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旧作3-2  作者: 智枝 理子
Ⅲ.剣術大会編
62/149

69 あふれる想い

 エルと手を繋いでお祭りを見て歩く。

 やっぱり、エルと一緒に歩いてると人にぶつからない。

「あ」

 突然、帽子を取られてエルを見上げる。

「これで良く見える」

 顔が見えないから取ったの?帽子をずらせば良いだけだと思うけど……。

「祭りは全部見て回ったのか?」

 帽子を返してくれる気はないらしい。

「全部かはわからないけど、初日にルイスと一緒に見て来たよ」

「そういえば、変装してたんだって?」

「え?……うん」

 ルイスから聞いたのかな。

『ポラリスみたいな恰好してたんだよ。エレインにも誰かわからないって言われたからね』

 バロンスの朔日の話しだ。

「そこまでしなくても良いのに」

 剣術大会に登録に行ってたから……。とは言えないよね。

 きっと、ルイスが上手く言ってくれたんだろう。

「今日は一人で見てたのか?」

「違うよ。家に帰る途中にガレットを買っただけ」

『ランチの後だったのに、良く食べるよね』

「だって、食べたかったんだもん」

 少しお腹が空いてたし。

「他に食べたいものは?」

 これ以上は無理。

「もう、お腹いっぱい。……シリルさんにオランジュエードも奢られちゃったんだ」

『結局、何のお礼もしてないよね』

「そうかも……」

「絡まれたんだって?」

「うん。吸血鬼が歩いて良い場所じゃないって、髪を引っ張られたの」

「なんだって?」

 あれ、ちょっと痛かったな。

「でも、シリルさんが助けてくれたんだ」

『揉め事にならないように穏便に済ませてくれたんだよ。リリーが相手の腕をひねり上げたりするからさ』

「だって……」

 あれでも穏便に済ませようと思ってたんだけど。

「そういう時は、悲鳴を上げて助けを呼ぶんだ。周囲の注目を集めるのは相手にとって不利な状況だし、守備隊が巡回中だから、すぐに駆けつけてくれる」

 全然思いつかなかった。

「はい」

 そうだよね。その方が女の子らしいのかも。

 助けてくれる人もたくさん居るだろうし。

 エルがお祭りを見てたなら、来てくれたかもしれない。

「明日の夜に、ガラハドの家でルイスの誕生会をやることにしたんだ」

「隊長さんの家って、セントラルの?」

「知ってるのか?」

「うん。オルロワール家の近くだよね?」

 この前、リックさんと行った場所。

「そうだよ。準備もあるから、昼過ぎには行く予定」

 準備って、料理するってことだよね。

「オーブンもあるかな」

「あるよ」

「じゃあ、キャロルと一緒にケーキを作って良い?」

「良いよ。皆で材料を買っていこう」

 楽しみだな。

 キャロルの誕生日の準備をした時みたい。

「剣術大会は見に行ったか?」

「え?……行ってないよ」

 参加してること、ばれないようにしなきゃ。

「バーレイグを持った参加者が居たんだ」

「えっ?バーレイグ?」

 見られてた?

『エル、予選を見に行ったの?』

「レイリスと一緒に見て来たんだ」

「あの、バーレイグって……」

「どこかの貴族みたいな女剣士が使ってたぜ。名前はわからないけど。本戦にも出るだろうから、楽しみにしておくと良い」

 貴族……?

「うん」

「ムラサメも勝ってたな」

「本当?良かった。きっと、勝つと思ってたんだ」

 良かった。これで、大会の各ブロックに味方が居る状態になる。

 エルの顔を見上げる。

 本当に、バーレイグを持ってたのが私だって気づいてないのかな。

 視界の端で何かが光る。

「あ!……エル、あれ」

 空の上。

「フォルテか?」

 斑の光を持ったドラゴン。

「そうだと思う」

 あんなに大きなドラゴンなのに、この距離だと、手のひらよりも小さい。

「ドラゴンってどれぐらい目が良いんだろうな」

 王都がどこかは見えていそうだけど。この距離で人の顔まで見えるってことはないよね?

 ドラゴンはあっという間に飛び去ってしまった。

「近場に降りる気配はなさそうだな。行くか」

「うん」

 空の高いところを飛んでいると、こちらからは何も出来ない。

 でも。また王都に来たなら、今度は私も一緒に戦う。


 ちょっとずつ日が沈んで、茜色になる通りをエルと歩く。

 大道芸人の音楽が遠くで鳴っている。まだまだ賑やかだ。

『この辺、リリーは初めて来るんじゃない?』

 食べ物屋さんが全然並んでない通りなんて初めてかも。

 子供たちが小さなゴム風船を上下させて遊んでいる。

「あれは何?」

 初めて見る。

「水ヨーヨーだよ。ほら、あそこで売ってる」

 子供が糸を垂らして、大きな水桶に浮かんでいる風船を釣りあげている。

「中に水が入ってるの?」

「そうだよ。欲しいのか?」

 遊んでるのって子供ばかりだ。

「子供の玩具なんだよね?」

「この辺は子供が遊ぶ場所だからな」

 だから子供が多いんだ。

 今度は、目の前に何かふわふわしたものが浮かぶ。

「見て、エル。シャボン玉だよ」

 近くで子供が輪投げで遊んでる。輪投げの景品みたいだ。

「懐かしいな。……シャボン玉がしたいなら、今度作ってやるよ」

「作れるの?」

「簡単だよ。子供でも作れる」

 そうなんだ。

 目の前にシャボン玉が飛んできて、思わず手を上げて防ごうとすると、シャボン玉が割れた。

「割れないシャボン玉ってある?」

「割れないシャボン玉?」

 エルが口元に手を当てて考えてる。

「やってみるか」

 エルがシャボン玉を吹いている子供たちの傍に行って、何か話す。

 やってみるって?

 何をするのかな。

「せーのっ」

 子供たちが一斉に上に向かってシャボン玉を吹く。

 そして、エルが何か魔法を使うと、シャボン玉が一斉に割れた。

「難しいな。……もう一回頼めるか?」

「良いよー」

「しょうがないなぁ」

 子供たちがそう言って、もう一度シャボン玉を吹く。

 子供たちが吹いたシャボン玉が、今度は白くなっていく。

『ナターシャの魔法だね』

 近くに飛んできたシャボン玉の一つが、目の前で凍っていく。

「綺麗……」

 綺麗な模様を描いているシャボン玉が、漂いながらゆっくりと地面に落ちていく。

 そして、地面に着いたとたんに割れて、破片が溶けていく。

「お兄ちゃん、もう一回やって!」

「良いぜ」

 もう一度、子供たちが一斉にシャボン玉を吹いて、エルがそれを凍らせる。

 そして、その一つをエルが私の前に掲げる。

「ほら。割れないシャボン玉」

「わぁ……」

 エルの掌の上で、綺麗な球体の形に凍ったシャボン玉が浮いている。

 なんて綺麗なんだろう。

 複雑な白い模様を描いた、透き通るような白さの美しい球体。

「ありがとう。すごく綺麗」

 割れないシャボン玉だ。

「これ以上の保存は少し面倒だな」

 冷たいのかな。

「あ……」

 触れた場所が砕けて、落ちた破片がエルの掌の上で溶ける。

「冬になったらもう少し形を保っていられるかもしれないな」

「お兄ちゃん、もう一回!」

『懐かれたわね』

「良いよ。ほら」

 子供たちがまたシャボン玉を吹く。

 エルって本当に子供が好きだよね。

『こんなに派手に魔法使って良いの?』

『雪の魔法なら平気だろう』

「面白い事やってるな」

 男の人が二人。……知らない人だよね?

「もうすぐ夜だ。暗くなっても綺麗なんじゃないか」

 夜?

 空を見上げると星が光る。

「あ、一番星」

「どこどこ?」

 子供たちと一緒に空を見上げる。

 陽が落ちた夕空にどんどん星が増えていく。

『この人たちもブローチ持ってるわ』

 ブローチ?

 本当だ。エルのと全く同じもの。……これって偶然じゃないよね。

「そのブローチをどこで手に入れた」

 特別なものなんだ。

 シリルさんのも?

「他人には言えないな」

「お嬢ちゃんは持ってないのかい」

「え?」

 一人が私の方に手を差し出す。

 ……これって。もしかして。

 握った拳を出すと、相手も握った拳を合わせる。

 それから、腕を交差させる。

「遅刻組って何ですか?」

 相手の二人が顔を見合わせて笑う。

「知らないのか」

「不思議だな。どうして君は挨拶を知っているんだ?」

 ブローチと関係のある特別な挨拶なんだ。

「参ったな。こういうケースは想定外だ」

「どうせ近い内にわかるだろう。さようなら。エルロック、リリーシア」

 私たちのこと、知ってる?

『追跡するか?』

「いや。いいよ」

 敵じゃなさそうだけど……。

「リリー。今の、なんだ?」

「今のって?」

「挨拶」

『シリルがやってた奴だよね』

「さっきの男か」

「うん」

『シリルもブローチを持ってたよ』

 エルも持ってるのに、エルは知らない?

「バニラ、同じものだったか?」

『同じものだ。しかし、石の話しならばリリーの方が詳しいだろう。私はそこまで細かい仕訳は出来ない』

 細かいかな。

「リリー。これに使われてる石を教えて」

 エルが外したブローチを見る。

「赤はカーネリアン、白はムーンストーン、藍は瑠璃だよ」

 今まで見たブローチは、全部同じものだったよね。

「どんな意味があると思う?」

「こういうビオラをイメージしたものじゃないの?」

「こんな配色のビオラはないよ」

 そうなんだ。

 宝石にも、意味は色々あるけど……。

「石の組み合わせによる意味は解らないかな。でも、どれも歴史が古くて、昔から幸運を呼び寄せる石って言われてるよ」

 意味があるなら、これを作った人に聞くのが一番だと思うけど。

「このブローチを作るのは難しいか?」

 金の土台を使ったブローチ。

 中央のカーネリアンは球形の美しい、鮮やかな紅色のものを使っている。手前の三枚の花弁は、透き通るような乳白色で丸みのあるムーンストーン。そして、重なるようについている二枚の花弁は、深い紺色の、艶のある平たい瑠璃。

「どの石も綺麗な加工をされてるよ。土台の細工も、石の取り付けも丁寧に作られてる。高い技術は必要だけど、特殊な加工をしているわけじゃないから、材料さえそろっていれば作れるものだと思う」

「そうか」

 ただ……。気になる。

「ただ、ここまで全部のブローチを同じ色で統一するのは難しいんじゃないかな」

「同じ色?」

「私が見たブローチは全部、同じ色だった。同じ形のブローチを複数作ったとしても、石の色にここまでこだわる事って珍しいんじゃないかな」

「確かに」

 カーネリアンは赤みが強いものもあればオレンジ色に近い物もある。

 ムーンストーンも全く同じ輝きの乳白色を集めるのは難しい。

 そして、この深い藍色……。濃紺の瑠璃。

「何よりも特徴的なのは、黄鉄鋼の入ってない瑠璃を選んでることだよね」

「黄鉄鋼?」

「瑠璃に入ってる金色の点や線は、黄鉄鉱の粒なんだ。これが美しく入ってる方が喜ばれるけど、ブローチに使われてる瑠璃は、どれも黄鉄鉱が入ってなかったよ」

 黄鉄鉱の入り具合の美しい瑠璃は夜空の石と言われる。瑠璃は星空をイメージして加工されることが多い石だ。

「どれもって、今まで見たの全部そうなのか?」

「詳しく見てみないと、はっきり言えないけど……。少なくともエルのには全く入ってないよ」

 エルにブローチを返す。

 もっと気をつけて見れば金色の粒が入ってるのが確認できるかもしれないけれど、ブローチを作った人がここまで色にこだわっているなら入ってない可能性が高いよね。

 でも、黄鉄鉱を省くのは至難の業だ。いくら小さなブローチを作るだけとはいえ、大変なんじゃないかな。どれぐらいの数のブローチを作ったのかは知らないけれど。

 それとも、原石に黄鉄鉱の入ってないものがある?

 これって、誰が作ったものなんだろう。

「あの……」

 また、何か考えてる。

 聞いちゃだめなのかな。

 エルの紅の瞳を見つめる。

 ……カーネリアン?

「リリー。皆と噴水のところに行っててくれないか」

「え?」

 エル、どこかに行っちゃうの?

『皆って、私たちのこと?』

「そうだよ。すぐに戻るから、リリーを頼む」

『了解』

 あっという間にエルが人ごみの中に居なくなってしまう。

『リリー、行くわよぉ』

「……うん」

 また、難しい事を考えてるのかな。

 そしてまた教えてくれないんだ。


 ※


 人にぶつからないように気を付けて、皆と一緒に噴水のある場所へようやく着く。

『着いたね』

 この辺りで待っていれば良いのかな。

 噴水の前に立ってお城を見上げると、鞘なしのまま飾られているエイルリオンが淡く光っているのが見える。

『エルが来た』

「え?」

 着いたばかりなのに?

 振り返ると、エルが大きな花束を持って息を切らしてる。

「エル……?」

『早かったな』

『ちょうど着いたところだよー』

「良かった」

 その花束は……?

 もしかして、私がここに着くまでの間に用意したの?

 顔を上げたエルの、紅の瞳と目が合う。

 どうしよう。ドキドキする。

 だって。どうして、その花……?

「だめだな。タイミングが悪い」

 全然、そんなことない。

「幸せにするって言ったのに、約束を何一つ叶えられなくてごめん。まだしばらく叶えられそうにないんだ」

 そんなことないよ。

「でも、いつも一緒に居たいと思ってるよ。俺のことを信じてくれるなら、受け取って」

 ……良いの?

 夢みたい。

 目の前に広がる鮮やかな紅が、どんどんぼやけていく。

 信じてるよ。エルが私のこと考えてくれてるって。

 だって、そうじゃなきゃこんなこと出来ない。

 エルの持つ大きな花束を受け取って、目を閉じた瞬間。

 ……溢れる。

「ごめん」

 エルが私の目元に触れる。

 どうして謝るの?

「泣かないで」

 そんなの、無理。

 だって……。

 私、欲しいなんて言ってないのに。

 エルは知らないはずなのに。

 この、腕の中の花……。

「ごめん。薔薇が好きじゃないなんて、知らなかったんだ」

 違う。

「エルのばか」

 どうして、そうなるの?

「違うよ……」

「違う?」

 だって……。

「だって、聞いたばかりだったから」

―赤い薔薇だけの花束をもらう時は気をつけた方が良い。

「赤い薔薇だけの花束は、好きな人以外から貰っちゃいけないって。だから……」

―大抵が愛の告白だ。

「だから、すごく、嬉しくて……」

 エルが私を抱きしめて。

 花の香りが溢れる。

「リリー。受け取ってくれて、ありがとう」

「お礼を言うの、私だよ」

「違うよ。これは、最愛の人へ贈る特別な花束なんだ」

 身も心も染められそうなほどの情熱的な紅。

「だから、リリーが受け取ってくれて嬉しい」

 エル……。愛してる。

「ありがとう、エル。私、すごく幸せだよ」

 私をこんなに幸せに出来るのはあなただけ。


 ※


 カーテンの隙間から星が見える。

 紅茶を飲んでいるエルを見上げる。

「エル」

「ん?」

「どうして薔薇を選んでくれたの?」

 こんなに突然。

 エルが、紅の瞳で私を見る。

「リリーが好きだから」

 ……そういうことも、突然言うから。

 いつもドキドキする。

「私もエルが好きだよ」

 赤い薔薇の花束。

 マリーが貰うところを見て少し憧れてたなんて、エルは知らないよね。

 割れないシャボン玉の話しをしただけで、あんなに綺麗な氷の球体を作ってくれたり、薔薇の花束を贈ってくれたり。

 エルは、私に色んなことをしてくれる。

「エル、我儘言って」

 私も何か願いを叶えたい。

「俺も薔薇が欲しい」

「薔薇?」

「そう。城の薔薇園で見つけた、一番可愛い薔薇」

 薔薇園の薔薇って、すごく色んな種類があるよね?

「探せるかな」

「探せるよ」

「赤い薔薇?」

「紅も薔薇も好きじゃない」

 紅……。

「じゃあ、今日はどうして……」

「リリーは特別」

 ……ばか。

「どんな薔薇か教えて」

「赤い花びらを着てたな」

「赤……?」

 今、赤は好きじゃないって言わなかったっけ?

「ロザリーが作ったんだ」

「ロザリーが?」

 あれ?……着てた?

 エルが欲しい薔薇って。

「ばか」

 あの服のこと?

 エルが私の頬をつつく。

「着て」

 そんなに気に入ったのかな。

「うん。良いよ」

 エルが、そんなに喜んでくれるなら。

「楽しみだ」

 恥ずかしいけど。エルの前なら、着ても良い。

「好きな花を教えて」

「なんでも好きだよ」

 エルから貰えるなら。

 赤い薔薇も、青いアヤメも、白いサンザシも。

「なんでマリユスから薔薇を貰ったんだ?」

「え?あの……」

 どうしよう。

「詳しく教えて」

 全部話さなきゃだめかな。

 でも、剣術大会に出場することと、バーレイグのことは話せない。

「稽古をお願いしたの」

「稽古?」

「手合わせをして……。エグドラ家で、カミーユさんとお兄さんの話しを聞いて。マリユスが、勘違いしてることがあったから……」

 エルのこと……。

「だから、一緒にカミーユさんに聞きに行ったの」

 カミーユさんの真意。

「で?誤解を解いたお礼に薔薇を貰うことになったのか」

「貰っちゃいけなかった?」

「別に良いよ。赤じゃないし」

 良かった……。

「七本の意味って?」

「秘密」

「意地悪」

 やっぱり誰も教えてくれない。

 でも、白とピンクなら大丈夫なのかな。

 


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