52 秋の夕暮れ
精霊も、アラクネも、人も、みんなが帰って行く。
「メラニー。この中に人の気配は?」
『誰も居ない。精霊も外に出たようだな』
「ありがとう」
天井を見上げる。
ニゲル。お腹いっぱいになったのかな。
「リリー。さっき、魔法使ったか?」
「魔法?」
私、精霊と契約してないから魔法なんて使えないのに。
「使ってないよ」
エルが教えてくれた通りにやれば、光りぐらいなら放てるのかもしれないけど。
『あれ、本当に魔法使ってなかったの?』
「え?」
『すごい速さでエルの所に飛んで行ったよね』
「飛んで行った?」
『私たち、リリーに追いつけなかったもの』
飛んだ覚えなんてないけど……。
「リリー。少し試したいことがあるんだけど」
「試したいこと?」
「痛かったら言ってくれ」
「うん」
エルが私を抱える。
「えっ?」
この、ふわふわした感じ。
もしかして……。
「浮いてる?」
下を見ると、エルの足が地面に着いてない。
「平気か?」
「うん」
エルが地上に降りる。
「あの……」
この魔法って、もしかして……。
エルが私を降ろす。
「さっき俺を助けてくれた時、何を考えてた?」
「急いでエルを助けなくちゃって」
すぐに傍に行かなくちゃって。
「ブルースを刺した時、考えてたことは?」
あの時はブルースさんがエルの首を掴んでたから……。
「手に力が入らないようになれば良いのにって」
そうすれば、エルが助かるから……。
「リリー。リリーの力は、かなり危険だ」
「危険?」
「ブルースの手が崩れたのを見ただろ?」
「え?……崩れたって、どういうこと?」
知らない。
ブルースさんがエルの首を掴んでて。
雪姫を刺して、体を抉ろうとしたら、エルが止めて……。
その後は見てないから、何が起こったのかわからない。
「教えて。危険って、何が危険なの?私、ブルースさんに何をしたの?」
「違う。リリーがやったわけじゃない」
「嘘。私がやったんだよね?」
でも、崩れたって……?
そんな魔法……。
あ!
砂漠でレイリスが、エルが作ったお墓を一瞬で砂に変えて崩した魔法……。
「私が使ったのは、砂の魔法?」
エルが驚く。合ってるんだ。
「そうなの?レイリスの力なんだね?どうして私、砂の魔法が使えるの?」
「話せない」
また教えてくれないの?
ニゲルのことだって、精霊から聞くまで何も知らなかった。
エルは全然教えてくれない。
いつもいつもいつも……。
「エルの馬鹿!どうしてそう、何でも自分一人で解決しようとするの?」
「知らなくて良いことだからだよ」
ひどい。
「スタンピ……」
「!」
エルが私の口を塞ぐ。
「言うなって言ってるだろ」
ひどい。
「言ったらどうなるの?」
「リリーの中に封印されてる力が外に出る」
「いけないの?」
「だめ」
さっきから、そればっかり。
「どれだけ危険なのか全然わからないよ。何が危険か、もう少し教えて。じゃないと、何度でも言うよ」
私の事なのに、私が知らないなんて。
「……あぁ、もう」
エルがため息を吐く。
「これは、アルファド帝国の皇帝が使っていた力と同じものなんだ」
「え?それって、王家の敵?」
「そう。アルファド帝国最後の皇帝、ベネトナアシュが持っていたのと同じ力だ」
私とアレクさんの前に現れた人の名前って、ベネトナアシュっていうんだ。
「どうして、そんなものが私の中にあるの?パスカルが封印した力なんだよね?」
エルが眉をしかめる。
「これ以上は言えない。危険なものだってことはわかっただろ?」
「全然わからないよ。私、アルファド帝国の皇帝なんて知らない」
あれ?王家の敵に関係あるってことは。
「もしかして、私とアレクさんの前にベネトナアシュが現れたのは、私のせいなの?」
この力があるから?
「それは違う。あいつは単純にアレクを狙っただけだ」
突然現れて、いきなり攻撃した理由って、アレクさんを殺す為だったんだ。
ベネトナアシュと同じ力なら、私に封印されていた力を取り返しに来たんだと思ったんだけどな。
「エル、私が持ってる力って、何が出来る力なの?」
今の話しだと、レイリスの力は全然関係ない気がするけど……。
「エル?」
教えてくれないのかな。
「この先、同じようなことがあっても、誰かの死を望んだりしないで」
「どうして?」
「今言えるのはそれだけ」
「じゃあ、もっと自分のことを大切にしてくれる?」
「どういう意味だ?」
「ちゃんと、自分で自分のことを守ることも考えて。私の大切なエルをちゃんと守って」
もう、エルがこんな目に合ってるのを見るのは嫌。
「わかった?」
エルが笑って、私の頬をつつく。
「真面目な話しをしてるんだよ?」
どうして笑うの。
「リリーの力に、一つだけ良いことがあるんだ」
「良いこと?」
「リリーは今、レイリスの力に守られてる。だから……」
エルがまた私を抱えて……、飛ぶ。
さっきよりも高く、高く飛んで、高い木の枝に着地する。
「一緒に飛んでも平気だ」
レイリスの力に守られてる?
私が気を失った時にレイリスが使った魔法って、私を守る魔法なの?
この力を封印する為じゃなく?
……違う。きっと、色んな意味がある魔法なんだ。
「私も空飛べるのかな」
「自分の力を使うなって言ってるだろ」
飛べるんだ。
レイリスが私にかけた魔法で、私はレイリスの魔法が使える。
これは封印解除の必要もないし、呪文も使わずに使える魔法なんだよね?
頑張れば、私も使いこなせるようになるのかな。
でも。
「空を飛ぶってすごく大変だって、レイリスもアレクさんも言ってたけど、大丈夫?」
「少しぐらいなら平気だ」
少し、なのかなぁ。
すごく魔力を使うはずだよね?
もしかして、もう魔力が回復したの?
そういえば、エルの光って、ずっと変わってない。
目の前にある林檎の木から、赤く色づいた林檎を一つ取る。
良い匂い。
いくつか持って行こうかな。
―「ニゲル、調子はどうだ」
エルが見上げた先に、黒竜ニゲルの顔がある。
話しをするために、ここまで登って来たんだ。
―「十分に力は戻った」
お腹いっぱいになったのかな。林檎の木、こんなに残ってるけど。
―「こっちの準備も完了した。全員避難したし、アラクネにも村人にも一通り説明は終わったよ」
―「世話になったな。王都まで運んでやろう」
―「ありがたいけど、王都にドラゴンが向かうのはまずい。ニゲルの知らない間に紫竜フォルテが王都を襲ったんだ」
―「フォルテが復活したのか」
復活?
―「あぁ。だから、ドラゴンが王都に近づけば攻撃される。……代わりに、竜の山まで連れて行ってくれないか?」
―「良いだろう。竜の山は私が目指す場所だ。背に乗れ。ブレスで天井に穴をあけてそのまま飛び立つ」
―「了解」
「どうして竜の山に行くの?」
「リリーと一緒に行きたいから」
王都に帰らないんだ。
竜の山って、確かラングリオンの南西にある山だよね。そういえば、ロザリーの棺があったのも、竜の山の近くって言ってなかったっけ。
「ちゃんと捕まってろよ」
「うん」
エルの首にしがみつくと、エルがニゲルの背中に飛ぶ。
そして、魔法のロープをニゲルの首につける。
「これを持ってて」
「はい」
このロープ、風の魔法だけじゃないよね。真空と風の魔法で編んだものだ。
「バニラ、顕現して援護してくれ」
バニラが目の前で顕現する。
『降ってくる岩ぐらい、どうにかできるが……』
『エル。オイラも顕現して良いー?』
「良いけど、なんで?」
ジオも顕現する。
『バニラは大地の精霊だから、高いところが苦手なんだよー』
「バニラも苦手なの?」
カートみたい。
「メラニーは大丈夫?」
『私は平気だ』
「なんでメラニーに聞いたんだ?」
「えっと……。アレクさんの闇の精霊が苦手って言ってたから」
『親となる大精霊が違えば性質は異なる』
そういえば、違うって言ってたよね。
同じ力を持ってるのに、性格も全然違う。
「あ」
急に、ニゲルの体が揺れたかと思うと、ニゲルがブレスの予備動作をして、上に向かって黒いブレスを出す。
「せめて一言、言ってくれよ」
エルが後ろから私を抱きしめる。
ニゲルが大きく翼を動かす。その衝撃で落ちてきた岩から、バニラとジオが守ってくれる。
そして、ニゲルがまっすぐ、高く、高く昇って行く。
「わぁ」
「おぉ」
真っ赤な太陽が、地平線上にある。
もう、夕暮れだったんだ。
綺麗。
世界が赤く染まってる。
「大丈夫か?バニラ」
『……大丈夫』
バニラがジオと手を繋いでエルの肩に座っていて、その二人を他の精霊が囲んでる。
『ふふふ。大丈夫よぉ。一人じゃないものぉ』
『ジオもついているからな』
『まかせてー』
『こんなに高いところ、初めてだわ。気持ち良い』
『少し寒いかも』
『大丈夫?エルの中に入ってたら?』
『うん』
アンジュが肩を震わせる。
炎の精霊には寒いのかな。アンジュがエルの中に戻る。
『二人とも、寒くないか?』
「リリー、大丈夫か?」
「大丈夫。マントを着てるから温かいよ」
「良かった」
下を見ると、ニゲルが脱出した場所が、全部崩れてる。
ぽっかり空いた穴に、緑が見えるから、林檎の木も一部は無事なのかな。
……あれ?
村の人たちは林檎の苗木を、あの狭い空間に運んできて。エルが成長させて。成木は、ニゲルが閉じ込められていた空間を壊すことによって初めて外に出た。
それって。
「エル。囚われの林檎の作り方がわかったよ」
林檎が瓶の口を通る小さい内から、瓶の中に閉じ込めて、そのまま成長させるんだ。
「簡単な方法だろ?」
「うん。時間がかかるけど。……でも、エルならすぐに出来そうだね」
「魔法で起こせる奇跡なんて知れてるよ。魔法で無理やり作ったものよりも、林檎に合った土地で、時間をかけて丁寧に作られたものの方が美味いに決まってる」
そっか。……そうだよね。
「フォルテより乗りやすいな」
「当たり前だよ」
フォルテはエルを振り落とそうとしてたのに。
そうだ、さっきの。
「復活したってどういうこと?」
「あれは、神の台座に封印されてたドラゴンらしい」
「封印?」
「パスカルの力が消えて、神の台座の氷が溶けて出て来たんだと思うけど。詳しいことはわからない」
「そっか……」
神の台座って何があるのかな。
グラシアルのすぐ近くにあって、城の頂上から見ることも出来た場所なのに、氷の大精霊が守ってるから誰も近づけないって言われている場所。
……?
背筋に悪寒が走る。
ちょっと、待って。
この音、何?
かさかさって……。
音の鳴る方を見て、目が合って。
思わず叫び声を上げて、エルにしがみつく。
「どうした?」
「くっ、蜘蛛っ、」
「蜘蛛?」
『アラクネの子供じゃない』
どうして、ここに居るの?
『いつの間に、ドラゴンの背に乗っていたんだ』
「メラニーでも気づいてなかったのか?」
『亜精霊の存在は探知しにくい。他の生き物と共にいたなら尚更だ』
どう、しよう。こんなところで。
動けない……。
「温度を下げる神に祝福された闇の源よ。宵闇の眷属よ。我に応え、その力をここに。セレ!」
あれ?それって……。
「リリー」
「もう、居ない?」
「居ないよ」
亜精霊を入れる小瓶に入れたの?
本当にもう居ない?
「温度を上げる神に祝福された光の源よ。黎明の眷属よ。我に応え、その力をここに。クラルテ!」
エルが呪文を唱えると、光の玉が辺りを照らす。
陽が落ちると暗くなるのが早い。
「ほら、居ないだろ?」
見えるところには居ないよね。
「ごめんね、エル」
「なんで?」
「足手まといで」
「どこが?」
「だって……」
こんなところでも迷惑をかけてる。
大丈夫だって言い聞かせてたのに。
やっぱり蜘蛛は苦手……。
「ほら。星が出て来た」
エルに言われて、空を見上げる。
「本当だ」
星って不思議。眺めていると、どんどん星の数が増えていく。
「綺麗……」
手を掲げると、その遠さを実感する。
ドラゴンに乗ってるから、少しは星に近づいてると思ったんだけど、遥かに遠い。
……レイリスは、月に帰りたくないのかな。




