51 人と亜精霊と精霊が守るもの
「どういう意味でしょうか」
「今日、私と一緒にタルトタタンを作ったよね?」
「えぇ。覚えていますよ」
「その時にどんな話したか覚えてる?」
「……えぇ」
「じゃあ、どうして私の呼び方を変えたの?あの時に、話したよね?」
「そうでしたね。色々なことがあって、つい……」
「あなたの名前は?」
「……ヴィアリです」
「違う。ヴィアリさんのはずないよ。だって、ヴィアリさんは、」
相手の右手を掴む。
やっぱりない。
「ここに、火傷をしてたの」
「もう治りました」
「私、薬を塗ったからわかるよ。すぐに、こんな綺麗に治るような怪我じゃなかった」
相手が言葉を失って、俯く。
「教えて。あなたは誰?」
「……ヴァイラと申します」
「ヴァイラさん?ヴィアリさんの姉妹?」
「はい。ヴィアリと私は双子です」
「双子?だからそっくりなの?」
「……あなたは異国の方でしたね」
「え?……うん」
何か、関係があるの?
「どうして嘘を吐いたの?」
「ここから先に冒険者を通さないようにするのが、私の役目です。ヴィアリと顔見知りの冒険者は、この先にアラクネの巣しかないと知ると、私を助けて村に戻って下さいます。先に進んだ冒険者も居ますが、この先は本当にアラクネの巣になっていますから、アラクネが撃退してくれるんです」
「アラクネとあなたたちは、仲間なの?」
「はい。同じ目的を持った仲間です」
「同じ目的って?」
「それを、言うわけには……。あの方が何故進まれたのか、リリーシア様は御存知ではないのですか」
「わからない。でも、エルは戦わないって言ってたよ。来る途中に居たアラクネにだって攻撃しなかったから、アラクネと戦う気はないんだと思う」
アレクさんもそうだった。
「本当に、戦う目的で来たのではないのでしょうか。あんなに大きな剣をお持ちになっているのに」
「あれを持ってるのは……」
紫竜フォルテと戦う為なんだけど。
『リリー。余計なこと言わないでよ』
なんて言ったら良いのかな。
「……?」
あ。この音。
鎧の擦れる、金属音。
さっき聞いたの、気のせいじゃなかったんだ。
音の鳴る方を見ると、灯りが見える。
『誰か来るね』
ヴァイラさんの前に立って、雪姫に手をかける。
「リリーシア様?」
「誰か来る。たぶん、人間」
しばらくして姿を現したのは……。
「あれ?エルと一緒に居たお嬢ちゃんに、宿のメイドじゃないか」
「ブルースさん?と……」
「こんにちは。変なところで会いますね」
宿に居た四人も一緒だ。
「どうしたんですか?」
「なんか眩しい光が見えたから、来てみたら、洞窟があるからさ。探検しようって話しになったんだよ」
「私たちも気になったものですから。一緒に来たんですよ」
眩しい光って、洞窟の前で使った魔法のことだよね。
「そうだったんですか」
雪姫にかけていた手を降ろす。
「エルは一緒じゃないのか?」
「エルは先に行っちゃったんです」
「先?」
「この先は危険です。どうか、このまま引き返してください」
「何かあるのか?」
「アラクネの巣になっています。私も今、逃げて来たところなんです」
ヴァイラさん……。
「そりゃあ大変だったな。エルは大丈夫なのか?」
「すぐに戻られると仰られていましたから、きっと大丈夫だと思います」
少し、遅い気がする。
「どっちに行ったんだ?」
確か、あの入口だよね。
「そっちに行ったのか。俺が様子を見て来てやるよ。あんたたちはここで待ってな」
「危険です」
「なぁに、やばそうだったら、あいつを抱えて逃げてくるよ。これだけ人数が居れば、逃げられるだろ」
「私も行きます」
「亜精霊、怖いんだろ?心配するなって」
「お待ちください!」
「あの、待ってください」
ヴァイラさんの声も、私の声も無視して、ブルースさんはエルが進んだ入口に行ってしまった。
「あぁ……。こんなに人が来るなんて……」
「ごめんなさい」
私が、エルが進んだ方を教えちゃったから。
『リリー、様子が変だ』
……囲まれてる?
周りの四人組が、何故か私とヴァイラさんを囲むように移動する。
光の玉が浮遊する短剣を地面に刺して、雪姫に手をかける。
「ヴァイラさん。気をつけて」
「え?」
一人が剣を抜いたのに合わせて、雪姫を抜く。
「大人しくしててくれないか」
「どういうことですか」
「悪いが、あんたたちには人質になってもらう」
「人質?」
「エルって言ったか。あいつに用があるんだよ。暴れるなら、傷の一つや二つ、覚悟してもらうぜ」
エルが狙い?
だから、ブルースさんが先に行ったんだ。
エルが危ない。
……行かなくちゃ。
雪姫を両手で握って構える。
「急いで片づけて、エルを追いかけよう」
『了解。顕現するよ』
イリスが顕現して、氷の刃を全員に浴びせる。
「うわっ!」
「魔法っ?」
「ヴァイラさん、援護するので逃げて下さい」
「……はい」
「逃がすか!」
そう叫んだ相手を、真横から薙ぎ払う。
なんて良く斬れる刃なんだろう。
相手がその場に倒れる。
「くそっ!かかれ!」
振り下ろされた剣をかわして薙ぎ払う。不恰好にその一撃を避けた相手に、すかさず雪姫の刃を返して突く。
手加減してる余裕なんてない。急がなきゃ。
残り二人。
次は左……、いや、後ろ。右足を軸に時計回りに体を回し、勢いをつけて背後に居た相手に向かって斬りかかる。相手が剣で受け止めたけれど、無理やり押し通して、相手に攻撃を入れる。けど、これじゃ少し浅い。
『後ろ、左から来るよ』
目の前の相手を蹴り飛ばして、左から振り返って、雪姫で相手の攻撃を受け止める。
鍔迫り合いを押し切って相手の剣を弾き、薙ぎ払う。
「くっ、」
そのまま雪姫で相手の胴体を突き、さっき蹴った勢いで転がっている相手を刺す。
「まだ、やる?」
相手が首を横に振った。
四人。終わったよね。
ヴァイラさんは無事に逃げたのかな。
エルを追いかけなきゃ。
えっと……、エルが向かった入口って……。
『リリー!危ない!』
「え?」
すぐ横にイリスが氷の盾を張る。
と同時に、誰か男の人の悲鳴が聞こえた。
「間に合ったみたいですね」
「ヴァイラさん?」
と。
思わず、叫び声を上げてしまう。
『リリー。せっかく助けてくれたのに、それはないんじゃないの?』
「だ、だって……」
「この子は私の友達のアラクネです」
友達っ?
「あの……。ありがとう、ございます」
「ごめんね。リリーは蜘蛛が苦手なんだ」
「まぁ、そうだったんですか」
ヴァイラさんの隣に居るアラクネが、四人組を糸でぐるぐる巻きにしてる。
私の足元に、剣が落ちてる。
誰かが私に向かって投げた剣を、イリスが氷の盾で防いでくれて、アラクネが私を攻撃しようとした人を捕獲してくれたんだ。
「イリス、エルを追いかけなきゃ」
『こっちだよ』
「うん。……ヴァイラさん、その人たちお願いします!」
急がなきゃ。
イリスの後に続いて、たくさんある入口の中に入る。
確か、一本道だってバニラが言ってたよね。
走って、走って……。
着いたところは、果樹園?
林檎の木がたくさんある。あ……。
「ジオ!ナターシャ!」
どうして、二人がエルから離れて飛んでるの?
『リリー!』
『リリー!助けて、エルが危ないの!』
『ナターシャ、案内してあげて。オイラはメラニーとユールを呼んでくる』
『リリー、こっちよ!』
「うん!」
ナターシャに続いて、木々の合間を走る。
え……。
『あいつ!』
ブルースさんが、エルの首を……。
だめ。
『リリーっ?』
『待って、』
許さない。
まっすぐ、背後から貫く。
「その手を離せ」
「誰、だ……?」
「聞こえなかったか」
「な、んだ、これ……!」
離す気、ないの?
まだ力が入るというなら。
もう、力が入らないようになれば良い。
「リリー」
エル。待ってて。今、助けるから。
雪姫を抜いて、相手を思い切り蹴り飛ばす。
その体は宙に浮いてどこかに飛んで行って。そして、大きな叫び声をあげた。
「エル」
跪いてエルの頬に触れる。
「大丈夫?」
「俺は平気だ」
「良かった……」
あぁ。怖かった……。
「エルのばか。どうして、自分の為に魔法を使わないの」
「ごめん」
「苦しくない?本当に大丈夫?」
「大丈夫だよ」
どうして、簡単に大丈夫なんて言うの。
どこが大丈夫なの。
『間に合って良かったねー』
『もう。リリーが来なかったらどうなってたのよ!』
どうして、自分の為に力を使わないの。
『無事なようだな』
『無理しないでよぉ』
「おかえり」
メラニーとユールも、エルの傍を離れてたんだ。
……だから、こんなことになったの?
「心配かけてごめん」
『エル、良かった……』
精霊は顕現するのに契約者の許可が必要だから?
こんなに精霊が一緒に居ても、エルが声を出せなければ、何もできないの?
「あの……」
ヴァイラさん?
「大丈夫ですか?」
「あぁ。平気だよ。リリーが助けてくれたから。あんたは?」
「リリーシア様とアラクネが守ってくれました」
私、守られた方だったんだけどな。
「ここで一体何があったのでしょうか」
ヴァイラさんが辺りを見回す。
「アラクネの卵は?」
卵?
『全部孵したわよぉ』
『すぐ側に居るだろう』
メラニーとユール、卵を孵しに行ってたの?
精霊の力で卵を孵すなんて、まるでドラゴンみたいだけど……。
「え?アラクネの子供ってこんなに小さいのか?」
かさかさという音がする。
エルの視線の先……!
思わず声を上げて、目を閉じてエルの腕の中に入る。
「子供でも蜘蛛は苦手か」
『子供の方が、実際の蜘蛛に近いんじゃないの?』
だって、アラクネってあんなに大きいのに。
これは、子供だとしても苦手。
エルが私の頭を撫でる。
『誰か来た。大勢居るな』
新手?
すぐに騒がしい音が聞こえてきた。
「村人か?」
「はい。村の住民です。冒険者を監視してる村人が呼びに行ったはずです」
「ヴァイラ!」
あれ?この声。
「ヴィアリ」
「ヴィアリさん?」
顔を上げて後ろを見ると、ヴィアリさんが走って来る。
本当にそっくり。
「まさか、双子?」
「はい」
「はい」
二人が同時に返事をする。
「リリーシア様には見破られてしまいましたが」
「え?リリー、区別がつくのか?」
「髪の結び方が違うよ」
それ以外は、衣装も同じだし、立ち振る舞いも似てる。
火傷の痕がなければ、髪の結び方ぐらいじゃ気づけなかったと思うけど。
「この辺りには、あの風習はないのか?」
エルが私を抱きしめたまま立ち上がる。
足元には、子供のアラクネが何匹かいる。踏まないようにしなくちゃ……。
ヴィアリさんとヴァイラさんの隣に、年配の男の人が来た。
「あんたが村長か?」
「はい。……御名前と、官職をお伺いしてもよろしいでしょうか」
「聞くってことは、俺の上司が誰か知ってるのか」
「御部屋を調べさせていただきましたから」
いつの間に調べたんだろう。
もしかして、レイリスが居る間?私が居ない間に部屋を調べた人が居たから、レイリスはこの村が変って言ったのかな。
じゃあ、昨日の内にエイルリオンも見られてるってこと?
「皇太子秘書官のエルロックだ」
「秘書官様でしたか。どうか、村でのご無礼の数々、お許しください」
「別に何もされてないよ」
「皇太子殿下は、どちらへ?」
やっぱり、アレクさんの正体もばれちゃってる。
「帰ったよ。ここには竜殺し目的で来たわけじゃない。心配しなくても、皇太子はクレアドラゴンを殺したりしない」
「左様でしたか……」
周りの人が、ほっとしたような顔をしてる。
どういうこと?全然、話について行けない。
『ふふふ。リリーにも説明してあげるわねぇ』
『天井を見れば答えがわかるだろう』
天井?
見上げると、天井には、あちこちに蜘蛛の巣が張っている。
あれがアラクネの巣だよね。
あれ?それ以外にも何かある。
黒い翼みたいな……。
翼?
待って、動いてる。
目でその全体像を追う。
大きな黒い影が林檎が生った木を食べてる?
黒いドラゴンって、黒竜ニゲル?
どうして、こんなところに?
『ニゲルは、土砂崩れからこの村を守って、そのまま閉じ込められちゃったみたいよ』
『アラクネも村人も、ここの精霊たちも。みんなでドラゴンを守ってたんだ』
村の人たちが隠していたものって、黒竜ニゲル?
精霊が外に居なかったのは、ここを守ってたからだったんだ。
『アラクネはここを気に入って巣にしたみたいだけどぉ』
『産んだ卵を、メラニーとユールが孵して来たんだよー』
『ここを引き払ってもらう代償だ』
卵を孵すのって、大精霊じゃなくても良いのかな。
亜精霊の卵だから?
『ここ、今は林檎の林みたいになっているけど、少し前までは全部苗木だったのよ』
『村人は、ここに林檎の苗木を植樹していたんだ』
ニゲルはクレアドラゴンだから、植物や果実を食べるはずだよね。
『でも、ドラゴンは、若い木は食べないんだって』
『だから、エルが魔法で成長させたのよ』
これ、全部エルが成木にしたの?
『おかげで魔力が一気に減ってさー。ブルースなんかに後れを取ることになっちゃったんだ』
『魔力が低下し、集中力を欠いた状態で魔法を発動すれば、暴発の恐れがあるからな』
『魔力切れじゃなかったのね』
『エルが魔法を使わなかったのって、誰かを傷つけてしまうから?』
『そうだ。動けなくなるほど消耗はしていない。目の前の人間と戦うぐらい、余裕で出来ただろう』
エルの魔力って底なしだよね。
『でも、本当に無事で良かったわ』
『怖かった……』
『平気よぉ。私たち、エルを死なせたりなんかしないものぉ』
『どういうこと?』
「村長、だめです!」
「村長、だめです!」
え?
急に、耳にヴィアリさんとヴァイラさんの声が入ってくる。
「ドラゴンを助けたかったのは、私たち全員の意思です」
「命の恩人を助けたかったのは、私たち全員の意思です」
私が精霊の声を聞いてる間、ずっとエルと話してたんだよね?
「じゃあ、一つだけ」
エルが荷物から取り出した紙に何かを書き込み、村長さんに渡す。
「命令書だ。神聖王国クエスタニアからの密入国者五名を、大至急、王都のヴェロニク・イエイツの元へ連行すること」
「密入国者……?」
「そこでアラクネの糸に引きずられてる四人と、あっちに転がってるブルースで五人。こいつらは重要人物なんだ。……そいつは、大剣狩りのブルース。二つ名持ちの犯罪者だから、騎士団に連れて行ったら良い金になる」
みんな、もともと悪い人たちだったんだ。
「かしこまりました。ご命令とあらば従いましょう。しかし……」
「良いんだよ」
えっと……。
解決したのかな?
「ニゲルの傷は癒えた。満腹になればここを飛び立つよ。ニゲルが飛び立てばここは崩れる。アラクネにも出て行くように頼んだし、全員ここから出てくれ」
「本当に、よろしいのでしょうか」
「俺は皇太子からこの村の件をすべて頼まれてるんだ。どうするかは俺が決める。文句があるなら、この国の皇太子に言え」
なんだかそれ、すごくエルっぽい。
「そんな、恐れ多いことは……」
「だったら、後のことは上手くやれよ。俺は、全員が無事に撤収したら、ニゲルに伝えてリリーと一緒にここを出る。他に質問は?」
「いいえ。何もございません。……本当に、本当に、ありがとうございます」
村長さんと村の人たちが、エルに向かって頭を下げる。
……解決したんだ。
「さぁ皆、村に帰ろう。ここへ来るのはもう最後だ」
皆が、来た道を戻って行く。
けど、ヴィアリさんとヴァイラさんは立ち止まったままだ。
「秘書官様。先ほどは失礼いたしました」
「いいえ、私こそ」
「気にする必要はない。それより、感謝したいことがある」
「感謝ですか?」
「双子として生まれて、二人一緒に生きててくれてありがとう」
「何故ですか?」
「何故ですか?」
「どういうこと?」
さっきも言ってた。悪い習慣に関係がある?
「ラングリオンの田舎では、双子の片方は間引かなければならないって風習があるんだ」
「間引くって……」
「ただの迷信。俺はこの風習が嫌いだ。だから、二人の存在が。……救いになるんだ」
「あなたは双子だったんですか?」
「違うよ。そういう話しを身近に知ってただけだ」
身近って、誰のことだろう。
「ラングリオンの法律で、双子の存在は禁じられてない。誰かに文句を言われる筋合いなんてないんだよ。堂々と生きれば良い」
「はい。ありがとうございます」
「はい。ありがとうございます」
グラシアルでそういう風習があるかは知らないし、聞いたことがないけど。
エルの知ってる人に、双子として生まれた人が居たのかな。
……まだまだ、知らないことばかりだ。




