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旧作3-2  作者: 智枝 理子
序章
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Conte de Fee

 見渡す限り、砂と星しかない世界を二人の旅人が歩く。

 一人は、長い黒髪を二つに結んだ輝く黒い瞳のリリーシア。

 もう一人は、短い金髪に紅の瞳を持ったエルロック。

「綺麗だね」

 エルロックと手を繋いで歩くリリーシアが、満天の星空を見上げる。

「さっきからずっと同じ景色だろ」

「そうかな。同じに見えないよ」

「だから、迷子になるんじゃないのか?」

 リリーシアが、輝く黒い瞳をエルロックに向けて頬を膨らませる。

「ひどい」

 もう何度も見た愛らしい顔に微笑んだエルロックが、リリーシアの頬を指で突く。

「可愛い」

 うっすらと頬を赤く染めたリリーシアが俯く。

「エルのばか」

 何度言われても慣れることが出来ずに、リリーシアは、いつも同じ言葉を繰り返してしまう。

 これも慣れたやり取りだ。

「砂漠で迷わない方法を教えてやるよ」

 リリーシアが顔を上げると、エルロックは天を指す。

「空には必ず、地上を眺め続けてる星があるんだ」

「地上を眺め続けてる星?」

「星のリラはわかるか?」

「うん。天の河を挟んで、アルテアと並んでる星だよね?」

「天の河?……あぁ、グラシアルではそう呼ぶのか。確かに川にみたいだな。あれ」

 二人が眺めているのは、複数の星がきらきらと輝く光の帯。それは、空に浮かぶ光の大河のようでもある。

「ラングリオンでは呼び方が違うの?」

「サンティユモンって呼ばれてる」

「そうなんだ」

「じゃあ、天の河の中で光ってるアリデッドはわかるか?」

 リリーシアが頷いて、空を指でなぞる。

「リラとアルテアとアリデッドで夏の三角形だよね」

「そう。リラとアリデッドを結んだラインを軸に、アルテアと線対称の位置にあるのがポラリスだ」

「え?ポラリス?」

「北の見守り星。これもグラシアルでは違う呼び方なのか?」

 リリーシアが首を横に振る。

「同じだよ。ポラリスって……。星の名前と同じだったんだ」

「今さら気づいたのかよ」

 全身をローブで覆った王都の占い師をリリーシアは思い出す。

「他の星は移動するけど、あの星だけは常に同じ位置に居る。砂漠でも海でも、昼でも夜でも。だから、あの星を見失わない限り、迷うことはないんだぜ」

「じゃあ、あの星を目指して歩けば良いの?」

「いや。今目指してるのは西だから……」

「西ってどっち?」

 エルロックがため息を吐く。

「俺から離れるな」

「……はい」

 説明を諦めたエルロックに、リリーシアが素直に頷く。

 彼は今、ポラリスが北にあると説明したはずなのだが。迷子の彼女は、今歩いている方角が西であることすら気づいていないらしい。

「エル。私も星のお話しを教えてあげる」

「星の話し?」

「うん。リラとアルテアの物語。知ってる?」

「知らない。教えて」

「リラはね、植物に水を上げるのが仕事のお姫様で……」

「またお姫様か」

 エルロックの言葉に、リリーシアは口を閉ざす。

 彼が物語に興味が無いことぐらい、リリーシアは知っていたのだが。そのことを失念していたのだ。

 一方で、前にも同じことがあったのを思い出したエルロックは早々に謝罪する。

「悪かったよ。続きを教えて」

 彼が続きに興味があるとは思えない。

「アルテアはね。生物に神の知識を与えるのが仕事の男の人なんだよ」

「神の知識って?」

「火を起こすこととか、畑を耕すこととか、道具を作る事とか……」

「面白いな」

 珍しく乗り気なエルロックに、リリーシアは機嫌良く語りはじめる。

「アルテアも、全ての知識を持っているわけでは無いから、困った時は、色んな神さまに相談に行くの。それで、ある時、アルテアは植物の知識を請いにリラに会いに行くんだ。そして、二人は一目で恋に落ちるの。恋する二人は、お互いのことしか考えられなくなって、自分たちの仕事を疎かにしてしまう。そうしたら植物も生物も困ってしまって。それを見かねた神さまが、二人の間に大河を流して、二人を引き離すの」

「それで天の河って呼ぶのか」

「そうだよ。天の河は二人を引き裂いたいたから、二つの星は大河の両岸に居るの。でも、離れ離れになる前に、二人は自分たちの場所を見失わないように贈り物をしあったんだ。だから、あの二つの星は他の星より輝いているんだって」

「離れ離れで終わり?悲恋の物語なのか」

「えっと……。読む本によって結末が違うんだ。引き裂かれて終わりのこともあるし、その後、神さまに真実の愛を証明して、会うことができたって言うのもあるし。仕事を一生懸命やったら会えるって神さまが約束してくれるのもあるし……」

「融通の利かない神だな。その仕事をやる奴が居なくなったなら、代わりを用意すれば良いだけだろ。俺なら、どんなに邪魔されようと会いに行く方法を探すよ」

「うん。私もきっと、会いに行く方法を探すよ」

 リリーシアが笑う。

「これ、先に渡しておく」

 エルロックが、黄金に輝く宝石をリリーシアに渡す。

「これって……」

「俺が作った精霊玉。帰ったら指輪に加工してプレゼントするから、それまで持っていて」

「エル、精霊玉が作れるの?」

「リリーの為だから作れたんだよ。リリーが何処で迷子になっても、それを持っていれば必ず探し出せるから。肌身離さず持っていること」

 リリーシアが頷いて、大事そうに宝石を手に納める。

「ありがとう。大事に持ってるね」

「帰ったら、結婚式を挙げよう」

「はい」

 強く返事をした後、リリーシアが言葉を続ける。

「あのね。結婚式の日は私が決めても良い?」

「良いよ」

「リヨンの十六日にしたいの」

 その日が何の日か。エルロックは知っている。

「なんで?」

「私にとって、すごく大切な日なの。だから、一番幸せな日にしたいの。……だめかな」

 答えないエルロックを、リリーシアが輝く黒い瞳で見上げる。

「本当に、リリーには敵わないな」

 エルロックは自分のことを全く話したことはないと言うのに。リリーシアは彼のことを良く知っている。

「ごめんなさい。勝手なことばっかりして」

「良いよ。リリーが望んでくれるなら。リヨンの十六日に結婚しよう」

「ありがとう、エル」

 その日は、彼の生まれた日だ。

 


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