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旧作3-2  作者: 智枝 理子
終章
149/149

Conte d'amour

 城の大広間には、着飾った多くの人々が集まっている。

 美しいドレスに身を包んだリリーシアは、新年の舞踏会でも訪れた大広間の様子を、高い窓から見下ろしていた。

 今日は、ラングリオン王国の皇太子の婚約式。

 アレクシスとロザリーの婚約が正式に公表される日だ。

 本来ならば、彼女は皇太子近衛騎士として、皇太子と婚約者の護衛の任に着くはずだったのだが。何故か今回は、皇太子秘書官の妻として、ロザリーの友人として、客人の立場で式に参加することになっていた。

 最も、その事実をリリーシアが知ったのは、この部屋で身支度を整えるよう言われてからだ。

 貴婦人の支度を専門とするメイドたちによって、手際良くドレスを着せられ、長い髪を華麗に飾られ、化粧もされて。王族の正式な式典に相応しい装いを整えた彼女は、メイドたちが部屋を出た後、部屋で一人、迎えに来る予定のエルロックを待っていた。

『あ。マリーが来たみたいだね』

 大広間でも視線を集める男女を、リリーシアは、すぐに見つけた。

「リックさんも一緒だ」

 彼女の隣には、皇太子の婚約発表に駆け付けたフェリックス王子の姿もある。久しぶりに会った二人は、とても仲が良さそうだ。

『皆、来てるね。……あれ?エレインじゃないの?』

「本当だ」

 緑の髪の可愛らしい女性が、男性と手を組んで楽しそうに歩いている。エレインの隣に居るのは、カミーユだ。

「カミーユさん、エレインと付き合ってるのかな」

『さぁ?』

 そのような話は聞かないが。

 普段は貴族の式典に参加しない彼も、皇太子の祝いの席には駆けつけたかったのだろう。連れ合いとしてカミーユが彼女を選んだ意図について、ここからでは聞くことは出来ないが。エレインが自らの恋の為、王都に留まることを選んだのをリリーシアは知っている。

 イレーヌは、すでに新しいロマーノへ帰っていた。エレインを置いて。

 かつて空の上で暮らしていたクレアは、現在、竜の山に住んでいる。地上での生活は苦難も多いが、共に生きる精霊やドラゴンは、彼女たちの大きな味方となってくれるだろう。リリーシアが名付け親となったドラゴンも、今は竜の山に居るはずだ。

『ダンスの練習ぐらい、しておくんだったね』

「えっ?今日は踊らないよ」

『そうも言ってられないんじゃない?』

 音楽の始まった大広間では、皆がダンスを始めている。

 鮮やかなドレスがふわりと動く様は、色とりどりの美しい花が舞っているかのようだ。

「綺麗……」

 履き慣れない靴で、リリーシアが音楽に合わせて回転する。

『危ないよ』

 すぐに転びかけて、彼女は窓枠に捕まった。

 しゃがんだ状態のリリーシアの姿を、部屋の壁に飾られた大きな鏡が映し出す。

 その姿を見て、彼女は落ち込む。

 自分には、やはり似合わないと。

 

 勇者としての務めを果たした二人は、大陸会議の参加者に、世界の脅威が去ったこと、アンシェラートの封印に成功したことを報告した。

 最も、彼らの敵がどうなったのか。詳細な内容についてはラングリオンの国王と皇太子にのみ報告している。世界で共有すべき内容については、いずれ彼らから伝わることだろう。

 その後、凱旋の宴を断った二人は、それぞれの立場で大陸会議に参加することとなる。半月を越えて行われた会議は、スコルピョンの二十九日に閉会宣言が行われたばかりだった。

 慌ただしい日々が過ぎ、ラングリオンが落ち着きを取り戻した頃。

 国中が待ちわびていた皇太子の婚約式が、ようやく今日、執り行われる。

 婚約者が、この国で長年忌み嫌われていた容姿を持つことには賛否両論あったものの、公爵や伯爵をはじめ、貴族たちは皆、皇太子と婚約者に対し祝意を示している。彼女が病の救世主と噂されていることはもちろん、これまで婚約者を一切選ぼうとしなかった彼が、騎士として愛を誓った女性なのだ。同じ騎士として、主君が首を垂れた相手に敬意を払うことは当然だった。

 最も、婚約式は、皇太子の婚約者のお披露目ばかりを目的としているわけではない。

 勇者凱旋の宴を断り続けた二人に対し、国王が公式の場で礼を言うつもりであることを、エルロックとリリーシアは知らない。

 

「エル、まだかな……」

『大人しくこの部屋に居ないと駄目だよ』

「わかってるよ」

 窓辺に腕を置いて、リリーシアは大広間を見下ろす。

 この部屋からの移動が容易ではないことをリリーシアは知っている。

 大広間を見下ろす部屋は、通常の建物の三階はありそうな高さの場所だ。大広間へ続く道が解らないのはもちろん、長い階段をドレスで降りる自信もない。

『リリー』

「……誰?」

 この部屋には、自分以外には誰も居ない。

 聞き慣れない声だったことはもちろん、扉が開く音もしなかったことに違和感を抱きつつ、リリーシアは声がした方を見た。

「え……?」

 目の前に現れた相手に、リリーシアとイリスは驚いた。

「アイリス……?」

『アイリス……?』

 ツインテールに結んだ長い金色の髪に、金色の瞳。

 忘れもしない。

 リリーシアの育ての親だ。

『久しぶりね』

「久しぶり……」

 違和感と不信感を感じながら、リリーシアが答える。

『まだ、わからない?』

 何のことだろうか?

 リリーシアは考え、そして、横にある大きな鏡を見て、違和感の正体を理解した。

 アイリスは、鏡に映っていない。

「あなたは……。精霊なの?」

「そうよ」

 よく見ると透けていた姿が、現実のもののように変化した。

 今、彼女は顕現したのだ。

「不思議ね。エルロックは、レイリスと出会った時に喜んだのでしょう。あなたは、そうでもなさそうだわ」

「だって、エルはレイリスに会いたがってたから」

「リリーは、そうじゃないの?」

「会えて嬉しいよ。元気そうで良かった」

『それ、精霊に言う?』

「だって……」

 小さい頃の感覚のまま話してしまったことに、リリーシアは落ち込む。

 今、リリーシアは、彼女が精霊であることを知ったばかりだと言うのに。

「リリーらしいわ」

 アイリスが微笑む。

 その反応もまた、アイリスらしいとリリーシアは感じた。

 彼女にとって、懐かしいやり取りだ。

 ようやく緊張が解けたリリーシアは、アイリスの元へ行く。

「久しぶり」

「久しぶりね。あなたも、元気そうで良かったわ」

 アイリスが、リリーシアを抱く。

「こんなに、大きくなったのね」

「うん」

 彼女がアイリスに抱きしめられたのは、女王の娘に選ばれた七歳の時が最後だ。

 アイリスがリリーシアと共に居たのは、リリーシアが生まれてから女王の娘に選ばれるまで。女王の娘に選ばれて以来、リリーシアはアイリスに会っていない。

 たまに街に出かけた時も。

 何故なら、リリーシアがイリスと共に自分が生活していた家を訪れた時には、すでにそこには別の家族が住んでいて、アイリスの行方は知れなかったのだ。

 その理由は、彼女が精霊だったからだろう。

 しかし、と思う。

 リリーシアの記憶の中では、彼女はリリーシアと寝食を共にしていたのだ。

「精霊なのに、食事を食べて平気だったの?」

 リリーシアの言葉に、アイリスが笑う。

「少しの間なら平気よ」

 おそらく、リリーシアの為に無理をしていたに違いない。

「どうして、精霊だって教えてくれたの?」

『リリー……』

 イリスには、その理由が解っていた。

 この場に第三者が居たならば、イリス同様、リリーシアとアイリスの姿を見るだけで理解しただろう。アイリスが何を伝えようとしていたのか。

 しかし、アイリスは自分の指を口元に当てて、イリスをけん制する。

「人間は、自分の生まれや古い家族に固執するものではないの?あなたは、生みの親や、血の繋がりのある誰かを求めたりはしないの?」

 リリーシアは少し悩んだ後、首を振る。

「しないよ。別に、自分を生んだのが誰かなんて知りたいと思わない。だって、私には家族が居るから。アイリスも、ソニアも私の姉妹も、もちろん、イリスだって。ラングリオンに来てからは、エルと、ルイスとキャロルも居る。血が繋がってなくても、皆、私の大切な家族なの。……アイリスは、違うの?」

「そうね。あなたは、私が育てた私の子供だわ」

 アイリスが微笑む。

「ありがとう。だから、アイリスに会えて嬉しいよ。……でも、アイリスは、何の精霊なの?」

「私は何の力も持たない精霊よ。でも、あなたが会いたいと思ってくれたら、いつでもあなたの傍に来る」

「え?良いの?」

「えぇ。そうじゃなくても、見守っているわ」

 リリーシアの目の前で、アイリスが消える。

「え……?アイリス?」

『リリー。あなたを大切に思っている』

「ありがとう。私も、アイリスのことが好きだよ」

 声に向かって、リリーシアが告げる。

 彼女の瞳にも映らない精霊は、静かに彼女の前から去った。

 そして、ノックの音が鳴る。

「……エル?」

 彼女が望んだ通り、扉を開いて現れたのは、エルロックだ。

 式典に参加する準備を整えた彼は、珍しくネクタイまで付けている。

「リリー。綺麗だよ」

 開口一番、褒められたことに照れたリリーシアは、頬を染めながら必死に彼に伝えるべき言葉を選ぶ。今あった出来事をすっかり彼方に追いやってしまうほど、彼女の頭の中では、今、彼の言葉が反芻している。いつも純粋に愛を語ってくれる彼が、からかっているわけではないことを彼女は知っている。

「……ありがとう」

 必死に絞り出した言葉で、リリーシアは返事をする。

「可愛い」

 愛らしい彼女の仕草と返事に、エルロックはリリーシアを抱きしめる。

 どこまでも愛おしいと。

「遅くなってごめん。リリーの靴を探してたんだ」

「私の靴?」

 抱きしめる腕を離したエルロックは、可愛らしい靴を手にしている。

「あ……」

 それは、新年の舞踏会でリリーシアが落とした靴。

 マリアンヌが彼女の為に用意した靴だ。

「片方はアレクが保管してたんだけど。もう片方が見つからなくて。さっき、ようやく執務室で見つけて来たんだよ」

 リリーシアが廊下で失くした靴は、メルティムが拾い、執務室で保管されていたのだ。

「今、履いてるのと、どっちにする?」

「そっちにする」

「じゃあ、座って」

 エルロックがリリーシアを抱えて、ソファーに運ぶ。

 そして、ソファーに座った彼女の足に持ってきた靴を履かせた。

「こっちの方が、丁度良いサイズだな」

「ありがとう」

 立ち上がったエルロックが、リリーシアに手を差し伸べる。

「リリー。俺と踊って」

「えっ?」

「アレクと踊ったんだろ?」

 新年の舞踏会で、仮面を付けたリリーシアは皇太子にダンスに誘われていた。

 その時も、彼女は誰かと踊るつもりなど微塵もなかったのだが。

「私、ちゃんと踊れないよ?」

「教えるよ。だから、一緒に踊って」

 ダンスの誘いを断ってはいけないのは、この国のマナーだ。

「はい」

 リリーシアが、エルロックの手を取る。

 エルロックに引き寄せられたリリーシアは、以前、踊った時の腕の形を思い出しながら、彼に捕まった。

「出来てるじゃないか」

「えっ?形だけだよ?シャルロさんにも、引っ張りまわされてるようにしか見えないって言われちゃって……」

「大丈夫。すぐに覚えるよ」

 更に体を引き寄せられて、リリーシアはエルロックを見上げる。

「可愛い。……他の奴に渡したくないな」

 紅の瞳と、輝く黒い瞳が見つめ合う。

「愛してるよ、リリー」

「……愛してる。エル」

 大広間から聞こえていた曲が止む。

 丁度、区切りだ。

「次の音楽が始まったら、踊ろう」

「うん」

 次に演奏される曲を、頭の中に思い浮かべて……。

 音楽が、始まる。

 


 


 


 

Fin


読んで頂き、ありがとうございました。

 

序章:「Conte de Fee」おとぎ話。

終章:「Conte d'amour」愛の物語。

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