29 時代の風
お城から出ようとしたところで、目の前に騎士が三人立ち塞がる。
「お出かけですか、アレクシス様」
「通してくれるかい」
「できません。国王陛下からのお達しです」
「それは困ったな。とても急ぎの用があるのだけど」
「アレクシス様。ご自身のお立場をお考えください。今、王都へ出かけるのは非常に危険です」
「オルロワール家に出かけるだけだよ」
「なりません。あそこが現在患者の隔離場所になっているのは把握済みです」
「私の元に情報が来ないようにしていたのは父上だったのかな。……しょうがない。リリーシア、ロザリーをオルロワール家へ連れて行ってくれるかい」
「はい、わかりました」
アレクさんが何かをロザリーに渡す。
「これは……」
「黒に変わるらしいよ。不安だったら使うと良い」
「……はい」
「ツァレン、シール。ロザリーとリリーシアの護衛を頼んだよ」
「御意」
「御意」
えっ?ツァレンさんとレンシールさん?
目の前に並んだ騎士の後ろ。城の外から声が聞こえる。
城の外で待機していたのかな。
……いつの間に、そんな指示を出してたんだろう?
「それじゃあ、執務室で大人しくしているとしようか。リリーシア。彼女を頼んだよ」
「はい」
『本当に大人しくしてるのか?あれ』
どうなんだろう……。
陛下に呼び出された直後に、お城の正面から出ようとするなんて。わざとらしい気がするけれど。
「ロザリー、行こう」
「はい」
ロザリーと一緒に、お城の前庭へ出る。
後ろからツァレンさんとレンシールさんがついて来る。
アレクさんの近衛騎士。
いつも居るのって、ツァレンさんとレンシールさんなのかな。
ヴェロニクさんも研究所で初めて会ったし。
会ったことないのは、常盤のグリフレッドさんと黒紅のローグバルさん。
他の人が居るから、ツァレンさんとレンシールさんを護衛につけたのかな?
「リリーシア、少し待ってもらえますか」
「うん」
ロザリーが、自分の目に何か垂らす。
ロザリーの瞳の色が、紅色から黒に変わる。
『アレクが作ったの?この目薬』
『エルだよ』
『エルって誰?』
「エルはアレクの弟でリリーシアの夫です」
『そうなんだぁ。錬金術師?』
「うん。錬金術師だよ」
「エルが、この目薬を作ってくれたんですね。エルもこの国の王子ですか?」
「えっ、」
「それならリリーシアはお姫様ですね」
「あの、違うの」
どうしてそうなるの?
アレクさん、エルのこと弟としか説明していないの?
助けて欲しくて、ツァレンさんとレンシールさんの方を見る。
「まぁ、良いんじゃないか?」
「主君にあれだけ不遜な態度を取れる人間が、王族じゃないと説明する方が難しい」
助けてくれない。
「あの、ロザリー。エルは王族じゃないの。でも、アレクさんとは兄弟みたいに仲が良いの。エルは、アレクさんのお姉さんの子供で……」
「エルは正確にはアレクの甥なんですね」
「ええと……」
あれ?これは正しいんだっけ?
『一番伝えなきゃいけないのってさ、血が繋がってないってことじゃないの?』
そうだ。
「エルはアレクさんと血は繋がってないの」
「はい」
「で、アレクさんのお姉さんの養子なの」
「そうでしたか。年が近いので弟と呼んでいるのですね」
「そう!そうなの」
『なんていうか。変わってないねぇ、ロザリー』
そういえば、ロザリーって。
いつから棺で眠り続けていたんだろう。
※
四人でオルロワール家へ行く。
「こんにちは、ロジーヌさん」
「リリーシア様。……ツァレン様、レンシール様と……」
「はじめまして。ロザリーと申します」
「ロザリー様ですね。本日はどのようなご用件でしょうか」
「隔離されている患者さんの所に連れて行って欲しいの」
「……申し訳ありません。あそこにご案内できるのは患者とご家族のみとなっております」
「主君の命令だ。どうにかならないか?」
「アレクシス様の……?かしこまりました。ご案内いたします。お怪我をされている方は……。リリーシア様、失礼ですが、その首のお怪我は……」
「あっ」
エルに噛まれたままだ。
「治療しよう」
レンシールさんが私の首に触れる。
魔法は青い光。
水の魔法だよね。
レンシールさんはたぶん、水の精霊と雷の精霊と契約しているんじゃないかな。
「それでは参りましょう」
ロジーヌさんに続いて歩く。
「大きなお屋敷ですね。オルロワール家というのも王族ですか?」
「オルロワール家は伯爵家だよ」
「貴族ですか」
「オルロワール家とは、ラングリオンの初代国王と共に、暴君であったアルファド帝国の皇帝を滅ぼし、この国の建国に携わった騎士の家系でございます。そして、オルロワール家は光の祝福の濃い家系としても知られております。その創始者は光の大精霊と特殊な契約を交わした為、現代でも光の精霊との親交が深いのです。初代の瞳が今のラングリオンの皇太子殿下同様、左右の瞳が違っていたのをご存知ですか?」
え?左右の瞳が違うって……。
「珍しい瞳ですね」
「右がコーラルオレンジ、左が碧眼であったと伺っております」
それってつまり。
オルロワール家の初代は、光の大精霊と瞳を交換したってことだよね。
「さぁ、到着いたしました。私も屋敷の中までご案内することはできません。屋内には研究所の方がいらっしゃるはずです。その方にご案内をお頼みいただけますか」
「はい。わかりました」
「それでは、失礼いたします」
ロジーヌさんが頭を下げて去る。
「リリーシア、ツァレン、シール。あなたたちも外で待っていた方が良いと思います」
「一緒に行くよ」
「来ても何も手伝えません。治療に手伝いは不要です」
「何も出来なくても傍に居るよ」
「リリーシア……」
「俺たちもお供するぜ。主君から護衛を頼まれてるんだ」
「右に同じ」
「私の仲間だと思われてしまうかもしれません」
仲間って……。
「私の治療方法は、決して誇れるものではありません」
吸血鬼と思われるから?
「病気が治ればみんなわかってくれるよ」
「すべての人が理解してくれるとは限りません」
『今まで、こっそり治療して逃げるってのを繰り返してたものね』
「ロザリー。……もしかして、治療を行うの、本当は不安なの?」
「いいえ。この病の治療の為だけに私は存在するんです」
治療の為だけ?
「違うよ。そんなことない。ロザリーはロザリーだよ。人を救うことが出来る力を持った私の友達」
「……友達?」
「だから、一緒に居る」
『リリーシア』
「何?」
『治療を見られて恐れられなかったことはないわ。ロザリーはそれをよく知ってる。あなたはロザリーがアレクを治療した姿を見て、怖くなかったの?』
「怖くないよ。だって、メディシノは完璧な治療者だって、私が知ってる精霊が言っていたから」
『精霊の言葉を信じるの?……人間が誰も信じなかったのに』
「精霊は嘘を吐かないよ」
『そうねぇ……。うん。ロザリー、大丈夫よ。きっと、時代は変わったんだわ。あなたが生きていた時代と』
「ルキア……」
「一緒に行っても良い?」
ロザリーが、頷く。
「はい。……本当は、不安なんです。悪魔と罵られることが怖い」
「大丈夫。悪魔なんて言わせない。私がちゃんと説得するよ」
「リリーシア。ありがとう」
「じゃあ、行こうか」
「はい」
扉を開く。
広いホールで、子供たちが走り回っている。
椅子に座って食事を摂っている人や、談笑している人。
とても病気の人たちが集まって居る場所には見えない。
「あれぇ。リリー。どぉしたの?」
「ユリア?どうしてここに?」
「錬金術研究所が人手不足だからぁ、私も手伝いに来たんだよぉ」
「感染してますね」
「……あれぇ。ばれちゃったぁ?」
「わかるの?」
「はい。匂いでわかります」
「えー。そんな匂いするかなぁ?」
「治療を行っても大丈夫ですか」
「治療?もう、治療方法が確立されたのぉ?」
「えっと……。ロザリーはこの病気を治せる人なの」
「ロザリーって言うんだぁ。私はユリア。よろしくねぇ」
「よろしくお願いします」
「じゃあ、重傷者から順に頼もうかなぁ」
「はい」
「ちょっと待っててねぇ」
ユリアがどこかに走って行く。
本当に、見た目には病気ってわからないよね。
『ここに居るのって、みんな患者なの?』
「そんな感じがします。多すぎて、全員かどうかはわかりません」
「匂いでわかるの?」
「はい。私は一年ほど治療を続けていましたから、慣れています」
「お待たせー」
「ユリア」
「許可貰って来たよぉ。重傷者の所に案内するねぇ。怪我人は居ないわよねぇ?」
ユリアが私たちを見る。
「リリーのそれはぁ?」
「えっ?えっと……」
「ふふふ。これつけてあげるねぇ」
ユリアがハイネックのつけ襟を私の首につける。
「ありがとう……」
「面白い装飾です。後で見せてもらっても良いですか?」
「可愛いでしょぉ?ロザリーにもあげるねぇ。今、つけ襟にはまってるんだぁ」
そう言って、ユリアがもう一つ出してロザリーにつける。
「ふふふ。黒い髪には、やっぱり白だよねぇ」
「あなたも、黒い髪に嫌悪感を抱きませんか」
「そうだなぁ。王都でもまだまだ差別はあるけどねぇ。私はエルのブラッドアイも、リリーの黒髪も好きだよぉ」
「エルは吸血鬼種なんですか?」
「違うよぉ。金髪にブラッドアイだもん」
「聞いたことがありません。ブラッドアイは必ず黒髪です」
「んー。会えばわかるんじゃないかなぁ」
そういえば、エル、お城に居るのにロザリーと会ったことないって言ってたよね。
「重傷者は個室で輸血を行ってるのよぉ。ついて来てぇ」
ユリアに続いて、ホールの奥の扉に進む。
「輸血?」
「血液を失った人へ、同じ血液型の血を投与する治療方法だって」
ジニーがそう説明していた。
「そんなことができるんですか」
「私も詳しくは知らないけどぉ。そうみたいねぇ」
『ねぇ。あんなに元気な人たちを患者と呼ぶってことは、この病気について詳しい人間が居るの?』
どう説明すれば良いかな。
『人間がいろいろ調べた結果だよ。これが病気ってことも、血液感染するってことも、汗と思われていたものが血液だってことも』
『死人が出る前に調べたって言うの?』
『そうみたいだね』
『それだけ優秀なら、メディシノに頼らない治療方法の確立もできそうね』
『そうだね』
「まずはこの人からねぇ」
ユリアが扉を開く。
中には、ルイスと同じように赤い管で輸血中の人が、ベッドの上で横になっている。
「寝てるみたいだねぇ。……そういえばぁ、治療に必要な道具って持ってるのぉ?」
「はい」
「何か手伝おっかぁ?」
「いいえ。大丈夫です。ルキア、顕現して」
『うん』
ルキアが顕現する。
「わぁ、真空の精霊だぁ。人と契約してるなんて珍しいねぇ」
『ロザリーは私のパートナーだもの。さ、始めよっか』
「はい」
ロザリーが患者に近づいて、その首に顔を寄せる。
「んん?……あの子、何してるのぉ?」
「治療だよ」
「んー……。本物の吸血鬼……?」
「違うの。ロザリーはメディシノって呼ばれている、この病気を治療できる人なの」
「治療ができる人?そんなのどこから連れて来たのぉ?」
えっと……。
「アレクさんが、探したのかな?」
「アレクシス様が?」
そういえば、どうしてアレクさん、棺を移動させたんだろう?
メディシノのことは知らなかったみたいだよね?偶然?
「メディシノって、メディシノ王国のことぉ?ロザリーは、あの国の生き残りなのぉ?」
「えっと……」
その辺、詳しく知らないんだよね。
「終わりました」
ロザリーが顔を上げてこちらを見る。
「完治したの?」
「はい。プリーギを取り除けば、すぐに良くなります」
「じゃあ、もう輸血も必要ないのかなぁ……?ちょっと詳しい人に聞いて来るねぇ」
「次の患者はどこですか?」
「この廊下の並びにある個室全部だよぉ。輸血のこと聞いて来るからぁ、順番に回ってくれるぅ?」
「はい、わかりました」
「じゃあ、よろしくねぇ」
そう言って、ユリアが部屋を出る。
「ユリアも、私の治療法を見て怖がりませんでした」
『そうねぇ』
「治療を続けましょう」
隣の部屋へ移動する。
ここの患者さんは起きてるみたいだ。
「こんにちは」
「ん?検査の時間か?」
「いいえ。治療に来ました」
「治療?」
「彼女は、この病気を治せる医者なんです」
「アレクシス様が連れて来たのか?」
「……はい」
なんでわかったんだろう?
「ツァレン様とレンシール様がいらっしゃるってことは、そうじゃないのか?」
「主君が探し当てた、病を確実に治せるお医者様です」
ツァレンさん?
「そうだったのか」
「少し痛いですが、治療しても構いませんか?」
「あぁ、頼むぜ」
ロザリーが患者に近づく。
「どうか動かずに居てください」
「わかったよ」
ロザリーが、首に噛みつく。
と、同時に悲鳴が上がる。
『ロザリー、まだよ』
手伝わなくて大丈夫かな……。
患者さんは、大人しくしていてくれるみたいだけど……。
『完了!』
ロザリーが口を離す。
「終わりました」
「えらく変わった方法だな」
「あの……。怖くありませんでしたか」
「治療なんだろ?」
「はい。これで病原はすべて取り除かれたので、すぐに良くなります」
「あんたも大変だな。……ほかの連中も頼んだぜ」
「はい」
次の部屋へ。
「あ、リリーシアさん」
「こんにちは」
えっと、三番隊の人だよね。
「どうしたんですか?こんなところに」
「この病気のお医者さんの付き添いをしてるの」
「この人が、アリシアさんですか?」
「え?違うよ」
姉妹と思われたのかな。
『リリーとロザリー、顔は全然似てないのにね』
「私は、あなたの病を治療するために来ました。少し痛いですが、治療を行っても構いませんか」
「はい。是非お願いします」
ロザリーがルキアと一緒に患者さんのところに行って治療を行う。
さっきの人と違って悲鳴は上がらなかった。
『はい。完了』
「終わりました」
「ありがとうございます。案外簡単な方法ですね」
「え?」
「あ、すみません。治療してる方は大変ですね。血に触れても大丈夫なんですか?」
「はい。私は感染しないんです」
「それは良かった。どうか無理はしないでくださいね」
「……ありがとうございます」
みんなで部屋を出る。
……出た後、ロザリーがその場にうずくまる。
「ロザリー?」
慌てて、しゃがんでロザリーの背を撫でる。
「大丈夫?」
「……はい」
「無理してない?どこかで少し休もう」
「休む場所がないか聞いてこよう」
レンシールさんが走って行く。
「待ってください、大丈夫なんです。違うんです……」
聞かずに、レンシールさんは行ってしまう。
「どうしたんだ?」
『こういうの、慣れてないんだよねぇ?』
どういうこと?
しばらくして、嗚咽が聞こえてきた。
泣いてる?
「メディシノが……。治療で感謝を言われることはありません」
ロザリー……。
「だから、嬉しくて。こんなこと、望んだことがないので……」
「ロザリー。どうして、あなたたちはそこまでして、治療を続けるの?」
『プリーギの撲滅は、真空の大精霊の願いなの』
「願い?」
『真空の大精霊が契約した相手との契約内容だから』
『真空の大精霊と魔王の契約ってこと?』
『知ってるの?氷の精霊のくせに』
『聞いたんだよ。知り合いの真空の精霊から』
『真空の精霊は、契約者なしに地上に存在できないのよ』
『契約して地上に存在してる精霊が居るんだよ』
『真空の精霊が、魔王の眷属以外と契約するなんて』
えっと……。エルはブラッドアイだから、魔王の眷属になるんだよね。
『その真空の精霊の名前を教えて』
『嫌だよ。直接会えば良いだろ』
『誰と契約してるの?』
『そのうち会うよ』
「ルキア、治療を続けましょう」
「休まなくて大丈夫?」
ちょうど、レンシールさんが戻って来た。
「休むなら離れを出て、オルロワール家に戻った方が良いようだ」
「ありがとう、シール。でも、もう大丈夫です。治療を続けましょう」
「君が無理をすると主君が心配される」
「大丈夫です。無理はしていません」
ロザリーが微笑む。
「行きましょう」
※
重症患者の治療を終えて、ホールに戻る。
「あ、終わったのぉ?」
最初に来た時と同じように、ユリアがホールの入り口で座っている。
「はい。重症患者の治療は終了しました」
「ありがとぉ。じゃあ、次は私が頼もうかなぁ」
「はい」
「ちょっと待ってねぇ」
ユリアが立ち上がる。
「みんなー、注目してー」
ユリアの大声に、ホールに居た人が集まってくる。
「この病気を治療してくれる人を、アレクシス様が探してくれたのぉ」
ホールがざわつく。
「でもぉ、この治療方法ってぇ、少し変わってるのよぉ。私が治療してもらうからぁ、みんな見ててねぇ」
ユリアがロザリーの前に行く。
「少し痛いと思います」
「大丈夫よぉ」
ロザリーが、ユリアの首に噛みつく。
その様子を見た人たちから、小さな悲鳴が上がる。
「吸血鬼……?」
「吸血鬼だ」
「黒髪の……」
『完了よ』
ロザリーがユリアから口を離す。
「ありがとう、ロザリー。なんだかすっきりしたわぁ」
「……はい」
「ってわけでぇ、病原を吸いだしてもらいたい人は、ここに並んでねぇ?」
ホールがざわついてる。並んでくれる様子はない。
どうして?
「ロザリーは、この病気を完璧に治療できる人です」
ホールの人たちが顔を見合わせる。
「だから、怖がらないでください。この病気は、病原を吸い出せばすぐに良くなります」
どうしよう。
「お姉ちゃん」
あ。この子……。
この前、礼拝堂前の広場でボール遊びをしていた子だ。
「僕を治してくれる?」
「やめてっ、うちの子に触らないで!」
母親らしき人が走り寄ってくる。
「ママ、僕、痛いのなんてへっちゃらだよ」
「危険よ」
「だってアレクシス様が連れて来た人だよ」
「でも……」
「治療を行えば必ず治ります。どうか、治療させていただけませんか」
「ママ、僕、早く治して家に帰りたいよ」
母親が子供を抱きしめたままうなだれる。
「本当に治療なんですね?」
「はい。彼の感染は軽微なので、すぐに終わります」
「お願いします」
母親がその子を離す。
そして、ロザリーがしゃがんで、男の子の首に口をつける。
「……あぁ。月の女神様、この子をお守りください」
『はい、完了よ』
「終わりました」
「え?もう終わったの?」
「はい。完治しました」
母親がその子を抱きしめる。
「本当に……?」
「はい」
「僕、もう家に帰って大丈夫?」
「んー。病気が完治しても、予後を観察したいから、もう少し残ってもらいたいのよねぇ。もう一日我慢できるぅ?」
「うん。わかった」
「すぐに帰れるようになると思うからぁ。ママと待っててねぇ?」
「はーい」
「ありがとうございます」
「いえ、私は……」
「さ、次々治療しなくっちゃねぇ」
「え?」
「子供が先だよぉ!小さい子から順にこっち来てねー」
「リリーシア、私……」
『泣いてる暇はないわよ、ロザリー。メディシノはあなたしか居ないんだから』
「……はい」
※
夕方になって、ユリアが今日はここまで、と強制的に終了させた。
患者さんはまだ居たけれど、ロザリーの負担が大きすぎるから。
明日もう一度来ることを約束して、ロザリーはツァレンさん、レンシールさんと一緒にお城へ帰る。
「リリーシア様。本日はオルロワール家にお泊り下さい。キャロル様もマリアンヌ様のお部屋にいらっしゃいます」
キャロルはマリーと一緒に居るんだ。
それなら安心かな。
「ルイスは研究所?」
「おそらく」
「あの、錬金術研究所に行っても良いですか?」
「構いませんが……。ロザリー様のことは、研究所には伝えてはいけないとお達しを受けております」
「え?」
どうして?
『アレクはきっと、薬の開発をさせたいんだよ。だから自分が感染したって言って、研究所の連中を焚きつけたんだろ』
「そっか……」
だからあんなことしたんだ。
『リリーは口が軽いんだから。今日は大人しくしてたら?』
「……うん。わかった。研究所に行くのはやめます」
「そうしていただくと助かります」
「でも、今日は家に帰ろうと思います」
『なんで?』
「マロングラッセの様子が気になるの」
『マロングラッセ?』
「まだ作ってる途中だから……」
「ご夕食だけでもご一緒されてはいかがでしょうか」
そっか。もう、そんな時間なんだっけ。
「はい。お願いします」
「では、こちらへどうぞ」




