04 気づかないなら仕方ない
もうすぐ、カウントダウン。
箱詰めしたミラベルのタルトを持って、エルと一緒にアリス礼拝堂へ向かう。
「すごい人」
「祭りだからな」
人が多くて、大通りも明るく照らされているから、深夜な感じがしない。
でも、晴れた夜空を見上げると、きらきら光る満天の星が見える。
「あれ?」
「どうした?」
目をこすって、もう一度、空を見る。
「なんでもない」
気のせいかな。
星じゃない光を見たような気がするんだけど……。
「あ!エルロックさん、リリーシアさん」
「パーシバル」
声がした方を見ると、パーシバルさんがこちらに走って来る。
パーシバルさんは、王都守備隊三番隊の隊員だ。副長の一人だということは最近知った。
「こんばんは」
「こんばんは、パーシバルさん」
「こんばんは。随分、警備に当たる人間が多いな」
「カウントダウンは酔っぱらいが多いっすからねー。地方から来る観光客も多くて、トラブルだらけっすよ。だから、冒険者ギルドに頼んで増員してるんっす。俺と一緒に居るのも冒険者っすよー」
「そうなんだ」
人数が増えるから、宿舎ではなく礼拝堂を拠点にしてるのかな。
「?」
背中をノックされて振り返ると、ユリアとセリーヌが口元に指を当てて立っている。
「こっちこっち」
「えっ?」
「ルイスとキャロルのところに行きましょう」
腕を引かれて、エルから離れる。
「待って、エルに言わなきゃ」
「その内、来るでしょ」
「ミラベルのタルト食べたいんだもん。早く行こうよぉ」
イリスとユールが飛んでくる。
『迷子にならないでよ、リリー』
『気をつけてねぇ』
行く場所はわかってるはずだし、二人が一緒なら大丈夫かな?
礼拝堂前の大きなテーブルの前に、ルイスとキャロルが居る。
「リリーシア」
「えー?リリー、着替えちゃったの?」
「うん」
「可愛かったのにー」
「なぁに?リリー、可愛い恰好してたのぉ?」
「見たかったわ」
「えっと……。ごめんなさい?」
皆が笑う。
あんな恰好で外に出るなんて、無理。
「タルト預かるよ」
「お願い」
布の袋に包んでいたタルトをルイスに渡す。
「残りは、エルが……」
『まだ話してるみたいだね』
イリスの視線の先には、エルとパーシバルさんが居る。
「後で持って来ると思う」
「わかった。ここにサインしてくれる?誰が何を持ってきたか確認してるから」
「うん」
ルイスから渡された用紙にサインをする。
「一個、頂戴ねぇ」
「タルト、切ってないよ?」
「大丈夫。そのまま食べるからぁ」
「え?」
ホールのタルトを?
「わぁ。美味しそう」
ユリアが花壇のブロックに座って、早速、タルトにかじりつく。
本当に全部食べるのかな。
「キャロル!集合だよー!」
少し離れた場所から、大きな声が聞こえる。
「わかった!今、行くー!……私、合唱団の打ち合わせに行くわね。後で皆で歌うの。楽しみにしてて」
「うん」
キャロルが礼拝堂に走って行く。
キャロルはシルヴァンドル合唱団に所属していて、お休みにはいつも礼拝堂で歌っているのだ。
楽しみだな。
「そういえば、ジニーは一緒じゃないの?」
「ジニー?」
誰だろう。
「向こうに居るよ。……ジニー!」
ルイスに呼ばれて、金髪碧眼の女の子が来る。
「こんばんは。リリーシアさんですか?あれ?エルロックさんは?」
「エルなら向こうに居るわ」
「紹介するね。僕の恋人のヴィルジニーだよ」
「はじめまして。ジニーって呼んでくださいね」
「はじめまして」
ルイス、恋人が居たんだ。
「ジニーは錬金術研究所で働く私の後輩なの。って言っても、ナルセスの研究チームだから所属は別だけど」
セリーヌは、カミーユさんの研究チームだよね。
「水の研究なら任せて下さい。ナルセス教授には養成所時代からお世話になってるんです。王都の水質検査から、大地震で変化した水脈の調査まで、何でもやりますよ」
「大地震?」
「忘れた?ジェモの二日に大地震があったじゃない」
「え?」
ジェモの二日って、グラシアル女王が崩御した日?
「オービュミル大陸全土が揺れたはずよ。リリーが居た場所は、そんなに揺れなかったの?」
あの時は……。
もしかして、城が崩れた瞬間?
「揺れたのかも。気づかなかったけど」
「暢気な子ね」
「リリー」
「エル」
良かった。ちゃんと来てくれた。
「遅かったねぇ、エル」
「本当。リリーが居なくなっても気づかないなんて薄情ね」
「何言ってるんだ。どうせ、二人で結託してリリーを連れ出したんだろ」
『良くわかったね』
勝手に着いて行ったのは私なんだけど……。
「だってぇ、リリーがタルト焼くって聞いたからぁ」
ユリアはもう、タルトを半分ぐらい食べてる。
「お前ら、カウントダウンに何かやるんじゃなかったのか」
「私たちは準備班だもの。後は実行班の仕事よ」
「カミーユとマリーはぁ、実行班側だねぇ」
役割分担があるんだ。
「エル。持って来たタルトは、こっちに置いてくれる?」
「あぁ」
エルがルイスの前にタルトを置く。
「リリー、座ったらぁ?」
「うん」
ユリアと並んで、花壇のブロックに座る。
「タルト、美味しいよぉ。頑張って作ったねぇ」
「ありがとう。貰ったミラベルは、これで全部使いきったんだ」
美味しく食べられる間に使いきれて良かった。
「そうなんだぁ。ミラベルのジャムも美味しかったよぉ」
「もう食べたの?」
「ふふふ。秘密」
秘密にすることかな。それ。
「温泉は楽しめたぁ?」
「楽しかったよ」
「良いなぁ。今度、マリーとセリーヌも誘ってぇ、女の子同士で行こうねぇ?」
「うん」
楽しそう。
皆で行ったら、賑やかになりそうだ。
「……リリーシア、ユリア、ちょっと良い?」
「あ、うん」
通路を塞いでいたみたいだ。
ユリアと一緒に、ルイスとジニーが通れる道を作る。
「ありがとうございます」
「リリーシアのタルト、配って来るね」
「うん。いってらっしゃい」
「いってらっしゃぁい」
仲良く並んで歩く二人を見送る。
「仲良しだねぇ」
「うん」
「エルとリリーも仲良しだねぇ」
「そうかな」
自分の左手を見る。
「なんだか、まだ夢でも見てるみたい」
エルのことがすごく好きで、大好きな人と結ばれたのに。
実感が湧かない。
ユリアが私の頬を突く。
「ほらぁ、夢じゃないよぉ?」
くすぐったい。
「全然痛くないよ?」
「じゃあ、マリーにお願いしないとねぇ」
「それは、駄目」
マリーは、たまに頬をつねって来る。あれ、すごく痛いんだよね。
「エルと何かあったのぉ?」
「そういうわけじゃなくって……。私、まだ、全然、エルのこと知らないから……」
出会ってから、まだ半年も経ってない。
エルの友達や知り合いだって全然知らない。
エルの好きなものだって、コーヒーぐらいしか知らない。
もっと、知りたいけど……。
「エルはぁ、自分のこと話すの嫌いだからねぇ」
過去は、勝手に調べちゃったんだけど。
「そうだ。エルの好きな食べ物知らない?」
「エルの好きな食べ物ぉ?甘いもの以外は何でも食べるんじゃないかなぁ」
確かに。
エルって、食べ物を残さないよね。
「コーヒーは好きだと思うよぉ」
「うん」
コーヒーは、気が付いたら、いつも飲んでる気がする。
「他には?」
「んー。……思いつかないかもぉ。カミーユとシャルロの方が詳しいんじゃないかなぁ?養成所では、いつも三人一緒だったよぉ」
「そっか」
そうだよね。カミーユさんなら詳しそう。
「養成所と言えばねぇ。エルが毎日、キャラメル食べてたことがあるよぉ」
「え?キャラメル?」
ちょっと意外かも。
「ふふふ。試してみたらぁ?」
「うん。ありがとう」
キャラメルが好きなんだ。
でも、甘くないキャラメルなんてないよね?
もしかして、好きなものは甘くても平気だったりする?
「リリーは可愛いからぁ、特別なレシピを三つ教えてあげるねぇ」
タルトの最後の一口を口に入れて、ユリアが指を舐める。
本当に全部食べちゃった。
お腹が空いてたわけじゃないよね?
「ちょっと待ってねぇ」
ユリアが、ペンとメモ用紙を取り出してレシピを書く。
「あ。今思いついたけどぉ、ワインのキャラメルも美味しそうだよねぇ」
「良いかも。試してみようかな。上手くできたらユリアにも渡すね」
「ふふふ。楽しみにしてるねぇ」
メモのレシピを見る。
一つは、コーヒーのキャラメル。確かにエルが好きそうかも。
え?トマトを使ったキャラメル?
こっちはシナモン?シナモンを、そんなに入れるの?
不思議なレシピだ。
上手く作れるかな……。
「はい、どうぞ」
「ありがとう」
用意するのが難しい材料はないよね。
このメモは大事にしまっておこう。
広場に、礼拝堂の鐘の音が鳴り響く。
「カウントダウンだ」
エルの声に、顔を上げる。
この音……。
もしかして、王都中の鐘が鳴ってる?
「ふふふ。結婚式を思い出すねぇ」
ユリアと一緒に立ち上がって、空を見上げる。
結婚式もそうだった。
精霊たちが、王都中の鐘を鳴らして祝福してくれたのだ。
鐘が鳴り終わると同時に、空に光の花が咲く。
花火だ。
「わぁ……。綺麗」
煌めく光の花が咲いた後に、少し遅れて大きな音が響く。
そういえば、花火って、光の方が先に見えて音が後からついてくるんだっけ。
不思議。
あ。あれは羊かな。
音がないから、きっと花火じゃなくて光の魔法だろう。羊が変化して、今度はピンク色の光になる。
これって、桜の色だ。
優しいピンク色の花火がどんどん上がる。
「綺麗な色……」
満開の桜って、こんな感じなのかな。
桜は一度しか見たことがない。
とても綺麗だったけれど、私が見たのは散り始めだったらしい。
今度は見られるかな。満開の桜。
「リリー」
エルが私の腕を引いて、後ろから私を包む。
「エル」
見上げると、目が合った。
吸い込まれそうなほど綺麗な、紅の瞳。
「カウントダウンを一緒に過ごせて良かった」
「特別な意味があるの?」
「カウントダウンを一緒に過ごせば、新しい年も一緒に過ごせるんだよ」
「そうなんだ」
良かった。一緒に居られて。
ずっと一緒に居られますように。
「花火、綺麗だね」
空を見上げる。
花火が上がっているのに、エルは視線を私の方に落としたまま。
「エル?」
エルは何も言わずに私を強く抱きしめて、空を見上げた。
その、エルを見上げる。
……この人が、すごく好きだと思う。
私を抱きしめるエルの手に触れる。
花火の音が止んで視線を空に移すと、空には煙が舞っている。
花火、もう終わったのかな。
「あれ……?」
「どうした?」
「何か居る」
煙の中で何か光っている。
あの光。少し濁ったような斑の光。
さっき星空を見上げた時に見えたの、やっぱり星じゃなかったんだ。
この光。
精霊じゃない。
徐々にはっきりと見えてきた、それは……?
「おー」
「凝ってるな」
え?これも演出なの?
ユリアとセリーヌを見る。
「何よ、あれ」
「予定にないねぇ」
予定にない?
もう一度空を見る。
さっきまで漂っていた煙が吹き飛ばされ、影でしか見えなかったその姿が、はっきり見えた。
紫色。
空を飛ぶ大きな翼を持った……、ドラゴン?
突然、一つの咆哮が響き渡る。
今のって、ドラゴンの……?
「セリーヌ、ユリア。リリーを頼む」
「え?」
エルが私の体をユリアに押し付けて、走って行く。
「エル、礼拝堂はカウントダウンの間は立ち入り禁止だよぉ」
エルは、礼拝堂の入口に居た人に何か言った後、そのまま中に入って行った。
「ふふふ。あのドラゴン、本気っぽいねぇ」
「本気って……」
「とりあえず、防御魔法でも張っておきましょうか」
ユリアとセリーヌが上空に向かって魔法を放つ。
「リリー、あたしたちから離れちゃだめだよぉ」
ドラゴンが口を大きく開く。
まさか。
ブレスの予備動作?
「ユリア、セリーヌ、」
「紫は雷だったわね」
「避雷針でも立てとけば良かったねぇ」
どうしよう。
リュヌリアンはエルに預けたままだし、武器は短剣しか持ってない。魔法だって使えないし。こんなことなら、刀を持って来るんだった。
周りを見渡しても、イリスもユールも居ない。
そうだ。イリス。
もし、私がまだイリスと繋がりがあるのなら、氷の魔法が使えるかもしれない。
お願い。
力を貸して。
ドラゴンのブレスが発動した瞬間。
氷の盾をイメージする。
「!」
「わぉ」
突然、ドラゴンの目の前に巨大な氷の盾が現れた。
想像以上の大きさ。
広場を覆うように発動した氷の魔法は、空中でドラゴンのブレスに耐える。
「氷の魔法?誰かなぁ」
「あんな出力の魔法使えるのなんてエルかアレクシス様しか居ないわ」
二人が私を見る。
思わず、首を横に振る。
「氷の精霊ってぇ、グラシアルに居るんだよねぇ?」
「でも、リリーは精霊と契約してないんじゃなかった?」
頷く。
私だって、イメージしただけで、あんな大きな魔法が使えるとは思えない。
だって、魔法なんて一度も使ったことない。
じゃあ、誰が使ったの?
エル?
それとも、イリス?