56 夕暮れの商店街
「リリー、馬はどれにする?」
「どれでも借りられるの?」
「そうだよ」
「返す時は?」
「冒険者ギルドが管理してる厩舎なら、どこでも返せるんだよ」
「ここも冒険者ギルドの管轄なの?」
「あなたって本当に何も知らないのね。ギルドに所属してないの?」
「してないけど……」
「俺が所属してるから良いんだよ」
「?」
「ギルドに所属してないと馬なんて借りられないわよ。ランクに応じて、借りられる馬だって……」
「ランク?」
「そんな話しはどうでも良いだろ。イレーヌ。選んでくれ」
「そうね。この子と、この子と……」
「二頭で良いよ。俺は乗れないから」
「え?そうなの?……二人乗りなら、少し大きいのにしなくちゃ。この子にしましょう」
大きい馬だけど。ちゃんと乗りこなせるかな。
私が前に乗って、エルが後ろから私の体と手綱の一部を掴む。
「あの、落ちない?」
振り落とされたりしないのかな。
「馬から落ちたことは一度もないよ」
「乗ったことあるの?」
「一人で乗ったことはないけど」
本当かな。なんだか乗り慣れてる感じがする。
エルって実は馬に乗れるんじゃないのかな。
「イレーヌが先導してくれ」
「街道沿いで良いの?」
「道を間違えたらすぐに言うよ。……リリー、イレーヌについて行ってくれ」
「うん。わかった」
イレーヌさんが走り出したのに合わせて、馬を走らせる。
良いリズム。
……うん。走るだけだから。戦ったりなんかしないから、大丈夫だよね。
イレーヌさんが徐々に上げたスピードに合わせてついて行く。
バニラとジオが馬の頭の上に乗る。
『気持ち良いねー』
『順調だな』
「充分上手いじゃないか」
「そんなことないよ」
イレーヌさんが私に合わせて、上手に先導してくれてるんだよね、きっと。
少しずつ上手くなれたら良いな。
「エル、ギルドの話しなんだけど……」
「別に、所属しなくたって、普通に旅してる分には問題ないよ。旅の安全を確保するための情報や、誰にでもできるような簡単な依頼なら受けられるから」
逆に言うと、それ以外のことにはギルドに所属してないと制限があるってことだよね。
「馬は借りられないんだよね?」
「借りられないことはないぜ」
「そうなの?」
「買い取るのと同じぐらいの価格を要求されるだけだ」
「買った方が早いってこと?」
「馬は高級品だからな。管理もお金がかかるし。ギルドに所属したからって、すぐに安く借りることは出来ない。ある程度ギルドからの信頼があれば安く借りられるんだよ」
「それがランク?」
「そうだよ」
「どうやってランクを上げるの?」
「別に、普通に旅する分にはランクなんて必要ない」
言いたくなさそう?
「教えて」
「……依頼の成功率、新人冒険者の教育や寄付金。要するに、どれだけギルドに貢献したかでランクが決まるんだよ。ランクが高ければ、高額な報酬を得られるような難しい依頼を受けられる。……ランクなんて、冒険者として生きない限りは必要ないよ」
「そうかな」
「馬が欲しいのか?」
「えっ?欲しくないよ」
「リリーが馬に乗れるなら、買っても良いけど」
「だって、管理とか大変なんだよね?」
「ギルドに管理を頼むことも出来るよ。使わない間は、こんな風に貸し出しても良いし」
そっか。この馬も、誰かの持ち物かもしれないんだ。
「でも、要らないよ。馬に乗ることなんてそんなにないよ」
「そうだな」
エルと旅をするなら、のんびりしたいから。
※
次の街に着いたのは、まだ陽が高い時間。
今日の宿を選んだけど、夕飯にはまだ早い。
「リリー。出かけよう」
「うん。イレーヌさんは?」
「デートの邪魔なんてしないわよ。いってらっしゃい」
「えっと……。いってきます」
エルと一緒に手を繋いで外に出る。
「ドラゴンの絵を描いた盾がたくさんあるね」
「ここはまだオートクレール地方だからな。ドラゴンをモチーフにしたものが多いんだよ」
竜の山があるからかな。
装飾が派手で面白い。
「見て、エル。この剣、かっこいいよ」
店先に置いてあったのは、刃にまでドラゴンの装飾がかかっている大剣。瞳の部分には宝石も埋め込まれている。
「欲しいのか?」
「え?うーん」
装飾が目を引くだけじゃなく、思った以上に重さもあって、しっかりした良い剣だけど。
大剣を元の場所に戻す。
「今は、雪姫があるから」
「雪姫?」
『リリーが持ってる刀だよ』
そういえば、エルは知らなかったんだっけ。
……剣術大会、どうしようかな。どの剣で出よう。
アルベールさんに相談してみようかな。
あ。剣術大会ってことは、もうすぐルイスの誕生日だ。
「リリー、これ、読めるか?」
エルが持っているのは、短刀。
これ、エルの得物だよね。
刀の国の言葉で文字が彫ってある。
逆虹。
「逆さ……、虹?逆虹かな?」
「逆さまの虹?環天頂アークか」
「アーク?」
「太陽の上に現れる、逆さまの虹だよ」
「円じゃなくて?」
「円に見えることはないよ。頭上を中心とした弧の一部が見えるんだ」
頭上を中心?どういうこと?
「ありがとう。リリーは博識だな」
「……エルに言われたくない」
「何か言ったか?」
「なんでもないよ。それより、ルイスの誕生日プレゼントを探そう」
「プレゼントか……。何にするかな」
「片手剣は?」
「そうだな。そろそろルイスも剣を持っても良いだろうし。何か……」
確か、街に入った時に見かけた店にあったよね。
「リリー」
歩き出した私の手をエルが掴む。
「迷子になるぞ」
「ならないよ」
すぐ、そう言うんだから。
「街の入口の方に、片手剣をたくさん置いてあるお店があったんだ。初めて持つなら、そんなに重くないものの方が良いよね。長さはどれぐらいが良いかな」
どんなのが良いだろう。
良いのが見つかると良いな。
「あ」
「どうしたの?」
「あの店に寄っても良いか?」
「うん」
エルが指差したのは、可愛い雑貨の置いてあるお店。
エルと一緒に、お店に入る。
綺麗な音。オルゴールが置いてあるんだ。
「オルゴールか」
エルがオルゴールを一つとる。
ピンク色の箱で、蓋を開けると、中に居る動物たちが演奏する仕掛けのオルゴール。
それから、私の首にペンダントをつける。
ペンダントトップは翼の形をしてる。装飾は瑪瑙だ。
「似合う」
「え?」
「後は……」
私からペンダントを外して、今度は別のものを見てる。
翡翠のついたバングルと……。
「リリー、こっち来て」
エルの傍に行くと、今度はふわふわのピンク色の花が付いたカチューシャをつけられる。
「こっちかな」
花の色が白に変わる。
「可愛い」
「あの、」
「何?」
『今の、全部買うの?』
「オルゴールはキャロルに。このバングルはルイスにお土産」
お土産を選んでたんだ。
「で、これはリリーに」
「一緒に居るのに」
「一緒に居るから、身に着けるものを選びやすいんだろ?」
「えっと……?」
「他に欲しいものは?」
首を横に振る。
「買って来るから待ってて。店の外に出るなよ」
『エルって買い物好きだよね』
自分のものは全然買わないのに。
※
お店を出て、ルイスの片手剣探し。
「で?どれにするんだ?」
色んなお店を回ってみたけれど……。
「いまいち、気に入ったのが見つからないの」
どれも、あと少しなんだけどな。
装飾と言い、重さと言い、扱いやすさと言い。
なかなか思った通りのものが見つからない。
「この街で探さなくても良いんじゃないか?」
「もう少しで見つかりそうな気がする……」
たとえば、あっちの方とか。
「リリー、待て」
こっち側って、まだ来てないよね?きっと。
「エル、武器屋があるよ」
少し歩いた先に武器屋の看板。
初めて来るお店だ。
こんな形の剣、見たことがない。
「不思議な形」
「おー、お客さん、お目が高いね。そいつは今一番のおすすめだ。なんて言ったって、ドラゴンを殺すための大剣だからね」
「どこがドラゴンを倒すための大剣だ」
「ほら、鮮やかに湾曲したフォルム、そして、ここの部分が段になってるだろ?一度ドラゴンの皮膚を貫けば、引き抜く時に皮膚を抉って大ダメージ間違いなしだね」
剣先に行くにしたがって少し太くなっていて、剣先の刃がギザギザになっている。
これでひっかけるってこと?
「引き抜く時に折れたりしない?」
「それは試してみればわかりますよ」
確かに、ドラゴンに刺されば、抉ってダメージを期待できる気はするんだけど……。
「んん……」
「騙されるなよ、リリー」
「え?うん」
そう簡単に行くわけないよね。
顔を上げると、お店の奥に大きな剣が飾ってある。
「あの、向こうに飾ってあるのは?」
「あれは非売品。彼の名工アルディアの作品なんだ」
アルディア?
「見せてみろ」
お店の人が奥に行って、飾ってある大剣を持って来る。
剣の胴体の中央が、なだらかな曲線でくびれている剣。表面には、その曲線に沿った赤いラインが二本入っていて、くびれの上にはロードナイトが埋め込まれている。
「リリー、どう思う?」
「うーん」
これは、どうしてこんな形をしているのかな。
素材は……。ミスリルっぽいけど。赤いラインを描くのに使ってる塗料は剥がれやすそうだ。
「名工の作品とは思えないけど」
「偽物か?」
「でも、この形って素敵だよね」
胴体の部分からくびれが出来て、剣先の部分でまたふくらみの出来る剣。
「なんて名前の剣ですか?」
「バーレイグ」
「バーレイグだって?」
えっと……。
炎の眼差しを持つ者、だっけ?
だから赤い宝石が埋め込まれていたのかな。
「この剣の鑑定をしてみてくれないか」
エルが自分の剣を抜いて渡す。
あれ、アレクさんの剣だよね?
「また、オーソドックスな……。んん?こいつは、少し面白い。リグニスっぽいな」
リグニス?
「本物だったら、彼の皇太子が持ってるあれなんだけど」
剣の名工。有名な三人の巨匠は、私の師匠のルミエールと、リグニスとアルディアだ。
「それは、その皇太子からの借りものだ」
「は?」
エルが剣を鞘に戻す。
「で?これは本物のバーレイグなのか?」
「悪かったよ。そいつは俺が作ったレプリカだ。もう少しサンゲタルを見せてくれるって言うなら、本物を出してきても良いぜ」
サンゲタル。真実をおしはかる者。
「リリー。本物を見てみたいか?」
「うん」
「じゃあ、頼む」
「今日は店じまいだ。ちょっと待ってな」
誰にも見せたくないから、お店を閉めて取りに行ったのかな。
「この剣ってリグニスのだったんだ」
「あぁ。知らなかったのか?」
「うん。アレクさんの剣って、どれもすごいから気にしてなかった。でも、この剣、宝物塔にはなかった気がする」
アレクさんが好きそうな直剣だけど。
「気に入ってるものは、自分の部屋に置いてるんだろ。宝物塔に置いてあるのは、趣味で集めたものか貢物だ。アレクがほとんど使わないような奴」
「そうなの?」
「良いものに違いないだろうけど」
なんだか、使わないのが勿体ないぐらい良い剣もあったと思うんだけどな。
お店の人が、鞘に収まった剣を持って来る。
くびれのある鞘?
「どういう構造の鞘なの?」
「ここに隙間があるんだよ」
「本当だ」
くびれの部分に、剣先を通すための隙間がある。
バーレイグの為だけの鞘なんだ。
「鞘から出しても良いですか?」
「あぁ。好きなだけ見て構わないぜ」
鞘からバーレイグを抜く。
実物はどんな剣なんだろう。わくわくする。
……これは。
この、赤い宝石は。
精霊玉。
どうして、炎の大精霊の精霊玉が?
これが赤く輝いているってことは、この精霊玉を作った炎の大精霊は生きているんだ。
それに、二本の赤いラインも、どうやって描いてるんだろう。
少し指でこすってみるけれど、剥がれる様子はない。
薄い溝に、塗料を流し込んでるんだ。
この綺麗な色は、どうやって出してるのかな。
湾曲した部分も、さっきのものより滑らかだ。
もしかして、この形って、さっきお店の人が言っていたみたいに、突き刺して抉る為の構造?
硬い皮膚を剣先で貫いた後に、中の柔らかい部分を抉るなら、この構造はありかもしれない。
「気に入ったのか?」
「え?……うん」
惹きつけられる剣だ。
「いくらで売ってくれる?」
「は?……俺の話し、聞いてたか?これは師匠からもらった大事なものだ。金貨百枚詰まれたってお断りだ」
「百枚以上か……」
えっ。ちょっと、待って。
「あの、買って欲しいわけじゃないよ?」
「気に入ったんじゃなかったのか?」
「今は雪姫もあるから、新しい剣なんて要らないって言ったよ」
欲しいって言ったら、本当に買いそうだ。
急いで鞘に戻して、お店の人に返す。
「買う気だったのかよ。サンゲタルと言い、お前、何者なんだ?」
「薬屋だよ」
「は?どこの世界に、大剣とサンゲタルを持ってる薬屋が居るんだよ」
お店の人が私を見る。
「えっと……」
『余計なこと言わないでよ、リリー』
『ルイスの剣を選んで、早く戻った方が良いんじゃなぁい?』
そうだ。本当の目的はルイスの剣!
「初心者向けの片手剣を探してたんだ」
「おいおい。俺の店にそんなものを探しに来る奴なんて居ないぞ」
そうかな。
普通の剣もありそうだけど。
「と、言いたいところだが。バーレイグを持って行かれるよりはましだからな。こいつなんかどうだ?」
お店の人が出した片手剣を、エルが眺めて、私に渡す。
「リリー、これは?」
幅広で片刃の片手剣。
一般的な片手剣の形とは言えないけど……。
軽く振ってみる。
思ったより、扱いやすそうだ。
「長さも重さも良いんじゃないかな。シルバーを基本材料にしてる割りには丈夫そう。でも、ここまで幅広なら両刃にした方が良いんじゃないかな」
「そこの留め金を外してみな」
「留め金?」
柄の所に、留め金が付いている。
それを外すと、分解されて、剣が二つになる。
「わぁ」
基本となる剣は、両刃の剣。
そこに刃が重なるようにして、もう一本の片刃の片手剣がついていたらしい。
グリップ部分がスライドするようにして二つの剣に分かれたみたいだ。
両刃の剣の方にはガードがそのまま残っているけど、片刃の剣にはガードはほとんどついていない。
面白い。
なんて精巧な剣。これ、相当綺麗に作らなきゃ、刃の部分が一つになるようには作れないんじゃないかな。
この長さなら、二刀流もできるよね。
両方の剣を回してみる。
バランスも素晴らしい。
両方の剣を合わせた時の金属音も素敵。
「二刀流も目指せるね。一本一本、十分に良い剣だと思うよ。気分に合わせて片刃と両刃を切り替えられるのは面白いかも」
良い剣だ。
「じゃあ、それに決めて良いか?」
「うん」
ルイス、喜んでくれると良いな。
※
「あなたたち、どこまで行ってたの?先に夕食食べちゃったわ」
色んなところを回ったから、遅くなってしまった。
「プレゼントを探してたの」
「プレゼント?その剣が?」
「うん。面白い剣なんだよ」
「剣が好きなの?変わった子ね。私は先に休むわ。また明日ね」
「あぁ」
「おやすみなさい」
あれ?イレーヌさんが持って行ったトレイ。
肉や魚のお皿がなかった気がする?
「イレーヌさんって、何食べたのかな」
「菜食主義者なんだよ」
「そうなんだ」
※
エルと一緒に夕飯を食べて、席を立つ。
二階に上がると、窓辺でイレーヌさんが外を眺めてる。
「イレーヌさん」
「あら。リリーシア。エルロックはどうしたの?」
「レストランに居ます」
「置いて来ちゃったの?」
「ワインを飲むって言ってたから」
「あなたは、どうしてエルロックが好きなの?」
「えっと……。エルだから?」
「どういう意味?」
「エルらしいなって思うところが好きなの」
「好きなところじゃなくて、何故好きなのか聞いてるのよ」
「何故?」
そんなの、聞くことかな。
「理由が必要なこと?」
「必要じゃないの?」
なんだか、エイダと話してるみたい。
「理由なんてないよ。たぶん、私の私らしい何かが、エルのエルらしいところがすごく好きで、求めてるんだと思う」
「魂で求め合ってるってこと?」
魂?
「それも、少し違う気がする」
「違うの?」
「魂が一番求めてるものって、自分の魂の片割れだけど、片割れを求めてるわけじゃないと思う」
「難しいわ」
「誰かを好きになったことはないの?」
「ないわ」
そうなんだ。
「きっと、好きになればわかると思う」
「その方法を知らないの」
「方法を知らなくても、どんな人でも……、精霊でも、誰かを好きになることは出来ると思う」
「精霊でも、できることなの」
「うん。それは間違いないよ」
自信を持って言える。
※
シャワーを浴びた後、上着だけ羽織ってレストランに行ってみると、エルとイレーヌさんがワインを一緒に飲んでる。
……なんだか、楽しそう。
傍に行くと、イレーヌさんが首を傾げる。
「わからないの?」
「?」
エルがわからないこと?
何の話しだろう?
エルの方を見ると、エルと目が合う。
紅の瞳……。
綺麗なカーネリアンの色。
どうしよう。そんなにまっすぐ見つめられたら、目が離せない。
「私はもう寝るわ。おやすみなさい」
エルが、立ち上がったイレーヌさんの方を見る。
「おやすみ、イレーヌ」
「おやすみなさい」
エルに引き寄せられて、エルの隣に座る。
「何を話してたの?」
「フィカスが元気でやってるって」
「え?フィカスの居場所知ってるの?」
「イレーヌの故郷に居るらしい」
「イレーヌさんは、生まれたばかりのドラゴンのお世話をする人なの?」
「そうなんじゃないか?」
なんだか面白い偶然。ずっと、ドラゴンと縁がある。
「本当に、話してたのってそれだけ?」
「なんで?」
「だって、女の人と二人で……」
「妬いてる?」
「ばか」




