39 どこでも一緒
王都の南にあるニバスから、乗合馬車に乗ってセズディセット山を目指す。
結局、稽古の後にニバスに向かったら、温泉地行きの馬車は出払っていて、ニバスを出発したのは十七日になってしまった。
馬車で移動するのは、山の麓にあるという、騎士団の砦まで。
砦なんてあったかな。エルと一緒に温泉に行った時は、麓で降りる人なんて居なかったから気づかなかったけれど。
「今日は砦に泊まって、明日、馬を借りて、子爵邸を目指す」
「馬?」
「リリーシアは馬に乗れるか?」
「馬には一度も乗ったことないよ。ラクダならあるけれど」
リフィアが笑う。あ。笑うと可愛い。
「私はラクダに乗ったことはないな」
「あの、ラクダも一人で乗ったわけじゃなくて、キャラバンの女の人が乗せてくれたの」
「貴重な体験だな。なら、少し大きい馬を借りて一緒に乗って行こう」
馬に乗るのなんて初めてだから、楽しみだな。
※
騎士団の砦に到着。
なんだか賑やかな場所だ。
「街みたい」
「砦の手前は商業区だ。一般人の出入りが自由な場所になっている」
商業区の上、砦は山の絶壁に立っている。
「ここでは、旅人や砦の兵士に向けた商売をやっているんだ」
「兵士?砦に居るのは騎士じゃないの?」
「騎士はそう簡単になれるものじゃない。騎士はトップの数名だけで、後は兵士。守備隊と似たようなものだと思えば良い」
似たようなもの?
「え?ガラハド隊長も騎士なの?」
「ガラハドは、国王陛下から名誉騎士として騎士の叙勲を受けている。守備隊の隊長は全員騎士だ」
「副長も?」
「副長は騎士じゃなくても務まる」
騎士の仕組みって複雑だな。
「そういえば、出発前に三番隊に行っていたな」
「はい。三番隊の人たちの訓練に参加させてもらってるんです」
「この砦の団長にも頼んでみるか?」
「え?」
「どうせ出発は明日だ。ランチを食べれば暇になる」
「じゃあ、お願いします」
『え?本当にやるの?』
「演習場は厩舎の近くだ。後で案内しよう」
だって。剣術大会までに、出来るだけ訓練をしておきたい。
※
商業区で宿をとって、そこでランチを済ませて厩舎へ。
「馬術の訓練をしてるな」
柵で覆われた広い敷地。
馬に乗って弓を構えた人が、的当てをしている。
「演習場は向こうだ」
「はい」
その横にある建物の中へ入る。
「入団をご希望ですか?」
リフィアが受付けの人に何か見せる。
「視察に来た。訓練に参加させてもらえるか?」
「……えっ、少々お待ちください」
受付けに居た兵士が、走って奥の部屋に行く。
「何を見せたんですか?」
「官位章だ」
これ、いつも胸に付けてるものだよね。
あ。裏に何か書いてある。
リフィア・レンシールを近衛騎士とする。
「アレクシス・サ……」
リフィアが私の口を塞ぐ。
「語ってはいけない」
そう言って、リフィアが官位章を仕舞う。
「決して誰にも言わないように」
見ちゃいけないものだったんだ。
「あの、ごめんなさい」
「解決する方法が一つだけあるが」
「え?」
「エルの許可を取ってからだな」
「許可?」
何の話しだろう。
「来たようだ」
奥の扉が開いて、さっきの兵士と、重鎧を着た男の人が出てくる。
この人が団長さんかな。
「レンシール様。お久しぶりです」
「久しぶりだな。彼女の名前はリリーシア。訓練に参加させても構わないか?」
「え?彼女が参加するんですか?」
「そうだ。演習用の武器を……。何が良い?」
「自分で選んで良いですか?」
「残念ですが、部外者を武具保管庫に入れることは出来ません」
……そうだよね。
「それじゃあ、これぐらいの長さの大剣をお願いします。直剣でも曲刀でも構いません」
「レンシール様、よろしいんですか?」
「言われた通りに」
「……取って来い」
「はい」
兵士が走って行く。
「彼女の実力は?」
「リリーシアの稽古相手はガラハドだ」
「ガラハド様?」
団長さんが私を眺める。
「本当ですか?」
「嘘を吐く理由がない」
※
長さはリュヌリアンと同じ直剣。
重さは、まぁまぁかな。
「その大剣と刀は預からなくて良いのか?」
「はい」
邪魔にはならないと思うし。
演習場の中央に立つ。
「よろしくお願いします」
一礼をして、剣を構える。
一人目、二人目、三人目。どれも訓練になるような戦い方は出来ない。
相手をしてくれる人は、みんな同じ装備の人だ。
兜も、軽鎧も、武器まで。
三番隊の方が、強いかな。
大剣の相手と戦い慣れてないのかもしれない。
単に、強い人を出してくれる気がないだけかもしれないけれど。
四人目。
動きは悪くない。けど。
「その握り方じゃ、剣を落とす」
力を入れて斬り上げると、相手の持っていた剣が吹き飛ぶ。
五人目。
武器が変わった。細身の剣。
動きが軽快な人だ。でも。
「攻撃が軽すぎる」
相手の攻撃を力ずくで弾いて、続けて薙ぎ払う。
六人目。
ロングソードか。うん、力もある。
少し楽しめるかな。
何度か剣を合わせる。
……慣れてないのかな、ロングソード。
さっきから、似た動きしかしない。
「隙だらけだ」
左から斬りつける。
「あ、ごめんなさい」
思った以上に、攻撃が綺麗に入ってしまった。
いくら演習用の武器でも痛かったかもしれない。
七人目。
一人目の人が持っていたのと同じ片手剣に戻った。
最初の一撃……。
速い。
攻撃しようとしていた体勢から、一歩引いて防御に回ると、相手の剣が大剣に当たる。
……予想よりも攻撃が軽い?
一瞬。片手剣が揺らいだように見えた。
危険だ。
体勢を低くすると、相手の片手剣が私の頭上で弧を描く。
すかさず左手を地面について、相手に足払いをかけて右側に移動し、構え直す。
相手は足払いを避けて数歩下がった位置に居る。
私が構え直したのを見て、相手が剣を振る。下から斬り上げられた攻撃を弾こうと力を込めたところで、相手が私の右手に移動する。
すぐ近くで腕が動いたのが見えて、一歩下がり、斬り上げる。
その攻撃を剣で防がれる。
まただ。軽くて変な感じ。
……見えた。
相手が手首を返して、今度は突き刺す。
大剣を押し付けて軌道をずらし、柄で相手の腹部目がけて攻撃する。けど、かわされて、逆に大剣を強く叩かれ、そのまま斬りつけられる。
ここまで斬り返しの上手い人は初めてだ。
速くて、正確で、力も強い。
気をつけないと、一瞬で終わってしまうだろう。
攻撃を防いで二歩下がる。少し右手にずれて、右から薙ぎ払う。
くるり、と相手は体を回して攻撃をかわす。
捕らえるのも難しい。
薙ぎ払った勢いのまま回転して、そのまま相手の攻撃を防ぐ。
やっぱり。回転後の攻撃は入らないと思ってた。このまま弾いて……。
相手が微笑む。
「!」
初めて、ちゃんと顔が見えた。
……負けない。
大剣を握り直し、思い切り相手の片手剣を弾く。
防ぎきれなかったのか、相手が一歩引く。
どうして?今の攻撃を防ごうと思うのなら……。
……あぁ。そういうことか。遊ばれてるんだ。
実力差を思い知らされる。
この人は強い。
なら、力ずくで。
一撃一撃を丁寧に。力を加えて。
追い詰める。
その動き。次はどこを……。右かな。一手先を読んでかわし、下から斬り上げると、その攻撃をかわされる。
あの技。あの、速くて正確な斬り返し。こうやってやるのかな。
手首を返して。
薙ぎ払う……。
だめだ、上手く力が入らなくて、相手の片手剣に防がれた。
「無理な力を加えると、手首を痛めるよ。大剣で、その練習は勧めない」
「どうして左手を使わないんですか」
「教えて欲しいのかい」
相手は、左手から何か光るものを宙に投げると、片手剣を両手で持って私の剣を弾く。
「っ!」
攻撃に耐え切れなかった。
そのまま右手で掴んだ片手剣を私の額に突きつけ、落ちてきたものを左手で掴むと、左手を広げて私に見せる。
「落としそうだったから、預かっていたんだ」
「え?」
大剣を手放して自分の両耳に触れると、相手が片手剣を降ろす。
右耳にあるはずのイヤリングがない。
……いつ、外れたんだろう。
「ありがとうございました」
真珠のイヤリングを受け取って右の耳に付けると、相手が兜を外す。
菫と碧の瞳。
「君は強いね。ガラハドのことを思い出す」
「隊長さんと戦った時、隊長さんは何を装備してたんですか?」
「大剣だよ」
そうなんだ。
「左手を使わなかったのって、イヤリングを持っていたからじゃないですよね?」
「すでに六人と戦っている上に、リュヌリアンと雪姫を背負っている相手と、ハンデなしで戦うなんてできないからね」
本気を出されてたら一瞬で勝負がついてしまったことは、最後の一撃で証明されてしまったんだけど。
「どうして私の相手をしてくれる気になったんですか?」
「あまりにも君がつまらなそうに戦っていたから」
そんな風に見えてたかな。
だから、私の相手をしてくれたの?
「ありがとうございます。楽しかったです」
また相手をしてくれるだろうか。
……もっと、強くならなきゃ。
『リリー、もっと聞くべきことがあるんじゃないの?』
「え?」
『なんでこんなところに居るの?』
「ロザリーも一緒だよ」
『何?ロザリーを拾って、暢気に二人旅をしてるって言うの?』
そうだ。ここは王都じゃない。こんなところに居るはずがないんだった。
「そんなところだね。いつまでも城に居るのもつまらないだろうから、エルを待ってヌサカン子爵邸を目指す予定なんだ」
エルが来ることも知ってるんだ。
遊びに行くってこと?お城に帰らなくて良いのかな。
「リリーシア。シールの官位章の裏を見たんだってね」
「はい。あれが本当の名前なんですか?」
「アレクシス・サダルスウド・ラングリオン。これを知っているのは、エルと父上と近衛騎士だけだ」
「え?」
「伝統的に、信頼の証に王族が騎士に教える名前なんだよ」
「えっと……」
私が知っても良かったのかな、それ。
「秘密を知った代償を払ってもらおうかな」
やっぱり、だめだったんだよね。
「はい」
アレクさんが笑う。
「素直だね」
だって。逆らうことを許さないだろうから。
「どうせエルが来るまで暇だろうから、しっかり学んでおいで」
「学ぶ?代償って何ですか?」
「シールに聞いてごらん」
何をするんだろう?
※
武具を返して、アレクさんと一緒にリフィアとロザリーが居る場所に行く。
あ。ルキアの他に、コートニーとカートが居る。それから、砂の精霊。
そういえば、いつもたくさん精霊を連れてるのに、今日は三人しか連れて来てないのかな。
「リリーシア、久しぶりです」
「久しぶり、ロザリー」
『どうしてあなたって、私たちの行く先々に現れるの?』
「えっと……」
『それはこっちの台詞だけどな』
「なんだか王都に戻ったみたいですね」
『ここは王都からずっと離れた場所よ?』
「例え話です」
『ロザリーも方向音痴なわけじゃないよな?』
『方向音痴で一人旅が出来るわけないじゃない。地図さえあれば迷わないわ』
「ロザリー、出発するよ」
「はい」
「え?出発?」
「温泉に寄って行こうと思ってね。二十三日にはエルがここに到着するだろうから、それまでには戻るよ」
えっと、今日がヴィエルジュの十九日だから、四日後?
「シール、それまでリリーシアを頼んだよ」
「御意」
「それじゃあ、四日後に」
『またねー』
「はい」
「お気をつけて」
アレクさんとロザリーを見送る。
「リリーシア、予定が変わった」
「えっと……。官位章の裏を見た代わりに、何かするんだよね」
「そうだ」
「何をするの?」
「稽古だ」
稽古?




