155 輝きの約束
鏡の前に立つ。
装備は整えたし、綺麗に髪も結べた。
もう一回、荷物の確認をしておこう。
……レインコートなんて、要るかな?
いつも忘れちゃうから、入れておいて良いよね。
大丈夫。ちゃんと綺麗に入ってる。
準備は万端だ。
「おはよう、エル。リリー」
「おはよう、エル。リリーシア」
「おはよう」
「おはよう。……早起きだな」
「見送りするって言ったからね」
「朝ご飯は出来てるわ。お昼にサンドイッチも作ったから、持って行ってね」
「わぁ。美味しそう」
「ありがとう。持って行くよ」
エルがキャロルを抱き上げる。
「前より重くなったな」
「もうっ。女の子に失礼なこと言わないでくれる?」
エルが楽しそうに笑ってる。
「コーヒーが入ったよ。一緒に食べよう」
「あぁ」
「うん」
温かくて、良い匂い。
※
「いってらっしゃい。エル、リリー」
「いってらっしゃい。エル、リリーシア」
「いってきます」
「いってきます」
玄関までルイスとキャロルに見送られて、隊長さんの家を出る。
それから、オルロワール家の裏口へ。
歩いていると、見慣れた精霊が飛んできた。
「ネモネ?」
『早起きなんて珍しいんじゃない?』
『見送りたいんだってさ。あっちを見て』
ネモネが飛んで行った方を見る。
みんな……。
アリシア、ポリー、メルに向かって、大きく手を振る。
ありがとう。
いってきます。
オルロワール家を通り抜けて、門から出る。
え?
「隊長さん」
「ガラハドに、パーシバル」
「おはよう。エル、リリーシア」
「おはようございます」
「おはよう」
「おはようございます。本当に、早いっすねぇ……」
パーシバルさんは眠そうだけど、隊長さんは相変わらずだ。
「調子はどうだ?」
「大丈夫です」
「いつも通りだよ」
「適度な緊張は戦闘に向くが、緊張し過ぎは体を固めるだけだ。上手く力を抜くんだぞ」
緊張……。
「少し、手合わせをお願いします」
「朝から元気だな。剣は使わないぞ」
「わかりました」
広い通りの真ん中の方へ。
呼吸を整えて。
隊長さんに向かって走って、腕を突き出す。
受け止められた。
続けて拳をぶつけて、足で蹴り上げる。
……ロニーと同じ。全部の攻撃を受け止めてくれるみたいだ。
でも、せめて一発ぐらいは当てたい。
「随分、肩に力が入ってるじゃないか」
本当だ。
程よく力を抜いて。
身体が滑らかに動く方へ。右、左、右、振り返って足を当て……、無理。じゃあ、もう一度右で。
攻撃が、入った。
「上出来だ」
さっきよりも体が軽い。
「ありがとうございました」
隊長さんに礼をする。
「良い顔になったな」
「はい」
「エル、リリーシア。ちゃんと帰って来るんだぞ。いってらっしゃい」
「いってらっしゃい。お気をつけて」
「はい。いってきます」
「いってきます」
お城へ。
正門には、衛兵が居る。
「おはようございます」
「おはよう」
「おはようございます」
挨拶をして、そのまま門をくぐる。
「エルロック。リリーシア」
「レティシアさん。ユベール君」
それに、魔法部隊の人たちだ。
「朝っぱらから演習か?」
エルの言葉に、レティシアさんがため息を吐く。
「こんな早朝から王都の上空を飛ぶ輩が居るのだ。不測の事態に備えなければならないだろう」
「そう簡単に落ちるわけないだろ」
「だと良いが。……無事を祈っている」
「あの、どうか、お気をつけて」
「ん。いってきます」
「いってきます」
魔法部隊の人たちに手を振って、お城の中に入る。
人が全然居ないお城の中は、いつもより広く感じる。
エルと一緒に、真っ直ぐお城を通り抜けて、北門前にある広場へ。
お城を出た広場では、セリーヌたちが前みたいに巨大風船を膨らませている。
「おはよう」
「おはようございます」
「おはよう。準備はもうすぐ整うわ」
「待っててねぇ」
マリー、セリーヌとユリア。
それに、カミーユさんと錬金術研究所の人たち。ルシアンさんも居る。
皆、来てくれたんだ。
「リリー。忘れ物はない?準備は、大丈夫?」
「大丈夫だよ、マリー」
虹のワンピースも着てるし、流れ星のリボンも、クロエが作ってくれたマントも付けてる。もちろん、リュヌリアンとカーネリアンも。
それから、キャロルから借りたクローバーを入れた懐中時計も。
「これが、魔法の玉の大玉か?」
「そうよ」
エルが、大きな魔法の玉を見てる。
あれ、バニーがセイレーンと戦った時に使った奴だよね?
シールの雷の魔法が入ってたもの。
「簡単に割れないから、急いで使う時は剣で斬った方が早いかもしれないわ」
「えっ。魔法が出てくるんだよね?大丈夫?」
「大丈夫よ。中身は逃走用の煙幕だもの」
「そうなんだ」
良かった。攻撃魔法じゃないみたいだ。
「こっちの中玉は回復魔法よ。危ないと思ったら、すぐに使ってね」
「うん。ありがとう」
バニーが炎の魔法を詰めてたのと同じぐらい。
エルが怪我をしたら、すぐに使おう。
「浮かぶわよ!」
巨大風船が空に向かって起き上がる。
近くで見ると、本当に大きい。
地面にロープで繋がれてるけど、今にも飛んで行きそうな感じで浮いている。
「荷物を運びこむわ。っていうか……」
セリーヌが私たちを見る。
「他に持って行くものないの?」
「え?」
忘れものなんてないよね?荷物チェックは出かける前にもしたし。ちょっと余計かなって思うものまで持ったと思うけど……。
「忘れ物があったら帰って来てねぇ?」
「えっ?忘れものは、ないと思う……?」
『もう。ピクニックに行くんじゃないんだからさぁ……』
「おやつは持ったぁ?」
「持ったよ」
「エル!」
大きな声が聞こえてエルの方を見ると、エルが何かを避けたのが見えた。
近くにはシャルロさんとカーリーさんも居る。
そして、遠くで何かが爆発した。
「えっ」
「何、投げてるんだよ」
エルが怒って向こうに行く。
投げたのは、ルシアンさんたち?
「おはようございます、リリーシア様」
「シャルロさん、カーリーさん。おはようございます」
「おはよう。あの馬鹿は相変わらずだな」
逃げ回るエルに向かって、皆が魔法の玉を投げてる?
あちこちで爆発してるけど……。
「あれ、何ですか?」
「音だけの花火みたいなものだ。騒がしいだけで大した害はない」
「当たっても痛くないんですか?」
「痛いんじゃないか?あの装備なら平気だろうが」
平気かなぁ……。
でも、楽しそう?
「ちょっと、あんたたち!何やってるのよ!」
「あちこちで煙が上がってるねぇ」
「やめなさい!」
……やっぱり、だめだよね。
マリーが怒った瞬間、城壁の上で爆発が起きた。
「あ」
皆が焦ったように、上を見上げる。
あれ?何か変。
爆風が起きた場所に、誰か居る……?
あ。
カートとコートニーだ。
「参ったな。見つかってしまったか」
声の主が姿を現す。
「アレクさん、ロザリー」
「アレク、ロザリー」
闇の魔法?
隠れて、こっそり来てたんだ。
「アレクシス様!」
衛兵が慌てて向かったけど、すぐにアレクさんの傍にマリユスとローグが立つ。ライーザも一緒だ。
「エル。リリーシア。いってらっしゃい」
「二人の帰りを待っています。いってらっしゃい」
「あぁ。いってきます」
「はい。いってきます」
それだけ告げて、皆が去っていく。
「エル、リリー。準備できたわよ」
セリーヌの方を見ると、熱気球の近くに大精霊たちの姿が見えた。
「デルフィ、来てくれ」
『ふふふ。ちゃんと居るから心配しないでおくれ』
「エル。大精霊たちも、ここに集まってるよ」
光と闇、水と大地、そして、風の大精霊。
「じゃあ、出発しよう」
「うん」
エルに手伝ってもらいながら、熱気球の籠の中に乗る。
思ったよりも広い。
立つスペースしかないと思っていたけど、二人で座れるぐらいの場所がある。
「熱気球の動かし方は大丈夫よね?」
「上昇と下降の方法はわかってる。方角は精霊に頼むよ」
「火力が足りなくなりそうだったら、予備の炎の中玉を使って」
足元には、箱に入った色んな色の魔法の玉が置いてある。
割らないように気を付けなくちゃ。
「これからロープを切り離すわ。一気に空に飛んで行くから、振り落とされないように気を付けてね」
「わかったよ」
えっと……。ここを掴んでいれば大丈夫かな?
「リリー。気を付けて」
「うん。ありがとう、セリーヌ」
セリーヌが微笑んで、走って遠ざかる。
「準備は良い?」
「良いよ」
「待って!」
ちゃんと、言いたい。
「皆、ありがとう。たくさん手伝ってくれて。私たちの為に、色々用意してくれて。私たち、ちゃんと帰って来るね!……いってきます!」
「いってきます」
必ず帰って来る。
「皆、ロープを切って!」
熱気球が空に飛び上がる。
※
すごい速さで地面が遠ざかる。
一瞬で、皆が小さくなった。
私たちはもう、空に居る。
『さて。目指すは神の台座だね』
デルフィが私たちの傍に来る。
『寄り道するところはないかい』
「ないよ。真っ直ぐ目指してくれ」
『それは残念』
『それで?私たちは、君たちの傍に居れば良いの?』
アイフェル。
『近くに居ては意味がないだろう』
少し離れた場所に居るのが、闇の大精霊のアーラン?
『では、どこに居れば良い?』
急に、パールが目の前に現れて、思わずエルにしがみつく。
……どうして、急に出てくるんだろう。
シミュラがパールの隣に並ぶ。
『自然に溶け込んでても、あいつには気づかれそうなんだよな』
だったら、私たちのすぐ傍に居ない方が良いかも?
「デルフィ、この熱気球を上空に留めておくことってできるか?」
『一点から動かさないのは難しいけれど。神の台座の上空にふらふら浮かべておくことなら出来るよ』
「それで十分だ」
『隠しておきたいなら、私が幻惑の魔法でもかけておこうか』
「あぁ。頼む」
『わかったよ』
幻惑の魔法。光の魔法の幻で包むってことだよね。
「地上に居るあいつから神の力を奪うのも、これぐらいの距離で可能か?」
『出来るよ』
『可能だが。距離が離れた分だけ、呼びかけに応じる時間はずれる』
「どれぐらい?」
『この程度なら、誤差の範囲だろう』
すぐに応じてくれるみたいだ。
「なら、それで大丈夫だ」
大丈夫。
精霊たちは、いつでも助けてくれる場所に居てくれる。
アイフェルの隣に居る闇の大精霊を見る。
「あなたが闇の大精霊だよね?はじめまして。リリーシアです」
『アーランだ』
『あれ?リリーシアとは、初めて会うの?』
アイフェル。
『勇者選定時に顔を合わせたきりだ』
『そうなんだ』
『リリーシア。あまり、夜間に強力な光を放つのは止めてくれ』
「強力な光?」
『それって、月の女神に祈った時のこと?あれはしょうがないよ』
『それは理解している。しかし、あの光は闇の精霊には眩し過ぎる』
アレクさんとレイリスを助けたくて、祈った時のことだ。
私は何も考えずに魔法を使ってしまった。
でも。
強い魔法を使う時、エルはいつも周囲の精霊の理解を得ていた。
精霊を傷つけないように。精霊と敵対しないように。
「ごめんなさい。気を付けます」
『素直だねぇ』
私たちは精霊の力を借りて魔法を使っている。
自然や精霊に配慮することは、魔法を使う上で一番大切なことだ。
『心配しなくても、あいつと戦う時は気にしなくて良いよ』
『あの男の近くには、精霊は寄り付かない』
確かに。
嫌な感じがするって、精霊たちは逃げてたっけ。
『そろそろ見えて来たよ』
進む方角には、氷で閉ざされた大地。
神の台座。
「適当な場所で、リリーと一緒に降りるよ。デルフィ。俺たちが助けを求めたら、俺たちをここまで引っ張り上げてくれ」
『助けの合図は?』
「風のロープを空に向かって打ち上げる」
『それを掴んで引っ張り上げれば良いんだね』
「あぁ。頼むよ」
もうすぐ、到着する。
目を閉じて。
呼吸を整えて。
自分の身体の調子を一つずつ確認する。
……少し、緊張しすぎてる。
上手く力を抜いて、身体をしっかり動かせるようにしておかなくちゃ。
※
高い所から、少しずつ低い場所へ下がっていく。
「俺たちが降りれば、軽くなった気球は上昇する。これぐらいの高度を保っていられるか?」
『これぐらいの風船ならいくらでもコントロールできるよ』
熱気球はこの辺に浮かべておくみたいだけど、アイフェルが光の魔法で隠すから、下からは見えない。
「リリー、準備は良いか?」
「うん。いつでも大丈夫」
「捕まって」
エルに抱き寄せられて、しっかり捕まる。
「じゃあ、行ってくる」
「いってきます」
『いってらっしゃい』
大精霊たちに見送られて。
エルと一緒に、熱気球から飛び出す。
落下。
エルの砂の魔法のおかげで、落下速度は緩やかだ。
落下。
眼下に広がるのは一面の氷。
その中央にあるのは、濃い緑の葉を生い茂らせた大樹。
目指すのは、あの場所だ。
落下。
「あいつの気配は?」
「ないよ」
落下。
きらめく地面に近づく。
見える範囲には誰も居ない。
落下。
地面が近い。エルにしっかり捕まる。
エルが、地面に向かって砂の魔法を放った。
着地。
砂漠の嵐のように砂塵が舞う。
衝撃で氷が割れないか心配だったけど、足元はしっかり硬い。
エルから離れて、リュヌリアンに手をかけて、周囲を見回す。
誰も居ない。
……静かだ。
嫌な感じもしない。
本当に、誰も居ない?
砂塵が消えた。
遮るもののない平原を、ゆっくり見渡す。
「精霊が居ない」
「精霊が?」
誰も居ない。
けど、精霊の存在を感じる。
不思議な違和感……。
「あれ?地面が光ってる……?」
「本当だ」
エルが放った砂の魔法で、辺りに砂が散っているけど。
その下にある氷が、優しく光を放っている。
不思議で、どこか懐かしい。
この輝きって……。
「月の渓谷みたいだね」
「月の渓谷みたいだな」
声が重なって。
エルと一緒に顔を見合わせて、笑う。
『二人とも、ここはやばい奴が居る場所なんだからね?』
『今のところ、周囲に異常はないようだが』
『気を付けてよー』
「ごめんなさい」
『ふふふ。いつも通りで良いんじゃなぁい?』
『そうね』
「お前ら、絶対に俺から出るなよ?」
『わかった』
『了解』
『ボクは、リリーの方に居るよ』
「あぁ。頼む」
「ありがとう。イリス」
イリスが私の中に入る。
あったかい。
エルに手を引かれて、大樹の方に歩く。
「ヴィエルジュ、居るか?」
エルが呼ぶと、大樹が膨らんで、洞が開いてヴィエルジュが現れる。
「呼びかけるまで、洞は閉じて待っててくれ。危なかったら別の場所に居ても良い」
「わかった」
大樹の洞が閉じたけど、膨らんだままだ。
まだ、ここに居るんだよね。
「あいつを探しに行こう」
「どこに居るかわかるの?」
「確実とは言えないけど……。ここから西に進む」
「わかった」
エルと手を繋いで、氷の大地を歩く。
思ったより滑らない。
エルが砂を巻いてくれたのもあるけど、適度なでこぼこが滑り止めになってるみたいだ。
遮るものの何もない大地は、どこか砂漠を彷彿とさせる。
見上げた空は雲で覆われていて、星なんて見えないけれど。
……しかも、まだ昼だけど。
わずかな明かりと世界のほの暗さは、夜のような雰囲気がある。
変な感じだ。
何より、敵地に居ると思えない。
精霊が一人も居ないのに、どこか、私たちはこの場所……。ここの自然に迎え入れられているような気がする。
「寒くないか?」
「平気」
そっか。
全然寒くないから、気持ちが安心してるのかも。
エルもそうかな。
炎脈のコートは、エルを寒さから守ってくれているはずだ。
「空、暗いね」
本当に夜みたい。
「今は極夜だからな」
「そっか」
太陽がほとんど昇らない時期。
夜っていう感じも、あながち間違いじゃないらしい。
「グラシアルも極夜があったのか?」
「冬至の頃は極夜の時期だけど……。女王の力があったから。真っ暗で怖いって思う日はなかったよ」
実際に太陽を見ない日があったかは覚えていない。
冬至の時期は、お祭りで賑やかだから。
「あ。この光って、城の中に似てるかも」
だから、懐かしい感じがしたんだ。
「グラシアルの?」
「そう。お城の中って、光源がなくても、だいたいの場所は明るかったんだよ。あれ?でも、夜は暗くなってた気がする……?」
『城内の光の調節は、女王がやってたんだよ。エルとリリーも見ただろ?城の外の大広場にあった、女王の機嫌が解るっていう装置』
「球体のオブジェのこと?」
『そうだよ』
そういえば、あの城は女王の体みたいなものだって誰かが言ってたっけ。
球体のオブジェはもちろん、城も丸ごと女王の管理下にあったんだ。
……あったよね。全部、女王が作ったものだ。
『あれと似たような感じで、明るさを変えられるんだ』
「じゃあ、この氷の明かりも誰かがコントロールしてるのか?」
『わからない。そんなこと出来るのは、氷の大精霊ぐらいだと思うけど』
パスカルだけ?
「イリスには出来ないの?」
『小さな氷ならともかく、こんなに広い範囲は無理だよ』
氷の精霊が力を合わせれば出来そうな気もするけど。
ここには精霊が一人も居ないから違うよね。
あ。でも、精霊は自然に溶け込むことが出来るはずだ。
私が見えないように自然に溶け込んでる可能性もある?
……だとしたら、誰が?
「グラシアルからは、神の台座は輝いて見えたのか?」
「え?うーん……。日中は普通の氷の塊にしか見えないし、月の出ない夜に光ってた印象はないよ」
神の台座を夜中に見る機会なんてそんなにないけど。
遠くからでもわかるような光を放っていた印象はない。
それに、ここは神の台座の真ん中ぐらいのはずだ。この辺りだけ、これぐらいの淡い光で光ってたとしても、グラシアルからは見えないんじゃないかな。
……あっ。
「エル」
エルの手を引く。
嫌な感じがする。
エルが私を見て、頷く。
この先に、あの人が居る。
今まで平原だったけど、ここから先は樹木や氷が張り巡らされた複雑な場所だ。
でも、足元を見ると、道のように平らな場所が奥の方へ続いてる。
「メラニー。トラップに警戒してくれ」
『了解』
「行こう」
「うん」
エルと一緒に歩き進めると、氷で出来た洞窟の入口に来た。
ここから先は、氷で覆われた場所に入る。
崩れたりしないよね?
天井を見上げる。
入り口は少し狭かったけど、中はすごく広くて高い。
「綺麗……」
宝石のように透き通った氷の空間。
『ちゃんと警戒してよ』
「わかってるよ」
でも、こんなところで戦ったら氷が崩れて下敷きにされそうだ。
……炎の玉を、すぐ出せる場所に入れておこう。荷物のポケット。ここなら、手探りですぐに取り出せる。
天井が崩れたら、これを使って氷を溶かして外に出よう。
※
道の先。
辿り着いた場所は、円形の広い……。部屋?
その中で、誰かが地面に這いつくばって何かしている。
……あれって、あの人だよね?
何してるんだろう?
木の枝を持って……。
地面に、何か書いてる?
エルがしゃがんで、地面を見ている。
あ。
ここだけ地面が違うんだ。
氷じゃなくて、柔らかい土の地面だ。
エルが土に触ってる。
「勝手に書き込むな」
急に怒られて、あの人の方を見る。
「エルロック・クラニス。そして、リリーシア・イリス・フェ・ブランシュ」
「違うよ。私の名前は、リリーシア・クラニス」
「私が複数の名を持つように、どちらも君を示す言葉だ。用件を聞こう」
「賭けをしたい」
「賭け?」
「俺たちは、お前を越える」
「何を以て越えた証とする?」
「俺たちの勝利条件は、空を覆う雲を消すことだ」
空を晴れに変えれば、月の女神の助力でレイリスを助けられる。
「良いだろう」
「俺たちが勝利した時に求めることは一つだ」
エルが私を見る。
「ヴィエルジュに……。あなたの愛してる人に、自分の気持ちを伝えてください」
「断る」
……嫌なんだ。
「言葉で言わないと何も伝わらないです。ヴィエルジュは、あなたを拒否してるわけじゃなくって……」
「私と彼女の間には何者も介入させはしない」
「私たちが負けたら、神の力を渡します」
「私の勝利は、お前たちの死。お前が内に封印する力を取り出せば済む」
私に封印された力……。
そっか。私が死ねば……。
「俺たちが用意したのは、お前が砂漠まで取りに来た封印の棺だ。封印を解いた状態で、今、ヴィエルジュが保管してる。真偽を確かめたいなら、ヴィエルジュに聞けば良い」
「それは、私の目的を理解した上での取り引きか?」
この人の目的……。
―私こそが、この地上を支配する神。
―お前たち人間を祝福する人間の神だ。
人間の神となること。
―人と精霊が色濃く存在するこの地ほど使いやすい場所はない。
―死体も多く手に入ることだしな。
―……さぁ、私の糧となれ。
この人は、暴力で人間を従わせようとしている。
「神さまは、力での支配も信仰の強制もしないです」
「王都を攻撃しようとした奴に誰が付いて行くんだ。お前を神として崇める奴なんて一人も居ないぞ」
「弱者を操る方法など無限に存在する」
「私たちは、簡単に操られたりなんかしない」
「皆、一人一人が自分の意思で生きてる」
「神の救済が全く必要ないと?進む方向を簡単に違え、悪意と私欲の為に争いを繰り返すのが人間だ。この世界には、争いの歯止めとなる存在と、人間の悪意のすべてを受け止める存在が必要だ」
争いを止める為に作られる存在。
「それが、勇者なの?」
「それが、悪魔なのか?」
「その通りだ。敵が居ない世界では、お前のすぐ隣に居る者が簡単に敵となる」
「そんなこと、絶対ない」
「そんなこと、絶対ない」
エルと手を繋ぐ。
「人間に可能性が存在すると言うのなら。その力を私の前に示すが良い」
「賭けに乗るんだな」
「私の勝利は、アンシェラートによって選ばれた勇者二人の死だ」
「空が晴れたら俺たちの勝利だ。さっきの約束に従ってもらうぞ」
「良いだろう。……お前たちが降り立った神樹の傍で待つ」
あの人が急に消える。
……まるで、精霊みたい。
「あの人、ヴィエルジュの傍にはいつでも行けるのかな」
「なんで?」
「精霊って、目印のある場所には行けるはずだから」
「目印って、精霊玉?」
「えっと……。エルは見たことないかもしれないけど、エイダって、エルが指輪にしてた精霊玉から出てくるんだよ」
「なんだそれ」
そっか。エルは知らないんだっけ。
レイリスも、エルの傍には自由に行けるみたいだったよね。
「だから、目印がある場所にはいつでも行けるのかなって」
神の力を持ってるから可能な方法なのか、あの人がそもそもできることなのかはわからないけど。
「戦ってる最中にも、あいつが転移の魔法を使う可能性がある。その時は、ヴィエルジュの大樹を探そう」
「わかった」
落ち着いて状況を見極めれば大丈夫。
「リリー。準備は出来てるか?」
「うん」
エルの手を取って、エルを見上げる。
「勝とうね」
「もちろん。勝つよ」




