57 恋せよ少女
エルが目薬を差してる。
まだ、死んでることにしなくちゃいけないんだっけ……。
「行こうぜ」
「うん」
フードを深くかぶったエルとイレーヌさんと一緒に門へ行く。
ええと。ここは、西大門だ。
「申し訳ありませんが、身分証の提示を……」
身分証?そんなこと初めて言われた。
エルが顔を上げると、門番をしていた兵士が驚いた顔をして敬礼をする。
「失礼いたしました。お疲れ様です。殿下がお呼びですので、至急王城に向かってください」
至急?
「あぁ」
なんだか、門の警備をしてる人がピリピリしてるよね。門番の数もいつもより多いし。
「どうして身分証の提示を求められたの?」
「剣術大会の時期だから、顔を隠して歩いてるような奴はチェックするんだよ」
そっか。
剣術大会って色んな人が来るから。
そういえば、いつもより歩いてる人が多い気がする。
なんだか年末年始も賑やかで、こんな感じだったよね。
「顔を隠して歩かなくちゃいけないの?」
イレーヌさんが首を傾げる。
「王都では俺は死んだことになってるんだ」
「どうして?」
「仕事だ」
「そうなの」
それで納得するんだ。
「エル、アレクさんのところに行くの?」
「いや。先にエレインの所に案内するよ。シャルロの家に居るんだ」
「シャルロさんの所なら、私が案内するよ」
シャルロさんの家はセントラルの東側。わざわざ遠回りしなくても良いのに。
『ボクも一緒に行くよ』
「頼む」
それ。イリスに言ったの?私に言ったの?
セントラルなら、シャルロさんの家も、マリーの家も、錬金術研究所も魔法研究所も、王立図書館だって迷わずに行けるのに。
あ。でも、まっすぐ城に行っちゃうってことは……。
「あの。今日は家に帰る?」
「……難しいな」
そうだよね。
王都の外に出ていたのだって仕事だったんだから。
「ルイスの誕生日には必ず帰るから」
「うん」
ルイスの誕生日はバロンスの九日。
王都に居るんだし。すぐに、会えるよね。
※
イレーヌさんと一緒に、セントラルにあるシャルロさんの家へ。
「いらっしゃいませ、リリーシア様。……お連れ様は?」
「イレーヌよ。エレインの姉なの」
お姉さんだったんだ。
「左様でしたか。エレイン様は今、三番隊へ出向かれております」
「三番隊って、守備隊の?ガラハド様に会いに行ってるのかしら」
「そうじゃないかな。行ってみますか?」
「昼食の時間にはお戻りになられるかと思いますが」
そういえば、もうすぐお昼だっけ。
「三番隊ってここの近くなの?」
「さっき通ってきた中央広場の近くです」
「案内してもらえる?」
「うん」
「では、ご昼食の御準備をしてお待ちしておりますので、昼には皆様でお戻りくださいね」
「はい。ありがとうございます、カーリーさん」
来た道を引き返して、三番隊の宿舎へ向かう。
「もしかして、エルロックって貴族なの?」
「え?違うよ」
「あの大きな屋敷に住んでる人が知り合いなんでしょ?」
「えっと……。シャルロさんはエルの友達だよ」
「秘書官って言うぐらいだから、それなりの身分がある人だとは思ってたけど……」
「あら。リリーじゃない」
後ろからマリーの声がして振り返る。
「マリー?」
「やっほぉ」
「戻ってたの?」
「ユリア、セリーヌ」
「久しぶり。帰ってたのね」
「うん。今帰ったところだよ」
「緑の髪の女の子だぁ」
「イレーヌよ」
「エレインの知り合い?」
「姉なの。エレインを知ってるの?」
「シャルロのところに居る女の子でしょう?あの子、今、三番隊に弓術を教えてるらしいわ」
イレーヌさんも弓が使える人だけど、エレインって人も弓が使える人なんだ。
「一緒にランチに行こうよぉ」
丁度、お昼休みの時間?
「ごめんね。今日は、カーリーさんが用意してくれるって言ってたから」
「そっかぁ。残念だなぁ」
「また今度行きましょうね」
「うん」
「そうだわ。リリー、約束のものが出来たから家に来るようにってお兄様が言ってたわよ」
「本当?」
出来たんだ!
「えぇ。いつ来ても良いけれど、お兄様がリリーに会いたがっていたから休日の方が良いんじゃないかしら」
次の休みは……。
「なら、三十日に行って良い?」
「もちろんよ」
何か作っていこうかな。
「食べたいものはある?」
「リリーのショコラティーヌが食べたいわ」
「わかった。焼いて行くね」
「ふふふ。楽しみだわ。……それじゃあ二人とも、剣術大会の間は変な人も多いから気をつけてね」
「うん。またね」
「またねぇ」
「またね」
三人に手を振って、三番隊の宿舎に向かって歩く。
「良い事でもあったの?」
「うん。お願いしていた鎧が出来たの」
「鎧?」
楽しみだな。
「あなたって変わってるわ。そんなにきれいな耳飾りをつけているのに、武具が好きなんて」
「これは私の大切なものなんだ」
マーメイドの涙と言われる真珠のイヤリング。
「エルロックからのプレゼント?」
「うん」
もともと一つだったけど、ずっと一つになれずに、片割れが迷子だった双子の真珠。素敵な逸話のある真珠で、マーメイドが泡になって消える前に、右目から流した涙と左目から流した涙と言われているらしい。
片方は私が見つけて、もう片方はエルが見つけた。それを、エルがイヤリングに加工してくれたのだ。
真珠はすでに見つかっていたけれど、エルが、片割れの真珠を私と一緒に探すつもりだったって言ってくれたことが、すごく嬉しかったのを覚えてる。
『リリー、三番隊が見えて来たけど』
「あっ、ここです」
『しっかりしてよー』
迷わずに来れる場所なんだけど。
三番隊の宿舎に入って、そのまま演習場に向かう。
「隊長さん。お久しぶりです」
「おぉ。リリーシア。……それに、イレーヌじゃないか」
「ガラハド様。お久しぶりです」
「久しぶりだな。……エレイン!イレーヌが来たぞ」
向こうで弓術の訓練を見守っていた緑の髪の女の人が走って来る。
『エレインだ』
「イレーヌ!」
「エレイン。心配したのよ」
「ごめんなさい」
「無事で良かったわ」
「平気よ。大したことはなかったわ」
『そうかなぁ』
何かあったのかな。
「はじめまして。エレインよ」
「はじめまして、エレインさん」
「エレインで良いわ。あなたがリリーシア?」
「はい」
私のこと、知ってるんだ。
「精霊?」
「えっ?」
「この子が精霊のわけないわよ」
「なんだかエルロックと感じが似てるわ」
似てる、かなぁ?
「エレイン。無暗にそういうことを言うのはやめなさい」
「……ごめんなさい」
「これから先は私と行動してもらうわ。勝手に一人で外に出るなんてどうかしてる。どれだけみんなが心配したと思っているの」
『勝手に出たの?』
「ごめんなさい」
「まぁ、その辺にしておいたらどうだ。再会と同時に怒られたんじゃあ、エレインが可哀想だろう」
「……申し訳ありません」
「お。リリーシア、片手剣なんて珍しいな」
そうだ。ルイスに渡そうと思っていた剣、私が持っていたんだ。
「隊長さん、これ、すごく面白い剣なんです」
剣を鞘から抜いて、説明しながら隊長さんに見せる。
「おー。分解できる仕組みになってるのか」
「はい」
そうだ。これ、家に持って帰るわけにはいかないよね。
「あの、これ、ルイスの誕生日まで預かっておいてもらえませんか?」
「ルイスへのプレゼントだったのか。誕生日にはまだ早いからな。良いぜ。当日まで俺の家に保管しておこう。おーい、ファル!」
ファルと呼ばれた男の子が走ってくる。
「なんだよ」
「こいつを俺の家に持って行っておいてくれ」
「えー」
「もうすぐ昼だろ」
「わかったよ」
「挨拶は?」
ファルと呼ばれた男の子が、片手剣を両手で抱えて私たちの方を見る。
「俺はファルクラム。ファルで良いぜ」
「今、俺が預かってる子供なんだ」
「預かってる?散々雑用させておいて何言ってるんだよ」
「暇だって言うから三番隊に連れてきてやったんだろ?……兄貴のフランカはシャルロの所に居るはずだぜ」
兄弟が居るんだ。
「私はイレーヌよ」
「私は、」
「エルロックの嫁のリリーシアだろ?」
「私のこと、知ってるの?」
「王都で知らない奴の方が居ないんじゃねーか?」
『リリーは目立つからね』
「あなた、有名人なのね」
有名になりたくてなってるわけじゃないんだけど……。
「ガラハド様。今年リリースのワインをお持ちいたしました」
「おぉ。ありがたいな。今年も良い出来か?」
「はい」
隊長さんが、イレーヌさんが渡したワインの包みを解く。
「ロマーノ・ベリル・クレア」
『え?それって、高級ワインじゃないの?』
「これ、どこから……?」
「私はロマーノ・ベリルワインを扱う行商人なの。今年はまだどこにも売りに出向いていないから、秘密にしておいてね」
秘密?まだ出荷前なのかな。
「はい」
「じゃあ、エレイン。行きましょうか」
「え?待って、私、もう少し王都に居たいの」
「里に帰るって意味じゃないわ。もうすぐお昼だから、あなたが厄介になっている家の人がランチを用意して待ってるのよ」
「そう。……わかったわ。ガラハド様、イレーヌと話したいことがあるの。午後はお休みしますね」
「あぁ。いつ来てくれても構わないぜ」
「はい」
弓の練習か……。
三番隊の人がやってるのを見ると少し気になるかも。
※
三人でシャルロさんの家に戻ると、長いテーブルが置いてある食堂に案内された。
シャルロさんとカーリーさんと、もう一人。知らない人が食事をしてる。
「おかえりなさいませ、皆様」
「ただいま」
「こんにちは」
「久しぶりだな、リリーシア。そっちがイレーヌか?」
「はい。イレーヌと申します。エレインがお世話になっています」
「気にする必要はない。世話をしているのはカーリーだ。食事を用意している。座ってくれ」
「皆様、どうぞこちらへ」
案内されて席に着くと、メイドさんたちがテーブルの上に食事を並べる。
「リリーシア様は、初めてお会いになられますね。こちらは、フランカ様です」
フランカと呼ばれた人が、軽く頭を下げる。
「ファルのお兄さん?」
「……そうだ」
血は繋がってない兄弟なのかな。
「これを、シャルロ様へ渡していただけますか」
「お預かりいたします」
イレーヌさんから受け取ったワインの瓶を、メイドさんがシャルロさんへ持って行く。
「ワインか。……ロマーノ・ベリル・ブラッド?」
「はい」
「今年のじゃないか。まだ出回っていると聞いていないが」
「私はロマーノ・ベリルワインの行商人ですから」
「産地を知っている商人というわけか」
「はい。場所は秘密ですが」
「ガラの近くじゃないのか?」
ガラって地名だっけ?
確か、同じロマーノの名前がつく、ロマーノ・ガラってワインがあるんだよね。
「似た製法で行っていると言うだけで、ガラの近くではございません」
「相変わらず謎の多いワインだな。しまっておいてくれ」
「かしこまりました」
メイドさんの一人がワインを持って出ていく。
「どうぞ、お召し上がりください」
食事の準備が整ったみたいだ。
美味しそう。
「いただきます」
「いただきます」
「あの、私は、この料理は……」
「大丈夫よ。全部野菜だもの」
「イレーヌも菜食主義者のメニューで良いんだろ?」
「……はい。ご配慮に感謝します」
エレインもイレーヌさんと同じで菜食主義者なんだ。
「イレーヌはしばらく王都に滞在するのか?」
「お祭りぐらいは見ていこうと思っています」
「なら俺の家を使うと良い。どうせ一人増えるのも二人増えるのも同じだ」
「これ以上、お世話になる訳には……」
「剣術大会の時期は、どこの宿も混雑してゆっくりなんてできないぞ。絡まれたくないなら俺の家を使え。……それから、リリーシア」
「はい」
「バロンスにはお前の妹が到着予定だ」
「メルが?」
『おー』
「マリーの家でもてなす。会いたいなら剣術大会の前に会いに行くと良いだろう」
「ありがとうございます」
『楽しみだね』
メルに会うのも久しぶり。
メルの精霊のザレアも一緒に居るのかな。
「ごちそうさま」
そう言って、シャルロさんが席を立つ。
「食後のコーヒーはいかがいたしましょう」
「執務室に持って来てくれ。イレーヌの許可証を作る」
「俺も行く」
シャルロさんとフランカさんが部屋を出ていく。
「カーリーさん。フランカさんって、ここで仕事をしてるんですか?」
「はい。こちらで、秘書見習いをなさっております」
見習いってことは、未成年なのかな。
「お住まいは、ガラハド様のお屋敷ですよ」
隊長さんがファルを預かってるって言ってたっけ。一緒に住んでるってことだよね。
そういえば、隊長さんの家ってどこにあるんだろう。セントラルにあるのかな?
「私の許可証って、どういうことかしら」
「転移の魔法陣のある遺跡に出入りする許可と身元を保証する証書でございます」
「私も発行してもらったの。あそこって、ラングリオンの国の管理下にある遺跡だから簡単に立ち入れないらしいのよ」
そうなんだ。でも、転移の魔法陣って誰でも使えるんじゃないのかな。
「イレーヌは遺跡で捕まらなかったの?」
「秘書官のエルロックと一緒だったもの」
「エルロック、また遺跡に行ったの?」
「そうみたいね。おかげであなたの居場所がわかって助かったわ。ここ数日、ずっと探してたんだから」
『そうだったんだ。イレーヌとも偶然会ったのかと思ってたけど。今回は偶然じゃなかったみたいだね』
「偶然?」
「そうよ。私が遺跡に居る時に会えて良かったわ。エレインを探していた仲間は他にも居るし、誰かに会っていた可能性は高いでしょうけど。……それよりも、エレイン。どうして私に捕まらなかったのって聞いたの?」
「えっ、と……」
『盗掘者と間違えられて遺跡の管理官から尋問されていたエレインを、遺跡の探索に来てたエルとカミーユが助けたんだよ』
そうだったんだ。
「外は危ないってあれほど言ったでしょう」
「平気よ。良い人ばかりだもの。みんな臆病になり過ぎてるわ」
『初めて会った時は、あんなにびくびくしてた癖に』
「そんなに怖がってたの?」
「そうよ。みんな、怖い事ばかり言うんだもの」
『リリー。ボクの声はリリーにしか聞こえないからね』
ごめん。イリス。
「偶然良い人に拾われたから良かったって言ってるの。今まで帰らなかった人が何人……」
急にイレーヌさんが咳払いをする。
あれ?イレーヌさんの口元……。
「とにかく。一人で行動なんてさせられないわ。だいたい、武器の一つも持たずに出歩くなんて信じられない。どうして仲間の所に顔を出さなかったの」
「武器なら持ってるわ。短剣をカミーユからもらったの」
「そんなものでどうやって戦うって言うの?」
「あの……」
「何?リリーシア」
「口に、クリームがついてます」
「えっ?」
「ふふふ。本当だわ」
エレインがイレーヌさんを見て笑う。
イレーヌさんがため息をついて口元をぬぐう。
「説教は後で聞くわ。せっかく美味しい物があるんだから、冷めないうちに食べましょうよ」
「そうね」
「では、皆様。お困りのことがございましたら、おっしゃって下さいね」
カーリーさんがそう言って部屋を出る。
「ねぇ、リリーシア」
「何?エレイン」
「あなたはエルロックと夫婦なのよね?」
「……うん」
そう言われるの、まだ慣れないんだけど……。
「夫婦になるってどんな感じ?」
「えっ?えっと……?」
「何を変なことを聞いているの。あなたには関係ないでしょう」
「関係あるわ。私、好きかもしれない人が居るの」
好きな人?
「エレイン、本気?」
「本気なの。この気持ちを確かめたい。だから、もう少しここに居させて」
「ここに居るのは、お祭りが終わるまでよ。剣術大会っていつまでだったかしら?」
「えっと……。バロンスの朔日から八日まで一般参加枠の予選があって、十三日に開会式、十四日から本戦が始まって、十六日が決勝戦で、十七日が閉会式だよ」
「じゃあ、十八日に帰るわ」
エレインがうつむく。
「わかったわ」
「それまでに、その好きな相手を落としなさい」
「え?」
「出来ないなら帰る。それで良い?」
「良いの?」
「里の掟は知っているでしょう。外で誰かと結ばれたなら、里には帰れないわ」
「ありがとう、イレーヌ。……ねぇ、リリーシア。協力して欲しいの」
「うん。私にできる事なら、協力するよ」
『良いの?そんな安請け合いして』
だって。好きな人が居るなら応援しなくちゃ。
「私の好きな人はね……」
エレインが顔を赤くして、うつむいて。
小さな声で名前を言う。
「カミーユ」
……どう、しよう。
『リリー。自業自得だからね』




