156 想いを重ねて
世界の始まりの大陸“神の台座”。
そこは、オービュミル大陸の北西に位置する氷に覆われた大地だ。
あらゆる生き物の侵入を拒む閉ざされた大陸。
その中央には冷たい風が吹き荒ぶ広い氷の平原がある。
雲で覆われ、極夜の時期に当たる大地は、深い暗闇に閉ざされているはずだった。
しかし、見渡す限り、一面の氷は淡い輝きを放っている。
それどころか、一筋の草はおろか表土すら見えない凍てついた氷面の中央には、したたかな輝きを帯びた生命力溢れる濃緑の大樹が一本。
その傍らに。
片方しかない紅の瞳で大樹を仰ぎ見る白髪の男が居た。
姿は人にしか見えないが、今では人間という括りに当てはめることが不可能な別の存在。
その手から、紅の剣が伸びた。
落ち着いて、リュヌリアンを構える。
左隣では、エルが彩雲を構えてる。
視線と呼吸を合わせて、頷いて。
走る。
……急に、進む方向が真っ暗になった。
違う。周辺全部、闇で覆われてるんだ。
「リリー。見えるか?」
「大丈夫!」
進む方向には、あの人が持つ斑の光と紅色の剣が見える。
これは、闇の魔法だ。
エルは見えてるのかな?
隣に居る金色の輝きが速度を落とすことはない。
月の祝福を受けたリュヌリアン、そして、太陽の祝福を受けた彩雲も光ってる。
大丈夫。
このまま、走って攻撃を……。
力を込めて振ったリュヌリアンの攻撃は、紅の剣に防がれた。
でも、エルの彩雲が綺麗に敵を斬り払う。
斬ったのに、斬れないなんて。
……亜精霊みたい。
私を弾いた後、紅の剣が攻撃の矛先をエルに定める。
でも、エルなら大丈夫。
リュヌリアンを引き戻して……。
エルが、紅の剣の向きを遠くにそらした。これなら私が攻撃できる。
リュヌリアンで、斑の光を斬りつける。
心臓が、波打つような感覚……。
相手の顔も苦痛で歪む。
この人は、亜精霊じゃない。
私たちが戦ってるのは、生きてる人間。
油断すると簡単に押し負けそうになるほど強い。
一つ一つの動作だって、私が今まで出会って来た強い人を彷彿とさせるぐらい俊敏で的確だ。
一人じゃちょっと厳しいけど、エルが居るなら攻撃は入る。
ただ……。
このまま攻撃を続ければ勝てるの?
エルは、どう考えてるのかな。
話をしたいけど、余裕がない。
暗闇の中。
光る彩雲と紅の剣がぶつかる。
「いつでも敗北宣言して良いんだぜ」
エルが紅の剣の相手をしているなら、私は攻撃をする。
真っ直ぐ、上から下へリュヌリアンを振り下ろす。
「強さは認めよう」
あれ?
今、あの人の斑の光が変化した?
「アイフェル!アーラン!」
エルが声を上げると、目の前に手が伸びてきた。
エルの方に行こう。
『貰うよ』
アイフェルの方に黄色の光が伸びていく。
暗闇が晴れて。
アーランの方に、黒い光が伸びる。
『ちゃんと待ってて良かったね。アーラン』
『タイミングは任せる約束だ』
「ありがとう」
黄色の光はアイフェルと、黒い光はアーランと、ずっと繋がってる。
あの人の中にある斑の光。あれは、魔法を使うことで少し変化するのかな。
今は、黄色い光と黒い光が端に寄ってる。アイフェルとアーランは、あの人の神の力を引き抜いてるんだ。
見晴らしが良くなった。
エルの隣に立って、リュヌリアンを構える。
「残りの神の力も返してもらう」
「……」
また、斑の光が変化した。赤色が動いて、炎の魔法が放たれる。
……平気。全然熱くない。
真っ直ぐ走って行って、攻撃を仕掛ける。
私が攻撃を抑え込んでいれば、エルが……。
急に、相手が力を弱める。
どうして?
「あ、」
視界の端に、もう一本の紅の剣が見えたところで、エルが攻撃を食い止めてくれた。持ち手から、上にも下にも刃が伸びる剣なんて。
すかさず相手に一撃を加えて、エルと一緒に下がる。
その瞬間、あの人の中で青と緑が動く。
「パール!シミュラ!」
『了解』
『まかせろ』
すぐに来た二人が、アイフェルとアーランのように神の力を引き抜いた。
「良く解ったな」
青い光がパールと、緑の光がシミュラと繋がる。
「魔法の流れが見えたの」
「すごいな」
良かった。
あの人も消耗してるみたいだし、この調子で……。
「一旦、引く」
「えっ?」
エルが私を抱き寄せて、風のロープを空に放つ。
遠く、上の方でデルフィがロープを掴んでくれたのが見えた。
一気に、空へ引っ張り上げられる。
※
そして、熱気球の籠の中へ。
「ありがとう、デルフィ」
『おかえり』
「ただいま」
『何かあったの?』
「何も。順調に進んでるよ」
「順調なら、どうして引いたの?」
エルがオランジュエードを出して、栓を抜いて私にくれた。
「あいつと大精霊が繋がってる間、あいつは逃げられない。行動を制限して貰える内に休んでおこう」
そう言って、エルがもう一本オランジュエードを出して飲む。
長期戦を見越してるってこと?
確かに、手応えのない感じが続いていたけど……。
オランジュエードを飲む。
美味しい。
飲んだ後に息を吐くと、身体の緊張がほぐれた。
思ってたより、身体が固まってる。
ちゃんと、ほぐしてたつもりなんだけど。自分の状態を把握しておかなきゃ。
「何か食べられるか?」
まだ、お昼じゃないよね?
懐中時計を出して、時間を見る。
え?
朝一で出発したのに。
「こんなに時間が経ってたんだ」
「着いてから、あいつを探すのにも時間がかかったからな」
「そっか」
戦っていた時間は、そんなに長くないはずだ。
お昼を食べるには中途半端な時間で、お腹もそんなに空いてない。
でも、次は、いつ休めるかわからないんだ。
「七つ葉のクローバーなんて、珍しいな」
「お守りなの。キャロルが貸してくれたんだ」
時計を閉じて大事に仕舞う。
エルが、エリクシールを出した。
「エリクシール?怪我なんてしてないよ?」
「上出来の奴は、飲んでも美味いんだ」
薬なのに?
エルが一口飲んで、私に瓶を渡す。
匂いは薬っぽい。
一口、口に含む。
……苦い。
「薬の味がする」
「そりゃそうだ」
エルが笑う。
「でも、なんだか元気が出るね」
「ルイスが作った奴だよ」
「そうなんだ」
体に良いものが入ってるのは確かだよね。
一口でも効果がありそうだ。
でも、甘いものが欲しいかも。
エルが出したプチガトーショコラを食べる。
美味しい。
エルも普通に食べてる。
「……あ」
視界の端に映る線。
「雨」
「雨か」
さらさらとした静かな雨。
あの人が降らせてるんだよね。この雨。
……誰の為に?
「デルフィ、頼みがあるんだけど」
『何だい』
「この熱気球を、あっちの大樹まで運んでくれ」
『良いよ』
エルが方向を指示してる。
「あっちに行くの?」
「あぁ。帰りにも使いたいし、向こうの大樹に繋いでおくよ」
「デルフィ、帰りも私たちを助けてくれる?」
『もちろんだよ。私の帰り道でもあるからね』
「ありがとう」
良かった。
デルフィが力を貸してくれるなら、すぐに帰れそうだ。
「リリー。あいつについて、気づいたことは?」
「亜精霊みたいな人間」
さっきの、あの感覚。
「心臓を斬ってるみたいな感じだった」
「心臓?」
「フォルテに止めを刺した時の感覚に似てたの」
「あいつに心臓はないぞ」
「そうなの?」
「転移の魔法陣の言葉は、あいつが奪われた体の部位を示してる。コッロは心臓。砂漠の封印の棺に入ってるはずなんだ」
でも、あの感覚は……。
「もしかしたら、あいつに入るダメージ量を感じてるのかもしれない」
「量?」
「攻撃した場所によって、ダメージを与えた感覚が違うだろ?リリーは、よりあいつに深いダメージを負わせる場所を攻撃してるんだ」
「さっきはずっと、斑の光に向かって攻撃してたよ」
暗くて、あの人の姿はあまり見えなかったから。斑の光が目印だった。
「なら、この先も狙う場所はそこに絞って良いな。……出来るか?」
出来る。
けど……。
「迷うぐらいならやらない方が良い」
「迷ってなんか……」
エルが私の頬に触れて、私を見る。
「不安なことがあるなら話して」
不安なこと……。
わからないこと。
「あの人が死ぬ条件って、何かな」
「あいつは簡単に死なない。神の力も得て、不死身に近い状態になってる」
不死身……。
「じゃあ、本来あるべき姿に戻さなきゃ、どうにもならないってこと?」
「そういうことだ。神の力をすべて抜き取って、リンの巫女の状態に戻せば、普通の人間と同じになるかもしれない」
本来あるべき姿。あの人がリンの巫女に戻れば……。
―神から得た力は有限だ。
―使い果たせば死を迎える。
リンの力を使い果たせば……?
「だから、まずは神の力を抜き取ることを目指す」
あの人が奪った神の力。
アイフェルとアーラン、パールとシミュラの四人は、もう神の力を抜き始めてる。後、協力してもらえるのはデルフィだけ。
炎と氷の魔法を抜けない。
「次は、エイルリオンとジュレイドで戦うの?」
エルが、俯く。
……違うの?
「……もう少し、食べるか?」
話をそらされちゃった。
「もう大丈夫」
エルが頷いて、出していたものを片付ける。
迷ってるのかな。
エルは、エイルリオンとジュレイドを使いたくないのかもしれない。
「そうだ。ユリアから、魔法の玉をたくさんもらったんだよ」
貰った魔法の玉をエルに見せる。
「中身がわからないのはあるか?」
「えっと……。紫が煙幕で、白いのが光の玉、赤が炎だよね?あ、青いのは、水がたくさん出てくる水の玉?」
「そう。黄色は、光の癒しの魔法が込められてる。水色は水の癒しの魔法。……緑は使わないな」
「どうして?」
「これは、畑の肥料用。大地の魔法が込められてるんだ」
「そうなんだ」
戦いには使わないよね?
ユリア、間違えたのかな。
「エルが使うのある?」
「いや。全部、リリーが持ってて良いよ」
エルは魔法が使えるし、必要ないのかな。
でも、癒しの魔法が必要な時は積極的に使おう。
『着いたよ』
デルフィに言われて周りを見る。
さっきとは違う大樹の近くだ。
「ちょっと待っててくれ」
「うん」
エルがロープを持って、飛び降りる。
「あ、」
『大丈夫かい』
急に揺れたけど、デルフィがすぐに風の魔法で安定させてくれた。
「ありがとう」
思ってたよりも、デリケートな乗り物みたいだ。
「降りて良いよ」
「わかった」
少し高いけど、飛び降りることは出来そうだ。
気球の籠から地面に向かって飛んで、砂の魔法を使って着地する。
綺麗にできた。
すぐに、エルが私の横に飛んでくる。
「デルフィ、気球の面倒はもう見なくて良いよ。その代わり、俺たちが合図しなくても、あいつが風の魔法を使ったら風の魔法を引き抜いてくれ」
『おや皆はちゃんと呼んだのに私だけ呼んでくれないのかい』
「そろそろ、あいつも警戒してるだろうからな。俺たちで気づけたら呼ぶけど、デルフィのタイミングで入ってきて良いよ」
『わかったよ』
風の魔法……。
黄緑色の光を追えば、使ったタイミングを探せるかも。
エルの方を見ると、エルが何か考えてる。
「どうしたの?」
「迷ってる」
「え?」
「どっちの剣で戦うか」
やっぱり、迷ってたんだ。
……迷うよね。
エイルリオンは、あの人とヴィエルジュから生まれた。
これは、あの人に攻撃できる剣だけど……。
エイルリオン自身が、それを望んでいるのかどうかはわからない。
「リリーの意見を聞かせて」
私の意見で良いのかな。
「エイルリオンとジュレイドを見せてもらっても良い?」
エルが、私の前にエイルリオンとジュレイドを出す。
ヴィエルジュの記憶を見た時、私はエイルイオンに語りかけられたような気がする。
今はそんな感じがしないけど……。
エイルリオンに手を伸ばす。
今は、触れない。
「エルは、どうしてエイルリオンとジュレイドが、私たちに過去を見せてくれたんだと思う?」
ヴィエルジュの記憶。
思い出。
あの人への気持ち。
……それを自覚するべきなのは、私じゃない。
「記憶を俺たちに見せる必要はない?」
「うん……。エイルリオンとジュレイドが本当に記憶を見せたい相手って、ヴィエルジュとあの人なんじゃないかな。私たちに見せたのは、単に、記憶を持ってることを教えたかっただけなのかもって」
直接届けることが出来ないから。
訴えかけても思い出してはくれないから。
だから、私たちに見せたんだ。
……やっぱり、あの人との戦いを望んでいるようには思えない。
「ジュレイドが俺に見せたのは、あいつが捨てた記憶なんだ」
「捨てた記憶?」
「そう」
エルが、エイルリオンを背に、ジュレイドを鞘に戻す。
「ここにあるのは、今、あいつが持っていない想いなんだ」
「じゃあ、あの人は、ヴィエルジュへの気持ちを忘れてるの?」
「まさか。感情なんて捨てられない。溢れかえった分を精霊玉に詰めて外に出してるだけだ」
「えっ?精霊玉?」
エルが私の手を取る。
右手の親指には、エルから貰った指輪がある。
「リリーに贈った精霊玉は、リリーへの想いの結晶なんだ。でも、リリーへの愛を失ったわけじゃない。どれだけ精霊玉を作ったとしても、この想いは絶対に消せない」
「エル……」
急に、そんな、愛の告白みたいなこと言われたら……。
どきどきして……。
「ありがとう。私も……。絶対に消えないって、わかるよ」
「愛してる」
「愛してる、エル」
この気持ちは、溢れることはあっても消せはしない。
「ラグナロクは、想いの結晶を集めてジュレイドに託した。……これを、あいつに返さないと」
「どうやったら返せるのかな」
きっと、返せば思い出してくれるはずだ。
伝えずにはいられなくなる、この気持ちを。
「デルフィ」
『何だい』
後ろから声が聞こえて、振り返る。
……そこに居たんだ。
「精霊は、生み出した精霊玉を、どうやって回収するんだ」
『回収?変わったことを聞くね。捨てたものを拾うようなことなんてしないからわからないけれど。私がどうしても取り戻したいと思って受け入れようと考えれば受け入れられるかな』
ええと?
「本人に回収の意思が無ければ、回収出来ないのか?」
『無理やり食わされたら体に入って来るかもしれないけど』
確か、デルフィから貰ってた精霊玉があったよね。
荷物の中から取り出して、デルフィの口に当てる。
すると、デルフィが楽しそうに笑いだした。
『そんなことしても意味がないよ。一度切り離された物と私の間には境界が存在する。リンの力によって引き離されたものを元通りにするなんて簡単なことじゃないからね』
「でも、不可能じゃないんだよね?」
『もちろん。この世に不可能なんてないことはいつも君たちが証明しているじゃないか』
不可能じゃない。
きっと、返せる。
『そうだ。あれに頼めたら早いかもね』
「あれ?」
『虹の女神』
―虹の女神は、世界を繋ぐ架け橋。真実を繋ぐ女神って。
「太陽の大精霊?」
『そう。外部の精霊っていうのは変わった力を持っていてね。境界すら越えて色んなものを繋ぐ力があるらしいよ』
本来なら簡単に繋がらないものを繋げてしまう力?
太陽の力には、そんな力があるの?
空を見上げる。
「空を晴れに変えるのと、あいつに記憶を返して自分から想いを伝えるよう判断させるのと。どっちが早いだろうな」
「両方やろうよ。私は空を晴れに変える。だから、エルはあの人に記憶を返して」
きっと、あの雲が消えて、もう一度虹を見ることが出来たなら。
太陽の力が溢れて、出来そうな気がする。
「わかったよ」
うん。
大丈夫。
出来る。
『それで?次はどっちで戦うことにしたの?』
「彩雲」
「彩雲」
※
エルが私を抱きかかえて、砂の魔法で飛ぶ。
「私も飛べるのに」
「こんなところで迷子になられたら困るからな」
ひどい。
「ならないよ」
……もう。
あの人が居る場所は、大精霊たちが居る場所だ。
絶対に迷ったりしないのに。
「エルは、いつから彩雲で戦おうって思ってたの?太陽の大精霊に協力を頼んだのも、それが理由?」
ずっと、彩雲で戦っていたことが不思議だった。
エルがエイルリオンとジュレイドで戦ってたら、私はサポートに専念したと思うんだけど。そうじゃなかったから、自分から積極的に戦いに参加することにしたのだ。
……その方が、動きやすかったのは事実だけど。
「人間としての意地だよ」
「意地?」
「前に、アレクに言ったんだ。……人間が、自らの力を越えるものに頼らなければ平和を築けないなんて思いたくないって」
……エルらしい。
「太陽の神の力は得たけど。彩雲も逆虹も、あくまで人の力によって作られた、誰にでも扱える道具だ。俺は人間として、人間が作り出したものであいつを越えたい」
そんなこと考えてたんだ。
あの人と戦う為の剣。
誰もが、エイルリオンとジュレイドで戦うに違いないって思い込んでたはずだ。
なのに、使わないことを考えていたなんて。
「越えられるよ」
大丈夫。
だって、もう越えてるから。
あの人だって考えないようなことを、エルは考えてるんだ。
※
空の高いところに、アイフェルとアーラン、パールとシミュラが居る。
それぞれと光の線で繋がった場所に、あの人が居るはずだ。
視線を大樹に移すと、あの人が立ち上がったのが見えた。
エルが立ち止まって、私を下ろす。
十分な間合いだ。
リュヌリアンを構える。
「リリー。行くぞ」
「うん」
もう一度、さっきのようにエルと視線を合わせて。
一緒に駆ける。
まずは、私から。リュヌリアンを振ると、目の前に大きな氷の結晶が現れた。氷の盾?でも、それは簡単に砕ける。攻撃は通ったけど、紅の剣で阻まれた。その上、砕けた氷が私に向かって飛んでくる。
こんなことも出来るの?
氷の破片は痛くもかゆくもないけど、視界の端できらめく氷は集中力を阻害する。足元の光と言い、氷の魔法は、上手く使えば光の魔法に近い効果を生めるのかもしれない。
急に、破片が炎に包まれて消えた。
……もう。そんなの、必要ないのに。
紅の剣に弾かれて一歩引く。紅の剣の次の矛先は……。
「エル、」
全く防御の体勢を取ろうとしていないエルに声をかける。
気づいたエルが、すぐに氷の盾を張って防御した。
紅の剣の斬撃で砕けることのなかった盾の向こうからは、金色に輝く剣が矢のように飛び出す。
……次は、魔法で対抗するの?
加勢する。後ろから攻撃を仕掛けると、気づいた相手が振り向きざま、下に伸びた剣で私の攻撃を防ぐ。
でも、これで良い。
動きを止めておけば、エルが放った魔法の剣がすべて当たる。
『終わったよ』
『こちらも終わった』
アイフェルとアーランから伸びた光が消えた。
これで、光の魔法と闇の魔法は使えない。
後は、パールとシミュラ。
エルと一緒に、呼吸を合わせて攻撃を続ける。
魔法には魔法で対抗するつもりなのか、あの人の魔法の使用頻度の増加に合わせて、エルも魔法を使ってる。
炎の魔法に対して氷の魔法をぶつけたり、相手が作った氷柱や氷の盾をわざわざ炎で燃やしたり。
防具があれば、エルが魔法を使う必要なんてなさそうだけど。
どんな意図が?
それに、この人も、さっきと行動が変わった。
攻撃を受けても、全く表情に出さなくなった。
……きっと、攻撃を受けたら痛いに違いないのに。
突き刺す度に、私の方が抉られるような痛みを感じてしまう。
『終わった』
『終わったぜ』
パールとシミュラから伸びていた光も消えた。
二人が離れていく。
光、水、大地の魔法が無ければ、もう癒しの魔法は使えないはずだ。
このまま攻撃を続けて……。
え?
急に、相手の動きが早くなる。
攻撃に合わせて、リュヌリアンで防ごうとしたところで。
「リリー、」
エルに手を引かれて、一気にその場から離れる。
どうして?
十分距離を取ったところで、エルが止まる。
……大丈夫だったのに。
「エル。……私のことは、心配しないで」
「そんなわけにはいかない」
「絶対に足手まといにならないから。信じて」
お願い。
「リリーは、俺が知る中で一番強いよ」
「え?」
「信じてる。リリーが居ないと勝てないんだ。だから、俺はリリーと一緒に戦う」
……お互いを守ることも、共闘になるんだっけ。
「行こう」
「わかった」
エルがあの人に向かって砂の魔法で飛んで行く。
その、エルを追う。
早い。
彩雲を振って相手の紅の剣を抑えたかと思ったら、そのまま逆虹で下に延びた紅の剣を斬って軌道をずらし、彩雲で相手を斬る。
流石、エル。鮮やかだ。
そのまま払い抜けたエルに続いて、リュヌリアンで攻撃する。もう一撃、入りそう。
視界の端で、エルが真空の魔法で紅の剣を抑えているのが見える。
「!」
ありがとう、エル。
リュヌリアンを上から振り下ろす。
きっと、この攻撃は痛かったはず。
目の前に彩雲の切っ先が現れる。エルが背後から攻撃してるんだ。
でも、相手が後ろを向いてエルを振り払う。吹き飛ばされたエルが宙を舞って。空から金色の剣が降り注いだ。
行ける。
背中を向けた相手を斬り払って、勢いを付けて回転して、もう一度斬る。
もう一回……。
相手がこちらに向かって剣を振ったのが見えた。
でも、その軌道なら当たらない。
体勢を低くして、砂の魔法で回転。
……あ。いけそう。
足を伸ばして、足払い。
宙に浮いた相手に向かって、下段から斬り上げる。
私も、エルみたいに魔法を使おう。
氷塊をイメージして。
氷の魔法を相手に向かって放つと、紅の剣を持つ手が氷りつく。
……息が切れてきた。
いったん離れよう。
バク転して、一気に距離を取る。
すると、エルが空から降ってきた。
上手く立ち上がれなかったあの人が、風の魔法で離れる。
風の魔法?
「デルフィ!」
「デルフィ!」
『貰うよ』
デルフィが魔法を掴む。
……あの人が、ふらついてる。
表情も辛そう。
さっきまでの余裕は感じられない。
確実にダメージを与えてるんだ。
このまま、畳みかける。
エルと一緒に走った瞬間、突然、地面から氷の壁がそびえ立つ。
邪魔!
走る勢いのまま、氷の壁に向かって攻撃する。
けど、ひびが入った場所はすぐに修復されて、どんどん分厚い氷になっていく。
簡単には崩せない。
「エル、どうしよう?」
数歩下がって様子を見ると、氷の動きが止まった。
エルが時計を見て、空を仰ぐ。
「リリー。どれぐらい疲れてる?」
軽く腕を回して、屈伸をして、深呼吸。
体が温まって、良い感じ。
「平気。さっき、休んだばかりだから」
疲れはない。
「じゃあ、空に向かって魔法を放ってくれ」
「わかった。やってみる」
この辺りには精霊は居ないはずだし、思い切りやって大丈夫だよね。
集中して。
空に向かって、光を放つ。
「アンジュ。彩雲に宿って」
『うん』
エルが、炎を纏わせた彩雲で氷の壁に斬りかかる。
「見ろ。俺たちの勝ちだ」
煙を上げて溶け始めた氷から、紅の剣が飛び出る。
落ち着いて彩雲で防御したエルが後退する。
『リリー、上!』
空に黒い槍が現れる。
あの人は、魔法を使いながら剣を振るうことも出来るんだっけ。
……大丈夫。
あれなら簡単に消せる。
「お前の相手は俺だ」
そっちは、お願い。
砂の魔法で少し飛んで、リュヌリアンを大きく振って黒い槍を斬る。
こっちに向かって飛んできたのは、これで全部消えた。
……空の雲が閉じ始める。
だめ。
集中して……。
あの雲を、払いのける!
『まだ来るよ』
集中したいのに!
黒い槍に向かって、今度は黄金の大剣をイメージする。
これを、振り回して……。
『おぉ。すごいね』
やった。
地上に落ちる前に、すべての黒い槍を消せた。
でも、そっちの対応に集中してたら、空に向かって放つ光に集中できない。
せっかく開いた空が、また閉じ始める。
もっと、魔法を使う練習をしておくんだった。
練習……?
そうだ。リュヌリアン。
剣を持って、空に向かって再び光を放つ。
こっちの方が集中して力を入れられる。
でも、また黒い槍が降ってきた。
『きりがないね』
もう一度降ってきた黒い槍に向かって、今度は、炎の魔法が放たれた。
「エル」
「ただいま」
エルが、私の傍に戻って来た。
「おかえりなさい」
空を見上げる。
雲が、せっかく広げた空の穴を埋めていく。
「ごめんね、エル。私の魔法じゃ、あの人の魔法に勝てないみたい」
「それだけまだ力を残してるってことだ。もう少し弱らせないと」
「弱らせれば消せるの?」
「あいつは、空を雲で覆う分には大した魔力を使わないらしい。でも、さっき戦った感じだと、空を晴れに変えようとする力に対抗するには、魔力も集中力も必要みたいだった。あいつを追い込めば、リリーが勝てる」
あんなに疲れてそうに見えるのに。
……違う。
あの人も、必死なんだ。
空が晴れることは、私たちの勝利条件。
あの人も、絶対に負けたくないんだ。
そして、私たちも。
負けられない。
『エル、リリー、気を付けて』
エルと手を繋ぐ。
『下だ』
「え?」
「え?」
地面が揺れて、私とエルの間に地面から尖った氷が突き出る。でも、それはすぐに赤い炎によって溶けて消えた。
どういうこと?
「エル、今の声って」
「逃げるぞ」
頷いてエルに捕まると、エルが空に向かって風のロープを放ちながら、砂の魔法で飛び上がる。
一気に地上から離れて……。
急に、空の上でふわふわ浮かんだ。
「デルフィ」
デルフィの風の魔法?
エルと一緒に地上を見下ろす。
砕かれた氷で、地面がめちゃくちゃになってる。
「あれ、あの人の魔法なの?」
「だろうな」
さっきまで平地だったとは思えないぐらいでこぼこだ。
「あれじゃ戦いにくいな。平らにできないか?」
『風の魔法で斬り裂いてみようか?』
『私がやる。シミュラ。岩を出して』
『何するんだ?』
『岩を濁流で流して氷を破壊する』
「えっ?」
「大丈夫なのか?」
『やってみるか』
大丈夫、かなぁ……。
シミュラの魔法で、空から地面に向かってたくさんの岩が降り注ぐ。
なんて力だろう。
次に、パールが竜巻のような水を放って、地面にあるものすべてを混ぜる。
『これ、魔法なの?』
『災害だな』
大精霊って、こんなにすごいことが出来るの?
しかも、皆、何とも思ってない。
……大精霊にとっては、難しいことでも大変なことでも無さそうだ。
大精霊に協力を頼むのは、もう止めよう。
あ。
「エル。あそこ……」
デルフィとあの人を繋いでいるはずの光が向かう場所が、大きな氷の盾で覆われている。
あの人が居る場所。
一人なら、あんなに大きな盾は要らない。
……あそこには、ヴィエルジュの大樹があるんだ。
あの人は、大樹を守ってる。
……どうして、気持ちを伝えないのかな。
「アンジュ、戻って」
『うん』
アンジュが彩雲から出て来た。
ずっと、彩雲に宿ってたんだ。
「イリス、アンジュ。エイダとパスカルの気配はあるか?」
『え?』
『えっ?』
『エイダ?』
『パスカル?何の話だ?』
さっきの声。
それに、突然現れた炎のことだ。
「リリーは、聞こえたか?」
「うん。聞こえたよ。パスカルの声」
『パスカルの声?』
姿は全然見えなかったけど……。
『ボクは聞いてないよ。それに、パスカルの気配はない』
『僕も……。わからない』
『アーラン、どうなの?』
『パスカルの気配もエイダの気配もない』
じゃあ、さっきの声と炎は?
確かに、はっきり聞こえた気がする。
どこかに居る……?
でも、大精霊の姿はもちろん、ここには氷の精霊だって一人も居ない。
『平らになった』
『これ、平らか?』
見下ろすと、水が引いているのが見えた。
平ら……。かなぁ?
『終わったよ』
デルフィとあの人を繋ぐ光が消えた。
風の魔法を使えないってことは、あの人は飛べなくなったはずだよね。
でも、炎と氷の魔法は使える。
「行こう」
「うん」
エルと一緒に、あの人が居る場所に向かって降りる。




