151 姉妹
スコルピョンの十四日。
相変わらず天気は悪くて、外は寒い。
通りを歩いてる人も、防寒具をしっかり着て歩いていて。とても、静かだ。
「いつも通りだね」
人通りも、街の雰囲気も。
何も変わらない。
「当たり前だろ?」
見上げたエルが、いつもみたいに微笑む。
「うん。そうだね」
いつも通り。
隣でエルが、懐中時計を見ている。
「朝食を食べに行こう。食べたいものはあるか?」
「あったかいもの」
「じゃあ、カフェに行こう」
そっか。カフェって、朝もやってるんだっけ。
※
カフェ、ダンドリオン。
「美味しそう」
朝のカフェは、セットメニューを頼むものらしい。
どのセットにもスープと食後のドリンクが付くから、好きなパンと一皿を選ぶ。
エルは、シンプルなパンとアンチョビのサラダ。
スープは、玉ねぎとキャベツのスープだ。
……温かいスープが身体に染みる。
野菜の優しい甘さに癒される。
「そういえば、このお店には林檎がないね」
「食べたかったのか?」
私じゃなくって。
「エルが食べたいかなって」
「俺が?」
「ほら。お城では、いつも選んでるから」
エルが首を傾げる。
『エルって、いつも、そういうの考えずに選んでるよね』
「そうかも」
サンドイッチの組み合わせも、いつも同じだから。
気に入った組み合わせを、無意識に選んでるみたいだよね。
「食べ終わったら、シャルロの家に行ってくる」
「シャルロさんのところ?」
「新しい家に関する書類が出来てるだろうから、見てくるよ。ついでに、カミーユにも頼みたい書類があるから、先に研究所に行くかな」
行く前に、やらなくちゃいけないことが残ってるらしい。
「何か手伝うことはある?」
書類の確認だけなら、私ができることはなさそうだけど……。
「明日は家族で過ごす日にするつもりだから、ルイスとキャロルと一緒にやりたいことを考えておいて」
先に隊長さんの家に行けば良いのかな。
でも、また勝手に何か決めて来ちゃったらどうしよう?
「新しい家のことは、皆で一緒に考えるんだよね?」
今のところ、フローラから貰うお店は改築してデュグレさんに貸すことになって、今の家は、いずれレオナールさんに貸す予定って聞いてるけど。
これ以上、変わることはないよね?
「家具を見に行っても良いな」
「え?備え付けであるのに?」
「使えるのばかりじゃないだろ?不要なのは処分して、新しく揃えよう」
なんだか楽しそうだ。
そういえば、キャロルが……。
―私の部屋にある家具だって、私が可愛いなって言っただけで、一式全部買っちゃったじゃない。
先に、ルイスとキャロルと話し合っておいた方が良さそうだ。
「今日は、夜までには帰るんだよね?」
「あぁ。夕飯は何食べたい?」
早めに帰って、何か作るつもりなのかな。
食べたいもの……。
あ。
「ロールキャベツ?」
「ロールキャベツ?」
声が重なって、思わず笑う。
「じゃあ、準備は任せるよ」
「えっと……。前に作った時と同じものを用意しておけば良い?」
「何でも良いよ」
新しいレシピを作るんだっけ。
キャベツとお肉と……?
何にしようかな。
市場は午前中しかやってないから、真っ直ぐ行った方が良さそうだ。
「じゃあ、私は市場に寄って行くね」
「精霊たちを預けておいても良いか?」
……市場なんて、迷わないのに。
エルが楽しそうに私の頬をつつく。
「月の魔法の練習をしたいから、預かって欲しいんだ。……お前たちは、あの場所が嫌いだろ?」
『あそこに行くのー?』
『魔法部隊の地下か』
『それじゃあ、私、遊びに行ってきても良い?』
「良いよ」
『ありがとう。じゃあ、行ってくるわね』
『オイラもー』
ナターシャとジオが飛んで行く。
そっか。
皆も、会っておきたい人とか、行きたい場所があるんだよね。
『では、私も行く。何かあったらすぐに呼べ』
「ん」
バニラも飛んで行く。
……お墓参りかな。
『ボクは、リリーと一緒に居れば良いんだね』
『あたしもリリーと居るわぁ』
『僕も、リリーと一緒に居て良い?』
「もちろん。よろしくね」
イリス、アンジュとユールが一緒に居てくれるみたいだ。
あれ?メラニーは……。
『私は散歩に行ってくる』
メラニーも行きたいところがあるのかな。
「いってらっしゃい」
飛んで行くメラニーを目で追う。
皆、行っちゃったけど……。
王都に居るなら、エルは安全だよね?
※
食後のコーヒーを飲んだ後は、エルと一緒に中央広場へ向かう。
市場があるのは、中央広場の北西だ。
研究所に向かうエルに手を振って、市場へ。
『何を買うかわかってる?』
「大丈夫」
レシピは、だいたい覚えてる。
「お肉屋さんでお肉、八百屋さんで玉ねぎとキャベツを買えば、材料は揃うよね。後は、クリームソースの付け合わせになりそうなもの……」
『野菜を売ってる場所はたくさんあるね』
果物をたくさん取り揃えてるところや、大きな南瓜を置いているお店、葉物を揃えたお店、様々だ。
あ。カリフラワーがある。
―カリフラワーのポタージュ、雪の結晶添えでございます。
あのポタージュ、すごく美味しかったよね。
真っ白いクリームスープを作るのも良さそうだ。
「いらっしゃい。何にしましょう?」
「じゃあ、カリフラワーと、蕪と……」
『白い野菜だ』
『リリー。玉ねぎとキャベツじゃなかったの?』
「玉ねぎとじゃがいもと……」
『玉ねぎも中は白いわねぇ』
『じゃがいももね』
『どれがキャベツ?』
『キャベツは種類があるね』
せっかくだから、白いキャベツにしようかな。
「これも下さい」
「お客さん、袋は持ってないのかい」
あっ。
何か、野菜を包めそうなものって持ってたっけ?
えっと……。
荷物を探していると、目の前に大きなバスケットが出てきた。
「つ・か・う?」
「ユリア。……借りても良い?」
「良いよぉ」
ユリアが出したバスケットに、店員さんが野菜を詰めていく。
「ありがとう」
「ふふふ。どういたしましてぇ」
会計を済ませて、バスケットを受け取る。
「ありがとうございます」
これで、野菜は買い終わったよね。
「ありがとう。ユリア。でも、借りて大丈夫だった?」
「あたしは、レモン買いに来ただけだから大丈夫だよぉ」
ユリアがポケットからレモンを三つも出す。
大きなポケットだ。
「他にも買うものあるのぉ?」
「うん。次は、お肉屋さんかな」
「じゃあ、あっち行こうかぁ」
ユリアと一緒に歩く。
『平日なのに、なんでユリアがこんなところに居るの?』
「今日は、研究所はお休みなの?」
「お休みじゃないけどぉ。少し、家の方が忙しくってぇ」
「家って、音楽院?」
「そぉ。大陸会議に合わせて、有名な音楽家が帰って来たり、異国の音楽家が来たりしてるからぁ、忙しくなちゃってぇ……。疲れちゃったから、出てきちゃったぁ」
ユリアが、笑顔で笑う。
……大変そうだ。
「あのね、キャロル、音楽院に通うことになったんだ」
「本当ぉ?ようやく決まったんだぁ」
「まだ、手続きはしてないんだけど……。ユリアも知ってたの?」
「うん。ルイスから相談されてたんだぁ」
そっか。ルイスが詳しかったのは、ユリアに聞いてたからなんだ。
「私が後見に付いて入学しても良いんだけどぉ。エルはぁ、そういうの嫌でしょぉ?」
「うん」
「ふふふ。ちゃんと話せたんだねぇ。良かったぁ」
ユリアが微笑む。
マリーだけじゃなく、エルの同期の人って、皆、エルのこと良くわかってるよね。
「いつ、旅に出る予定なのぉ?」
勇者の使命のこと?
「十六日に行く予定だよ」
「そっかぁ。もし、時間があったら、皆で音楽院に来てくれるぅ?」
「キャロルの入学手続きをするの?」
「それもあるけどぉ。エルもぉ、先生が来てるって聞いたら、会いたいんじゃないかなぁ?」
「先生?」
音楽院に居る先生ってことは……。
「エルのバイオリンの先生?」
「うん。そんな感じぃ」
『バイオリンの先生ねぇ……』
『知ってるの?ユール』
『あの人なら、エルも会いたいでしょうねぇ』
そっか。ユールは、エルの養成所の頃を知ってるんだっけ。
明日、行く時間あるかな?
「お肉屋さんは、ここだよぉ」
本当だ。
「ありがとう」
「じゃあ、またねぇ」
「待って。バスケット、どうやって返したら良い?」
「んー。音楽院でも良いしぃ、研究所でも良いしぃ……。いつでも良いよぉ?旅から帰ってきてからでも大丈夫だからねぇ」
すぐには使わないのかな。
「そうだぁ。これ、あげるねぇ」
ユリアが、バスケットの中に可愛い包みを入れる。
「これは?」
「色んな魔法の玉が入ってるんだぁ」
「えっ?割れたら大変なのとか?」
ユリアが笑う。
「そう簡単に割れないよぉ?でも、ちょっと危ないやつもあるかもぉ。旅先で必要になったら、使ってねぇ?」
……そっか。魔法の玉って、日常で使う以外にも、使い道がたくさんあるんだっけ。
「ありがとう。大事に使うね」
でも、バスケットに入れておくのは心配だから、自分の荷物に入れておこう。
中身は、後でエルに聞けば良いよね。
「リリー。帰ったら、いっぱい遊ぼうねぇ」
「うん」
「じゃあ、またねぇ」
「またね、ユリア」
手を振って、ユリアを見送る。
お肉屋さんで、お肉を買って。
買い物は、これで終わりかな。
「リリーシア様」
呼ばれて、振り返る。
「デュグレさん」
「おはようございます」
「おはようございます」
買い物かな。
デュグレさんも、荷車にたくさんの食材を乗せてる。
「先日は、貴重な御意見を頂き、ありがとうございました」
そんなに大した意見は言ってないと思うけど……。
「ティラミス、すごく美味しかったです。お店が出来たら、食べに行きますね」
「そう仰って頂き、光栄です。お買い物でしたか?お手伝い致しますよ」
「もう終わったので、大丈夫です」
「そうでしたか。……そうだ。こちらの卵をどうぞ」
「卵?」
「生食も可能な新鮮な卵です」
確か、生でも食べられる卵って、特別な卵だよね?
「貰っても良いんですか?」
「せっかくお会いしましたから。どうぞ、お使い下さい」
「ありがとうございます」
『割らないように気を付けてよ』
厚紙のケースに丁寧に入ってるから、大丈夫かな?
※
市場を出て、セントラルの貴族街まで来た。
けど……。
どうしよう?
『何やってるの?』
「オルロワール家の敷地って、勝手に通ったら怒られるかな?」
『なんで?』
「だって、隊長さんの家に行く時って、いつもオルロワール家の敷地を通ってたから……」
それ以外の道を通ったことがない。
『ここを通らないとぉ、遠回りになるのよねぇ』
『衛兵に聞いてみたら?』
オルロワール家の門番の方へ行く。
「あの、すみません」
「はい。どのような御用件でしょうか」
「裏門に抜けたいんですけど、敷地を通っても良いですか?」
「どうぞ。ご自由にお通り下さい」
「ありがとうございます」
良かった。大丈夫みたいだ。
『真っ直ぐ裏門に抜けられる道、知ってるの?』
「たぶん、道沿いに歩けば大丈夫だと思う?」
『右の道に入った方が良いと思うよ』
右の道?
舗装された道は、途中で右に向かう道も作られてる。
あの道から裏の方に行けるのかな。
『プークだ』
見上げると、ポリーと契約してる風の精霊が飛んできた。
『リリー。ちょっとそこで待っててー』
「え?」
『ポリーが迎えに来るからさー』
周りを見ても、ポリーの姿は見えない。
「どこから来るの?」
『良いから、動かないで待っててー』
『だってさ。リリー、待ってなよ』
買い物の途中だけど……。
待っていると、屋敷からポリーが出てきた。
「良かった。リリー、ちょっと来て」
「え?待って、私、」
「何?急ぎの用事でもある?」
「市場で買い物をしてきたの。これを置いてきてからでも良い?」
「そんなの、オルロワール家で預かってもらえば良いじゃない。行くわよ」
ポリーに腕を掴まれて、一緒に走る。
「今日の予定は?暇?」
暇って言うか……。
「夕飯をエルと一緒に作る予定だけど……」
「なら、夕方まで暇ね。ランチは一緒に食べましょう」
えっと……。
それぐらいなら、大丈夫かな?
オルロワール家の屋敷に入って、廊下を歩いて。
ポリーに案内された場所は……。
厨房?
「リリーシア様!助けてください」
「えっ?」
『これ、どういう状況?』
料理人見習いのジョージが、両手でナイフを握ってる。何か困ってるみたいだけど……?
「メルリシア様が、ガレットデリュヌを御所望でしたので、オルロワール家のレシピをお借りして作ったのですが……。レシピにあるような美しい模様を描く自信が無くて……」
そっか。テーブルにあるパイって、ガレットデリュヌだったんだ。四角いパイで挟まれた膨らみの中には、もうフランジパーヌが入ってるんだろう。
レシピを見る。
この模様なら、描けそうだ。
「わかった。手伝うから、ちょっと待ってて」
バスケットを置いて、手を洗う。
「オーブンの準備は出来てる?」
「はい。いつでも焼けます」
『そういえば、リリー、メルに作ってあげるって言ってたよね』
そうだ。
作るって約束してたのに。
ごめん。メル……。
「じゃあ、ナイフを貸してもらっても良い?」
「はい」
ジョージからナイフを受け取る。
まずは、余分なパイ生地を切り取ろう。大きめの丸い形に切り取って……。それから、周囲に指で跡を付けながらナイフで切れ込みを入れていく。
「こんな感じで出来る?」
「はい。やってみます」
ジョージが指で丸い跡を付けながら、丸と丸の間にナイフで小さく切れ込みを入れていく。
すごく丁寧で手際が良い。
「出来ました」
「次は、卵を塗ってくれる?」
「はい」
ジョージが、生地の表面に卵を塗る。
「出来ました」
「じゃあ、模様を描いていくね」
まずは、十字に薄く切れ込みを入れて……。更に、交差するように十字に切れ込みを入れる。それから、四本の線が交差する中央にナイフを刺して穴を開ける。
「葉っぱを書くんじゃないの?」
「先に線を描いた方が描きやすいから」
中心から伸びる線は八本。
「この直角の中に葉っぱを四つ描いていくの」
一つの線の先端から、右横の線に向かって柔らかい線を描く。線対称に、今度は左側の線。今引いた線と、両脇の線、中心の点で、葉っぱの形が一枚出来る。
「こんな感じで、貫通しないように、表面だけ切るの。描けそう?」
「はい。やってみます」
ジョージが、同じように葉っぱを描いていく。
ここまで出来たなら、葉の中の装飾も、四つの葉の間に描く葉も出来そうだよね。
「後は大丈夫?」
「はい。ありがとうございます」
そう言って、ジョージが残りの模様を描いていく。
『模様の描き方ぐらい、オルロワール家の料理人に聞けば良かったんじゃないの?』
「今日は、パティシエと料理長が伯爵に同行してて居ないのよ。客人に飴細工のパフォーマンスをするって言ってたわ」
「そうだったんだ」
『じゃあ、メルもそっちに行って居ないんじゃないの?』
「そっちは、宰相みたいな人の集いだからメルは参加してないわ。マリーは行ってるみたいだけど」
マリーも家の仕事があるんだ……。
貴族って大変だよね。
「でも、昼には伯爵の一行と一緒に戻る予定よ。だから、それまでに仕上げなくちゃいけなかったの」
『まさか、ケーキの仕上がりを見て来いって頼まれたの?』
「そうよ。本当に我儘なんだから!私、これから、もう一回城に行かなくちゃいけないのよ。リリーは、ここで待っててね」
「え?でも……」
「大人しく、ここで待ってて。ジョージ。頼んだわよ」
「えっ?はい。わかりました」
話を聞かずに、ポリーが行ってしまう。
『どうするの?リリー』
お昼まで、まだ時間はあるよね。
買ったものを隊長さんの家に置いてくる時間はありそう?
「リリーシア様。あの、ショコラティーヌの作り方を教えていただけませんか?」
ショコラティーヌ?
メルが食べたがってるのかな。
「うん。良いよ。……これ、どこかに保管しておいてもらっても良い?」
「はい。保冷庫に運んでおきますね」
ジョージがバスケットを持って行く。
ガレットデリュヌは、もう焼き始めてるみたいだ。
「ショコラティーヌ、いっぱい作っても良いかな」
『エルにあげるのぉ?』
「うん。喜んでくれるかな」
甘い食べ物だけど。
『喜ぶよ!すごく』
『美味しそうに食べてたものねぇ』
「え?エル、いつ食べたの?」
『いつだったかしらぁ』
『弓の練習をした日だよ』
「弓の練習?」
『あ。それって、オルロワール家に持って行く時じゃない?』
『うん』
エミリーと一緒に、たくさん作った日?
確か、アレクさんにも渡すって言ってたよね。
エルも食べてくれたんだ。
『アンジュ、良く覚えてるのねぇ。すごいわぁ』
『うん』
アンジュが嬉しそうに頷く。
※
ジョージと一緒にショコラティーヌやパンを焼いていると、伯爵の一行とメルが帰って来た。
残りの準備は戻ってきた料理長に任せて、厨房に来たポリーと一緒にメルの所に行く。
「リリー。会いたかったよ!」
飛び付いて来たメルを抱きしめる。
『会いたかったって。この前、会ったばっかりだろ』
「この前は、会議でそれどころじゃなかったでしょ?もーう。一日中、にこにこしてなくちゃいけないし、すっごく大変なんだから!」
『難しい話は、アリシアがしてるからね』
「そんなことないもん。私だって、ちゃんと意見出してるんだから」
隣でアリシアが笑ってる。
「そうだな。事前にしっかり勉強した成果が出ていたよ」
「そんなことより、さっさとランチを食べるわよ。午後も着替えて会議でしょ?」
「また着替えるのー?」
「公式の会議だからな」
「ほら、リリーがショコラティーヌ焼いてくれたわよ」
「食べるっ」
「メル、気を付けて歩かないと転ぶぞ」
「メルリシア様、お席にご案内します」
フィオが慌てて、テーブルに向かったメルを追いかけている。
「リリー。すまないな。メルの我儘に突き合わせてしまって」
「大丈夫だよ。私も、ガレットデリュヌを焼いてあげるって約束してたのに、作ってあげられなかったから」
「で?いつ行くの?」
「十六日だよ」
「夜に舞踏会がある日ね。見送りに行く暇、あるかしら」
「大丈夫だよ、ポリー。メルの傍に付いててあげて」
「何言ってるのよ。やばい奴と戦いに行くんでしょ?勝てるの?」
「えっと……。勝つっていうか……」
なんて言ったら良いのかな。
「何?不安なら、私も付いて行く?」
「え?」
「一筋縄ではいかない相手だ。ポリーが行っても仕方ないだろう」
「失礼ね。後方支援ぐらいはできるわ」
「神の台座は、極寒の地。特殊な防具がなければ危険な場所だぞ」
「そんな場所に二人だけで送り出すなんて、危ないじゃない」
「大丈夫だもん!」
テーブルでショコラティーヌを食べていたメルが、こちらを見る。
「リリーには、太陽の女神の祝福があるんだよ。天気を晴れに変えて、虹まで出たんだから。あいつだって、月の女神だか月の精霊の祝福があるみたいだし。戦うのは、二人だけじゃない。そうでしょ?リリー」
『まぁ、ボクらも付いて行くからね』
『ふふふ。心配しなくてもぉ、二人で帰ってくるってことだけは決めてるわぁ』
「そうなの?リリー」
「うん。勝っても負けても、絶対に二人で帰ってくるって約束したの。勇者の使命を果たせるかはわからないけど、それだけは絶対」
ポリーが私に抱き着く。
「絶対よ。リリー」
「うん」
ポリーを抱きしめる。
『なんか、メルよりポリーの方が心配してるなんて意外だね』
『ポリーは家族思いなんだよ』
ネモネの言う通り。
ノックがあって、扉が開く。
「マリー?」
「お客様をお連れしたの。どうぞ、入って」
入って来たのは……。
「イーシャ?」
緑の髪の、私たちの一番上の姉。
え?
本当に?
「久しぶりだな。こうして揃っているのを見られるなんて。……マリアンヌ様、感謝します」
マリーが微笑む。
「お力添えが出来て光栄です。あまりお時間もございませんが、どうぞ姉妹でごゆっくりお過ごし下さい」
「ありがとうございます」
マリーが部屋を出る。
「イーシャ!」
勢い良く走ってきたメルが、イーシャに飛び付く。
「久しぶりだね。メル」
「どういうこと?」
「イーシャ。どうやってここへ?オルロワール家に入るなど、簡単なことではないはずだが……」
「私は、セルメアの使節団に同行してきたんだ」
「大統領の一行?」
「いや。大陸会議で文化交流をする為に編成された一団だよ。護衛として付いて来たのだが……。マリアンヌ様に、精霊が見えることがばれてしまってね」
『リリーの姉妹ではないかと、ナインシェが取りなしてくれたんだ』
「流石ね」
『マリーもナインシェも、慣れてるよね』
「話は聞いているよ。アリシア。グラシアルを導いてくれてありがとう。頑張ったね」
「私一人の力ではないよ。協力者が居たからできたんだ」
「謙遜することはない。今のグラシアルにアリシアが必要なことに変わりはないんだ。ただ、少し頑張りすぎているようだね。たまには、羽を休める時間も作るんだよ」
「ありがとう。イーシャ」
「イーシャ、私はっ?」
「メルは、背が伸びたね。顔つきも大人びてきた」
イーシャが、メルの頬を撫でる。
「苦労してきたね。大変な事を押し付けてしまってすまない。でも、メルの笑顔を必要としている人は、まだたくさん居るんだ。もう少し頑張れるかな」
「もちろん!まかせてよ」
メルが微笑む。
「ポリー。セルメアまで来てくれてありがとう。冒険者としての噂も聞いているよ。情勢をきちんと汲んで、陰ながら皆を支えていることもわかっているからね。その調子で、自分の道を進むんだよ」
「イーシャこそ。ずっと山奥に居るつもりなの?」
「私の幸せは、あの場所にあるからね」
イーシャは今、セルメアで戦争孤児と一緒に暮らしている。恋人と一緒に、子供たちの親代わりになってるんだって、エルが教えてくれた。
「リリー」
「はい」
「勇者の話は、マリアンヌ様から聞いたよ。……これは、自分で決めたことなの?」
頷く。
「まだ、何が出来るのか、何が答えなのかわからないけど……。でも、ちゃんと、自分で勇者になるって決めたよ」
イーシャが優しく微笑む。
「成長したね。応援しているよ。リリー」
私、成長したのかな。
……イーシャが言うなら、そうなのかもしれない。
「お話は終わった?お腹空いたよー。そろそろ食べよー?」
皆が笑う。
「そうだな」
メルが居て。
ポリーが居て、アリシアが居て。
イーシャが居る。
昔に戻ったみたいだ。
ここは、ラングリオンなのに。
『どうしたの?リリー』
……そうだ。
場所じゃない。
「皆に会えて、良かった」
「え?」
「何よ。もう会えないみたいな言い方しないでくれる?」
「そうじゃなくって……」
私たちは血の繋がらない姉妹で、家族だから。
「皆が居るから。どれだけ遠くに行っても、ちゃんと帰る場所があるって思えるの」
だから。
どこへでも行けるし、いつでも帰って来られる。




