22 侵食
ヴィエルジュの十日。
昨日からずっとルイスが研究室にこもっているので、キャロルと交代で店番をしている。
と言っても、お菓子の本を読んでいる方が長いけれど。
栗のケーキ、どんなのにしようかな……。
本を見ながら写したレシピを眺める。
せっかくだから、栗をたくさん混ぜ込んだケーキを焼こう。
他にもレーズンと松の実を入れようかな……。
それに栗のペーストを絞って、マロングラッセを飾ろう。
栗のペーストのレシピは、やっぱりこれかな……。栗の甘さにも寄るけれど。甘くなり過ぎたら、好みでかけるようにすれば良いよね。
マロングラッセは、もう作り始めないと。
んー。
それから、このケーキ。
これも作ってみようかな……。
「リリー、店番替わろうか?」
「キャロル」
丁度良かった。果物屋さんに栗が置いてないか見て来よう。
書き写したレシピをまとめて仕舞って、本を閉じる。
「ちょっと買い物に行って来ようかな。……ルイスは?」
「ずっと研究室から出てこないわ。エルみたい」
確かに。
「補充の必要な薬なんてないわよね?」
「うん」
「エルから課題を出されてるわけでもないのに、こんなに長い間研究室にこもるなんて、変よ」
「心配なの?」
キャロルが頷いたところで、お店の扉が開く。
「いらっしゃいませ」
「エルロック居ないか?」
「え?……居ませんけど」
「そうか……」
エルが死んだって思ってる人、どれぐらい居るのかな。
少なくとも、お店の常連さんはちっとも死んだとは思ってないみたいだ。
「どうかしたんですか?」
「いや、大したことじゃないんだが。……エルロックが帰ったら教えてくれ」
「エルは、その……」
「いや、わかってるんだが。熱もないのに、汗が引かないって、病気なのかと思ってな」
「?」
熱もないのに、汗が引かない?
「待って、ルイスなら病気に詳しいかも」
キャロルが後ろの扉を開いて、奥の部屋に行く。
「あの、どういうことですか?」
「言ったままだよ。数日前から暑くもないのに汗が出てな。水分はこまめにとるようにしてるんだが、熱もないのに汗が出るのも変だろ?他に変わったところもないんだが……。どうも、汗の量が日に日に増えてるみたいで……」
「おじさん。錬金術研究所に行って」
「ルイス」
ルイスとキャロルが戸口に立っている。
「新種の病気かもしれないから、調べてもらった方が良い」
「新種の病気だって?」
「ほら、去年だって変な病気が流行ったじゃない。カミーユが作った薬で皆良くなったよね?」
「そういえば、あれも去年の秋だったな」
流行病?
「今年も何か変わったのが流行るのかもしれないから」
「あぁ、そうだな。わかった」
お客さんがお店を出て行く。
「汗が酷いだけなんて、病気なの?」
「同じようなことを聞いてくる人が居たら、同じ説明をして」
「わかったわ」
「良いけど……」
「じゃあ、僕は研究室に戻るよ」
「ルイス、ずっと研究室に閉じこもって、何作ってるの?」
「作ってないよ。研究」
「何の研究?」
「内緒」
そう言って、ルイスが奥の部屋に戻る。
「変ね」
「……うん。変だね」
何を作っているの?
※
キャロルと店番を変わって、雪姫を背負ってイーストの果物屋さんを目指す。
礼拝堂の広場の近くにあるはずなんだけど……。
どこかな。
広場を歩いていると、ボールが転がって来た。
「おねーちゃーん、とってー」
転がって来たボールを拾って、走って来た子供に渡す。
「ありがとう」
にっこりほほ笑んだ男の子は、転んだのか膝をすりむいている。
「転んだの?大丈夫?」
「大丈夫だよ。これぐらいへっちゃらさ」
男の子はボールを持って、子供たちの輪に戻って行く。
汗だくになって走り回るなんて、とっても元気。
広場を歩いていると見慣れないワゴンが出ている。
何かな。
「いらっしゃい」
大きな鉄板で焼いているのって……。
「焼き栗?」
「味見するかい」
店員さんが一つ手に取って私にくれる。
「わっ」
熱いっ。
……店員さんが笑ってる。
落とさないように息を吹きかけながら冷まし、ひびの入ったところから割って食べる。
「美味しい」
甘くてほくほくしてる。
「今年の初物だよ。一袋、蓮貨二枚でどうだい」
「二袋下さい」
「まいど」
蓮貨四枚を渡すと、店員さんが焼きたての栗を詰めてくれる。
「栗ってもう、売ってますか?」
「あぁ。売ってるよ。そこの果物屋にも売ってるはずだ」
この通りの先にあるのかな。
「ありがとうございます」
お礼を言って、焼き栗屋さんのワゴンの裏にある道を進む。
歩いていると、三番隊の人たちが歩いて行くのを見かけた。
決闘をしてた人を連行中かな?
相変わらず忙しい。
……果物屋さん、どこかな。
秋の空は、とても高く感じる。
気温は春に近く感じるのに、乾いているせいかとても涼しく感じる。
紅葉っていつ見られるのかな。
エルと一緒に見られますように。
「リリーシアさん。こんなところで何やってるんっすか」
「パーシバルさん」
「ここ、イーストの裏道っすよ?」
「果物屋さんを探してるの」
「果物屋?もっと広い通りっすよ。案内しますから、ついて来てください」
あれ?道、間違えたのかな。
「お願いします」
パーシバルさんについて歩く。
「まさか本当に迷子だったとは思わなかったっす」
「え?」
「うちの隊の連中が言ってたんですよ。イーストの裏道でリリーシアさんを見かけたって」
「もしかして、探しに来てくれたの?」
「見回りもありますからねー」
探しに来てくれたんだ……。
「あんまり一人で出歩かないようにって言ったじゃないっすか」
「……ごめんなさい」
ムラサメさんにも言われたっけ。
あ。そうだ。
「あのね、パーシバルさん、私が剣術大会に出るって、誰にも言わないで欲しいの」
「誰にも言ってないっすよ。言わないでって言ってたじゃないっすか」
あれ?そうだったっけ。
「でも、みんなリリーシアさんが参加するって思てるみたいっすよ」
「え?」
「ほら、リリーシアさんって誰とでも決闘するじゃないっすか」
「えっと……」
「フェリックス王子と戦ったって話しも聞きましたよ」
どうして、王都ってすぐに噂が広まっちゃうんだろう……。
そういえば、アヤスギさんとムラサメさんも私が剣術大会に出場すると思ってたよね。
「見たかったなぁ。フェリックス王子との決闘。あの人も強いらしいっすからね」
「強かったよ」
肩を切られてしまったし。
「ルイスは大丈夫っすか?」
「え?」
「堀に落ちたって聞いたんで。見舞いに行きたいんっすけど、ちょっと忙しいんっすよね」
「大丈夫だよ。すぐにシャルロさんの家に行ったし、風邪もひかなかったみたい」
「良かった。変な風邪が流行ってるみたいだから心配してたんっすよ」
「変な風邪?」
「熱も出てないのに汗が止まらないっていう」
「え?」
お店に来た人が言ってたのと同じ?
「それって、新種の病気ですか?」
「新種の病気?」
「ルイスが似たような症状の人に、今年の流行病かもしれないから錬金術研究所に連れて行った方が良いって言ってたから」
「流行病っすか。それじゃあ、同じ病気の人を見かけたら、研究所に行くように言っておきます。三番隊の隊員も結構やられてるんっすよねー。カミーユさんが早く薬作ってくれると良いっすけど」
「カミーユさん、今はエルと出かけてるから王都に居ないはずだよ」
「いつ帰って来るんすか?」
「十五日には帰ると思うけど……」
「早く帰って来てくれると良いっすねー」
カミーユさん、頼られてるんだな。
「そういえば、堀の氷ってどうなってるの?」
「錬金術研究所のナルセス教授が、堀の水質調査に使うからそのままにしろって言ったらしくて。溶かさずに、氷を切り出して調査してるらしいっすよ」
ナルセス教授って、ジニーの上司だったっけ?
水の専門科って言ってた気がする。
「果物屋はここっすよ」
あった。前にも来たことがある場所。
ここからはアリス礼拝堂前の広場も見えるし、焼き栗のワゴンも見える。
……私、どれだけ遠くまで歩いてたんだろう。
「何を買うんっすか?」
「栗を買いに来たの」
パーシバルさんが笑う。
「焼き栗持って栗買いに来たんっすか?」
「えっと……、ドライフルーツとか、ほかにも買うものはあるんだよ?」
「なんかリリーシアさんらしいっすね。帰りはサウスストリートまで送りますよ」
「大丈夫。広場も見えてるし」
「広場からここまで来れなかった人が何言ってるんっすか。ちゃんと送ります」
言い返せない……。
あ。そうだ。あのケーキに使いたいものがもう一つあったんだ。
「あの、もう一軒寄りたいところがあるんだけど……」
「良いっすよ。王都中、どこでも案内します」
「お酒屋さんに行きたいの」
「了解っす」
※
色々お世話になっちゃった。
パーシバルさんにサウスストリートまで送ってもらい、エルの家に帰る。
「おかえりなさい、リリー」
「ただいま、キャロル。焼き栗買って来たの。一緒に食べよう」
「もう売ってたの?……良い匂い。ルイスも呼んでお茶にしましょう」
「うん」
お店の扉が開いてお客さんが入ってくる。
「いらっしゃいませ」
「ねぇ、エルかルイスは居る?少し相談したいことがあるの」
キャロルと顔を見合わせる。
「それって、もしかして汗が出続ける病気ですか?」
「知ってるの?」
「あのね、今年の流行病かもしれないから、研究所に行ってみて」
「あぁ、そういうことなの。わかったわ、ありがとう」
お客さんが出て行く。
「今日はこの話しばっかり。今の人で五人目よ」
「パーシバルさんが、三番隊の人もかかってるって言ってたよ」
「なんだか急に流行り出したわね」
「うん……」
なんだか怖いな。
エル、早く帰って来て。




