくは知らないかな』
イリスも知らないんだ。
でも、ちょっと複雑なイメージはあるよね。
「ラングリオンで騎士になる為には、基本的に従騎士として修行を積まなければならないんだよ」
「従騎士?」
「従騎士とは、一人の騎士に付き従い、騎士の心得や武芸を学んで騎士を目指す者のこと。騎士の卵だね。従騎士の間は、常に先輩騎士の傍に居なければならない。私の近衛騎士となったローグも、正式な騎士の叙勲を得る為に、私の元で従騎士を四年弱やっていたんだよ」
「四年も?」
「そう。騎士になるのは簡単なことではないんだ。君が私の近衛騎士を目指すならば、ローグと同じ方法を取ってもらうことになるだろう」
「え?それって……」
アレクさんの元で、騎士としての修業を積まなければいけないってこと?
「従騎士に生活の自由はないよ。先輩騎士に振り回されるのが仕事だ。前よりもエルと一緒に居られなくなるだろうね」
『だから、エルがあんなに怒ってたんだ』
知らなかった……。
「でも、この件に関しては抜け道も存在するんだ」
「抜け道?」
「そう。……だから、君は心配せずに明日の閉会式で陛下に願いを叶えてもらうと良い」
えっと……。
「はい」
アレクさんが言うなら大丈夫なのかな。
「でも、それならアレクさんとエルが戦う理由なんてないんじゃないですか?」
「丁度良い機会だから、エルの実力を試そうと思ってるんだ。エルは君の為なら本気で戦うだろうからね」
エルの実力……。
もしかして、この前、アレクさんがエルと戦ったのも、それが理由だったの?
あの時は精霊が誰も居なかったし、エルは短剣の二刀流で、アレクさんはドレスソードで戦ってたみたいだけど。
「アレクさん、負ける気ないんですよね?」
「もちろん」
アレクさんが微笑む。
エルにはレイリスの魔法が効かないから、アレクさんが魔法で攻撃することはないだろうけど……。
大丈夫かな。
「ん……?あれは……」
『何?あの光』
「え?」
アレクさんの視線の先。エルが居る場所……。
フォルテの体から飛び出した斑の光が、真っ直ぐ、宵の空に向かって伸びる。
その光を中心として、天空で黒い雲が渦巻くように広がる。
あの黒い雲は、見たことがある。
「リリーシアを守るように」
それだけ言って、アレクさんが黒い雲の下、エルが居る方へ飛んでいく。
「アレクさん、」
追いかけようとしたところで、シールに腕を掴まれる。
「リリーシア。主君の命令は絶対だ」
「君が向こうに行くつもりなら、全力で止めるけど?」
『アレクの近衛騎士全員相手にするのは無理じゃない?』
……アレクさんのばか。
ベネトナアシュがまた来るに違いないのに。




