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旧作3-2  作者: 智枝 理子
Ⅶ.七色の弧
148/149

158 虹の向こうへ

 空から大精霊たちが降りてくる。

『終わったんだね』

 そうだ。

 終わったんだ。

 エルと一緒に、大樹の方へ行く。

「あの……。あなたの名前を教えてください」

「∀0Λ0Ⅳ†∈」

 だめだ。

 やっぱり、知らない言葉。

「今では失われた発音だ。好きに呼ぶと良い」

「……アルテア?」

「構わない」

 アルテアも、この人の名前なんだ。

「エイルリオンを見せてくれ」

「エイルリオン?」

 エルが背中からエイルリオンを抜く。

 あれ?

 輝きがない。

「どうして……」

「なんで……?」

「内に秘めるジュレイドを私に返し、その力を失っている」

 そんな……。

 アルテアが、両手を何かを包むような形にして光を集め、それを広げる。

 すると、ジュレイドに似た剣が生まれた。

「代用となる剣だ。これを、エイルリオンに」

 エルが新しい剣を手する。

 そして、エイルリオンを鞘のように持って。

 ゆっくりと、二つの剣を合わせる。

 新しい剣がエイルリオンに触れると、眩しい光が溢れた。

 剣が、エイルリオンに吸い込まれていく。

 眩しい……。

 二つの剣を手にしていたエルの右手と左手が、くっ付いて。すべての刀身が、エイルリオンに納まった。

 眩しい光が消えて。

 エイルリオンが、前と同じ輝きに戻る。

 ……上手くいったんだ。

 でも、それを見届けたアルテアが、急に膝を付く。

「アルテア?」

「∀0Λ0Ⅳ†∈!」

 ヴィエルジュが、大樹から腕を伸ばす。

「∀1∈」

 落ちるように出て来たヴィエルジュを、アルテアが抱きとめた。

「最後に、君と話せて良かった」

 最後……?

 抱きしめていたはずの腕が、落ちて。

 アルテアが、倒れた。

 え……?

 エルが、アルテアの呼吸を確認している。

 けど、途中で手を止めた。

「なんで……」

「リンの力を使い果たしたの……?」

「どういうことだ?」

 エルは、知らないんだ。

「巫女は……。神の力を得た巫女は、神の力をすべて使い果たせば、死んでしまうって……」

 ヴィエルジュの御使いとなった炎の巫女がそうだったように。

 アルテアは、エイルリオンに、リンの力のすべてを渡したんだ。

 ……気づけなかった。

 止められなかった。

 せっかく、想いを伝えたのに……。

「ヴィエルジュ」

 エルの声に、ヴィエルジュが涙で濡れた顔を上げる。

「エイルリオンは、ヴィエルジュがラングリオンの初代国王に託したんだろ?だから、この剣は……」

 エイルリオンを渡そうとしたエルを見て、ヴィエルジュが首を振る。

「その剣は、もう自由。……望む場所へ、連れて行って」

 自由……。

「わかった」

 エルが、背中にエイルリオンを戻す。

 エイルリオンも、目的を果たしたんだ。

 でも……。

 エルが、私を抱きしめる。

 ……私たちは、こんな結果を望んだわけじゃない。

 お互いに気持ちを確かめあえば、上手くいくって思ってた。

 もう争うこともないって。

 戦うこともないって。

 でも、それで終わりじゃなかった。

 こんな結末になるなんて……。

「!」

 急に、足元が揺れる。

 地震?

 ふらついて、空を見上げる。

 え……?

「エル、虹が……」

「虹?」

 空に、たくさんの虹が架かっている。

 全部で四本。

 こんなに大きな虹、初めて見た。

 しかも、虹の片方は、すべて同じ場所に伸びている。

 この光……。

 あの人が持っていた斑の光に似てる。

『光が目指す先は、竜の山のようだな』

 竜の山。

 アンシェラートの居る場所を目指してるってことは……。

「この光って、神の力なの?」

「この光、精霊が浴びても無事なのか?」

 え?

 えっと……。

 精霊は、自分の神さまからしか力を受けられないから……?

「レイリス!来てくれ!」

 エルがレイリスを呼ぶと、レイリスが現れた。

「エル」

 そっか。

 月の女神以外の神の力を浴びたら、レイリスが危なかったかもしれないんだ。

「この光はなんだ?何が起きてるんだ?」

 レイリスが光を見上げる。

「神の力なら……。棺が開かれたってことか?」

 あちこちにある封印の棺が、開かれてる?

 あ。ここにもある。

「エル、棺を開こう」

「あぁ」

 エルと一緒に、大樹へ向かう。

 ……揺れで上手く歩けないけど、エルが私を支えてくれた。

 一緒に大樹の洞の奥にある封印の棺を引っ張って。

 棺を、開く。

 眩しい光が飛び出して、エルと一緒にその場にしゃがむ。

 光が伸びる先は、竜の山。

「神の力が、神々に還ってるのか?」

「たぶん……?」

 アンシェラートを封印する為に、神さまたちが集まってるはずだ。

『レイリス、竜の山の状況は?』

「大地が揺れて、神の力が増幅したのは感じた。……神の力を持つ剣だけは置いて来たけど。今、どうなっているかはわからない」

 神の力を持つ剣って……。

「その剣って、イリデッセンス?」

「そうだよ」

 だから、持ってなかったんだ。

『神の力が還っているなら、アンシェラートも封印可能だ』

『私たちも、外から封印を手伝いに行こうか』

『そうだな。余計な力を発散するのに丁度良いだろ』

『確かに』

『じゃあ私たちは行くよ。またね』

 アイフェル、アーラン、パール、シミュラ、デルフィが飛び立つ。

「余計な力って。地上の大精霊に、そんな力が残ってるのか?」

「皆は、俺たちを手伝って、あいつから神の力を奪ってくれたんだ」

「……そういうことか」

 大精霊たちは、普段よりも大きな力を持ってるはずだ。

「俺も封印を手伝いに行ってくる。二人とも、ここから帰れるのか?」

 帰る方法は……。

 あるよね。

 熱気球が。

「大丈夫」

「帰れるよ」

「なら、行ってくる。困ったことがあったら、すぐに呼べよ」

「わかった」

「気を付けてね、レイリス」

 飛び立ったレイリスを見送る。

 大精霊たちが、皆、行っちゃった。

 棺に封印されていた神の力も、神の元へ向かってる。

 じゃあ、私は……?

「エル。私に封印されてる力は、返せないのかな」

 レイリスが月の魔法で封印してくれた力。

「やってみよう。リリー、封印を解いて」

「え?どうやって?」

「大丈夫。自分にかけられた封印を解くイメージで。封印解除って言ってみて」

「……わかった」

 エルが言うなら、出来る。

 月の魔法を解くイメージ。

 私の封印を解く。

「スタンピタ・ディスペーリ!」

 封印よ、解けて!

 体が熱い……。

 体が、光ってる……?

 自分から溢れる光が、大樹の洞から伸びる光と繋がった。

 これで、私の力も神さまに還る……?

 ……熱い。

 それに、この揺れ……。

「大丈夫か?」

「大丈夫……」

「大丈夫じゃないだろ」

「少し、酔いそうなだけ……」

 目が回る。

 でも、エルにくっ付いてると、少し良くなる気がする。

 見上げると、エルが難しい顔で悩んでる。

 あぁ。

 また、心配してる。

「大丈夫だから、こうしていて?」

 エルが居てくれるだけで、大丈夫。

 エルが私を膝に乗せて抱きしめる。

 ……落ち着く。

 少し、このまま休もう。

 

 熱さが、少しずつ引いていく。

 神の力。

 もう、こんなの、誰も必要としてないよね。

 

「揺れが収まったな。……すべての力が神に還った」

 声が聞こえて、顔を上げる。

 目の前に居るのは、見覚えのあるローブ姿の人と……。

 もう一人。

「炎の大精霊……?」

 エイダじゃないけど、この強い赤い輝きは、炎の大精霊だ。

 きっと、もう一人の……。

 あ。

 体の熱が収まってる。

 大樹から伸びる光もなくなってるし、空の虹も消えてる。

 ……揺れも、収まってる?

「ポラリス。セントオの棺を開いたのは、お前なのか?」

 目の前に居た二人が振り返る。

 そっか。このローブ姿は、ポラリスだ。

「私ではないよ」

『セントオの棺を開いたのは、僕の相棒だよ』

「相棒?」

「あなたは、セズディセット山に居た炎の大精霊なの?」

『ご名答。僕の名前はルビー。ポラリスから頼まれて、人間の相棒と一緒に棺探しをしてたんだ』

―デルフィが、人間と共に居たのを見かけたと話していたが。

 確か、パールが言ってたよね。デルフィが見たって。

 それで、ずっとセズディセット山に居なかったんだ。

「まさか、ここまで仕事が遅いとは思わなかったが。何とか間に合って良かったよ」

『失礼だな。褒められる覚えがあっても、愚痴られる覚えはないよ。だいたい、誰がここまで連れてきてあげたと思ってるのさ』

 ポラリスは、炎の大精霊にここまで連れてきてもらったの?

「アンシェラートの封印も完了したのか?」

「もちろん。地下の神々と大精霊たちが、アンシェラートを地下深くへ押し戻し、完全に封印した」

 封印、出来たんだ。

 すごい。

 大精霊たちと神さまが、元通りにしてくれたんだ。

「リリー、調子は?」

「平気だよ。もう大丈夫」

 休んだから、充分、元気になれた。

「こちらの体も戻ったか」

 ポラリスが、アルテアを見ている。

 さっきより髪が伸びて、雰囲気が変わってる。

 これが、この人の本来の姿?

「肉体が元に戻ったとしても、魂はない」

「魂なら私が持っている」

 そう言って、ポラリスが小箱を出す。

 あれは、何?

「私がここに来たのは、これをお前に届ける為。ここに、かつてリンの巫女だったものの魂が入っている。これを、そこの死体と交換してくれないか」

「魂があったところで、肉体が無ければ復活させることは出来ない」

「妖精の女王とは思えない言い草だね。種を取り返したのだろう。お前は新しい命を作り出せるはずだ。さぁ、やってごらん」

 そんなことが出来るの?

 ポラリスが箱を開くと、中から光が出て来た。

 ヴィエルジュがその光を捕まえて、祈りを込めて腕を広げる。

 すると、目の前に、人の姿をした妖精が現れた。

「∀0Λ0Ⅳ†∈」

「……∀1∈?」

「上手くいったようだね」

 この妖精は、アルテアなの……?

「ポラリス。何故、私を地上に残した」

「お前が世界に与えた影響は、良いものばかりとは限らない。簡単に眠れると思わないことだ」

 これが、罪を償う方法……?

「∀1∈。君の目指す世界を手伝おう」

「……それは、あなたの意思?」

「もちろん。この生命は君と共にある」

「ありがとう。∀0Λ0Ⅳ†∈」

 そっか。

 これからは、二人で生きていけるんだ。

「エルロック、リリーシア」

 ヴィエルジュが、微笑む。

「ありがとう」

 笑顔なんて、初めて見た。

 良かった。幸せそうだ。

 アルテアがヴィエルジュを抱えて、ヴィエルジュを大樹の洞に運ぶ。

「エルロック、リリーシア。もう、ここに用はないだろう。大樹を使って、ラングリオンに送り届けるか?」

 ヴィエルジュの力を借りれば、すぐに帰れる。

 けど……。

「俺たちは、人間のやり方で帰るよ」

 そうだよね。

 エルの手を取って、立ち上がる。

「行こう」

「うん」

 

 ※

 

 熱気球が、空の高い所を飛んで行く。

 太陽に照らされて、世界中が光り輝いてるみたいだ。

「綺麗だね」

「あぁ」

 こんなに世界が綺麗だったなんて。

 曇っていた時とは、全然、印象が違う。

 濃い緑の森や、黄緑色の草原に、茶色の畑。建造物が並ぶ都市に、都市と都市を結ぶ道。

 見ているだけで楽しい。

「ジオ、風向きが変わったら教えて」

『良いよー』

 えっと……。

 今は、真っ直ぐラングリオンに向かって進んでるんだよね。

 キャロルが作ってくれたサンドイッチを齧る。

「美味しい」

 こんなところでランチを過ごせるなんて、すごく特別な気がする。

「水筒に温かい飲み物でも淹れてくれば良かったな」

「じゃあ、今度来る時は持って来ようね」

 エルが苦笑する。

『また、神の台座に行くつもりなの?』

「えっ?あの、そうじゃなくって、今度、ピクニックに行く時とか……」

『どこにピクニックに行く気?』

「えっと……」

 エルが、まだ笑ってる。

 そんなつもりで言ったんじゃないのに……。

『僕は、もう少し温かい場所が良いな』

『そうだな』

『そう?私は、グラシアルでも構わないわ。オーロラもきれいだし』

『そおねぇ。綺麗だったわねぇ』

『グラシアルはピクニックに行くようなところじゃないだろ』

『人間には遠いねー』

『なら、グラム湖は?』

『それが丁度良いだろうな』

 確か、歩いて行ける場所だっけ……?

「春になったら行こう。桜が綺麗なんだ」

「うん」

 楽しみだ。

 エルが微笑む。

 ……その笑顔が見られるだけで、幸せ。

 

 穏やかな空を気球が飛んで行く。

 海を越え、山を越え、森を越え、国を越えて。

 帰りを待ってくれている人々の元へと。

 


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