73 天気も良くて誰も居ないから
バロンスの十日。
午前中からオルロワール家で稽古をして、今はメルと一緒にランチを食べているのだけど……。
「お願い。もーぅ、我慢の限界なの」
『メル、我儘はだめだよ』
『そうだよ』
「ザレアもイリスもうるさーい!」
「でも、メルに何かあったら大変だよ」
「アリシアが居ない今しかないの!」
アリシアは今朝から錬金術研究所に出かけているらしい。
「ポリーは?」
「遊びに出かけてるよ!」
『あー。だから余計に外に出たいのか』
「だから、王都で遊べるのは今日しかないの。大会が終わったら帰らなくちゃいけないし」
『リリー、聞く必要ないからね』
「イリスは黙ってて!ちょっと出かけてくるだけだよ。すぐに帰る。だから、それまで私のふりしてここに居て?」
「でも……」
上手く行くのかな。
私と着ている服を交換して、髪型を変えて。
私がメルのふりをしてここに居る間に、メルが私のふりをして出かけるらしいのだけど。
「フィオにも内緒にするんだよね?」
「フィオったら、アリシアから頼まれてるから協力できないって言うんだもん」
協力者が一人も居ないんじゃ、難しい気がするけど……。
『だからって、部屋から追い出すなんて可哀想だよ』
『珍しく一緒に居ないと思ったら。気に入らないからって追い出したの?』
「だって、アリシアの味方するんだもん」
『フィオはメルを心配してるんだよ』
メルがザレアから顔を反らす。
『っていうか、一人で出かける気?』
「ザレアが一緒だよ」
『そんなの一人と変わらないだろ』
「一人はだめだよ」
「ちょっと出かけて来るだけだってば!もう、屋敷の中に居るのも、貴族に会うのもうんざり。私も遊びに行きたいよ。リリー、お願い」
メルも可哀想だけど……。
『ここで甘い顔見せちゃだめだからね』
どうしよう……。
そうだ。
「メル、オルロワール家って広いんだよ。オルロワール家の庭を散歩するんじゃだめ?」
「えー、庭ー?」
「池があるんだって」
「池?」
「この前聞いたんだ。ランチを食べたら、一緒に行こう」
「仕方ないなぁ」
メリブ、今日も居るのかな。
※
ランチが終わって、ロジーヌさんに庭を散歩したいと言ったら、そのまま庭を案内してもらうことになった。
荷物を持ったメイドさんが三人に、近衛騎士も二人。遠巻きにもメルを護衛している人が居る。
オルロワール家の敷地内でも、こんなに護衛がつくなんて。メルが窮屈に思うのも無理はないよね。
「こちらが水の庭園でございます」
広い池。
周りには花が植えられていて、大きな木が一本ある。
その木陰で寝転んでいた人が顔を上げて、こちらに手を振る。
「リリー。なんであいつがここに居るの?」
『あれはエルじゃないからね』
「え?」
『違うの?』
『ちょっと黙ってて』
「お茶の御用意をいたしましょうか」
メイドさんが持ってる荷物って、お茶のセットだったんだ。
「のんびりしたいの」
「かしこまりました。側に控えておりますので、御用がございましたら何なりとお声かけください」
ここで待っててくれるってことなのかな。
メルと一緒に、池のほとりに居るレイリスとメリブの傍に行く。
『こんにちは、リリー。メルリシア』
「こんにちは」
「こんにちは。貴方、確かマリーの精霊よね?マリーと一緒に居なくて良いの?」
『一緒の時もあれば離れることもあるわ。私、水の傍が好きなのよ』
「精霊って自由で羨ましいな」
メル……。
『お姫様がこんなところをうろうろしてて良いのか?』
「ずっと屋敷の中に缶詰めなんて飽きちゃうもん。それより、あなた、本当にエルロックじゃないの?」
『瞳の色が違うだろ。俺の名前はレイリス』
「そういえば、エルロックは紅色だっけ。……あ。その瞳ってアレクシス様と同じ?」
『ふふふ。エルとそっくりだけど別人なのよ』
『逆だって言ってるだろ。エルが俺に似てるんだよ』
「あなたも精霊が見えるの?」
『まだ気づいてないのか?俺は精霊だぞ』
「え?……ええぇっ?」
「どうかなさいましたか?」
「なっ、なんでもないです!」
「大丈夫!なんでもないよ!」
駆けだそうとしていた近衛騎士とロジーヌさんを止めて、頭を下げる。
『もう。大げさ過ぎるよ』
メルがレイリスの顔を覗き込む。
「だって、そっくりってレベルじゃないよ。同じ顔にしか見えない。もしかして、あなた……、もともと人間だったの?」
レイリスが目の前で盛大に笑う。
『元人間、ねぇ』
『なんでそうなるかなぁ』
「エルロックと双子じゃないの?実は王族でアレクシス様の弟とか」
『あー。もう。それ以上笑わせるな』
『物語の読み過ぎだよ』
『面白い子ね』
「ひどいよ。真面目に話してるのに!」
『レイリスは大精霊だからね』
「わかるよ。人の姿なんだから」
『わかってないね』
人の姿をした精霊は、大精霊と強い精霊の二通りいる。
大精霊とは神から生まれた精霊のこと。
強い精霊とは、大精霊から生まれた精霊の中で、大きな力を持った精霊のこと。精霊は魔力の大きさによって姿が変わるのだ。イリスも一度、人の姿をとれるぐらいの力を持ったことがある。
『で?俺に何か用か?』
「用なんてないよ。リリーに外に行きたいって言ったら、オルロワール家の庭で我慢しろって言うんだもん」
『外に行きたいから身代わりになれって、リリーにせがんだのは誰だよ』
『馬鹿だな。そんなの、すぐにばれるぞ』
「どうして?瞳の色さえばれなきゃ大丈夫だよ」
『お前を監視してる人間が何人いると思ってるんだ。子供の浅はかな考えが通用する相手じゃないぜ。どうせ我儘お姫様の思考パターンぐらい、アリシアだってオルロワール家に連絡済みだろ』
『確かに』
そうだよね……。
「むぅ」
メルが頬を膨らませる。
『そんなに外に出たいなら、アレクに頼んでやるか?』
「アレクシス様に?」
『ん……。まぁ、俺が面倒見てやっても良いぜ。……あぁ、そいつが良い。……ん。待ってな。すぐに手配するってさ』
「手配?」
メルが首を傾げる。
『俺はどこに居てもアレクと意思疎通できる方法を持ってるんだよ』
「ラングリオンってどうなってるの?大精霊に守護されてる国だなんて聞いてないんだけど」
「えっと……」
『他言無用だぜ。さてと』
レイリスが周囲に砂嵐を起こしながら、顕現する。
「メルリシア姫様!」
近衛騎士たちが走って来て、レイリスに剣を向ける。
「悪いな。驚かせて」
「レイリス様」
「失礼いたしました」
近衛騎士が剣を下ろして礼をする。
レイリスって、偉い人なの?
「ロジーヌ。アレクから連絡だ。こいつの支度をしてやってくれ。マリユスが来たら王都に出かけてくる」
「王都へ?」
「アレクの主命だ。マリユスは日没までメルリシアの王都視察に同行。オルロワール家は視界に入る位置での護衛は禁止」
「レイリス様。御言葉ですが、」
「オルロワール伯爵にも一筆書いてもらうんだ。俺も護衛についてやるが、正式な書類が届く前にやっておくことがあるんじゃないのか?」
「……かしこまりました。メルリシア姫様。お出かけのお支度を致しますので、こちらへ」
「良いの?本当に?」
「今日一日、思う存分遊んだら、後はオルロワール家の言うことをちゃんと聞けよ」
「もちろん!」
「良い返事だ。さっさと支度して来い」
※
モスグリーンの花柄ベロアワンピースに、同じベロア素材でリボンのついた帽子。
頭は変装の為に栗色の鬘をつけて、カラーレンズの眼鏡をつけている。
「可愛い。すごくお洒落だよ」
「えへへ。ありがとう。リリーも素敵だよ」
私まで着替える必要あったかなって思うけど。
「ありがとう」
『素敵って。メルが選んだんじゃないか』
『最初の服の方が可愛かったのにな。趣味が悪いぞ』
『メルはリリーをいつまで王子様だと思ってるのさ』
「これで良いの!」
今は支度が終わって、メル、フィオ、私でマリユスを待っているところだ。
レイリスは顕現を解いてる。
「リリーシア様。メルリシア様に付き合わせてしまい、申し訳ありません」
「え?すごく良い感じだよ」
動きやすい服は歓迎だ。
バーレイグを持ち出すわけにはいかないから、装備が短剣しかないのが不安だけど。
「そういえば、近衛騎士のマリユス様って、リリーに薔薇を贈った人だよね」
「うん」
「あれって結局なんだったの?」
「感謝の気持ちだって」
七本の意味は誰も教えてくれないけど。赤じゃないし、メッセージカードにもお詫びと感謝って書いてあったから、合ってるんだよね。
「感謝かぁ……。ねぇ、マリユス様ってどんな人?ツァレン様みたいな感じ?」
「え?ツァレンさんとは全然雰囲気が違うと思う。私と同い年ぐらいの人だよ」
「そうなんだ。かっこいい?」
「真面目で素敵な人だよ」
「本当?早く会いたいな。まだかなー?」
「メルリシア様、あまりはしゃぎ過ぎないでください」
「むぅ」
「皇太子殿下の御好意あってのお出かけです。マリユス様にもご迷惑をかけないようにしてくださいね」
「わかってるよ。あ!出かけてる間は敬語は禁止。私のことはメルって呼んでよ」
「そんな恐れ多いことは……」
『姫の名前を堂々と呼ぶのは良くないだろうし、メルで良いだろ』
「ほら!……っていうか、今って顕現してない?」
『今気づいたの?』
『ぞろぞろ歩いてても目立つだけだろ。傍で護衛してやるから俺には話しかけるなよ』
「わかった」
『リリーもな』
「うん」
「……私の知らない精霊が居ますか?」
フィオにはレイリスは見えないんだよね。
「すごい精霊が居るんだよ。私を守ってくれるって」
「そうでしたか。どうか、メルリシア様をよろしくお願いします」
『あぁ、まかせとけよ』
「まかせて、だってさ。フィオよりも頼りになるんだから」
「それは頼もしい限りです」
フィオが優しく微笑む。
「マリユス様が到着されました」
部屋の中にマリユスとロジーヌさん、それからもう一人、魔法使いの光を持った子が入ってくる。
「お待たせいたしました、メルリシア姫様。皇太子近衛騎士のマリユスと申します。我が主君、アレクシス様より姫様の護衛を仰せつかり、参上いたしました」
マリユスが深くお辞儀をする。
「待っていたよ。よろしくね」
「はい」
今日は近衛騎士の恰好はしていない。お忍びのお出かけだからかな。
「はじめまして、メルリシア姫様。クロードと申します」
クロード。初めて会うよね。金髪碧眼で、ルイスみたいな恰好をした子だ。
「本日は姫様の御案内役を務めさせて頂く為、参上いたしました」
「案内?オルロワール家の護衛はなしじゃなかったの?」
「クロード様はオルロワール家の者ではございません。姫様の御遊覧に役立つかと思い、王都に詳しい方をお連れ致しました」
『どうせ右も左もわからないんだから、案内ぐらい連れて行け』
「じゃあ、フィオの代わりに連れて行く。フィオはお留守番ね」
「留守番ですか?」
『メル、どうしてそういうこと言うのさ』
『フィオが可哀想だよ』
「もう決めたの。フィオは一日、オルロワール家で待ってて」
「かしこまりました。……マリユス様、クロード様、どうかメルリシア様をよろしくお願いいたします」
「お任せください」
「仰せのままに」
「二人とも、今日は堅苦しい敬語はなし。私のことはメルって呼んでくれる?」
「では、メル様と」
「もーぅ」
「よろしく、メル」
メルがにっこりほほ笑む。
「よろしく、クロード。行こうか」




