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旧作3-2  作者: 智枝 理子
Ⅲ.剣術大会編
65/149

72 信じあう心

 ワゴンに料理を乗せて、皆で食堂へ、

 食堂にはルイス、ジニーとカミーユさんが集まっている。

 エルが、三人の方に行く。

「ブリジット」

 キャロルの視線の先を見ると、大きな花瓶を持ったブリジットさんが来る。

「ブリジットさん、手伝いますか?」

「大丈夫ですよ。今、テーブルの御準備をしますから、少々お待ちください」

 持っていた花をテーブルに飾って、ブリジットさんが戻って来た。

「お待たせいたしました」

「他の人ってまだ来てないんですか?」

「はい。まだいらっしゃっていませんね」

「ファルは、どうしたの?」

「申し訳ありません。フランカ様の御加減がよろしくないので、お二人は欠席されます」

「風邪でも引いたの?大丈夫かしら。心配ね」

「大丈夫ですよ。エルロック様が看て下さいましたから」

「なら、大丈夫ね」

 エルが遅かったのって、フランカさんの様子を看てたからなんだ。

「ルイス様がフランカ様の看護にあたる為、皆様にも当家に御滞在頂くと伺っております」

「え?」

『そんなこと一言も言ってなかったよね』

「もう。何でも勝手に決めるんだから」

『本当にねー。でも、リリーはオルロワール家に行きやすいんじゃない?』

 そうなんだけど……。

 重症なのかな。

「ブリジット、これをファルに渡してくれる?」

 一緒に作ったロッシェ・ココの包みを、キャロルがブリジットさんに渡す。

「承りました。きっと喜ばれますよ。ルイス様へのプレゼントはあちらに御用意しております」

 ブリジットさんが指した方を見ると、エルと一緒に選んだ片手剣が置いてある。花とリボンのラッピングは、ブリジットさんがやってくれたのかな。

「ありがとうございます」

「私も向こうに置いて来るわ」

 キャロルがプレゼントの包みを持って走って行くと、エルがこちらを見る。

「リリー、サブレあるか?」

「うん」

 乾杯の前につまめると思って、少し持って来てるのだ。

「台所にもう少しあるけど、持って来る?」

「いや。それで良いよ」

 サブレのお皿をエルに持って行く。

「ほら、ジニー。これがサブレだ」

「同じじゃないですか」

 同じ?

『何の話し?』

『ジニーが作った食べ物の話しよぉ』

 ルイスの前にあるのって、ジニーが作ったサブレなのかな。

 今日は何を入れたんだろう。

 カミーユさんが、ロッシェ・ココを手に取る。

「おー。ロッシェ・ココじゃないか。良く作ったな」

「ロッシェ・ココ?……って何ですか?」

「メレンゲのサブレだよ」

 エル、知ってるんだ。意外かも。

「良い具合だな。美味いぜ」

「ありがとうございます」

「わぁ。美味しい」

「こっちのは?」

 ルイスがサブレを一枚取る。

「ペッパルカーコル。スパイシーなサブレだよ」

「香ばしいね」

「珍しいサブレだな。グラシアルの菓子かい」

「はい」

「後でレシピを教えてくれないか?」

「それなら、今……」

「おい。料理を運んでる途中じゃなかったのか」

「シャルロさん」

「シャルロ」

 そうだ。キャロルとブリジットさんに任せっぱなしだ。

「手伝います」

「あ、私も行きます」

 ジニーと一緒にワゴンの方へ行く。

「良い匂い。今日はピッツァなんですね」

「エルがレシピを聞いてくれたんだ。……キャロル、後はお皿を並べるだけ?」

「えぇ。一緒に食器を並べましょう」

「うん」

 キャロルと一緒にお皿とスプーン、フォークを並べていくと、ブリジットさんとジニーがテーブルナプキンを畳んで飾って行く。

『おー。すごいね』

 あんなお洒落な畳み方は、ちょっと出来ない。

「畳み方も色々あるんだね」

「これは得意なんですよ。そうだ。リリーさん、ジャムの乗ったサブレって知ってますか?」

「ハッロングロットルのこと?」

「あるんですね!」

『知らないのに聞いて来たの?』

 グラシアルではメジャーなお菓子だけど。ラングリオンにもあるかは、ちょっとわからない。

「どうやって作るんですか?」

「サブレ生地に親指でくぼみを作って、その上にジャムを載せて焼くんだよ」

「簡単そうですね。今度作ってみます」

「うん」

 ジャムならきっと、甘いお菓子になるよね。

「リリー、ジニー」

『マリーとポリーが来たね』

「こんばんは」

「こんばんは。マリー、ポリー」

『こんばんは』

 ナインシェとメリブだ。

『久しぶりね』

「うん」

 メリブと会うのって久しぶりだ。最近はマリーと一緒に居る感じがしない。最後に会ったのって、カウントダウンの時?

「はじめまして、ヴィルジニーです。ジニーって呼んでくださいね。あなたがリリーさんのお姉さんですか?」

「えぇ。ポリシアよ。よろしくね」

「リリーさんと全然似てないですね」

「血は繋がってないもの。プレゼントってあそこに置けば良いの?」

「そうみたい」

 これで皆揃ったよね。

「じゃあ、乾杯の準備をしなくちゃ。ジニー、どれにしようか」

「オランジュエードかな」

「そうね」

 キャロルとジニーがオランジュエードの瓶を持って行く。

 あ、フレッシュクリームとケーキサーバーが置きっぱなしだ。ケーキの傍に置いておこう。

 ケーキの傍に、布ナプキンと一緒にケーキサーバーを置く。

「クリーム、溶けちゃうかな」

 切り分けた後に飾ろうと思ってたから、クリームは絞り袋に入れてあるのだけど。どのタイミングで食べるかわからないから……。

「リリー」

「エル」

『エルに頼んで氷を出してもらえば?』

「氷?」

「クリームは後でケーキに飾ろうと思ってるんだけど、このままじゃ溶けちゃうかもしれないと思って」

「それなら……」

 エルが深皿に魔法で氷を出して、その中にクリームの絞り袋を入れたグラスを斜めに置く。

「ついでに花でも飾っておくか」

 エルが花を一輪取って、花びらを氷の上に散らす。

『お洒落ね』

「綺麗」

 あっという間にお洒落な置物になっちゃった。

「ほら。エル、リリーシアちゃん」

 カミーユさんが乾杯のグラスを持って来る。

「乾杯しようぜ」

「ん」

 エルが周囲を見回す。

「ルイス、誕生日おめでとう」

「ありがとう」

「責任ある行動をとるように。この前みたいに、危ない事には首突っ込むなよ」

「エルに言われたくないよ」

「まだ子供だ」

「エル。手短にしろ」

「なんで乾杯の音頭で説教してるんだよ」

「本当、エルって駄目ね。ルイス、誕生日おめでとう。祝福するわ。乾杯!」

「乾杯!」

 慌ててグラスを合わせて、一口飲む。

 みんな、いつも息がぴったりだよね。

 エルを見上げる。

 ……でも。

 エルがルイスに言いたかったのって、こういうことじゃないよね。

 本当のこと、あまり言ってくれないから。

 言えない理由はあるんだろうけど、ちゃんと言ってくれた方が嬉しいんだけどな。

 ルイスとキャロルだって、きっとそうだと思うんだけど。

 私の方を見たエルと目が合う。

「リリー」

「うん?」

「一緒に来てくれてありがとう」

 あぁ、そっか。

「ルイスに言いたかったことって、本当はそれだったの?」

 エルが驚いた顔をして。

 それから、柔らかく微笑む。

「家族にはいつも感謝してるよ」

 ……あぁ。

 私はこの人がとても好きだ。

「エル、これどうやって取り分けるのー?」

「俺がやるよ」

 エルが、キャロルの方へ行く。

『相変わらず忙しいね』

「エルっぽい」

『あ。メリブ』

 メリブが傍に飛んでくる。

『リリー。元気そうね』

「うん」

『最近見かけないから、マリーと契約解除したのかと思ったよ』

 マリーの光は同じだったから、それはないと思うんだけど。

『王都って私には賑やか過ぎるもの。普段はオルロワール家の池のほとりに居るの』

「オルロワール家って、池もあるの?」

『静かで居心地が良いわ』

 どの辺にあるんだろう……。

『で?今日はエルに会いに来たの?』

『そうよ。ジオとレイリスが、エルの話しばかりするんだもの。エルに会いたくなっちゃうわ』

 ジオとレイリス、メリブに会いに行ってるんだ。

 契約者のマリーと一緒に居ないから、心配なのかな。

「王都にもたくさん精霊が居るし、きっと出かけるのも楽しいよ」

『そうね。リリーがいつ堀に落ちても良いように、王都の地理に慣れていた方が良いかもしれないわね』

『もしかして、リリーが堀に突っ込んだ時、マリーに呼び出されたの?』

『そうよ。水中を自由に動き回れるのなんて、水の精霊だけだもの』

「そうなの?」

『当たり前だろ。ボクだって水中は苦手だよ』

 そうなんだ。……そうだよね。炎の精霊が水の中に居るなんて想像がつかない。氷の精霊なら、すぐに浮いちゃいそう。

『っていうか、エルは向こうに行ったよ。なんでこっちに来たの?』

『だって、エルには私の声は聞こえないもの』

 メリブはマリーと契約してるから……。

「何か伝えようか?」

『良いのよ。エルが楽しそうにしてるのを見に来ただけだから。……本当に。笑ってる顔って、変わらないものなのね』

 ……そっか。

 エル、メリブたちと居た頃と同じぐらい、王都でも楽しそうにしてるんだ。

「安心する?」

 メリブが微笑む。

『えぇ』

「取り込み中かい」

「カミーユさん」

「そんなに精霊が居るのか?ここ」

「えっと……。はい」

 精霊と喋ってるように見えたのかな。

『まぁ、誰も居ないところでにやけてたらそう思われるよね』

「えっ」

 そんな変な顔してたかな。

 カミーユさんが笑う。

「ペッパルカーコルのレシピを教えてくれないか?」

 カミーユさんが出したメモ紙に、レシピを書く。

「あの、エルってお菓子に詳しいですか?」

「詳しいんじゃないのか?」

「マカロンは知らなかったのに?」

「あれは最近のだから知らないんだろ。昔は甘いものも好きだったんだぜ」

『好きだったわね』

「そんなに好きだったの?」

「フラーダリーはしょっちゅうエルに菓子を作ってたんだ。遊びに行く度に菓子の山だったな」

『フラーダリーって、エルを連れて行った人ね』

『そうだよ』

「フラーダリーって、そんなにお菓子を作るのが好きだったの?」

「エルが喜んでたからな。フラーダリーは信じられないぐらいエルを甘やかしてたんだ」

『道理で我儘なわけだよね』

『そうかしら』

「あの、もう少し知りたいです」

「そうだな。……養成所の頃に、エルがフラーダリーから借りてたバイオリンを壊したことがあったんだ。あいつ、相当落ち込んでたんだけど。授業で使うものだから用意しなくちゃいけなくて、フラーダリーに頼んだんだよ。そしたら、フラーダリーはエルの新しいバイオリンを三日でガスパーロに作らせたんだ」

「ガスパーロ?」

「バイオリンの名工の一人。国王陛下から技巧勲章を賜ってるんだぜ」

「すごい人なんだ」

『アリシアは知ってそうだね』

「制作を頼めば順番待ちが当たり前の名工だ。どんな方法を使って承諾させたのかは知らないけど。おかげでエルがバイオリンに本気で打ち込むことになったんだよ」

「それでツィガーヌが弾けるの?」

「そういうわけだ」

 バイオリンって三日で作れるのかな。

 もしかしたら、最初から頼んでたのかもしれない。

「リリー、カミーユ。何してるの?」

「マリー、ポリー」

『うるさいのが来たな』

「サブレのレシピを聞いてたんだよ。じゃあな、リリーシアちゃん。ありがとう」

「はい」

 メモを持って、カミーユさんが行ってしまう。

「リリーに渡したいものがあったのよ」

 マリーが本を出す。これは……。

「名もなき王の物語」

『懐かしいね』

 これは、ちょっと読みたかった。

「どうしてこれを?」

「メルがオルロワール家の書庫で見つけたのよ」

「書庫?」

「メルリシア姫はアリシアと一緒にラングリオンの歴史や法律を学んでいるの」

「ほら、例のあれの名前が出てくる本じゃない。興味あると思ったわ」

『勉強中に全く関係ない本を見つけるなんて、リリーの影響だよね』

 メルと一緒に、良く物語を読んでたっけ。

「これ、借りても大丈夫?」

「もちろんよ」

「ありがとう」

 懐かしいな。


 ※


 名もなき王の物語。

 後片付けが終わった後、そのまま台所で本を読んでいると、ジニーを送りに行っていたルイスが帰って来た。

「ただいま」

「おかえりなさい、ルイス」

「まだここに居たの?」

「お茶を飲みながら本を読んでたの」

 少し固まってしまった体を伸ばす。

「ルイスも飲む?」

「うん」

 お湯を沸かしながら、ティーポットに茶葉を入れる。

 さっき沸かしたばかりだから、すぐに沸くはずだ。

「キャロルは?」

「疲れたみたい。もう寝ちゃったよ」

 眠そうにしていたキャロルをブリジットさんが部屋に案内したのは結構前。

 ブリジットさんも戻ってこないから、そのままフランカさんの様子を見に行ったのかもしれない。

「エルは?」

「シャルロさんとカミーユさんと一緒に書斎に居るよ」

「そっか」

 沸いたお湯をティーポットに注ぐ。

 マリーが持って来てくれたベルガモット茶は良い匂い。

「何読んでたの?」

「名もなき王の物語」

「聞いたことないな。どんな話し?」

「王様が、身分と名前を隠して旅する物語」

「それで名もなき王なんだ」

「うん。王様にはね、一章ごとに使う偽名があるんだ。真実をおしはかる者の章なら、サンゲタル。恐ろしき者の章なら、ユッグ。それから……」

 ページをめくる。

「あった。炎の眼差しを持つ者の章。これがバーレイグ」

「バーレイグって、リリーシアが剣術大会で使う偽名だよね」

「私が大会で使う大剣の名前もそうなんだ。アルディアの剣を借りられることになったの」

「アルディアって有名な人だよね?」

「うん」

『バーレイグを借りられることになったのは想定外だけどね』

 もともと鎧につけられたルビーを見て、バーレイグを思い出したからなんだけど。

「サンゲタルは、アレクさんが持ってるリグニスの剣なんだよ」

 名剣に使われる名前は、すべて同じ人を指す。

「リリーシアが使う剣って、アレクシス様の愛剣と並ぶ名剣なの?」

「えっと……。そうなるのかな」

「すごいね。じゃあ、その王様の本当の名前って?」

「本当の名前は出てこないよ。その王様、本当の名前を忘れてしまうんだ。王様にはとても愛してる人が居るんだけど、その人の名前も忘れちゃうの。……王様が愛しい人を想う時は、ヴィエルジュって呼びかけるんだ」

 暦の一番最初の月。

 ヴィエルジュ。私の乙女。

「聖母か。恋人への呼びかけにしては変な気がするけど」

「え?」

「どうしたの?」

「ヴィエルジュって、乙女じゃないの?」

「僕が知ってるヴィエルジュの意味は聖母だよ。ラングリオン初代国王をグラム湖へ導いた女性を指すんだ」

『グラシアルと違うみたいだね』

 暦を作ったのはラングリオン。聖母だから、ヴィエルジュが暦の一番最初に来るのかな。

 ベルガモット茶をカップに注いで、ルイスの前に出す。

「ありがとう。リリーシアも本を読むのが好きだね」

「エルが読む本とは全然違うけど」

 ルイスが笑う。

「そうだね。エルは物語は読まないね」

 本当に、趣味の方向が全然違う。

「リリーシア。花をあげる」

 青い花の、小さなブーケ。

「可愛い。ありがとう。なんていう花?」

「ブルースターだよ」

 青い星。

 この花言葉は知ってる。

 こんなに可愛い花なんだ。

「リリーシア、エルと結婚してくれてありがとう」

「え?」

「僕とキャロルを養子にしたせいで、エルは僕たちが成人するまで結婚しないんじゃないかって心配だったんだ」

『変なところで真面目だからね』

「僕はエルと一緒に居たかったから錬金術を勉強したいって言っただけだったのに、それがエルの負担になってないか心配だったんだ」

 お互いをすごく大切にしてるから。だからルイスとキャロルは、エルの為にしっかりしようって頑張っているんだろう。

「心配要らないと思うよ。もっと我儘言った方がエルは喜ぶと思う」

「そうかな」

「そうだよ」

『そうだね』

 ファルと背比べをしていたキャロルを思い出す。二人ともすごくしっかりしてるけど、本当はまだまだ子供っぽいところもたくさんあるんだよね。

「エルが乾杯の時に言いたかったこと、教えてあげる」

「乾杯の時って、あの説教?」

 あれはきっと、ルイスのことを心配してただけだよね。

「本当はね、一緒に来てくれてありがとうって言いたかったみたい」

「エル……」

 ルイスが俯いて。

 ……顔を上げる。

「ありがとう。リリーシアが来てくれてから、僕らは前よりも家族になれた気がするよ。これからもよろしくね」

「こちらこそ。よろしくね」

 


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