03 その腕を求めてる
どれぐらい作れるかな。
タルト台を焼いているところで、エルが台所に顔を出す。
「出かけてくる」
やっぱり、甘い匂いだめだよね。
「うん。わかった」
「イリス、留守番してて」
『わかったよ』
『じゃあ、あたしもぉ』
「リリーの邪魔するなよ」
『ふふふ。いってらっしゃぁい』
「シャルロのところに行ってくる。昼には戻るよ。待ってて」
「うん。いってらっしゃい」
「いってきます」
エルを見送って、オーブンの中から空焼きしたタルトを出す。
そして、次のタルトをオーブンに入れる。
『この暑い日に、良くタルトを焼く気になるよね』
暦の上では夏の終わりとはいえ、まだラングリオンは半袖で過ごせるほどの暖かさだ。秋になったら、本当に寒くなるのかな。
『イリスちゃんは本当に熱いのが苦手ねぇ』
『お前は苦手なものないのかよ』
『あたしは、ここに居るだけで息苦しいわよぉ?』
『それ、大丈夫なのか?』
「大丈夫なの?」
『エルと契約してるから平気だけどぉ』
『どっちだよ』
「真空の精霊が地上に居ないのって、地上で生きるのが辛いからなの?」
真空の精霊は、日常でほとんど目にしない精霊だ。
錬金術師だけがその存在を確認できる精霊とも言われている。錬金術師が真空を作り出した時に、稀に出現する精霊らしい。
『これでも、昔は地上にいっぱい居たのよぉ』
「そうなの?」
『ふふふ。でもぉ、今は大気の精霊で満たされてるからぁ。押し出されちゃったのよねぇ』
「どうして?」
『大気の精霊が居なくちゃ、人間は呼吸できないでしょぉ?』
「そうなの?」
そんなの、考えたこともなかった。
でも、呼吸するのに必要なのかな。真空じゃ呼吸できない?
『あたしたちはぁ、人間にとっては害ある精霊なのよぉ?』
「人間に害のある精霊?……だって、精霊は自然そのもので、自然がなければ人間は生きられないのに?」
『少なくとも、今の人間には不要よねぇ』
「でも、錬金術には必要だよね?」
『そぉね』
「なら、害のある力じゃないよ」
『ふふふ。リリーはいつも、面白いわぁ』
面白いかなぁ……。
※
思ったより早く、全部のタルトが焼き上がった。
エル、いつ帰って来るのかな。
「?」
あれ?呼び鈴を鳴らす音がする。
「おい、居ないのか?エルロック!」
今度は、扉を叩く音。
誰だろう?
年末年始はお休みだ。エルに用があるってことは、急病なのかもしれない。
急いで店側に行く。
家の出入り口があるのは、薬屋をやっている店側だけ。
鍵を開けて、扉を開く。
「おぉ?」
相手の男の人が驚いた顔で私を見る。
「ここ、エルロックの店だよな?」
「はい」
病気の人では、なさそう?
それに、見慣れない服を着てる。
「俺は綾杉。エルロックは居るか?」
『アヤスギ?聞いたことのない名前ねぇ』
あれ?ユールが知らない人?
『どっかで見たこと……。あ。こいつ、セルメアの鍛冶屋だ』
「鍛冶屋さん?」
『そうかもぉ。名前、聞いてなかったわねぇ』
「そうだ。良くわかったな」
『リリー、会話する時は気をつけてよ。ボクらの声はリリーにしか聞こえないんだから』
ごめん。イリス、ユール。
二人が知ってるってことは、エルの知り合いで間違いないんだろうな。
じゃあ、この人がエルの短刀を作った人?
「エルは外出中です」
「そうか。あんた、エルロックの恋人か?」
「えっ。なんで知ってるんですか?」
「エルロックが言ってたんだよ。どう見たって兄弟でもなんでもない女が、この時期に家に居るわけないだろ?」
『恋人じゃなくて妻だけどぉ』
『どっちでも良いんじゃない?』
「エルに用事なら、家の中で待ってますか?昼までには帰ると思います」
「いや。俺が会いたかったのはあんたの方だ」
「私?」
「ルミエールの弟子なんだろ?エルロックのレイピアを見せてもらったんだ。あんたの店はどこだ?作った剣を見せて欲しい」
『エル、リリーがルミエールの弟子だって言っちゃったからね』
なんで、そんな話ししたのかな。
「私、お店なんて持ってないです」
「は?」
「ラングリオンに来てからは、エルのレイピアしか作ってません。……あ。もう一つ、同じ素材で作った短剣ならあります」
腰に差していた短剣を抜いて見せる。
エルとおそろいの短剣だ。
エルのレイピアの名前がイリデッセンスで、私の短剣の名前はカーネリアン。
「この宝石、どうやって埋め込んでるんだ?」
この石は、エイダが友情の証にって贈ってくれたものだ。
「それは、完成した後に……」
あ、れ?
どうして?
「完成した後に埋め込んだのか?」
「えっと、知り合いの職人さんが埋め込んでくれたものなので、私はわからないです」
どうやって埋め込んだかは、見てないから知らない。
「その職人も相当の腕前なんだろうな。どこに居るんだ?」
言えない。
「わかりません」
「そうか。でも、本当に良くできた短剣だな」
アヤスギさんが見ている短剣を眺める。
この赤い石は、どう見てもルビーだ。
エイダがくれた時は、確かに違う輝きを放っていたのに。
どうして?いつの間に、あの生き物のような輝きが失われてしまったんだろう。
考えられる理由って、一つしかないけど……。
「ありがとう」
「はい」
アヤスギさんから短剣を返してもらって、鞘に納める。
「これだけの腕を持っていて、店を開かないなんて勿体ない」
考えたことなかったな。
お店を開くなんて。
「ヴィエルジュの二日から王都に店を出すんだ。俺が扱ってるのは刀だから、こっちの国とは趣が違うが。良かったら来てくれ」
刀の製法は少し興味がある。
「今度、見せてもらっても良いですか?」
「あぁ。いつでも構わないぜ。……そうだ。土産もなしに突然押しかけて悪かったな。代わりに、この中から好きな刀をやる」
そう言って、アヤスギさんが私に三本の刀を見せる。
どれも、細身で綺麗な反りの鞘だ。
長さがそれぞれ違う。
一本、手に取って鞘から抜く。
重さは、レイピアとそう変わらない感じがするけど……。
少し、レイピアより重いかもしれない。
「綺麗……」
師匠から聞いたことがある。これ、太刀って呼ばれる大振りな刀だ。
なんて、良く斬れそうな剣なんだろう。
刃の独特な模様は、刀を作るときに発生する独特の模様だったはず。
どうやって作ってるのかな。
刀の作り方は知らない。
細身だけど、見た目よりも簡単には折れないかもしれない。
というか。この反りは、リュヌリアンにも似てる気がするんだけど……。
リュヌリアンは両刃だ。
反りのある部分だけが両刃になった大剣。
「両刃の刀ってないんですか?」
「両刃の刀?ないってことはないが。両刃にすると強度が落ちるんだよ」
「この細さで強度を出すためには、片刃である必要がある?」
「切れ味と両立させるならな」
リュヌリアンは十分な強度があると思うけど。
今度、エルと一緒に行って見てもらおうかな。
鞘に戻して、二本目を抜く。
こっちは、刃に装飾がされている。反りはあまりない。どちらかというと直刀に近いけれど、片刃だ。
三本目を抜く。
これには模様がない。輝きは綺麗だけど。
……刀っぽくないな。なんだか軽いし。
鞘に戻す。
そして、一本目に手にしたものを選ぶ。
「これが一番好きです」
「良い感覚をしてる」
「え?」
「二本目は儀礼用の刀で、三本目は模擬刀だ」
試されたのかな。
でも、刀なんて全然詳しくない。
「やるよ。それは雪姫っていうんだ」
「ユキヒメ?」
名前があるんだ。
「俺の所に来たら、銘を掘ってやる」
「あの……」
「俺の店はポラリスの店だ。わかるか?」
「ポラリスの店?」
「知らないか?有名な占い屋の家だったらしいけど」
ポラリスは王都の有名な占い師だ。けれど、ある日突然居なくなってしまった。
サンドリヨンと旅に出たって噂になっていたけど……。
「知ってます」
ポラリスのお店だった場所を、買い取ったのかな。
「俺の技術が見たいなら、いつでも待ってるぜ」
「はい」
見てみたいな。
「そういや、名前はなんていうんだ?」
「リリーシアです」
「リリーシアか。……ん?」
「おい、ちょっと待て」
アヤスギさんの後ろの方から、知らない男の人の声が聞こえる。
「リリーシアと言ったな」
「はい」
「私と……」
顔を出した相手の人と目が合う。
「……」
「?」
黒髪に黒い瞳。長い髪を一本に束ねた男の人。アヤスギさんと同じような異国の服を着ていて、腰には刀が二本差してある。
「御名前は」
「リリーシアです」
さっき、自分で確認したよね?
「村雨と申します」
「ムラサメさん?」
変わった名前。
アヤスギさんもそうだけど、オービュミル大陸の人じゃないんだろうな。
刀なんて、この大陸にはないはずだ。
「あの……?」
ムラサメさんは黙ったままだ。
『あーぁ』
『ふふふ』
「?」
「リリーシアは剣術大会に出るのか?」
「え?出ない予定ですけど……」
「王都にリリーシアって名前の、でっかい大剣を扱う強い女剣士が居るって聞いたんだけどな。人違いか」
『間違いなくリリーのことねぇ』
……たぶん。
「誰に聞いたんですか?」
「村雨が大会の予選に参加するって言うから、情報を集めて回ってたんだよ」
この人、大会に出るんだ。
強いのかな。
『みんな、リリーが剣術大会に出るって思ってるんだろうね』
エルにも負けちゃったし、リュヌリアンなしでの出場なんて考えられないけど。
「!」
急に、手を掴まれる。
「こんな可憐で美しい女性が大剣を扱うわけがないだろう」
「さ、」
『あ』
「触るな!」
思い切り相手の手を振りほどく。
そして、そのまま店の扉を閉めて鍵も閉める。
『リリーに手を出すなんて、困った人ねぇ』
「申し訳ありません、」
扉越しに声をかけられる。
男の人って、どうして簡単に手を掴んでくるんだろう。
「悪かったな。こいつはそんなに悪い奴じゃないんだ。許してやってくれ」
「あの、ごめんなさい。大丈夫です。びっくりしただけで……」
「じゃあ、エルロックによろしくな」
そうだ。エルのお客さんだったのに……。
「はい」
『リリー、その刀どうするの?』
「あ……」
どうしよう。
普通に貰っちゃった。
「エルには内緒にしておいた方が良いのかな」
『そうねぇ。この時期に刀を持ってるなんて、剣術大会に出る気かもって思われちゃうわねぇ』
ええと……。
「物置にしまっておこう」
二階の物置って、たくさん物が入ってるから、刀が一本増えたところで気付かないよね?
「二人とも、内緒にしておいてくれる?」
『エルは言わなきゃ気づかないわよぉ』
『だろうね』
だと良いけど。
※
冷めたタルトを一つずつ箱詰めしていると、エルが帰って来た。
「ただいま」
「おかえりなさい」
「たくさん出来たな。昼、パスタで良い?」
「うん」
「ペンネのポモドーロは?」
ティルフィグン風のトマトソースパスタだよね。
「美味しそう」
「じゃあ、少し待ってて」
エルが慣れた手つきで材料を用意する。
沸騰したお湯の中に乾燥パスタを放り込んで、その横でフライパンにオリーブオイルを引き、潰したガーリックを火にかける。
茄子を乱切りにして一緒に炒めて、たくさんあるトマトも六等分ぐらいに切っていく。
炒めていた茄子を取り出して、切ったトマトをフライパンに入れて、トマトをつぶしながら鍋を軽く振る。
タルトの箱詰めが終わったから手伝おうと思ったけれど、あまりにも手際が良すぎて、手伝う要素がない。
一つだけ切ってないトマトをダイスに切って、味付けをして煮詰まったソースに茄子を戻し入れて、エルがこちらを見る。
「リリー、皿出して」
「はい」
いつもパスタは、緑と赤の線が入った白いお皿だ。
お皿を用意している間に、エルが茹でていたペンネをザルに上げて、ソースと絡める。
「魔法みたい」
「え?」
「あっという間に出来たから」
「パスタなんてすぐ出来るよ。座ってて」
「見てて良い?」
エルが笑う。
「いいよ」
お皿にリーフレタスをちぎって飾り、その横にペンネを盛る。茄子を飾って、その上にちぎったバジルと、ダイスに切ったトマトを散りばめて、パルメザンチーズを削って振りかければ完成。
「トマトの飾り切りでもすれば良かったな」
「飾り切り?」
「薔薇とか、うさぎとか」
「トマトで?」
「あぁ」
どうやったら作れるんだろう。
「今度やってやるよ。さ、食おうぜ」
「うん」
美味しそう。
二人で席に着いて、手を合わせる。
「いただきます」
フォークで取ったペンネを口に入れる。
パスタの硬さも丁度良いし、トマトの甘みもすごく好き。
「美味しい」
「良かった」
本当に、エルって完璧。




