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旧作3-2  作者: 智枝 理子
Ⅰ.王都編
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03 その腕を求めてる

 どれぐらい作れるかな。

 タルト台を焼いているところで、エルが台所に顔を出す。

「出かけてくる」

 やっぱり、甘い匂いだめだよね。

「うん。わかった」

「イリス、留守番してて」

『わかったよ』

『じゃあ、あたしもぉ』

「リリーの邪魔するなよ」

『ふふふ。いってらっしゃぁい』

「シャルロのところに行ってくる。昼には戻るよ。待ってて」

「うん。いってらっしゃい」

「いってきます」

 エルを見送って、オーブンの中から空焼きしたタルトを出す。

 そして、次のタルトをオーブンに入れる。

『この暑い日に、良くタルトを焼く気になるよね』

 暦の上では夏の終わりとはいえ、まだラングリオンは半袖で過ごせるほどの暖かさだ。秋になったら、本当に寒くなるのかな。

『イリスちゃんは本当に熱いのが苦手ねぇ』

『お前は苦手なものないのかよ』

『あたしは、ここに居るだけで息苦しいわよぉ?』

『それ、大丈夫なのか?』

「大丈夫なの?」

『エルと契約してるから平気だけどぉ』

『どっちだよ』

「真空の精霊が地上に居ないのって、地上で生きるのが辛いからなの?」

 真空の精霊は、日常でほとんど目にしない精霊だ。

 錬金術師だけがその存在を確認できる精霊とも言われている。錬金術師が真空を作り出した時に、稀に出現する精霊らしい。

『これでも、昔は地上にいっぱい居たのよぉ』

「そうなの?」

『ふふふ。でもぉ、今は大気の精霊で満たされてるからぁ。押し出されちゃったのよねぇ』

「どうして?」

『大気の精霊が居なくちゃ、人間は呼吸できないでしょぉ?』

「そうなの?」

 そんなの、考えたこともなかった。

 でも、呼吸するのに必要なのかな。真空じゃ呼吸できない?

『あたしたちはぁ、人間にとっては害ある精霊なのよぉ?』

「人間に害のある精霊?……だって、精霊は自然そのもので、自然がなければ人間は生きられないのに?」

『少なくとも、今の人間には不要よねぇ』

「でも、錬金術には必要だよね?」

『そぉね』

「なら、害のある力じゃないよ」

『ふふふ。リリーはいつも、面白いわぁ』

 面白いかなぁ……。

 

 ※

 

 思ったより早く、全部のタルトが焼き上がった。

 エル、いつ帰って来るのかな。

「?」

 あれ?呼び鈴を鳴らす音がする。

「おい、居ないのか?エルロック!」

 今度は、扉を叩く音。

 誰だろう?

 年末年始はお休みだ。エルに用があるってことは、急病なのかもしれない。

 急いで店側に行く。

 家の出入り口があるのは、薬屋をやっている店側だけ。

 鍵を開けて、扉を開く。

「おぉ?」

 相手の男の人が驚いた顔で私を見る。

「ここ、エルロックの店だよな?」

「はい」

 病気の人では、なさそう?

 それに、見慣れない服を着てる。

「俺は綾杉。エルロックは居るか?」

『アヤスギ?聞いたことのない名前ねぇ』

 あれ?ユールが知らない人?

『どっかで見たこと……。あ。こいつ、セルメアの鍛冶屋だ』

「鍛冶屋さん?」

『そうかもぉ。名前、聞いてなかったわねぇ』

「そうだ。良くわかったな」

『リリー、会話する時は気をつけてよ。ボクらの声はリリーにしか聞こえないんだから』

 ごめん。イリス、ユール。

 二人が知ってるってことは、エルの知り合いで間違いないんだろうな。

 じゃあ、この人がエルの短刀を作った人?

「エルは外出中です」

「そうか。あんた、エルロックの恋人か?」

「えっ。なんで知ってるんですか?」

「エルロックが言ってたんだよ。どう見たって兄弟でもなんでもない女が、この時期に家に居るわけないだろ?」

『恋人じゃなくて妻だけどぉ』

『どっちでも良いんじゃない?』

「エルに用事なら、家の中で待ってますか?昼までには帰ると思います」

「いや。俺が会いたかったのはあんたの方だ」

「私?」

「ルミエールの弟子なんだろ?エルロックのレイピアを見せてもらったんだ。あんたの店はどこだ?作った剣を見せて欲しい」

『エル、リリーがルミエールの弟子だって言っちゃったからね』

 なんで、そんな話ししたのかな。

「私、お店なんて持ってないです」

「は?」

「ラングリオンに来てからは、エルのレイピアしか作ってません。……あ。もう一つ、同じ素材で作った短剣ならあります」

 腰に差していた短剣を抜いて見せる。

 エルとおそろいの短剣だ。

 エルのレイピアの名前がイリデッセンスで、私の短剣の名前はカーネリアン。

「この宝石、どうやって埋め込んでるんだ?」

 この石は、エイダが友情の証にって贈ってくれたものだ。

「それは、完成した後に……」

 あ、れ?

 どうして?

「完成した後に埋め込んだのか?」

「えっと、知り合いの職人さんが埋め込んでくれたものなので、私はわからないです」

 どうやって埋め込んだかは、見てないから知らない。

「その職人も相当の腕前なんだろうな。どこに居るんだ?」

 言えない。

「わかりません」

「そうか。でも、本当に良くできた短剣だな」

 アヤスギさんが見ている短剣を眺める。

 この赤い石は、どう見てもルビーだ。

 エイダがくれた時は、確かに違う輝きを放っていたのに。

 どうして?いつの間に、あの生き物のような輝きが失われてしまったんだろう。

 考えられる理由って、一つしかないけど……。

「ありがとう」

「はい」

 アヤスギさんから短剣を返してもらって、鞘に納める。

「これだけの腕を持っていて、店を開かないなんて勿体ない」

 考えたことなかったな。

 お店を開くなんて。

「ヴィエルジュの二日から王都に店を出すんだ。俺が扱ってるのは刀だから、こっちの国とは趣が違うが。良かったら来てくれ」

 刀の製法は少し興味がある。

「今度、見せてもらっても良いですか?」

「あぁ。いつでも構わないぜ。……そうだ。土産もなしに突然押しかけて悪かったな。代わりに、この中から好きな刀をやる」

 そう言って、アヤスギさんが私に三本の刀を見せる。

 どれも、細身で綺麗な反りの鞘だ。

 長さがそれぞれ違う。

 一本、手に取って鞘から抜く。

 重さは、レイピアとそう変わらない感じがするけど……。

 少し、レイピアより重いかもしれない。

「綺麗……」

 師匠から聞いたことがある。これ、太刀って呼ばれる大振りな刀だ。

 なんて、良く斬れそうな剣なんだろう。

 刃の独特な模様は、刀を作るときに発生する独特の模様だったはず。

 どうやって作ってるのかな。

 刀の作り方は知らない。

 細身だけど、見た目よりも簡単には折れないかもしれない。

 というか。この反りは、リュヌリアンにも似てる気がするんだけど……。

 リュヌリアンは両刃だ。

 反りのある部分だけが両刃になった大剣。

「両刃の刀ってないんですか?」

「両刃の刀?ないってことはないが。両刃にすると強度が落ちるんだよ」

「この細さで強度を出すためには、片刃である必要がある?」

「切れ味と両立させるならな」

 リュヌリアンは十分な強度があると思うけど。

 今度、エルと一緒に行って見てもらおうかな。

 鞘に戻して、二本目を抜く。

 こっちは、刃に装飾がされている。反りはあまりない。どちらかというと直刀に近いけれど、片刃だ。

 三本目を抜く。

 これには模様がない。輝きは綺麗だけど。

 ……刀っぽくないな。なんだか軽いし。

 鞘に戻す。

 そして、一本目に手にしたものを選ぶ。

「これが一番好きです」

「良い感覚をしてる」

「え?」

「二本目は儀礼用の刀で、三本目は模擬刀だ」

 試されたのかな。

 でも、刀なんて全然詳しくない。

「やるよ。それは雪姫っていうんだ」

「ユキヒメ?」

 名前があるんだ。

「俺の所に来たら、銘を掘ってやる」

「あの……」

「俺の店はポラリスの店だ。わかるか?」

「ポラリスの店?」

「知らないか?有名な占い屋の家だったらしいけど」

 ポラリスは王都の有名な占い師だ。けれど、ある日突然居なくなってしまった。

 サンドリヨンと旅に出たって噂になっていたけど……。

「知ってます」

 ポラリスのお店だった場所を、買い取ったのかな。

「俺の技術が見たいなら、いつでも待ってるぜ」

「はい」

 見てみたいな。

「そういや、名前はなんていうんだ?」

「リリーシアです」

「リリーシアか。……ん?」

「おい、ちょっと待て」

 アヤスギさんの後ろの方から、知らない男の人の声が聞こえる。

「リリーシアと言ったな」

「はい」

「私と……」

 顔を出した相手の人と目が合う。

「……」

「?」

 黒髪に黒い瞳。長い髪を一本に束ねた男の人。アヤスギさんと同じような異国の服を着ていて、腰には刀が二本差してある。

「御名前は」

「リリーシアです」

 さっき、自分で確認したよね?

「村雨と申します」

「ムラサメさん?」

 変わった名前。

 アヤスギさんもそうだけど、オービュミル大陸の人じゃないんだろうな。

 刀なんて、この大陸にはないはずだ。

「あの……?」

 ムラサメさんは黙ったままだ。

『あーぁ』

『ふふふ』

「?」

「リリーシアは剣術大会に出るのか?」

「え?出ない予定ですけど……」

「王都にリリーシアって名前の、でっかい大剣を扱う強い女剣士が居るって聞いたんだけどな。人違いか」

『間違いなくリリーのことねぇ』

 ……たぶん。

「誰に聞いたんですか?」

「村雨が大会の予選に参加するって言うから、情報を集めて回ってたんだよ」

 この人、大会に出るんだ。

 強いのかな。

『みんな、リリーが剣術大会に出るって思ってるんだろうね』

 エルにも負けちゃったし、リュヌリアンなしでの出場なんて考えられないけど。

「!」

 急に、手を掴まれる。

「こんな可憐で美しい女性が大剣を扱うわけがないだろう」

「さ、」

『あ』

「触るな!」

 思い切り相手の手を振りほどく。

 そして、そのまま店の扉を閉めて鍵も閉める。

『リリーに手を出すなんて、困った人ねぇ』

「申し訳ありません、」

 扉越しに声をかけられる。

 男の人って、どうして簡単に手を掴んでくるんだろう。

「悪かったな。こいつはそんなに悪い奴じゃないんだ。許してやってくれ」

「あの、ごめんなさい。大丈夫です。びっくりしただけで……」

「じゃあ、エルロックによろしくな」

 そうだ。エルのお客さんだったのに……。

「はい」

『リリー、その刀どうするの?』

「あ……」

 どうしよう。

 普通に貰っちゃった。

「エルには内緒にしておいた方が良いのかな」

『そうねぇ。この時期に刀を持ってるなんて、剣術大会に出る気かもって思われちゃうわねぇ』

 ええと……。

「物置にしまっておこう」

 二階の物置って、たくさん物が入ってるから、刀が一本増えたところで気付かないよね?

「二人とも、内緒にしておいてくれる?」

『エルは言わなきゃ気づかないわよぉ』

『だろうね』

 だと良いけど。

 

 ※

 

 冷めたタルトを一つずつ箱詰めしていると、エルが帰って来た。

「ただいま」

「おかえりなさい」

「たくさん出来たな。昼、パスタで良い?」

「うん」

「ペンネのポモドーロは?」

 ティルフィグン風のトマトソースパスタだよね。

「美味しそう」

「じゃあ、少し待ってて」

 エルが慣れた手つきで材料を用意する。

 沸騰したお湯の中に乾燥パスタを放り込んで、その横でフライパンにオリーブオイルを引き、潰したガーリックを火にかける。

 茄子を乱切りにして一緒に炒めて、たくさんあるトマトも六等分ぐらいに切っていく。

 炒めていた茄子を取り出して、切ったトマトをフライパンに入れて、トマトをつぶしながら鍋を軽く振る。

 タルトの箱詰めが終わったから手伝おうと思ったけれど、あまりにも手際が良すぎて、手伝う要素がない。

 一つだけ切ってないトマトをダイスに切って、味付けをして煮詰まったソースに茄子を戻し入れて、エルがこちらを見る。

「リリー、皿出して」

「はい」

 いつもパスタは、緑と赤の線が入った白いお皿だ。

 お皿を用意している間に、エルが茹でていたペンネをザルに上げて、ソースと絡める。

「魔法みたい」

「え?」

「あっという間に出来たから」

「パスタなんてすぐ出来るよ。座ってて」

「見てて良い?」

 エルが笑う。

「いいよ」

 お皿にリーフレタスをちぎって飾り、その横にペンネを盛る。茄子を飾って、その上にちぎったバジルと、ダイスに切ったトマトを散りばめて、パルメザンチーズを削って振りかければ完成。

「トマトの飾り切りでもすれば良かったな」

「飾り切り?」

「薔薇とか、うさぎとか」

「トマトで?」

「あぁ」

 どうやったら作れるんだろう。

「今度やってやるよ。さ、食おうぜ」

「うん」

 美味しそう。

 二人で席に着いて、手を合わせる。

「いただきます」

 フォークで取ったペンネを口に入れる。

 パスタの硬さも丁度良いし、トマトの甘みもすごく好き。

「美味しい」

「良かった」

 本当に、エルって完璧。


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