149 自然の宝庫
昨日とは違って、賑やかな食堂で朝ご飯を食べる。
「いただきます」
「いただきます」
いつも通り、エルはスープとシンプルなパン、それに林檎だ。
温かいスープは、身体を温めてくれる。
「昼までに帰れるかわからないから、後でサンドイッチでも作って持って行こう」
今日は、闇の大精霊と大地の大精霊に会いにグラム湖へ行く。
「なんだか、ピクニックみたいだね」
「そうだな。天気次第だけど、少しゆっくりしても良いか」
チーズのパンは、スープに浸して食べても美味しい。
そういえば、風の大精霊探しの時ものんびりしてたよね。
あんな感じで一緒に散歩するのも楽しそうだ。
あの日は、エルはデートだって言ってたけど……。
今日は、ちゃんと探さなきゃ。
頑張ろう。
目の前を見ると、エルが、くすくす笑ってる。
「どうしたの?」
「いや。なんでもない」
……変なエル。
※
食事を終えて、食堂にあったパンにハムやサラダを挟んでサンドイッチを作る。オランジュエードの瓶を二つと、果物も少し包んでから、アレクさんの部屋へ。
「おはよう」
「おはようございます」
「おはよう。エル、リリーシア」
アレクさん、リック王子の伯爵叙任式の時と同じ衣装を着てる。それに、冠も。
「相変わらず重そうな衣装だな」
エルも見たことあるみたいだし、これが、皇太子の正装?
「二人も開会宣言に参加するかい」
「え?」
「冗談じゃない」
「残念だね。エルの衣装も用意してあったのだけど」
「今日はグラム湖に行く。ヴィエルジュは居るか?」
「ベランダで呼びかけてごらん」
「ん」
……相変わらず、二人の会話って早い。
エルと一緒にベランダに出る。
「ヴィエルジュ」
エルが呼ぶと、大樹の洞が開く。
「グラム湖に行きたいんだ」
「アーランに会いに行くのか?」
「あぁ」
知ってるんだ。
「闇の精霊に会うとなると一苦労するぞ」
「光の洞窟に居るんだろ?」
「その深淵へ向かうことになる。途中までなら案内してやれるが。……リリーシア。お前を連れて行くことは出来ない」
「え?」
「なんで?」
ヴィエルジュが私を指さす。
「闇の大精霊の支配する場所では、陽の力に頼ってはならない。お前は眩し過ぎる」
眩しい?
リュヌリアンのこと?
「リュヌリアンを置いて行けば会えますか?」
「なら、リリーは大地の大精霊を探してくれ」
「え?」
連れて行ってくれないの?
「大精霊探しは得意だろ?」
「でも、一人で行くなんて。危ないよ」
「精霊の加護がある場所なら安全だ」
安全なのかな。
でも、闇の大精霊はメラニーの親だし……。大丈夫そう?
分担した方が効率が良いのかもしれない。
「わかった。じゃあ、エルが居ない間、私は大地の大精霊を探すね」
頑張って探そう。
「ジオ、アンジュ、バニラ。イリスと一緒にリリーを手伝ってくれ」
「え?そんなに置いて行っちゃうの?」
「ジオとアンジュは陽の力だ。連れて行けない」
「陽の力?」
「外に向かう力のことだ。逆に、内に向かう力が陰の力。属性はこの二つに大別される」
風の精霊と炎の精霊は陽。
闇の精霊は陰ってことだよね。対になる力を指してるのかな。
大地の精霊と対になるのは、水の精霊。水って広がるイメージだから……。
「バニラは、陰の力?」
「そう。でも、バニラには、リリーの大地の大精霊探しを手伝ってもらいたいんだ」
『了解』
同じ大地の属性の精霊が居てくれた方が、グラム湖の精霊も協力してくれるかもしれない。
でも、本当に良いのかな。私ばっかり。
『ボクは?』
「イリスは、リリーの精霊だろ?」
イリスだって、エルの精霊なんだけど……。
『わかったよ』
「ありがとう。エル」
イリスには、一緒に居て欲しい。
「アーランに会えたら、俺もグラム湖に行く。でも、先に探し終えてたら、城に帰って良いよ」
「え?帰るの?グラム湖で待ってちゃ駄目?」
……その顔。
駄目って言いそうだ。
「夕方までは?」
エルが眉をしかめる。
さっき、終わったら、のんびりするって言ってたのに。
「帰還も私に頼るなら、伝言ぐらい預かろう」
そっか。
帰りもヴィエルジュに頼むはずだよね。
「じゃあ、時間は決めないことにしよう。その代わり、別の場所に移動したら、ヴィエルジュに伝言を残してくれ」
「うん。わかった」
「無理はしないように」
「はい」
私の方が先に見つけられたら、ヴィエルジュにお願いして、エルの居る場所に連れて行ってもらおう。
リュヌリアンを持たなければ大丈夫だよね。
「ヴィエルジュ。俺はアーランの元に、リリーはグラム湖に連れて行ってくれ」
「了解した」
「剣花の紋章は必要ないのか?」
「勇者の頼みならば優先しよう」
勇者の手伝いをしてくれるんだ。
……良いのかな。
「神の台座に連れて行ってくれって言ったら、出来るか?」
「エル、」
そんなこと聞かなくても……。
「不可能ではない」
やっぱり、ヴィエルジュは、あの人と敵対したくないんだよね。
「大丈夫だよ。私たち、ヴィエルジュには頼まないから。熱気球で行くの」
「そうか」
出来る限り、ヴィエルジュを巻き込まないようにしなくちゃ。
「じゃあ、先に行く」
エルが、ヴィエルジュの居る洞の中に入る。
「いってらっしゃい。気を付けてね、エル」
「リリーも気を付けて。……いってきます」
大樹の洞が閉じる。
行っちゃった。
「エル、大丈夫かな」
『大丈夫じゃない?闇の大精霊が居る場所なら地下深くだろうし』
『そうだねー』
あの人も簡単に行けないような場所なら、安全かな?
『それより、大地の大精霊を探せる当てはあるの?』
「たぶん、大丈夫?」
今までも会えたし。
『勇者と会うことを望んでいるなら、グラム湖に来ているだろう』
『そうなの?』
『儀式に参加していたのは、この辺りの土地に住む大精霊だからな』
この辺り?
「もしかして、バニラの親?」
『そうだ』
『そうなの?』
『私だけではなく、この辺りの大地の精霊すべての親と考えて良いだろう』
『大地の精霊は、そんなに移動しないからねー』
「そっか」
グラシアルに居る氷の精霊も、皆、パスカルの子供だ。精霊は土地に着くことが多いから、その地域の精霊の親は同じことの方が多いはずだよね。
……風の精霊は、常に移動してそうだけど。
しばらく待っていると、大樹の洞が開いた。
「おかえりなさい」
エルは無事に闇の大精霊の近くへ行けたのかな。
開いた洞の中に入る。
あれ?中が明るい?
「エイルリオン?」
「エルロックが置いて行った」
大樹の中にはエイルリオンがある。
リュヌリアンも眩しいって言われたぐらいだから、持って行っちゃ駄目だったのかもしれない。
精霊に会いに行くだけなら、戦うことになんてならないよね?
どうか、闇の大精霊がエルを守ってくれますように。
「行くぞ」
「うん」
大樹の洞が閉じる。
転移する……。
大樹の洞が開いて、外から光が差し込む。
着いたみたいだ。
でも、木がたくさんあるだけで、湖なんて見えない。
「ここがグラム湖?」
「如何にも」
「湖ってどこ?」
「ここから東に進めば見えるだろう」
東って、あっちかな。
『どこ向いてんの?』
『東なら、逆だぞ』
左だったらしい。
遠くの方に開けた場所が見えるから、その辺かな?
「グラム湖って、ほとんど森なの?」
『起伏のある大きな森だ。この近くに光の洞窟もある』
そっか。洞窟もあるぐらい広い場所なんだよね。森を含めたこの辺り一帯を、全部、グラム湖って呼んでるのかな。
……思ってたよりも、すごく広いかも。
大樹の洞から出て、辺りを見回す。
森の中なのに明るい。
空は曇ってるし、これだけ木が生えてるなら、もう少し暗いはずだよね?
不思議。
「あ。エイルリオン、ここに置きっぱなしで大丈夫?」
「問題ない」
『どっちにしろ、リリーは持てないんじゃないの?』
「布で巻いてあるから、触れるよ。……たぶん」
少し歩いて、深呼吸をする。
なんて気持ち良い場所なんだろう。
精霊の気配をたくさん感じる。
地上には大地の精霊が多くて、空には光の精霊が飛んでる。
あれ?もしかして、光の精霊が多い方が光の洞窟?
だとしたら、水の精霊が多い方が湖だよね。
これだけ精霊が居るなら、迷わなそうだ。
「まずは、大地の精霊がたくさん居そうな方を探せば良いかな」
『呼べば来るかもしれない』
「呼ぶって?」
『私の親の名は、シミュラだ』
バニラの親。
呼んでみても良いかな。
「シミュラ。ここに居るなら、姿を現して」
ふわりと風が吹いたかと思うと、目の前に人の姿が現れた。
緑の光。
「あなたが、シミュラ?」
『そうだ。名乗るまでもなかったか。助けが必要な時は呼べ』
「呼ぶだけで、今みたいに来てくれるの?」
『勇者の所在ぐらい把握している』
「わかった。じゃあ……」
『待って』
「!」
急に、目の前に水の玉が現れたかと思うと、それが人の姿に変わった。
「パールっ?」
……びっくりしたぁ。
『お前が水場から離れるなんて珍しいな』
『説明をしなければならない』
『説明?デルフィがしてるんだろ?』
『していない』
『お前も?』
『していない』
『先に勇者に会ったって言ってなかったか?』
『タイミングが悪かった』
それ、お風呂に入ってる時の話だよね……。
お化けだと思って私が騒いだから、大事なこと話せなかったのかもしれない。
「あの、説明って何?大事なことなら、エルと一緒に聞きたいの。エルは今、アーランに会いに行ってるから、待っててもらっても良い?」
『なら不要だな』
『なら不要か』
「えっ?」
『今頃、アーランが説明してるだろ』
『あれに任せておけば良い』
確かに、エルの方が私よりちゃんと理解してそうだけど……。
『話があるなら、ちゃんと言ってくれない?ボクらも聞きたいんだけど』
シミュラが肩をすくめる。
『俺たちじゃ、人間に向けた解りやすい説明なんて出来ないぞ?』
『私も人に理解させるのは難しい。こういうのは、人に馴染んだデルフィや人に詳しいアーランの役目だ』
二人とも、普段は人間と関わらない大精霊なのかな。
『そう?デルフィよりも、よっぽど聞きやすいけど』
『そうだねー』
それは、私もちょっと思ったけど。
「えっと……。とりあえず、どんな時に呼んで良いのか教えてもらえる?」
『いつでも構わない。傷を負った時でも、呪いを受けた時でも。いくらでも勇者を癒そう』
それは、心強いかも。
『一番は、あいつが大地の魔法を使った時だけどな』
「大地の魔法を?」
『そうだ。俺があいつの使った大地の魔法を掴んで、神の力を引き抜いてやる』
「えっ?そんなこと出来るの?」
『あぁ。水の魔法ならパールが引き抜く』
パールが頷く。
大精霊は、自分の属性の魔法を掴める?魔法ごと、神の力を引き抜ける?
『魔法を引き抜くなんて聞いたことないよ。ボクらの魔法……。例えば、バニラの魔法をシミュラが引き抜けるってこと?』
『んなことはしない』
『親の大精霊が私を取り込むことぐらい、いくらでも可能だ』
『しないって言ってるだろ』
『可能か不可能かで話すなら、可能だ』
『自分が生んだ精霊を戻すわけないだろ』
バニラが頭を抱える。
大変だ。止めなきゃ。
「大丈夫、ちゃんとわかったよ」
『わかったのか?』
「うん」
たぶん。
『要は、あいつ以外には、やらないってことだね?』
『その通りだ』
シミュラが満足そうに頷いて、バニラとイリスがため息を吐く。
説明が苦手って、こういうこと?
あまり質問をぶつけると、重要な話を見落としそうだ。
まとめると……。
「あの人から神の力を引き抜く為には、あの人が魔法を使った瞬間に、属性に応じた大精霊を呼べば良いってことだよね?」
『そうだ』
『そうだな』
神の力を引き抜けば、形勢は有利になる。
「大精霊がそういうことを出来るって、あの人は知ってるの?」
『一度、やってるからな。知ってるだろ』
やってるんだ。
それなら、大精霊は無闇に呼べないんじゃ……?
私たちの治癒に専念するよりも、神の力を引き抜くのに専念してもらった方が良さそうだ。
でも。
「私たちが呼ぶことで、あなたたちに危険はない?」
『危険?何がだ?』
『私たちのことは気にする必要はない』
そういうわけにはいかないと思うんだけど……。
『リリー。大精霊のことは、心配するだけ無駄だ』
バニラが言うなら大丈夫なのかな。
私が見たあの人が持ってる力は、光、闇、炎、氷、水、大地、風。それから雷と雪。
「光の力は、アイフェルで、闇の力は、アーラン」
炎の大精霊と氷の大精霊は、儀式に来てなかった。
「水の力は、パール。大地の力は、シミュラ。風の力はデルフィ。雷は……?」
『雷はアイフェルの担当だ。光でも雷でも掴むんじゃないか?』
「雪は?」
『パスカルが氷と雪の魔法を扱えた。しかし、今は居ない』
根源の神に還ったから……。
「あの……。エイダとパスカルが根源の神に還ったこと、二人はどう思ってるの?」
『自然なことだろ』
『私たちは、いずれ根源の神へ還る存在だ』
シミュラがパールを指さすと、パールが指先でシミュラの指に触れる。
「パール、シミュラ!」
そんなことしたら……!
触れ合った場所が、泥のように溶けて。二人の間に隙間が出来る。
でも、消えたのはそれだけ。
「どうして……?」
『見ての通り。俺たちは、そう簡単に消えることはない』
『境界の神の力が働く限り、一つになることなどない』
「でも、エイダとパスカルは……」
触れ合った場所から蒸発して。
とけあうように一つになった。
『何が起きたのかは、俺たちも知らない。境界を越えることは簡単じゃないからな』
『例外もあるが』
「例外って?」
『完全な魂の片割れ同士である場合』
『そうだな。肉体のない俺たちは、魂の片割れに触れるだけで消える』
触れるだけで消滅する関係。
「勇者と悪魔みたいに?」
『そうだ』
呪われた魂を持つ悪魔は、永遠に現世をさまよう存在。
悪魔と戦い、その魂を自らの魂と合わせて消滅させる為に生まれるのが、勇者らしい。
地上から悪魔を消す為。
最初から、根源の神へ還ることを目的とした魂を持って生まれてくる存在。
『ってわけだから、そんなのは意図して創らなければ生まれてくることはない』
『地上に存在する大精霊の中でも、例外は一組だけだ』
「え?」
消滅を意図して生まれた大精霊が居るなんて?
「それって、私の知ってる大精霊?」
『もちろん』
嫌な予感がする。
まさか……。
「レイリス?」
『え?』
『そうだ』
『ちょっと待ってよ。なんで?なんでレイリスが?エルを生んだから?』
『違う』
『外部の精霊の力は強すぎる。月の女神は、すでにルネを地上に送っている。更に精霊を送るつもりなら、地上に害のないよう、制約が必要だ』
ルネ。ロマーノに居る月の大精霊だよね。
レイリスは、炎の大精霊によって焼かれた土地を平定する為に、月からやって来た大精霊だ。
『ってわけで、月の女神は、すでに来てる太陽の大精霊の完全な片割れを寄越したんだよ』
完全な魂の片割れ。
『ルネは地上に居らず、レイリスは砂漠から外に出ない。今のところ、私たちが危惧することは起こってはいないが。地上で月の力の影響が拡大した場合、レイリスは太陽の大精霊が消滅させることになってる』
「そんな……」
『それ、レイリスは知ってるの?』
『当然だ』
知らなかった。
―月に帰れるの?
―帰れないよ。
―たとえドラゴンだって、あそこにはたどり着けない。
レイリスは、帰れないって知ってた。
―それは、太陽の精霊も同じかな。
―同じじゃないか。
―会ったことないから知らないけど。
そして、太陽の大精霊に会ったらどうなるかも知ってたんだ。
レイリス……。
「エイダとパスカルは、魂の片割れ同志じゃなかったの?」
『違う。俺たちみたいに、対になる神から生まれたのは一緒だ。でも、完全な片割れじゃない。ぶつかった程度で消滅するようには創られてないんだ。だから、あの二人が、どうやって一つになったのかは誰もわからないんだよ』
『境界の神によって個別の存在として生まれたのに、何故、境界を越えることを望んだのかもわからないが』
……わからないんだ。
「でも、それじゃあ、エイダとパスカルは根源の神に還ってないの?」
『まさか』
『二人の力は地上から消えた。それは、根源の神へ還ったことを意味する』
大精霊の中では、二人は根源の神へ還ったことになってるんだ。
でも、変だ。
一つになれない魂なのに、二人は一つになったなんて?
二人は、境界の神の力を越えたってこと?
それに、ルブライト。
二人が消えた後に残ったもの。
あれが残った意味は……?
『ねぇ。さっきの、魔法を掴むって話し。パスカル以外に協力を頼める氷の大精霊は居ないの?』
『居ない。そんな芸当を出来るのは、この辺の大精霊だけだ』
誰でも出来る訳じゃないんだ。
「炎は、エイダだったの?」
『違う。普段はセズディセット山に居る奴なんだが。今は、どこかに行ってるらしいな』
セズディセット山の炎の大精霊。
私が行った時も会えなかった。
「誰も居場所を知らないの?」
『デルフィが、人間と共に居たのを見かけたと話していたが』
『それで居ないのか?』
『いつ、どの辺りで見たか覚えていないらしい』
『あいつは適当だからな。儀式に参加してない奴なんて、勇者の存在も把握してないだろ。協力は当てにしない方が良いぞ』
「わかった」
どこかを旅してるなら、今から探しに行く時間もなさそうだ。
「私たち、十六日にあの人と戦いに行くつもりなの」
『十六日?』
『リリー。人間と関わりがない精霊に日付けを言っても無駄だからね?』
「今日は、十二日だから……」
『四日後か』
『満月の頃だな』
『……それは、わかるんだ』
ずっと雲に覆われてるから、空なんて見えないはずだけど。精霊って、太陽の居場所や月の満ち欠け、方角はすぐにわかるみたいだよね。
「エルと私、どっちが呼んでも来てくれる?」
『もちろんだ』
『もちろん』
良かった。
「ありがとう。じゃあ、十六日に、二人にも手伝ってもらうね」
『わかった。勇者に協力を約束しよう』
パールが、前みたいに溶けて消える。
『俺も当てにして良いぞ。じゃあな』
シミュラも消えた。
「またね、シミュラ、パール」
『また会おう』
『また会おう』
見えないのに、声が聞こえる。
手を振りながら、周りを見回す。
……見えない。
『どうしたの?』
「見えないのに、居るから……」
『精霊は自然そのもの。自然に溶け込もうと思えば、いつでも溶け込めるんだよ』
そうだった。
目を閉じて、自然を感じる。
この世界には、精霊の気配がたくさんある。
それなら、二人もどこかに居たりしないかな。
……目に浮かぶのは、手を繋いで幸せそうに微笑む二人の姿。
二人は、本当に幸せになれたのかな。
『で?どうするの?これから』
目的は達成した。
エル、どうしてるかな。
「とりあえず、ヴィエルジュの所に戻ろう」
えっと……。
『こっちだよ』
イリスが飛んで行った方を見ると、大樹の洞の中にヴィエルジュが居るのが見えた。
そっか。ここ、外に出てすぐのところだったっけ。
大樹の洞の中に戻る。
「帰るのか?」
「まだ帰らないよ。エルから連絡はある?」
「ない」
「私、エルのところに行っちゃだめ?」
「不可能だ」
だめらしい。
エルから何か言われてるのかな。
置いてあるエイルリオンに触れてみる。
……触れない。
「ヴィエルジュは、エイルリオンに触ることが出来るの?」
ヴィエルジュが、エイルリオンを持ち上げる。
『持てるんだ』
「親だから?」
「親?」
「エイルリオンの」
ヴィエルジュが、首を傾げる。
「えっと……。エイルリオンは、あなたが、あの人から貰ったもので出来てるんだよね?」
「何故、それを知っている?」
「エルが、そうじゃないかって言ってたから」
―その剣がヴィエルジュの中で変化し、エイルリオンとして生まれたってことか。
「かつて……。同じことを言う者が居た」
「同じ?」
ヴィエルジュが、エイルリオンを置く。
「あの男が私に残したもの。それは私の腕の中で変化し、新しい存在、エイルリオンへと変化した。私は、それはアンシェラートの意思なのだろうと考えていたが……。それは違う、と。これは、自分と同じ存在だと」
「同じって……」
「エイルリオンは、私とあの男の子供だと」
待って。
「じゃあ、それを言ったのは、」
「あの男の力を得て、この御使いの体を使って最初に生まれてきたブラッド。ラグナロクだ」
「え?」
『え?』
ラグナロク。
名もなき王の作者?
あの人に詳しかったのは、あの人とヴィエルジュの子供だったから?
『待ってよ。ラグナロクって、普通の人間じゃなかったの?』
「普通の人間とは?」
『なんていうか……。リリーみたいな感じだよ』
「ラグナロクは、ブラッドの男。背も高く、今の人間よりは長寿で、不老だった」
「不老?今も生きてるってこと?」
「不死ではない。遥か昔に死んでいる」
……そうだよね。
『ってことは、そんなに昔から、その御使いを使ってるってこと?』
ブラッドが生まれたのがいつかわからないけど。ドラゴン王国時代より、ずっと前のはずだ。
「遥か昔だ。この娘は、巫女と呼ばれる仕事から逃げてきた」
「巫女?」
「クレアの間では、神の力で孵化した人間を巫女と呼ぶ。巫女は、神の力を扱える存在だ。この娘は、炎の神の力を得た巫女だった」
精霊ではなく、神の力で生まれた人間。
そういえば、あの人もクレアの巫女だって、エルが言ってたっけ。
「里で生まれた巫女は、その里の為に神の力を行使する役目を追う。しかし、この娘は、炎の力で花や植物を枯らす為、炎の力が必要な時以外は、巫女の為に作られた屋敷から出ることを禁じられていたそうだ」
「ひどい……」
監禁されていたんだ。
「ある日、娘は、旅の者から逃げることを勧められた。熱心に説得されたようだが、その時は気に止めなかったらしい」
「どうして?」
「巫女は巫女としての役割を全うしなければならない。自分の境遇に対して疑問などなかったのだ」
それが、当たり前だったのかな。
……自分が置かれてる状況が変かどうかなんて、教えてくれる人が居なきゃ、わからないよね。
「しばらく経って、娘は外に出たいと願うようになった。旅の者から聞いた、自分の知らない豊かで自由な世界に憧れたのだ」
あぁ。わかるかも。
きっと、物語のような話をたくさん聞いたんだ。
「娘は、里を出ることを望んだ。しかし、巫女は役目を全うしなければならないと反対された」
「それで?」
「娘は、神に願った。役目を放棄したいと。この力のすべてを消し、自由になりたいと。しかし、祈りは神に届くことはなかった」
届かなかったんだ……。
「その代わり、その願いを私が叶えることにした」
「ヴィエルジュが?」
「私は、娘を大樹の洞へ招いた。……この場所。ここは私の力で満たされた場所だ。外部の力の影響を受けやすい人間が長時間居れば、私の力に侵食される」
「同化するってこと?」
「そうだ」
「私も?」
「……時間がかかる」
確か、ちゃんとご飯を食べないとか、人間らしさを忘れたら浸食されやすいんだっけ?
「この娘と共に居る間、私は彼女の望むまま、世界中を案内した。私はすでに世界を見ていたが、彼女は世界を言葉で綴り、美しいと歌った。……やがて、彼女は私の力に浸食され、神の力を失った。そして、役目を終えた巫女の魂は死者の世界へ向かった」
そして、ヴィエルジュの御使いになったんだ。
大樹の御使いが、炎の力を扱う巫女だったなんて。
『役目を終えたって、どういうこと?』
「神から得た力は有限だ。使い果たせば死を迎える」
「えっ?そうなの?」
「それが、巫女の運命だ」
神の力で生きるなんて。
まるで、精霊みたい。
「あの人も同じ?」
「あれは、すでに巫女でも人間でもない。前例を当てはめることなど出来ない」
あの人は、境界の神にして剣の神、リンの巫女だった。
でも、地上に存在した神の力を吸収し、ブラッドの祖となり、ヴェラチュール、人間の神と名乗ってる。
神さまには思えないけど、人間とも思えない。
「ヴィエルジュ。私たちは、あの人と戦いに行く。でも……。あの人が、悪い人だと思えないの。戦う以外の方法があれば……」
「勇者ならば、勇者の役目を全うしなければならない」
「ヴィエルジュは、あの人の死を望むの?」
「それが、世界の為だ」
「違うよね?だって、世界の為って、多数の為って考えるなら、炎の巫女を助けなかったよね?」
ヴィエルジュが首を振る。
「私たちはもう、何度も神の意思に逆らっている。これ以上、破壊や犠牲を払うわけにはいかない」
「逆らってるって……」
リラとアルテアの物語?
「役目を放棄したこと?」
「これ以上、話すことはない」
もう、教えてくれないんだ。
ヴィエルジュは、本当に、このままで良いと思ってるのかな。
好きな人と一緒になれないなんて……。
ヴィエルジュの気持ちが知りたい。
「……?」
ほのかな光が、鼓動のように波打つ。
その姿が、私に語りかけてるように見えて。
『リリー?』
エイルリオンに向かって、手を伸ばす。




