09 きるだけ?
ヴィエルジュの朔日。
「リリー、今日も外に出ないの?最終日なのよ?」
「朔日も三日も外に出たよ」
「昨日も一昨日も出てないわ」
だって。
外に出るのなんて無理。
マリーが言ってることが本当だとしたら、誰に何を聞かれるかわからない。
あの服を着る勇気だってないのに。
「キャロルだって出かけてないよ」
「喪中じゃ合唱団に参加できないもの」
「エルは死んでないのに?」
「死んだことになってるわ。さんざん色んな人にも聞かれたもの」
噂が広まってるって、シャルロさんも言ってたっけ。
「なんて答えてるの?」
「家に帰って来ないから分からないって答えてる。ルイスがそう答えれば良いって言ってたのよ。……いくらなんでも、エルが死んだなんて言いたくないわ」
そうだよね。
エルの姿はずっと見てないから……。
ルイスもキャロルも、信じてるけど不安なはずだ。
「ほかに、何か聞かれたりしない?」
「ほかのこと?……リリーのこと心配してる人も居たわ。でも、エルが帰って来ないから家から一歩も出てないって言ってる。だって、本当に家から一歩も出ないんだもの」
「舞踏会のことは……」
「誰にも言ってないわ」
「ありがとう」
舞踏会に参加したことは、秘密にしてもらっている。
「キャロル、ガレットデリュヌを焼こう」
「エルが居ないのに?」
「うん。ヴィエルジュの朔日にガレットデリュヌを焼くって、約束したから」
アレクさんは、エルには帰りたい日があるって言っていたから。
それは、きっと今日だ。
「カミーユさんも来るはずだよ」
「そうね。リリー、手伝うわ。一緒に作りましょう」
「マカロンも作ろうと思ってるんだ」
「マカロン?昨日も焼いたのに?」
「昨日は上手く行かなかったから、もう一度挑戦しようと思うの。レシピはカミーユさんから貰ったし、食べてもらいたいんだ」
「流石、カミーユね」
「なんで、お菓子作りが得意なのかな」
「女の子にもてるからじゃない?」
「えっ?」
「前にそう言ってたわ。本当、カミーユってそんなことばっかり言うんだから」
カミーユさん、本当に何考えてるかわからない人だな……。
※
キャロルと一緒にマカロンの生地を焼いて、ガレットデリュヌを焼く。
マカロンのクリームは後で作る予定だ。
それから、ガレットデリュヌの為のフランジパーヌを作る過程で余ったダマンドを、昨日焼いたクロワッサンに乗せて、クロワッサンアマンドを焼く。
残りのクロワッサンはサンドイッチにしよう。
ランチの準備も、もうすぐ完了。
「ルイスを呼んでくるわね」
「うん」
台所は甘い匂いで溢れてる。
エルは、この匂いに耐えられないんだろうな。
そうしたら、コーヒーを淹れてあげないと。
……エル。
帰って来るよね?
※
ランチを食べて部屋に戻る。
エルの部屋には、私の服をしまうクローゼットと姿見が増えた。
それから、結婚祝いにポリーが作ってくれた、うさぎのぬいぐるみのスピカ。私の姉のポリシアは昔から裁縫が得意で、良く私にぬいぐるみを作ってくれていたのだ。
ポリーは、もう王都から旅立ってしまった。南を旅して大陸を出るって言っていたけど、どこを目指してるのかな。
ベッドに座って、スピカを抱きしめる。
いつまで、こんなことが続くんだろう。
エルから何の連絡もないまま、お休みが終わってしまう。
一緒にお祭りを歩きたかったな。
……会いたい。
※
「リリー」
エル。
抱きしめて、顔をつける。
「起きて」
あれ?目の前に居るはずなのに、どうしてそんなところから声が?
目を開いて、声の方を見上げる。
「おはよう」
「える……?」
あれ……?
私が抱きしめてるのはスピカで……。えっと、目の前に立ってるのが……。
「ただいま」
「エル!」
いつも通りの微笑み。
夢じゃない?本当に?
エルに、抱きつく。
「おかえりなさい」
本物だ。
「ただいま、リリー」
「会いたかった」
「俺も会いたかったよ」
あぁ。エルが居る。
会いたかった。
だって、最後に見たのは……。
「大丈夫?怪我はない?」
「怪我?」
「ドラゴンと戦って、空から落ちたのに」
大きな怪我はしてなさそうだけど……。
「落ちてないし、怪我もしてない。アレクが助けてくれたから」
「転移の魔法陣で?」
「あぁ」
アレクさん、本当にエルを転移の魔法陣で助けたんだ。
「元気にしてたか?」
「寂しかった」
無事で良かった。
いつも通りのエルに会えて、本当に良かった。
アレクさんは何も教えてくれなかったから。
……教えてくれても良かったのに。
「ツァレンから聞いてると思うけど、しばらくアレクの仕事を手伝うことになったんだ」
ツァレンさんは、そんなこと言ってなかったけど。
「どんな仕事?」
「言えない」
「言えないの?」
「あぁ」
教えてくれないんだ。
ドラゴン退治と、婚約者騒動を潰すこと。
「一緒に居られなくて、ごめん」
「大丈夫。ちゃんと帰って来てくれたから」
「リリーのガレットデリュヌが食べたかったんだ」
「うん」
「何か困ったことがあったら、いつでも城に来て」
お城に行くってことは……。
「私は、あの……、喪服を着なくちゃいけないの?」
エルが急に私の肩を掴んで、私を見る。
「着て」
「えっ。あんな可愛いの、恥ずかしいよ」
喪服らしい服ならいくらでもあるはずなのに。
どうして、よりによってあれなの?
「協力してくれるだろ?」
「あれを着ることが、協力することになるの?」
「なるよ」
顔を上げてエルの方を見ると、エルがクローゼットを開いて服を選んでる。
……楽しそう。
やっぱり、それを選ぶんだ。
エルが選んだのは、私も一番可愛いなって思ってたもの。
戻って来たエルが、その服を私に着せる。
「あの、これ、どう考えても喪服じゃないと思うんだけど……」
「死んでないんだから、喪服じゃなくて良いんだよ。立って」
じゃあ、この服を着る意味なんてないよね?
立ち上がると、エルが後ろのリボンを結ぶ。
姿見越しにリボンの形が見える。すごく可愛い結び方。
どうして、そんなに上手に結べるんだろう。
エルが満足そうに私を眺める。
もしかして、エルって、私にこういう恰好させるのが好き?
私にこの服を着せたくて、死んだふりをしてるわけじゃないよね?
※
「おぉっ。可愛いな、リリーシアちゃん」
「カミーユさん……。見ないで下さい」
「相変わらず、きついね」
「あ、あのっ、そういう意味じゃなくて、恥ずかしくてっ」
台所に集まっている皆が笑う。
「リリー、ようやく着る気になったの?」
「似合ってるね」
「あの……」
「そういう時は、素直にありがとうって言ったら良いと思うよ」
「……ありがとう」
『リリーは、相変わらずルイスに弱いよね』
イリスの意地悪。
「さ、みんな集まったことだし、ガレットデリュヌを食べましょう」
「五等分って難しいね」
テーブルにはもう、今日焼いたガレットデリュヌが置いてある。
エルの隣に座ると、キャロルから包丁を渡される。
「リリーに切ってもらいましょう」
「そうだね」
「私、包丁は……」
「リリーシアちゃんは包丁が苦手なのか?」
「細かい作業は苦手なの」
「どう切ったって良いよ。失敗したらカミーユが食うだろ」
「お前なぁ」
「リリーシア、切って」
逃げ道を失う。
呼吸を整えて。
「うん。行くよ」
大丈夫。
斬るだけだから。
野菜を切るよりは簡単なはず。
包丁で、ガレットデリュヌを斬る。
『リリー、それ、切るって言うの?』
五等分。
薪を割るのとそう変わらないはず。
うん。良い感じ。
「綺麗な五等分だね」
「上手いもんだな。包丁、充分使えてるじゃないか」
「そうかな」
『リリー、使えてないからね』
「フェーヴに当たったら、フェーヴも斬れてそうだったけど」
「えっ。大丈夫かな」
「もう、ルイスったら変なこと言わないでちょうだい。お皿に分けるわね」
キャロルが、お皿に一つずつ載せて、コーヒーと一緒に配る。
「配ったわよ」
エルが咳払いをして、祈るように手を組む。
なんだか似合わない。
「月の女神よ。どうか家族が健康で平和に暮らせますように」
祈りを捧げるものなんだ。
どうか。エルが早く帰って来れますように。
「いただきます」
ガレットデリュヌの前で手を合わせる。
「ん。美味い」
良かった。
エルも一緒に食べられたら良いなって思ってたから。
「美味しいね」
「うん。おいしい」
「美味いなー。リリーシアちゃんはグラシアルの出身なのに、良くなんでも作れるな」
「ラングリオンのお菓子の本があったから……」
「そうだ。キャロル、製菓材料店の場所知ってるか?」
「イーストの?」
「いや、ウエストだ」
「知らないわ」
「僕は知ってるよ」
「意外だな」
「ジニーが行くからね」
「……お前、ジニーの作ったもの食って平気なのか」
「何が?」
「いや。知ってるなら、今度、リリーシアちゃんを連れて行ってやってくれ」
「良いよ。何を探して……」
「あ」
フォークに何か当たった。
ガレットデリュヌを見ると、白い陶器が出てくる。
キャロルと一緒に焼きこんだ、ベリエのフェーヴ。
「当たりだ」
「当たっちゃった」
「今年のフェーヴはリリーなのね」
「おめでとう、リリーシア」
「お守りにしな。良いことがあるぜ」
「ありがとう。大事にする」
でも、お守りなら、エルに持っていて欲しかったんだけどな。




