50 実物よりも記憶の方が怖い
「膝枕して」
「うん」
木陰に座ると、エルが私の膝に頭を乗せて目を閉じる。
その頭を撫でる。
遅い昼食を食べた午後。
さわやかな秋の風が吹いて、気持ち良い。
見上げると、精霊たちがエルから出て、木の上でお喋りしてる。
「ねぇ、エル。こんなにのんびりしてて良いの?」
「尾行は?」
「まだ居るみたい」
エルと一緒に居られるのは嬉しいのだけど、見られてると思うと落ち着かない。
「ここに、何を調べに来たの?」
「この村で調べることはないよ。少し変だけど」
「レイリスも変って言ってた。どういうこと?」
「村ぐるみで何か隠してる」
「そうなの?」
そんな感じはしないけど。
「村に一軒しかない宿で働いているのがメイド一人。それ以外の村人は一切見かけないのはなんでだと思う?」
「みんな果樹園に居るんじゃないの?」
「いくら手入れが必要だからって、村人全員が一日中果樹園にかかりきりなんておかしい。半分ぐらいは村に居ないで、どこかに出かけてるんじゃないか」
「どこに?」
「果樹園にあるのは苗木だ。収穫が出来る木なんて一切ない。リリーが今日、タルトタタンに使った林檎はどこから来たんだと思う?」
林檎……。
あ。そういえば、この辺りの林檎も収穫した跡があるよね。
果樹園じゃなくても林檎はある。
「みんな、林檎を取りに行ってるの?」
「正解。山には自生の果実が多くありそうだし、川魚もいるからな。ランチのメニューだって、山から採ったもので作ってただろ?」
「うん。山菜のパスタ、美味しかったね」
あ。魚って言えば……。
「昨日は鰻のマトロートを食べたんだよ」
林檎のお酒で煮込んだ料理。
「知ってるのか?」
「全然知らなかった。アレクさんが詳しく教えてくれたんだ」
「気に入った?」
「うん。美味しかった」
「作って欲しいなら今度作るよ。簡単な料理だから。川で釣りをしたらすぐに作れる」
「釣り?エル、釣りをするの?」
「気が向いたら」
釣りなんてやったことがない。
どうやってやるんだろう。
「今は釣竿は持ってないけど。今度、一緒に行くか?」
「うん。行きたい」
「じゃあ、リュヌドミエルの休みを貰えたら行こう」
「え?それって、結婚してから一か月のことじゃないの?」
「休みを潰されただろ。だから、アレクに休みをくれって言ってある。今やることが片付いたら、誰にも邪魔されないところで、のんびりしよう」
「うん」
剣術大会が終わって、紫竜フォルテを倒せば、のんびりできるんだよね。
「綺麗な瞳」
「え?」
「こんなに綺麗なものを他に知らない」
「……すぐ、からかうんだから」
いつも急に言うんだから。
そんなこと言われたら。どうして良いかわからない。
黒い髪も、黒い瞳も。どうして、エルはそんなに褒めてくれるの。
『エル、尾行が居なくなった』
本当だ。こちらを見てる人は誰も居ない。
「誰から尾行されてるの?」
「言っただろ?村人の半分ぐらいは居ないって。全員が山に行ってるわけはない。俺たちを尾行してたのも村人だ。村に来た冒険者の動向を監視してるんだよ」
「どうして?」
「何か隠してるから」
「何を隠してるか、エルは知ってるの?」
「知らない。それを探しに行くんだ」
エルが立ち上がって、大きく伸びをする。
「リリー、蜘蛛は大丈夫か?」
「えっ?」
どうして、急に?
蜘蛛……。もしかして、アラクネ?
「あの、大丈夫だよ。怖くない」
もう一度会っても、きっと大丈夫!
「宿で待ってても良いよ。村から出ない限り、監視はされても何かされるってことはないだろうから」
エル、アラクネを倒しに行くのかな。
私が怖がってるから、置いて行くの?
そんなの、嫌だ。
「連れて行ってくれるって言ったよ。もう、置いて行かないで」
お願い。
「怖かったら隠れてて良いから」
エルが私に手を差し伸べる。
その手を取ると、エルが私を引っ張り上げる。
「一緒に行こう」
あぁ。良かった。
連れて行ってくれるんだ。
※
エルに続いて山道をしばらく歩くと、道に出た。
ここ、昨日通った道なのかな。
『ねぇ、リリー。どうしてボクを呼ばなかったの?』
「え?」
『もしかして、勝手に居なくなったから怒ってる?』
そういえば、私が気を失ってる間にエルに呼ばれたんだっけ。
「怒ってないよ。イリスはエルの精霊なんだから、エルの傍に居てあげて」
『そうだけどさ』
「イリスこそ怒ってるの?」
私が呼ぶの、忘れてたから。
『リリーがあのまま目覚めてなかったらどうしようって、心配になっただけだよ。ボク、レイリスがリリーに何をしたのか良くわからなかったからさ』
そっか。心配してくれてたんだ。
「大丈夫だよ。アレクさんもレイリスも私のこと、絶対守ってくれるから」
『絶対なんて言える?』
「うん。だって、二人ともエルが大切だから、エルの為に私を守ってくれると思う」
『……そうだね』
二人と一緒に居て分かったのは、二人ともエルが大好きだってことだから。
……アレクさん。エルに会う為だけにここに来たんだよね。
道の先、丁字路のまっすぐ進む道を塞ぐように、通行禁止と書かれた立札がある。
「何?これ」
「来る途中で見なかったのか?」
アレクさんと村を目指してる途中?
「村に行く途中で立札なんて見なかったよ」
でも、アレクさんと歩いた道って真っ直ぐだったから、左の道も使ってないはず。
「違う道を通って来たのかな?」
「村の門から入ったんだろ?」
「うん」
「なら、この道で間違いない」
じゃあ、昨日は看板がなかったのかな。
エルが立札を掴んで揺らす。
「やっぱり立て方が緩いな」
エルが立札を掴んで揺らす。
「あれ?でも、立札って壊したんだよね?」
「誰かが直したんだろう」
いつの間に直したんだろう。ヴィアリさんが誰かに頼んだのかな。
何か気になることがあるのか、エルが立札の周囲を調べて、道の先を眺める。
「アラクネが出たのは土砂崩れの辺りだったな」
「うん。道沿いだよ」
きっと、また居るんだろうな。
大丈夫、大丈夫だから……。
「会うだろうから覚悟して」
「あのね、手から、糸を出すの。それから、足が……」
エルが目の前に立つ。
「落ちつけ」
「……うん」
『ちょっと先の様子を見て来るよー』
「頼む」
『いってらっしゃい、ジオ』
「相当苦手なんだな」
『一度、大量に蜘蛛の巣を浴びてるからね』
「どういう状況だよ」
『使われてない部屋に勝手に入るからだよ』
そんなつもりは全くなかったのに。
慣れない場所に行って、ソニアも居なくて。
入った部屋が、埃だらけで、蜘蛛の巣が張っていて。
「蜘蛛よりも、蜘蛛の巣が苦手なのか?」
部屋の先に進もうとしたら……。
『まさか。頭上から蜘蛛が落ちて……』
背中に蜘蛛が……。
「イリス、やめて」
あぁ、もう、だめ。
エルが、私の肩を抱いて背中を撫でる。
『ごめん』
……足手まといだよね、私。
『もう少し楽しいこと考えよぉ』
『歌でも歌ったら?』
「歌か」
『そういう時はバニラよねぇ』
『私は歌わないぞ』
『バニラ、歌を歌えるの?』
『バニラの歌って落ちつくのよね』
『聞きたい』
『アンジュのリクエストよぉ』
『私も一緒に歌うわ』
『……メラニー。周囲の警戒を怠らないでくれ』
メラニーがくすくす笑う。
『了解』
バニラはいつも優しい。
バニラとナターシャの歌声を聞きながら歩いていると、ジオが戻って来た。
「ジオ、おかえりなさい」
「おかえり」
『ただいまー。やっぱり道沿いに居たよー』
次は、大丈夫。
『怪我してるみたいだけどねー』
怪我?
「昨日、戦ったからかも」
「思い出さなくて良いよ」
「あの、右手と、足を三本怪我してると思う」
最後に見た時はそれだけ。
『怪我をしてるのは足だけみたいだよー?動きがすごく鈍いから、全部の足を怪我してるんじゃないのかなー?』
また誰かと戦ったのかな。
……そういえば、アレクさん。どうして仕留めなかったんだろう。
いきなり襲いかかったのは私だから、アラクネに戦う意思はなかったのかもしれないけど。
昨日みたいなことにならないように気をつけなきゃ。
「アラクネだ」
しばらく歩いた先に、上半身が女の人で下半身が蜘蛛の姿をしたアラクネが……。
あれ?
「昨日のアラクネと顔が違う」
違うアラクネ?
「このまま捕まえてみるか」
「え?捕まえるの?」
「アレクから頼まれてる。アラクネは珍しいから、亜精霊の生態調査に使うんだよ。ここで待ってて」
エルが荷物から何かを取り出して先に行く。
「どうしよう」
『大人しくしてなよ』
「イリス、行かなくて良いの?」
『どうせすぐに終わるんじゃない?』
エルが闇の魔法を使う。
それから、何か言葉を唱えたかと思うと、アラクネがエルの方に吸い込まれていった。
あれ?これって、確か、王都に亜精霊が現れた時にレティシアさんがやってなかったっけ?
「リリー」
呼ばれて、エルの方に走って行く。
「それ、前にも一度見たことがある」
「そういえば、王都で亜精霊が暴れた時にレティシアが使ってたな」
やっぱり同じものなんだ。
亜精霊を捕まえる小瓶。
エルが持ってるものを外側から見ても、何が入ってるかわからないけど……。
「もう出てこないかな」
「どうだろうな」
瓶を割ったら出てきちゃうのかな。
割と簡単に出せるものなのかもしれない。だから、王都で亜精霊が暴れてたんだよね。
「行くぞ」
「うん」
周囲を警戒しながら歩く。
あれ?これって土砂崩れ跡?
……たぶん、昨日来た時と同じ場所だよね?
エルが首を傾げて考えた後、道の右側を眺める。
「バニラ。この車輪の跡を追えるか?」
車輪の跡?
『可能だ。メラニー、手伝ってくれ』
『了解』
『リリー、エルを案内してあげてねぇ』
「うん」
エル、何を調べてるのかな。
この先に何があるんだろう。
道のない林の中をメラニーとバニラについて行くと、二人が洞窟の前で止まる。
『この中に続いている』
中は暗くて、どこまで続いてるのかわからない。
「真っ暗だね。光の玉を使う?」
「いや」
エルが人差し指を立てて、呪文を唱える。
「温度を上げる神に祝福された光の源よ。黎明の眷属よ。我に応え、その力をここに。クラルテ!」
クラルテって……、光とか灯りって意味だっけ?
エル、光の精霊なんて連れてないよね?
「魔法?」
「リリーもやってみて」
「え?精霊が居なくても使えるの?」
「呪文の詠唱で使えるんだ」
「そうなんだ。えっと……」
エル、なんて言ってたっけ。
「温度を上げる神に祝福された光の眷属よ。我に応え、光をここに。クラルテ!」
エルと同じ光の玉をイメージすると、目の前に同じ輝きを持った球体が浮く。
「わぁ!」
できた!
「見て、エル。初めて魔法が使えたよ!」
イメージしたものが、本当に出来た。
私にも出来るんだ。
「光の精霊を感じる場所では光の魔法が使えるらしいんだ」
「どうやって消すの?」
「自分で作ったものなら自分で消せる。……そうだな。ロウソクを吹き消すイメージで魔法を消してみたらどうだ?」
消えるイメージ……。
「消えて!」
目の間で、作ったばかりの魔法の光が消える。
同時に、エルの傍にあったエルの魔法も消えた。
「あれ?えっと……」
別の人の魔法も消えちゃうのかな。
「温度を上げる神に祝福された光の眷属よ。我に応え、光をここに。クラルテ!」
あれ?何も起こらない?
「温度を上げる神に祝福された光の源よ。黎明の眷属よ。我に応え、その力をここに。クラルテ!」
もう一度、光の玉が出来る。
「リリー。光の玉をイメージして、光れって言ってみて」
光……。
「光れ!」
何かが弾けたように、目の前が急に光る。
驚いていると、急に腕を引かれて抱きしめられた。
……失敗したんだ。
「大丈夫か?」
「うん」
顔を上げると、光はもう収まっていた。
「まだ、上手く使えないみたい」
眩しかっただけで、攻撃魔法じゃないよね?今の。
魔法の攻撃って、肉体的なダメージがないから分からない。
エル、平気なのかな。
「魔法の練習は今度しよう。呪文の詠唱はまだ実験段階の技術だ。無暗に使うなよ」
「うん」
「じゃあ、中に入ってみるか」
エルと手を繋いで、洞窟の中に入る。
※
あちこちに分かれ道がある。
メラニーとバニラが居なかったら、すぐに迷子になりそう。
ここ、自然に出来た洞窟じゃないよね。誰かが穴を掘ったみたいだ。
宝石や鉱石がありそうな地質でもないのに、どうしてこんなにあちこち掘ってるんだろう。
「この先に何があるのかな」
山の反対側に続いてる?
それとも、この先に何か隠してるのかな。
「怖くなったら、目を閉じて耳を塞いでいて。きっと攻撃はされないと思うから」
それって……。
もしかして、この先にアラクネが居るの?
「……うん」
あ。アラクネが道の途中に居たのって。ここに来ようとする人を妨害する為?
……アレクさん、知ってたのかな。アラクネの目的。
―これ以上の戦いを望むなら、殺さなければならない。
―私たちは東の村を目指しているだけだ。今すぐに去れ。
エルも、ここに来るまでには、わかってたみたいだ。
エルがここに来るってことは、村の人たちが隠してるものってアラクネの巣?それとも、同じ場所に何かあるのかな。
……?
後ろを振り返る。
「どうした?」
「……なんでもない」
気のせいかな。
何か、後ろで金属音がしたような気がするんだけど。
近くに誰かいるような気配はない。
すごく遠くで鳴ったような気がするから、風の音かもしれない。
ずっと似たような道を歩き続けると、急に天井の高い空間に出た。
今までの所よりも少し広い。
光の玉が、中を照らすと、地面に何かが……。
「あ!」
ヴィアリさんだ!
「待て」
ヴィアリさんの傍に行こうとすると、エルが私の手を引く。
あれ、うつぶせに倒れてるけどヴィアリさんだよね?
『トラップの類はなさそうだが』
大丈夫かな。怪我とかしてないかな。
「行ってみるか」
ヴィアリさんの傍に行って、ヴィアリさんを起こす。
「大丈夫ですか?」
これ……、アラクネの糸。アラクネに襲われたんだ。
体を軽くゆすると、ヴィアリさんのまぶたが動いて、目が開く。
「あぁ、お客様」
気が付いたみたいだ。
「大丈夫?怪我はしてない?」
「はい。大丈夫です」
良かった……。
「何があったんですか?」
「蜘蛛の亜精霊に襲われて……。巣に連れて行かれたんです。なんとか逃げて来たのですが、出口がわからなくて」
「出口なら、えっと……」
ここ、似たような入口がすごくたくさんある。
どこから来たんだっけ……?
「あの、エル」
エルが周囲を見渡す。
「これだけたくさんあったらわからないな。俺たちも迷ってここに辿り着いたんだ」
あれ?違うよね?
「少し周りを見て来るから、リリーは、ここで待っててくれ」
『エル、車輪が続いてるのはこっちだ』
「あの、お客様。そっちは違います。いくつか調べたんです。向こう側だと思うんですが……」
私も、そっちは出口じゃないと思うんだけど……。
ユールが私の前で、唇に人差し指を当てる。
……喋っちゃいけない?
「向こう側は違う。調べ方が足りないんじゃないのか」
「そんなことは……」
「どうして倒れてたんだ?俺たちが来るまで、気を失ってたんだろ?」
「蜘蛛の亜精霊が大勢出て来たので、怖くなって……」
「変だな。亜精霊に捕まって、逃げて、亜精霊が出てきて気を失った結果、その亜精霊はお前を捕まえなかったのか」
「……亜精霊の考えてることなど、分かりませんから」
なんだか、言ってることが滅茶苦茶だよね?
「つまり、人間じゃないものの考えてることなんてわからないってことか」
「そんなことは……」
「なら、そんなこと言うなよ。俺は先に行く。リリーは、そのメイドと一緒に待っててくれ」
「えっ?」
「お客様、危険です。殺されてしまいますよ」
「何に殺されるって言うんだ?」
「それは……」
置いて行かれちゃう。
「私も一緒に行く」
「この先にあるのはアラクネの巣だぞ」
「それでも、」
「心配しなくても戦いに行くわけじゃない」
「戦わないの?」
「え……?」
「戦わないで済むなら戦わないつもりだよ。どうせ、こっちから攻撃しなければ、攻撃なんてされないだろ?」
ヴィアリさんが俯く。
どういうこと?
「どこまで、ご存知ですか?」
「さぁ。自分の目で見るまでは確証が持てないけど。何もないなら帰るだけだ。……リリー。すぐに戻るから待ってて」
「すぐ戻らなかったら、追いかけて良い?」
「良いよ」
『ボク、ここに残ってるよ』
『そうねぇ。リリーがエルを追いかける時に、迷子になっちゃったら大変だものねぇ』
『この先は一本道だ。私もこの場に残るか?』
エルが首を振る。
『了解』
「リリー、光の玉は持ってるか?」
「うん」
持っていた光の玉を短剣に当てると、光の玉が短剣を中心に周回する。
「すぐ戻るよ」
『エル、こっちだ』
バニラがエルを案内する。
……また、置いて行かれた。
エルが入ったのは、あの入口。間違えないように覚えなくちゃ。
戦わないってことは、きっと、この先にあるのはアラクネの巣だけじゃないってことだよね。
「ねぇ、この先に何があるの?村が隠してるものって何?」
「それは……。お教えするわけにはいかないんです」
ヴィアリさんが自分の体に巻き付いたアラクネの糸を解く。
あれ?
ちょっと、待って。
どうして火傷の痕がないの?
「あの……」
「申し訳ありません。答えられないんです」
そういえば、髪の結び方が違う?確か、ヴィアリさんって、三つ編みを右側に下げてなかったっけ。
変だ。
「私の名前は覚えてる?」
「確か、リリーシア様でしたよね?」
違う。
今朝、リリーって呼んでって言ったのに。
「あなた、誰?」




