66 巡り廻って
オルロワール家の演習場を借りて、手の空いた騎士と稽古。
騎士の人たちが稽古に付き合ってくれるのは、すごくありがたい。
みんな違うタイプの人で、勉強になる。
大会の予選が始まるまで、オルロワール家にお世話になることになった。
稽古に集中できるし、大会が終わればグラシアルに帰ってしまうメルと一緒に過ごせるし、環境として有り難いのだけど。
オルロワール家から出なければ、揉め事に巻き込まれる可能性が下がるというイリスの言葉が引っかかる。
そんなことないのに。
見えた。
大剣で足を狙って転ばせて。魔法で加速して回転して、とどめ。
「降参します」
相手が得物を落としたので、自分の大剣を引く。
「ありがとうございました」
相手に手を差し伸べて、繋いだ手を引っ張り上げる。
「何か気づいたことがあれば教えて下さい」
「最後の技は、魔法で回転の速度を上げているようですね」
「はい」
「あれは、途中から急激に加速するなど、緩急をつけた扱いをすれば面白くなるかもしれませんよ」
確かに。
その方が攻撃力も上がるし、相手の予測を裏切れるよね。
「ありがとうございます」
「こちらも勉強になります」
『リリー。レイリスが来てるよ』
「え?」
演習場の入口を見ると、ローブを着て、眼帯で左眼を隠したレイリスが居る。隠してるの、菫の瞳の方なんだ。碧眼の方が一般的だからかな。
コートニーも一緒だ。
それからもう一人。黄色のマントを着た男の子。あの出で立ち、近衛騎士?アレクさんは居ないよね?
「客人のようですね。今日はここまでにしましょう」
「はい」
「そちらは私が戻しておきましょう」
稽古の相手をしてくれた騎士に、借りていた演習用の大剣を渡す。
「お願いします」
レイリスの所に向かうと、コートニーが傍に飛んで来た。
『レイリスはアレクの使者だ。マリユスは勝手に着いて来た』
マリユスって……。マリユス・エグドラ?
「こんにちは」
「リリー。元気そうだな」
「お初にお目にかかります。アレクシス様の近衛騎士、琥珀のマリユスです」
「はじめまして。リリーシアです」
「アレクからリリーに届け物だ。ほら」
レイリスが、背負っていた大剣を降ろす。
これ!
「バーレイグ!」
『え?本物?』
本物だよね?
もう一度会えるなんて。
「剣術大会で使えってさ」
『あの店主が、手放したって言うの?』
「どうしてここに?」
「エルがアレクにバーレイグのことを話したから、アレクが持ち主を城に呼び出したんだよ」
店主さん、王都に来てるんだ。
「剣術大会の期間だけ借してもらう約束だ。大事に使えよ」
これが使えるのは、すごく嬉しいんだけど……。
本当に良いのかな。
『良く承諾したね』
『この国の皇太子が直接交渉をしたんだ。断れるものか』
『うわぁ。権力乱用じゃないの、それ』
『本当は買い取るつもりだったんだ。かなり譲歩したんだぞ』
『……なんだか悪いことしちゃったね』
「使って良いのかな……」
「ちゃんと正式な手続きをして借りてるものだ。リリーが使いたくないって言うなら返却するぞ」
店主さんの気持ちを汲むなら、使うのを断った方が良いんだよね。
そうすれば、すぐに返却されるんだろうけど……。
でも。
店主さん、ごめんなさい。
「使います」
『そう言うと思ってたよ』
『素直じゃないか』
せっかくのチャンスを無駄に出来ない。
「じゃあ、使ってるところを見たいから、ちょっと振り回してみろ」
「はい」
バーレイグを背負う。
良い重さだ。
演習場の中央に向かう。
『アレクも、リリーシアがバーレイグを扱う姿を見たがっていたんだ』
『わざわざレイリスが来たのは、そのせい?……コートニーはなんで来たんだよ』
『バーレイグの監視だ。失くさないよう、厳重に管理されるべきだからな』
『相当念を押されたんだね』
大事に扱わなきゃ。
背中の鞘からバーレイグを抜いて、基本の型通りに何度か大剣を振る。
袈裟切り。逆袈裟切り。なぎ払い。突き……。
この、使いやすさは何だろう。
初めて使う大剣なのに。リュヌリアンとは全然違う形なのに。とても扱いやすい。
……私のスタイルに合ってるんだ。
『ご機嫌だねー』
こんなに素敵な剣を使えるなんて。
アレクさんにお礼を言わなきゃ。
『マリユス?』
コートニーの声に振り返ると、マントを外したマリユスさんが近づいてくる。
「僕と手合わせしてもらえませんか」
『え?』
『リリーシア、』
「はい」
マリユスさんが少し驚いた顔をする。
『なんてことを』
「よろしいのですか?」
『ちょっと、リリー。いくら若いからって、相手は皇太子の近衛騎士だよ?』
「演習ですよね?」
せっかくだから、相手をしてもらいたい。
「もちろんです。その大剣で構いません」
間合いを取って、マリユスさんが私の正面に立つ。
『あれ、本当にカミーユの弟?』
『エグドラ家の末弟だ。剣術の腕は兄を凌ぐ。……リリーシア、危険があれば割って入る。私の光を感じたら、すぐに退け』
それって、一撃でも攻撃が当たったら終わりってことだよね。
「わかった」
マリユスさんが私の前に立って、右手に片手剣を持つ。
切っ先が鋭い直剣。幅もそんなに広くないし、斬撃よりも刺突タイプの剣だよね。
持ち手の部分はレイピアに似てるけど、刀身はレイピアよりも十分な身幅があって強度もありそうだ。きっと大剣の攻撃も受け止められる。あの複雑な装飾も、レイピアみたいに剣を絡め捕れるのかな。気をつけないと。
でも、長さが中途半端な気がする。一般的な剣よりは長めな気もするけれど、アレクさんの持っていたサンゲタルよりは短い。
「二人とも、一撃でも相手に攻撃が入ったら終わりだからな」
「レイリス」
「審判が必要だろ?……ほら、構えろ」
「はい」
バーレイグを構える。
「よろしくお願いします」
「よろしくお願いします」
呼吸を整えて。
「はじめっ!」
速い。
速攻で放たれた突攻撃をかわして、防戦体制を取りながら左手に後退。続けて繰り出されたなぎ払いをバーレイグで弾く。
次の瞬間、視界の端に剣先が見えて、体を屈めて足払いをかける。
……あの体勢から、剣を自分の方に引き寄せて追加の攻撃を繰り出そうとするなんて。あの刀身の長さは、自分に合わせたものなんだ。
『リリー、気をつけて』
こっちから手を出したいけれど、なかなか攻撃の機会を与えてくれない。
この人、強い。
素早いのに攻撃が重いのは、攻撃の仕方がまっすぐだからだろう。綺麗に入ればどれだけ致命傷になるかわからない。
「……っ!」
危ない。エルみたいに剣先を絡め取られるところだった。
エルと戦ってなきゃ、こういう攻撃に警戒はしなかっただろうな。
見極めて……。
相手の、腕の動きを。
マリユスさんが剣を引いた瞬間、バーレイグで相手の腹部目がけて、まっすぐ攻撃する。
「!」
大丈夫。かわせるって思ってた。
これが私の理想的な間合い。今度はこっちの番。
大剣で斬り払って、続けざまに攻撃を仕掛ける。
思った通り、マリユスさんの剣は、しっかり大剣の攻撃を受け止められる強度のものだ。
でも、鍔迫り合いなら明らかにこっちが有利。
後退したマリユスさんに向かって、もう一撃……。
だめだ、私の方がきっと遅い。攻撃の態勢から、防御の体勢へ移行。
予想と違う斬られ方だったけれど、体勢を変えていたおかげで防御が間に合った。
マリユスさん。
使っている武器も、剣術のスタイルも違うのに、なんとなく私に似てる。
何が似てるのか上手く言えないんだけど……。
マリユスさんの攻撃の仕方を見てると、自分の欠点が良く見えてくるのだ。
たとえば、今は突攻撃よりも、なぎ払いにして様子を見るべきだったとか、今のは一歩引く必要はなかったとか、そういう細かいこと。
だから、この人と戦うことは、私にとってすごく勉強になる。
こうすれば良いのかな。
そっか。この場合はこう返して……。
だったら、これはどう?
「そこまで!」
『リリーシア、退け』
もっと試したいことがあったのに。
まだ、一度も攻撃が入ってないのに。
どうして?
二歩引いて、大剣を構え直す。
マリユスさんも、同じように下がって構え直す。
肩で息をするほど呼吸が荒くて。
この、高揚した感じが心地良い。
もう少しで何か掴めそう。
あと、もう少し……。
「え?」
黒いマントの人が近づいたかと思うと、マリユスさんが吹き飛んだ。
……何の回避も取らずに殴られたんだ。
どうして?
マリユスさんが起き上がって跪く。
「主君からだ。本日より五日間、停職処分に処す。城への出入りも禁止だ。家に帰って頭を冷やせ」
「……はい」
何が起こってるの?
『レイリス。どうなってるの?』
傍に来たレイリスを見上げる。
「内輪もめだ。あいつは黒紅のローグバル。アレクの近衛騎士だよ」
「パーシバルさんのお兄さん?」
「そうだよ。良く知ってるな」
常盤のグリフレッド、白花のヴェロニク、銀朱のツァレン、青藍のレンシール、黒紅のローグバル、そして新しく加わった琥珀のマリユス。
これで、アレクさんの近衛騎士全員に会えたんだ。
「リリーシア様」
「はい」
「黒紅のローグバルと申します。マリユスがご迷惑をおかけいたしました」
頭を下げられちゃった。
「あの、私、迷惑なんて……」
「近衛騎士の私闘は厳禁です」
『それ、リリーが勝負を受けちゃったのが悪いんじゃないの?』
私のせいで、マリユスさん、停職処分になっちゃったの?
「すみません。私が……」
「リリーシア様には一切の非はございません。……レイリス様、御迎えに上がりました。城に戻りましょう」
「ん。……ほら、マリユス。マントはちゃんと持ち歩けよ」
「はい」
マリユスさんにマントを渡すと、レイリスはローグバルさんと一緒に行ってしまう。
『レイリスって、どういう立場なの?』
『アレクの客人だ。大方の人間からは、エルロックの変装だと思われているようだがな』
エルとそっくりだもんね。
金色の光とか。
「あの……。マリユスさん、どうして私と戦いたかったんですか?」
どうなるかわかってたはずなのに。
「私怨です」
「しえん?」
『何?リリー、何か恨まれることでもしたの?』
私怨。
「私、何かしましたか?」
全然身に覚えがないんだけど……。
「いいえ、全くの無関係です。申し訳ありませんでした」
マリユスさんが私に頭を下げる。
『何がなんだかさっぱりわからないね。コートニー、何か知ってる?』
『さぁな。エルロックにも勝負を挑んだようだが』
「え?」
『エル、戦ったの?』
『まさか。あれが好んで戦うことなどない』
『リリーとは大違いだね』
「ひどい」
マリユスさんがその場に膝をつく。
「何とお詫び申し上げれば良いでしょうか。すべての非は僕にあります。リリーシア様が望むのでしたら、騎士の位を返還する覚悟です」
「えっ?そんな……」
どうして、こんなことに。
『何度も言ってるけど。ボクらの声はリリーにしか聞こえないんだよ。リリーが今言った言葉は何?』
『ひどい、だったか』
「あの、ごめんなさい。違うんです。今のはイリスに言ったの。マリユスさんじゃなくて」
「イリス?」
『だから!』
『マリユスは魔法使いの素質を一切持っていない。精霊の言葉はどうやっても届かないぞ』
どうしよう。
「立ってください」
無理やりマリユスさんの腕を引いて立たせる。
「リリーシア様?」
「イリス、助けて」
『もーぅ』
イリスが顕現する。
「精霊……?」
「何?精霊が珍しいって言うの?どこにだって居るんだからね」
「……申し訳ありません」
「聞き飽きたよ、それ。……っていうか、マリユスの周りには精霊と契約してる人間がたくさん居るんだから分かるだろ?精霊と契約してる人間は、普通の人間には見えない精霊と会話するんだよ。今だって、ボクがリリーに説教してただけだからね」
「説教だったの?」
「その喧嘩っぱやい態度をどうにかしてって言ってるんだよ」
「喧嘩じゃないよ」
「そのせいでマリユスが停職処分になっただろ。剣術大会に向けて大人しくするんじゃなかったの?」
「だって、バーレイグが……」
「浮かれすぎだよ。そんな調子で大丈夫なの?リリーは内緒で出場なんだ。それ持ってるところを誰かに見られただけで、バーレイグで出場できなくなるんだからね」
「そうだけど……」
『その辺にしてやったらどうだ』
「マリユス。リリーはエルと違って好戦的なんだ。気をつけてよ」
イリスが顕現を解く。
『少しは懲りたらどう?』
『リリーシアばかり責めてどうする。マリユスにも問題があるだろう』
「重ね重ね、失礼いたしました。……では、僕は家に戻ります」
「待ってください」
「まだ何か御用でしょうか」
どうしよう。
エルに戦いを挑んだって言うのが気になる。
それに……。
「あの、付き合ってもらえませんか」
「え?」
「さっきの演習、中途半端なままで終わらせたくないんです」
『まだそんなこと言ってるの?』
すごく楽しくて。これからだったから。
「リリーシア様が望まれるのでしたら、お相手致しましょう。ですが、オルロワール家で続きを行うわけには参りません。エグドラ家にお越し願えますか」
エグドラ家なら、続きが出来るのかな。
「ありがとうございます」
『これで謹慎が増えるなんてことないよね?』
『マリユスは停職中だ。騒ぎさえ起こさなければアレクも文句は言わないだろうが……。停職期間中、ずっと相手をさせるつもりか?』
大会は五日から。明後日から始まってしまう。
「あの、マリユスさん。今日と明日、稽古をお願いできますか?」
マリユスさんが苦笑する。
「はい。何なりとお申し付けください」
『騒ぎにならなきゃ良いけどね……』
『リリーシア。バーレイグも持ち歩くつもりか』
『そのまま持ち歩くのはまずいよ』
何か隠すものが必要だ。
「えっと……。ロジーヌさんから、バーレイグを隠せるもの借りて来るよ」
背負っていたバーレイグを降ろす。
これを隠すのは苦労するかも。
「僕が預かります」
そう言って、マリユスさんがバーレイグに琥珀のマントを巻く。
「僕がこうして持ち歩けば問題ないでしょう」
「ありがとうございます」
※
聖剣エイルリオンを置いてある場所が右に見えて、まだセントラルに居るはずだから、ここはセントラルの西側だよね。
「エグドラ家ってどこにあるんですか?」
「正確には、エグドラ家は王都にはありません」
「え?」
「子爵家として任されている土地と騎士団があります。王都にあるのは別邸です」
「エグドラ家って、近衛騎士の家系じゃないんですか?」
「近衛騎士の家系など存在しません。近衛騎士は世襲制ではありませんから。たまたま近衛騎士の任命が続いた為、王都に別邸を持っているだけです」
『本家は別にあるんだね』
騎士のシステムって複雑だ。
「別邸はノイシュヴァイン家の裏手にあります」
ってことは。
「これ、ノイシュヴァイン家ですか?」
「はい」
見渡す限りずっと塀が続いてる感じが、オルロワール家を思い出す。
「リリーシア様は、有名な剣士様だったのでしょうか」
「えっ?……違います」
「本当ですか?こんなに強い方と戦ったのは久しぶりです」
「マリユスさんもすごく強いです」
「とんでもない。僕は、相手の力量も読めないほど高慢な態度で臨みました。貴方を過小評価していたんです。初撃が入らない相手だと思っていませんでした」
あの、素早い一撃。
「レイリスが合図をしてくれなきゃ、避けられなかったと思います」
不意打ちであの攻撃を避けるのは難しいだろう。
「いいえ。レイリス様が止めて下さったとは言え、女性に対して決闘を申し込んだ上に何の結果も残せなかったなんて、騎士として恥ずべきことです」
『だから、さっき騎士の位を返還する覚悟だって言ったのかな』
―女性に手を上げたら騎士じゃないからな。
そういえば、シャルロさんが言ってたよね。
「でも、エルは私より強いよ。エルと戦いたいなら、私より強くなきゃいけないと思います」
「あの人、どうしてそんなに何でもできるんですか?」
『人間が生まれながらに持つ才能など、知れているぞ』
『魔法使いの才能とか?』
『それはもともと特殊な人間というだけだ。才能があったところで、魔法を使う為の知識を学ばなければ使うことは出来ない。精霊の助力を得られない人間だってそうだろう。何事も、努力せずに手に入れることは出来ない』
『アレクも?』
『当然だ』
カートも言ってたよね。
「きっと、誰かの為に一生懸命になれるから、たくさん努力できるんじゃないかな」
「誰かの為に?」
「うん」
自分の為だけじゃなく、きっと他に目的があるから。
アレクさんが強いのは、王家の敵と戦えるのがエイルリオンを持ったアレクさんだけだから。だから、アレクさんは誰よりも強くなきゃいけないんだ。
エルだってそう。誰かの為にしか力を使わないから。それは誰かを傷つけるよりも、自分だけを守るよりも、ずっと大きな力の必要なことだ。
「リリーシア様」
「あの、リリーで良いです」
「では、僕のこともマリユスと」
「はい」
「僕はこれまでずっと、従騎士として父から多くを学んできたつもりです。でも、違った角度から、もっと学ぶべきことがあるように思います。どうか、僕に稽古をつけてもらえませんか」
「え?逆ですよね?」
「では、お互いの向上の為に、付き合っていただけますか」
「はい。よろしくお願いします」




