15 元に戻すだけ
書庫に入ると、入口が本の山だった。
「え?」
どうなってるの?これ。
「書庫は立ち入り禁止だぜ」
カミーユさん?
「あの、」
「あれ?リリーシアちゃんじゃないか。どうしたんだい?」
「カミーユさん。これ、どうしたの?」
「書庫の整理だよ」
「研究所の人、本の整理までしなくちゃいけないの?」
「まさか。……あの辺に沈んでる奴のせいに決まってるだろ」
カミーユさんが本の山を指さす。
「エル?」
「そうだよ。あの馬鹿がジョエル女史を怒らせるから」
ジョエルさんって、この図書館の司書さんだったはず。
「カミーユー、これ、届かないんだけどー」
「わかったよ!今行く!」
「あの……、手伝いましょうか?」
「大丈夫って言いたいところだけど。あいつさ……」
目の前を、エルが本を読みながら通り過ぎる。
『リリー?』
『どうしたのぉ?』
精霊は気付いてくれるのに。
「アレクさんから、エルがここに居るって聞いて……」
エルは本棚の前で立ち止まったかと思うと、本を取ろうとして。届かないのに気付いて、たぶん、風の魔法で本を数冊落とす。
そして、欲しかった本だけ手に取って読み始める。
「集中すると酷いんだよ。俺たちが来た時にはすでに酷い有様でさ。ジョエル女史がエルに片づけろって言ったんだけど。エルに本を片付けさせるなんてまず不可能だ」
見てるだけでも、三冊。読み終わって床に捨てた。
本をぞんざいに扱ってる自覚ないのかな。
そういえば、エルの部屋の書斎も酷かったよね。
「何を調べてるの?」
「地震関連の何かって言ってたけど。今は転移の魔法陣を実現可能にする仮説をまとめてる」
「それって、カミーユさんが研究してる?」
「リリー」
「エル」
ようやく、気づいてくれた。
「水の精霊が好きそうな宝石ってなんだと思う?」
「え?えっと……」
あれかな。精霊玉の話し。
炎の大精霊は赤い宝石。氷の大精霊は水色の宝石。
それって、精霊のカラーと同じ。
水の精霊は青いから……。
「青い石じゃないかな。サファイア、アズライト、アパタイト、瑠璃……」
「青い石だけでそんなに種類があるのか」
「ほかにも、真珠のイメージもあるかな」
「真珠……」
「宝石を調べてるの?お勧めの本、探してみようか?」
「教えて」
「待ってて」
宝石学の本ならあっちにあるはず。
整理された書庫の中を歩いていると、急に抱き着かれた。
「可愛いっ」
「……セリーヌ?」
「どうしたの、この服。……黒って、これが噂の喪服なの?」
どういう噂が流れてるんだろう。
「うん」
「すごく可愛い。……ちょっと待って」
「え?」
「動かないでね」
セリーヌが化粧品を取り出す。
「えっ」
睫毛と唇に何か塗られた。
「良い感じよ」
「あの……」
「本当は、もう少しちゃんとしてあげたいんだけど。本を汚したらジョエル女史に怒られちゃうから。……で?何の用?」
「本を取りに来たの」
「エルが散らかしてるから、あるかわからないわよ」
「えっと……」
本棚と、落ちてる本を見比べる。
……あった。探してた本。
「後で手伝いに来るね」
「え?本の片付けを?」
「うん」
「リリー、良くエルなんかと付き合えるわね」
「えっと……」
「良いのよ。惚気は聞き飽きてるから。明日、暇ならランチに行かない?マリーとユリアも誘って」
「うん」
久しぶりかも。
「じゃあ、お昼に魔法研究所で待ち合わせね」
「うん。わかった」
楽しみだな。
棚にあった本も一冊取って、エルのところに戻る。
「これがお勧めだよ」
「ん」
エルは私の本を取って、ページをめくる。
「こういうのじゃない」
一つを落として、もう一冊を見る。
「あぁ、こういうの」
読みながら、エルが行ってしまう。
集中すると人の話しが耳に入らないっていうのは知ってたけど。
「な?酷いだろ」
エルが落とした本を拾う。
こっちの方がおすすめだったんだけどな。
※
「助かったぜ。リリーシアちゃん」
「いいえ」
「リリーって、本の整理が本当に上手ね。こんなに早く終わると思わなかったわ」
「後は……」
エルがまだ使ってるらしい、十数冊だけ。
と。
急に、エルが立ち上がる。
「やばい」
「え?」
「カミーユ、できた。じゃあな」
エルが書類の束をカミーユさんに押し付けて走って行こうとしたところで、止まって振り返る。
「リリー?何してるんだ?」
「あの……」
さっき、普通に会話してたんだけどな。
「一緒に来い」
「え?」
エルがマントのフードをかぶって、私の左手を掴む。
「待って、エル」
どこに行くの?
※
図書館を出て、走って。
着いたのは、お城?
中に入って……、それからどこをどう移動したかは分からない。
けど、見覚えのある場所に戻って来た。
「ツァレン」
「よぉ、エル。リリーシアを連れて、何やってるんだ?」
「アレクは?」
「主君なら居ないぜ。昼休みだ」
「間に合わなかった」
エルが頭を抱える。
「?」
「残念だったな」
「あの……、大丈夫?」
「リリー、一緒にランチに行こう」
「うん」
エルがフードを外して歩き出す。
「なんであんなところに居たんだ?」
「エルが王立図書館に居るって聞いたから」
「誰に聞いたんだ」
「アレクさん」
クロエが何も言わなかったら、教えるつもりがなかったみたいだけど。
「城に来たのか?」
「うん。アレクさんにショコラティーヌを持って来たの」
ばたばたしてたから、感想を聞きそびれちゃったな。
「図書館までは迷わず来れたのか?」
「迷わないよ!」
どうしてそういうこと言うのかな。
「でも、エミリーさんが案内してくれた」
「エミリーが?」
「うん」
「……クロエは?」
「書斎に居たよ」
「え?会ったのか」
「うん」
あれ?もしかして、エルにも言っちゃいけなかったのかな。
「俺、まだ会ったことないんだよ。どんな人だった?」
「えっと……」
黒髪に紅の瞳って。エル、知ってるのかな。
「本当は今日会う予定だったんだ。黒髪にブラッドアイだっていうのは知ってる」
そっか。
「綺麗な人だったよ。でも……、ちょっと難しい人かも」
「難しい?」
「お菓子は作れるけど料理は出来ないって言ったら、それはおかしいって」
「なんで?」
「えっと……。食べ物を作れるのに料理が出来ないという言い方は変だって」
「あぁ。確かに」
「え?認めるの?」
「間違ってないだろ」
あれ?じゃあ、私が間違ってるの?
※
お城は広い。
エルと話しながら歩いていると、後ろから声をかけられた。
「エルくーん、リリーちゃーん」
振り返ると……。
二人の女性。一人はメルティムさんだ。
「なんでメルティがリリーを知ってるんだよ」
「会ったことがあるからでーす」
「こんにちは」
「はじめまして。皇太子秘書官のタリスだ」
手を差し伸べられて、握手を返す。
「はじめまして。リリーシアです。えっと……。エルと仕事をしてるんですよね?」
「いつも一緒に仕事をしているとは限らない。エルはアレク様と書斎に居る方が多いからな」
「アレク様、エル君を全然貸してくれないから大変ですー」
「執務室ではあまり仕事をしてないってこと?」
「そうですよー」
「……待て。なんでリリーが知ってるんだ」
「えっと……」
「夫の素行ぐらい知っていて当然じゃないですかー?それとも、エル君。何かやましいことでもあるのかなー」
「あるわけないだろ」
「暇なら執務室に来い。仕事なら山ほどある」
「今日はこの後、やることがあるんだよ」
「彼女とデートの暇はあるのにー?」
「偶然会ったから連れて歩いてるだけだ」
「リリーちゃんも不憫だねー」
「えっと……。私、エルと一緒に居たいから……」
エルの仕事の邪魔はしないようにって思っているんだけど。
ショコラティーヌが上手く焼けたら、エルに会えるって思って頑張ったから。
「ごちそうさま」
「んん。お腹いっぱいになっちゃうねー。じゃ、またね」
メルティムさんとタリスさんが、廊下の先を歩いて行く。
「リリー」
エルの、紅の瞳を見上げる。
「外に行こう」
「え?」
「行きたいところあるか?」
「エル、死んだことになってるのに、外に行って良いの?」
「良いんだよ」
良いのかな。
エル、楽しそうだから、良いのかな。
でも、城の外ってあんまり出ちゃいけないはずだよね。
うーん……。そうだ。
「あのね、桜の庭に行きたい」
「そんなところで良いのか?」
「うん」
「じゃあ、食堂でサンドイッチでも作って行こうぜ」
「食堂って?」
「メルティとタリスが行ったとこ」
※
エルと一緒に来たのは、桜の庭。
「紅葉にはまだ早いな」
「桜も紅葉するの?」
「あぁ。赤く紅葉する。……リリーは紅葉見たことあるのか?」
首を横に振る。
「だって、あそこはずっと春だったから」
「本当に時間が止まったような場所だったんだな」
「うん」
見てみたいな。紅葉も。
エルと一緒に、春に桜を眺めたベンチに座る。
桜の葉は、まだ緑色。あれが、紅く色づくんだ。
エルと一緒にサンドイッチを食べる。
「リリー、俺が何で死んだことにしてるのか、調べたのか?」
「えっと……。ドラゴン退治はアレクさんが教えてくれて、秘書官になったことは、メルティムさんが教えてくれたよ」
婚約者騒動を潰す話しは言わないでおこう。
私が知ってるって知ったら、エル、私が剣術大会に出場するかもって思うかもしれないから。
「リリーに隠し事は出来ないな」
「まだ隠してることがあるのに?」
「……知りたいなら調べて。俺のことを調べるのは、リリーの得意分野だろ?」
そう、なのかな。
「調べても良いの?」
「いいよ」
「エルは教えてくれないのに?」
「教えるわけないだろ。……っていうか。ドラゴン退治なんて危ないこと、絶対するなよ」
「エルは行くのに?」
イリデッセンスを取り返す為に……。
「俺は正式に依頼を受けてるし、因縁もある。……それにリュヌリアンの持ち主は俺だ。ドラゴンの皮膚を貫ける剣なんてそうそうないからな」
そんなに硬いんだ。
でも、リュヌリアンで斬れるなら、雪姫でも斬れるんじゃないかな。
「そうだ。リリーに頼みたいことがあるんだ」
「うん」
エルが短い剣を出す。
鞘から抜いて出てきたのは……。
「短刀?」
鞘から抜いてみる。
綺麗な反り。
「え……?両刃の短刀?」
どういうこと?
アヤスギさんが言っていた。
刀は通常、片刃で作るって。
「珍しいのか?」
「アヤスギさんが両刃の刀はあんまりないって言ってたから……」
「じゃあ、アヤスギが作ったんじゃないのか」
「わからない」
「これの出所を探してる。リリー、アヤスギに聞いてみてくれないか?」
「うん。わかった」
腰に下げておこうかな。
「それから、もう一つ」
「もう一つ?」
「アレクから刀が欲しいって頼まれてるんだ。アヤスギに頼んで作ってもらってくれないか?既存の刀じゃだめだ。リリーが見て、アレクが喜ぶようなものを仕上げてもらってくれ。対価はいくらでも払うから」
「私の見立てで大丈夫?」
「大丈夫。リリーの方が、アレクが気に入る刀を見極められる」
皇太子殿下が気に入るような名刀……。
雪姫以上のものってことだよね。
「うん。わかった」
アヤスギさんに相談してみよう。
サンドイッチを食べながら、エルの横顔を見る。
……あ。
「エルって、いつも同じサンドイッチ?」
「ん?……あぁ。この組み合わせが一番美味いよ」
ハムとサラダのサンドイッチ。
「好きなの?」
「なんで?」
「シャルロさんが、エルは気に入ったら同じものをずっと食べ続けるって言ってたから」
違うのかな。
「考えたことないな」
……ないんだ。
もしかして、意識して好きな食べ物を選んでるわけじゃないのかな。
エルの好きな食べ物を見つけるのって、すごく大変かも。
サンドイッチの最後の一口を食べて、オランジュエードを飲むと、口に何か入れられた。
「プリン?」
「リリーが食べると思って、持って来たんだ」
いつの間に持って来てたんだろう。
エルからプリンの器とスプーンを貰って食べる。
「美味しい。……優しい砂糖を使ってるのかな」
「優しい砂糖?」
「うん。砂糖にも種類があるんだよ」
「和三盆?」
「あ、和三盆のプリンなんだ」
のんびりランチを食べて、デザートまで食べられるなんて幸せ。
「エルは食べないの?」
「俺はいいよ。甘いものは苦手だから」
「キャラメルは好きなのに?」
「……は?」
あれ?
「違うの?」
「それ、誰が言ったんだ」
「ユリアが言ってたよ。マリーたちも、エルは毎日キャラメルを食べてたって」
「冗談じゃない。もう二度とキャラメルなんて食べないからな」
あれ?
聞いてたのと違う?
「あいつら。リリーに変なこと吹き込みやがって」
「あの、本当に嫌いなの?」
「嫌いだよ。もう、一生分のキャラメルは食べた。この先、食べなくても良いぐらい」
嫌いなものははっきり言うんだな。
でも、毎日食べてたのに本当に嫌いになるのかな。
こっそり荷物の中からキャラメルを取り出す。
「エル」
「ん?」
「口開けて」
エルが口を開いた中に、キャラメルを入れる。
「んんっ?」
エルが口を押える。
見ないで入れたから、何味かわからないけど……。
「当たりだ」
「当たり?」
「ユリアたちが作ったキャラメルを、毎日食べさせられてたんだよ」
自分から進んで食べてたんじゃないの?
「たまに俺が食べられる奴がある。それが当たり。……でも、一日一個が限界。これなら二つぐらい食べても良いけど」
「どんな味?」
「シナモン」
「美味しいの?」
「あぁ」
「好き?」
ユリアは、全部エルの好きな味って言ってたけど。
「たくさん作ったのか?」
キャラメルの包みをたくさんエルに見せる。
「もらうよ。毎日一つずつ食べる」
「食べるの?」
「リリーが作ったんだろ?」
「うん」
「なら、食べたい」
普通に食べてるみたいだけど……。
甘くないから平気?




