36 取り扱い注意
出かけよう。
エルがどこに行ったかわからないけど。
旅に出るのに必要な物……。
ええと……。
『リリー。まさかとは思うけどさぁ……』
「だって、追いかけて良いって言ったから」
『どこに行ったか知ってるの?』
「イリスは知ってる?」
『知らないよ。すぐに帰って来るかもよ』
「じゃあ、近くなのかな」
『リリー。一人はだめって言われてただろ』
「ギルドで誰か探してみるよ」
適当にまとめた荷物を持って、マントを羽織って階段を下りる。
「おはよう、リリー」
「おはよう」
「おはよう、キャロル、ルイス」
「喪服を着るのはやめたの?」
「うん。出かけようと思って」
「どこに?」
「えっと……。エルを、追いかけようと思う」
キャロルが笑って、ルイスがため息を吐く。
「リリーシアって、本当にエルと同じだよね」
「ねー」
「どういうこと?」
「じっとして居られないってこと。一人で行くつもり?」
「ギルドで一緒に行ってくれそうな人を探すつもりだよ」
「そっか。出かける前に声をかけて。旅に必要なものを準備しておくから」
「必要な物?」
「……そうだね。後で一緒に準備しようか」
『リリーって本当に一人じゃ何もできないよね』
※
朝食を食べ終わって、ルイスと一緒に荷物を整理していると、お休みなのに呼び鈴が鳴った。
誰だろう。
鍵を開けて、扉を開く。
「おはよう、リリーシア」
「ヴェロニクさんと……」
え?
金髪碧眼の……、女の人?
「あの……」
「彼女の名前はリフィアだよ」
彼女?
本当に女の人なの?
あ。リュヌリアンを背負ってる。
「話しがある」
「リリーシア、中に入れてもらえる?」
「はい」
店の中に、ヴェロニクさんとリフィアさんを通す。
「おはよう、ルイス」
「おはよう」
「おはよう。珍しいね、そんな恰好してるなんて」
「ルイスは知ってるのか」
「前にエルが言ってたから。こんな朝早くから近衛騎士が来るなんて、どうしたの?」
「リリーシア。頼みがあるんだ」
「はい」
「私と一緒にセズディセット山に行って欲しい」
セズディセット山って、エルと一緒に行った温泉地がある場所だよね。
「リフィアさんと一緒に?」
「リフィアで良い。緑竜ウィリデの様子を見に行くのに付き合って欲しいんだ」
「え?どうしてウィリデがそんなところに?」
「わからないから、調査に行く」
「そのついでに、エルが忘れて行ったリュヌリアンと盾を届けるんだよ」
「エルに会えるの?」
「会えるよ」
「どこで会えるかはわからないが」
「エルは普段、この大剣とセットでアレクの盾を持ち歩いてるんだ。アレクの盾には紫竜のカーバンクルが埋まってる」
そう言って、ヴェロニクさんがリフィアが背負っていた盾を見せてくれる。
カーバンクル。竜殺しの証。
不思議な色の宝石だ。
「このカーバンクルは、紫竜を呼び寄せる力があるらしいんだよ。だから、あまり王都には置いておけない。ウィリデの調査に行くついでにエルに届けてもらう予定なんだけど、途中で紫竜に会っても、リフィアでは、この大剣を扱えないからね。だからリリーシアに同行してもらいたいんだ」
「わかりました。一緒に行きます」
『えー。本気?』
もしかしたら、紫竜と戦えるかもしれない。
「もらっても良いですか?」
リフィアから、リュヌリアンを受け取って背負う。
あぁ、久しぶり。
この重さ。
『ご機嫌だねー』
出かける前に、隊長さんのところに寄ろうかな。
「エルは今どこに居るの?」
「どこかな。エルにはやることがあるからね。セズディセット山を目指してるのは確かだけど」
「どちらにしろ、ヌサカン子爵のところに寄るのは確実だ。会えなければしばらく子爵のところで待つことになるだろう」
「ヌサカン子爵?」
「ジュワユーズ地方北方を治めてる子爵だよ。現国王陛下の弟殿下なんだ。アレクの幼少期の静養先でもある」
「王弟が子爵?」
「変なところに突っ込むね。子供に恵まれなかったヌサカン子爵家に迎えられて、子爵の名前を継ぐことになったんだよ」
そうなんだ。
「準備できたよ、リリーシア」
「ありがとう、ルイス」
「もしかして、どこかに行く予定だった?」
「エルを追いかけるって、今にも出発するところだったんだ」
「……本当に、君って行動が読めないね」
「ロニーでも読めないことがあるの?」
「アレクも難しいって言ってたぐらいだからね。朝一で出て来て良かったよ」
「リリーシアってすごいよね」
それ、全然褒められてる気がしない。
「ロニーは行かないの?」
「私は薬の量産を手伝う約束があるからね。ツァレンは城を離れられないし、他の皆は紫竜探しで城に居ないし。リリーシアが来てくれると助かるんだよね。ほら、リフィアなら女性だから問題ないしさ」
「リリーシアの為にそんな恰好をしてるの?」
「既婚女性が、男性と二人旅をしているなんて言われるのは嫌だろう。私が男だったとしても女装ぐらいする」
ええと、もともと女の人なんだよね?
「リフィアなんて名前初めて知ったよ。エルも知らないんじゃない?」
「知らないだろうな」
「リフィアって、初代国王陛下の王妃様の名前と一緒だよね」
ヴェロニクさんが笑う。
「本当に、変なことに詳しいんだね。この国で女性の剣士に付ける名前と言ったら初代王妃の名前だからね」
「その名前のせいでどれだけ苦労したことか」
「だから名乗らないんですか?」
「騎士になるならば女を捨てなければならない」
「どうして?」
「騎士とは女性を守るものだ。私が女性であれば、主君に守られる立場になってしまうだろう」
「騎士の制度って古臭いからね。で?用事がなければ私はもう戻るよ」
「何しに来たの?ロニー」
「リリーシアを説得しなくちゃいけないと思ったんだけど。説得の必要、なかったみたいだから」
「リリーシアはエルのところに行くって言ったら、絶対に行くと思うよ」
「竜殺しを頼むから、説得が難しいかと思ったんだ」
「問題ないです」
「扱いやすいんだか扱いにくいんだかわからない子だね」
『そんなことだから、エルはリリーを連れて歩きたくないんだと思うよ』
……そうなのかな。
「それじゃあ、リフィア。無理しないでね」
「心配無用だ。ロニーこそ、あまり無茶をしないように」
「城のことならツァレンと上手くやるよ。陛下の近衛騎士なんて、適当にからかって遊んであげるさ」
「そんな仕事ばかりするから目の敵にされるんだ」
「そういう仕事が好きなんだ。リリーシア。エルによろしくね」
「はい」
「また来るからね。ルイス」
「うん。またね、ロニー」
手を振って、ヴェロニクさんが出て行く。
「リフィアも、何か薬持って行く?」
「必要な分はそろえたから問題ない」
「ドラゴン退治に使えそうな毒薬でも作ろうか」
「通常の数倍の効力を期待できるような毒薬じゃないと、ドラゴンには効果がないだろう」
「まかせて。エルから聞いたことあるから」
「……エルは、ルイスにそんな危険な毒薬を教えてるのか」
「危険なものを知らずに安全なものは作れないよ。作るのに少し時間がかかるから、待っててもらえる?」
「じゃあ、ちょっと三番隊に寄ってきて良い?」
「いいよ。昼前には仕上がると思う」
「リフィアは?」
「私は店で待たせてもらう」
「わかった。ちょっと行って来るね」
「いってらっしゃい。リリーシア」
「いってきます」
※
王都守備隊三番隊宿舎。
あぁ、この、握り心地。
久しぶり。
「よろしくお願いします」
「朝っぱらから威勢が良いな」
隊長さんに手合わせを願うのも久しぶり。
隊長さんが持っているのも大剣。
「かかってきな」
呼吸を整えて。
うん。大丈夫。
まっすぐ、隊長さんに向かってリュヌリアンを突き刺す。
隊長さんが握る大剣が、下から弧を描く。
リュヌリアンを引いて大剣をかわし、右から胴体を狙って薙ぎ払う。けど。
予想通り、かわされた先で、リュヌリアンと大剣がぶつかる。
引いて、下から斬り上げる。
……だめ、左。
左から来た攻撃をしゃがんでかわし、そのまま足元をリュヌリアンで薙ぎ払いながら、左手へ逃げる。
間合いは取れたけど、
すぐに追って来た大剣をリュヌリアンを縦に構えて受け止め、そのまま力を入れて……。
力が足りなくて、弾けない。
強い。
二歩引く。
力を込めて左手から薙ぎ払う。
隊長さんがそれを下から斬り上げる。
負けない。
弾かれそうになるのをこらえて、鍔迫り合いへ。
……強い。負けたくない。
「少し力が落ちたな」
しばらくリュヌリアンを持ってなかったから。
「でも、技術は上がってるようだな」
「本当ですか?」
「太刀は気に入ったか?」
「素早い武器で、難しいです」
「素早いだけじゃない。切れ味も抜群だ」
お互いに引く。
今度は、左手から斬り込む。かわされて、右手から斬り上げられる。
左前方に体を倒して避けて、下から斬り上げる。
けれど、リュヌリアンを叩かれて、そのまま体勢を崩す。
振り下ろされた攻撃を……。
だめ、受け止めてはいけない。
大剣にリュヌリアンを当てながら軌道をずらし、隊長さんの左手に向かって逃げて、上からリュヌリアンを振り降ろすと、隊長さんがその攻撃を大剣で受け止める。
このまま、押し切る。
力を入れたところで、足元で何かが動くのが見えたけど、間に合わない。
足払いをかけられて、その場に左手をつく。
地面に落ちる影が、私に振り降ろされようとする剣の位置を教えてくれる。
右手だけで持ったリュヌリアンを地面に突き刺し、角度を合わせて、隊長さんの攻撃を受け止める。そして、そのまま両手を地面について隊長さんを蹴り上げて、飛んだ勢いでリュヌリアンを地面から抜き、胴体に向かって薙ぎ払う。
入った?
違う。隊長さんのガントレットで防がれた。
回転して、右手から勢いをつけて斬り払う。一歩、踏み込みながら。
鎧の隙間にリュヌリアンが入って。
「あ……」
だめ、これじゃあ、隊長さんを本当に斬ってしまう。
手に、斬った感覚が伝わる。
……けど。
そんなことはなかった。
あと一歩のところで届かなかったらしい。
勢いのまま弧を描いたリュヌリアンがそのまま左手に流れる。
リュヌリアンを握り直して、もう一度斬り込もうとしたところで。
首に、大剣が当たって動きを止める。
全然、見えなかった。
一体、どこから攻撃されたの?
「さっきの攻撃はかなり良かったぜ」
確かに、斬った感覚があったんだけど。
リュヌリアンに血がついてないんだから、斬れてないってことだよね。
良かったのか、悪かったのか……。
「ありがとうございました」
リュヌリアンを落とす。
隊長さんが大剣を引く。
「好機を逃さないって言うのは大事だが。力量が同じ相手と戦う時は、もう少し駆け引きを上手くできないとだめだな」
それ、私がエルに負けた理由でもあるよね。
「はい」
隊長さんが私の頭を撫でる。
「次は太刀で稽古をするか?」
「はい。お願いします」
落ちたリュヌリアンを拾って、背中の鞘に納める。
「太刀を背負うんなら、その髪型はやめた方が良いぜ」
「え?どうしてですか?」
「太刀を抜く時に邪魔になるだろう。大切な髪が切れちまっても良いのか?」
大切な髪?
「切れても、問題ありません」
『何?もしかして、まだ怒ってるの?エルに言われたこと』
「んー?何怒ってるんだ。何かあったのか?」
「隊長さんは、髪の長い人と短い人、どっちが好きですか」
「そういうことは好きな奴に聞くもんだ。……あぁ、そういうことか」
隊長さんが笑う。
「あいつの好みねぇ。どっちでも良いんじゃないか」
「……」
「そう、怒るなって」
エルのばか。
「太刀の稽古、お願いします」
「ちょっと待ってな。俺のを持って来るから」
そう言って、隊長さんが演習場から出て行く。
「リリーシアさん、その剣持ってましょうか」
パーシバルさん。
「大丈夫。重さに慣れたいから」
力、やっぱり落ちてるんだ。
しばらく稽古も何もしてなかったから。
「あのね、パーシバルさん」
「俺は長い髪の方が好きっすよ」
話し、全部聞いてたんだ。
「でも、短くしたいって思った時に、エルロックさんに反対されたらどうするんっすか?」
「え?」
考えたことないけど。
「あの人、たぶん、何にも反対しないっすよ。坊主にするって言わない限り、反対しないんじゃないっすか」
「坊主?男の子になんてならないよ」
パーシバルさんが笑う。
『リリー……』
「俺は、黒髪ツインテールで、大剣背負ってる姿が、一番リリーシアさんに似合ってると思いますよ」
「本当?」
「この姿見ると、帰って来たって感じがします」
「ありがとう、パーシバルさん」
『リリーって単純だよね』
隊長さんが戻ってくる。
「太刀って良く斬れるんで、怪我に気をつけて下さいね」
「大丈夫。怪我をしても薬があるから」
「女の子がそんなこと言っちゃダメっす。隊長も、怪我させないと思いますけど。気をつけて下さいね」
「ありがとう」
パーシバルさんが離れて、隊長さんが戻ってくる。
「これが俺の太刀だ」
あれ……?
なんだか、古い?
「見せてもらっても良いですか?」
「いいぜ」
ゆっくりと、太刀を抜く。
綺麗な反り。
光に当たって、刀身が輝く。
「……え?」
反りがあって両刃?
それに、光を照らしたときの輝き。
綺麗な色じゃないけど、これは、確かに……。
「ルミエールの……?」
「流石、鍛冶をやってるだけあるな。こいつはルミエールの作品だ。俺のコレクションには、リグニスやアルディアの作品もあるんだぜ」
「私のも、」
「ルミエールのだろ。あいつらしい作り込みだ」
あいつ?
「詳しいんですか?」
「俺も剣士だからな。一通りの知識は持ってるぜ。さぁ、始めるか」
「はい」
雪姫を抜いて構える。
「なかなか良い構え方だな」
隊長さんは、太刀を鞘から抜く気配がない。
「あの……?」
「良いからかかってきな。面白い剣術を見せてやろう」
「はい」
何をするんだろう。
嫌な予感がする。
どこから斬りつければ良い?
……落ちついて。
雪姫で左手から薙ぎ払う。
「!」
何かにはじかれた!
『リリー!下がって!』
イリスに言われるまま、急いで二歩下がる。
目の前で、黒い髪が一本、宙を舞っている。
髪が斬られた?
いつ?
隊長さんが、ゆっくりと鞘に太刀を戻している。
「今のは……」
「居合って言うんだよ。一撃目で相手の攻撃を弾いて、二撃目か三撃目で仕留めるんだ」
「暗殺術ですか?」
隊長さんが笑う。
「まぁ、剣術なんて相手を殺すためのものだ。間違ってないだろうな」
「どうやってやるんですか?」
「簡単に出来るもんじゃない」
「どこで身に着けられましたか」
あれ?この声。
『ムラサメだ』
「ムラサメさん?」
「よぉ。刀の国から来たっていう剣士だな」
「村雨と申します」
「知ってるぜ。俺はガラハドだ」
「その名を知らない剣士は居ないでしょう。……今の剣術。一体どこで身に着けられましたか」
「刀の国を旅してる時に、気が合った爺さんから教えてもらったんだよ」
「これは門外不出の技。正規の門徒生でなければ教わることは出来ないものです」
「ちゃんと皆伝の証はもらったぜ」
「どの師からもらったものですか」
「なんて名前だったか。向こうの名前は難しいから忘れたな」
「皆伝の証に書いてあるはずです」
ガラハドさんが、何か古い紙を出す。
「読めるか?」
「……残念ながら。しかし、これが皆伝の証であることは間違いありません」
「良くわかるな」
「この紙も墨も刀の国にしかありません。偽造するのは難しい。うっすらと見える印は私の知るものと同じ。……しかし」
「何か気になることでもあるのか」
「御手合わせ願いたい」
「リリーシアと稽古中なんだが」
「あの、私、向こうから見てます」
『いいの?リリー』
「さっき、何をされたか全然分からなかったので。見たいです」
雪姫を仕舞って、パーシバルさんたちの方へ行く。
「リリーシアさん、良くさっきの攻撃避けられましたね」
「え?……うん」
イリスの方を見る。
ありがとう、イリス。
『リリーの反応速度が無かったら危なかったよ』
でも、教えてくれなかったら、髪の毛一本じゃすまなかっただろう。
隊長さんとムラサメさんの方を見ると、ムラサメさんが刀を抜いて構えている。
「参ります」
ムラサメさんが刀を振り降ろした瞬間。
隊長さんが、一瞬で鞘から刀を抜いて、振り降ろされた刀を弾く。
続けて、刀を相手の首に当てる。
「お見事です」
速い。
どうして、あんな一瞬で抜けるの?
的確に相手の刀を弾いて、急所を狙う。
全部、一瞬だ。
横から見ててもこんなに早いのに。目の前で、あの攻撃に上手く対処できるだろうか。
隊長さんとムラサメさんが刀を鞘に戻して、礼をする。
「あ」
ムラサメさんが、顔を上げると同時に刀を抜く。
その刀と、隊長さんの太刀が綺麗に交差する。
「続けるかい」
「いいえ」
刀を鞘に戻して、ムラサメさんが隊長さんに手を差し伸べる。
「異国の地で兄弟子に会えるとは思ってもみませんでした」
「兄弟子ねぇ。誰かと一緒に稽古なんざしてないが。若いのに免許皆伝なんてすごいじゃないか」
「十年以上修行に励みました」
「俺なんかよりよっぽど早いぜ」
十年以上修行の必要な技なの?
隊長さんって何歳?
「では、失礼します」
ムラサメさんがもう一度礼をして、三番隊を出て行く。
「そういえば、どうしてムラサメさんがここに?」
「リリーシアさんと隊長の稽古っすから。見物人はたくさん居るんっすよ」
「えっ」
周囲を見る。
今は、三番隊の人しか居ないみたいだけど。
「で?隊長との稽古はおしまいっすか?」
「え?えっと……」
もう少し、体を動かしたい。
「時間があったら、他の隊員と稽古して行きませんか?」
「お昼までだったら」
「じゃあ、演習用の武器で、よろしくお願いします」
「はい」




