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旧作3-2  作者: 智枝 理子
Ⅲ.剣術大会編
61/149

68 星を宿す瞳

 振り下ろされた剣を思い切りバーレイグで弾くと、相手の剣が宙を舞う。

「そこまで!」

 吹き飛んだ相手の剣が、試合場外に落ちて地面に刺さる。

「勝者、六十三番」

 審判が私の腕を持ち上げる。

 歓声。

 ……まだ、予選なのに。

 予選とは思えないほどの観客の入りだ。

 バーレイグを鞘に戻し、相手に一礼をしてから、控室に戻る。


「あれ、女だって?」

「顔を隠してるからどこのどいつかわからないな」

「あんな大剣、見たことないぞ」

「噂の異国の剣士じゃないのか?」

「それは黒髪の男だろ?」

『噂されてるね。どうなの?手ごたえは』

 あまりないかな。

『なさそうだね』

 でも、剣術大会での勝利の仕方は十分勉強になった。上手くやれば、相手を怪我させずに勝つことも可能だ。

『思ったよりも楽勝だったんじゃない?』

 魔法を使うような場面もなかったし、目元も隠したまま戦えた。

 強い人は何人か見かけたけど、これまで対戦することはなかった。ムラサメさんとも戦ってない。

 強い人同士が当たらないようにトーナメント表が調整されてるみたいだ。……アルベールさんが言ってた意味がようやく分かった気がする。試合内容によっては、負けても次の日の予選に出られるって。

 そもそも強い人同士が当たらないように配慮されてるんだ。本選に参加する人が強い人になるように。

『あ、誰か来たみたいだよ』

「皆様お疲れ様でした。予選は終了です」

『え?終わったの?』

「本選参加者はロビーに番号を張り出しておりますので、ご確認ください」

 いまいちわかりにくいシステムだ。


 ロビーに向かうと、張り紙の前に人だかりが出来てる。

 見えない……。

『教えて欲しい?』

「だめ」

 自分で見たい。

 なんとか人混みをすり抜けて、前に進む。



 本選出場者


 23  38  59  63  81  91  92

 110  113  124  146

 以上


 出場者はバロンスの十三日、開会式に御出席ください。



『あったね。六十三番』

「うん」

 良かった。

 これからが本番だ。

 ムラサメさんはどうだったのかな。

 番号はちょっとわからない。


 ※


 オルロワール家に戻って、ロジーヌさんの案内でテラスに行くと、アリシアとメルがマリーと一緒にランチを食べている。

「ただいま」

「おかえりなさい!」

「おかえりなさい。リリー」

「お疲れ様」

「待ってたよ!こっちに来れば、リリーとたくさん会えると思ってたのに。こんなに会えないなんて思わなかったよ」

「メルも、ずっと忙しかったからな」

 メルが謁見に行ったのはバロンスの四日。

 それ以降、ラングリオンの貴族からの招待状が一気に届いたらしい。

 皆、グラシアルの姫を誘いたかったのだけど、国王陛下に会う前に自分の家に招くのは遠慮していたらしいのだ。

「陛下への謁見前に、他国の姫君を招くなんてできないもの」

「マリーがスケジュールの調整を手伝ってくれたから何とか乗りこなせそうだよ」

「本当に、助かっちゃった」

『マリーは顔が広いもの』

 流石、オルロワール家の御嬢様だ。

「ふふふ。困ったことがあったら何でも言って頂戴」

「どこも楽しいけど、ずーっと敬語を喋らなくちゃいけないのが面倒かな」

「当然だ」

「お姫様してるんだね」

「うん。後はね、毎日御馳走ばかりで胃がおかしくなりそう」

「贅沢なことを」

「だってぇ」

「どうぞ」

 メイドさんが私の前に食事の準備をする。

 これ、何かな。

「そろそろラングリオンの食事にも飽きて来たかしら?」

 あったかい。この香り……。

「そんなことないよ。すごく美味しいものばかりで、流石ラングリオンって感じがする。……でも、今は蕎麦粥が一番美味しく感じるな」

 そっか。これ、蕎麦の実の粥だ。

「美味しい」

「美味しいよねー」

「それは良かったわ」

「うん。……あ。それよりも」

 メルが私の方を見る。

「会ったよ。エルロックに」

「エルに?いつ?」

「謁見の際に、アレクシス様がお連れになっていたんだよ」

 そうなんだ。

「もう、信じられないの」

「?」

「もう、信っじられないぐらい完璧人間だったの!」

 マリーが笑って、アリシアが溜息を吐いてる。

「メル。皇太子殿下の前で醜態をさらしたことを忘れたわけじゃないだろうな」

『何したの?』

『エルロックに突っかかっていたんだ』

「え?」

「アレクシス様は良いって言ったじゃない」

『皇太子の前で取って良い態度じゃなかったよ』

「……メルリシア?」

「リリー助けてっ」

「んん?」

 今、口に蕎麦粥が……。

『助け舟は望めないね』

「リリーはゆっくり食べてて良いよ。……メル、」

「反省してるってば!」

「ふふふ。大丈夫よ。アレクシス様は堅苦しいことは強要なさらないもの」

『なんだか想像がつくよ。相手がアレクで良かったね』

「そうなの!アレクシス様って、素敵な方だよね。まさしく理想の王子様って感じ。リリーも選ぶなら、ああいう人にするべきだよ」

「メル、アレクさんのことが好きなの?」

「違うってば!どうしたらそうなるのっ?」

「確か、アレクシス様の婚約者は剣術大会で決まるのだったな」

「その予定よ」

「うわー。王族って大変だよね」

『メルも対外的には立派な王族だからね』

「私、好きでもない人と結婚なんて絶っ対に嫌だよ。あぁ、どこかに白馬に乗った素敵な王子様居ないかな」

 アレクさん、似合いそうだよね。

「まるで物語みたいだわ」

「まだ子供だ」

「そんなことないもん」

「けれど、アレクシス様が負けるところなんて想像がつかないわ。どんな方が名代をやるのかしら。……リリー、何か知ってる?」

「んー。アレクさんが直接剣術の指導をしてるって言ってたけど」

「アレクシス様が、直接?」

「うん」

「ねぇ、アレクシス様ってそんなに武勇に優れた方なの?」

「もちろんよ。竜殺しの異名は知っているでしょう」

「紫竜ケウスを討伐されたんだったな」

「あんなに穏やかな方が戦うところなんて想像できないけどなぁ」

「エルの方がそうじゃない?昔から戦うのは好きじゃなさそうよ」

「意外だな。黄昏の魔法使いの名は有名だぞ」

「悪い魔法使いを倒してたって話しでしょう?」

「何?その武勇伝。そんなこともしてるの?」

「魔術師ギルドでは、サンドリヨンと並んで有名人みたいよ」

『サンドリヨンか……』

「あれだけの完璧人間なら、絶対、信じられないぐらいの弱みがあるはずだよ。リリー、何か知らないの?」

「えっと……」

 何の話しだっけ?

「リリーも知ってる?ツィガーヌが弾けるんだって!」

「うん」

 ツィガーヌは、バイオリンの曲の中でもかなり難しい部類に入る曲だ。

「アリシアとポリーも弾けないのに!」

 エルと一緒に演奏したことがある。

 アリシアとポリーがバイオリンをやっていたから、バイオリンの伴奏曲なら、かなりレパートリーはあるのだ。

「懐かしいわね。ツィガーヌはエルの得意な曲なのよ」

「だーかーらーっ。エルロックの弱みはないの?」

「あるわよ」

「教えて、マリー」

「目の前に居るじゃない」

「目の前?」

 マリーが私を指す。

「エルの弱みはリリーよ。エルを困らせることが出来る人なんてそうそう居ないもの」

『あれ?ロジーヌだ』

「御届け物でございます」

 ロジーヌさんが薔薇の花束を持ってる。

「あら。誰から?」

「リックさんからじゃないの?」

「違うわ。それ、リック王子の趣味じゃないもの」

 花束を見ただけでわかるんだ。

「リリーシア様へ、マリユス様から贈り物です」

「マリユスから?」

 白とピンクの薔薇だ。

―赤い薔薇だけの花束をもらう時は気をつけた方が良い。

 えっと……。受け取っても良いんだよね。

「ありがとうございます」

 可愛い花束。

『メッセージカードがあるよ』

 

リリーへ

 お詫びと感謝の気持ちを込めて。

 どうか怪我には気をつけて。

 マリユスより

 

 お詫びと感謝をしたいのは私の方なんだけどな。

 怪我には気をつけてって、私が予選を通過したこと、知ってる?

「何かあったの?リリー」

「え?」

 えっと……。

「その、手合わせをお願いしたの」

 近衛騎士から私闘を申し込まれたなんて、言っちゃいけないよね。

「手合わせ?」

「リリーって本当に誰とでも戦うのね。アレクシス様が近衛騎士に迎えられたばかりの騎士に挑むなんて」

「勝ったの?」

「勝てなかったよ」

「えー?本当に?」

「七本ね」

 薔薇って本数にも意味があるんだっけ。

「リリーってもてるわ」

「どういう意味なの?」

「秘密よ」

 教えてくれないらしい。

 ラングリオンの人ならみんな知ってるのかな。

「告白されたの?リリー」

「え?違うよね?」

「ふふふ。どうかしらね」

 マリーが笑ってる。

 どうしよう。

「あの、返した方が良い?」

「大丈夫よ。それぐらい」

 それぐらい……?

「ラングリオンって、誰にでも花を贈るよね」

「メルももらったの?」

「招かれた先々で花束を頂いたんだ」

「たくさんもらったから、マリーと一緒にポプリを作ったんだよ」

 メルがテーブルの上に瓶を出して開く。

 まだ柔らかい花びらで作られた塩漬けのポプリだ。

「グラシアルに帰っても良い香りが続くわ」

「うん。ありがとう、マリー。せっかくだから、ラングリオンでたくさん花の種を買って行くよ」

 きっと、グラシアルも季節ごとに色んな花が咲く場所になるだろう。


 ※


 帰り際にマリーが選んでくれた服は、相変わらず着るのが恥ずかしいぐらい可愛い服だ。けれど、顔を隠す為の帽子は大きめだから少し落ち着く。

 袋には入れることのできない薔薇の花束を持って、オルロワール家を出る。

『まっすぐ帰るの?』

「んー」

 今日はお休みだから、キャロルは居ないよね。ルイスはどうなんだろう。

 そうだ。確か、この前ルイスと一緒に買ったピッツァのお店の近くに……。

「クレープガレットの出店があったよね?」

『この前、気になってたお店?』

「うん」

 ピッツァを買ったから、クレープガレットは諦めてたのだ。

『お腹空いてるの?』

「少し」

 お喋りが楽しくて、あまり食べられなかったから。

「お祭りに寄って行こう」

『そうだね』


 チーズが焼ける良い匂い。

 あそこがピッツァのお店だから……。この近くだよね?

『本当、好きなものには目がないんだから』

 あった。

「いらっしゃいませ」

「えっと……」

 どれにしようかな。

 甘いクレープも良いけど、今はガレットの気分だ。

 蜂蜜のにしよう。

「ミエルとチーズとフレッシュサラダのガレットをください」

「かしこまりました」

 店員さんが目の前でガレットを包む。ガレットは、持ちやすいように丸められてる。

「どうぞ」

 お金を払ってガレットを受け取って、出来たてを口に入れる。

「美味しい」

 蜂蜜とチーズの組み合わせって美味しいよね。

『ちゃんと前見て歩いてよ』

「うん」

 食べながら、お祭りの出店を見て歩く。

 あ、羊のぬいぐるみだ。

 ここって的当てのお店?

 カミーユさんとエレインが来たのってここなのかな。

 ……お祭りがやってるのは、剣術大会が終わるまで。

 結局、エルと一緒に来れなかったな。

『リリー、前』

「あ、」

「おっと……」

 ぶつかっちゃった。

『人が多いんだから気をつけなって言っただろ』

「すみません」

 顔を上げると、ぶつかった男の人と目が合う。

「王都も変わったもんだな」

「……っ」

『リリー!』

 急に髪を引っ張られて、その手を掴む。

「離してください」

『なんだこいつ』

「ここは黒髪が堂々と歩いて良い場所じゃないぞ」

「どういう意味ですか」

「知らないとは言わせないぜ。吸血鬼の分際で」

 ……吸血鬼。

『失礼な奴だな』

「私は吸血鬼じゃありません」

「痛い目に合いたいようだな」

『リリー。顕現しようか?』

 大丈夫。

 穏便に……。

 相手の腕を掴む手に力を込めて、軽く捻る。

「いてぇっ!何するんだ」

 相手がようやく髪を離す。

『逃げるよ』

 逃げなきゃ。

 後ずさったところで、後ろから肩を抱かれた。

「大丈夫かい」

 誰?

「誰だお前」

『もうっ。次から次へと!』

「女の子の髪を引っ張るなんて礼儀知らずだな」

「庇おうって言うのか」

「こんなに可愛いお嬢さんが困ってるのに見過ごすわけにはいかないだろう」

「そいつは吸血鬼だぞ」

「俺は女の子の味方なんだ。やりあおうって言うなら相手をするが。……この時期に騒ぎを起こすことが何を意味するかぐらい、わかってるだろ?」

 相手が大きく舌打ちをする。

「運が良かったな」

 そう言って、相手が人混みの中に消えていく。

『助かったね。黒髪で因縁つけられたのなんて初めてじゃない?』

 これが昔は普通だったの……?

 ひどい。

 だから、王都で黒髪の人を全然見なかったんだ。

「大丈夫かい」

「はい。ありがとうございました」

「大会時期に女の子が一人で歩くなんて危ないぜ」

 もめ事を起こすわけにはいかないし、今は武器と言えるものは短剣しか持ってないから、勝てるか自信がない。

「それ、美味そうだな。どこで売ってるんだ?」

「え?」

 このガレット?

「えっと……」

 どこだっけ。

『リリー。今、買いものしたばかりの店に戻れないの?あっちだよ』

「あっちです」

「案内してくれるか?」

「はい」


『ほら、ここ』

 イリスが飛んで行った先に、さっきのお店がある。

「ここです」

「おー。色んな種類があるな」

「いらっしゃいませ」

「どれがお勧めだい」

「プロシュットのガレットがお勧めですよ。当店で使っているのはティルフィグンのものですから」

 生ハムとサラダのガレット。

「そいつは美味そうだな。頼むよ」

 プロシュットは、ティルフィグンが有名なのかな。

 そうだ。お礼しなくちゃ。

「あの、奢ります」

「女の子に払わせるなんて俺の主義に反するな」

「助けてもらったお礼です」

「お礼なんて良いぜ。お嬢ちゃん一人で捻り潰せたみたいだからな」

『捻り潰したらまずいよね』

「えっと……。私じゃ、穏便に済ませられたか自信がないから……」

「なら、ちょっと俺に付き合ってくれるか?」

「え?」

『この人、もうお金、払っちゃったよ』

「え?」

 いつの間に?

「これをゆっくり食えるところ知らないか?」

 それなら知ってる。

「広場の外れにベンチがあります」

「案内を頼めるか?」

 王都の人じゃないのかな。

「はい」

『ここからならイースト側が近いね』

「わかるよ。……あ、大丈夫です。案内できます」

 相手が苦笑する。

「敬語なんて良いぜ。俺はシリル」

「私はリリーシアです」

「リリーシア?……あぁ、有名人だな」

「え?」

『リリー、王都以外の人にも知られてるの?』

「黒髪黒眼でツインテール。大剣を扱う氷の国の美少女剣士、迷子のリリーシア」

 えっ。

「ち、違います!」

『傑作だね』

 笑わないで。

「大剣を持ってないと、ただの可愛い女の子じゃないか」

「からかわないで下さい」

「これは、とんでもない相手に案内を頼んじまったな」

「王都なら迷いません!」

『ふーん。じゃあ、ボク、案内しないからね』

「なら頼むぜ」

「……はい」

 大丈夫。

 大丈夫なはず。

 えっと、お城があっちだから……。

「そんなふらふら歩いてたら、また誰かにぶつかるぜ」

 目の前から来た人にぶつかりそうになって、また肩を抱かれる。

「あ、あの……」

 近い。

「ほら」

 手を差し出されて、首を横に振る。

「初々しいな。暴漢相手には堂々と睨みを利かせる癖に、こういうのは苦手かい」

 だって……。

「付き合ってくれるんだろ?行くぜ」

 手首を掴まれて、歩き出す。

『案内するだけじゃなかったの?』

 そうなんだけど。

「あんた、グラシアルの人間だろ?オランジュエードは好きか?」

「はい」

「いらっしゃいませ」

 あ。ドリンクワゴンだ。

「俺はあっちのレモネードの方が好きだけどな。これとこれをくれ」

「はい。ありがとうございます」

 シリルさんが、オランジュエードを私の手に乗せる。

『奢られたね』

「あの……」

「ついでだ。丁度喉が渇いてたんだよ」

「ありがとうございます」

 お世話になりっぱなしだ。

「グラシアルに行ったことあるんですか?」

「俺は冒険者だから、あちこち旅してるんだ。ポルトペスタは知ってるか?」

「はい」

 グラシアル最大の商業都市。

「あそこの夜景が好きなんだ。拠点にするにも良い場所だし。でも、女王が崩御した影響で、グラシアルの天候がどうなるかは予測不能。亜精霊も増えるんじゃないかって言われてるんだぜ」

「どうしてですか?」

「自然が乱れた場所は亜精霊が増えるんだよ。冒険者の間じゃ常識だ」

 そうなんだ。

「砂漠も?」

「あそこは大精霊が降りて平定させたんだろ?精霊が守ってる土地は、亜精霊もそんなに出ないぜ」

 精霊が居なくなると自然が壊れてしまうから、そういう場所は亜精霊が現れやすい?

 あれ?じゃあ、精霊が居なくなっちゃう竜の山や、レイリスが居ない砂漠って、亜精霊が増えちゃうんじゃ?

「冒険者にとっては、討伐依頼が増えるのはありがたい話しだけどな」

 冒険者は命知らずが多いって誰かが言っていたっけ。

「危ないことが好きなんですか?」

「そういうわけじゃないぜ。新しいものを見るのが好きなんだ」

「新しいもの?」

「街も土地も人も自然もみんな、生き物だ。どんどん移り変わる。中に居たらわからないような変化も、外からは良く見えるんだぜ。……おっと。悪いな」

 今日は良く人とぶつかってしまう。

「失礼。……おや。可愛い子を連れてるじゃないか」

「可愛いだろ?」

「夜の闇のように美しい瞳だ」

 え?

「瞳に星の輝きを宿す美人だ」

 え?

『リリー、顔が真っ赤だよ』

 恥ずかしくて、帽子を深くかぶる。

「女性を引っかけて歩いてる場合か?」

「こんなに可愛い子が絡まれてたんだから仕方ないだろ」

 シリルさんが相手の人と握り拳を合わせて、腕を交差させる。

 なんだろう。不思議な挨拶。

「遅刻組だろう。早く主のところに顔を出せ」

『あれ?』

「王都には今着いたところなんだ。腹ごしらえをしたら向かうぜ」

「暢気なものだな。それじゃあ、また」

「おぅ」

 二人が手を振って別れる。

「知り合いですか?」

「そんなもんだ」

 あの人も冒険者だったのかな。

「尾けられてるな」

『本当だ』

「ちょっと広場から外れるか」

 シリルさんに腕を引かれて、露店が並ぶ場所から出る。


 中央広場の外周はテラス席のあるお店が並んでいて、休憩できるベンチも多く設置されている。

 シリルさん、私の案内なしでも充分来れたみたいだよね。

 空いているベンチにシリルさんと一緒に座って、オランジュエードとガレットを食べながら周囲を伺う。こちらの様子を見てるのは二人。

 ここからは三番隊の宿舎も見えるし、何もしてこないと思うけど……。

『リリー。シリルの首を見て』

 首?

「あ。ブローチ」

 シリルさんの襟についているブローチ、エルと同じのだ。

「見たことあるのか?」

『さっきの人もつけてたよ』

「さっきの人もつけてましたよね?」

「良く見てるな」

 このブローチ、結構特徴があるものだと思うけど。

 こんなに同じものをたくさん見かけるなんて。

「流行ってるんですか?」

 シリルさんが笑う。

「あぁ。流行ってるんだぜ」

 王都で売ってるのかな。エルに聞いてみよう。

『バニラとナターシャだ』

 遠くから二人が飛んでくる。

『喋らないでよ、リリー』

 わかってる。

『リリーもお祭り見てたのね』

 見てたわけじゃないんだけど。

『一緒に居るのは誰だ?』

『冒険者のシリル。絡まれてるところを助けてもらったんだよ』

『絡まれた?』

『大丈夫だったの?』

『平気。穏便に済んだのは良いんだけど、今はシリルに引っ張り回されてるとこ』

 少し強い風が吹いたかと思うと、目の前にジオが現れる。

『みんな、こんなところで何してるのー?』

『ジオ』

『おかえりなさい』

『どこかに行ってたの?』

『レイリスのとこだよー。エルは?』

『エルはルイスと祭りを見ている』

 エル、お祭り見てるんだ!

 急いで残りのガレットを口に入れて、オランジュエードを飲む。

「あの、私、用事が……」

「今一人で行動するのは勧めないけどな」

 そうだった。

『どういう意味だ?』

『見張られてるみたいなんだよね』

『え?』

『あー。こっち見てる人が居るねー』

『エルを呼んで来る』

『待って、私も行くわ』

『オイラもー。リリーとイリスは、ここで待っててねー』

 バニラ、ナターシャ、ジオが飛んでいく。

 近くに居るのかな。エルと一緒にお祭りが見られるかもしれない。

 残っているオランジュエードを飲み干して立ち上がる。

「どこに行くんだ?」

「これ、捨ててきます」

「じゃあ、こいつも頼むよ」

 シリルさんのレモネードの瓶も受け取って、近くのごみ箱に捨ててベンチに戻る。

「にしても、面倒なのに因縁つけられたな」

 こっちを見てる人?

「私が黒髪だからですか?」

「そんなところだ。あいつらはこの国の人間じゃない。きっと神聖王国の連中だぜ」

「わかるんですか?」

「ラングリオンで吸血鬼種を擁護する動きが出てるから、神聖王国が警戒を強めてるって話しだ。向こうの連中は、王都で黒髪狩りをしてけん制するつもりなんだよ」

 冒険者の間では当然の情報なのかな。それ。

「だから、いくらここが王都だって言っても、気をつけて歩いた方が良い」

 それって……。

「嫌です」

「また危ない目に合うぞ」

「黒髪の人は髪を隠して歩くべきだって言うんですか?それって、私に絡んできた人と同じ考え方です」

「でもなぁ……」

「私、王都で絡まれたの初めてです。シリルさんみたいに私のことを助けてくれる人がたくさん居るってわかれば、黒髪の人がもっと自由に歩けるようになると思います。……私なら、絡まれても平気だから」

 シリルさんが肩をすくめる。

「参ったな。降参だ」

『まぁ、本気のリリーに敵う人なんてそうそう居ないからね。危なくなったらボクも手伝うよ』

 ありがとう。イリス。

「あの、聞きたいことがあるんです」

「何だ?」

「紫竜が何処に居るか知っていますか?」

 シリルさんが笑う。

「まさか、そんなことを聞かれるとはな」

「何か知ってますか?」

「デマならたくさん知ってるぜ」

 情報、ないんだ。

「お。薬屋の子供じゃないか」

「ルイス」

 この前と同じ、冒険者みたいな服を着たルイスがこっちに歩いて来る。

 あれ?一人?

「こんにちは。リリーシア」

「こんにちは」

「その人、誰?」

「おいおい。いつも珍しい商品を納品してるのに、俺のことを忘れるっていうのか」

「……シリルさんか。久しぶり」

「知り合いなの?」

「たまに変な素材を持って来てくれる冒険者だよ」

「変な素材?」

「変な素材とはなんだ」

「紫蝶の羽とか」

 すごく珍しい蝶だ。

「錬金術を極めた奴なら欲しがるものだろ?」

「需要が低い素材ばかりじゃない。いつも買い取り手が居ないものをうちの店に持って来るんだよ」

「良い取引先だと思ってるんだから頼むぜ。今回も珍しいのを仕入れてるんだ」

「僕だって相場の知らないものを簡単に仕入れられないんだからね」

「ちゃんとギルドの相場表を見せてるじゃないか」

「あの、紫蝶なら装飾品の加工にも使われるから、宝石店で高く買い取ってもらえると思います」

「だってさ」

「富裕区にはあんまり行きたくないんだよ。……お。迎えが来たみたいじゃないか」

『エルだ』

「エル」

「リリー」

 エルが私の傍に来る。

『リリーを尾行してた連中を退治してきたの?』

『ちょっと寝てもらっただけよぅ』

 闇の魔法で眠らせて来たのかな。

「見事な御手並みじゃないか」

「誰だ」

 あれ?怒ってる?

「冒険者のシリル」

「知らないな」

「たまにお店に珍しい素材を持って来てくれる人だよ」

 シリルさん、エルが居ない時にお店に来る人なのかな。

「そう、睨むなよ。恋人が絡まれてるところを助けてやったんだぜ」

 なんだかそれって……。

「リリーを助けてくれたことには礼を言う。でも、無理に連れまわしたことは別件だ」

「こんなに可愛い子が一人で歩いてるんだから仕方ないだろ」

「俺に喧嘩売ってるのか?」

 どうしよう。今にも喧嘩しそうな雰囲気だ。

「冗談だよ」

 シリルさんが立ち上がる。

「じゃあな、リリーシア」

「あの。シリルさん、色々ありがとうございました」

 もう歩き出したシリルさんが、こちらを見ずに手を振る。

「変なことされなかったか?」

「え?」

 変なこと?

「大丈夫だよ」

 助けてもらったり、お世話になってばかり。

「その薔薇は?」

「マリユスからもらったの」

「は?」

 そうだ。薔薇を貰った理由……。

「えっと……」

 マリユスと戦ったことは言えない。

『マリユスとカミーユを仲直りさせたお礼だって』

『どぉしてリリーがそんなことしてるのよぉ?』

『しょうがないだろ。なんにでも首突っ込むんだから』

「リリーはオルロワール家に居たんじゃないのか?」

 えっ。

「どうして知ってるの?」

「僕が教えたんだよ。姉妹が来てるからオルロワール家に行ってるって」

 本当は剣術大会の稽古なんだけど。

 ありがとう。ルイス。

『マリユスがオルロワール家に来たって言うのぉ?』

『そうだよ。リリーはどこに居ても揉め事に巻き込まれるんだ』

 ひどい。そんなこと……。ないはずなのに。

「パーシィだ」

 ルイスに言われて振り返ると、パーシバルさんがこっちに来る。

「パーシバルさん」

「お久しぶりです」

「久しぶり。あの辺に転がってる連中を頼んだぜ」

「もう回収しに行ってますよ。あんまり派手にやらないで下さい」

「眠らせただけだぞ」

「蹴り飛ばしても起きない不審者が居るって通報が来ました」

 ……それって不審者なのかな。

「リリーシア、マリユスってカミーユの弟だよね」

「うん。アレクさんの近衛騎士になった人だよ」

「何かあったの?」

「えっと……。お世話になることがあって」

 なんて言ったら良いんだろう。

『そういえば、ルイスの剣はどうするの?ガラハドに預けっぱなしじゃなかった?』

 そうだった。

「ルイス、リリーを頼めるか?俺はガラハドに用があるんだ」

『エルが取りに行くの?』

「じゃあ、ここで待ってるよ」

「時間がかかるかもしれないから先に帰っててくれ」

 他にも用事があるのかな。

「その用事って後回しにできないの?」

「なんで?」

「リリーシアを迎えに来たのに行っちゃうの?そんなんだから、リリーシアを他の人に取られちゃうんだよ」

「なっ……」

「え?」

「そうっすねー」

 そんなことないのに。

『リリーはふらふらしてるからね』

 イリスまで。ひどい。

『ふふふ。薔薇が七本、ねぇ』

「七本の意味、知ってるの?」

『リリーは知らないようだな』

「知らないの?」

「うん」

 ルイスも知ってるし、精霊まで知ってる。

『意味があるの?』

『後でこっそり教えてあげるわねぇ』

『私も知りたいわ』

「教えて」

「秘密」

『秘密よぉ』

 誰も教えてくれない。

「ガラハドは宿舎に居るのか?」

「居ますよ」

「すぐ戻るから、待っててくれ」

 すぐ?

「うん」

「いってらっしゃい」

 エルが三番隊の宿舎へ走って行く。

 もしかして、お祭り一緒に見られるのかな。

「リリーシア、これ欲しい?」

「え?」

 ルイスが私の目の前に出したのは……。

「わぁ、可愛い」

 羊のぬいぐるみだ。

「的当てをやって来たの?」

「うん。二つ取れたから、一つあげるよ」

「ありがとう」

 ふかふかだ。

「喜んでもらえて良かった。僕は先に帰るね」

「え?もう帰るの?」

「そろそろキャロルが帰って来るかもしれないし、十分遊んで来たからね」

「そっか」

「その花は荷物に入らないだろうから預かるよ」

「うん。お願い」

 持っていた花をルイスに渡して、ぬいぐるみをしまう。

 後で部屋に飾ろう。

「エルによろしくね」

「うん」

 手を振って、パーシバルさんと一緒にルイスを見送る。

「もう一つのぬいぐるみはキャロルちゃんにあげるんですかね」

「そうじゃないかな」

 二つ取れたみたいだから。

「リリーシアさんって、ルイスとキャロルちゃんのことをどう思ってるんですか?」

「え?どうって……。二人とも家族だよ。兄弟みたいな感じかな」

『誰が上なのかわからないぐらい、二人の方がしっかりしてるけどね』

 ……本当のことだから少し困る。

「血の繋がってない姉弟っすか」

「うん」

 血の繋がりって、そんなに重要かな。

 私の姉妹は皆、血が繋がっていない。

 というか、あそこでは血の繋がりを気にすることなんてほとんどなかった。

 自分が誰の子供か知っている人なんて居なかったはずだから。

「エルロックさんが戻ったみたいですね」

 用事、終わったのかな。

「あれ?ルイスは?」

「先に帰ったみたいっすよ。俺は宿舎に戻ります。お気をつけて」

「はい」

「じゃあな」

 三番隊に向かったパーシバルさんに手を振る。

「リリー」

 呼ばれて、エルを見上げる。

「ただいま」

 その言葉、とっても嬉しい。

「おかえりなさい」

 エルが微笑む。

「行くか」

「うん」

 エルが出した右手に左手を乗せる。

 ……待ってた。

 


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