59 雨に唄えば
朝から雨が降ってる。
「リリー、雨なのに出掛けるの?」
「うん。シャルロさんの所に行ってくるね」
「レインコートにする?傘にする?」
「レインコートにするよ」
キャロルからレインコートを受け取って羽織る。
今日は、雪姫は腰に下げて行こう。
「お昼までには帰るね」
「わかったわ」
「いってきます」
「いってらっしゃい」
雨……。
エル、大丈夫かな。
大丈夫だよね。一人で居るわけじゃないし。
……行ってみようかな。あそこ。
『リリー、そっちはウエストストリートだよ』
「お墓参りに行こうと思って」
『フラーダリーの?……場所わかるの?』
「たぶん?」
『ボク、覚えてないからね』
前に行けたから、もう一度行ける気がするんだけど。
『花屋はあそこみたいだね』
ウエストストリート沿いにあるお花屋さんに行くと、相変わらず妖精たちが店先に居る。
『あれ?リリーシア』
『君も雨が好きなの?』
「雨が好き?」
どういうこと?
「あら」
どこかで聞いたことのある声に顔を上げると、白百合の花束を持った女の人がお店から出てきた。
金髪に薄い碧眼、白い花の耳飾り。
「キアラさん」
エルと一緒に行ったことがあるバーの歌姫だ。
「リリーシアね。あなたも散歩?」
「え?……違います」
「もしかしてお墓参り?」
「はい」
「なら一緒に行きましょうか。フローラ、花束をもう一つ作ってもらえる?」
キアラさんが店の中に声をかけると、フローラが顔を出す。
「リリーシアじゃない。もしかして、また白百合の花束?」
「そうみたいよ」
「これで何個目かしら」
『昨日、エルが来たんだよ』
『花束を二つ買っていったんだ』
『そろそろ違う花も使ってあげたらどう?』
「フラーダリーの好きな花って何かな」
『彼女はどんな花も好きだったよ』
「蘭なんてどうかしら。綺麗なカトレアがあるわ」
赤いカトレアだ。
「はい。お願いします」
「少し待っていてね」
フローラが店の中に入って行く。
「あの、」
「フラーダリーと私は親友だったの。だからエルとも知り合いよ」
そうだったんだ。
「あの子が働きたいって言うから、お店を紹介してあげたのも私」
「キアラさんが働いている場所?」
「そうよ」
エルはあそこで働いてたって言ってたよね。
「買いたい物があったみたいだけど。買えたのかしらね」
欲しい物があったから働いてたんだ。
「あの、」
「まだ何か聞きたいことがあるの?」
「雨が好きなんですか?」
キアラさんが驚いた顔をして、笑う。
「好きよ」
「どうして?」
「とても優しいから」
空を見上げる。
優しいのかな。
そう感じる人も居るのかもしれない。
「できたわ」
フローラから花束をもらう。
赤いカトレアと紫蘭の入った花束。
「ありがとうございます」
フローラに代金を渡すと、隣でキアラさんが傘を開く。
「行きましょうか」
「はい」
墓地。
雨だと精霊の姿も少ない気がする。
フラーダリーの墓の前には花束が二つ。
一つは白百合と紫蘭が入った花束。
もう一つは白百合とビオラの花束。
その横に、キアラさんと一緒に花束を置く。
「久しぶりだわ。ここに来るの」
「いつも雨の日に来るんですか?」
「そうね。出かけるのは雨の方が多いわ」
そんなに雨が好きなんだ。
ラングリオンでは珍しいからかな。
「ここで会ったのも何かの縁ね。フラーダリーのことを少し話してあげましょうか」
「はい」
キアラさんが墓を見る。
「彼女は誰にでも優しくて、強くて、努力家だったわ。生まれてしばらくは城で暮らしていたようだけど、王立魔術師養成所を卒業後は、魔法研究所の一所員として生活することになったわ」
『昔は城に住んでたんだね』
「陛下は姫としての待遇を用意するおつもりだったって話しもあるけれど。血筋の面でも正当性がない上に、王族なら持っているはずの特別な力を持っていなかったらしいわ。だから、彼女を王室に迎えることは難しい事だったようね」
それって、アレクさんの持ってる力。精霊の声を自由に聞ける力がなかったんだ。
「フラーダリーは元々、姫の待遇になんて興味はなかったみたいだけど。でも、彼女が陛下の寵愛を受けていることも、アレクシス様が姉と慕っていた相手であることも有名な話しだったわ。彼女は王族ではないのに王族と変わらない存在として、とても特殊な立場にあったの。……だから、彼女は最初から普通の女性が送るような人生は保証されていなかった」
「普通の女性が送るような人生?」
「結婚も、子供を作ることも。してはいけなかったのよ」
「どうして?」
「彼女が陛下の血を引いていることは明らかよ。彼女と関係を持つと言うことは、王族と繋がりを持つということだもの」
だから特殊で、中途半端な立場なんだ。
「でも、エルは特別だった。フラーダリーが突然連れて来た紅の瞳の男の子。彼の存在はあっという間に王都中に知れ渡ったわ。アレクシス様の後ろ盾もある、養成所に中途入学した謎の天才児。みんなの注目の的ね」
「エルがどこから来たのか、みんな知らなかったの?」
「知らないわ。孤児らしいって噂があるぐらいで。フラーダリーの子供って言えるような年でもなかったし、紅の瞳の人間が王家の関係者じゃないことも確かだったわ」
吸血鬼種だから?
「エルは、フラーダリーが捨てていた望みを叶えたの」
「捨てていた望み?」
「家族よ」
家族。
フラーダリーは両親と暮らすことも、兄弟と暮らすこともできなくて、結婚して誰かと一緒になることも、子供を持つこともできなかったから。養子を取ることすら、色んな憶測を呼んでしまうからだめだったんだ。
でも、エルを引き取ることはできた。
それで子供を持つことが出来たから……。
子供?
「フラーダリーが子供を産んではいけない事、エルも知ってたの?」
「知ってるわ。私が教えたもの。フラーダリーと結ばれることを望むなら、子どもが欲しいと言ってはいけないって」
そっか。
だから、エルは聞いても答えてくれなかったんだ。
「だから、私はやめておきなさいって言ったのだけど。人の言うことを聞くような子じゃなかったものね。……エルは、フラーダリーを選んだわ」
エル……。
「嫉妬する?」
キアラさんと目が合う。
考えてることが全く読めない、不思議な瞳。
「私は、エルが、フラーダリーを好きだったって知ってるから……」
「どうせフラーダリーは死んだわ」
「そんな言い方……」
「彼女はエルを不幸にした」
「そんなことないです。だって、エルは、最期以外は良い思い出だって……」
キアラさんが笑う。
「恋人の昔の女をかばうなんて。あなた、変わってるわ」
「だって……」
「冗談よ。泣いても喚いても、死んだ人間はもう二度と帰って来ない。今に干渉することは不可能だわ。フラーダリーはエルを幸せにしてあげる機会を失ったの」
フラーダリー……。
「でもね、あなたはフラーダリーとは違う。あなたはエルが好きになった普通の女の子だもの」
「私……」
普通の女の子、なのかな。
エルはそう思ってくれてるのかな。
「エルを幸せにしてあげて。それが、フラーダリーの望みよ」
キアラさんも、そう思ってるんだよね。
「はい」
「……長話しになっちゃったわね。私の家はウエストの外れなの。帰るなら途中まで送るわ。それとも、どこか行きたいところがある?」
ウエスト?
そうだ。
「あの、ウォルカさんのお店に行きたいです」
「ショコラトリーね。わかったわ。案内してあげる。ついていらっしゃい」
歩き出したキアラさんの後を追う。
「そういえば、あなたはグラシアルの出身なんですって?」
「はい」
「それなら雪を見たことがある?」
「あります」
「そう。素敵ね」
見たのはオペクァエル山脈が初めてだけど。
ラングリオンは雪が全然降らないはずだ。
「色んなところを旅するのも楽しそうね」
「楽しいです。この前、カルヴァドスの産地に行って来たんです」
「カルヴァドス?北の、カトルサンク山の方ね」
「はい。トゥンク村に行って来て。そこでタルトタタンの作り方を教わったんです」
「林檎の里のレシピなら美味しそうね。エルは食べるのかしら」
「はい。食べてました」
「ふふふ。甘い物が平気になったのかしら」
「えっと……」
どうなのかな。
「そうだ。キアラさんの知ってる人に、双子の人って居ますか?」
「え?」
「私にそのレシピを教えてくれた人が双子だったんです」
「双子?」
「はい。本当にそっくりで……」
「え?二人居たの?」
「はい」
双子が生きてることって、本当に珍しいんだ。
「エルが、双子として生まれて、二人一緒に生きててくれてありがとうってその人たちに言ってたんです」
「……」
「だから、エルの知り合いに双子の人が居たのかと思って」
エルの話しからすると、双子として生まれた子って、両方は生きていないってことなんだろうけど……。
「そうね。その話しは、救いになるわ」
「知ってるんですか?」
「えぇ。私も知ってる子が居るの。その子に話してあげなくちゃね」
やっぱり知り合いに居たんだ。
「ありがとう。教えてくれて。……やっぱり雨は優しいわ。散歩日和ね」
※
ウォルカさんの店の前。
「それじゃあ、私はここで」
「ありがとうございました」
「良いのよ。通り道だもの。帰りは迷わずに帰れるのかしら?」
「大丈夫です」
『サウスストリートに出れば大丈夫そうだけど』
「またお店にも顔を出してね」
「はい」
「さようなら」
「さようなら」
キアラさんに手を振って、ウォルカさんの店に入る。
「おや雨なのにいらっしゃい。歓迎いたしますよ。そうだねこんな雨の日は雫型のショコラに限る」
早速、口の中にショコラを放り込まれる。
「あ、あの、」
「なぁにお目当ての品ならこちらだろう」
違う、マカロンも欲しいけど、そうじゃなくって。
「こう雨の日だと客足が伸びなくてね」
あれ?
ウォルカさんがさっきまで居た場所には、キャンバスが置いてある。
「あぁこれかい?これは今度描く絵画の下書きだよ」
「絵画の下書き?中央に居るのってアレクさん?」
「この程度の下書きでわかっていただけるとは光栄だね。なんせ宮廷画家の描いた肖像画を借りて当たりをつけただけの絵画とも呼べないような代物だ。近衛騎士と殿下を並べた絵画の制作を承っているんだが当の近衛騎士たち本人になかなか会えないものだから完成が遠くてね。この分じゃ殿下が陛下になるまでに仕上がるかわかったもんじゃないよ」
『相変わらず、聞きとるのが大変だよね』
ええと。
「ウォルカさんは画家ですか?」
「画家と呼ばれるような偉大な存在ではありませんがショコラに描いた絵を殿下が大層お気に召した御様子で今回のご注文を承った次第なのですが近衛騎士が突然増えたと聞きまして構図も練り直さなければと頭を悩ませているところです」
「近衛騎士が増えた?」
「エグドラ家の末弟マリユス様と伺っております」
エグドラって。
「カミーユさんの弟?」
「左様でございます」
『エグドラ家は騎士の名門だからね』
カミーユさんの家って、本当にすごいんだ。お兄さんのクロフトさんだって守備隊一番隊の隊長だもんね。
「さてさて残りはどんなショコラに致しましょうか。この前御試食できなかったこれは……」
「ショコラティーヌのショコラ!」
「ご所望の品はそちらでしたか。殿下もとてもお気に入りのご様子でしたよ」
「え?聞いたんですか?」
「はい。こちらにショコラを買い付けにいらっしゃるメイドが言っていたので間違いないでしょう」
感想聞き忘れてたけど、気に入ってくれたなら良かった。
「他にご入用のものはございませんか。そうだこちらのショコラなんて言うのも……」
※
もうだめ……。
「おかえりなさい、リリーシア」
「ただいま」
「どうしたの?疲れてるみたいだけど」
「お土産……」
「ウォルカの店?……随分買ったね」
『リリーって本当に流されやすいよね』
こんなに買うつもりじゃなかったんだけど。
口直しにもらったドロップの香りがまだ残ってる。
「シャルロのところに行ったんじゃなかったの?」
首を横に振る。
「お墓参りに行ってウォルカさんの店に行ったら、こんな時間になっちゃって」
「それで遅かったんだ。ランチの準備は出来てるよ。一緒に食べよう」
「うん」




