44 夜のお茶会
目を開く。
ここは……?
周りを見渡すと、アレクさんがテーブルに両肘をついて俯いてる。
「アレクさん?」
……あれ?
もしかして、寝てる?
『気が付いたか』
「コートニー、カート。それから……」
名前を知らない砂の精霊。
『レシェフだ』
「レシェフ。……ここは?」
『セズディセット山の西側にある、兵士の詰所だ』
『アレクとレイリスが、リリーをここまで運んでくれたんだぜ』
そうだったんだ。
……あれ?
「イリスは?」
『エルに呼び出されて行っちまったぜ』
「エルに?何かあったのかな……」
『何かあったって感じじゃなかったぜ。ちょっと行ってくるって言ってただけだし』
今って夜中だよね。
朝になったら呼んでみよう。
「レイリスは?」
『外を警戒している』
ベッドから降りて、窓を開く。
「レイリス?」
「ん?……こんな中途半端な時間に起きたのか」
声だけが聞こえる。
「中途半端って?」
窓から身を乗り出して上を見ると、レイリスが顔を出す。
屋根の上に居るらしい。
「深夜だぜ。月が南中してる」
レイリスよりも、もっと上。空には、下弦の月が浮かんでる。
「あの……」
「明日にしな」
まだ何も言ってないんだけどな。
でも、聞きたいことが多すぎて。
何から聞けば良いのかもわからない。
「一つだけ良い?」
「一言で終わる質問なら良いぜ」
「アークとリフィアって?」
「ラングリオンの初代国王アークトゥルスと、王妃リフィアのことだろうな」
さっきの夢はやっぱり……。
「ラングリオンの英雄たちが戦ったのって……」
「一つだけって言っただろ。今日は大人しく寝ろ」
「……はい」
部屋に戻る。
「アレクさん、いつからこうしてるの?」
『ほっといて良いぜ』
私のこと、心配してくれてたのかな。
「こんな体制のまま寝てたら疲れちゃうよ」
ベッドに運んであげよう。
『わ、馬鹿!触るな!』
「え?」
アレクさんの肩を掴もうとしたところで、腕を掴まれて、テーブルに押さえつけられる。
右手に握った短剣が……。
『アレク!』
『起きろ!』
右腕で抵抗しながら、左手で、アレクさんが短剣を持つ右手首を掴む。
……だめだ。力負けする。
押し返すのをやめて左手を外側に引くと、そのまま一緒にテーブルから落ちる。
「あっ」
床にたたきつけられる……。
と、思った瞬間。抱きしめられて、体勢が入れ替わる。
「……アレクさん?」
気を失ってる?
『大丈夫か?リリー』
カート。
「私は平気なんだけど……」
私の下敷きになったアレクさんの手から短剣が落ちてる。
短剣を拾って抱き起しても、何の反応も帰って来ない。
「リリー、無事か?」
レイリスが窓から入ってくる。
「アレクさんが……」
「アレクなら大丈夫だ。明日になれば目が覚める」
「え?何かしたの?」
「昏睡状態になるぐらい、魔力を奪ったんだよ」
「奪った?」
「俺とアレクは魔力を共有できる。寝惚けてリリーを殺そうとするから、一時的に全部奪ったんだよ」
「……でも」
最後は気付いてたんだよね。
私を助けて自分が下敷きになったんだから。
『だから、ほっとけって言っただろ』
『カートの言い方では伝わらない』
『じゃあ、なんて言えって言うんだよ』
『寝ているアレクに近づくな』
『一緒じゃねーか』
『カートよりはましだ』
「ってわけだから、次から気をつけろよ」
レイリスがアレクさんを抱える。
「ごめんなさい」
「それ、戻しておけ」
「はい」
アレクさんの腰の鞘に、短剣を戻す。
「アレクは隣の部屋に寝かせておくからな。レシェフ」
レシェフを連れて、レイリスが隣の部屋に行く。
「隣にも部屋があるの?」
『続き部屋になっている』
そうなんだ。
『調子はどうなんだよ』
「え?えっと……」
『なんだよ。どこか変なのか?』
「お腹すいたかも」
カートが呆れたようにため息をついて、コートニーが笑う。
『アレクが菓子をもらってきていたはずだ。こっちのワゴンに乗っている』
コートニーについて行った先に、焼き菓子が置いてある。
サイフォンもあるからコーヒーを淹れられそう。
コーヒーの準備をしていると、レイリスが戻って来た。
「レシェフは?」
「アレクの護衛に置いてきた」
そっか。
「何やってるんだ?」
「お腹がすいて」
「そういや、夕飯も食べてなかったからな」
「レイリスもコーヒー飲む?」
「付き合ってやっても良いぜ」
二人分のコーヒーを淹れて、お菓子と一緒にテーブルに持って行く。
サブレとマドレーヌ。
「いただきます」
マドレーヌを取って食べる。
美味しい。
「そうだ。陽炎と不知火ってどうなったの?」
「馬なら、アレクがちゃんと引っ張って来たぜ」
「引っ張ってきた?」
「アレクがリリーを抱えて不知火に乗って、陽炎も誘導してたんだよ。俺は陽炎の上から、陽炎と不知火の距離が離れ過ぎた時にアレクに知らせてたんだ」
「そんなことしてたの?」
私が気を失っちゃったから、大変だったんだよね……。
「ほっといても陽炎は不知火について行くみたいだけどな。大地の精霊でも居れば、陽炎に情報を伝えられたんだけど。カートとコートニーじゃどうにもならない」
『失礼な奴だな。お前は数に入ってないのかよ』
「馬を止めるぐらいならできるぜ」
そういう問題かな。
目の前で、レイリスがコーヒーを飲む。
……あれ?
「飲めるの?」
『おい。今気づいたのか?』
「自分で勧めておいて、何言ってるんだよ」
『本当に面白い娘だな』
「えっと……」
レイリスってエルに似てるから。精霊だってこと、忘れそうになってしまう。
「人間の真似事ぐらいできるぜ」
そういえば、エイダも食べられないことはないって言ってたっけ。
「これも食べられる?」
「夜食にも付き合わせる気か」
『リリー。精霊に食べ物を与えるなよ』
『人間でいうところの、毒のようなものだ』
「毒?」
「アンシェラートの力が宿ったものを取り込むことはできないんだよ」
「えっと……。アンシェラートって、この星の神だよね」
「そうだよ」
アンシェラートとは、この星の中核に居る神。
世界を作り続けている創世の神と対を為す、消滅の神の一部。
創世の神と消滅の神が一つになってしまえば世界が創れなくなるから、境界の神であり剣の神であるリンは、消滅の神の魂をいくつにも分割し、それぞれを他の神の力で封印した。
アンシェラートはその一つ。多くの生き物が生きる、太陽の神と月の神が見守るこの星のことであり、この星自身であり、この星の名前でもある。
アンシェラートは地下深くに封印されている為、自分の魂の片割れを求めて、自分を封印する神々と戦いながら地上に出る為に手を伸ばし、その力で地震を引き起こす。
けれど、この星に生きる人々を守る豊穣の神でもあって、大地に実る食べ物にはすべてアンシェラートの力が宿る。食べ物が美味しいのは、アンシェラートの祝福を受けているからと言われているのだ。
「精霊は、生き物と違って、他の神からの恩恵は受けられないってわけだ」
「そうなんだ」
そういうのを聞くと、精霊と人間って違うものなんだって実感する。
「あの……」
「これぐらい飲んでも平気だ。言っておくが、俺は地上で一番強い大精霊なんだぜ」
「えっ?そうなの?」
「当然だろ。精霊が魔力を回復する方法は、自分を生んだ神から力をもらうことだ」
そういえば、レイリスが前に言っていたっけ。
「俺は月の女神から力を得られるけど、地上の精霊たちを生んだ神はもう居ないんだ。この星の精霊が魔力を回復する方法は失われている」
人間と契約することで魔力は得られるんだろうけど。
それでも、いつでも月の女神の助力を得られるレイリスには及ばないんだろうな。
っていうか。
確か、瞳を交換すれば、お互いの力を自由に使えるんだよね?
さっきみたいに、レイリスがアレクさんの魔力を全て奪って気絶させることもできるし、アレクさんはレイリスの力をすべて使えるってことになるんだけど……。
「瞳を交換しても良かったの?」
「人の契約に口を挟むな」
「死ぬまで契約を解除できないんだよね?」
アレクさんが死んだとしても、瞳は一生そのままのはずだ。
「できないよ」
レイリスが私を見る。
「?」
「……いや。できないってことはないか」
「方法があるの?」
「リリーに言い忘れてたことがある」
「言い忘れてたこと?」
「あの呪文。スタンピタ・ディスペーリ。簡単に唱えるんじゃないぞ」
「どうして?」
「気づいてないのか?あれは、パスカルがお前に封印しておいた力を外に出す呪文だ」
「え?どういうこと?」
「リリーは、封印されてた力をリュヌリアンに吸わせて、リュヌリアンの属性を変えて戦ってたんだよ」
「属性を変える?」
どういうこと?
「すべての剣にはリンの力が宿る」
「知ってるよ」
剣として生まれたものには、必ず境界の神であり剣の神であるリンの力が宿る。
「リリーとアレクが戦った相手は、リンの力が宿るものでは斬れない」
「え?」
「あいつを傷つけることが出来るのは、リンの力が宿らない剣。エイルリオンだけだ」
だから、アレクさんはエイルリオンを呼んだの?
「リュヌリアンであいつを斬れたってことは、リュヌリアンの属性が変わったってことだ」
「あいつって……。私たちの前に現れたのは、アルファド帝国、最後の皇帝じゃないの?」
「あれはアークが完全に消滅させた」
『考えられるとすれば、どこかの棺が開いたってことだろうな』
『それか……』
「棺?棺って、エイダが入ってた封印の棺のこと?」
もしかして、私が壊したから?
「エイダが入ってた奴じゃないぜ。あれはレプリカだ」
「レプリカ?あれじゃないの?」
「そうだよ。……長話しになったな。もう寝ろ」
「……はい」
レイリスが私の頭を撫でる。
「あんなの、気にしなくて良いぜ。もう一度襲ってくるようなら俺が消滅させる」
「うん……」
それなら、どうして、さっきは消滅させなかったのかな。
……リンの力が宿るものでは斬れない敵。
リュヌリアンは、何の属性になったんだろう。
エイルリオンと同じ?
エイルリオンは、何でできてるのかな。
わからないことだらけ。
エルなら何か知ってるのかな。
エル。
会いたい。




