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旧作3-2  作者: 智枝 理子
Ⅵ.大陸会議編
131/149

142 手をつないで

「エル。話は終わった?」

「あぁ」

 そう言って、エルがポケットの懐中時計を見る。

「もう昼か。ランチでも食べながら、ゆっくり話そう。フローラ、通っても良いか?」

「良いわよ」

 フローラが私たちの方を見る。

「しばらくの間、店の裏口を自由に使って構わないわ。私が店に居る時しか開いてないけれど。お店の脇を通り抜けても良いし、好きに使ってね」

「ありがとう、フローラ」

「助かるよ」

「良いのよ。皆、うちの常連さんだもの」

「ついでに、花束を作っておいてくれ」

 エルがフローラに銀貨を払う。

「気前が良いのね」

「晩餐会に持っていくんだ。華やかなのを頼むよ」

「わかったわ」

 

 花の香りが漂う店内を通り抜けて、ウエストストリートへ出る。

 知らない道を通って来たのに、見慣れた場所に出るなんて、不思議。

「何食べたい?」

「キャロルは、ピッツァを食べたいって言ってなかった?」

「もう。いつの話をしてるの?お祭りの時にも、ルイスの誕生日の時にも食べたじゃない」

 そういえば、お祭りの時のお土産で、ルイスが選んでたよね。キャロルはピッツァが好きなのかな。

「リリーシアはどう?」

「私もピッツァが良いな。皆でシェアして食べられるし」

「じゃあ、ピッツァの店を探すか」

「これから探すの?」

「ここなら何でもあるだろ」

「狼の腹も満たすからね」

 歩き出したエルとルイスの後ろから、キャロルと一緒に付いて行く。

「狼の腹って?」

「ここは、狼の腹通りって呼ばれてるのよ。狼みたいに腹ペコな人も、ここに来ればお腹いっぱいになれるから」

「そうなんだ」

『すごい名前だね』

 食べ物屋さんが軒を連ねる通りは、どこも賑わっていて、良い匂いが漂っている。

「美味しそうな匂いで溢れてるから、逆にお腹がすきそう」

 キャロルが笑う。

「そうね。気になるお店があったら、入りましょう」

「え?でも……」

「別に、私に合わせなくても良いのよ。ピッツァが特別好きってわけじゃないもの」

「そうなの?」

「そうよ。食べたいなって言ったら、そればっかりなんだもの。困っちゃうわ」

 ……どこかで聞いたような話?

「今日は、気分じゃなかった?」

「そんなことないけど……。でも、リリーも食べたいものがあったら言ってね?」

「大丈夫だよ。特にないから」

「お城って、毎日、ご馳走が出てくるから?」

「え?」

 ご馳走?

「違うの?」

「違うっていうか……」

 ご馳走って、きっと、すごく豪華な食事をイメージしてるんだと思うけど。

「食事は食堂で食べてるよ。ビュッフェがあって、好きなものを選べるんだ。朝はスープがあるし、お昼はパスタが充実してるよ」

「意外と普通なのね。皇太子近衛騎士って、もっと特別なのかと思ってたわ」

「そんなことないよ。食堂は、王国兵士も事務員さんも、貴族もメイドさんも皆、使う場所だから」

「皆?アレクシス様も?」

「アレクさんは、自分の部屋かな」

 でも、食堂で働いてるデュグレさんのこと知ってたよね?

 食堂を使うこともあるのかもしれない。

「それに、普段食べてるものは、皆と変わらないよ。お休みの日は、スコーンとか軽いものを食べるって言ってたし」

「そうなの?お城の生活って、もっと物語みたいに特別ですごいのかと思ってたわ」

「あ。それは、わかるかも」

 私も、お城では毎晩、舞踏会が開かれてるイメージだった。

「でも、毎日食べるなら、ご馳走よりもスープやパンが良いよ。今日のキャロルのスープみたいに、ほっとする味が良い」

 キャロルが微笑む。

「ありがとう」

 キャロルのスープは、優しい味で、体の内側から元気になれる味だと思う。

「皆で住むようになったら、また一緒に作りましょう」

「うん。でも、キャロルも忙しくなりそうだよね」

「私?」

「音楽院に行きたいんだよね?」

 キャロルが俯く。

「行くつもりなんてないわ」

「エルに遠慮なんて必要ないと思うよ」

「遠慮なんてしてないわ」

「でも、エルはキャロルから相談されたら嬉しいと思う」

「相談?」

「音楽院に興味があるって」

「だめよ、そんなの。……エルのことだから、簡単に行けって言うと思うわ。でも私、エルに無理はしないで欲しいの」

「無理って?」

「だから……。お金のこととか……」

 お金?

「でも、エルはキャロルの為なら……」

「だから、それが駄目なの!」

 キャロルの声に、前を歩いていた二人が立ち止まって振り返る。

「どうしたんだ?」

「なんでもないわ」

「リリーシアと喧嘩でもしたの?」

「するわけないでしょう」

 キャロルが私の腕を掴んで、二人を追い払うように手を動かす。

「女の子の内緒の話をしていたのよ。ね?リリー」

 とりあえず、頷いておく。

「あの店で良いか?」

 エルが行列の出来ているピッツァの店を指す。

「休みだから、どこも混んでるみたいなんだ。二人とも、お腹空いてない?」

「私は平気よ。リリーは?」

「うん。大丈夫」

「じゃあ、あの店にするか」

 四人で、お店の列に並ぶ。

 チーズが焼ける良い匂い。

 そういえば、初めてピッツァを食べたのは去年だよね。ラングリオンに来たばかりの時に、マリーが連れて行ってくれたっけ。

 懐かしいな。

 

 ※

 

 ようやく四人で座れる席が空いて、おすすめのピッツァを注文する。

 お店は混雑していたけど、香ばしい匂いのするピッツァは、すぐにテーブルいっぱいに並んだ。

「火傷しないようにな」

「もう。子供じゃないんだから、心配しないで」

「冷めない内に食べようよ」

「そうだな。いただきます」

「いただきます」

 食事を始めると、エルがフローラと決めたことを話してくれた。

 でも、話の内容は、思っていたのと全然違う。

 ウエストストリートに出る為に、お店を通り抜けさせてもらうよう頼むだけじゃなく、隣のお店をフローラから貰って、通路を作ることになったらしいのだ。

 フローラは自分のお店のほかに、両隣のお店の所有者でもあるらしい。話し合いの結果、片方のお店をエルが貰って通路を作ることが決まった。

 その代わり、礼拝堂や花壇のある東側をフローラに渡すことになったらしい。他にも、礼拝堂裏にある建物の改築も手伝うことになって……。

 後は、お屋敷は古いから、皆で住む為には手入れも必要らしい。

 これから、やることがたくさんありそうだ。

「ってわけだから、屋敷が使えるようになるまでは、もう少しかかりそうなんだ。家も明け渡す予定だし、それまで、二人はガラハドの屋敷で生活してくれ」

 あれ?それって……。

「それって、今までと変わらないってことだよね?」

「それって、今までと同じよね?」

「……そうだな」

 だよね。

 エルの話は、これで終わりかな。

「あのね、エル。キャロルも話したいことがあるんだって」

「話したいこと?」

「え?話したいことなんて……」

 キャロルが俯く。

「話して」

 エルの言葉に、キャロルが私を見上げる。

「リリーが話しても構わないわ」

「だめだよ。ちゃんと、キャロルから話した方が良いと思う」

 せっかく、一緒に居る時だから。

 エルもキャロルから聞きたいはずだ。

「今朝、俺に話そうとしてたことか?」

「うん」

 キャロルが頷く。

 エル、覚えててくれたんだ。

「あのね。私、ちょっと興味があることがあるの。……音楽院って知ってる?」

「音楽院?」

「ユリアの家がやってる音楽家の養成所よ。音楽堂の近くにあるの」

 ルイスから聞いた話では、すごそうな所だよね。音楽院も大きな建物なのかな。

「キャロルの年齢でも入れるのか?」

「入れるわ」

「通うのか?それとも、寮生活?」

「え?えっと……」

「通学が基本だよ。寮もあるみたいだけど」

 ルイスが説明する。

 キャロルより、ルイスの方が詳しく調べてるみたいだ。

「なら、通ったら良い」

「えっ?」

 エルの中では、もう、キャロルが音楽院に行くことになってるらしい。

「でも、貴族とか、貴族の後援を受けたようなすごい子が行くようなところで、すごくお金がかかるって……」

「興味があるんだろ?なら、行ったら良い」

「でも、返せるかわからないわ」

「返す?」

「だって、借りたものは返さなくちゃいけないでしょう?」

「何を借りるんだ?」

「だって……。新しい家を買ったり、フローラに頼まれて整備したり、これから、たくさんお金がかかるから……」

「大丈夫だよ、キャロル。僕も家を出て見習いで働く予定だし」

「そんなの駄目よ。せっかく皆で暮らせるのに」

 あれ?もしかして、キャロルが遠慮してたことって……?

「二人とも。金銭面の心配は一切必要ないぞ」

「薬屋も辞めちゃうのに?」

 ルイスも、何も知らないの?

「お前たち、俺が今、何をやってるのか知らないのか?」

「お城で働いてるんでしょう?」

「アレクシス様を手伝ってるって聞いてるけど……」

「俺の今の役職は皇太子秘書官。政務分野における近衛騎士みたいなものって言えばわかるか?」

「えっ?そうなの?」

「えっ?ちゃんとした仕事してたの?」

 エル、すごく頑張ってるんだけどな……。

 離れてる時間が長過ぎて、二人には全然、伝わってないみたいだ。

『エル、ルイスとキャロルに何も言ってないの?』

『ちゃんと話したことはないんじゃないかしらねぇ』

「二人とも、エルが冒険者の活動もしてること、知らないの?」

「知ってるわ。でも、冒険者として稼げる人なんて、全然居ないんでしょう?」

「高額な仕事は命の危険があるものばっかりだって。シリルさんが納品するものも、すごく危ない場所に行かないと手に入らない貴重なものだって聞いてるよ」

「でも、エルは……」

 エルが私の口を塞ぐ。

『もしかして、二人が冒険者を目指さないよう、周りに口止めしてたの?』

 そっか。

 私にも冒険者のこと全然教えてくれなかったし、二人に話してるわけないよね。

 話題を変えよう。

「えっと……。二人はエルが居ない間、生活に困ることはなかったの?」

「ないわ」

「薬屋の収入が十分あったからね」

「月のお小遣いも決められた通り貰ってたわ」

「余った分は、言われた通りオルロワール家に預けてたよ。でも、これは税金とかの支払いに使ってたんでしょ?」

「だから、オルロワール家からお金を借りたことは一度もないの」

「なんで、借りる必要があるんだよ」

「だって、エルは、お金に困ったらオルロワール家を頼るように言ってたから」

「違う」

 エルが頭を抱える。

 二人が困ったら、マリーはいくらでも助けてくれそうだけど。

 でも、そういう意味じゃないよね?

「それは、俺がオルロワール家に預けてる金を自由に引き出せるって意味だ。薬屋をやらなくても、十分、二人を育てられるぐらいの蓄えはあるからな」

「えっ?エルって、そんなにお金持ちだったの?」

 ……落ち込んでる。

 ちょっと珍しいかも。

「いつも派手な買い物するから不思議だったけど。そういうことだったんだね」

「どういう意味だ」

「エルって、気に入ったものがあったら、値段なんて考えずに何でも買っちゃうからさ」

「そうよ。私の部屋にある家具だって、私が可愛いなって言っただけで、一式全部買っちゃったじゃない」

『あー。やりそう』

『そうねぇ』

 あの可愛い家具のことだ。

「出かける度に、お土産を買ってくるし」

「本当。お金遣いが荒いわ」

『二人とも、しっかりしてるね』

『誰に似たのかしら』

 誰だろう?

 カミーユさん?

 でも、これだけ後先考えずにお金使ってるの見たら、心配になるのもわかるかも。

 さっき、キャロルが怒ったのも、これが原因だよね。

「とにかく。そういうわけだから、二人とも、余計な気なんて使わずに、やりたいことをやれ」

「えぇ?でも……」

 まだ、迷ってる?

 ……ルイスもキャロルも、しっかりし過ぎてるんだよね。

「あのね。ルイスとキャロルは、私たちの大事な家族だよ。だから、もっと私たちを頼って欲しいの」

「でも……」

「それに、私、キャロルの歌が好きだよ。聴いてると幸せな気持ちになれるの。好きなことがあって、もっと知りたいって思っていて、それを学べる場所があるなら。私は、キャロルに行って欲しいと思う。その為に出来ることがあるなら手伝うよ」

 私も、近衛騎士としてお仕事してるし。

 キャロルを応援したい。

「俺もキャロルの歌が好きだよ。でも、音楽はキャロルが知っているよりも、もっと広い世界だ。学べば、もっと歌うことが楽しくなる。だから、音楽院に行ったら良い」

「だってさ、キャロル」

 キャロルが微笑んで頷く。

「ありがとう。エル、リリー。私、歌が好き。もっとたくさん、歌のことを知りたい。だから……。私、音楽院に行きたい」

 良かった。

 ちゃんと言ってくれて。

「わかった。引っ越すまでに、音楽院に入れるよう手続きをしよう」

「ありがとう」

 ルイスもキャロルも、やりたいことに向かって進んでる。

 私も、頑張らなきゃ。

「でも、面白いお屋敷だったね」

「えぇ。あちこちに仕掛けがあって」

「あちこちに仕掛け?隠し部屋以外に?」

「最初はリリーが壊した壁かしら」

「えっ?壊したわけじゃなくて……」

 

 ※

 

 ピッツァ、美味しかったな。四人で行ったから、四種類の味を楽しめた。

 食べ終わった後は、図書館へ行くルイスと、合唱団に参加するキャロルを途中まで見送って、エルと一緒にウエストの商店街へ。

 買い物があるらしい。

「何を探してるの?」

「ドレスに合いそうな靴」

「靴?」

「晩餐会の準備だよ。ポルトぺスタで買ったドレスがあっただろ?」

 ドレスって……。

 あの、オレンジ色のドレスのこと?

『持ち歩いてたの?』

「ずっと荷物に入れっぱなしだ」

 あれから、ずっと?

「あの、ドレスって、着なくちゃ駄目?」

「伯爵も参加する正式な晩餐だからな」

「エルは何を着るの?」

「正装だ。ロジーヌが何か用意してるだろ」

 オルロワール家って、エルの服をたくさん置いてあるみたいだよね。

 靴とかも一式揃ってそうだけど……。

「私も、エルに何か買いたい」

「俺に?」

「いつも買って貰ってばかりだから」

 何か、良いもの……。

『あのお店はどう?』

 ナターシャが指した方には、服飾雑貨を置いてる店がある。

「良さそう。ネクタイもあるよ」

 男の人のものが置いてあるお店かな。

 エルが少し首を傾げて、頷く。

「じゃあ、あの店に入ろう」

「うん」

 

 エルと一緒にお店に入る。

「どんなネクタイが良いかな」

「ネクタイは要らないよ」

「え?」

「着る服に合わせないと意味が無いからな」

『なら、なんで店に入ったんだよ』

『そうよ』

 イリスとナターシャが怒ってる。

 何か、気に入ってもらえそうなものを探そう。

 お店には、ネクタイ以外にもいろんなものが置いてある。

「タイチェーンを選んでくれないか?」

「タイチェーン?」

「あんなやつ」

 エルが指した方には、ネクタイが飾られてる。

 違う。欲しいのは、ネクタイの飾りかな?ネクタイに、ブレスレットみたいなチェーンが巻いてある。

「わかった」

 タイチェーンが置いてある場所に行く。色んなデザインがあるみたいだ。

「何かお探しでしたか?」

 店員さんだ。

「えっと……。晩餐会で使えるようなタイチェーンを探してたんです」

「では、華やかなものがよろしいでしょう。こちらはいかがですか?」

『ちょっと派手ね』

「もう少し見てみます」

『エルは、こういうのが好きそうよ』

『そうだね』

 ナターシャとイリスが進めてくれたのは、ワンポイントに白いカルセドニーを置いたシルバーのチェーン。

「うん。良さそう」

 エルに似合いそうだ。

 でも、何となく、こっちも似合いそう。

『え?それ?』

 金色のチェーンに金細工の薔薇が付いたもの。

「ちょっと聞いてきます」

 選んだタイチェーンを持って、エルの方に行く。

「エル。どっちが好き?」

 エルが、チェーンを見比べる。

「こっちかな」

「わかった。買ってくるね」

 エルが選んだのは、金色の方だ。

 店員さんの方に持って行く。

「これを下さい」

「そちらでしたら、このハンカチもご一緒にいかがでしょう」

 金色の薔薇の刺繍が付いたハンカチだ。

「はい。お願いします」

 お揃いで使えそうだ。

 ……ナターシャが、なんだか不満そうな顔をしてる。

「あの、やっぱり、こっちも買います」

『え?どうして?』

「どんな服を着るか知らないから。二つあった方が選べるかなって」

『確かに、そうね』

 せっかく、イリスとナターシャが選んでくれたものだし。

 店員さんが、にこやかに微笑む。

「では、こちらには別のハンカチをサービスいたしましょう」

 シンプルなストライプのハンカチだ。

「ありがとうございます」

 

 ※

 

 今度は、同じ通り沿いにある靴屋さんへ行く。

 可愛い靴がたくさん置いてあるお店だ。

「座って」

 言われた通り椅子に座る。

 まだ何も選んでないけど……。

 エルが、奥から出てきた店員さんと話してる。

『可愛い靴がたくさんあるのね』

「ドレスを着たら、靴なんて見えなくなると思うけど」

『もう。見えない所まで、おしゃれするのが女子でしょう?』

『ナターシャは、おしゃれだよね』

 買い物を一番楽しんでるのは、ナターシャかもしれない。

『だって、あのオレンジ色のドレスを着るんでしょう?懐かしいわ。本当に素敵だったもの。ちゃんと可愛い靴を合わせてあげるべきよ。私、エルと一緒に選んで来るわ』

 そう言って、ナターシャが飛んで行く。

 見ていると、エルに向かって会釈した店主さんが、私の方に来た。

「少し、よろしいでしょうか」

「はい」

 店主さんが、私のブーツを見る。

「履き慣らされたもののようですね。少々お直しいたしましょう」

「え?」

「すぐに終わりますよ」

 そんなに傷んでないと思うけど……。

『やってもらったら?』

 頷いて、ブーツを脱ぐ。

「お願いします」

 ブーツを渡すと、店主さんが奥にある工房へ行った。

 金具を取り換えてる?そういえば、ブーツを留める金具は少し錆びてきていたかもしれない。

「ブーツは?」

 戻って来たエルが、私の足元を見る。

「直してくれるみたい」

「そうか」

 エルが私の前に靴を置く。

 アンクルストラップがついた可愛らしい靴だ。

 靴を履くと、エルがストラップを止めて、靴の上に、ふわふわのファーを付ける。

「わぁ。可愛い」

『でしょう?エルと一緒に選んだのよ』

「ありがとう」

 ナターシャも選んでくれたんだ。

「立ってみても良い?」

「もちろん」

 その場に立って、エルを見る。

「いつもより背が高くなったみたい」

 高いヒールだけど、ちゃんと歩けるかな。

 お店の中を少し歩いてみる。

 全然ぐらつかない。

「すごく歩きやすい」

「なら、これで決まりだな」

「うん」

 安心して履けそうだ。

 椅子に座って靴を脱いでいると、店主さんが直したブーツを持ってきてくれた。

「どうぞ。履き心地をお確かめください」

「はい」

 ブーツに足を通す。

 なんだか、前より履きやすい。

 金具もきれいで、留めやすくなってる。

 立った感じも安定する。

「すごい。前よりしっくりくる」

 一番履き慣れた靴だと思ってたのに。直してもらうと、前より履きやすいって感じるから不思議だ。

「この靴と飾りを包んでくれ。修繕費はいくらだ?」

「修繕費は結構ですよ。娘からご活躍は聞いております。新しい騎士様にお引き立て頂ければ幸いです」

「娘?」

 誰のことだろう?

「王国兵士として国へ奉仕させていただいております。先の遠征ではお世話になりました」

 この前、一緒に遠征に行った王国兵士の女の子?

「私も、王国兵士の人たちには、すごくお世話になってます」

「いえ。女が兵士に志願するなど、はじめは反対したものですが……。リリーシア様と共に国に役立つ成果を出せたと喜んでおりました」

 ……望んで、簡単に選べる仕事じゃないんだ。

「はい。今回の遠征は女性だけで編成した少数部隊でしたが、精鋭揃いで士気も高く、とても頼りになりました。港や王都周辺の平和に貢献できたのも、王国兵士の皆の努力のおかげです。共に仕事を出来たことを誇りに思います」

『おぉ。近衛騎士っぽい台詞だね』

 女性ってだけで、兵士に志願できないって思われたくないから。

 ちゃんと意思を伝える時には、はっきりとした態度で示さなきゃいけないってソニアが言っていたから。

 ……少し、女王の娘だった時のことを思い出す。

「そう仰っていただけて光栄です。剣術大会でも女性の優勝者は久しぶりのことと聞きます。今後の御活躍も期待しております」

「ありがとうございます」

 どうか、店主さんが娘のことを誇りに思えますように。

 

 靴屋さんを出て、エルと手を繋いで歩く。

「楽しそうだな」

「うん」

 シールと一緒に遠征に行って良かった。

 こんなところで、知ってる人の家族に会うなんて。

「知らないところでも、こんな風に繋がりが出来ていくのが、すごいなって思って」

「そうだな」

 色んな人と出会って、新しいことがたくさん起きて。どんどん世界が広がっていく。

「ずっと、奇跡みたいな瞬間が続いてる気がする」

「大げさだな」

「だって。今を楽しめるのも、この先の未来を思えるのも。少し前の私には考えられないことだったから」

 ……本当に。

 今、ここに居ることが信じられないぐらいだ。

「エルのおかげだよ」

 急に、エルが私の左手を強く引いて、止まる。

「違う。奇跡でも、誰かのおかげでもない。リリーが今、こうしているのは、リリーが生きることを望んだからだ」

 そんなことない。私が生きることを望んだ理由は……。

「救われたのは俺の方だ」

 エルの方?

 生きることを諦めていた私がエルと出会って救われるかもって希望を抱いたのに……?

「じゃあ、エルも望んで」

 エルの左手も掴んで、エルを見る。

「誰かのせいにするんじゃなく、自分の意思で」

 生きることを。

「……望むよ」

「本当に?」

 ちゃんと、わかってるのかな。

「大切にする」

 ……あぁ。

 私は、この言葉をずっと待ってた。

「だから、リリーも大切にして」

「私も?」

「俺の大切なリリーを」

 ちゃんと守って?

 ……覚えててくれたんだ。

「はい。……大切にするね」

 約束。

「あ」

 エルに手を引かれて、抱きしめられる。

 すぐ後ろを人が通り過ぎた。

 こんなところで立ち止まってちゃ、駄目だよね。

「行こう」

「うん」

 エルの右手に引かれて歩く。

 出会った時から変わらない。

 だから、これから先の未来もずっと、一緒に歩いていきたい。

 こうして、左手を繋いで。

 

 ※

 

 フローラの店で花束を受け取って、オルロワール家へ。

 ロジーヌさんに案内された部屋へ行く。

「後ほど、お支度のお手伝いに参ります。少々お待ちくださいませ」

「はい」

 着替えスペースとしてパーティションで区切られた場所には、ピンク色のドレスがある。

 この前、舞踏会で着たドレスだ。

 でも、エルがオレンジ色のドレスを出して置く。

「今日はこっち。先に着替えてくるから、待っててくれ」

 パーティションで区切られた隣には、エルが着る服が置いてある。

 あ。渡さなきゃ。

「エル」

「ん?」

「あのね。結局、二つ買っちゃったの。今日の服に合う方を選んでくれる?」

 さっき買ったタイチェーンをエルに渡す。

「わかった。後で、ロジーヌに選んでもらうよ」

 エルが、着替えスペースに行く。

 私も着替えなくちゃ。

 長い絹の靴下を履いて、ドレスも着たけど、編み上げ紐は一人じゃ結べない。

「リリー」

 振り返ると、着替え終わったエルが後ろに立つ。

「結ぶよ」

「あんまり、きつくしないでね?」

「苦しかったら言って」

 前に着せてもらった時は、お針子の人が私の話なんて何も聞かずに締め付けたから、ひたすら苦しかった覚えしかない。

 ……あれ?全然、苦しくない。

 でも、ちゃんとドレスが落ちなように結んでくれてるみたいだ。

「髪を結ぶよ」

 エルに手を引かれて、ドレッサーの方へ。

 鏡が三つも付いている大きくて可愛いドレッサーだ。

 椅子に座ると、エルが櫛で私の髪をとかす。

 エルが着ているのは、金や銀の糸で刺繍がされた上品で華麗なコート。中はシンプルな白いシャツだ。

 今日は、珍しくボタンを上まで留めてる。ネクタイはまだ付けてないみたいだけど。

 エルが私の頭に薔薇の髪飾りを飾る。

「あ。このオレンジの薔薇……」

「リックから預かってたんだ。リリーに渡してくれって」

―後で加工させて、髪飾りにして贈る。

 こんな綺麗な髪飾りになるなんて。

「お礼、言いそびれちゃった」

「その内、また会えるよ」

「うん」

 そうだよね。

 エルが私の足元に靴を置く。

 立ち上がろうとしたところで、ノックが鳴った。

『ロジーヌだな』

「どうぞ」

 エルが返事をすると、ロジーヌさんとメイドさんが二人入って来た。

「失礼いたします。……もう、お支度はお済でしたか?」

「いや。化粧はしてないよ。ストールとリボンも合わせてくれ。靴はここに置いてある」

「かしこまりました」

 まだ支度があるらしい。

 エルが後ろのテーブルに、腰に巻くリボンとストールを置くのが見えた。

 そういえば、前もつけてもらったよね。

「では、お化粧をいたしますね」

 メイドさんが私の首元に大きなスカーフを巻いて、前髪を上げる。

 目の前には、たくさんの化粧道具が並んでいる。

 こんなに本格的にお化粧されたことなんてあったかな。

「お手を失礼します」

 メイドさんが私の手に何かを塗る。

「なんて白い肌」

「一番薄いベースは……」

 また、いくつか塗られた。

「こっちの方が馴染みますね」

 ……時間がかかりそう?

「ネクタイをお結びしましょうか?」

「あぁ。頼む」

 鏡に映ったエルとロジーヌさんが、着替えスペースの方へ行くのが見える。

『あれも付けるんじゃない?』

『そうね。見てこないと』

 イリスとナターシャが見に行ったみたいだ。

 精霊は鏡に映らないから見えないけど。

『あたしはぁ、金色の方だと思うけどぉ』

『だったら、見に行けば良いだろう』

『こっちの方が面白そうよぉ』

 色が決まった後は、メイドさんが手際良く仕上げていく。

 下地を付けて、パウダーを付けて。

 眉を整えて、瞼に色が重なる。

『綺麗な色ねぇ』

『エルは、しないの?』

『しないだろうな』

『今日はドレスじゃないものぉ』

『そっか』

 そういえば、クロエさんの変装をしてた時にはしてたっけ。

 次は、まつげをカールする。

『うわぁ。見てられないよ』

 痛くないんだけどな。

 あ。エルとロジーヌさんが戻って来た。

「何かございましたら、メイドにお申し付けください」

「はい」

「では、失礼いたします」

 頭を下げて、ロジーヌさんが部屋から出て行く。

 タイチェーンは、金色の方を選んだみたいだ。

「もう少し華やかな色で良いよ。こっちの色を足して」

 え?

 エルが私の瞼に色を重ねる。

「口紅は、これかこれ。前髪は軽く巻いて」

「かしこまりました」

 ……私より、エルの方が化粧に詳しいよね。

「リリー。談話室に行ってくる。迎えに来るまで待ってて」

「わかった」

『私、リリーの方に居るわね』

 エルが頷いて、部屋から出て行く。

 残ってくれるのは嬉しいけど、鏡越しだと姿が見えない。

「リリーシア様」

「はい?」

『また、ぼーっとしてただろ』

 変な声が出ちゃった……。

「ご要望がございましたら、何なりと仰ってください」

「え?」

「お好みの御色がございましたら、こちらでご用意いたします」

『エルが手を出したこと、怒ってるんじゃない?』

「あの……。ドレスに合ったものを合わせて貰えたら、何でも大丈夫です」

「口紅は、こちらの方がお似合いです」

「そうです。間違いなく」

『エルが選んだ奴じゃないね』

「じゃあ……」

『良いの?』

『えぇ?私は、これが良いと思うわ』

 ナターシャが目の前に飛んでくる。

「ピンク?」

「え?」

「え?」

『えっ』

『だって、リリーには優しい色が似合うもの』

「かしこまりました。少々、お直しいたします」

「あのっ、良いです、その、選んでもらったので」

「いいえ。お好みの御色で仕上げさせていただきます」

「問題ありません」

『やっぱり可愛いのが一番ね』

 ナターシャは機嫌が良さそうだから、良いかな。

「その前に、ドレスもお直しいたしますね」

「えっ?」

「失礼いたします」

 エルが結んでくれた紐が締め付けられる。

「待って、そんなにきつくしないで」

「これでも緩いぐらいです」

 苦しい……。

 後で、もう一回、エルに直してもらう余裕あるかな……。


 


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