63 好きこそものの上手なれ
『おはよう。リリー』
「おはよう、イリス」
『ここ、どこだかわかってる?』
「わかるよ」
ここは、お城の皇太子の棟にあるエルの部屋。
エルは居ないみたいだけど。
『どうやって来たかは覚えてる?』
「えっと……」
その辺はあまり覚えてないかもしれない。
「エルは?」
「もう起きて出て行ったよ」
「そっか」
とりあえず、シャワーを浴びよう。
今、何時だろう。
そうだ。マリーにショコラティーヌを焼くって約束したんだ。
帰って作らなきゃ。
後は……。
何か忘れてる気がするんだけどな。
思い出せない。
シャワーを浴びて出ると、紅茶の匂いがする。
「おはようございます、リリーシア様」
「おはようございます、リリーシア様」
「えっと……。エミリーさんとライーザさん?」
「はい。お支度をお手伝いいたします」
支度?
「腕を上げて頂けますか?」
そういえば、着替えの服がなかったっけ。
「はい」
ワンピース。
ロザリーが作ったのかな。
いつも黒だけど、今日は赤い色だ。
白いフリルがあちこちに付いていて可愛い。
「こちらにお座りください」
「紅茶をどうぞ」
淹れたての紅茶だ。あったかい。
お皿の上にスコーンが乗ってる。
「どうぞ、お召し上がりください」
プレーンスコーンを半分に割る。
スコーンは、浸るぐらい蜂蜜をたっぷりかけて食べるのが好きなんだけどな。
置いてあるクリームを塗ってスコーンを食べる。
!
「すごく美味しい」
このクリーム、蜂蜜が入ってるよね。
「そちらはエミリー特製のクリームです」
これ、エミリーさんが作ったんだ。
「どうやって作るんですか?」
「秘密です」
秘密のレシピ?
こんなに濃厚なクリームなのに、香りも爽やかで重たさを感じない。
いくらでも食べられそう。
「本日の御予定をお伺いしてもよろしいでしょうか」
「今日はマリーの家に行くんだ」
「御急ぎの御用時でしたか?」
「急ぎじゃないけど、ショコラティーヌを焼いて行くから、早く帰って作らなきゃ」
少なくとも、お茶の時間には間に合わせないと。
「でしたら、私の厨房をお使いになってはいかがでしょう」
「エミリーさんの?」
「はい。アレクシス様はリリーシア様のショコラティーヌを大層お気に召した御様子ですから」
「えっ?」
アレクさんにも作るの?
「あの、私……、自信ないです。この前だって、何度も失敗して、一番上手く行ったのを持って来たんです」
「心配なさらずとも、アレクシス様にお出しするかどうかは私が決めます。準備をして参りますので少々お待ちください」
『エミリー、行っちゃったね』
「どうしよう……」
「楽しまれてはいかがでしょう」
「え?」
「材料はエミリーが厳選した新鮮で良いものを取り揃えております。リリーシア様もお気に召すかと」
えっと……。アレクさんが食べるものを作ってる場所だよね?
どれも最高級品に違いない。
すごくそそられるけど……。
「私が使っても良いんですか?」
「はい。エミリーの厨房にあるものですから」
「エミリーさんって料理が専門のメイドさんなんですか?」
「いいえ。私たちはアレクシス様の身の回りのお世話が仕事です。エミリーは特に、食事と菓子の準備を任されています。他の厨房から揃えることもあれば、王都に買い付けに行くこともありますし、軽いものを自ら調理することもございます」
つまり、アレクさんが食べるものを用意する人だよね。
「このスコーンは?」
「エミリーの手製のものです。休日はいつも、軽いものを召し上がられますから」
あれ?
「あの、この前って……」
私が来たのってお休みだよね?
「お客様に合わせたものを用意するのもエミリーの仕事ですから」
わざわざ私の為に用意してくれたんだ。あれ。
「本日は、軽いものを御用意いたしました。もし、お召し上がりになれるようでしたら、スープやパンをお持ちいたします」
「いえ、大丈夫です。こんなに美味しいスコーンと紅茶を食べられるだけで幸せです」
ライーザさんが笑う。
「ありがとうございます」
「えっと……。ライーザさんも食事の準備をするんですか?」
「私は衣装の管理を任されております。こちらのお召し物は、今朝エルロック様がお選びになったものですよ」
「エルが?」
『可愛いもんね』
「髪型はこちらでよろしかったでしょうか」
ライーザさんが手鏡を用意して、私の顔を映す。
いつも通り二つに分けて結った髪には、赤い布の両端に黒いラインが入ったリボンが結んである。
というか。いつの間にか髪も乾いているし、着替えも完璧に終わってる。
こんなに可愛い服……。
「あの、これ以外のって、」
ライーザさんが微笑む。
「流石、エルロック様です。リリーシア様に良くお似合いですよ」
私、遊ばれてるのかな……。
※
ライーザさんに案内されてエミリーさんの厨房に向かう。
お城って迷路みたい。
何を目印に歩けば良いんだろう。
『あれ?リックじゃないか』
リック?
「おはようございます、フェリックス様」
フェリックス王子だ。
ライーザさんが頭を下げたのに合わせて、頭を下げる。
「おはようございます」
「おはよう。……なんで、お前がここに居るんだ」
「リリーシア様は剣花の紋章をお持ちですから」
「そういや、誰かがそんなことを言ってたな」
理由、それで良いんだ。
「相変わらず変わった服を着てるな。お前の趣味か?」
「え?えっと……」
「エルの趣味か」
『そうだね』
「暇なら付き合え」
「フェリックス様。リリーシア様は、アレクシス様のお客様でございます」
「アレクの客が、何でこんなところをうろついてるんだ」
こんな所って言われても、ここがどの辺かなんて知らない。
『ボクたち、エミリーの厨房に行くんだよ』
「エミリーの厨房?」
そういえば、フェリックス王子はアレクさんと同じで精霊の声が聞けるんだよね。
「マリーにあげるショコラティーヌを作りに行くんです」
「マリーに?」
あ。
「オルロワール家に行くのか。それなら俺も一緒に行く。出来上がったら俺の書斎に来い」
「あの……」
「薔薇でも摘んで行くか。ちゃんと来いよ」
「えっと……」
フェリックス王子が行ってしまう。
『行っちゃったね』
返事、してないのに。
「よろしいのですか?」
「うーん」
マリー、困るかな。
「でも、薔薇の花はきっと喜ぶよね」
前も受け取ってたし。
「では、後程ご案内いたします」
「お願いします」
ライーザさん、アレクさんのお世話が仕事なのに良いのかな。どこに行くにも、一人で歩けないのは申し訳ないのだけど。
というか、着替えを手伝ってもらったり、朝食の準備をしてもらったり、あちこち案内してもらったり。お世話されっぱなしだ……。
なんだかグラシアルを思い出す。
いつもソニアが一緒に居てくれたっけ。
元気にしてるかな。
「こちらが厨房でございます」
お城で働く人、全員の食べ物を作ってるところだよね。
廊下があって扉がいくつか並んでる。厨房って一つじゃないんだ。
「こちらがエミリーの厨房です」
こんな所で自分専用の厨房を貰えるなんて、エミリーさんってすごい人なんじゃないかな。
ライーザさんがノックをして厨房を開く。
「お待ちしておりました」
「わぁ……」
広さはそんなに広くないけど、理想的な厨房だ。
とても清潔で、片付いていて。
正面に窓があって、窓のすぐ左手にオーブンがある。左側にはいろんな材料が整然と並んでいて、右側が水回りとコンロ。
戸口の左には清掃用具が仕舞われていて、右側には料理を運ぶワゴンがあって、上の棚にはバスケットが積んである。
そして、一番目を引くのが中央にある広い調理台。
大理石の板も置いてあって、パイを作るのにも良い環境だ。
「では、私は失礼いたします」
ライーザさんが厨房から出て行く。
「リリーシア様。エプロンをどうぞ」
「はい」
スカートをしっかり覆ってくれるエプロンだ。これなら、粉がかかっても服が汚れる心配はなさそう。
「オーブンの温度はいかがいたしましょう」
温度は……。
「少し高いかな」
「では、下げておきましょう」
エミリーさんがオーブン扉を少し開けて、窓を開く。
『良い天気だね』
気持ち良い。
「たくさん作りましょう」
「はい」
なんだか、やる気出て来たかも。
※
……こんなに材料使っちゃって良かったのかな。
エミリーさんと作るのが楽しくて、作りすぎてしまった。
オーブンに入る量を考えると、焼くのは三回ぐらいに分けなければいけない。
「こんなに作って大丈夫ですか?」
「問題ありません。城内で食べ物が余ることなどありませんから」
働いてる人がたくさん居るからかな。
「余った生地でパルミエを作りましょうか」
「パルミエ?」
「クロワッサン生地を使ったお菓子です」
エミリーさんが、広げた生地に水を塗って両端から丸めていく。
「これを薄く切り、表面にシナモンとシュガーをまぶして焼成します」
断面がハートの形だ。
「可愛い」
余った生地はいつもクロワッサンにしちゃうから。
「勉強になります」
「私もとても勉強になりました」
「え?そうですか?」
「はい。リリーシア様の丁寧な生地の扱い方は、とても参考になりました」
「そんなことないです」
エミリーさんは色んなことを同時並行でやっていたから。
次の工程に移る待ち時間に、ランチに使う野菜の準備をしていた横で、私に美味しいココアを作ってくれたのだ。
ランチはホットサラダと、他の厨房で作っているスープを出すらしい。
それから、ショコラティーヌが上手く行けばショコラティーヌを。そうじゃなくても、ほかのパンを出すって言ってたから、失敗してもきっと大丈夫。
良い匂いがしてきた。最初に焼き始めたものは、そろそろ出しても良いかもしれない。
綺麗に焼けていますように。
オーブンを開く。
「あ……」
失敗した。
「まぁ」
「すみません。せっかく手伝ってもらったのに」
エミリーさんが微笑む。
「綺麗に焼けていますよ」
「でも……」
「アレクシス様にはお出しできませんが」
「そうですよね」
焼けた生地を出す。
『何を失敗したの?』
「間違えて、卵を塗ってないのをオーブンに入れちゃったの」
『パルミエが美味しかったから?』
焼き立てのパルミエに気を取られていたのは確かだけど……。
「問題ありません。卵を塗らずともここまで綺麗に焼けているのですから、素晴らしい出来です。さぁ、次のものを焼きましょう」
「はい」
エミリーさん、優しい。
次こそは。
※
エミリーさんと一緒に厨房のある場所を出ると、ライーザさんとツァレンさんが居る。
「おはようございます、ツァレンさん」
「おはよう、リリーシア。良い匂いだな」
「ショコラティーヌです」
「おぉ。主君はまだ弓術訓練場に居るはずだぜ。一緒に行くか?」
「弓術訓練場?」
気になるけど……。
「マリーと約束があるんです」
「なんだ。それはオルロワール家への土産か」
「はい」
「ツァレン様はこれから弓術練習場へ向かわれるのですか?」
「あぁ」
「では、少々お待ちください」
エミリーさんがショコラティーヌの入ったバスケットをライーザさんに渡して、厨房に戻る。
アレクさんに渡すショコラティーヌを取りに行ったのかな。
「喜んでくれると良いんですけど」
「自信がないのか?」
「その……」
エミリーさんが厳選してたものだから、きっと大丈夫だとは思うんだけど。
「主君が、食べた直後に同じものをまた食べたいって言うのは珍しいんだぜ」
「え?」
「それぐらい気に入ったってことだ」
「……はい」
それは、すごく嬉しい。次もそう思ってもらえると良いな。
「フェリックス様と薔薇を摘んで行くんだって?」
「そうなんですけど……」
フェリックス王子と一緒に行ったら、マリー、どう思うのかな。
「マリーってフェリックス王子が嫌いなんですか?」
ツァレンさんが笑う。
「嫌いってことはないだろうが。あのままフェリックス様に気に入られてたんじゃあ、婚期を逃しかねないだろうな」
「え?」
「オルロワール家としても、フェリックス様に遠慮して婚約者を探せないんだよ」
確か、昔は婚約者が居たけど、婚約破棄することになったって、カミーユさんが言ってたはず。
「あのお嬢様は、結婚相手は自分で選ぶって宣言してるらしいからな。家柄の良いところなら良いが、そうじゃなかったら一悶着あるだろう」
家柄か……。マリーって本当にお嬢様。
もしかして、フェリックス王子がマリーを好きじゃなければ、マリーは好きでもない相手と結婚させられちゃうのかな。
あれ?これって、何か変だ。
フェリックス王子って……。
「お待たせいたしました。こちらをアレクシス様に渡していただけますか?」
エミリーさんがツァレンさんにバスケットを渡す。
「まかせてくれ」
「では、リリーシア様。フェリックス様の書斎へ御案内いたします」
「はい。エミリーさん、ありがとうございました」
「いいえ。こちらこそ。どうか御気をつけて」
「じゃあな」
「はい」
エミリーさん、ツァレンさんと別れて、ライーザさんと一緒に廊下を歩く。
※
「リリーシア様がお見えになりました」
近衛騎士がノックをして扉を開くと、フェリックス王子が中から出て来た。
……機嫌が悪そう。
「遅い。遅すぎる」
「すみません」
「早く薔薇を摘みに行くぞ」
「え?」
『これから摘みに行くの?』
「当然だ。花は鮮度が命だからな」
花に対してこだわりがある人なんだ。
「わぁ……」
色んな種類の薔薇が咲いてる。
「綺麗だろ」
「はい。鮮やかで、とっても綺麗です」
精霊や妖精もたくさん飛んでるし、薔薇の香りがする、とっても素敵なところだ。
「こんなに寒くなって来たのに、薔薇って咲くんですか?」
薔薇って春のイメージだ。
「秋も薔薇の季節なんだぜ。香りも良いだろ」
「はい」
一輪の薔薇の花に近づく。
「良い匂い」
マリーみたい。
「ほら、こっち向け」
「?」
フェリックス王子が、持っていた薔薇の花を私の頭に飾る。
「マリーとは全然違うタイプだな。華やかな薔薇よりも、可憐な薔薇の方が似合う」
……どうしよう。
「気に入った。後で加工させて、髪飾りにして贈る」
私の頭から外された薔薇は、オレンジ色の可愛い薔薇だ。
「ライーザ、俺のメイドに渡しておいてくれ」
「承りました」
「少し時間がかかるから、四阿にでも行ってな」
フェリックス王子が薔薇園の奥に行く。
薔薇が似合うなんて、初めて言われた。
顔が熱い。
「フェリックス王子って、誰にでもこういうこと言うんですか?」
ライーザさんが口元に手を当てて笑う。
「いいえ。フェリックス様はリリーシア様を気に入られたのでしょう。では、四阿に参りましょうか」
「四阿ってどっちですか?」
「ここから見える、屋根のある場所です」
白い屋根のついた、柱だけで壁のない六角形の建物。
中にはテーブルと椅子がある。
「ちょっと散歩してきます」
せっかく素敵なところだから。いろいろ見てみたい。
「御案内いたしましょうか?」
「大丈夫です」
『本当に?』
だって、あれだけ大きな目印があるなら迷わないよね。
薔薇がとっても良い匂い。
色んな種類がある。薔薇っぽくないものも多いけど。
「これも薔薇なのかな」
『薔薇だよー』
薔薇の妖精?
「こんにちは」
『わぁっ。……君、王族に居た?』
「違うよ」
『そうなの?声が聞こえるなんて、変なの。……でも、ここにあるのは全部薔薇だよ。僕らはみんな兄弟だからね』
「兄弟?」
『新しい薔薇が生まれれば、新しい妖精が生まれるんだ。ここで生まれた妖精だってたくさん居るよ』
「生まれた?」
『ほら、人間が色んなのを組み合わせるだろ?』
組み合わせ?
品種改良のことかな。
『最近はリックが居ないから、新しい子は生まれないけど。……あ、リック!』
「なんでこんなところに居るんだよ」
『居ちゃ悪いのか』
「散歩してただけです」
「妖精が居るのはわかってるよ」
『何?薔薇を摘んでるなら僕も持って行ってよ』
「今日は持って行かない。香りのバランスが崩れる」
『えー』
「また今度」
『約束だよ?』
「わかったって。……っていうか、良くこんな奥まで来たな。迷子の癖に、戻れるのか?」
「え?」
奥?
周囲を見回しても、四阿の屋根は見えない。
「噂以上の迷子っぷりだな。おい、案内してやれ」
『また今度だよー』
くすくす笑って妖精が飛んでいく。
「ったく」
フェリックス王子が笑う。楽しそう。
「ずっと、薔薇の品種改良をしてたんですか?」
「昔、ちょっとな。あいつらと遊んでやっただけだ。人間が手を加えることで植物は……、妖精は新しい命として生まれることが出来るらしいんだ。必ず生まれるってわけでもないらしいけど。アンシェラートと新しい繋がりを構築することによって、妖精が生まれることが出来る、とか言ってたな」
「妖精って、アンシェラートに縁があるんですか?」
「植物が地中に根を張っているんだから関係はあるだろ。でも、アンシェラートが妖精を生むわけじゃない」
「?」
「世界の創世の話し、知ってるだろ?神々が生まれた後に、神々は命を作るものと命を食べるものを生んだんだ。命を作るものとは植物であり妖精。それを食べるのが生き物。すべてが対になる世界で、植物と生き物は対になるものだ」
「あれ?ってことは、妖精と生き物は対になるの?」
「まさか。妖精は植物と関係があるってだけだ。対になる存在があるとしたら精霊じゃないのか?」
「精霊?」
「精霊と妖精って似たようなものだろ」
『違うよ』
「顕現した時の見た目は一緒だろ。ほら、四阿に行くぞ」
「はい」
『リック!』
「何だ?」
歩き出したフェリックス王子の傍に来た妖精が、王子とお喋りしてる。
フェリックス王子って妖精に好かれてるんだな。
『もっと香りが良いものがあったのに』
別の妖精の声が聞こえて振り返る。
『あれで決めちゃったんだから仕方ないよ』
『でも、私のこと綺麗って言ってくれたわ』
「うん。とっても綺麗」
『あら、わかってるわね』
『この子に僕らの声が聞こえるわけないだろ』
『だってタイミングがばっちりじゃない』
あんまり話しかけない方が良いかな。
『あら。この子、マリーと一緒にここを走ってて、転んだ子じゃない?』
え?
『同じかなんてわからないよ。黒髪ってだけだろ?』
『そうかしら』
それ、舞踏会の時のこと?
マリーと一緒に通り抜けた庭って、ここだったんだ。
『リリー。ちゃんと追いかけないと見失うよ?』
「あ」
『今、右に曲がったけど』
走って追いかけたけど、右に曲がった先には誰も居ない。
『見失っちゃったね』
えっと……。
「四阿ってどっちかな」
『左の方に見えるけど』
じゃあ、左に行ってみようかな。
『フェリックス王子が向こうに行ったってことは、こっちからじゃ行けないんじゃないの?』
「でも、向こうにあるんだよね?」
『そうだけど……』
目指してる方向は同じだから大丈夫。
この薔薇も綺麗。
ここって、何種類ぐらいの薔薇が咲いてるのかな。
『あ、エルだ』
イリスの声に、振り返る。
「エル!」
「リリー」
エルだ!
エルの方に走って行って、エルに抱き着く。
「可愛い。すごく似合う」
そういえば、この服。エルが選んだんだよね?
とっても機嫌が良さそう。
喜んでる?
どうしよう。こういう時、なんて言えば良いんだっけ……。
『エルが見つけてくれて良かったね』
そうだ。フェリックス王子を追いかけなきゃ。
『ライーザ見なかった?』
「四阿にでも居るんじゃないか?行こうぜ」
エルが差し伸べた手を繋ぐ。
「どうしてここに居るってわかったの?」
「ツァレンから聞いたんだよ」
ツァレンさんって弓術訓練場に行ったんだよね?ってことは、アレクさんと一緒に弓の練習してたの?
……もしかして、わざわざ会いに来てくれた?
今度はルイスの誕生日まで会えないから……。
「剣術大会が終わったら、家に帰って来るんだよね?」
アレクさんは、エルが死んだことになってるのは二か月ぐらいって言ってたはずだ。
「帰るよ」
良かった。
「薔薇は摘んでないのか?」
「私は摘んでないよ。フェリックス王子がマリーに渡す花を選んでるんだ」
「リックも行くのか」
「うん」
「で?……散歩してたら迷子になってたのか」
「そんなことないよ。薔薇が綺麗だったから見てただけだよ」
エルが笑う。
……すぐ、笑うんだから。
エルを見上げると、襟についているブローチが光る。
この形。ビオラかな。
中央がカーネリアン。周囲の三枚の花弁がムーンストーンで、その上に二枚ついている花弁が瑠璃で出来ている。こういう配色のビオラもあるのかな。
四阿にエルと一緒に行くと、フェリックス王子がライーザさんと一緒に居る。
摘みたての花は、もう花束にしてあった。
「おはよう、リック」
「エルじゃないか。おはよう。……っていうか、ようやく戻って来たのか。遅いんだよ」
「ごめんなさい」
「この迷子をどうにかしろ。なんで、ちょっと目を離した隙に居なくなるんだよ」
そんなことないのに。
「俺は見つけられるから良いんだよ」
「良いか。マリーの家に行くまで、俺から離れるなよ」
「マリーの家なら迷いません」
お城の近くなのに。
「エル、お前も来るのか?」
「行かないよ。城門まで送る」
「城門まで行ってられるか。東口から行くんだよ。オルロワール家なら東から出た方が早いからな」
「東口?」
「裏口の一つだ」
裏口って……。
「秘密の出口でございます」
それって、緊急時の出入りに使うものじゃないの?
「それ、他人に教えたらまずいんじゃないのか?」
「迷子に教えたところで問題ないだろ」
ひどい。
エルが笑って、私の頬をつつく。
……ばか。
「リリーシア様は剣花の紋章をお持ちですから問題ありません」
王家の関係者じゃないと教えちゃいけないってことだよね。
そんな軽々と使って良いのかな。
「ほら、行くぞ」
フェリックス王子が、ショコラティーヌの入っているバスケットを持って歩き出す。
「リリー、気をつけて」
「ありがとう。いってきます」
「いってらっしゃい」
今度は置いて行かれないように気をつけなきゃ。




