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旧作3-2  作者: 智枝 理子
Ⅲ.剣術大会編
72/149

80 薄れゆく希望

 大会一日目。

 今日も黒いドレスで全身を隠して、ライーザさんと一緒に馬車で闘技場に移動する。

「昨日から引き続きリリーシア様の御世話を任されております。どうぞよろしくお願いします」

「よろしくお願いします」

『すっかりリリーの世話係だね』

 ライーザさんは、アレクさんのお世話が仕事のはずなんだけどな。

「本日の御予定は、終日剣術大会の観戦です。皇太子席でのエルロック様とのご歓談はお控えください」

「はい」

 明日、私が皇太子席に居ないことがばれてはいけないから、会場では大人しくしてなきゃいけないんだよね。

「午前の部が終了後、闘技場の一室にてエルロック様と御昼食をお摂り頂きます」

「エルと二人で?」

「はい。アレクシス様は貴族の方々との御約束がございますから。外出もお控えください」

「わかりました」

 エルと一緒に居られるんだ。

「トーナメント表をご覧になりますか?」

「はい。お願いします」

 ライーザさんがトーナメント表を出す。

「こちらが大会一日目午前のブロックです」

 ライーザさんがトーナメント表の端を示す。

「レクス様はシード枠ですから、二回戦からの御参加です」

 一ブロックの参加者は七人。普通は三回戦わなきゃいけないけど、シード枠の人は二回しか戦わない。

 四ブロックある試合のシード枠は、アレクさんの名代と公爵の名代がそれぞれ割り振られている。

 私が参加する二日目午後のシード枠は、オートクレール地方を治めるオリヴィエ公爵の名代。きっと強い人を出して来るんだろうな。

 オルロワール家は今日の午後。ムラサメさんは明日の午前。

 みんな、予定通り別のブロックに入っている。

 えっと……。私がアレクさんの名代と戦う為には……。

 別ブロックの人と戦う為には、まずブロックを勝ち抜けて三日目の決勝戦に参加しなければいけない。

 三日目の一回戦の組み合わせは、一日目の勝者同士、二日目の勝者同士。

 つまり、優勝決定戦まで行かないとアレクさんの名代と戦うことは不可能。

 ここまで勝ち上がれるのかな。

 というか。

「剣術大会で勝ち進む意味ってあるのかな」

「アレクシス様の名代が優勝致しましたら、アレクシス様はロザリー様との婚約を陛下に願われます」

「そんなことしないよ。ライーザさんは昨日の話し聞いてたよね?」

「ロザリー様がアレクシス様に御返事をされていないというお話しでしょうか」

「うん」

「剣術大会の願いは絶対。当人同士の意思の確認は必要ありません」

 ……そうだ。貴族はアレクさんの意志に関係なく、自分の娘を婚約者にしようとしてるんだっけ。

「ロザリー様も決定には従われることでしょう」

「でも、アレクさんは、ロザリーはヌサカン子爵の所に居た方が幸せだって言ってたんです。だから、アレクさんがロザリーとの婚約を願うわけないと思う」

 ライーザさんが溜息を吐く。

「そう、仰られたのですね」

「うん」

「無理な協力を押し付けるような方ではないと思っておりましたが。アレクシス様の御意志も固いのですね」

「協力?」

「アレクシス様は、吸血鬼種を皇太子の婚約者にすることで、吸血鬼種差別の撤廃に繋げることを目指されておりました。その為にロザリー様を婚約者になさろうとして居られたのです」

 それ、ずっと前にアルベールさんが言ってたことだけど……。

「ロザリーが好きだから、ロザリーを婚約者にしたかったんじゃないの?」

「本心ではそうお考えなのでしょう。ですが、あの方が自分の感情を理由になさることはありません。常に皇太子として、必ず国の利益になるかを念頭に置いて行動されるのです。王者たる者、一時の感情で物事を判断してはならない。全体を見渡す視野を持たなければならず、何かに執着してはならないと」

―多くの人を束ね、頂点に立つ者が何かに執着することは罪だと言ったでしょう。

 あの人の……。

「今回の目的は吸血鬼種を婚約者におくこと。ロザリー様にご協力いただけないのでしたら、別の方でも問題ありません。黒髪に紅の瞳の方でしたら、他にも用意することは可能ですから」

「そんなの、おかしいよ」

 アレクさんのばか。

 ロザリーの為に頑張ったんじゃなかったの?

「アレクシス様の御意志を変えられることが出来るのは、エルロック様だけ」

―アレクを動かしたいなら、エルに言った方が早いよ。

 ヴェロニクさんが言ってたことって。こういうことなんだ。

「エルロック様の働きかけがあったからこそ、アレクシス様もロザリー様を追う決意をなさったのでしょう。一度お決めになったことを覆すような方ではないのです。陛下の御意向に逆らってまで城を出られたのは、ロザリー様への御気持ちが強い証拠。アレクシス様にとって、ロザリー様は特別な方に違いないのです」

 アレクさん……。

「私たちは皆、ロザリー様にアレクシス様の御傍に居て頂きたいと願っています。始めから障害の多い御関係であるのは承知です。アレクシス様の敵対者を一掃し、貴族がお二人の御関係を認めるよう、手を尽くして参りました。神聖王国との衝突は避けられないでしょうが、出来る限りのことはしてきたつもりです」

 みんな、二人に幸せになってもらいたいと思ってるのに。

 吸血鬼種だから?

 皇太子だから?

 普通の人のようには生きられないの?

「ロザリー様の御意志があそこまで頑なであるとは、誰も思っていなかったことです。吸血鬼種であることに、あそこまで罪の意識を持たねばならないなんて」

―感謝されたのなんて初めてじゃない?あなた、吸血鬼が怖くないの?

―本当は、不安なんです。悪魔と罵られることが怖い。

 ロザリーは知ってる。メディシノとして病気を治療し続けていたのに、吸血鬼種であるというだけで酷い目に合い続けて来たことを。それが当然であった時代を。

 そして、時代が変わって平和になった今でも、差別が存在してることを。

「私たちが出来ることは、もうないのでしょうか」

「ライーザさん……」


 ※


 ライーザさんに案内されて、昨日と同じ席に座る。

 今日も良い天気。

 私の左右にはシールとヴェロニクさん。後ろにはライーザさん。

 前方には、エルとツァレンさん、グリフさんが前に並んでる。

 隣にはアレクさんが居て、その後ろにはローグバルさんとエミリーさんが居る。

 そういえば、マリユスは居ないのかな。

 会場の周囲を見渡す。

「?」

 今、金色の光が見えた気がするんだけど。

 目の前に居る人の背中を見る。

 輝く金色の光。

 エルがここに居るってことは、気のせい?それともレイリスだったのかな。

「落ち着きがないね。どうかした?」

 ヴェロニクさん。

「すみません」

『目立つ場所に居るんだから、もう少し大人しくしていられないの?』

 そうだよね。あまりきょろきょろしてたら、不審に思われちゃう。

「間もなく試合が始まる」

 シール。

「他のブロックとはいえ、出場者の戦い方を良く見ておいた方が良い。ラングリオンの剣技も勉強になるだろう」

「うん」

 騎士の国の剣術大会。勉強になることは多いに違いない。


 ※


 危ない!

 背後を取られたと思った瞬間、しゃがんで攻撃を回避し、下から相手を斬り上げる。

 相手はのけぞってそれをかわし、そのまま体勢を崩して倒れた。

 その鼻先に剣を突き付ける。

「降参します」

 観客が湧いて、審判が勝者に近づいて腕を上げる。

「……敗北宣言により、勝者、ガスパール!」

 ノイシュヴァイン家の名代の勝利。

 これで一回戦の三試合は全部終わった。

 どの試合も白熱した戦いで、出場している参加者も様々な剣技を披露していて、見ていて面白い。ここは、間違いなく剣士の憧れの舞台。

 次は二回戦の第一試合。いよいよアレクさんの名代の試合だ。

 アレクさんの名代が会場に入って来る。

 白地に紅の装飾が入った衣装に羽帽子、それから目元を覆う仮面。防具と言うよりは、騎士の礼装のような豪華な衣装。

 使う武器は刀なんだ。しかもあれって直刀?……でも、アレクさんの剣技なら直刀の方が良いよね。

 え?それに短刀も使うの?

 二刀流なのかな。でも、メイン武器を失えば敗北してしまう大会で、二刀流は不利だと思うんだけど。……装備しているからと言って必ず使うとは限らないんだっけ。

「これより、皇太子殿下の名代、レクスと、オベール子爵の名代、シュヴァリエの試合を開始する」

 どちらもアレクさんが使っていた偽名だなんて、変な感じ。

 武器を構えた二人が向かい合う。

 やっぱり、使うのは直刀だけみたいだ。

「始めっ!」

 最初に仕掛けたのはシュヴァリエさんの方。

 無駄のない動きで相手に向かって薙ぎ払う。

 けど。

「え……」

 なんて、鮮やかな動き。

「降参、します」

 アレクさんの名代が刀を鞘に納める。

 そして、審判の勝利宣言。

「シュヴァリエの敗北宣言により、勝者、レクス!」

 終わった。一瞬で。

 その動きは美しいとしか言いようがない。

 相手の動きを全部把握していたみたいに、無駄のない流れるような動作で相手の背後に回ると、首に刀の腹を突きつけた。

 完全に力量の差を見せつけた勝利。

 この人は、強い。

 ……でも。どうして相手の首に突きつけたのが刀の腹?

 刃を向けていなければ脅しにならない。相手が勝利に貪欲であれば戦いを続行しかねない状況なのに。なんだか違和感が残る。

 勝利したアレクさんの名代が、こちらを仰ぎ見る。

 仮面で視線は見えないけど、見てるのはアレクさんの方だよね。アレクさん、自分の名代が勝ったのに喜んでないみたいだ。

 試合会場に目線を戻すと、退場するアレクさんの名代の傍にマリユスが駆け寄る。

 マリユスは、この人の付き人をしてたんだ。

 ……あの人と対峙した場合。どう、攻撃を仕掛ければ良いのかな。

 単純な攻撃なら読まれるだろう。初撃はどうしてもパターン化してしまう。かと言って、先制攻撃しないのも……。

 そういえば、私がエルに負けたのも初撃を完全に読まれてたからだっけ。

 あの人の戦い方も同じ。相手の動きを完全に読んだカウンター。

 いつもそうだよね。エルって攻撃を仕掛けてくることなんて全然ない。最初から相手に攻撃する気なんて一切ないからだけど。

 ……あれ?

 待って。

 あの人が相手に刀の腹をつけた理由って、相手に怪我をさせない為?

 最速で試合を終わらせた理由って、出来る限り戦いたくないから?

 それに、あの風のように軽やかな動き。魔法を使っている感じはしないけど、あれは……。

 じゃあ、私の目の前に居る人は?

 リュヌリアンを背負って、その腰にイリデッセンスの鞘を身につけた人は……。

 まさか。

「レイリス!」

「ん?」

 目の前に居た人が振り返って私の傍に来る。

 ……エルじゃない。

「半分だけの仮面をつけてるのは、菫の瞳を隠す為?」

「そうだよ。ようやく気付いたのか」

 レイリスが笑う。

 全然、気づかなかった。

 後姿は昨日のエルと全く同じ。

 でも、アレクさんの名代は金色の光なんて持ってなかった。

「エルの光は?」

「隠してるらしいな。詳しい事はアレクが知ってるんじゃないのか?」

「隠すなんて、そんなことが出来るの?」

 アレクさんの方を見る。

「眼鏡越しに精霊の光が見えないことを利用たようだね。エルは、ガラス繊維を使った防具を装備しているんだよ」

「ガラス繊維……?」

 やっぱりエルはすごい。

 少ないヒントから、そんなものを作れるなんて。

 ……でも、これだけ周りの人が知っているなら。

「イリスも知ってたの?」

『なんだよ。お互い様だろ?ボクらは中立。どっちからも言わないで欲しいって言われてたら、聞かれない限り答えないよ』

 みんな、知ってたんだ。

「エルはまだ、リリーシアが出場していることに気付いていないけどね」

「バーレイグの試合を見たって言うのにな」

 エルは、予選をレイリスと見に行ったって言ってたっけ。

「じゃあ……」

「優勝決定戦で戦えるよ」

 本気のエルと戦えるんだ。

 ……でも。今のままじゃ勝てない。

「アレクさん。お願いがあるんですけど」

「何かな」

「これから、稽古しに行って良いですか?」

 アレクさんがくすくす笑う。

「それは、エルに勝って優勝したいという事かい」

「えっと……」

 そうだ。

 私がエルと戦うのは優勝決定戦。

 アレクさんの名代に勝つってことは、優勝を目指すってことになる。

「もう少し待ってくれるかい。この分じゃ午前の部は早く終わってしまうだろうからね。午後からロザリーに代わってもらうように頼もう」

「アレクさん、優勝しなくても良いんですか?」

「まさか。エルが勝ったら願うことは決めているよ」

「ロザリーとの婚約じゃなく?」

 アレクさんが微笑む。

 正解。

 婚約は願わないって決めてるんだ。

「何を願うんですか?」

「秘密。私の願いが叶うかどうかを、君とエルの決闘に託そう」

「えっと……。私が勝っても良いんですか?」

「もちろん。エルは勝利を確信している。君も、勝利を狙える自信をつけておいで」

「はい」


 ※


 アレクさんの言った通り、午前の部はランチにはまだ早い時間に終わってしまった。

 エルの試合時間が短すぎるから予定が狂うのだとヴェロニクさんが言っていたけれど、あれだけ強いのなら仕方がない。午前の部の最後の試合も、相手に何もさせることなく勝利した。

「エルロック様がいらっしゃる前に、お召し替えをいたしましょう」

「着替えるの?」

「はい。その恰好では何かと不便でしょうから。いくつかご用意して参りました。お気に召すものはございますか?」

 言いながら、ライーザさんが私の着ているものを脱がしていく。

「動きやすい服は持ってるよ」

「せっかく二人きりで過ごされるお時間なのですから。エルロック様の喜ぶ御召し物にされてはいかがでしょう」

「でも、私……」

「こちらに致しましょう」

 花柄のゆったりしたワンピースだ。可愛い。

 この花は……。アネモネ?

「お履き物はこちらをどうぞ」

 座るように促された椅子に座って、茶色の靴を履く。

 ライーザさんが私の髪を結い直しているところで、ノックが鳴った。

「どちら様でしょうか」

「エルロック」

「どうぞ、お入りください」

 扉が開いて、エルが入って来る。

「着替えてたのか」

 エルも皇太子の名代の衣装から着替えてるよね。

 レイリスが着てた服でもない、いつもの服。

「午後の試合までお時間がございますから、楽な御召し物に替えさせて頂きました」

「結構時間が空いたからな」

 エルが私の前に来る。

「可愛い。こういうのも良いな」

「あの……」

 すぐ、そういうこと言うんだから。

「嫌なら着替えさせるぞ」

「どちらに致しましょう」

「そうだな……」

 エルがライーザさんが用意した服を見る。

「あのっ、これで大丈夫!」

 エルとライーザさんが笑う。

「冗談だよ」

 本当に?

「この中では、それが一番好き」

「……ばか」

 からかってばかり。

「ランチのご準備はできております。サービスは致しますか」

「自分でやるよ」

「かしこまりました」

 エルがテーブルの方に行く。

「なんで、ミラベルのタルト?」

「ロザリー様が今朝、御作りになられたものでございます」

『また作ったんだね』

『またって、どういうこと?』

『昨日の夕食会でも作ってたんだよ』

「こちらでよろしいでしょうか」

 ライーザさんが鏡を出す。

 ツインテールに結んでくれたんだ。

「はい」

 支度が終わって、エルが居るテーブルの方へ行く。

「では、午後の試合が始まる前にリリーシア様の御支度に参ります。エルロック様、外出はお控えくださいませ」

 出かけることはないと思うけど……。

「了解。……あ、午後はマリユスと試合を観戦するから、皇太子席に行けなくなった」

 マリユスと?

「かしこまりました。アレクシス様にお伝えいたします。では、ごゆっくりお過ごしください」

 ライーザさんが礼をして部屋を出る。

「マリユスと仲良くなったの?」

「別に。頼まれただけだよ」

 マリユスからエルに言ったってことは、マリユスの誤解は解けてるんだよね。

「一緒に観戦できなくてごめん」

「大丈夫」

『どうせ皇太子席じゃ話せないんだから、一緒よねぇ』

『……そうだね』

 私も午後は行かないんだけど……。

『エル、ボクたち散歩に行ってきて良い?』

「良いよ」

『リリー、窓開けてー』

「うん」

 窓を開くと、皆が飛んで行く。

『良い天気だねー』

『ほら、アンジュも』

 エルの精霊は皆、仲が良いよね。

 ランチのキッシュとサラダを盛っているエルの傍に行く。

「っていうか。キッシュにホールのタルトなんて誰が考えたメニューだよ」

「えっと……」

 ロザリー、エルに食べてもらいたくて作ったんだよね。

 


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