28 この上なく場違い
『アレク、なんであんなことしたんだ』
「薬が開発されれば済む話しだよ」
そのままアレクさん、ツァレンさんと一緒に研究所を出ると、隊長さんが居た。
「ガラハド」
「殿下、お話しがあります」
「急を要することかな」
「本日中にお時間を頂けますか」
「じゃあ夕方においで。時間を空けておこう」
「ありがとうございます」
隊長さんが礼をして去る。
何の用事かな。
「じゃあ、帰ろうか」
アレクさんに続いて、お城を目指す。
「リリーシア。君は、セルメアの古い言葉に精通しているようだね」
「はい」
「最近、遺跡から発掘された文献で、面白いものが見つかったんだ」
「面白いもの?」
「見たこともない古い言葉で書かれた文献。言語学者に調べさせたら、セルメアの古い言葉と、ほとんど同じ言葉で書かれた文献であるとわかった。発見されたのはドラゴン王国時代の遺跡なのに、不思議だと思わないかい」
「時代が全然違いますよね」
「そう。ドラゴン王国時代が終焉を迎えたのは、およそ二千年前。セルメアの古い言葉のルーツはメディシノ王国の言語にある。メディシノ王国は、およそ千年前から五百年前に栄えた王国と言われているからね」
メディシノ王国が滅びたのって五百年前なんだ。
「今から千四百年ほど前に建国されたアルファド帝国初期の公用語は、ドラゴン王国時代の言語であることがわかっている。それが長い歴史の中で変遷をたどって、現在のラングリオンの言葉の原形に変化していった」
ラングリオンの古い言葉は、アルファド帝国後期の言葉だ。
「オービュミル大陸の多くの言語は、同じようにドラゴン王国時代の言葉を基礎としていることがわかっているんだ。でも、セルメアは全く違う言語を基礎としている。その原因は、メディシノ王国の言語がドラゴン王国時代の言語を基礎としていないからだ。けれど、最近の研究で、メディシノ王国も建国当初はドラゴン王国時代の言語、もっと正確に言うと、当時のアルファド帝国と同じ言語を使っていたことが分かっているんだよ。……お疲れ様」
アレクさんが城門の兵士に声をかける。
「お帰りなさいませ。アレクシス様」
堀の氷を切り出す作業はもう行ってないみたいだ。
城門をくぐる。
「ツァレン、父上に報告を頼むよ。私が感染したことは言わなくて良いからね」
「御意」
ツァレンさんが先を歩く。
「アレクさん、平気ですか?」
「平気だよ」
「薬がすぐに出来るからですか?」
「すぐに出来ると良いね」
あれ?すぐにできるって期待してないの?
「話しの続きをしようか」
「あの、アレクさん。さっき、アレクさんが居ない間にユールに聞いたことがあるの」
「何かな」
「光の勇者に滅ぼされた魔王は、元々プリーギの病気を真空の精霊と一緒に治療していた医者で、悪魔になった吸血鬼は魔王の眷属で、みんな病気の治療者だったんです。でも、治療方法が……」
「エルが行ったような治療方法で、危険なんだね」
「はい。でも、衝動が起こらない魔王の眷属が居て、それがメディシノなんです」
「メディシノは黒髪にブラッドアイなのかな」
「……少なくともブラッドアイのはずです。プリーギに感染しない血を持っているのは、ブラッドアイって言ってたから」
「感染しない血……。そうか。教えてくれてありがとう」
「今も、メディシノが居れば……」
「さっきの話しに戻ろう。メディシノ王国は、およそ千年前の建国初期、アルファド帝国と同じ、ドラゴン王国時代の言語を話していたと言ったね」
「はい」
「けれど、メディシノが滅びる直前の言葉は明らかにドラゴン王国時代の言語をルーツとしていないものだ。それが今に続くセルメアの古い言語であり、メディシノ王国の国名の由来になった言葉でもあるんだ」
「……え?なんか、変じゃないですか?」
「どこが変かな?」
「メディシノは、セルメアの古い言葉で医者を表すんです。建国初期はドラゴン王国時代の言葉を使っていたなら、メディシノっていうのは……」
「スタンピタ・ディスペーリ・セントオ・メタスタード」
「えっと……」
それもセルメアの古い言葉なら……。
「封印・解除・中心・転移?」
『リリー、わかるの?』
「え?……だって、セルメアの古い言葉だから」
『リリーの変な趣味が、こんなところで役に立つなんて』
「博識だね」
『古代語は全く覚えようとしなかったのに』
「古代語は難しいし、イリスがわかるから勉強しなくても大丈夫でしょ?」
『もうっ』
アレクさんが笑う。
「今のは、ドラゴン王国時代の遺跡で新しく見つかった転移の魔法陣を使うための言葉らしいんだ」
「え?」
「エルとカミーユは、その魔法陣の調査に出かけていたんだよ。この言葉をどこで知ったのかは、まだ報告を受けていないけれどね」
『たまたま知ってる人間に会ったんだよ』
「知ってる人間?」
「あの、今の言葉って、セルメアの古い言葉じゃないんですか?」
『違うんじゃない?』
「違ってて、正解だ」
「?」
『どういうこと?』
「メディシノ王国は、おそらくドラゴン王国時代に使われていた、現代には残っていない言葉を復活させたんだ」
「現代には残ってない言葉……?」
「そう。ドラゴン王国時代に使われていた、もう一つの言語。メディシノ王国は、その言葉を復活させて公用語にした。それなら、さっきの疑問に答えが出るだろう。メディシノという言葉は、もともと存在した言葉からとったものなんだからね」
そっか。
医者を意味する言葉を自分たちの国名にしたんだ。
「何故この言語を復活させたのかはわからないけれど。もしかしたらプリーギが関係しているのかもしれない」
「プリーギ。……どうしてプリーギってつけたのかな。浄化って意味なのに」
こんなに怖い病気が、どうして浄化なの?
「お帰りなさいませ。アレクシス様、リリーシア様」
お城の中をずっと歩いて来たのは、皇太子の棟。
扉を守ってる人、もう私の顔覚えてたのかな。
アレクさんが扉を開いて、中に入る。
ベランダを抜けて、渡り廊下を渡って宝物塔へ。
そして、宝物塔の階段を上る。
『どこ行くの?』
「上だよ」
外周に沿った階段をぐるぐる回る。
一つ目の扉は、たぶん私がこの前侵入した三階の部屋だろう。
ってことは、二つ目に見かけた扉は、四階の部屋だったんだよね?
三つ目の扉の前でアレクさんが止まる。
「五階?」
「そうだよ」
ノックをして、アレクさんが扉を開く。
「ただいま」
扉を開いた先に居たのは……。
「アレク。おかえりなさい」
「クロエ」
「リリーシア、来てくれたんですね」
服を作っている途中のクロエが立ち上がる。
「座ってくれるかい。コーヒーでも淹れよう」
「あ、私がやります」
アレクさんが豆引きにコーヒー豆を入れたところで交代して、豆を挽く。
『本当に何でもやるよな、アレクって』
そうだよね。
王都で蔓延している病気を知るために直接研究所に行ったりするぐらいだから。
「アレク、何か変です」
「変って?」
「……嫌な感じがします」
「具体的には?」
「なにか……。思い出せそうな気がするんですけど……」
挽きたての豆と水差しの水をサイフォンにセットして、ランプを用意する。
『手伝おう』
炎の精霊がランプに火をつけてくれた。
「ありがとう」
「リリーシア。聞きたいことがあるんだ」
「なんですか?」
「クロエは何色に見える?」
「え?」
クロエの方を見る。
「銀色です」
『え?クロエって魔法使いなの?』
「たぶん……」
「精霊の声を聞いたことは一度もないけれどね」
「え?でも……」
この光。
魔法使いだよね?
銀色の精霊って、今まで一人しか見たことがないけど……。
「アレク、何の話しですか?」
「クロエの記憶に関係があるかもしれないんだ」
「記憶?」
「本当ですか?」
何の話し?
「クロエは記憶喪失なんだよ。本当の名前もわからない。クロエというのは私がつけた名前だからね」
「そうなんだ……」
サイフォンのコーヒーが湧いて、ランプの火を消してかき混ぜる。
「クロエ。真空の精霊を知らないかい」
「真空の精霊?」
そう。
銀色の精霊は、私が今まで一度しか見たことのない精霊。
真空の精霊、ユールだけ。
「うーん……」
できあがったコーヒーをコーヒーカップに注ぐ。
「じゃあ、メディシノという言葉に覚えは?」
「メディシノ……。どこかで……」
え?
『ねぇ、もしかしてクロエって……』
黒髪にブラッドアイ。
真空の精霊と契約している魔法使いって。
まさか?
「もしくは、スタンピタ・ディスペーリ・セントオ・メタスタードという言葉に」
「スタンピタ・ディスペーリ……。あ、あぁっ」
「クロエ?」
頭を押さえるクロエを、アレクさんが抱える。
「アレク……」
クロエは目を閉じて、アレクさんにしがみつく。
『今の言葉ってさ、確か……』
「封印・解除?」
―「私……」
あれっ?今の言葉、ドラゴン王国時代の言葉?
―「私は……」
クロエ?
「大丈夫かい」
「私の名前は、」
クロエが、顔を上げる。
「ロザリー」
それが、本当の名前?
「ロザリー。……ようやく名前が聞けたね」
「あぁ……。アレク。私が治します。待っていて下さい」
ロザリーが立ち上がる。
「ルキア、ここへ来て」
ロザリーの呼びかけで、真空の精霊が現れる。
やっぱり、魔法使いだったんだ。
『ロザリー。目覚めたのね』
「久しぶりです、ルキア」
『あれぇ?どうしてこんなところに居るの?』
真空の精霊が首を傾げる。
『っていうか、現代語が解るの?』
?
「はい。アレクに教わりました。……お願い。今すぐアレクを治療しなければいけないんです。手伝ってください」
『その口調、どうにかならないの。やりにくいなぁ。……まぁ、いいわ。手伝ってあげる。さぁ、やりましょうか』
「アレク、少し痛いかもしれません」
「構わないよ」
アレクさんが首元を解いて、首筋を出す。
そこに、ロザリーが口を近づけ……。
噛みつく。
そして、ルキアが魔法を使う。
『あんまり感染は広がってないみたいねぇ』
これ……。
『エルと同じ方法みたいだね』
「うん……」
『完了っ』
アレクさんの首の怪我は酷くない。ほとんど傷跡も目立たないみたいだ。どうやったんだろう?
「これで大丈夫です」
『さぁ、逃げるわよ』
「え?」
ルキアが顕現を解いて、扉に向かって飛んで行く。
「待って、ルキア」
「ありがとう、ロザリー、ルキア」
『えっ?』
ルキアが驚いて、アレクさんを見る。
『感謝されたのなんて初めてじゃない?あなた、吸血鬼が怖くないの?』
「怖くないよ。それに、ロザリーは吸血鬼じゃないだろう」
『そうだけどぉ』
「アレクは、私を助けてくれた人です」
『え?』
ルキアが首を傾げている。
『色々、整理しきれないんだけどぉ?』
「ロザリー。君はメディシノだね」
「はい。アレク、他にも感染者が居るんですね」
「居るよ」
「どうか、治療を行わせてください。……私は、この日のために生きていました。いつかまた治療者が必要になる日が来るまで、棺に封印されていたんです」
「棺?」
「あれです」
ロザリーが指した先にあったのは、ガラスの棺。
「私は、おそらく中途半端な目覚め方をしました」
「記憶を失っていたのはそのせいかな」
「はい」
『もしかして、ロザリーが目覚めたのって、今じゃなかったりする?』
「はい。私が最初に目覚めたのは……」
「ジェモの二日だよ」
「ジェモの二日?」
グラシアルの女王が崩御した日。
「大地震があった日。地震のせいで棺がゆがみ、棺の扉が開いたんだよ」
『開いたの?まぁ、どうせ開くのは簡単だっただろうけど……。でもぉ、ロザリーには強い眠りの呪いがかけられて……』
言ってる途中で、ルキアが咳払いをする。
『眠りの呪いは解いたけど、もう一つの封印は今まで解けなかったってことね』
「そのようだね」
『おっかしいなぁ。棺に書いてあるはずなんだけど』
ルキアが棺を眺める。
『ほら、やっぱり書いてあるじゃない。棺の中に』
「え?」
みんなでガラスの棺の傍に行く。
全面ガラスの棺の内側、ガラスを繋いでいる金色の棒に、何か文字が彫ってある。
セルメアの古い言葉で……。
「封印解除の呪文を唱えろ?」
「気づかなかったな」
「こんなところに書いてある文字、読めません」
『ちゃんと調べてよぉ』
これはちょっと、探しにくい。
でも、ガラスに書くわけにもいかなかっただろうし。ここに書くしかなかった?
何かメモでも持たせてあげれば良かったと思うんだけど……。
「それに、記憶を取り戻す前の状態で読めたかどうか自信がありません」
「ドラゴン王国時代の言葉が母国語のようだけど。セルメアの古い言語に関してはうろ覚えのようだったね」
『記憶がなくても、封印を解く役目を負った人が居たと思うんだけど……。っていうか、なんでこんなところにあるの?』
「私が持ち出したからだよ」
『持ち出した?ここ、どこ?』
「ラングリオンだよ」
『待って。ちょっと地理を思い出すわ。ロザリーが居たのは、竜の山の近くだったはずだけど』
竜の山って、ラングリオンの南西にある山だよね?
ラングリオン、セルメア、クエスタニアに囲まれた場所で、どこの国にも属さない山。
『ここ、ラングリオンのどこ?』
「ラングリオン北部、アルマス地方の王都」
『王都ぉ?竜の山から結構遠いはずよね?』
「その、王城の中。皇太子の棟の宝物塔の五階だよ」
「皇太子?」
『……ちょっと待ってよ、あなた、なんて名前?』
「アレクシス」
『ええっ?』
「あの……、アレク。私も意味が解らないです。どういうことですか?」
あれ?もしかして、ロザリー。アレクさんが皇太子って知らない?
「ロザリー。君は目覚めた時、最初に私を王子と呼んだね」
「はい」
「君の言う通り、私はラングリオンの王子だ」
「アレクは、騎士だと言っていませんでしたか?」
「ラングリオンにおいて、皇太子とは一等騎士を指す。だから騎士で間違いないよ」
「騎士とは誰かを守る為に存在するはずです。王子とは守られる対象ではないですか」
「それなら、君が私の守るべき相手になってくれるかい」
「守るべき相手?」
「私は、この生涯をかけて君を守る騎士となりたい。ロザリー。私が君の傍らに居続けることを許してくれるかい」
アレクさんがロザリーの手を取って、手の甲に口づける。
「君に愛を誓う」
「……私、……私は、」
「返事は急がないよ。やることもたくさんあるからね。君の力を借りたいんだ」
「……はい。治療が、私の役目です」
『国の皇太子まで感染してるってことは、もう末期なの?この国』
「そんなことはないよ。まだ死者の報告は受けていない。さぁ、行こうか」
えっ、と……。
『リリー、突っ立ってないで、回れ右して扉を開いて』
「あっ、うん」
イリスに言われた通り、振り返って扉を開いて、階段を……。
『リリー!上に行ってどうするの!』
「……ごめん」
慌てて下に向かう。
アレクさんとロザリーの笑い声が聞こえた。
『転ばないようにね』
「うん」
壁に手をついて、早足で階段を下りる。
あぁ、ドキドキした。
『リリーが言われたわけでもないのに、いつまで赤面してるの』
「だって……」
本当に、物語みたいな告白シーンだったんだから、仕方ない。
アレクさんって本当に王子様みたい。
……王子様なんだけど。
『なんか邪魔しちゃったね』
「うん」
あの場に私が居て良かったのかなぁ……。
でも。
アレクさんとロザリーがちゃんと結ばれますように。
「剣術大会、絶対に勝たなきゃ」
『え?』
「あ」
『リリー、まさか、剣術大会に出るつもりなの?』
口が滑った。
「お願い。エルには言わないで」
『信じられないよ、もう。リュヌリアンを取り上げられて、まだあきらめてなかったの?』
「だって、アレクさんとロザリーに幸せになってもらいたい」
『剣術大会に誰が出るか知ってるの?』
「強い人がたくさん出るってわかってるよ」
『当たり前だろ!』
「怒らないで、イリス」
『本当、大人しくしてられないよね、リリーって』
「ごめん……」
『まぁ、リリーの強さなら、結構勝ち進めると思うよ』
「ありがとう」
『本当にエルに黙ってるの?ばれるんじゃない?』
「たぶん大丈夫」
『変装でもするの?』
「そのつもりだよ」
『武器はどうするの』
「雪姫を使うよ」
『エルにばれるよ。エルはリリーが刀持ってるって知ってるからね』
知ってるんだ。
「じゃあ、何か違うのを考えないと……」
何にしようかな……。
宝物塔を出ると、ベランダにエミリーさんが居た。
食事の準備をしているみたいだ。
『そういえば、もうお昼だね』
「あの、何か手伝いますか?」
「ちょうど準備が整ったところです。食後はコーヒーと紅茶、どちらをご用意いたしましょうか」
「あ」
『そういえば、コーヒー、飲まずに置いてきちゃったね』
振り返ると、アレクさんとロザリーが一緒に宝物塔から出てきた。
アレクさんがトレイに乗せたコーヒーを持ってる。
持ってきてくれたんだ。
「お食事の準備が整いました」
「ランチの時間か」
「はい」
「エミリー、私、自分の名前を思い出しました。ロザリーと申します」
エミリーさんが微笑む。
「それは喜ばしい事です。ケーキでも焼きましょうか」
「本当ですか?……でも、今日は忙しいんです。食事が終わったら、私はやらなければいけないことがあります」
「では、しっかりとお食事を摂って下さいね。さぁ、どうぞ」
エミリーさんに勧められて、みんなで席に着く。
『ロザリー、すっかり馴染んでるのねぇ』
「一つの季節を一緒に過ごして居るからね」
『あれ?そういえば、どうして私の声が聞こえるの?私、顕現してないのに』
「ルキアの声は、私とリリーシアに聞こえるよ。そういう力があるんだ」
『そういえば王族って特殊な力があるっていうものねぇ。……ってことは、この子も王族なの?』
「え?私は違うよ」
『違うの?……なんていうか。変わった人に囲まれてるのねぇ、ロザリーって』
『一番変わってるのは、どう考えてもロザリーだと思うけどね』
『そーお?』
「?」
イリスの声、ロザリーには聞こえないんだよね。




