21 真実はどこへ
マリーの家は大きくて目立つから迷わない。
門をくぐって扉まで歩くと、中からメイドさんが出てくる。
「いらっしゃいませ、リリーシア様」
「こんにちは。ロジーヌさん」
ロジーヌさんは、オルロワール家のメイドさんだ。
良く顔を合わせる。
「先にアルベール様にお会いになりますか?」
「はい。お願いします」
「では、こちらへ」
ロジーヌさんに案内されて、歩く。
お城とは違った雰囲気だけど、ここもすごく広くて、一人では絶対に歩けない。
「リリーシア様がお見えになりました」
ロジーヌさんが扉を開いた部屋に入る。
応接室なのかな。
「こんにちは」
「あぁ、座ってくれ」
「はい」
アルベールさん。
マリーと少し似てる。金髪と、コーラルオレンジの綺麗な瞳。コーラルアイは、光の精霊の祝福が強い家系の男性に現れる瞳の色だ。
アルベールさんの向かいに座ると、アルベールさんは広げていた書類を片付けて、私に豪華な飾りつけのされた箱を差し出す。
「?」
「開けてみな」
宝石箱だよね?
外側だけでも、上等な宝石がいくつか埋め込まれている豪華な箱だ。
箱を開く。
「ティアラ……」
エルが私にくれたティアラだ。結婚式の時に着けたもの。
家で保管するには高価すぎるものだから、オルロワール家で預かってもらってる。
「せっかくだから箱を作ったんだ」
「あの、どうして?」
「上等な宝石には上等な衣装が必要だ」
確かに……。
エル、箱は要らないって、そのまま持ってきちゃったから。
「結婚祝いだよ」
良いのかな……。こんなに素敵な箱。
「エルの奴、ちっともうちに顔を出さないからな」
エルってアルベールさんとも仲が良いの?エルの知り合いって多すぎて、誰とどれぐらい仲が良いのかわからない。
「ありがとうございます」
「これ、アレクに預けても良いか?」
「え?どうしてですか?」
「君は剣術大会中、アレクの隣に居ることになってるんだ。隣に居る女性にこれをかぶせておけば、みんなリリーシアだと思うだろ?」
そうだ。エルは、私がアレクさんと一緒に見てるって思ってるはずだから。
「はい。お願いします」
「じゃあ、アレクに渡しておこう」
っていうか。
アレクって呼び捨てにしてるってことは、アルベールさんとアレクさんは仲が良いんだよね。だから、エルとも仲が良いのかな。
「どうぞ」
ロジーヌさんが、目の前に紅茶とお菓子を出す。
ショコラだ。
「うちのショコラティエのショコラだぜ」
一つ手に取って食べる。
「美味しい。すごく香りが良いです」
「だろ?」
紅茶の風味がある。
「それじゃあ、本題と行こうか。本当に剣術大会に出場するつもりなのか?」
「はい」
「なら、オルロワール家の名代として……」
「いいえ。ちゃんと予選を勝ち抜きます」
最初からそう決めていたから。
「対戦相手が増えれば増えるほど、ばれるリスクが上がる」
「問題ありません。予選でばれるようなら、本選には出られないと思います」
「予選に参加する奴は本選に出場するような上品な連中ばかりじゃない。ルールもなしに襲い掛かって来るぞ。本当に怪我をしかねないんだ」
「アレクさんは予選から参加してます」
「アレクに対抗意識燃やしてるのか?」
「少なくとも、同じ条件で勝ち上がれるだけの力があるって、証明したい」
全然相手にされなかったから。
「君は騎士の家系なのか?」
「え?……違います」
「根っからの戦闘タイプだよな。エルなんかのどこに惚れたんだよ」
えっと……。
どこって言われても困るかも。
私が好きなのは。
「エルらしいところ」
アルベールさんが笑いだす。
「そりゃあ良い。マリーにも見習ってもらいたいもんだ」
え?
「これがトーナメント表だ」
アルベールさんがトーナメント表を出す。
「もう作ってるんですか?」
予選だって始まっていないのに。
「今回の大会参加予定人数は二十八名」
「そんなに居るんですか?」
本当に大きな大会なんだ。
「一ブロック七名で、全部で四ブロックある。二ブロックずつ二日に分けて大会を行い、勝ちあがった四名が最終日に決勝を行う」
勝ち抜き戦のトーナメント表には、すでに貴族の名前が並んでいる。
大会初日、午前に行われるブロックのシードはアレクさんの名代だ。
「貴族枠は十八名」
「十八?」
半分以上?
「今年の一般参加枠の募集は十名だけだ」
トーナメント表の、名前が書いていないところだけってこと?
「ちなみに、例年予選には百名以上参加する。これを聞いても予選から参加するって言うのか?」
「予選は勝ち抜き戦ですか?」
「勝ち抜きだが、場合によっては何度も対戦できる」
「?」
「強豪同士の対戦だった場合、審判のジャッジで、もう一度敗者が参加できる仕組みになってるんだ。その日負けても、内容が良ければ次の日の予選にも参加できるんだよ」
でも、十人に絞る為の予選で、敗者復活はあまり望めないよね。
「勝てば良いってことですよね?」
アルベールさんが溜息を吐く。
「引く気はないんだな」
「はい」
「アレクから君の支援を頼まれてるんだ。紹介状を渡す。紹介状を持ってバロンスの朔日に受け付けをすれば、予選の参加がバロンスの五日からになる」
序盤の予選が免除されるってこと?
「いえ、私、」
「強いなら途中から参加しろ。どうせ審判のジャッジで勝ち上がるんだから。アレクもそうした。戦力差のありすぎる人間が予選の初めから参加したところで、ただの弱い者いじめなんだ。冷やかしで参加してるような連中も多いんだからな」
「……はい」
「勝ち上がれば、君には二日目午後に行われるブロックに参加してもらう予定だ。アレクの名代と、オルロワール家の名代とかぶらないように割り振らせてもらうよ」
三日目の決勝に、アレクさんの名代、オルロワール家の名代、私が揃えば理想的だよね。
もう一人居れば良いんだろうけど……。
あ。
「あの、もしムラサメさんって人が勝ち上がったら、別のブロックにしてもらえませんか?」
「ムラサメ?」
「黒髪で刀を持った異国の剣士です。あの人の目的も、アレクさんの婚約者じゃないから」
「わかった。名前を見かけたら別のブロックにしておこう」
どれぐらい強いかわからないけれど、別のブロックに味方になってくれそうな人が居ると心強い。
「それから、うちの武具と防具を貸す。好きなのを持って行って良い。……って言いたいところだが。君が着れるような防具がうちにあったかな」
防具か……。私のは倉庫にしまいっぱなしだ。しばらく身に着けてない。
エルにばれちゃうから、あれは着られないだろうけれど。
「武器はこれを使います」
雪姫。
「エルにばれても良いのか?」
「エルは私が刀持ってるなんて知らないと思います」
「どうかな。知ってるかもしれないぜ」
誰かから伝え聞いたりするのかな……。
「武具保管庫に行こう。ロジーヌ、鍵を用意してくれ」
「はい。ティアラはいかがいたしましょうか」
「あぁ、しまっておいてくれ」
「かしこまりました」
ロジーヌさんがティアラの箱を持って部屋を出て行く。
そうだ。マント。
この前のマントを出して、アルベールさんに渡す。
「これ、アレクさんに渡してもらえますか?」
「リック王子を連れて行った女剣士のだって?」
「はい」
「マリーが迷惑をかけたな」
「いえ……。私も王子様だったなんて知らなくて……」
「ラングリオンでは決闘は個人の権利で礼儀だ。たとえ王族が相手だろうと、殺さない限り文句は言われない」
「そうなんですか?」
だから日常的にあんなに決闘が起きるの?
「王族に喧嘩売る奴なんてそうそう居ないが」
……そうだよね。
「バロンスの朔日から剣術大会が終わるまでは決闘は禁止だ。破って守備隊に捕まれば、大会が終わるまで牢屋から出て来れないから気をつけるようにな」
「はい」
気をつけよう。
「でも、俺も誰のことかわからないんだよな。その女剣士」
「アレクさんの名代じゃないんですか?」
「アレクの名代は……。まだ名前を聞いてないな。出場させるのは決まってるから枠は取ってあるが」
名代じゃないのかな?
「金髪ロングで碧眼の女なんて、どこにでも居るからな。近衛騎士じゃないなら誰かは分からない。……まぁ、アレクも身辺に何人か増やしたようだが」
「増やした?」
「メイドとか」
新人っぽいメイドって。
「クロエ?」
「会ったのか?」
「はい」
やっぱりクロエのことなんだ。
「え?本当に会ったのか?黒髪にブラッドアイのメイドに?」
あれ?アルベールさんにも言っちゃいけなかった?
「会わせるとは思ってなかったけどな」
「?」
どういう意味だろう?
「あれは、アレクが婚約者にする相手だ」
「婚約者?」
ってことは。
「クロエはアレクさんの恋人なの?」
「そうなるな」
アレクさんとクロエが恋人?
……そうだったんだ。
言われてみればそうなのかも……?
「剣術大会でアレクの名代が勝てば、アレクは吸血鬼種の娘を婚約者にするつもりなんだ」
だからクロエの存在は秘密にしておかなきゃいけなかったのかな。その割に書斎に普通に居たけど。
「まぁ、伝説の名言を使うんだろうけど……」
「伝説の名言?」
「君は知らないか。剣術大会っていうのはなんでも願いを叶えてもらえる分、変わった願いが多くてな。……その中でも最も有名な願いがあるんだけど。まぁ、楽しみにしてたら良い」
どんな願いなんだろう?
「まぁ、この話しは置いておいて。……君にも話しておこう。アレクは今回の話しを、婚約者騒動から吸血鬼種の差別の話しにすり替えて、吸血鬼種への迫害をやめさせる機会にしようとしてるんだ」
「え?……どういうことですか?」
「わからないか。アレクは、あれで結構頭が良いんだ。問題をすり替えて押し通すことが上手いんだよ」
問題をすり替えて押し通すって。
そういえば、この前、私が皇太子の棟に侵入するって時も、いつの間にか私が絶対侵入しなくちゃいけない話しになってたっけ……?
「アレクは今、貴族連中に出自の分からない吸血鬼種らしき女性の陰を噂として広めて、剣術大会への参加を煽ってる。貴族枠の参加者が多いのはそのせいだ」
「大会に参加する人が多ければ多いほど、アレクさんは勝ちにくくなって困るんじゃないんですか?」
「困らないよ。参加したってことは、負ければアレクに従うってことだ」
「そうなの?」
「これは決闘だからな。勝者の言葉に従わなければならない」
決闘なんだ……。
「アレクが負ければ、アレクは大人しく貴族の差し出した婚約者を受け入れるだろう。ラングリオンの皇太子に婚約者が出来ることは国にとって喜ばしいことだ」
「好きな人と結ばれないなんて可哀想」
「好きな人、ねぇ。……アレクは皇太子だ。将来の王妃が吸血鬼種だと、この先多くの敵を作ることになる。吸血鬼種への偏見と迫害はラングリオンでも根強い問題だ。だから、王家に忠誠を誓い、アレクに心酔している人間であればあるほど、吸血鬼種をアレクの婚約者にすることに反対なんだ」
黒髪でブラッドアイに生まれただけなのに……。
「アレクは今回の大会で吸血鬼種への問題へ真っ向から取り組もうとしてるんだ。貴族連中も、負ければ吸血鬼種を王室へ入れる事に反対が出来なくなる。そして吸血鬼種を王室に入れるということは、この先吸血鬼種を差別することができなくなるってことだ。差別すれば王権を揺るがしかねないことになるからな」
なんだか全部ひっくりかえってしまうんだな。
あれ?
「えっと……。クロエを婚約者にすることが目的ではないの?」
「最初に言っただろう。アレクは今回の話しを、婚約者騒動から吸血鬼種の差別の話しにすり替えて、吸血鬼種への迫害をやめさせる機会にしようとしてるんだって。皇太子が吸血鬼種を婚約者にしようとしてるって噂は、今や国中に轟いてる噂なんだぜ。嫌でもみんな考えるだろ。だから問題提起は終わってる。後は剣術大会で勝って、実際に婚約者を仕立てあげて……」
「あの、クロエが好きだから婚約者にするんじゃないの?」
「クロエを本気で婚約者にするとは思えないけどな。だって、会ったんだろ?クロエに」
「はい」
二人は仲良さそうだったけれど……。
「……」
アルベールさんが私を見る。
「ちょっと、待ってくれ。クロエってどんな人だった?」
「え?……えっと、ちょっと変わった人?」
「変わった人って?」
「お菓子を作れるのに料理を作れないっていうのは変だって言われて……」
「何の話しだ?」
えっと……。
「ショコラティーヌを知らなかったみたい」
「は?」
「この国の人じゃないみたいで……。あ、この服を作ってくれたのもクロエです」
「なんだって?」
あれ?もしかして、アルベールさん、クロエのこと全然知らない?
「少し、疑ってたんだけどな……。実在するのか」
「?」
どうしたんだろう?
「いや。気にしなくて良い。……ロジーヌの奴、遅いな」
そういえば、戻って来ないよね。
「武器庫に行くか」
「はい」
アルベールさんと一緒に応接室を出て、廊下を歩いていると。
マリーとロジーヌさんが居るのが見えた。
「お兄様!」
「マリー。何をそんなに怒ってるんだ?」
「リリーは私と約束していたのよ。いつまでも拘束しないで下さる?」
ロジーヌさんがマリーの後ろから現れて頭を下げる。
「申し訳ございません」
「マリーに見つかったのか。ロジーヌ」
「リリーは私とランチの約束をしたのよ」
「そうだったな。……悪かったな、リリーシア。続きはまた今度にしよう」
「何の話しをしていたの?」
「リリーシアに鎧を仕立てるって約束をしてるんだ」
「鎧?」
「結婚祝いにね」
そんな話しだったっけ?
っていうか、結婚祝いって、あのティアラの箱じゃなかった?
「リリーって変なものを欲しがるのね」
「あの……」
欲しがったわけじゃないんだけど……。
「暇な時に家に来てくれ。ロジーヌが取り計らってくれる」
「はい」
「リリー、行きましょうか」
「うん」




