77 闇で輝く光
「どうぞこちらへ」
ライーザさんに鏡の前に案内される。
裾の長い黒のドレスは引きずってしまうから、転ばないように気をつけて歩かなきゃいけない。
「こちらで少々お待ちいただけますか」
「はい」
私の着替えを手伝ってくれたライーザさんが部屋を出る。
『これ、リリーだってわからないよね』
「うん」
いつもと全然違う雰囲気のドレスで、顔も黒いベールで隠しているから。
結婚式に来てくれた人は、頭に乗ってるティアラで私だと思うかもしれないけど。
ノックがあって、扉が開く。
「リリー」
「エル」
黒地に、紅の装飾の入った丈の長いコート。白い手袋に、黒の二角帽子。
首元には白いレースのひらひらしたジャボがついてる。
なんだか貴族みたい。
黒はお揃いだから、ちょっと嬉しいのだけど。
「指輪は?」
「結婚指輪は手袋の中につけてるよ」
「そっちじゃなくて」
「金色の指輪は……」
胸元からペンダントを出して、エルに見せる。
「こうやって持ってるの」
ライーザさんにペンダントにしてもらったのだ。
これなら、大会中でも肌身離さず持ち歩けるから。
ペンダントを仕舞うと、エルが私の傍に近づいて来て、ベールをめくる。
……これって。
結婚式を思い出してしまう。
「綺麗」
こんなに目の前で、そんなこと言うなんて。
「……ありがとう」
からかってるんじゃ、ないんだよね?
「エルも、すごく素敵だよ」
「俺は別に良いんだよ」
「エルも顔を隠すの?」
「半分だけ」
エルが顔の左半分を隠す仮面をつけて、右眼に目薬を差すと、瞳の色が変わる。
そういえば、ロザリーの瞳を黒に変える目薬もエルが作ったんだよね。
「それ、年始にカミーユさんと作ってた目薬?」
「カミーユと?……あぁ、そうだよ」
エルのこの瞳の色は、前にも見たことがある。
年始にカミーユさんと研究室に居た時と、エルがマカロンを買ってくれた時と……。
あれ?他にもあったっけ?
「ほら、行くぜ」
エルが私に手を差し伸べる。
「はい」
その手に、自分の手を重ねる。
※
『すごい歓声だね』
「うん。ラングリオンの王族って、本当に愛されてるよね」
国王陛下の乗った馬車を先頭に、王族が乗る馬車が移動する。私とライーザさんが乗っている馬車は、アレクさんとエルが乗る馬車の後ろを移動しているらしい。けど、馬車の窓はカーテンを閉め切っているから、外の様子は見えない。
私が馬車に乗る必要はないと思ってたけど、これだけ人がたくさん居たなら歩くのは無理そうだ。
「リリーシア様」
「はい」
「今日一日、私がリリーシア様の御世話を務めさせていただきます」
「私の御世話?」
「そのお召し物でしたら、何かと不自由なこともございましょうから」
そうだよね。一人で歩けるかも心配だ。
「よろしくお願いします」
「こちらこそ。よろしくお願いいたします。……では、本日の御予定をお話ししますね」
「はい」
「午前中は、皇太子席で開会式に御出席して頂きます。昼までには終了予定ですから、終了いたしましたら馬車に乗って王城にご帰還頂きます」
また馬車に乗って移動するんだ。
「昼食をお摂り頂いた後は、夕食会に備えて御休憩ください」
「夕食会?晩餐会じゃなくて?」
「はい。晩餐会へは、ポリシア様がバーレイグとして御出席になると伺っております。リリーシア様には、アレクシス様とロザリー様と共に、紅葉を愛でながらの夕食会に御参加いただきます」
紅葉を見ながら食事って……。
「紅葉狩り?」
ライーザさんが微笑む。
「左様でございます。お召し物は、帰還後に楽なものに御取り替えする予定でございます」
「はい」
良かった。この恰好であちこち移動するのは大変そうだよね。
「あの、エルは?」
「エルロック様もお越しいただく予定ですが、お忙しい御様子ですから。夕食会には間に合わないかと」
「そっか……」
エル、何してるのかな。
※
闘技場に着いて馬車から降りると、シールとヴェロニクさんが居る。
「こんにちは、リリーシア」
「こんにちは」
「闘技場では私とシールで君を護衛をするからね」
「え?私を?」
「君はアレクの姫なんだよ」
「姫?」
どういうこと?
「リリーシア。主君の隣に座るのは、夫人か婚約者に決まっているだろう」
「えっ?」
そうなの?
ヴェロニクさんが笑う。
「心配しなくても、中身がばれなきゃ問題ないよ。どうせ後半は入れ替わる予定なんだし」
そうなんだけど。
「あの、隣って?皇太子席って……」
「では、参りましょう」
ライーザさんに手を引かれて、階段を上る。
案内された先には、エルと、グリフさんとツァレンさんが居る。
目の前には椅子が二つ。
「皇太子席って、椅子がこれだけしかないの?」
ヴェロニクさんが笑う。
「王族の席が観客席と同じような形をしてると思ってたの?」
……そうだよね。そんなわけないよね。
「本当に常識が通用しない子だね」
「裏には一般席からは見えない休憩するスペースもある。それも含めて皇太子席だ」
シールに言われた方を見ると、大きな布で出来た日除けが見える。
休憩スペースまであるんだ。
「リリーシア様のお席は、こちらででございます」
ライーザさんに手を引いてもらって、席に着く。
座った位置からも試合場が良く見える。……当たり前なんだけど、すごく良い席だよね。
あれ?そういえば、アレクさんが居ない。エルがここに居るってことは、もう到着してるはずなのに?
こちらを振り返ったエルと目が合って手を振ると、エルが私の傍に来る。
「お姫様だな」
……確かに。
騎士に守られるお姫様。私の左側にはシール、右側にヴェロニクさんが並んでいる。
「あの……。ここってすごく目立つ?」
「当たり前だろ。一般席からも見える位置だ」
これだけ見晴らしが良いってことは、どこからでもこの席が見えるってことだよね。
「お疲れでしたら裏でお茶を御用意いたしますので、いつでも仰って下さい」
ライーザさん。
私の後ろに居るんだ。
「はい。……頑張ります」
「無理するなよ」
「ありがとう」
座ってるだけだから。
ずっと立っていなきゃいけない近衛騎士やライーザさんの方が大変だ。
「アレクさんはどこに居るのかな」
ローグバルさんとマリユスも居ないけど。
「開会式の準備に行ってるよ」
「準備?」
アレクさん、何かするの?
※
トランペットの音が高々と鳴り響いて、司会者の人が声を上げる。
「これより、ラングリオン王国剣術大会、開会式をとりおこないます」
これって、魔法で会場中に声を届けてるんだよね。
ファンファーレに続いて始まった行進曲と共に、参加者が入場してくる。
「参加者のご紹介をいたします。皇太子殿下の名代、レクス様」
あれ?レクスって、アレクさんが剣術大会に参加した時の偽名じゃなかった?
『あれってアレクなの?』
あの人は精霊の光を持っていない。
「魔法使いじゃないみたいだけど……」
アレクさんは精霊の光を持っていないけど、あれがアレクさんかどうかはちょっとわからない。
「シール。アレクさん、剣術大会に参加するの?」
「あれは主君ではない」
「そうだよね」
剣術大会は、一度優勝した人はもう出られないはずだから。
司会者が次々と参加者を発表していく。
『貴族の名代がたくさん居るね』
どれも強そうな人ばかり。
「オルロワール伯爵の名代、ドニス様」
あの人は会ったことがある。稽古にも付き合ってくれた人。オルロワール家の名代だったんだ。
えっと……。今年の貴族枠は十七人?あれ?アルベールさんは十八人って言ってなかったっけ。
そういえば、予選を勝ち進んだ人って十一人だったよね。貴族枠で参加する人が一人減ったのかもしれない。
次は一般参加枠の紹介。
「六十三番、バーレイグ様」
その名前を呼ばれると、少し緊張する。
白銀の鎧を着て、バーレイグを背負ったポリーが会場を歩いてる。
「八十一番、ムラサメ様」
あ、ムラサメさんだ。八十一番だったんだ。
予選だと、他の人の試合を全然見られなかったから。試合を見るの、楽しみだな。
私が参加するのは、大会二日目の午後。ムラサメさんは大会二日目の午前だ。
参加者が全員陛下の方を見て並ぶ。紹介がすべて終わったところで、行進曲が止まった。
国王陛下の方を見ると、国王陛下が立ち上がる。
「市民の為に日々鍛錬し、その武勇を示しにやって来た諸君。そして、百六十三名の中から予選を勝ち上がってきた一般参加の諸君」
予選って、百六十三人も居たんだ。
「強者が揃う本大会に参加した勇気を称え、私は諸君らの剣術大会への参加を歓迎する。そして、本大会の優勝者には、ラングリオンの国王たる私が願いを叶えること約束しよう。……大会を楽しみにしている市民よ。この三日間を戦い抜く勇士にエールを。今ここに、剣術大会の開会を宣言する」
陛下が右手を上げると、またトランペットのファンファーレが鳴る。
会場中の人が歓声を上げて、空に花火の音が響き、華やかな音楽が流れる。
『いよいよ始まるって感じだね』
「うん」
なんだかドキドキする。
『開会式って、何をやるんだろうね?』
「試合はしないって聞いたけど……」
隣の席を見ても、アレクさんは居ない。
「アレクさん、何するんだろうね?」
『あ、誰か出て来たよ。あれがアレク?』
闘技場の中には、いつの間にか参加者は別の場所に移動していて、試合会場には二人の剣士が並ぶ。
右側に居るのが、紅の衣装の剣士。左側が紺の衣装の剣士。二人とも同じ形の衣装、仮面、剣を装備してる。
右側の剣士は魔法使いだよね。
左側は魔法使いじゃないみたいだけど……。
「あれってアレクさんかな」
『わかるの?』
「ほら、あの紺の衣装って、アレクさんのローブと同じ色だよ」
『同じ色?この距離で見て、良くわかるね』
「だったら、紅色の方はリックさんかな」
あの色は見たことがある。
『王族二人でイベントをやるって言うの?』
そう思うんだけど……。顔を隠してるから自信はないかな。
曲が変わって、二人の剣士が構えて、お互いの剣を交差させる。
これは……。
「剣舞?」
でも、これって本当に踊り?
音楽に合わせた軽やかなステップが、確かにダンスのようにも見えるのだけど。
足の踏み込み方も、剣のなぎ払い方も、回避の仕方も、どれも際どくて。見ているだけでドキドキしてしまう。どちらも引かない鮮やかな剣捌き。
なんて、美しいんだろう。
奏でられる音楽が高揚感を増して。そして……。
紅の剣士が紺の剣士の剣を弾き飛ばす。
「あっ……」
危ない。
そう思った瞬間、辺りが急に暗くなる。
『エルが魔法を使ってる』
「え?」
エルが闇の魔法陣の上に立って、杖を持った腕を高く上げている。
杖から放たれた魔法が、闘技場一面を暗い闇で覆ってるんだ。
まるで、ここだけが夜になったみたい。
こんなこと出来るの?
「怖くない?」
ヴェロニクさんが、光の魔法で小さな明かりを灯す。
「大丈夫です。精霊も魔法使いもたくさん居るから」
だって、エルの光はあんなに綺麗。
「君は常に光の中に居るんだね」
「え?」
「エイルリオンだ!」
誰かの叫ぶ声が聞こえて視線を落とすと、紺の剣士がエイルリオンを手にしている。
エイルリオンを召喚したってことは。
「やっぱりアレクさんだったんだ」
「正解」
「じゃあ、もう一人はリックさんで合ってますか?」
「それも正解」
アレクさんの反撃の後は、二人が同じ動きで踊る。
「リリーシア。二人に特別な光でも見えたの?」
「アレクさんは光を持ってないです。リックさんは、色んな精霊と契約してるから、少し珍しい色かな」
「それ、アレクを特定できる情報はないってこと?良くわかったね」
「ロニー。公務での私語は厳禁だ」
「だって、この子は面白いからさ」
会場のあちこちから、空に向かって光が放たれる。
「綺麗……」
流れ星が空に向かって降ってる。なんて不思議な光景なんだろう。
アレクさんとリックさんが居る場所はエイルリオン以外の光が無くて、二人が空中で踊っているかのような錯覚を起こす。
自然では起こり得ない奇跡。
二人が剣を交差させて、空に向かって魔法を放つ。
アレクさんのは月の魔法、リックさんのは光の魔法だよね。
二人の魔法が天上でエルの魔法を相殺し、元通りの青空が広がる。
まるで、夢から覚めたみたい。
拍手の音が聞こえて、慌てて拍手をする。
『すごかったね』
「うん」
エルの方を見ると、エミリーさんが持って来た飲み物を飲んでいる。
まだ、さっきの光景が頭に残ってる。暗闇に光るきらきらした光。
エルが飲み干したコップをエミリーさんに渡す。
「エル、大丈夫?」
あんなに大きな魔法を使った後なのに、なんだかいつも通りだ。
「平気だよ。怖くなかったか?」
「全然。昼間から夜空を出せるのなんてエルだけだね」
本当に素敵だった。魔法でこんなことが出来るなんて。
「ありがとう」
エルが微笑む。




