137 魔法の防具
ノックの音が鳴って、エルが部屋に入って来る。
「準備は出来てるか?」
「もちろんよ。かなり変わったけれど」
マリーが、エルに設計図を見せて説明している。
ぎりぎりまで練り直してたみたいだけど、マリーが納得のいくものが出来たのかな。
カミーユさんは、部屋中に魔法陣を描いている。防具製作に必要な物で、手伝ってくれる精霊たち皆の魔法陣を描いているらしい。
「綺麗ですね」
「うん」
すごいことが始まりそう。
※
魔法陣が揃って、エルへの説明も終わって。
いよいよ、魔法の防具製作が始まる。
「じゃあ、はじめるぞ」
「えぇ。大丈夫よ」
「全員、顕現してくれ」
『了解』
メラニー。
『了解』
バニラ。
『わかったわ』
ナターシャ。
『はーい』
ジオ。
『うん』
アンジュ。
『はぁい』
ユール。
『これで全員だね』
イリス。
「ナインシェ、メリブ、お願い」
『はーい』
ナインシェ。
『えぇ。良いわ』
メリブ。
「ブレスト、頼むぜ」
『あぁ。まかせろ』
そして、ブレスト。
「皆、マリーの指示に従ってくれ」
顕現した皆が頷いて、マリーを見る。
「ロザリー、準備は良い?」
「はい」
「じゃあ、始めるわ」
マリーの指示で、精霊たちが糸に魔法の力を注いで、ロザリーが指示通りに防具を作り始める。
製作途中でサイズ確認が必要になるかもしれないから、ここに居るけど。
私が手伝えるようなことは何もない。
完成まで暇だろうし、エルから借りた本を読もうかな。
アリシアから貰ったフェリシアの手記。初代女王から聞いた言葉が書き記されているらしい。
氷に閉ざされた極寒の地。
この国は古くからずっと、雪解けのわずかな恵みを糧に一年を過ごすような極めて貧しい国だった。
……これは、初代女王リーシアから見たグラシアルの古い記録だ。
グラシアル王国の話は、城に居た頃に歴史で勉強したことがある。
雪と氷に閉ざされた国。
私が過ごしたプレザーブ城も、同じように外の世界から完全に閉ざされていたけれど。一年中、春のように過ごしやすい季節で色んなものが手に入る環境と、一年中、寒冷で外との交流がほとんど出来ない環境とじゃ、全然違っただろう。
雪解け時期に得られる作物や獣肉は貴重で、保存食の技術は高かったと言われている。女王国になって以降、それらが食べられる機会は減ってしまって、廃れてしまった技術らしいけど。記録にだけ残っている。
ちなみに、海に面しているにも関わらず、グラシアル王国では魚食の文化が、ほとんどなかったらしい。断崖絶壁という立地なら、魚釣りをするなんて不可能なのは確かだ。
でも、巨大魚に関する物語はいくつかある。
だいたい内容は同じで、化け物魚がやって来て国を荒らしたが、王様や英雄が討伐したというもの。物語の終わりもだいたい同じで、討伐された巨大魚の身は国中の人々に配られたが、あまりにも大きかった為、すべて食べきるには一年もかかってしまった、と締めくくられる。
……手記の続きを読もう。
手記によると、リーシアには魔力が無かったらしい。
世界一の魔女と呼ばれた魔女なのに、はじめは何の力も持っていなかったなんて。
まるで物語みたい。
氷の大精霊と契約する前は、他の精霊と契約してなかったのかな。
精霊が見えて話が出来るなら、精霊と契約する必要なんてなさそうだけど……。
グラシアル王家は、魔法使いとして国民を守る義務があったのかもしれない。
太陽の女神への信仰は、すごく古い時代からあったと言われている。
寒冷な地方にとって、太陽の恵みは重要なものだ。長く寒い冬の終わり。太陽の復活を祈る冬至祭は、ずっと昔から行われていた。
プレザーブ城は一年中春のような気候だったから、グラシアル王国の頃ほど重要な意味はなかったかもしれないけど。
冬至祭は、毎年、楽しみにしていたお祭りだ。
私は自分の親を知らない。
ただ、女王の娘に選ばれる日まで私の面倒を見てくれた人は覚えてる。
その人は、長い髪を二つに分けて結んでいた。
私の髪もお揃いにしてくれていた。
だから、大きくなったら、私もこの人みたいに髪を伸ばそうって思っていた。
いつも私の手を引いて歩いてくれていた。
一緒にお祭りに行くのもこの人だった。
あの人には、もう一度会いたいと思う。
でも、女王の娘になってから一度も会っていない。
小さい頃に暮らしていた家に行ったら、その人は居なくて、新しい赤ちゃんと知らない世話役の人が住んでいた。
そういうものなんだと思って、もう一度会うことは諦めていた。
でも、アリシアが自分の親を探せたように、探そうと思えば探せるのかもしれない。
でも、会ってわかるかな……。
小さい頃の話しだし、その人の顔をはっきり思い出すことは難しい。
……続きを読もう。
ようこそ、神の台座へ。
あれ?
リーシアは、神の台座に行ってたの?
しかも、あの人と会ってる?
それに、ヴィエルジュの大樹みたいなのまで出て来てる。
あの人が居て、大樹があるってことは、ここが名もなき王の最期の舞台?
すごい。全部、繋がってるんだ。
他にも、リーシアが氷の大精霊と契約する話や、悪魔リリスを召喚することになった話も書かれている。
これが、昔あったこと。
そして……。
私は、従わなければならない。
私が兄から引き継いだ王族としての使命。
この国を豊かにするのだ。
国は潤沢な魔力によって豊かになった。
私の意思を伝え、国の繁栄に寄与することを約束したリリスも居る。
秘密を隠し、私とリリスが存在する限り、この国は永遠の繁栄を約束されているのだ。
永遠の繁栄……。
グラシアル女王国は、ずっと、リーシアとリリスの二人が支えてきた。
エルが終わらせるまでの長い間、ずっと。
ずっと。
あの場所で。
なんとなくだけど。
リーシアは、お兄さんのことが好きだったんじゃないかな。
※
「完成しました」
ロザリーの声が聞こえて、顔を上げる。
「皆、ありがとう。顕現を解いて大丈夫よ」
精霊たちが顕現を解いて、契約者の元に戻って行く。
「サイズは大丈夫だと思うけど。リリー、着てみてくれる?」
「うん。わかった」
「カミーユは、向こうに行ってて頂戴」
「わかったよ」
着替えをしに、マリーと一緒に本棚の方へ。
本棚とパーティションで目隠しを作ってあるのだ。
ここに入れば外から見えないから、カミーユさんが向こうに行く必要はなかったと思うけど。カミーユさんは、戸口に置いたパーティションの裏に回っている。
「さぁ、着替えましょう」
着替えていると、急に空気が変わった。
「あ……」
「エルね」
「うん」
魔力の集中をしたんだ。
空気が気持ち良い。
「マリー。これで良い?」
着替え終った服を、一回転してマリーに見せる。
「リリー。素敵よ。とっても可愛いわ」
「ありがとう……?」
あれ?私がお礼を言うのは変?
「これは、皆が私の為に頑張って作ってくれたんだよね?」
「リリーが着て完成するのよ」
私にぴったりなのは間違いない。
「マリーが納得できるもの、出来た?」
「もちろん」
良かった。
「さぁ、行きましょう」
マリーと一緒に、パーティションの裏に回る。
「エル。着替えたわよ」
出来上がった防具を見せる為に、エルとロザリーの前に行く。
「可愛い」
すぐ、言うんだから。
「……ありがとう」
……からかってないんだよね?
でも、デザインはすごく可愛いものに違いない。
エルが私の頬に触れる。
「似合ってるよ」
……嬉しい。
ホルターネックのワンピース。
伸縮性もあるし、動きやすいワンピースだ。
「軽い実験をするわ。リリー、そこに立って」
「狭いんだから、危ない実験はするなよ」
「心配ないわ」
広いところに立った方が良いよね。
って言っても、何もない場所は部屋の真ん中しかない。
そこに立つと、マリーが私に向かって炎の玉を投げた。
さっきと同じ。
炎に巻かれても、全然熱くない。
「大丈夫か?リリー」
「大丈夫。ちっとも熱くないよ」
「もちろんよ。設計通りに作れば……。えっ?リリー、これ、付けたままだったの?」
「え?うん」
マリーが私の腕を掴む。
そういえば、カーバンクルの腕輪、付けっぱなしだったよね。
「ここだけ熱くならなかった?」
「平気だよ。中に服を着てても大丈夫」
「不思議ね。編み方を変えたから平気なのかしら。……リリー、試しにマントを羽織ってみてくれる?」
「うん」
貰ったマントを羽織る。
私から少し離れて、もう一度マリーが炎の玉を投げると、体の周囲を炎が覆って……。
マントにも火が付く。
「わっ」
「リリー!」
マントが燃え上がったのと同じタイミングで、マリーが水の魔法を使ったのが見える。
「大丈夫っ?」
「大丈夫。全然、熱くなかったよ。それに……」
着ている服を見回す。
「見て。濡れてない」
「本当だわ」
これって、マリーの水の魔法も弾いたってことだよね。
髪も、足元も腕も、全部濡れてない。
ワンピース以外の場所にまで効果がある?
「直接身に付けてるものは、保護対象になるのかしら……。もう少し実験が必要ね。でも、エル、これで納得した?」
「もちろん」
エルも納得してくれたみたいだ。
「いい加減、俺もそれ、見せてもらえるんだよな?」
「あら。カミーユ、まだ居たの?」
「居るに決まってるだろ。誰がマリーを護衛の所まで送って行くと思ってるんだ」
「そういえば、そうだったわね」
オルロワール家の護衛の人は、王族の居室に入れない。だから、マリーが帰る時は、途中までカミーユさんが付き添いをすることになっている。
その後は、明日に備えて北にある兵宿舎に泊まるらしい。
「せっかくだから、雷の魔法ぐらい使ってもらおうかしら」
「はぁ?」
「やめろ」
「良いよ」
「リリー、何言ってるんだ」
「大丈夫。皆が作ってくれたすごい防具だって知ってるよ」
「駄目に決まってるだろ」
そんなに怒らなくても、大丈夫だと思うけど。
『そうだな。たまには魔法使うのも良いんじゃねーか?カミーユ』
「あー。わかったよ。ブレスト、もう一回顕現してくれ」
顕現?
そういえば、カミーユさんが魔法使うところって見たことないかも。
『何だよ。俺様に魔法使わせる気か?』
「さっきの炎の魔法ぐらいの火力で出来るか?」
『あんな弱っちぃ魔法で良いのかよ。ほら、リリー、行くぜ』
「うん」
一瞬、眩しい光が私を包む。
「!」
今のは、ちょっと目が痛かったかも。
でも、どこか痛い感じはないよね。
あ。マントは焦げちゃったみたいだ。
ブレストの魔法って、さっきの炎の玉より威力があったんじゃ……。
「マリー。すごいな。こんなものを完成させるなんて」
「え?……えぇ。当然よ」
マリーが驚いた顔をした後、微笑む。
すごく嬉しそうだ。
「あらゆる魔法に対抗する完璧な防具。虹のワンピースって所かしら」
『素敵だわ』
魔法だけじゃなく、色んなものを防げるすごい防具。
「これはリリーの物よ。自由に使って頂戴」
「良いの?」
「良いのか?」
「元々、リリーに渡す約束だもの。それに、これはエルとロザリー、カミーユの力を借りて作ったものよ。魔法研究所の成果として提出なんて出来ない。今度は、研究所で作れるものを目指すわ」
本当に良いのかな……。
でも、私のサイズで作ってあるなら、他の人が着るのは難しそう?
「マリー」
「まだ何かあるの?エル」
「ありがとう」
マリーが、また驚いた顔をしてる。
……そうだよね。
エルが誰かにお礼を言うのは珍しいことだって、マリーも知っているはずだ。
「当然よ。大切な親友の為だもの。リリー。エルなんかに付き合ってたら、命がいくつあっても足りないわよ。これが役に立つことを祈ってるわ」
「ありがとう、マリー」
マリーが、私の為に設計してくれた防具。
そして、皆が私の為に協力して作ってくれた防具。
こんなに心強いものなんて、他にない。
大事に使おう。
※
エルは、ラ・セルメア共和国と会議をする為に王都を出るらしい。
私も明日から出かけるから、また、しばらく会えなくなる。
……少し、寂しい。
「エルに、聞きたいことが……」
「何?」
「キマイラの倒し方」
「キマイラ討伐に行くのか?」
「うん」
他にも戦う相手は居るけど。詳しいことは話しちゃだめなんだよね。
「キマイラと戦ったのは学生の頃だから、詳しく覚えてない」
「えっ?子供の頃に戦ったの?」
「あぁ。メラニーに手伝ってもらって、無我夢中で戦ったんだ」
「怪我しなかった?」
「そんなに。かすり傷程度だ」
子供が戦えるような相手なのかな。
聞く限り、すごく怖い亜精霊だったと思うけど。
「キマイラは、四つの部位を持つ。山羊の頭には、強力な角が二本生えてる。獅子の頭は、ブレスを吐く。蛇の尻尾は毒のブレスを吐くから、食らったら厄介だな。後は、山羊の胴体。こいつの体当たりは強力だ。すべて独立した部位だから、一つずつ無力化させることも可能だ。あの時は、尻尾、山羊の頭、獅子の頭、山羊の胴体の順で倒したよ」
「胴体だけで終わりじゃないの?」
「胴体を倒せば消えるだろうけど。胴体以外の部位は大したダメージを与えなくても簡単に無力化できるから、状況に合わせて戦ったら良い」
上手く戦えるかな。
でも、頑張らなくちゃ。




