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旧作3-2  作者: 智枝 理子
Ⅶ.七色の弧
141/149

151 姉妹

 スコルピョンの十四日。

 相変わらず天気は悪くて、外は寒い。

 通りを歩いてる人も、防寒具をしっかり着て歩いていて。とても、静かだ。

「いつも通りだね」

 人通りも、街の雰囲気も。

 何も変わらない。

「当たり前だろ?」

 見上げたエルが、いつもみたいに微笑む。

「うん。そうだね」

 いつも通り。

 隣でエルが、懐中時計を見ている。

「朝食を食べに行こう。食べたいものはあるか?」

「あったかいもの」

「じゃあ、カフェに行こう」

 そっか。カフェって、朝もやってるんだっけ。

 

 ※

 

 カフェ、ダンドリオン。

「美味しそう」

 朝のカフェは、セットメニューを頼むものらしい。

 どのセットにもスープと食後のドリンクが付くから、好きなパンと一皿を選ぶ。

 エルは、シンプルなパンとアンチョビのサラダ。

 スープは、玉ねぎとキャベツのスープだ。

 ……温かいスープが身体に染みる。

 野菜の優しい甘さに癒される。

「そういえば、このお店には林檎がないね」

「食べたかったのか?」

 私じゃなくって。

「エルが食べたいかなって」

「俺が?」

「ほら。お城では、いつも選んでるから」

 エルが首を傾げる。

『エルって、いつも、そういうの考えずに選んでるよね』

「そうかも」

 サンドイッチの組み合わせも、いつも同じだから。

 気に入った組み合わせを、無意識に選んでるみたいだよね。

「食べ終わったら、シャルロの家に行ってくる」

「シャルロさんのところ?」

「新しい家に関する書類が出来てるだろうから、見てくるよ。ついでに、カミーユにも頼みたい書類があるから、先に研究所に行くかな」

 行く前に、やらなくちゃいけないことが残ってるらしい。

「何か手伝うことはある?」

 書類の確認だけなら、私ができることはなさそうだけど……。

「明日は家族で過ごす日にするつもりだから、ルイスとキャロルと一緒にやりたいことを考えておいて」

 先に隊長さんの家に行けば良いのかな。

 でも、また勝手に何か決めて来ちゃったらどうしよう?

「新しい家のことは、皆で一緒に考えるんだよね?」

 今のところ、フローラから貰うお店は改築してデュグレさんに貸すことになって、今の家は、いずれレオナールさんに貸す予定って聞いてるけど。

 これ以上、変わることはないよね?

「家具を見に行っても良いな」

「え?備え付けであるのに?」

「使えるのばかりじゃないだろ?不要なのは処分して、新しく揃えよう」

 なんだか楽しそうだ。

 そういえば、キャロルが……。

―私の部屋にある家具だって、私が可愛いなって言っただけで、一式全部買っちゃったじゃない。

 先に、ルイスとキャロルと話し合っておいた方が良さそうだ。

「今日は、夜までには帰るんだよね?」

「あぁ。夕飯は何食べたい?」

 早めに帰って、何か作るつもりなのかな。

 食べたいもの……。

 あ。

「ロールキャベツ?」

「ロールキャベツ?」

 声が重なって、思わず笑う。

「じゃあ、準備は任せるよ」

「えっと……。前に作った時と同じものを用意しておけば良い?」

「何でも良いよ」

 新しいレシピを作るんだっけ。

 キャベツとお肉と……?

 何にしようかな。

 市場は午前中しかやってないから、真っ直ぐ行った方が良さそうだ。

「じゃあ、私は市場に寄って行くね」

「精霊たちを預けておいても良いか?」

 ……市場なんて、迷わないのに。

 エルが楽しそうに私の頬をつつく。

「月の魔法の練習をしたいから、預かって欲しいんだ。……お前たちは、あの場所が嫌いだろ?」

『あそこに行くのー?』

『魔法部隊の地下か』

『それじゃあ、私、遊びに行ってきても良い?』

「良いよ」

『ありがとう。じゃあ、行ってくるわね』

『オイラもー』

 ナターシャとジオが飛んで行く。

 そっか。

 皆も、会っておきたい人とか、行きたい場所があるんだよね。

『では、私も行く。何かあったらすぐに呼べ』

「ん」

 バニラも飛んで行く。

 ……お墓参りかな。

『ボクは、リリーと一緒に居れば良いんだね』

『あたしもリリーと居るわぁ』

『僕も、リリーと一緒に居て良い?』

「もちろん。よろしくね」

 イリス、アンジュとユールが一緒に居てくれるみたいだ。

 あれ?メラニーは……。

『私は散歩に行ってくる』

 メラニーも行きたいところがあるのかな。

「いってらっしゃい」

 飛んで行くメラニーを目で追う。

 皆、行っちゃったけど……。

 王都に居るなら、エルは安全だよね?

 

 ※

 

 食後のコーヒーを飲んだ後は、エルと一緒に中央広場へ向かう。

 市場があるのは、中央広場の北西だ。

 研究所に向かうエルに手を振って、市場へ。

『何を買うかわかってる?』

「大丈夫」

 レシピは、だいたい覚えてる。

「お肉屋さんでお肉、八百屋さんで玉ねぎとキャベツを買えば、材料は揃うよね。後は、クリームソースの付け合わせになりそうなもの……」

『野菜を売ってる場所はたくさんあるね』

 果物をたくさん取り揃えてるところや、大きな南瓜を置いているお店、葉物を揃えたお店、様々だ。

 あ。カリフラワーがある。

―カリフラワーのポタージュ、雪の結晶添えでございます。

 あのポタージュ、すごく美味しかったよね。

 真っ白いクリームスープを作るのも良さそうだ。

「いらっしゃい。何にしましょう?」

「じゃあ、カリフラワーと、蕪と……」

『白い野菜だ』

『リリー。玉ねぎとキャベツじゃなかったの?』

「玉ねぎとじゃがいもと……」

『玉ねぎも中は白いわねぇ』

『じゃがいももね』

『どれがキャベツ?』

『キャベツは種類があるね』

 せっかくだから、白いキャベツにしようかな。

「これも下さい」

「お客さん、袋は持ってないのかい」

 あっ。

 何か、野菜を包めそうなものって持ってたっけ?

 えっと……。

 荷物を探していると、目の前に大きなバスケットが出てきた。

「つ・か・う?」

「ユリア。……借りても良い?」

「良いよぉ」

 ユリアが出したバスケットに、店員さんが野菜を詰めていく。

「ありがとう」

「ふふふ。どういたしましてぇ」

 会計を済ませて、バスケットを受け取る。

「ありがとうございます」

 これで、野菜は買い終わったよね。

「ありがとう。ユリア。でも、借りて大丈夫だった?」

「あたしは、レモン買いに来ただけだから大丈夫だよぉ」

 ユリアがポケットからレモンを三つも出す。

 大きなポケットだ。

「他にも買うものあるのぉ?」

「うん。次は、お肉屋さんかな」

「じゃあ、あっち行こうかぁ」

 ユリアと一緒に歩く。

『平日なのに、なんでユリアがこんなところに居るの?』

「今日は、研究所はお休みなの?」

「お休みじゃないけどぉ。少し、家の方が忙しくってぇ」

「家って、音楽院?」

「そぉ。大陸会議に合わせて、有名な音楽家が帰って来たり、異国の音楽家が来たりしてるからぁ、忙しくなちゃってぇ……。疲れちゃったから、出てきちゃったぁ」

 ユリアが、笑顔で笑う。

 ……大変そうだ。

「あのね、キャロル、音楽院に通うことになったんだ」

「本当ぉ?ようやく決まったんだぁ」

「まだ、手続きはしてないんだけど……。ユリアも知ってたの?」

「うん。ルイスから相談されてたんだぁ」

 そっか。ルイスが詳しかったのは、ユリアに聞いてたからなんだ。

「私が後見に付いて入学しても良いんだけどぉ。エルはぁ、そういうの嫌でしょぉ?」

「うん」

「ふふふ。ちゃんと話せたんだねぇ。良かったぁ」

 ユリアが微笑む。

 マリーだけじゃなく、エルの同期の人って、皆、エルのこと良くわかってるよね。

「いつ、旅に出る予定なのぉ?」

 勇者の使命のこと?

「十六日に行く予定だよ」

「そっかぁ。もし、時間があったら、皆で音楽院に来てくれるぅ?」

「キャロルの入学手続きをするの?」

「それもあるけどぉ。エルもぉ、先生が来てるって聞いたら、会いたいんじゃないかなぁ?」

「先生?」

 音楽院に居る先生ってことは……。

「エルのバイオリンの先生?」

「うん。そんな感じぃ」

『バイオリンの先生ねぇ……』

『知ってるの?ユール』

『あの人なら、エルも会いたいでしょうねぇ』

 そっか。ユールは、エルの養成所の頃を知ってるんだっけ。

 明日、行く時間あるかな?

「お肉屋さんは、ここだよぉ」

 本当だ。

「ありがとう」

「じゃあ、またねぇ」

「待って。バスケット、どうやって返したら良い?」

「んー。音楽院でも良いしぃ、研究所でも良いしぃ……。いつでも良いよぉ?旅から帰ってきてからでも大丈夫だからねぇ」

 すぐには使わないのかな。

「そうだぁ。これ、あげるねぇ」

 ユリアが、バスケットの中に可愛い包みを入れる。

「これは?」

「色んな魔法の玉が入ってるんだぁ」

「えっ?割れたら大変なのとか?」

 ユリアが笑う。

「そう簡単に割れないよぉ?でも、ちょっと危ないやつもあるかもぉ。旅先で必要になったら、使ってねぇ?」

 ……そっか。魔法の玉って、日常で使う以外にも、使い道がたくさんあるんだっけ。

「ありがとう。大事に使うね」

 でも、バスケットに入れておくのは心配だから、自分の荷物に入れておこう。

 中身は、後でエルに聞けば良いよね。

「リリー。帰ったら、いっぱい遊ぼうねぇ」

「うん」

「じゃあ、またねぇ」

「またね、ユリア」

 手を振って、ユリアを見送る。

 

 お肉屋さんで、お肉を買って。

 買い物は、これで終わりかな。

「リリーシア様」

 呼ばれて、振り返る。

「デュグレさん」

「おはようございます」

「おはようございます」

 買い物かな。

 デュグレさんも、荷車にたくさんの食材を乗せてる。

「先日は、貴重な御意見を頂き、ありがとうございました」

 そんなに大した意見は言ってないと思うけど……。

「ティラミス、すごく美味しかったです。お店が出来たら、食べに行きますね」

「そう仰って頂き、光栄です。お買い物でしたか?お手伝い致しますよ」

「もう終わったので、大丈夫です」

「そうでしたか。……そうだ。こちらの卵をどうぞ」

「卵?」

「生食も可能な新鮮な卵です」

 確か、生でも食べられる卵って、特別な卵だよね?

「貰っても良いんですか?」

「せっかくお会いしましたから。どうぞ、お使い下さい」

「ありがとうございます」

『割らないように気を付けてよ』

 厚紙のケースに丁寧に入ってるから、大丈夫かな?

 

 ※

 

 市場を出て、セントラルの貴族街まで来た。

 けど……。

 どうしよう?

『何やってるの?』

「オルロワール家の敷地って、勝手に通ったら怒られるかな?」

『なんで?』

「だって、隊長さんの家に行く時って、いつもオルロワール家の敷地を通ってたから……」

 それ以外の道を通ったことがない。

『ここを通らないとぉ、遠回りになるのよねぇ』

『衛兵に聞いてみたら?』

 オルロワール家の門番の方へ行く。

「あの、すみません」

「はい。どのような御用件でしょうか」

「裏門に抜けたいんですけど、敷地を通っても良いですか?」

「どうぞ。ご自由にお通り下さい」

「ありがとうございます」

 良かった。大丈夫みたいだ。

『真っ直ぐ裏門に抜けられる道、知ってるの?』

「たぶん、道沿いに歩けば大丈夫だと思う?」

『右の道に入った方が良いと思うよ』

 右の道?

 舗装された道は、途中で右に向かう道も作られてる。

 あの道から裏の方に行けるのかな。

『プークだ』

 見上げると、ポリーと契約してる風の精霊が飛んできた。

『リリー。ちょっとそこで待っててー』

「え?」

『ポリーが迎えに来るからさー』

 周りを見ても、ポリーの姿は見えない。

「どこから来るの?」

『良いから、動かないで待っててー』

『だってさ。リリー、待ってなよ』

 買い物の途中だけど……。

 

 待っていると、屋敷からポリーが出てきた。

「良かった。リリー、ちょっと来て」

「え?待って、私、」

「何?急ぎの用事でもある?」

「市場で買い物をしてきたの。これを置いてきてからでも良い?」

「そんなの、オルロワール家で預かってもらえば良いじゃない。行くわよ」

 ポリーに腕を掴まれて、一緒に走る。

「今日の予定は?暇?」

 暇って言うか……。

「夕飯をエルと一緒に作る予定だけど……」

「なら、夕方まで暇ね。ランチは一緒に食べましょう」

 えっと……。

 それぐらいなら、大丈夫かな?

 

 オルロワール家の屋敷に入って、廊下を歩いて。

 ポリーに案内された場所は……。

 厨房?

「リリーシア様!助けてください」

「えっ?」

『これ、どういう状況?』

 料理人見習いのジョージが、両手でナイフを握ってる。何か困ってるみたいだけど……?

「メルリシア様が、ガレットデリュヌを御所望でしたので、オルロワール家のレシピをお借りして作ったのですが……。レシピにあるような美しい模様を描く自信が無くて……」

 そっか。テーブルにあるパイって、ガレットデリュヌだったんだ。四角いパイで挟まれた膨らみの中には、もうフランジパーヌが入ってるんだろう。

 レシピを見る。

 この模様なら、描けそうだ。

「わかった。手伝うから、ちょっと待ってて」

 バスケットを置いて、手を洗う。

「オーブンの準備は出来てる?」

「はい。いつでも焼けます」

『そういえば、リリー、メルに作ってあげるって言ってたよね』

 そうだ。

 作るって約束してたのに。

 ごめん。メル……。

「じゃあ、ナイフを貸してもらっても良い?」

「はい」

 ジョージからナイフを受け取る。

 まずは、余分なパイ生地を切り取ろう。大きめの丸い形に切り取って……。それから、周囲に指で跡を付けながらナイフで切れ込みを入れていく。

「こんな感じで出来る?」

「はい。やってみます」

 ジョージが指で丸い跡を付けながら、丸と丸の間にナイフで小さく切れ込みを入れていく。

 すごく丁寧で手際が良い。

「出来ました」

「次は、卵を塗ってくれる?」

「はい」

 ジョージが、生地の表面に卵を塗る。

「出来ました」

「じゃあ、模様を描いていくね」

 まずは、十字に薄く切れ込みを入れて……。更に、交差するように十字に切れ込みを入れる。それから、四本の線が交差する中央にナイフを刺して穴を開ける。

「葉っぱを書くんじゃないの?」

「先に線を描いた方が描きやすいから」

 中心から伸びる線は八本。

「この直角の中に葉っぱを四つ描いていくの」

 一つの線の先端から、右横の線に向かって柔らかい線を描く。線対称に、今度は左側の線。今引いた線と、両脇の線、中心の点で、葉っぱの形が一枚出来る。

「こんな感じで、貫通しないように、表面だけ切るの。描けそう?」

「はい。やってみます」

 ジョージが、同じように葉っぱを描いていく。

 ここまで出来たなら、葉の中の装飾も、四つの葉の間に描く葉も出来そうだよね。

「後は大丈夫?」

「はい。ありがとうございます」

 そう言って、ジョージが残りの模様を描いていく。

『模様の描き方ぐらい、オルロワール家の料理人に聞けば良かったんじゃないの?』

「今日は、パティシエと料理長が伯爵に同行してて居ないのよ。客人に飴細工のパフォーマンスをするって言ってたわ」

「そうだったんだ」

『じゃあ、メルもそっちに行って居ないんじゃないの?』

「そっちは、宰相みたいな人の集いだからメルは参加してないわ。マリーは行ってるみたいだけど」

 マリーも家の仕事があるんだ……。

 貴族って大変だよね。

「でも、昼には伯爵の一行と一緒に戻る予定よ。だから、それまでに仕上げなくちゃいけなかったの」

『まさか、ケーキの仕上がりを見て来いって頼まれたの?』

「そうよ。本当に我儘なんだから!私、これから、もう一回城に行かなくちゃいけないのよ。リリーは、ここで待っててね」

「え?でも……」

「大人しく、ここで待ってて。ジョージ。頼んだわよ」

「えっ?はい。わかりました」

 話を聞かずに、ポリーが行ってしまう。

『どうするの?リリー』

 お昼まで、まだ時間はあるよね。

 買ったものを隊長さんの家に置いてくる時間はありそう?

「リリーシア様。あの、ショコラティーヌの作り方を教えていただけませんか?」

 ショコラティーヌ?

 メルが食べたがってるのかな。

「うん。良いよ。……これ、どこかに保管しておいてもらっても良い?」

「はい。保冷庫に運んでおきますね」

 ジョージがバスケットを持って行く。

 ガレットデリュヌは、もう焼き始めてるみたいだ。

「ショコラティーヌ、いっぱい作っても良いかな」

『エルにあげるのぉ?』

「うん。喜んでくれるかな」

 甘い食べ物だけど。

『喜ぶよ!すごく』

『美味しそうに食べてたものねぇ』

「え?エル、いつ食べたの?」

『いつだったかしらぁ』

『弓の練習をした日だよ』

「弓の練習?」

『あ。それって、オルロワール家に持って行く時じゃない?』

『うん』

 エミリーと一緒に、たくさん作った日?

 確か、アレクさんにも渡すって言ってたよね。

 エルも食べてくれたんだ。

『アンジュ、良く覚えてるのねぇ。すごいわぁ』

『うん』

 アンジュが嬉しそうに頷く。

 

 ※

 

 ジョージと一緒にショコラティーヌやパンを焼いていると、伯爵の一行とメルが帰って来た。

 残りの準備は戻ってきた料理長に任せて、厨房に来たポリーと一緒にメルの所に行く。

「リリー。会いたかったよ!」

 飛び付いて来たメルを抱きしめる。

『会いたかったって。この前、会ったばっかりだろ』

「この前は、会議でそれどころじゃなかったでしょ?もーう。一日中、にこにこしてなくちゃいけないし、すっごく大変なんだから!」

『難しい話は、アリシアがしてるからね』

「そんなことないもん。私だって、ちゃんと意見出してるんだから」

 隣でアリシアが笑ってる。

「そうだな。事前にしっかり勉強した成果が出ていたよ」

「そんなことより、さっさとランチを食べるわよ。午後も着替えて会議でしょ?」

「また着替えるのー?」

「公式の会議だからな」

「ほら、リリーがショコラティーヌ焼いてくれたわよ」

「食べるっ」

「メル、気を付けて歩かないと転ぶぞ」

「メルリシア様、お席にご案内します」

 フィオが慌てて、テーブルに向かったメルを追いかけている。

「リリー。すまないな。メルの我儘に突き合わせてしまって」

「大丈夫だよ。私も、ガレットデリュヌを焼いてあげるって約束してたのに、作ってあげられなかったから」

「で?いつ行くの?」

「十六日だよ」

「夜に舞踏会がある日ね。見送りに行く暇、あるかしら」

「大丈夫だよ、ポリー。メルの傍に付いててあげて」

「何言ってるのよ。やばい奴と戦いに行くんでしょ?勝てるの?」

「えっと……。勝つっていうか……」

 なんて言ったら良いのかな。

「何?不安なら、私も付いて行く?」

「え?」

「一筋縄ではいかない相手だ。ポリーが行っても仕方ないだろう」

「失礼ね。後方支援ぐらいはできるわ」

「神の台座は、極寒の地。特殊な防具がなければ危険な場所だぞ」

「そんな場所に二人だけで送り出すなんて、危ないじゃない」

「大丈夫だもん!」

 テーブルでショコラティーヌを食べていたメルが、こちらを見る。

「リリーには、太陽の女神の祝福があるんだよ。天気を晴れに変えて、虹まで出たんだから。あいつだって、月の女神だか月の精霊の祝福があるみたいだし。戦うのは、二人だけじゃない。そうでしょ?リリー」

『まぁ、ボクらも付いて行くからね』

『ふふふ。心配しなくてもぉ、二人で帰ってくるってことだけは決めてるわぁ』

「そうなの?リリー」

「うん。勝っても負けても、絶対に二人で帰ってくるって約束したの。勇者の使命を果たせるかはわからないけど、それだけは絶対」

 ポリーが私に抱き着く。

「絶対よ。リリー」

「うん」

 ポリーを抱きしめる。

『なんか、メルよりポリーの方が心配してるなんて意外だね』

『ポリーは家族思いなんだよ』

 ネモネの言う通り。

 ノックがあって、扉が開く。

「マリー?」

「お客様をお連れしたの。どうぞ、入って」

 入って来たのは……。

「イーシャ?」

 緑の髪の、私たちの一番上の姉。

 え?

 本当に?

「久しぶりだな。こうして揃っているのを見られるなんて。……マリアンヌ様、感謝します」

 マリーが微笑む。

「お力添えが出来て光栄です。あまりお時間もございませんが、どうぞ姉妹でごゆっくりお過ごし下さい」

「ありがとうございます」

 マリーが部屋を出る。

「イーシャ!」

 勢い良く走ってきたメルが、イーシャに飛び付く。

「久しぶりだね。メル」

「どういうこと?」

「イーシャ。どうやってここへ?オルロワール家に入るなど、簡単なことではないはずだが……」

「私は、セルメアの使節団に同行してきたんだ」

「大統領の一行?」

「いや。大陸会議で文化交流をする為に編成された一団だよ。護衛として付いて来たのだが……。マリアンヌ様に、精霊が見えることがばれてしまってね」

『リリーの姉妹ではないかと、ナインシェが取りなしてくれたんだ』

「流石ね」

『マリーもナインシェも、慣れてるよね』

「話は聞いているよ。アリシア。グラシアルを導いてくれてありがとう。頑張ったね」

「私一人の力ではないよ。協力者が居たからできたんだ」

「謙遜することはない。今のグラシアルにアリシアが必要なことに変わりはないんだ。ただ、少し頑張りすぎているようだね。たまには、羽を休める時間も作るんだよ」

「ありがとう。イーシャ」

「イーシャ、私はっ?」

「メルは、背が伸びたね。顔つきも大人びてきた」

 イーシャが、メルの頬を撫でる。

「苦労してきたね。大変な事を押し付けてしまってすまない。でも、メルの笑顔を必要としている人は、まだたくさん居るんだ。もう少し頑張れるかな」

「もちろん!まかせてよ」

 メルが微笑む。

「ポリー。セルメアまで来てくれてありがとう。冒険者としての噂も聞いているよ。情勢をきちんと汲んで、陰ながら皆を支えていることもわかっているからね。その調子で、自分の道を進むんだよ」

「イーシャこそ。ずっと山奥に居るつもりなの?」

「私の幸せは、あの場所にあるからね」

 イーシャは今、セルメアで戦争孤児と一緒に暮らしている。恋人と一緒に、子供たちの親代わりになってるんだって、エルが教えてくれた。

「リリー」

「はい」

「勇者の話は、マリアンヌ様から聞いたよ。……これは、自分で決めたことなの?」

 頷く。

「まだ、何が出来るのか、何が答えなのかわからないけど……。でも、ちゃんと、自分で勇者になるって決めたよ」

 イーシャが優しく微笑む。

「成長したね。応援しているよ。リリー」

 私、成長したのかな。

 ……イーシャが言うなら、そうなのかもしれない。

「お話は終わった?お腹空いたよー。そろそろ食べよー?」

 皆が笑う。

「そうだな」

 メルが居て。

 ポリーが居て、アリシアが居て。

 イーシャが居る。

 昔に戻ったみたいだ。

 ここは、ラングリオンなのに。

『どうしたの?リリー』

 ……そうだ。

 場所じゃない。

「皆に会えて、良かった」

「え?」

「何よ。もう会えないみたいな言い方しないでくれる?」

「そうじゃなくって……」

 私たちは血の繋がらない姉妹で、家族だから。

「皆が居るから。どれだけ遠くに行っても、ちゃんと帰る場所があるって思えるの」

 だから。

 どこへでも行けるし、いつでも帰って来られる。

 


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