34 いつも通り
ヴィエルジュの十五日。
ルイスはジニーとデート、キャロルは合唱団に参加する為に礼拝堂へ。
いつも通りのお休み。
栗のケーキ作りに取り掛かる。
と言っても、ケーキの生地は混ぜて焼けば終わりなのだけど。
栗をたっぷりと、レーズンと松の実。
材料を混ぜて、オーブンに入れる。
焼いている間に、栗のペーストを作ろう。
良い味になると良いんだけど。
……思ったより、早くできてしまった。
ケーキを冷ましている間、買い物に行ってこよう。
※
『どこ行くの?』
「服屋さん」
『ふーん。で、迷子な訳?』
「……そんなことないよ」
おかしいな。
イーストのこの辺に可愛い服屋さんがあったと思うんだけど。
『一度広場に戻って誰かに聞いてみたら?』
「うん」
そうしよう。
裏道って人通りが少ないし。
『リリー。そっちじゃないよ』
イリスに言われて、来た道を引き返す。
『いつになったら一人で王都を歩けるようになるの?』
「エルの家までは迷わないよ」
それから、マリーの家とシャルロさんの家も。
「わぁ、見て、イリス。可愛い家」
花がたくさん咲いている、二階建ての可愛い家。
『リリーが好きそうだね』
「うん」
花の妖精が飛んでる。
『あれ、リリーだ』
「こんにちは」
『こんにちは。迷子なの?』
「違うよ」
『迷子だろ』
そんなことないんだけどな。
「服屋さんを探してるの」
『それなら、一本向こうの通りにあるよ』
『目指してるとこか知らないけどね』
「ありがとう。行ってみる」
『じゃあね』
手を振って、妖精たちと別れる。
一本向こうの通り。あそこを曲がれば行けるかな。
『王都って妖精が多いよね』
「うん」
そういえば、グラシアルではあまり見かけなかったっけ。
『リリー。妖精が精霊と違う生き物だって知ってる?』
「えっと……。妖精は、植物の神様の力を持ってるんだよね」
『妖精とは種の守護者。一つの植物の種類につき一人存在する。たとえば、赤いチューリップの妖精は赤いチューリップと共に存在するんだ。赤いチューリップが世界から絶滅すれば妖精は消滅し、逆に、何らかの理由で赤いチューリップの妖精が死んでしまうと、世界から赤いチューリップは消えるんだ』
「じゃあ、あの妖精たちに何かあったら大変なの?」
『そうだよ。……まぁ、妖精に何かあることなんてないけどね。ボクらが傷つくことなんて、滅多にないんだから』
精霊も妖精も、顕現しない限り攻撃を受けることはないから。
『で?曲がらなくて良かったの?』
「あ、うん」
慌てて通り過ぎそうになった道を曲がる。
あった。服屋さん。
初めて行くお店だ。
中に入る。
「こんにちは」
「いらっしゃいませ」
可愛い服がたくさんおいてる。
キャロルに似合いそう。
「リリーシアさんですね」
「はい」
『知り合い?』
「えっと……。初めて会いますよね?」
「はい。けれど、有名なお方ですから存じておりますよ。少し、その服を見せていただいてもよろしいですか?」
「はい」
店員さんが、私の服の装飾に触れる。
「本当に素敵。……このレースはあの店のものを使っているのね。面白い使い方だわ。リボンやコサージュは手作りかしら」
「頭の飾りも同じ人が作ったものです」
「そうなの?……勉強になるわ。誰が作ったものかは秘密だったかしら」
まだ、言っちゃいけないのかな……。
「私と同じ、黒髪の女の子です」
「まぁ、そうなの。それで秘密なのかしら。これだけの腕を持っているなら、どこでも仕事ができると思うのだけど。……見せてくれてありがとう。何か探していた?」
「つけ襟を。キャロルにプレゼントしたいの」
「今、王都で流行っているものね。花の刺繍が入ったこちらはいかが?」
「可愛い」
どれにしようかな。
※
店員さんに選んでもらったのをいくつかプレゼント用に包んでもらって家を目指す。
広い場所に出れば迷わないから。
中央広場に出てから、サウスストリートを歩く。
『リリー、エルだ』
振り返る。
「エル?」
「ただいま」
えっと……。
「変装してる?」
「してないよ。瞳の色を変えてるだけ」
瞳の色を変えるだけじゃ変装って言わないんだ。
紅の瞳じゃないなんて、なんだかエルっぽくない。
「変装してるところ見てみたい」
「絶対嫌だ」
「?」
そんなに嫌なの?
『嫌なの?』
『この前もリック王子に遊ばれたものねぇ』
遊ばれた?
変装なんだよね?
「リリー、ランチは食べたか?」
「これから」
「良かった。エリーゼでキッシュも買ったんだ」
「エリーゼ?」
「パティスリーエリーゼ。目的はこれだったんだけど」
そう言って、エルが私に紙袋を渡す。
「開けて良い?」
「いいよ」
紙袋を開く。
「わぁ」
ピンクや黄色の、色とりどりのマカロン。
「美味しそう。ありがとう、エル」
嬉しい。後で食べよう。
包みなおすと、エルが紙袋を持つ。
そして、私の左手を掴む。
手を繋ぐの、久しぶり。
あ、でも。こんな目立つ場所で私と手を繋いでたら。
「いいの?エルだってばれちゃうよ」
「手を繋いでないとすぐに居なくなるのは誰だよ」
「え?」
どういう意味?
※
「ケーキ作ってたのか?」
「うん」
家の中は、まだ甘い匂いが残っている。
「そうだ。エル、少し味見してくれない?」
今朝の残りのスープを火にかけて、マロンペーストを詰めておいた絞り袋を、エルの指の上で絞る。
「何だこれ」
「マロンペースト」
エルがマロンペーストを舐める。
甘過ぎないかな……。
「美味い」
あ。大丈夫みたい。
「良かった。甘過ぎないか心配だったの」
じゃあ、マロンペーストをケーキの上に飾っても平気だよね。
エルが荷物を置いて、テーブルの上のケーキを見る。
「栗を練りこんだケーキ?」
「他にもレーズンと松の実を練りこんでるよ」
「美味そうだ」
キャロルも喜んでくれたら良いな。
※
あたためたスープを持って、エルの買ってくれたキッシュを食べる。
「美味しい。エリーゼってどこにあるの?」
「イーストだよ」
イーストのどこかにあるんだよね。
「リリー。今日の夜から出かける」
「出かけるって、王都の外に?」
「あぁ」
「ロザリーを探しに行くの?」
「いや、俺は探しに行かない」
行かないんだ。
「ねぇ、エル。アレクさんを外に出すことってできないかな」
「できるよ」
「本当?」
「今日、アレクを城の外に出すんだ。俺とリックが囮になる予定」
アレクさん、ロザリーを追いかけるんだ。
「良かった。このまま本当に追いかけなかったら、私、ロザリーを追いかけようと思ってたんだ」
「リリーが?」
「うん」
「本当に大人しくしてる気ないな」
「ちゃんとエルに相談するつもりだったよ」
だから、エルが帰って来るまで待ってたのに。
「だって。ロザリーはアレクさんのこと好きなのに、離れるなんて」
「俺はロザリーのことを知らないから何とも言えないけど」
そういえば、会ってないんだっけ。
「ロザリーは、黒髪にブラッドアイの自分が皇太子の傍に居ることはできないって、自分はメディシノだから治療を行わなきゃいけないって出て行っちゃったの」
「馬鹿だな。アレクがロザリーを婚約者にするためにどれだけ根回ししたと思ってるんだよ」
そっか。
剣術大会のことも全部、ロザリーの為だったんだ。
アレクさんは、ロザリーをちゃんと婚約者に迎えるために……。
でも。
「私もその気持ちわかるよ。自分じゃ相手を幸せにできないって分かってるのに、傍に居るのって辛いから」
「傍に居て」
―お願い。一緒に居て。
私はエルの気持ちをちゃんと聞けたから。
私も、エルと一緒に居たいと思ったから。
だからあの時、一緒に居ることを選んだ。
アレクさんとロザリーは、お互いにまだ知らないんだよね、きっと。
「エル、お願いがあるの」
「お願い?」
「少しでいいから、私の為に時間を使って」
「いいよ」
「寂しくなったら追いかけても良い?」
「だめ。良い子で待ってて」
まるで、子ども扱い。
いつまでこんなことが続くのかな。
私も、お城で働くなら、もっと一緒に居られるのかもしれない。
でも、文官なんて無理だから、武官なら……。
「ごめん。リリー」
ひどい。このタイミングで謝るなんて。
「追いかけて良いよ」
「え?良いの?」
「でも、絶対に一人で行動はしないこと」
「うん」
「危ないことはしないで」
本当に、心配性なんだから。
「エル、愛してる」
「愛してる」
言ったこと、忘れないで。
もう待って居たくない。




