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旧作3-2  作者: 智枝 理子
Ⅵ.大陸会議編
138/149

149 自然の宝庫

 昨日とは違って、賑やかな食堂で朝ご飯を食べる。

「いただきます」

「いただきます」

 いつも通り、エルはスープとシンプルなパン、それに林檎だ。

 温かいスープは、身体を温めてくれる。

「昼までに帰れるかわからないから、後でサンドイッチでも作って持って行こう」

 今日は、闇の大精霊と大地の大精霊に会いにグラム湖へ行く。

「なんだか、ピクニックみたいだね」

「そうだな。天気次第だけど、少しゆっくりしても良いか」

 チーズのパンは、スープに浸して食べても美味しい。

 そういえば、風の大精霊探しの時ものんびりしてたよね。

 あんな感じで一緒に散歩するのも楽しそうだ。

 あの日は、エルはデートだって言ってたけど……。

 今日は、ちゃんと探さなきゃ。

 頑張ろう。

 目の前を見ると、エルが、くすくす笑ってる。

「どうしたの?」

「いや。なんでもない」

 ……変なエル。

 

 ※

 

 食事を終えて、食堂にあったパンにハムやサラダを挟んでサンドイッチを作る。オランジュエードの瓶を二つと、果物も少し包んでから、アレクさんの部屋へ。

「おはよう」

「おはようございます」

「おはよう。エル、リリーシア」

 アレクさん、リック王子の伯爵叙任式の時と同じ衣装を着てる。それに、冠も。

「相変わらず重そうな衣装だな」

 エルも見たことあるみたいだし、これが、皇太子の正装?

「二人も開会宣言に参加するかい」

「え?」

「冗談じゃない」

「残念だね。エルの衣装も用意してあったのだけど」

「今日はグラム湖に行く。ヴィエルジュは居るか?」

「ベランダで呼びかけてごらん」

「ん」

 ……相変わらず、二人の会話って早い。

 

 エルと一緒にベランダに出る。

「ヴィエルジュ」

 エルが呼ぶと、大樹の洞が開く。

「グラム湖に行きたいんだ」

「アーランに会いに行くのか?」

「あぁ」

 知ってるんだ。

「闇の精霊に会うとなると一苦労するぞ」

「光の洞窟に居るんだろ?」

「その深淵へ向かうことになる。途中までなら案内してやれるが。……リリーシア。お前を連れて行くことは出来ない」

「え?」

「なんで?」

 ヴィエルジュが私を指さす。

「闇の大精霊の支配する場所では、陽の力に頼ってはならない。お前は眩し過ぎる」

 眩しい?

 リュヌリアンのこと?

「リュヌリアンを置いて行けば会えますか?」

「なら、リリーは大地の大精霊を探してくれ」

「え?」

 連れて行ってくれないの?

「大精霊探しは得意だろ?」

「でも、一人で行くなんて。危ないよ」

「精霊の加護がある場所なら安全だ」

 安全なのかな。

 でも、闇の大精霊はメラニーの親だし……。大丈夫そう?

 分担した方が効率が良いのかもしれない。

「わかった。じゃあ、エルが居ない間、私は大地の大精霊を探すね」

 頑張って探そう。

「ジオ、アンジュ、バニラ。イリスと一緒にリリーを手伝ってくれ」

「え?そんなに置いて行っちゃうの?」

「ジオとアンジュは陽の力だ。連れて行けない」

「陽の力?」

「外に向かう力のことだ。逆に、内に向かう力が陰の力。属性はこの二つに大別される」

 風の精霊と炎の精霊は陽。

 闇の精霊は陰ってことだよね。対になる力を指してるのかな。

 大地の精霊と対になるのは、水の精霊。水って広がるイメージだから……。

「バニラは、陰の力?」

「そう。でも、バニラには、リリーの大地の大精霊探しを手伝ってもらいたいんだ」

『了解』

 同じ大地の属性の精霊が居てくれた方が、グラム湖の精霊も協力してくれるかもしれない。

 でも、本当に良いのかな。私ばっかり。

『ボクは?』

「イリスは、リリーの精霊だろ?」

 イリスだって、エルの精霊なんだけど……。

『わかったよ』

「ありがとう。エル」

 イリスには、一緒に居て欲しい。

「アーランに会えたら、俺もグラム湖に行く。でも、先に探し終えてたら、城に帰って良いよ」

「え?帰るの?グラム湖で待ってちゃ駄目?」

 ……その顔。

 駄目って言いそうだ。

「夕方までは?」

 エルが眉をしかめる。

 さっき、終わったら、のんびりするって言ってたのに。

「帰還も私に頼るなら、伝言ぐらい預かろう」

 そっか。

 帰りもヴィエルジュに頼むはずだよね。

「じゃあ、時間は決めないことにしよう。その代わり、別の場所に移動したら、ヴィエルジュに伝言を残してくれ」

「うん。わかった」

「無理はしないように」

「はい」

 私の方が先に見つけられたら、ヴィエルジュにお願いして、エルの居る場所に連れて行ってもらおう。

 リュヌリアンを持たなければ大丈夫だよね。

「ヴィエルジュ。俺はアーランの元に、リリーはグラム湖に連れて行ってくれ」

「了解した」

「剣花の紋章は必要ないのか?」

「勇者の頼みならば優先しよう」

 勇者の手伝いをしてくれるんだ。

 ……良いのかな。

「神の台座に連れて行ってくれって言ったら、出来るか?」

「エル、」

 そんなこと聞かなくても……。

「不可能ではない」

 やっぱり、ヴィエルジュは、あの人と敵対したくないんだよね。

「大丈夫だよ。私たち、ヴィエルジュには頼まないから。熱気球で行くの」

「そうか」

 出来る限り、ヴィエルジュを巻き込まないようにしなくちゃ。

「じゃあ、先に行く」

 エルが、ヴィエルジュの居る洞の中に入る。

「いってらっしゃい。気を付けてね、エル」

「リリーも気を付けて。……いってきます」

 大樹の洞が閉じる。

 行っちゃった。

「エル、大丈夫かな」

『大丈夫じゃない?闇の大精霊が居る場所なら地下深くだろうし』

『そうだねー』

 あの人も簡単に行けないような場所なら、安全かな?

『それより、大地の大精霊を探せる当てはあるの?』

「たぶん、大丈夫?」

 今までも会えたし。

『勇者と会うことを望んでいるなら、グラム湖に来ているだろう』

『そうなの?』

『儀式に参加していたのは、この辺りの土地に住む大精霊だからな』

 この辺り?

「もしかして、バニラの親?」

『そうだ』

『そうなの?』

『私だけではなく、この辺りの大地の精霊すべての親と考えて良いだろう』

『大地の精霊は、そんなに移動しないからねー』

「そっか」

 グラシアルに居る氷の精霊も、皆、パスカルの子供だ。精霊は土地に着くことが多いから、その地域の精霊の親は同じことの方が多いはずだよね。

 ……風の精霊は、常に移動してそうだけど。

 

 しばらく待っていると、大樹の洞が開いた。

「おかえりなさい」

 エルは無事に闇の大精霊の近くへ行けたのかな。

 開いた洞の中に入る。

 あれ?中が明るい?

「エイルリオン?」

「エルロックが置いて行った」

 大樹の中にはエイルリオンがある。

 リュヌリアンも眩しいって言われたぐらいだから、持って行っちゃ駄目だったのかもしれない。

 精霊に会いに行くだけなら、戦うことになんてならないよね?

 どうか、闇の大精霊がエルを守ってくれますように。

「行くぞ」

「うん」

 大樹の洞が閉じる。

 

 転移する……。

 

 大樹の洞が開いて、外から光が差し込む。

 着いたみたいだ。

 でも、木がたくさんあるだけで、湖なんて見えない。

「ここがグラム湖?」

「如何にも」

「湖ってどこ?」

「ここから東に進めば見えるだろう」

 東って、あっちかな。

『どこ向いてんの?』

『東なら、逆だぞ』

 左だったらしい。

 遠くの方に開けた場所が見えるから、その辺かな?

「グラム湖って、ほとんど森なの?」

『起伏のある大きな森だ。この近くに光の洞窟もある』

 そっか。洞窟もあるぐらい広い場所なんだよね。森を含めたこの辺り一帯を、全部、グラム湖って呼んでるのかな。

 ……思ってたよりも、すごく広いかも。

 大樹の洞から出て、辺りを見回す。

 森の中なのに明るい。

 空は曇ってるし、これだけ木が生えてるなら、もう少し暗いはずだよね?

 不思議。

「あ。エイルリオン、ここに置きっぱなしで大丈夫?」

「問題ない」

『どっちにしろ、リリーは持てないんじゃないの?』

「布で巻いてあるから、触れるよ。……たぶん」

 少し歩いて、深呼吸をする。

 なんて気持ち良い場所なんだろう。

 精霊の気配をたくさん感じる。

 地上には大地の精霊が多くて、空には光の精霊が飛んでる。

 あれ?もしかして、光の精霊が多い方が光の洞窟?

 だとしたら、水の精霊が多い方が湖だよね。

 これだけ精霊が居るなら、迷わなそうだ。

「まずは、大地の精霊がたくさん居そうな方を探せば良いかな」

『呼べば来るかもしれない』

「呼ぶって?」

『私の親の名は、シミュラだ』

 バニラの親。

 呼んでみても良いかな。

「シミュラ。ここに居るなら、姿を現して」

 ふわりと風が吹いたかと思うと、目の前に人の姿が現れた。

 緑の光。

「あなたが、シミュラ?」

『そうだ。名乗るまでもなかったか。助けが必要な時は呼べ』

「呼ぶだけで、今みたいに来てくれるの?」

『勇者の所在ぐらい把握している』

「わかった。じゃあ……」

『待って』

「!」

 急に、目の前に水の玉が現れたかと思うと、それが人の姿に変わった。

「パールっ?」

 ……びっくりしたぁ。

『お前が水場から離れるなんて珍しいな』

『説明をしなければならない』

『説明?デルフィがしてるんだろ?』

『していない』

『お前も?』

『していない』

『先に勇者に会ったって言ってなかったか?』

『タイミングが悪かった』

 それ、お風呂に入ってる時の話だよね……。

 お化けだと思って私が騒いだから、大事なこと話せなかったのかもしれない。

「あの、説明って何?大事なことなら、エルと一緒に聞きたいの。エルは今、アーランに会いに行ってるから、待っててもらっても良い?」

『なら不要だな』

『なら不要か』

「えっ?」

『今頃、アーランが説明してるだろ』

『あれに任せておけば良い』

 確かに、エルの方が私よりちゃんと理解してそうだけど……。

『話があるなら、ちゃんと言ってくれない?ボクらも聞きたいんだけど』

 シミュラが肩をすくめる。

『俺たちじゃ、人間に向けた解りやすい説明なんて出来ないぞ?』

『私も人に理解させるのは難しい。こういうのは、人に馴染んだデルフィや人に詳しいアーランの役目だ』

 二人とも、普段は人間と関わらない大精霊なのかな。

『そう?デルフィよりも、よっぽど聞きやすいけど』

『そうだねー』

 それは、私もちょっと思ったけど。

「えっと……。とりあえず、どんな時に呼んで良いのか教えてもらえる?」

『いつでも構わない。傷を負った時でも、呪いを受けた時でも。いくらでも勇者を癒そう』

 それは、心強いかも。

『一番は、あいつが大地の魔法を使った時だけどな』

「大地の魔法を?」

『そうだ。俺があいつの使った大地の魔法を掴んで、神の力を引き抜いてやる』

「えっ?そんなこと出来るの?」

『あぁ。水の魔法ならパールが引き抜く』

 パールが頷く。

 大精霊は、自分の属性の魔法を掴める?魔法ごと、神の力を引き抜ける?

『魔法を引き抜くなんて聞いたことないよ。ボクらの魔法……。例えば、バニラの魔法をシミュラが引き抜けるってこと?』

『んなことはしない』

『親の大精霊が私を取り込むことぐらい、いくらでも可能だ』

『しないって言ってるだろ』

『可能か不可能かで話すなら、可能だ』

『自分が生んだ精霊を戻すわけないだろ』

 バニラが頭を抱える。

 大変だ。止めなきゃ。

「大丈夫、ちゃんとわかったよ」

『わかったのか?』

「うん」

 たぶん。

『要は、あいつ以外には、やらないってことだね?』

『その通りだ』

 シミュラが満足そうに頷いて、バニラとイリスがため息を吐く。

 説明が苦手って、こういうこと?

 あまり質問をぶつけると、重要な話を見落としそうだ。

 まとめると……。

「あの人から神の力を引き抜く為には、あの人が魔法を使った瞬間に、属性に応じた大精霊を呼べば良いってことだよね?」

『そうだ』

『そうだな』

 神の力を引き抜けば、形勢は有利になる。

「大精霊がそういうことを出来るって、あの人は知ってるの?」

『一度、やってるからな。知ってるだろ』

 やってるんだ。

 それなら、大精霊は無闇に呼べないんじゃ……?

 私たちの治癒に専念するよりも、神の力を引き抜くのに専念してもらった方が良さそうだ。

 でも。

「私たちが呼ぶことで、あなたたちに危険はない?」

『危険?何がだ?』

『私たちのことは気にする必要はない』

 そういうわけにはいかないと思うんだけど……。

『リリー。大精霊のことは、心配するだけ無駄だ』

 バニラが言うなら大丈夫なのかな。

 私が見たあの人が持ってる力は、光、闇、炎、氷、水、大地、風。それから雷と雪。

「光の力は、アイフェルで、闇の力は、アーラン」

 炎の大精霊と氷の大精霊は、儀式に来てなかった。

「水の力は、パール。大地の力は、シミュラ。風の力はデルフィ。雷は……?」

『雷はアイフェルの担当だ。光でも雷でも掴むんじゃないか?』

「雪は?」

『パスカルが氷と雪の魔法を扱えた。しかし、今は居ない』

 根源の神に還ったから……。

「あの……。エイダとパスカルが根源の神に還ったこと、二人はどう思ってるの?」

『自然なことだろ』

『私たちは、いずれ根源の神へ還る存在だ』

 シミュラがパールを指さすと、パールが指先でシミュラの指に触れる。

「パール、シミュラ!」

 そんなことしたら……!

 触れ合った場所が、泥のように溶けて。二人の間に隙間が出来る。

 でも、消えたのはそれだけ。

「どうして……?」

『見ての通り。俺たちは、そう簡単に消えることはない』

『境界の神の力が働く限り、一つになることなどない』

「でも、エイダとパスカルは……」

 触れ合った場所から蒸発して。

 とけあうように一つになった。

『何が起きたのかは、俺たちも知らない。境界を越えることは簡単じゃないからな』

『例外もあるが』

「例外って?」

『完全な魂の片割れ同士である場合』

『そうだな。肉体のない俺たちは、魂の片割れに触れるだけで消える』

 触れるだけで消滅する関係。

「勇者と悪魔みたいに?」

『そうだ』

 呪われた魂を持つ悪魔は、永遠に現世をさまよう存在。

 悪魔と戦い、その魂を自らの魂と合わせて消滅させる為に生まれるのが、勇者らしい。

 地上から悪魔を消す為。

 最初から、根源の神へ還ることを目的とした魂を持って生まれてくる存在。

『ってわけだから、そんなのは意図して創らなければ生まれてくることはない』

『地上に存在する大精霊の中でも、例外は一組だけだ』

「え?」

 消滅を意図して生まれた大精霊が居るなんて?

「それって、私の知ってる大精霊?」

『もちろん』

 嫌な予感がする。

 まさか……。

「レイリス?」

『え?』

『そうだ』

『ちょっと待ってよ。なんで?なんでレイリスが?エルを生んだから?』

『違う』

『外部の精霊の力は強すぎる。月の女神は、すでにルネを地上に送っている。更に精霊を送るつもりなら、地上に害のないよう、制約が必要だ』

 ルネ。ロマーノに居る月の大精霊だよね。

 レイリスは、炎の大精霊によって焼かれた土地を平定する為に、月からやって来た大精霊だ。

『ってわけで、月の女神は、すでに来てる太陽の大精霊の完全な片割れを寄越したんだよ』

 完全な魂の片割れ。

『ルネは地上に居らず、レイリスは砂漠から外に出ない。今のところ、私たちが危惧することは起こってはいないが。地上で月の力の影響が拡大した場合、レイリスは太陽の大精霊が消滅させることになってる』

「そんな……」

『それ、レイリスは知ってるの?』

『当然だ』

 知らなかった。

―月に帰れるの?

―帰れないよ。

―たとえドラゴンだって、あそこにはたどり着けない。

 レイリスは、帰れないって知ってた。

―それは、太陽の精霊も同じかな。

―同じじゃないか。

―会ったことないから知らないけど。

 そして、太陽の大精霊に会ったらどうなるかも知ってたんだ。

 レイリス……。

「エイダとパスカルは、魂の片割れ同志じゃなかったの?」

『違う。俺たちみたいに、対になる神から生まれたのは一緒だ。でも、完全な片割れじゃない。ぶつかった程度で消滅するようには創られてないんだ。だから、あの二人が、どうやって一つになったのかは誰もわからないんだよ』

『境界の神によって個別の存在として生まれたのに、何故、境界を越えることを望んだのかもわからないが』

 ……わからないんだ。

「でも、それじゃあ、エイダとパスカルは根源の神に還ってないの?」

『まさか』

『二人の力は地上から消えた。それは、根源の神へ還ったことを意味する』

 大精霊の中では、二人は根源の神へ還ったことになってるんだ。

 でも、変だ。

 一つになれない魂なのに、二人は一つになったなんて?

 二人は、境界の神の力を越えたってこと?

 それに、ルブライト。

 二人が消えた後に残ったもの。

 あれが残った意味は……?

『ねぇ。さっきの、魔法を掴むって話し。パスカル以外に協力を頼める氷の大精霊は居ないの?』

『居ない。そんな芸当を出来るのは、この辺の大精霊だけだ』

 誰でも出来る訳じゃないんだ。

「炎は、エイダだったの?」

『違う。普段はセズディセット山に居る奴なんだが。今は、どこかに行ってるらしいな』

 セズディセット山の炎の大精霊。

 私が行った時も会えなかった。

「誰も居場所を知らないの?」

『デルフィが、人間と共に居たのを見かけたと話していたが』

『それで居ないのか?』

『いつ、どの辺りで見たか覚えていないらしい』

『あいつは適当だからな。儀式に参加してない奴なんて、勇者の存在も把握してないだろ。協力は当てにしない方が良いぞ』

「わかった」

 どこかを旅してるなら、今から探しに行く時間もなさそうだ。

「私たち、十六日にあの人と戦いに行くつもりなの」

『十六日?』

『リリー。人間と関わりがない精霊に日付けを言っても無駄だからね?』

「今日は、十二日だから……」

『四日後か』

『満月の頃だな』

『……それは、わかるんだ』

 ずっと雲に覆われてるから、空なんて見えないはずだけど。精霊って、太陽の居場所や月の満ち欠け、方角はすぐにわかるみたいだよね。

「エルと私、どっちが呼んでも来てくれる?」

『もちろんだ』

『もちろん』

 良かった。

「ありがとう。じゃあ、十六日に、二人にも手伝ってもらうね」

『わかった。勇者に協力を約束しよう』

 パールが、前みたいに溶けて消える。

『俺も当てにして良いぞ。じゃあな』

 シミュラも消えた。

「またね、シミュラ、パール」

『また会おう』

『また会おう』

 見えないのに、声が聞こえる。

 手を振りながら、周りを見回す。

 ……見えない。

『どうしたの?』

「見えないのに、居るから……」

『精霊は自然そのもの。自然に溶け込もうと思えば、いつでも溶け込めるんだよ』

 そうだった。

 目を閉じて、自然を感じる。

 この世界には、精霊の気配がたくさんある。

 それなら、二人もどこかに居たりしないかな。

 ……目に浮かぶのは、手を繋いで幸せそうに微笑む二人の姿。

 二人は、本当に幸せになれたのかな。

『で?どうするの?これから』

 目的は達成した。

 エル、どうしてるかな。

「とりあえず、ヴィエルジュの所に戻ろう」

 えっと……。

『こっちだよ』

 イリスが飛んで行った方を見ると、大樹の洞の中にヴィエルジュが居るのが見えた。

 そっか。ここ、外に出てすぐのところだったっけ。

 大樹の洞の中に戻る。

「帰るのか?」

「まだ帰らないよ。エルから連絡はある?」

「ない」

「私、エルのところに行っちゃだめ?」

「不可能だ」

 だめらしい。

 エルから何か言われてるのかな。

 置いてあるエイルリオンに触れてみる。

 ……触れない。

「ヴィエルジュは、エイルリオンに触ることが出来るの?」

 ヴィエルジュが、エイルリオンを持ち上げる。

『持てるんだ』

「親だから?」

「親?」

「エイルリオンの」

 ヴィエルジュが、首を傾げる。

「えっと……。エイルリオンは、あなたが、あの人から貰ったもので出来てるんだよね?」

「何故、それを知っている?」

「エルが、そうじゃないかって言ってたから」

―その剣がヴィエルジュの中で変化し、エイルリオンとして生まれたってことか。

「かつて……。同じことを言う者が居た」

「同じ?」

 ヴィエルジュが、エイルリオンを置く。

「あの男が私に残したもの。それは私の腕の中で変化し、新しい存在、エイルリオンへと変化した。私は、それはアンシェラートの意思なのだろうと考えていたが……。それは違う、と。これは、自分と同じ存在だと」

「同じって……」

「エイルリオンは、私とあの男の子供だと」

 待って。

「じゃあ、それを言ったのは、」

「あの男の力を得て、この御使いの体を使って最初に生まれてきたブラッド。ラグナロクだ」

「え?」

『え?』

 ラグナロク。

 名もなき王の作者?

 あの人に詳しかったのは、あの人とヴィエルジュの子供だったから?

『待ってよ。ラグナロクって、普通の人間じゃなかったの?』

「普通の人間とは?」

『なんていうか……。リリーみたいな感じだよ』

「ラグナロクは、ブラッドの男。背も高く、今の人間よりは長寿で、不老だった」

「不老?今も生きてるってこと?」

「不死ではない。遥か昔に死んでいる」

 ……そうだよね。

『ってことは、そんなに昔から、その御使いを使ってるってこと?』

 ブラッドが生まれたのがいつかわからないけど。ドラゴン王国時代より、ずっと前のはずだ。

「遥か昔だ。この娘は、巫女と呼ばれる仕事から逃げてきた」

「巫女?」

「クレアの間では、神の力で孵化した人間を巫女と呼ぶ。巫女は、神の力を扱える存在だ。この娘は、炎の神の力を得た巫女だった」

 精霊ではなく、神の力で生まれた人間。

 そういえば、あの人もクレアの巫女だって、エルが言ってたっけ。

「里で生まれた巫女は、その里の為に神の力を行使する役目を追う。しかし、この娘は、炎の力で花や植物を枯らす為、炎の力が必要な時以外は、巫女の為に作られた屋敷から出ることを禁じられていたそうだ」

「ひどい……」

 監禁されていたんだ。

「ある日、娘は、旅の者から逃げることを勧められた。熱心に説得されたようだが、その時は気に止めなかったらしい」

「どうして?」

「巫女は巫女としての役割を全うしなければならない。自分の境遇に対して疑問などなかったのだ」

 それが、当たり前だったのかな。

 ……自分が置かれてる状況が変かどうかなんて、教えてくれる人が居なきゃ、わからないよね。

「しばらく経って、娘は外に出たいと願うようになった。旅の者から聞いた、自分の知らない豊かで自由な世界に憧れたのだ」

 あぁ。わかるかも。

 きっと、物語のような話をたくさん聞いたんだ。

「娘は、里を出ることを望んだ。しかし、巫女は役目を全うしなければならないと反対された」

「それで?」

「娘は、神に願った。役目を放棄したいと。この力のすべてを消し、自由になりたいと。しかし、祈りは神に届くことはなかった」

 届かなかったんだ……。

「その代わり、その願いを私が叶えることにした」

「ヴィエルジュが?」

「私は、娘を大樹の洞へ招いた。……この場所。ここは私の力で満たされた場所だ。外部の力の影響を受けやすい人間が長時間居れば、私の力に侵食される」

「同化するってこと?」

「そうだ」

「私も?」

「……時間がかかる」

 確か、ちゃんとご飯を食べないとか、人間らしさを忘れたら浸食されやすいんだっけ?

「この娘と共に居る間、私は彼女の望むまま、世界中を案内した。私はすでに世界を見ていたが、彼女は世界を言葉で綴り、美しいと歌った。……やがて、彼女は私の力に浸食され、神の力を失った。そして、役目を終えた巫女の魂は死者の世界へ向かった」

 そして、ヴィエルジュの御使いになったんだ。

 大樹の御使いが、炎の力を扱う巫女だったなんて。

『役目を終えたって、どういうこと?』

「神から得た力は有限だ。使い果たせば死を迎える」

「えっ?そうなの?」

「それが、巫女の運命だ」

 神の力で生きるなんて。

 まるで、精霊みたい。

「あの人も同じ?」

「あれは、すでに巫女でも人間でもない。前例を当てはめることなど出来ない」

 あの人は、境界の神にして剣の神、リンの巫女だった。

 でも、地上に存在した神の力を吸収し、ブラッドの祖となり、ヴェラチュール、人間の神と名乗ってる。

 神さまには思えないけど、人間とも思えない。

「ヴィエルジュ。私たちは、あの人と戦いに行く。でも……。あの人が、悪い人だと思えないの。戦う以外の方法があれば……」

「勇者ならば、勇者の役目を全うしなければならない」

「ヴィエルジュは、あの人の死を望むの?」

「それが、世界の為だ」

「違うよね?だって、世界の為って、多数の為って考えるなら、炎の巫女を助けなかったよね?」

 ヴィエルジュが首を振る。

「私たちはもう、何度も神の意思に逆らっている。これ以上、破壊や犠牲を払うわけにはいかない」

「逆らってるって……」

 リラとアルテアの物語?

「役目を放棄したこと?」

「これ以上、話すことはない」

 もう、教えてくれないんだ。

 ヴィエルジュは、本当に、このままで良いと思ってるのかな。

 好きな人と一緒になれないなんて……。

 ヴィエルジュの気持ちが知りたい。

「……?」

 ほのかな光が、鼓動のように波打つ。

 その姿が、私に語りかけてるように見えて。

『リリー?』

 エイルリオンに向かって、手を伸ばす。


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