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旧作3-2  作者: 智枝 理子
Ⅱ.冒険編
46/149

53 夢かうつつか寝てかさめてか

 樹木の生い茂る山の中で、広場のように木が生えていない場所にニゲルが降りる。

 すっかり暗くなっちゃったけど。

―「ありがとう。ニゲル」

―「また会おう」

 ニゲルが夜の闇の中に飛び立つ。

 こんな山の中に降ろしてもらって良いのかな。

「エル、この辺に詳しいの?」

「前に来たことがあるんだよ」

「そうなんだ」

 エルと手を繋いで真っ暗な山道を歩くと、山小屋が見えて来た。

 こんなところに、山小屋なんてあるんだ。


 エルが魔法で小屋の中の灯りをつけると、あちこちのランプが屋内を明るく照らす。

 台所とダイニングテーブル。奥の方には、ソファーがある部屋。結構広いんだな。

 ダイニングの天井は吹き抜けになっていて、ソファーのある部屋の上、階段を登った先に部屋が並んで見える。あれが寝室かな。

 小さい宿みたい。

「ここって、誰が管理してるの?」

「宿の主人が居ないような休憩地は、冒険者ギルドの管轄だ。冒険者や旅人が自由に使えるように、ギルドが管理してるんだよ」

 そうなんだ。

「さてと。何か作るか」

 エルが台所に置いてある箱の中や、戸棚を覗く。

「何か手伝う?」

「ん……。パスタとグラタンどっちが良い?」

「グラタン!」

「了解」

 楽しみ。

 材料はそろってるのかな。

「リリー、オーブンの準備をしてくれないか?」

「うん。わかった」

「アンジュ、顕現して、リリーを手伝ってくれ」

『はぁい』

「薪を取って来るね」

 確か、小屋の外にあったはずだ。

『リリー、待ってよ。ボクも行く!』


 外に出て、戸口に積んである薪を取る。

 アンジュが傍に居るから明るい。

「ありがとう、アンジュ。どうしてイリスまでついて来たの?」

『エルが心配するよ』

 本当に、心配性なんだから。

「そんなに心配しなくても良いのに」

『リリーがすぐにどこかに行っちゃうからだよ』

「すぐにどこかに行っちゃうのはエルだと思うけど」

 いつも置いて行かれる。

『……どっちもどっちだね』

「そんなことないよ」

 私は居なくなったりしない。

『アンジュはどう思う?』

『え?……えっと。エルは、リリーの傍に居たいと思うよ』

 そう思ってくれてるのかな。

「ただいま」

 腕いっぱいに薪を持って小屋に戻ると、台所に居るエルが振り返る。

「おかえり」

 帰る場所にエルが居る。

 ……なんだか、久しぶり。


 ※


 エルが作ってくれたのは、じゃがいもの上にチーズがたっぷり載った熱々のタルティフレットというグラタンと、ほくほくに煮込んだ煮豆とドライトマトが入ったスープ。

 エルは本当に料理が上手。

 食事を作ってもらったから、後片付けは任せてもらって、エルには先に休んでもらう。

 そうだ。林檎があったんだ。

 ジャムを作ってみようかな。

『何か作るの?』

「うん」

『包丁、大丈夫?』

「……うん」

 少しは、上手くなったと思う。

 それに、ヴィアリさんがジャムを作る時は皮を剥かなくても大丈夫って言ってたから。

『上達したねー』

「そう見える?」

『うん。いつの間に包丁の練習したの?』

 キャロルと一緒にアップルパイを作った時と、ヴィアリさんと一緒にタルトタタンを作った時?

「切ってるのって林檎ばっかりな気がする」

『他のも切れるんだよね?』

「……たぶん」

 切った林檎を、砂糖と一緒に鍋に入れる。

 そうだ。シナモン……。

 ここにはなさそうだよね。

 エルなら持ってるかな。

 ついでにコーヒーを淹れてあげよう。

 お湯を沸かしながら、あちこちの棚を調べる。

『何か探してるの?』

「コーヒーないかなぁって……。あ、あった」

 コーヒー豆の入った瓶を開く。

 豆挽きで豆を挽いて、挽いた豆をフィルターに入れて、お湯を注ぐ。

 あまりうまく淹れられた気はしないけれど、飲んでくれるかな。

「イリス、ちょっと見ててくれる?」

『いいよ』

 淹れたてのコーヒーを持って、二階に上がる。


 寝室に入ると、エルが眼鏡をかけてベッドの上で何か読んでる。

 私が来たの、気づいてない?

 視線はずっと、本を見たまま。

 長い睫。

 眼鏡をかけてるエルもすごく好き。

「何読んでるの?」

 コーヒーをサイドテーブルに置く。

「竜の山の生態系についてまとめた本」

 難しそう。

「持ち歩いてたの?」

「そこの本棚にあったから」

 エルが部屋の端にある本棚を指さす。

「あのね、シナモンがあったら欲しいんだけど」

「シナモン?」

 エルが荷物の中から、シナモンスティックの入った瓶を出して私に差出す。

「ありがとう」

 やっぱり持ってるんだ。

 林檎ジャムに入れよう。


 ※


 林檎ジャムを作って部屋に戻ると、エルがまだ本を読んでる。

 あれ?

「さっきと違う本?」

「あぁ」

 さっきのは、もう読み終わったのかな。

「聞いて欲しいことがあるの」

「何?」

「変な夢を見るんだ」

「どんな?」

「すごく怖い夢」

 思い出したい光景じゃないけど。

「エルが、死ぬ夢」

「死なないよ」

 その言葉、全然信じられない。

「詳しく教えて」

「一番最初に見たのは、私がエルを殺す夢だった」

 私がリュヌリアンをエルに突き刺している光景。

「次はね、エルが倒れる夢。……同じだったの。ルイスの治療をしてたエルと」

 口に血が付いたエルの横顔。

「次は?」

「次は……」

 砂漠でレイリスがエルを抱えてて……。

 だめ。あんなの、思い出したくない。

「その夢、いつ見たんだ」

「最初の夢は、プレザーブ城に行く直前だよ。あの夢で目が覚めて、急いでエルの所に向かったんだ。もう一つは、私がアレクさんに頼まれて皇太子の棟に侵入した日」

 どうして、そんな夢なんて見るんだろう。

 エルが死ぬところなんて見たくないのに。

「夢は夢だよ。現実になんてならない」

「……そうだよね」

 全部、夢の話し。

 夢であって、現実には起こってないこと。

 だって、エルはここに居る。

「ただの、夢だよね……」

「夢だよ」

「うん……」

 良かった。

 エルがそう言うなら、大丈夫だよね。

 どんな夢を見ても、それが現実になるなんてこと、ないんだよね。

 そうだよね、エル……?


 ※


 体を起こす。

 寝ていたみたいだ。

 目をこすってエルを見ると、エルが座った状態で眠ってる。

 こんな体勢で寝て疲れないのかな。

 エルをベッドに寝かせて、サイドテーブルに置いてあるコーヒーカップを持つ。

 全部飲んでくれたんだ。

『リリー、起きるの?』

「カップを片付けて来るよ」

『一緒に行くよ』

『僕も』

「ありがとう」

 サイドテーブルのランプを消すと、アンジュが私の先を照らしてくれる。

 イリスよりも明るい。

 アンジュはエルの精霊の中で、一番明るい光かも。


 アンジュの光を頼りに台所へ行って、月明かりの中でカップを洗う。

 それから階段を上って……。

「あっちって何かな」

 突き当りにある扉。

『すぐ寄り道するんだから』

『待って、リリー』

 扉を開くと、バルコニーになっていた。

『あんまり夜風に当たると風邪を引くよ』

「うん」

 扉を閉めて、辺りを眺める。

 木々で覆われた場所。

 虫の鳴き声とフクロウの鳴き声が聞こえるだけで、とても静かだ。

 空気が透明に感じる。

 冷たい空気を大きく吸って、吐く。

 あ。炎の精霊だ。

「こんばんは」

 精霊が驚いたようにこちらを見る。

『リリー。見える人間なんてそうそう居ないんだからね』

 そうだった。

『あなた、変わった人ね』

「ごめんね」

『見かけない顔ね。二人ともあなたの精霊なの?』

『えっと……』

『契約者は違うよ』

『そうなの?じゃあ、あの男の子と契約してるの?』

「知ってるの?」

『ニゲルが人を乗せて帰って来たんだもの。少し気になるわ』

 そっか。そうだよね。

『あなた、珍しい精霊ね』

『氷の精霊だよ』

『氷の精霊なんて初めて見たわ』

「私、グラシアルの出身なの」

『どこ?』

「西の果て」

『遠くから来たのね。せっかく会ったのだし、忠告してあげるわ』

「忠告?」

『あまりここに居ない方が良いわよ』

「どういうこと?」

『ずっと嫌な感じがするの。私も別のところに行くつもりよ』

「え?竜の山を出るの?」

『そうよ』

 精霊が居なくなったら、ここの自然は大変なことになるんじゃないの?

『それじゃあね』

 ……でも。

 こんなに自然がたくさんで良い場所なのに、全然精霊を見かけない。

『なんか、変だね』

「うん……」

 どうしてだろう。

 ?

 後ろで扉が開く音がして、振り返る。

「エル?」

 起きたのかな。

 なんだか、元気ない?

「どうしたの?」

 もしかして寝ぼけてる?

「リリー」

 エルが私の腕を引っ張って、私を抱きしめる。

 ……苦しい。

 こんなに強く抱きしめるなんて?

「どこにも、行かないで」

 え?

「……お願い」

 エル?

 どうしたの?

 どこにも行かないでって?

 ……そっか。

 まだ怖いんだ。

 大切な人を失うことが。

 自分の運命から解放されて、私の運命も解放してくれたのに。

 それでもまだ、怖いんだ。

 そうだよね。そう簡単に、すべてが変わるわけはない。

 きっと、私がこんな力を持ったことも、全部自分のせいにしてるんだ。

 何でも自分のせいにしてしまう癖なんてなかなか治らないよね。

「リリー。ずっと、傍に居て。俺がリリーを愛し続けることを許して」

 これって、エルの本当の気持ちなのかな。

「だめだよ」

「……だめ?」

 エルの腕の中で、エルを見上げる。

 愛しい紅の瞳が私を映す。

「私たち、愛を誓ったんだよ。私はエルを愛してる。エルに愛されて嬉しいし、エルに愛されて幸せだよ。だから、許してなんて言わないで。思う存分、私を愛して。求めて」

 いつもみたいに。

「怖がらないで。心配しないで。私はエルの為に死なない。私は、ずっとエルの隣に居るよ」

「リリー」

「ね?」

 信じて、エル。

 エルがもう失うことを怖がらなくて良いように、もっと、強くなるから。

 私を傍に置いて。

「あいしてる」

 エル。

 エルがもっと弱音を吐けるぐらい、強くなるから。

 エルが自分を愛さない分、私がエルのすべてを愛すから。

 エルが私を想ってくれた分だけ、たくさんエルを幸せにするから。

 愛してる、エル。

 エルの傍に居られることが、私の幸せなんだよ。

 


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