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旧作3-2  作者: 智枝 理子
Ⅰ.王都編
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01 女の子は甘いものが好き

 王都の中央広場はいつも賑やか。

 お気に入りの店、シエルのテラス席で、いつも通り日替わりのキッシュを食べる。

 今日は、カボチャとベーコン。

「怒ってないのか」

「怒ってないよ」

 なんで、私が怒るの?

 エルとの決闘に負けたからって。

「じゃあ、こっち見て」

 エルの方を見る。

「怒ってないよ」

 別に、怒ってるつもりは全然ない。

 ちょっと、納得がいかないことはあるけれど。

『リリー、いい加減、機嫌直したら?』

 イリスが目の前に飛んでくる。

「怒ってないよ」

 どうして、そう思うのかな。

 イリスに続いて、次々とエルの体から精霊が出て来る。

『ふふふ。さっきから同じセリフしか言ってないよねぇ』

 真空の精霊、ユール。

『エルが悪い。あれでは、リリーがすっきり負けた気になれない』

 大地の精霊、バニラ。

 私、そんなに怒ってるように見えるのかな。

『勝負は勝負だ。リリーが負けを認めた時点でエルの勝ちに違いはないだろう』

 闇の精霊、メラニー。

『負けって、自分の剣を落としたら負けなの?』

 雪の精霊、ナターシャ。

『決闘の一般的なルールだ。自分の得物を失えば敗北になる』

『じゃあ、リリーの負け?』

 炎の精霊、アンジュ。

『エルの勝ちだよー』

 風の精霊、ジオ。

『でも、リリーは騙されたのよね』

 騙されたというか。

 あの時、私は詰んでなかった。

 現に、隊長さんは私がリュヌリアンを落とすまで試合終了の宣言をしなかった。

 首に短刀を突きつけられた時、私は何の拘束も受けていなかったから、戦いを続けることは可能だった。

 でも、私が動けば、エルは自分の優位を捨ててしまうと思ったのだ。エルは私が怪我するのを嫌うから、短刀で私が傷つくのを避けるような行動をとるだろうって。

 そんなの、戦いの続行とは言えない。

 その先に得た勝利なんて勝利じゃない。

 だから、これ以上、戦うことは無意味だって。

 だから、負けを認めてリュヌリアンを手放した。

 でも、エルは短刀なんて持ってなかった。

 私は自分の間違った思い込みで敗北したのだ。

『だから、エルはごめんって言ったの?』

「そうだよ」

 違う。

 そうじゃない。

 私が悪い。

「みんな、ごめんね」

 きっと、私、怒ってるように見えるんだろうな。

 怒ってるのは、エルに対してじゃなく自分の不甲斐なさに対してなのに。

「わかってるんだ。私が負けたって」

 精霊たちを見る。

 契約中の精霊は、たいてい契約者の体の中に隠れているものらしい。

 精霊とちゃんと契約したことのない私にはわからないけれど。

 でも、皆、私の為に、わざわざエルの外に出て話してくれているんだよね。

 これ以上、心配かけちゃだめだ。

「隊長さんから助言までもらっていたのに、エルの戦略に気付かなかった時点で、私の負けだったんだ」

「ガラハドから、助言?」

―エルの奴、本気で勝ちに来たな。

―気をつけるんだぞ、リリーシア。

「気をつけるように言われてたんだ」

 隊長さんは、エルが何をするかわかってた。

「だから、剣術大会が終わるまでリュヌリアンをよろしくね」

「あぁ」

「だから……。剣術大会は、諦めようと思う」

 

 エルは私を傷つける選択肢を始めから捨てていた。

 あの時、それに気づいていれば……。

 もしくは、無理にでも戦いを続けていれば。

 当然、エルは自分の優位を生かしたまま戦ってくれたはずなのに。

 ……エルが、どれだけ私を大切にしてくれているか。

 それに気づかなかったこと。

 それが、私の一番の敗因。

 あぁ。落ち込む。

 エルのばか。

 

「リリー。ちょっと、買い物に行こう」

「うん……」

「ショコラの専門店に案内してやるよ」

「ショコラ?」

 少し楽しみかも。

 

 ※

 

 エルと一緒に王都を歩く。

 ラングリオン王国。

 オービュミル大陸の東に位置するこの国は、騎士の国として知られる。

 私の出身はその正反対、西の果てにあるグラシアル女王国だ。

 ラングリオンに初めて来たのは、今年の春のベリエ。

 色んなことがあって、今はラングリオンの王都で暮らすことになった。

 私の左手を繋いでくれる人。

 左の薬指におそろいの指輪をつけた人と。

 なんだか、まだ夢でも見てるみたい。

 ここで、こうしていることが。

 好きな人と一緒に居ることが。

 

「ここ、どの辺?」

「ウエストだよ」

 ウエスト。

 ラングリオンの王都は、中央広場を中心に三つの区画に分かれる。北がセントラル、東がイースト、西がウエストだ。

 エルの家があるのはイースト。

 イーストは良く歩くけど、ウエストは全然わからない。

「アレクが気に入ってる店なんだ」

 ラングリオンのアレクシス皇太子殿下。

 エルと仲が良いらしいけど、良くわからない人だ。

「アレクさん、そんなにショコラが好きなの?」

「あいつの異名の一つに、ショコラ王子ってのがあるぐらいだぜ」

「そうなんだ」

 アレクさんは、この国で国王陛下の次に偉い人だと思うんだけど、私にも愛称で呼ぶように言ってくる。

 ラングリオンって、そういうのが当たり前なのかな。

 マリーだって、ラングリオンの二大名家の一つオルロワール家の御令嬢なのに、いつも従者を連れずに歩いているし、魔法研究所で働いている。

 黄金の巻き毛にピンクの瞳の、お姫様みたいに綺麗な彼女は、いつも私を色んなところに連れて行ってくれる。

 最近は、魔法研究所で働いているユリアと、錬金術研究所で働いているセリーヌとも一緒に遊ぶ。彼女たちも貴族のはずなんだけどな。

「ほら、ここだよ」

 エルが案内してくれた店は……。

 良く言えば、童話に出てくるお菓子の家。

 でも、ちょっと怖い?

 周りの雰囲気と全然合わなくて、すごく目立つ。

 見上げた看板に書かれてるのは……。

 ショコラトリー・ウォルカ?

「ほら、行くぞ」

 エルと一緒にお店の中に入る。

 

「わぁ」

 涼しいお店の中は、ショコラでいっぱいだ。

 あ!マカロンもある。

「おやいらっしゃいエルロック。君がこんなところに来るなんて珍しいね。あぁさては愛しの恋人に贈りものかな。恋人じゃなくて奥さんか。やぁやぁいらっしゃい私の名前はウォルカと申します。以後お見知りおきを」

「は、い?」

 えっと……。

 この人が、店主のウォルカさん?

「適当に包んでくれ」

「まぁまぁのんびりしていっておくれ。御嬢さんの好みも聞いてないことだしね。あなたは甘い物が好きそうだ。こいつなんてどうだい」

 ウォルカさんがくれたショコラを一つ食べる。

 あ、美味しい。

「それは当店自慢のカレミルクでこっちがプラリネでねトリュフも自慢だよ」

 ウォルカさんがショコラを私の口に入れる。

 四角いショコラ、可愛いハートのプラリネショコラ、トリュフは食べると中から甘酸っぱいジュレが溶け出て美味しい。

「さぁさぁショコラといったらオランジュピールを食べないなんてもったいない」

「んん」

 どれもとっても食べたいけれど、もう口の中に入らない。

「おや試食ならいくらでもできるのに。まぁ好みもわかったことだし適当に包んであげるとしようか。ついでにショコラティーヌにお勧めのショコラもおまけしてあげよう。是非殿下にも作ってあげておくれ」

 え?

 殿下って、アレクさん?

「おい、何の話だ?」

「何って?彼女のショコラティーヌは絶品だったからね。私のショコラを使って是非とも殿下に……」

「リリー、こいつと知り合いか?」

 首を横に振る。

 知らない人だ。

 どうして、私がショコラティーヌを作ったこと知ってるの?

「朝市でキャロル嬢が彼女特製のパンをいくつか売り歩いていたものでね。思わず三つも買ってしまったな。黒胡椒のパンとは面白い」

 キャロルが売り歩いて?

 あ……。

 あの日のことだ。

 そういえば、結局エルには作ってない。

 コーヒーのパンも黒胡椒のパンも。

「代金は銅貨十枚だよ」

 エルが代金を払ってしまう。

 待って。

「あ、あの」

 ようやく、口の中で混ざった甘いショコラを飲み込めた。

「何かな」

「マカロン……」

 こんなに美味しいショコラのお店なんだから、きっと、あのマカロンも美味しいと思う。

「おおこれは失礼サービスしておきましょう」

 ウォルカさんがマカロンを四つ、包みに入れてくれた。

「ありがとうございます」

 帰ったら、皆で食べよう。

「ではまたいらっしゃい」

 エルと一緒にお店を出る。

 ええと……。

 一人で来れるかな。

 特徴的な看板だから見逃さないと思うのだけど、自信がない。

 今度、マリーたちと一緒に来よう。

 

 エルと一緒にお店を出る。

「マカロンって何だ?」

「えっと……。メレンゲを焼いた菓子に、クリームをサンドしたもの。今、王都で流行ってるお菓子なんだって」

 エルは知らないのかな。

「マリーに聞いたのか?」

「違うよ。この前、シャルロさんの所で御馳走になったの」

「そうか」

 シャルロさんは、エルの親友で、セントラルに弁護士事務所を構えるとても頭の良い人だ。

 何かとお世話になる。

 というか……。

 ラングリオンに来てから、色んな人にお世話になりっぱなしだ。

「市場で買い物をして帰ろう」

「市場、まだやってるの?」

 もう午後だ。

 市場って、午前で終わっちゃうはずだよね?

「年末年始の長休みは、市場はどこも閉めるんだ。だから、この時期は日暮れまで開けてる市場が多いよ」

 今日はリヨンの二十九日。

 明日は大晦日で、明後日の立秋の朔日は新年を迎える。

 大晦日と立秋の五日間、そしてヴィエルジュの朔日までの七日間が、年末年始の長休みだ。

「キャロルから、買い忘れたもののリストを渡されてるんだ。あー、ついでに、コーヒー豆の店にも寄りたいんだけど」

 そういえば、今朝、キャロルから頼まれてたっけ。

「先に帰ってるか?」

「手伝うよ」

「疲れたら言えよ」

 あ。これって。

「なんだかポルトペスタを思い出すね」

「そうだな」

 エルと一緒に歩いた街並みを思い出す。

 ポルトペスタは、グラシアル女王国にある大きな都市だ。

「楽しい」

 エルと一緒に手を繋いで、こうやって街を歩いているだけで。

 色んなことを思い出す。

 また、エルと一緒にどこかに行きたい。

 しばらくは王都に居るのだろうけど。

「リリー、ガレットデリュヌは知ってるか?」

「えっと……。シンプルなパイだよね?」

 ラングリオンのお菓子で、中にフランジパーヌを入れたパイだったはず。

「ヴィエルジュの朔日に家族と食べるパイなんだ」

 そういえば、お菓子の本にも新年を祝うパイって書かれていたっけ。

「それって、陶器の動物を入れて焼くもの?」

 確か、新年の食べ方は特別だった気がする。

「動物とは限らないけどな。フェーヴと言われる陶器だ。来年は羊」

「毎年決まっているの?」

「あぁ。今年は陶器の魚だったよ」

 今年は陶器の魚?来年は羊?

 毎年変わるもの……。

 順番があるのかな。

 ラングリオンで順番に変わるもの?

「わかった。月の名前の順番だね」

「正解」

 エルが微笑む。

 ラングリオンの暦の順番だ。

 新年の立秋、ヴィエルジュは乙女、バロンスは天秤、スコルピョンは蠍。

 立冬があって、サジテイルは弓、カプリコルヌは山羊、ヴェルソは水瓶。

 立春があって、ポアソンは魚、ベリエは羊、トーロは牛。

 立夏があって、ジェモは双子、コンセルは蟹、リヨンは獅子。

 それじゃあ、陶器が動物とは限らないのかな。

「確か、陶器の入った部分が当たると、良い事があるんだよね?」

「あぁ。一年間、お守りにすると良いんだ」

 お守りか。

 持ってると良いことがあるのかな。

「あ、カミーユさん」

 カミーユさんが……、女の人と歩いてる?

 カミーユさんもエルの親友で、錬金術研究所に勤めている人だ。研究所のエースと言われていて、薬学に詳しい。

「エル、リリーシアちゃん。年末の買い出しか?」

「そうだよ。研究所ってもう閉めたのか?」

「二十八から休みだよ」

 平日だけど、年末は早くからお休みらしい。

 マリーも今日はお休みだ。

「今年はカウントダウンに居るんだな」

 カウントダウン?

「何のこと?」

「リリーシアちゃんは初めてか。カウントダウンってのは、大晦日に月が南中する時間を祝うイベントだよ」

「え?大晦日って、月は出ないよね?」

 年末年始は、新月だから、月がほとんど出ないはず。

「だから、盛大にイベントをやって盛り上げるんだ。新しい年が良い年になるように、月の女神に祈るのさ。新年のテーマは、アレクシス様のお気に入り、桜の季節のベリエだぜ」

 自分の書斎を桜が良く見える場所にするぐらいだから、好きなんだろうな。

 ショコラが好きなのも、桜が好きなのも、ラングリオンでは有名な話しなんだ。

 あれ?ベリエ?

「ベリエって、ガレットデリュヌと同じ?」

「そうだよ」

 来年はベリエの年なんだ。

「カミーユ、来年はリリーがガレットデリュヌを焼く。朔日に家に来い」

「お。楽しみだな。またな、エル、リリーシアちゃん」

 カミーユさんが女の人と一緒に歩いて行く。

「一緒に居た女の人、誰かな?」

「彼女じゃないか?」

「えっ」

 彼女?恋人?

「そうかなぁ……」

「気になるなら聞けば良かったじゃないか」

 だって、カミーユさんの好きな人って……。

 今度、聞いてみようかな。

 朔日にガレットデリュヌを食べに来るって言ってたし……?

「あれ?どうして朔日にカミーユさんを誘ったの?」

 家族と一緒に食べるものって言ってなかったっけ?

「毎年一緒に食べてるんだよ。カミーユは親から勘当されてるから」

「勘当?」

「あいつの家は騎士の名門なんだ。それが、騎士にならずに錬金術研究所に入ったから」

「だめなの?だって、カミーユさん、研究所のエースなのに」

 それだけ頑張ってるのに。

「別に、あいつは好きなことやってるんだから、良いだろ」

 だめなのかな。

 ラングリオンは騎士の国だから、騎士になるべき人が違う道を進むことに寛容ではないのかもしれない。

 でも、カミーユさんも、シャルロさんもマリーも。みんな、エルと同じ王立魔術師養成所の卒業生だ。

 ラングリオン王立魔術師養成所は、魔法使いの素質を持った優秀な人材を育成するための教育機関で、卒業後は錬金術研究所か魔術師研究所に所属させるはず。所属しない場合は、学費の返納か兵役があるらしい。

 そんな場所に入れたなら、研究所に所属する可能性が高いと思うんだけど。

 


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