140 リボン
扉をノックする音が聞こえる。
『ロニーだな』
ロニー?
布団の隙間から外を覗くと、ガウンを着たエルが扉を開くのが見えた。
「おはよう。エル」
「おはよう。何の用だ?」
「昨日の夜に届いた報告だよ。読んでおいてね」
エル宛ての報告を届けに来てくれたらしい。
昨日の夜もアレクさんの護衛をしてたのかな。
ロニーに今日の仕事のことを聞こう。
布団の中から顔を出す。
「もう実験は終わりで良いだろ」
実験?
他にも用事があったみたいだ。
ついでに、昨日使ったカップとティーポットをエミリーの部屋で洗って来ようかな。
ベッドから出て、サイドテーブルにある食器をトレイにまとめる。
「すごいね。消えてる」
「そっちは?」
「こっちもやるの?」
「当たり前だろ」
近くにあったショールを羽織って、トレイを持って、扉の方へ。
「おはよう、ロニー」
「おはよう、リリー」
ロニーの腕には、見覚えのあるスカーフが巻かれている。
これって、リーディスさんが使ってたのと同じ?
「怪我をしたの?」
「ちょっとね。朝食を終えたらアレクの部屋に行ってね。服装は自由だよ」
「わかった。ゆっくり休んでね」
「ありがとう」
エルの部屋を出て、エミリーの部屋に行く。
……あれ?ロニーって、光の魔法が使えるよね?
自分の魔法じゃ治せない怪我?
実験って言ってたし、何か変わったことをしていたのかもしれない。
洗い物を終えて部屋に戻ると、クローゼットの前に居たエルが振り返る。
「リリー。今日は、これを着て」
「うん」
先に着替えを終えていたエルから服を受け取る。
着替えよう。
「用事は終わったの?」
「あぁ。俺を狙った盗賊ギルドの暗殺者が、まだ、うろついてるらしい」
「え?」
首謀者は捕まったんじゃ……。
「暗殺依頼は破棄されたが、依頼の受諾者と連絡が取れなくなってるんだ。ギルド側で早めに探し出す予定だけど、しばらく警戒を続けろってさ」
早く見つかってくれると良いな。
「可愛い」
そう言って、エルが私のブラウスの襟に紐を通して、綺麗なリボンを結ぶ。
今日の服は、着心地の良い白いブラウスに、ウエスト部分がコルセットみたいになっているスカートだ。
「寒くないか?」
「少し寒いかも」
「じゃあ、これか、これか……」
エルが、長さや素材、デザインの違うカーディガンを出す。
「どれにする?」
「これかな」
暖かそうなニットのカーディガンを選んで、上に羽織る。
これ、騎士には見えないよね。王立図書館で良く見かける司書さんが、こんな感じだったと思う。
「どうして、この服を選んだの?」
「今日は騎士の仕事はないんだろ?」
ないわけじゃないと思うけど……。
でも、動きやすい服だし、リュヌリアンがあれば大丈夫かな?
「ランチは早めに迎えに行くよ。その後、ベルクトに会いに行こう」
「わかった。会えるかどうか、聞いておくね」
「あぁ。頼む」
※
食堂で朝食を食べて、エルにいってらっしゃいを言って、アレクさんの部屋へ。
部屋の前には、マリユスが居る。
「おはよう、マリユス」
「おはよう、リリー。兄上がいらっしゃってるよ」
「もう?」
『早いね』
「私、遅刻してないよね?」
「大丈夫だよ」
マリユスが笑う。
今日は、いつもの近衛騎士の服装だ。
「こっちの方がマリユスっぽい」
「ありがとう。でも、リリーの剣も使ってみたかったな」
「あ。私も、マリユスの剣を使ってみたいって思ってたんだ。今度、交換して練習してみない?」
「面白そうだね。でも、演習をするなら、アレク様の許可を得てからにしよう」
近衛騎士の私闘は厳禁だ。
「……うん」
『流石に懲りてるね』
私のせいで停職になっちゃったんだもん。
気を付けなくちゃ。
「どうぞ」
マリユスに促されて、扉を開く。
「おはようございます」
中に入ると、部屋に居たカミーユさんが振り返る。
アレクさんは執務机に座っていて、ロザリーがソファーに居る。今日は、クララは居ないみたいだ。
「おはよう、リリーシア」
「おはよう。リリーシアちゃん」
『また騎士っぽくない服で歩いてるなー』
『エルが選んだんだよ』
ちゃんと騎士の仕事はしてるはず……。
「報告書です」
昨日の夜に書いた報告書をアレクさんに渡す。
「主要な探索を終えてくれて助かるよ。危険も去ったようだし、残りの亜精霊の回収は魔法研究所に任せる予定だ。カミーユは引き続き、ヴィクトルの容態の観察を頼んだよ」
「はい。お任せください」
カミーユさんが礼をして、部屋を出る。
私が来る前に報告は終わってたらしい。
「他に報告はあるかい」
報告……。
「エルを狙ってる人がまだ居るって聞きました。エルの傍に居た方が良いですか?」
「心配しなくても大丈夫だよ。エルも知っている相手の可能性が高いからね。対処は可能だろう」
エルが知ってるってことは、メラニーも知ってる。相手が近づいてきたら、すぐに気づくってことだよね。
「今日のお昼に、エルと一緒にベルクトに会いに行きたいんです。行っても大丈夫ですか?」
「ライーザ」
「かしこまりました」
ライーザが部屋を出る。
「場所は覚えているかい」
「はい」
『え?本当に?』
何度か行ってるから大丈夫だと思う。
「会いに行くなら、ランチは早めに済ませるようにね」
「わかりました」
「話は以上かな」
「はい」
「じゃあ、これを渡しておこう」
アレクさんから書類と鍵を受け取る。
「セントラルの物件だよ。鍵も用意したから、休みの間に見てくると良い」
地図と、それぞれの家の情報と、鍵。
確か、オルロワール家やノイシュヴァイン家より上の方が貴族街だよね。
あれ?貴族街以外の場所もある?
「住むには改修や清掃が必要な場所があるかもしれない。困ったら、シャルロやガラハドを頼ると良い。荷物の置き場所を提供してくれるだろう」
『今の家を人に貸すことに決めたの、知ってるの?』
「エルが料理長のお気に入りを引き抜いたって噂は聞いているよ」
あの人、料理長のお気に入りだったんだ。
『引き抜いたわけじゃなくて、独立を支援しただけだよ?』
「料理長は、独立に賛成なんですか?」
「そうだね。城の食堂というのは、多くの人が楽しめる万人に受け入れられる味を作り出さなければならないんだ。けれど、彼には独特なセンスがある。それを生かす場所は、ここではないだろうね」
独特なセンスって、あのソースみたいな?
「でも、彼の創作料理を食べるには、エンドまで行かなければならないなんて。少し遠くなるね」
『行く気なの?』
「元の住居なら、新しい近衛騎士も迷わずに案内してくれるんじゃないかな」
「私、迷いません」
アレクさんが笑う。
「なら、今度連れて行ってもらおうか」
「はい」
『良いの?リリー。それって、アレクが城から抜け出す手伝いもしなきゃいけないんじゃないの?』
「え?」
「ロザリー。新しい店が出来たら、一緒に行こう」
「はい」
ソファーに居たロザリーが顔を上げて微笑む。
……出来るかな。
『本当、安請け合いするんだからさ』
でも、主君が城の外に出た時に護衛するのは、ちゃんとした近衛騎士の仕事だよね?
「リリーシア。もう一つ、渡したいものがあるんだ。ロザリーから受け取ってくれるかい」
「はい」
何かな。
ロザリーが居るソファーの方へ行く。
「おはよう、ロザリー」
「おはよう。リリー」
『おはよぅ』
『おはよう、ルキア』
『やっぱり、あなた、リリーの精霊なのよね?』
『だから、ボクは……』
「イリスは、私にとってもエルにとっても大事な精霊なの」
『そうなのぉ?……二人も面倒を見なくちゃいけないなんてぇ。あなたも大変ねぇ』
『あー。もう。勝手にしてよ』
「リリー。新しいリボンを作りました」
「わぁ。可愛い」
きらきら光る大ぶりのリボンが二つ。綺麗に整えられたリボンからは、髪に結ぶ為の長い紐が垂れ下がっている。
絹みたいな光沢を放っているのに、肌触りは絹っぽくない。
それに、紐は柔らかいけど、リボンは……。
「硬い」
「はい。形が崩れないよう、硬く結んでいます」
紐部分は、結構柔らかい気がするけど。同じ素材で、ここまで硬いリボンが作れるなんて。流石、ロザリーだよね。
「錬金術研究所で作られた特殊な金属繊維と聞いています。それを、リボンにしてみました」
「これ、金属なの?」
「はい。ナイフでも斬れないリボンです」
「え?」
ロザリーがナイフを出してリボンを斬りつけるけど、リボンは斬れる気配がない。
「私も試してみて良い?」
『リリーがやったら斬れちゃうんじゃない?』
カーネリアンを出して、リボンの端を……。
あれ?
斬れない。
リボンでナイフを挟んで力を入れてみるけど、全然斬れない。端に切れ込みを入れることすらできない。
「特に、その方向に対して強くなるように編んでいます。縦だと、多少は斬れやすくなっているかもしれません」
繊維の方向が影響してる?
でも、刃物で斬れない布なんて?
虹のワンピースも刃物に強いけど……。
「魔法研究所じゃなくて、錬金術研究所で作られた物なの?」
「はい。エルの為に作られた防具の余りを頂いて作ってみたんです」
『それって、昨日来てた服かな』
そういえば、昨日、見覚えのないコートとベストを着てたよね。
いつも着てるものとそんなに変わらない着こなしだったから気づかなかった。
見た目には普通の服と変わらないけど。
「エルが昨日来てた服には、鎧みたいな機能があるってこと?」
「はい。曙光のベストは、このリボンと同じ素材で、斬撃や突撃、打撃、射撃に強いものです。炎脈のコートは、魔法研究所のもので、寒冷な土地でも温かさを保つ魔法のコートです」
アレクさん、エルの為の防具もちゃんと用意してたんだ。
「付けても良い?」
「もちろんです」
ロザリーから貰ったリボンを髪に結ぶ。
思ったよりずっと軽い。
こんなに大きなリボンを布で作ったとしたら、もう少し重いはずだ。
「金属なんだよね?これ」
「はい」
不思議。
ロザリーが私の前に鏡を出す。
「可愛い」
それに、向きを変える度に、きらきら光ってる。
「星みたい」
「では、流れ星のリボンですね」
「素敵。ありがとう、ロザリー」
エルとお揃いの素材を使った、流れ星のリボン。
「リリーの国でも、流れ星は良い意味ですか?」
「うん。願いを叶えてくれるんだよ」
「私の故郷では、流れ星は悪い意味です」
「悪い?どういう意味なの?」
「人が死ぬ時に、星が流れると言われています」
それ、物語で読んだことがある。
その物語は、流れ星が落ちるのを見た主人公が、今、誰かが死んだって語るところから始まる。そして、様々な奇跡を体験した後、物語の最後に主人公は死んでしまう。実は、流れ星の正体は、主人公だったのだ。
「きっと、流れ星は、人の軌跡を教えてくれるんだと思う」
「人のきせき?」
『ロザリーには少し難しい言い回しねぇ』
あの物語のメインは、主人公の想いや希望のお話。
「死んだとしても、その人が生きた軌跡が失われるわけじゃない。気持ちが、想いが、ちゃんと残ってるって。だから、流れ星は、きらきら輝いて、誰かにその輝きを届けるんだと思う」
その星が尾を引く限り。
たとえ死を迎えたとしても、その人は誰かの胸の中で生き続けて、力になってくれる。
「きせきとは、生きた証という意味ですか?」
生きた証。
「そんな感じかも」
「では、リリーのリボンは、人の軌跡と人の願いを結んで出来た流れ星のリボンですね」
誰かの想いを受け止めて輝くもの。
「うん。それ、すごく合ってると思う。今、色んな人が応援してくれてるって、すごくわかるから」
私は一人じゃないし、エルと二人だけでもない。
虹のワンピースも、流れ星のリボンも。エルが貰った防具も。そして、リュヌリアンの月の力も。
「人も、精霊も、神様まで。皆が力を貸してくれてるの」
『そういや、カミーユが言ってたな』
『月の女神の助力を得たと』
「報告書にも書いてあるね。リリーシア。魔力を扱う訓練をしたいなら、レティシアを頼ると良い。午後に訓練に参加できるよう、手配しておくよ」
「はい。お願いします」
頑張らなきゃ。
※
アレクさんの部屋で魔法に関する本を読ませてもらっていたら、エルが迎えに来る時間になっていた。
時間が経つのって、あっという間だ。
午後は、もっと有効に使わなくちゃ。
エルと一緒に食堂へ。
今日は、何にしようかな。
湯気を立てた出来立ての料理が、たくさん並んでる。
「リリー。コーヒーと紅茶、どっちが良い?」
「コーヒーかな」
「わかった」
エルは、もう選び終わったみたいだ。
早く決めなくちゃ。
ランチの時間は、毎日見かける定番のソースを使ったパスタが三種類と、日替わりのパスタが数種類ある。
今日は、クリームソースとトマトソース、どっちにしようかな。
あ。ラビオリがある。ソースはパルメザンソースで、中にはきのこが入っているらしい。これにしよう。
『今日はデザート食べないの?』
「そんなにお腹空いてないよ」
早めの時間だし、体を動かすような仕事もしてない。
「選び終わったよ」
「ん」
待ってくれていたエルと一緒に、空いている席に座る。
「デザートは良かったのか?」
エルまで?
「もう。まだ、そんなにお腹空いてないよ」
『何、拗ねてるんだよ』
エルが笑ってる。
私、そんなに甘いもの食べてるかな。
「今夜、ベルトランに食事に誘われたんだ。一緒に行こう」
「ベルトランさんって、エルと一緒に仕事をしてる人?」
「あぁ」
確か、辞職願を出した事務員さんを呼び戻してくれた人だよね。
「私も行って良いの?」
「向こうも妻を連れてくるって言ってたからな」
妻……?
そっか。私、エルの妻なんだ。
「あの、私、頑張るね」
しっかりしなくちゃ。
「のんびり食事に付き合ってくれたら良いよ」
大人しく静かにしていれば、きっと大丈夫だよね?
「そのリボンは、ロザリーが作ったのか?」
「うん。エルが昨日着てた服と同じ、金属?で出来てるんだって」
見た目からは、全然金属に見えないけど。
「触ってみても良いか?」
「良いよ。形が崩れないようになってるから大丈夫」
エルが私のリボンに触る。
エルの服とは、触り心地が違ったりするのかな。
今度、比べてみよう。
「なんて名前?」
「流れ星のリボン」
「綺麗だな」
「うん」
ぴったりだよね。
「そうだ。アレクさんから、新しい家を紹介してもらったの。休み中に見てきたらどうかって」
「じゃあ、明日の午前中に、皆で見に行こう」
「うん」
ルイスとキャロルも一緒に行けそうだ。
後、エルに聞かなきゃいけないことは……。
「エルは、図書室に行ったことある?」
「ないよ」
ないんだ。
だったら今日は、私が、ちゃんとエルを案内しなくちゃ。
いつも行ってるところだし、王族の居住区の中だし、きっと大丈夫。
イリスも居るし。
「リリーは、子供たちの世話役とも知り合いなのか?」
「うん。いつも居る人は、リーディスさんって言うんだ。傷の治療もしてる人だよ」
皆の傷、早く綺麗になると良いな。
※
……エル、行ったことないって言ってたよね?
私の案内なんてなくても、エルがどんどん歩いていく。
「場所、知ってるの?」
「この辺の部屋の配置はだいたい覚えてる。図書室は結構、広い場所だからな。あそこだろ?」
見覚えのある場所。
「うん。そうだよ」
案内なんて必要なかった。
二人で図書室に入る。
今は、ランチの時間が終わって、中庭で遊ぶ時間らしい。
「リリー!」
声が聞こえた方を見る。
「ベルクト」
走ってきたベルクトを抱き留める。
「久しぶり」
「久しぶり、ベルクト」
いつも通り。元気そうだ。
―ここでは悪戯をすれば自由時間が減ると教えたでしょう。
今日は良い子にしてたのかな。
ベルクトがエルを見上げる。
「エルロック?」
「そうだよ」
ベルクトが、私とエルの顔を交互に見る。
そして、私の左手を見る。
「これ、まだ結婚してるってこと?」
「え?……うん」
あれ?私がエルと結婚してること、知ってるんだよね?
ベルクトがエルを見る。
「エルロック。俺と勝負しろ」
「勝負?」
「俺が勝ったら、リリーと別れろ」
「え?」
「は?」
どうして?
「売られた喧嘩は買うぞ」
「えっ。エル、だめだよ」
本気じゃないよね?
「リリー。ちょっと向こうに行っててくれ」
「喧嘩しないで」
「こいつに聞け」
しゃがんで、ベルクトと視線を合わせる。
「ベルクト。喧嘩はだめだよ?」
「でも、」
「だめ。誰かが傷つくようなことなんて、しないで」
エルにも、ベルクトにも、怪我なんてして欲しくない。
「わかった」
良かった。
立ち上がって二人から少し離れると、エルが遠くを指す。
「そこじゃ近い。あのベンチにでも座っててくれ」
「……わかった」
歩いて、壁際にあるベンチの方へ行く。
喧嘩はしないって約束してくれたし、大丈夫だよね?
『何やってるんだろうね』
ベンチに座って待っているけど、喧嘩をするような気配はない。
木陰に座って、二人で仲良く話してるみたいだ。
「どうして、ベルクトはエルと勝負するなんて言ったのかな」
『さぁ?』
エドムントさんとベルクトがどういう親子関係だったのかはわからないし、ベルクトが、どういう父親を望んでいるのかもわからない。
でも、二人は仲良くやっていけそうな気がするんだけどな。
『ベルクトが来たよ』
何故か両手を後ろにしたまま、ベルクトが、こちらに歩いてくる。
何か持ってるのかな。
「リリー」
ベルクトが両手を前に出す。
その手にあるのは……。赤い花?
「綺麗」
「赤いリボンで作った薔薇」
「これ、リボンなの?」
ベルクトが頷く。
リボンで作ったなんて思えないぐらい、花びらの形が綺麗に再現されてる。
「すごいね」
「エルロックが教えてくれた」
さっき、二人でやってたんだ。
「貰ってくれる?」
「良いの?」
「リリーの為に作ったから」
「ありがとう」
ベルクトから、赤い薔薇のリボンを受け取る。
本物の薔薇みたい。
道具を使って工作していたようには見えなかったよね。リボンだけで作ったなら、すごく器用だ。
「それだけ。また、会いに来てくれる?」
「もちろん。今度は、どんなお菓子が食べたい?」
「甘い奴ならなんでも良いよ。皆も喜ぶし。この前のサブレもすごく美味しかった」
「ありがとう。また、お菓子を作ってくるね」
ベルクトが、私の手を取る。
「リリーは、あいつのどこが好き?」
「え?……エルらしいところ?」
ベルクトの後ろ。さっきと同じ場所に居るエルを眺める。
「わかった」
ベルクトが、私の手を離す。
「またね」
「うん。またね」
走っていくベルクトを見送って、木陰に居るエルの方に行く。
「エル」
「リリー」
エルが顔を上げて、立ち上がる。
「ベルクトから何か言われたか?」
「これを貰ったよ」
リボンの薔薇をエルに見せる。
『それだけー?』
『他には、何も言われなかったの?』
他に用事はなかったみたいだよね?
「あ。養子の話、した方が良かった?」
「断られた」
「えっ?」
「だから、この話は終わりだ」
終わり?
養子の話を止めるってこと?
「喧嘩してないんだよね?」
「してないよ」
考え直すことにしたのかな。
……簡単に、決められることじゃないよね。
手の中の赤い薔薇を見る。
「これ、どうやって作るの?」
「ベルクトに教えてもらったら良いんじゃないか?細かい作業は得意みたいだぜ」
エルが教えたのに?
でも。
「うん。そうする」
また、会いに来てって言っていたから。
―子供たちは複雑な事情を抱えており、不安定な状況が続いています。
力になれることは少ないかもしれないけど。これまで通りに会いに来て良いんだよね。
※
午後。
アレクさんの部屋に顔を出した後、お城の入口の方にある魔法部隊の宿舎へ行く。
『迷わないで来れたね』
「外に出るだけだから大丈夫」
魔法部隊の宿舎は、お城に出入りする時に必ず見かける塔だから。
大きな扉を開いて中に入ると、魔法部隊のローブを着た人たちが何人か居る。
「こんにちは」
「リリーシア様。こんにちは」
「リリーシア。来たか」
レティシアさんと、確か、この子は……。
「ユベール君だっけ?」
「はい。覚えていていただけて光栄です」
ルイスの友達だよね。魔法部隊の一員だけど、未成年だから所属は予備部隊のはずだ。
「今日の訓練は、僕も参加します。よろしくお願いします」
「うん。よろしくね」
「こちらへ来てくれ」
『えっ。地下に行くの?』
「地下?」
「この下は魔法の訓練場になっている。精霊が嫌う空間だが、契約者と共に居るなら大きな問題はないだろう」
どうしよう?イリスは私と契約してるわけじゃないから……。
『一緒に行くよ。でも、あんまりボクと離れないでね』
「うん」
ありがとう。イリス。
レティシアさんとユベール君と一緒に、地下へ行く。
何だか嫌な空間。
そういえば、ここに封印の棺が置いてあったんだっけ。
……エルとアレクさんが戦った場所だから、嫌な感じがするのかな。
「まずは、どれぐらい魔法を使えるのか教えてくれ」
「えっ」
私が使えるような魔法……。
「どんなものでも構わない」
「眩しくなる魔法でも良いですか?」
「光の魔法か?」
「たぶん……?でも、違うかもしれなくて」
レティシアさんが少し考えた後、頷く。
「やってみてくれ」
「はい」
魔法をイメージして……。
「光れ!」
「ユベール、伏せろ!」
一瞬、辺り一帯が眩しくなる。
目を開くと、うずくまったユベール君をかばうようにレティシアさんが立っている。
「ごめんなさい。大丈夫ですか?」
「はい。すごい光でしたね」
ユベール君が立ち上がる。
眩しい以外に、特に害はないはずだよね?
「殿下から、変わった魔法を扱うと聞いていたが……。今のは、グラシアルで開発された魔法なのか?」
「えっ?違います。私、精霊と契約してないのに魔法が使えるみたいで……。エルからも、何の力かわからないって言われてるんです」
「そうだな……。何の力か特定することは難しいが。魔力の調整を学ぶことは可能だろう。ユベール。炎の魔法を、三段階の力で表現してくれ」
「はい」
ユベール君が、手を掲げる。
「一段階目です」
目の前に、手の平ぐらいの炎の玉が現れる。
「二段階目です」
さっきのより、二回りぐらい大きな炎の玉が現れる。
「三段階目です」
そして、両手で抱えるぐらいの大きさの炎の玉が現れた。
「すごい」
思わず拍手をすると、ユベール君が頭を掻く。
「いえ、こんなの序の口です」
「これをリリーシアにもやってもらう。さっき放った光の魔法よりも小さな明かりをイメージしてみてくれ。ユベールが最初に放った炎の玉ぐらいだ」
「はい」
集中して……。
小さな明かり。小さな炎……。
「光れ」
ふんわりとした光が当たりに広がる。
「木漏れ日のような優しい光ですね」
「これは、先ほどのとは違う魔法だな」
「えっ?」
「先ほどのは、瞬間的な光を広範囲に届ける魔法のはずだ。それを小さな魔力で行えば、瞬間的な光を狭い範囲に届ける魔法となる。だが、今回のは陽光を周囲に与える魔法。光の強さも広がり方も全く別物だ」
『新しい魔法ってことだね』
「より狭い範囲……。一点に明かりを灯すイメージの方が良いかもしれないな」
「はい」
狭い範囲の光……。
一点に集中。
うーん。それって、光の玉みたいな感じ……?
「光れ」
目の前に光の玉が浮かぶ。
『普通に、光の玉だよね?これ』
「これは、光の玉だな。瞬間的に消え去る光を収束させ、持続的に光を放ち続けるよう加工した魔法だ」
「すごいですね。原理を知っていても、光の魔法使いがつまずきやすい魔法の一つですよ」
「だが、リリーシアが扱うのは、光の魔法ではないと言われているのだろう?光の魔法の亜種なのか?」
「良くわからなくて……」
エルもわからないって言ってたし、はっきり言えることが何もない……。
「もう少し扱いやすい魔法を探した方が良さそうだな。今みたいに、色んな魔法を使ってみてくれ」
って言っても、使える魔法なんて……。
―リリーは魔法を剣術に応用するセンスがある。
―剣に魔法を込める感じで使い続けたら、きっと魔法のことも理解できるようになるよ。
「あの、短剣を使っても良いですか?」
「構わない」
カーネリアンを出して、魔法で力を込めて長剣に変える。
「面白い技だな。長さは自由に変えられるか?」
どうなのかな。
もう少し、短く……。
「出来た」
「上出来だ。今、行ったことが、魔力量の調整だ」
「え?」
「多くの魔法において、使用した魔力量は、具現化されたものの大きさに比例する。つまり、剣の形状となった光は、リリーシアが込めた魔力量に比例するんだ。その剣の長さを段階的に変える作業を行えば、魔力量の調整方法も体得することが出来るだろう」
「でも、下手だと余計な力が入っちゃうんですよね?」
「もちろん。だが、それは次の段階の訓練だ。まずは、自分のイメージ通りの長さに魔法の剣を作ることを考えてくれ」
『これは、先が長そうだね……』
魔法って、難しい……。
※
疲れた……。
「これをどうぞ」
魔法部隊のロビーに戻って、ユベール君からもらったドリンクに口を付ける。
「苦い……」
ユベール君が笑う。
「ケイルドリンクです。魔法使いの魔力の回復を早めるんですよ」
そういえば、エルもたまに飲んでたような気がする……?
苦い。
こんなに苦いものだったなんて。
一気に飲み切って、コップを置く。
「お口直しに甘いものはいかがですか?」
「ありがとう」
ドロップの瓶から一つ貰って、口の中に入れる。
甘くて美味しい。
※
魔法部隊の宿舎で休んでいると、エルが迎えに来てくれた。
この後は、ベルトランさんと食事会だ。しっかりしなくちゃ。
場所は、セントラルにあるレストラン。
受付の人に案内してもらった部屋に行くと、ベルトランさんと奥さんが居た。しかも、奥さんのポリーヌさんは双子を妊娠中で、とても大きなお腹をしている。
「エルロック様。どうか、乾杯の御挨拶をなさっていただけませんか?主人は、こういったことが苦手ですの」
「こういうのは主催者がやるものだろ?ベルトラン」
「妻が言った通りだ」
「じゃあ、リリーに任せるよ」
「えっ?私?」
『回ってきちゃったね』
どうして、私が?
なんて言ったら良いの……。
「あの……。お招きいただきありがとうございます。お会いできて嬉しいです。乾杯」
「乾杯」
みんなで、乾杯をする。
美味しい。
今日は、皆でオランジュエードを飲むことにしたのだ。いつものより味がまろやかで、口当たりもすごく良い。
「気分は悪くないか?具合が悪くなったら言ってくれ」
「ご配慮いただきありがとうございます。ですが、御心配には及びません。今日はとても調子が良いのですよ」
大きなお腹で出歩くのは、すごく大変なはずだ。
それでも、ポリーヌさんは、夫と一緒に楽しく仕事をしているエルに一度会いたかったらしい。
それに、外出は久しぶりだったらしくて、すごく楽しそうに話してる。
※
食事会が終わって、エルと一緒に手を繋いで隊長さんの家を目指す。
今日は、このまま隊長さんの家に行って、明日、皆で家探しをする予定だ。
エルと私と、ルイスとキャロルと、そして、新しく出来るかもしれない家族の為の家。
新しい、皆が帰る場所。
良いところが見つかると良いな。




