25 アウトブレイク
ヴィエルジュの十一日。
ランチが終わった後、お店に行って店番をする。
キャロルは買い物に出かけて、ルイスは相変わらず研究室にこもりっぱなし。
食事の時には顔を出してくれるけれど、それ以外はずっと研究室。
お店には、何人か昨日と同じようなことを聞きに来る人もいたけれど、同じ説明を繰り返すだけで研究所に向かってくれたみたいだ。
こういうの、珍しくないのかな。
みんな、病気はすぐに研究所の人が解決してくれるって信じてるんだよね。
でも、この病気って王都でだけ流行ってるのかな?
買い物に行っていたキャロルが帰って来た。
「街中でも噂になってるみたい。変な病気」
「汗が止まらない病気?」
「えぇ。同じような病気の人が研究所に行って、検査を受けてるみたいよ。命にかかわるものじゃないって言われてるけれど……。感染してる人が増えているみたいなの」
「流行ってるのって王都だけなの?」
「王都で流行ってるなら近隣の街でも流行ってるんじゃないかしら。王都には冒険者がたくさん来るから……」
人の流れが多いってことは広がりやすいってことだよね。
エルとカミーユさん。出先で病気にかかってないと良いけれど……。
「ルイスは、研究室から出てこないまま?」
「うん。ずっと何かしてるみたいだよ」
「そう……」
キャロルがため息を吐いて、奥の部屋に入る。
心配なんだよね。
ルイス、この病気のことを何か知ってるのかな。
※
扉が開く音が聞こえて、顔を上げる。
「いらっしゃいませ」
「リリー。久しぶりだな」
『久しぶり』
「アリシア!リウム!」
思わず、カウンターから立ち上がる。
「どうして?」
お店に入って来たのは、銀髪に碧眼の私の姉と、妖精の姿をした氷の精霊、リウム。
アリシアが私の目の前まで来る。
「元気そうで良かった。エルロックは?」
「エルは、その……」
「黄昏の魔法使いが死んだという噂を聞いたんだ」
「え?グラシアルまで広まってるの?」
「グラシアルまで届いているかは知らないが。旅の途中で聞いたから慌てて来たんだ」
「死んでないよ」
「そうか……。良かった」
アリシアが私の頭を撫でる。
私の心配もしてくれてたのかな。
「でも、死んだふりはしてるんだ」
「死んだふり?」
「上手く説明できないんだけど、死んだことにしなくちゃいけなくって」
アリシアが笑う。
「相変わらず変わったことをしてるんだな。王都に居ないのか?」
「カミーユさんと一緒に出掛けてる。十五日までには帰って来ると思うよ」
「カミーユも居ないのか……。あいつにも用があったのだがな」
「そうなの?」
『アリシア。グラシアルの情勢は伝えないのか?』
「教えて。あの後、どうなったの?」
「だいたい予定していた通りに事が進んで、大事なく収束した。グラシアル女王国は、女王をティリシア、姫をメルリシアにし、共和制を目指すことになった」
「ティリシアって、龍氷の魔女部隊の隊長の?」
「そうだ。ティリシアは女王と魔女部隊の隊長を兼任している。女王が急に居なくなるのは得策ではないから、しばらく彼女とメルに頑張ってもらうことになったんだ。現在、二人は新生女王国の外交大使として、諸国に挨拶回りをしているんだよ」
『アリシアはメルリシアに付き添っていたが、途中でエルロックの噂を聞いて先にラングリオンに来たんだ』
「えっと……。ラングリオンまで挨拶回りに来る予定だったの?」
『恩人のいる国だからな』
「グラシアル女王国は、この先も友好的な関係を築く相手として重要視しているよ。剣術大会の時期に来る予定なんだ」
「そうなんだ。メルに会うのも久しぶりだな」
「国賓の扱いだから、メルに会うのは大変かもしれないが」
「一国のお姫様だもんね。えっと……。皇太子殿下にも会いに行く?」
「もちろん。謁見はするだろう」
「なら、会えるかも」
「どういうことだ?」
「アレクさんと知り合いなんだ」
「知り合い?……確か、この国の皇太子はアレクシスという名前だったな」
「うん。アレクさんはエルの、お兄さんみたいな人だから」
「……あいつは王族なのか?」
「違うよ」
「もともと良くわからない奴だと思っていたが。更にわからなくなった」
私はラングリオンっていう国自体が、まだ良くわからない。
「アリシアは、メルが来るまで王都に居るの?」
「あぁ。私はもともとカミーユの研究チームに呼ばれていたんだ。だから、メルと合流するまで、しばらく研究を手伝おうと思ってたんだが。当てが外れたな」
「それって転移の魔法陣の研究?」
「詳しいな」
「うん。カミーユさんが言ってたから。カミーユさんは居ないけど、セリーヌたちは居るはずだから行ってみたら?」
「室長が不在でも研究活動は行ってるか。……そうだな。行ってみるとしよう」
『リリーシア。イリスが見当たらないようだが』
「イリスはエルと一緒に居るよ」
「またか」
そういえば、エルがセルメアに行った時も、イリスはエルに着いて行ったよね。
「イリスを取られて良いのか?」
「だって、イリスは……」
後ろの扉が開く。
「ルイス」
「リリーシア。出かけてくるね」
「どこに行くの?」
「錬金術研究所」
「え?」
「研究所は私も用がある。案内してもらえると助かるんだが」
「……誰?」
「私の姉のアリシア。……こっちは、エルの養子のルイス」
「はじめまして。アリシアだ」
アリシアが手を差し伸べる。
「はじめまして。握手は傷に触るから、今は控えさせてください」
「傷?」
火傷の痕、包帯を巻いたままだ。
「良く効く薬をやろうか?」
「大丈夫です。研究所に行くなら案内します。……リリーシア。僕が戻れなかったら、明日からお店はお休みにして」
「え?どういうこと?」
「少し時間がかかるかもしれないんだ。カミーユと話したいことがあるし」
「カミーユは居ないんじゃなかったのか?」
「え?」
「エルと一緒に、王都の外に出かけてるの」
「エルまで居ないの?……まずいな。いつ帰って来るかわかる?」
「十五日までには帰ると思うけど……」
「わかった。アリシアさん、行こう」
「待って。……教えて欲しいの。どうして行くのか」
だって……。
「言わなきゃだめ?」
「教えて」
ルイスがため息を吐く。
「王都の流行病について調べてたんだ」
「やっぱり」
病気について何か知ってると思ってた。
「流行病?」
アリシアは着いたばかりだから知らないのかな。
「最近になって急に流行った病気。熱もないのに、汗が出続ける病気みたい」
「違う。あれは汗じゃない。体から流れ出るものの主成分は、血液なんだ」
「え?血液?」
「……つまり、流行病の感染者は、常に血を流し続けている状態だと?」
「そう。人間は血液の大半を失うと死ぬ。急いで研究所に知らせて、患者に増血剤の投与をした方が良い」
ずっと研究室に居たルイスが、病気に関してそこまで詳しいってことは、やっぱり……。
「ルイスも感染してるの?病気に」
「……感染してる」
「汗って、」
「今も出てるよ。僕の場合は背中。体にタオル巻いてるからなんとかなってる」
全然気づかなかった。
「感染しても見た目には元気なようだな」
「平気だよ。体にじっとり張り付く感じが気持ち悪いぐらいで。だらだら流れてない分、ましかもね」
「大丈夫なの?」
「貧血の対策は取ったよ」
「ルイス、血液に関することなら私の得意分野だ。協力しよう」
「アリシアさんって錬金術師なの?」
「カミーユの研究チームを手伝うことになっていたんだ」
「それは頼もしいね。リリーシア、キャロルをお願い」
「わかった」
「じゃあ行くよ」
「リリー、また来る」
『それでは』
リウムは相変わらず礼儀正しい。
「いってらっしゃい」
「いってきます」
血が流れ続ける病気って……。
どういうことなんだろう。
それって、ものすごく危険な病気じゃないの?
アリシアも居るし、エルとカミーユさんも十五日には帰って来るはずだから……。
きっと、大丈夫だよね?
「……」
このまま、お店を閉めちゃおう。
看板を閉店にして、扉に鍵をかけて台所に行くと、キャロルがぼーっとコーヒーを飲んでいる。
ずっと元気ないな。
「あ、リリー」
「大丈夫?」
「うん」
「お店、閉めてきちゃった」
「え?もう?」
「エルもルイスも居ないから、良いよね?」
キャロルが苦笑する。
「そうね。どこかに出かけるの?」
「キャロルに見てもらいたいものがあるんだ」
戸棚から、蓋をしていないブリキの丸い缶を出す。
「何?これ」
中には布でくるんだケーキが入っている。
昨日、ケーキを乾かさないように冷ます為にくるんでおいたのだ。
布ごと取り出して、中身をキャロルに見せる。
ドライフルーツとスパイスをたっぷり練り込んだフルーツケーキ。
「今朝の匂いの正体って、これ?」
やっぱり甘い匂い、残ってたよね。
「このケーキを熟成させようと思って」
「熟成?」
昨日、酒屋さんで買ったラム酒を出す。
ラム酒をお皿に入れて、刷毛でケーキにラム酒を染み込ませる。
「数日置きに、こうやってラム酒を塗るんだ」
「いつまで?」
「一月ぐらい」
「そんなに?悪くならないの?」
「大丈夫。熟成させればさせるほど美味しくなるんだ」
「面白いケーキね」
「エルがちゃんと帰ってきたら、みんなで食べようと思って」
キャロルの顔が笑顔になる。
「それってすごく良い案だわ。私もやってみて良い?」
「うん」
キャロルが刷毛でラム酒をケーキに塗る。
「楽しい」
「塗り終わったら、一緒にアップルパイを作ろう」
「本当?」
「うん。たくさん作ろう」
「そうね。たくさん作って、明日配りましょう」
刷毛で万遍なくラム酒を塗ったケーキは、ブリキ缶の中に入れて、しっかり蓋をしておく。
「じゃあ、準備しようか」
「えぇ。何から始めるの?」
「私はパイの生地を作るから、キャロルは林檎を切ってくれる?」
「……もしかして、リリーって林檎も切れない?」
「うん」
「じゃあ、一緒に練習しましょう」
「えっ、あの……」
「ほら、一緒にやりましょう」
「……うん。教えてくれる?」
「もちろん」
キャロルと一緒に林檎を切って、切った林檎は砂糖をまぶしておいて。
アップルパイの為のパイを作る。
涼しいからパイを作るのには向いた季節だ。
何か、気を紛らわせたいことがある時は、体を動かしていた方が良い。
砂糖をまぶしておいた林檎から水分が出てきたら、鍋を火にかける。
焦がさないようにじっくり炒め煮をして、最後にシナモンパウダーを絡めておく。
「ルイス、今日帰って来るのかしら」
どうなのかな。
帰らないかもしれないって言ってたけれど……。
「なんだか避けられてるみたい」
「え?」
「こんなの初めて」
「キャロル……」
たぶん、ルイスは自分が感染してるって気づいてたから、避けてたんだ。
「私……」
「キャロル、色んな形を作ってみない?」
「色んな形?」
「オーソドックスなのは格子状だけど、サブレの型で型抜きして、飾ってみない?」
お花の形や葉っぱの形を包んだパイの上に飾れば可愛いと思う。
「素敵ね。……うん。色々作ってみましょう」
良かった。少し、元気になってくれたかな。
※
夜になって、キャロルが寝て。
部屋に置いておいたマロングラッセの鍋を持って来て、砂糖を加えて火にかける。
待っても待っても、誰も帰ってこない。
ルイス、大丈夫かな……。
何もないよね?
きっとすぐに薬が開発されて、皆の病気は良くなるんだよね?
……エル。
お願い。
早く帰って来て。




