14 作業妨害
ヴィエルジュの六日。
よし、綺麗に焼けた。
「リリーシア。今日もショコラティーヌ焼いたの?」
「うん」
「いくらリリーのショコラティーヌが美味しくても、流石に飽きちゃうわ」
ヴィエルジュの二日から毎日作ってるから……。
「ごめんなさい。アレクさんにプレゼントするなら、自分が一番納得のしたものじゃなきゃいけないと思って」
「アレクシス様に持っていくの?」
「うん。お城に行ってみようと思って」
「で?今日は満足が行く出来なの?」
「うん。焼き加減も香りも、サクサクした食感も、完璧だと思う」
「良く売れそうだね」
「そうね」
余ったショコラティーヌとクロワッサンは、毎日キャロルが売りに行ってくれている。
「あの……、今日はね、林檎のデニッシュと胡麻とチーズのパンも焼いたの」
「リリー、パン屋さんになりたいの?」
「えっ。違うよ」
「リリーシアってさ、エルが居ないと、パンをたくさん作るよね」
「えっ」
どうしよう。そうかもしれない。
エルの為にパンを焼いたのって、大晦日だけかも……。
「さ、朝ご飯にしましょう」
「うん」
ショコラティーヌ。
今日のは自信があるけれど……。
本当に、アレクさん食べてくれるかな。
※
お城までは、サウスストリートをまっすぐ北に進んで、中央広場を越えて、セントラルのお城まで続く道を進むだけ。
中央広場は賑わっている。
「流石に迷わないわよね?」
キャロルが笑う。
「一本道じゃ迷いようがないよ」
「そうね。じゃあ、気をつけてね」
パンを売りに行くキャロルと中央広場で別れて、お城を目指す。
約束も何もしてないけど、本当に入れるのかな。
お城に入るから、武器と呼べるものは短剣しか持って来なかったけど。
城門に行く。
私がエルを探した堀にかかっている橋を渡りながら、上を見上げる。
城門の上に兵士が私を見つけて礼をしたので、礼をし返す。
あそこって、カウントダウンの時にアレクさんが魔法を使ってた場所だよね。
視線を戻して、城門の前に立つ。
左右に槍を持った兵士が立っている。
「……あの」
剣花の紋章は、肌身離さず首から下げて持っている。
普段は服の中に隠しているそれを出して、見せる。
「アレクシス様に会いたいんですけど……」
「リリーシア様ですね。どうぞ、まっすぐお進みください」
本当に、通って良いのかな。
紋章を服の中に仕舞って、兵士の脇を抜けて城門を通る。
広い前庭。
そういえば、舞踏会の大広間ってどこにあったのかな。馬車が通れる道沿いにあるんだろうけど。
桜の庭だって、どこにあるんだろう。
右側にあるってことしか知らない。
「あ」
光の精霊?
『まっすぐ進め。迷子になるぞ』
「……はい」
光の精霊が私の前を飛ぶ。
それについて歩くと、お城の門に到着する。
「ようこそ、リリーシア様。エミリーと申します」
「こんにちは」
優雅に礼をするメイドさんに頭を下げる。
「アレクシス様の書斎にご案内いたします」
光の精霊とエミリーさんについて歩く。
長い廊下。
絵画や美術品が飾られている。
見回りの兵士さんとも何度かすれ違う。
……というか。広い。
アレクさんの書斎って、そんなに遠いのかな。
桜の庭まではこんなに歩いた気はしないのだけど。
しばらく歩いて、ようやく廊下の突き当りが見える場所に来た。
大きな扉の前に、ツァレンさんが居る。
「こんにちは」
「良く来たな。リリーシア」
「はい」
「似合ってるじゃないか」
「……はい」
この、黒い服のことを言ってるんだよね。
エミリーさんが扉をノックする。
「リリーシア様をお連れいたしました」
扉を開いてエミリーさんが脇にずれる。
促されて、部屋に入る。
ここがアレクさんの書斎。桜の庭の上にある場所だよね。
「おはよう、リリーシア。座って」
「はい。おはようございます」
アレクさんは机に向かって眼鏡をかけてる。
その隣に居るのは……。
え?
黒髪に紅の瞳のメイドさん?
「リリーシア様、こちらへ」
エミリーさんに案内されてソファーまで行く。
「クロエ、彼女に紅茶を」
「はい」
クロエさんっていうんだ。
お茶を準備に行こうとする彼女と目が合う。
クロエさんが立ち止まって、スカートを軽く持ち上げて礼をする。
「はじめまして。クロエと申します」
立ち上がって礼をする。
「はじめまして。リリーシアです」
綺麗な人。
座ってクロエさんがお茶の準備をするのを眺めていると、アレクさんが私の前に座る。
「良く来たね。リリーシア」
「ショコラティーヌ持ってきました。召し上がってください」
バスケットをテーブルの上に出す。
「ありがとう。ツァレンから聞いて楽しみにしていたんだ」
楽しみにしてたの?
「エルはどこに居るの?」
「どこだろうね」
教えてくれない……。
会えないのかな。
会えると思っていたんだけど。
「どうぞ」
クロエさんが私とアレクさんの前に、カップとお皿を置く。
「クロエもお茶にしよう」
「え?……でも」
「おいで」
「はい」
クロエさんがティーポットとカップを一緒に持って来て、アレクさんの隣に座る。
「私の作った服を着てくれてありがとう。リリーシア」
「え?……あの、この服作ってくれたのって、クロエさん?」
「はい。クロエと呼んでください」
そう言って彼女が微笑む。
作ってくれたの、アレクさんのメイドさんだったんだ。
舞踏会で教えてくれても良かったのに。
「あなたは、とても可愛いです。こんなに可愛い人に着てもらえてすごく嬉しい」
「えっ。あの……。そんなことないです。……服、とても可愛いよ。どれもすごく素敵。見たことのないデザインで……」
「そうですか?」
「彼女の故郷では珍しくなかったようだよ」
「そうなんだ」
ラングリオンの人じゃないのかな。
「ショコラティーヌを頂こうか」
アレクさんがお皿にとって、クロエさんに渡す。
「ショコラが入ってるからショコラティーヌですか」
「そう。クロワッサン生地にショコラが入ってるんだよ」
知らないのかな。
「美味しい」
クロエがにっこりとほほ笑む。
可愛い。
「あなたは料理の才能があるんですね」
「えっ、全然ないよ」
「謙遜?」
「謙遜じゃなくって、その……。お菓子作りは好きなんだけど」
「ショコラティーヌは、クロワッサンなのにお菓子?」
「えっと……。お菓子としても食べられているパン?」
「食べ物を作れるのに、料理は出来ないって変だと思います」
「お菓子とパン以外は作れないよ。包丁が苦手なんだ」
「包丁が苦手だと料理が出来ない?……アレク、どうなんですか?」
アレクさんはクロエの横で、ずっと笑いを抑えてる。
「表現の仕方は人それぞれだね。リリーシア。しばらくクロエの話し相手になってあげてくれるかい。私は仕事に戻るよ」
アレクさんがショコラティーヌを一つと紅茶のカップを持って、机に戻る。
エミリーさんがアレクさんの机にお皿を出して、アレクさんがお皿の上に一口かじったショコラティーヌを置く。
「リリーシア。もう一度議論してください。料理とは、何を指すのか」
「えっ?」
どうしよう。なんて言ったらいいのかな。
「えっと、広いくくりでは、食べ物を作ることはすべて料理と呼ぶと思うよ」
「はい」
「でも、料理って、お菓子よりも食事を作ることを呼ぶと思うの」
「パンは食事ではありませんか」
「えっと……。食事だと思うけど、その、もっと細かい作業を呼ぶんじゃないかな。野菜を刻んだり、煮込んだり、炒めたり、お肉を切ったり、焼いたり、ソースを作ったり……」
「私は料理ができないから、何を言ってるかわからないです」
困った。
「うーん。クロエの好きな食べ物は?」
「これ。リリーシアの作ったショコラティーヌ。最近食べたもので一番美味しかったです」
「本当?」
「はい」
「嬉しい。ありがとう。アレクさんが食べるものだから、完璧なものを作らなくちゃいけないと思って、頑張ったの」
「リリーシアはアレクが好きなんですか?」
「私が一番好きなのはエルだよ」
「エル?……アレクの弟で、あなたの夫の?」
「うん」
「彼の為に作ったんですか?」
「エルは、ショコラティーヌはあまり好きじゃないかも」
甘いから。
「あなたは、好きな人の嫌いなものを作るのが好きなんですか?」
アレクさんの笑い声が聞こえる。
「違うよ。えっと……」
なんて言ったら良いのかな。
でも、もしかしてものすごく正論?
「これじゃあ仕事にならないな。エミリー、執務室に行ってくるよ」
「彼女はどういたしましょうか」
「まかせるよ」
「はい」
「あの、アレクさん。エルは執務室に居るの?」
「どうしてそう思うんだい」
「エルはアレクさんの秘書官になったんですよね」
「誰に聞いたのかな」
「メルティムさんが、そんなことを言ってたから……」
「エルは執務室には居ないよ」
「アレク、意地悪しないで会わせてあげて下さい。リリーシアが可哀想です。夫と妻は一緒に居るものでしょう」
「参ったな。……エルは今、王立図書館に居るんだ」
「本当?じゃあ、私、王立図書館に行きます」
「エルは変装してるから、名前を呼ばないようにね」
「はい。わかりました」
「お帰りですか、リリーシア様」
「はい」
「お送りいたします」
「リリーシア、また遊びに着て欲しいです」
「うん。また来るね」
「今度は午後のお茶の時間においで」
「はい。わかりました」
※
エミリーさんの案内で城の外に出る。
「王立図書館までご案内いたします」
「え?……大丈夫だよ」
王立図書館の場所は迷わず行けると思う。
「近道を存じておりますから」
「じゃあ、お願いします」
エミリーさんと一緒に、王立図書館へ向かう。
近道、なのかな?
セントラルの細い道はわからないから難しい。
「リリーシア様」
「はい」
「クロエのことは御内密に」
「え?」
「吸血鬼種が皇太子のメイドとあっては、悪い噂が立ちます」
黒髪に紅の瞳。
その容姿を持つ人は吸血鬼種と呼ばれ、差別の対象になる。
王都で黒い髪を見かけないのは、吸血鬼種を彷彿とさせるから。
エルの紅の瞳だってそうだ。
……だから、吸血鬼種の容姿を持つ人は、ラングリオンでは迫害され、砂漠に逃れるらしい。
「わかりました」
エミリーさんの案内で王立図書館に入る。
いつ来ても大きくて迫力のある図書館。
蔵書数がどれぐらいあるかわからない。
「書庫にいらっしゃいます」
「書庫って……、あっち?」
エミリーさんが驚いた顔で私を見る。
「ご存知でしたか」
「うん。何度か来てるから」
「迷いませんか?」
「図書館じゃ迷わないよ。どこにどんな本があるか書いてあるから」
書棚は整列していて、全部綺麗に分類されて並んでいるのに。
どうやったら図書館で迷うって言うんだろう。
「では、失礼いたします」
丁寧に礼をして去るエミリーさんを見送る。
そういえば、クロエ。どうしてアレクさんのところに居るんだろう。
黒髪の人なんて王都では見かけないのに。
アレクさんはエルを気に入ってるし、私の黒髪を見ても何も言わないから、吸血鬼種を差別してないみたいだけど……。
あれ……。
そういえば、クロエはアレクさんのことアレクって呼んでなかった?
メイドさんなのに。良いのかな。




