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旧作3-2  作者: 智枝 理子
Ⅰ.王都編
11/149

08 お手をどうぞ

「お迎えに上がりました」

「あの、断ったと思うんですけど」

「いいよ、連れて行って」

「えっ?ルイス?」

「そうよ。リリーったら、ずっと引きこもってるんだもの」

「キャロル?」

「エルに会えるかもしれないんだから、行ってきなよ」

「でも、」

「では、リリーシア様。こちらをお召しになってくださいね」

 そう言って、オルロワール家のメイドさんが私に栗色のかつらをかぶせ、服の上から全身を覆うローブを着せる。

「さぁ、参りますよ」

「いってらっしゃい」

「いってらっしゃい、リリー」

 どうして、こんなことに……。

 引っ張られるようにして、家を出る。

 

 今日は立秋の三日。

 お城で舞踏会がある日だ。

 マリーからの誘いは断っていたのに、メイドさんたちが押しかけてきて、ルイスもキャロルも助けてくれなくて。

 結局、オルロワール家に来てしまった。

 そして今、メイドさん達に囲まれて、舞踏会に行く準備をしている。

 ピンク色のドレスは、とても可愛らしいのだけど……。

「リリー。ずっと家に引きこもってるんですって?」

 マリーの言葉に、頷く。

「せっかくお祭りをやっているのだから、楽しみましょうよ」

「朔日に、ルイスとキャロルと一緒に見て来たよ」

「一日しか遊ばないなんて、もったいないわ。それに、可愛い喪服があるって聞いてるのよ」

 どうして知ってるの。

「あんなの、絶対着られない」

「リリーって、そればっかりね」

「ねぇ、マリー。私、喪中のはずなんだよ。舞踏会になんて参加できないよ」

「大丈夫よ。どうせ、エルが死んだなんて誰も思ってないわ」

「じゃあ、どうして死んだことにしなくちゃいけないの?」

「何か悪戯でも考えて、楽しんでいらっしゃるんじゃない?」

「エルが?」

「アレクシス様よ。前に話したでしょう?剣術大会のこと。きっと、また何かするつもりなのよ」

 アレクさんの悪戯に付き合ってるの?エル。

 それで、家に帰って来ないの?

「それに、アレクシス様の婚約者騒動で舞踏会は混んでるわ。来賓もすごく多いもの。リリーが行ったところで、誰も気にしないわ」

「婚約者騒動?」

「そうよ。アレクシス様の婚約者。今年中に決めるって陛下が意気込んでいらっしゃるの。アレクシス様は乗り気じゃないみたいだけど」

「本人が嫌がってるのに決めるの?」

「アレクシス様は今年で二十四歳。陛下もアレクシス様の味方でいらっしゃったから、本人の望まない婚約はさせないおつもりだったみたいだけど……」

 それって。

 自分が好きな人と結ばれなかったからかな。

「流石に考え直されたみたいね。本当に結婚するにしろ、しないにしろ。将来の王妃が決まっていないなんて、国にとっての懸念事項よ」

 そういうものなのかな。

「だから、舞踏会の参加者の気合いの入れようは違うってわけ。他国の姫が混ざってるって噂もあるぐらいよ」

「そんなにすごいの?」

「そうよ。だから、誰が混ざっても気にならないわ」

「でも、私、踊れないよ」

「そうなの?……意外ね。でも、ダンスに誘われたら断っちゃだめよ」

「どうして?」

「相手に恥をかかせるわ」

「踊れないのに誘いに乗るなんて」

「良いのよ。リリーが転んだら相手が悪いの。女性に恥をかかせるような男性って最低よ」

 それ、余計に誘いに乗っちゃダメなんじゃないかな。

「待って。このコサージュの方がリリーに似合うわ。変えてちょうだい」

「はい」

 着実に私の支度が進む。

 髪を結ばれて、化粧をされて、素敵なアクセサリーがつけられて。

「私、王都で黒髪の人を見たことがないの。目立たないかな」

「リリーの綺麗な黒髪を隠すなんてもったいないわ。そんなに目立つのが心配なら、目元を隠す仮面をつけたら?」

「仮面?」

 メイドさんが仮面を持って来る。

「仮面をつけている方がダンスに誘われにくいもの。丁度良いかもしれないわね」

 蝶の形をした仮面だ。

 仮面を顔に合わせると、私の後ろに居たメイドさんが、仮面のリボンを結んで固定してくれた。

「仮面をつけている人も居るの?」

「既婚者は仮面をつけて参加することが多いのよ」

 そうなんだ。

「さ、準備もできたし出かけましょうか」

「うん……」

 鏡の中の自分を見つめる。

 ピンク色の可愛いドレスに、お姫様みたいな髪型。

 いつもの私じゃないみたい。

「エルに会えるかな」

「会えるかもしれないわ」

 会いたい。

 

 ※

 

 お城までの、ほんのちょっとの距離を馬車で移動して。

 馬車から降りるのに手間取っただけで、マリーとはぐれてしまった。

「大広間までご案内いたします」

 馬車が止まったのは幅の広い階段の前だ。

 ここはもう、お城の中。

 この上に大広間があって、そこで舞踏会が開かれているらしい。

 夜なのに、きらきらしてて。まるで、物語の中に入ったみたいだ。

 優雅な音楽が聞こえる中、転ばないように気を付けて、メイドさんに捕まりながら歩く。

 ……これは、物語のようには行かないよね。

 慣れないドレスに慣れない靴で階段を上るのは難しい。

「お嬢様。私がご案内いたしましょうか」

「えっ。あの……」

 ごめんなさい。そう言おうと思って顔を上げた先に居たのは。

「ルシアンさん」

 エルの友達。エルの養成所の同期で、魔法研究所で働いている人だ。

「久しぶりだな」

「お久しぶりです」

「マリーに連れて来られたんだろ?」

「はい」

 仮面つけてるのに。私だって、すぐにばれちゃった。

「メイドに手を引かれてたら知らない男に声をかけられるぜ。大広間まで連れて行ってやろうか」

 知っている人が一緒の方が心強いかも。

「お願いします」

 ルシアンさんの手を取る。

「では、お嬢様を宜しくお願い致します」

 メイドさんが頭を下げて去って行く。

「あの、私、ドレス苦手なの。転んじゃうかもしれないから……」

「大丈夫だって。転ばないように支えるから。マリーは先に誰かに連れて行かれたんだろ?」

 周りを探してもマリーの姿は見えない。

「マリーと一緒に居たら大変だったぜ。すぐにマリーの周りには人だかりが出来るからな」

「マリーって、すごくもてるから?」

「美人の才女で、オルロワール家のご令嬢。それで婚約者も居ないんだから」

「それって、アレクさんと同じ状況?」

「……たまに、君がすごく恐ろしく思えるな」

「え?」

「あの馬鹿のせいだろうけど。アレクシス様をそう呼べるのって、そんなに居ないぜ」

 名前で呼ぶように言ったのはアレクさん自身なんだけど。

 言わない方が良いかもしれない。

 

 ルシアンさんに手伝ってもらって、ようやく階段を上りきる。

 大広間の入口の扉は、見上げるほど大きい。中の様子も、とても煌びやかだ。音楽もさっきより華やかに聞こえる。

 これが、舞踏会。

「で?どこで待ち合わせなんだ?」

「待ち合わせ?」

「マリーの奴、何も言わずに行ったのか。……あ。あれだな。マリーは、あの中に違いないぜ」

 入口付近に、人だかりができている。

 ここからじゃ見えないけど、マリーはあの中心に居るってこと?

「すごいね」

「どうせ、しばらく出てこないだろ。シャルロのところに連れて行ってやるよ」

「あ、待って」

 転んじゃう。

「ほら。ちゃんと捕まってな」

「ありがとうございます」

 誰かに手を引いてもらわなきゃ、本当に歩けない。

「どうせだから、一曲頼もうか」

「え?」

「踊ってくれないか」

「私、踊れません」

「断るなら手を離すぜ」

 どうしよう。

 こんなところで一人にされたら……。

「適当に合わせてくれたら良いって」

 ルシアンさんが、すでに何組もの人がダンスを踊っている大広間の中へ私を連れて行く。

 大丈夫かな。

 腰を引き寄せられて、左腕をルシアンさんの背に回す。

 ルシアンさんの左手の上に、右手を乗せる。

「あの……」

 どうしよう。

 エル以外の男の人と、こんなに近くに居るなんて。

「あー。これは、可愛いな」

 可愛い?

 顔を上げて、目があった瞬間。右手が引かれて体が動く。

 右へ、左へ。回って、進んで。

 体が勝手に動く。

 引かれた方に。

 音楽のリズムに合わせて。

 動く。踊る。

 あ。楽しいかも。

「踊れるじゃないか」

「そんなことないです」

 ルシアンさんが、上手くエスコートしてくれるから。

 マリーが言ってたのって、こういうことなんだ。

「このまま、あっちに行こう」

 あっちって、どっちだろう。

「シャルロは、いつも同じところに居るんだ」

 一緒に踊りながら移動する。

 すごい。こんなに人が居るのに、誰ともぶつからずに踊ってる。

 あっという間に大広間の中心に来て、踊りながら更に移動する。

 どこもかしこも、きらきらしてて、とても綺麗。

 ドレスがリズムに合わせて揺れる。

 

 そして、解放された。

「リリーだぁ」

「リリーシア」

「ユリア、シャルロさん」

「マリーの奴。本当に連れて来たのか」

 大広間の入口は、ずっと遠い。私、ここまで踊って来たんだ。

「リリー。ルシアンなんかに引っかかったのぉ?」

「なんかとはなんだよ」

「えー、違うのぉ?」

「マリーとはぐれちゃって、ルシアンさんに、ここまで連れて来てもらったんだ」

「そうなんだぁ」

「ほら。踊ろうぜ」

 ルシアンさんが、ユリアに手を差し伸べる。

「ふふふ。良いよぉ」

 ユリアが、ルシアンさんの手を取って音楽に乗る。

 綺麗。

 皆、上手に踊れるんだな。

「それで?マリーはどうしたんだ」

「えっと……。広間の入口で囲まれてたみたい?」

 シャルロさんがため息を吐く。

「学習しない奴だな。また、フェリックス王子と揉めてるのか」

 フェリックス王子って、この国の第一王子だよね?

「どういうこと?」

「王子はマリーのことを気に入ってるんだ。何度もマリーに求婚して断られてる」

「えっ。そうなの?」

「舞踏会でマリーが逃げ回ってるのは、いつものことだ」

 もしかして、馬車を下りてすぐに居なくなったのも、逃げたから?

「踊れないのに、こんなところに来てもつまらないだろう」

「私が踊れないってわかる?」

「ルシアンに引っ張り回されてるようにしか見えなかったぞ」

 その通りだから困る。

「私、マリーには断ったんだけど……」

「あいつは強引だからな」

「エルを見かけなかった?」

「あいつは、ここには来ない。死人が来れば目立つ」

「……そっか」

 エル、居ないんだ。

「エルが死んだことって、そんなに広まってるの?」

「正確には、エルは堀に落ちたはずなのに見つからないって噂だな。それが人に伝わる過程で、死んだってことになってる」

「そうなんだ」

 なら、死んだことにする必要なんてないと思うけど。

 というか、誰も死んだなんて思ってないよね?

 どうして、こんなことになってるのかな。

「気になるなら、アレクシス様に聞きに行けば良いじゃないか」

「アレクさんに?」

「陛下と一緒にいらっしゃる」

 大広間の奥、一段高くなった場所で、アレクさんと国王陛下が並んで椅子に座っている。

 初めて見た。ラングリオンの国王陛下。

 威厳があって、でも、優しそうな雰囲気もある方だ。アレクさんと良く似てる気がする。特に、目元の辺りが。

 アレクさんの後ろには、ツァレンさんが立っている。その隣には、青いマントの騎士が居る。こっちは、レンシールさんかな。二つ名の青藍がマントの色を表すなら、きっとそうだよね。

 アレクさんの前に来た男女が、アレクさんに礼をする。貴族の挨拶かな。男の人は、腕を軽く曲げて、ツァレンさんみたいな礼の仕方だ。女の人は、ドレスを軽くつまんで、とても優雅な仕草で頭を下げている。何か話してるみたいだけど、アレクさんは、せっかくの挨拶をつまらなそうにあしらっている。

 新年のお祝いなのに、すごく機嫌が悪そうだ。

「会いに行きたいのか?」

「行きたいけど……」

 貴族でもないのに会いに行って良いのかな。

 今は、不機嫌みたいだし……。

「連れて行ってやろうか」

「え?」

 シャルロさんが手を差し出す。

「踊れなくても大丈夫?」

「そんなことは聞いてないぞ」

 どうしよう。

 でも、エルのことを一番知ってるのはアレクさんだ。

 聞きに行かなきゃ。

「はい。お願いします」

 シャルロさんの手を取る。

「少し遠回りになるな」

 貴族の人って、みんなダンスに慣れてるんだな。

 ちゃんと、着いて行かなくちゃ。

 待って。

「あ」

 転ぶ。……と思った瞬間、シャルロさんが私の背を抱いて、回る。

 あれ?

 不思議。転びそうだったのに、音楽に逆らうことなく踊り続けてる。

 何が起こったのかわからない。

「靴が脱げたら、すぐに言え」

「……はい」

 気をつけなきゃ。

「シャルロさんは、エルに会った?」

「会うわけないだろう。謁見の用事はない」

 謁見に行けば会えるってこと?

 そういえば。

「カミーユさんは来てないの?」

「あいつは、こういう行事には参加しない」

 ちょっと意外。

 ……勘当されてるから?

「カミーユさんの家って、厳しい?」

「あいつの家は騎士の名門だからな」

 騎士……。

「カミーユさんって、強い?」

「リリーシアが勝負を挑んでも、あいつは戦わないぞ」

「どうして?」

「女性に手を上げたら騎士じゃないからな」

「女性は騎士になれないの?」

「なれる」

「騎士なら女性でも戦うの?」

 シャルロさんが眉をしかめる。

「騎士の事ならカミーユに聞け」

 今度、聞いてみよう。

 そうだ。

「エルの好きな食べ物知らない?」

「……あいつは、気に入った食べ物は飽きるまで食べ続ける。今、何が好きかなんて知らないな」

「それって、飽きたら嫌いになるってこと?」

「嫌いにはならないだろうが、一番好きな食べ物ではなくなるだろうな」

 食べ続けてるものが、好きな食べ物……?

 こだわって食べてるようなものなんて、あったかな。

「着いた。手を取れ」

 ダンスを止めて、シャルロさんの右手に左手を乗せる。

 挨拶に来てる貴族は居ないみたいだ。

 シャルロさんと一緒にアレクさんの前に行って、礼をする。女性は、ドレスを軽く持ち上げるんだっけ?これで良いかな?

「シャルロ。久しぶりだね」

 アレクさんが微笑む。

「お久しぶりです。アレクシス様」

 あれ?機嫌が良くなってる?

「私も一曲踊ろうかな。彼女を借りても良いかい」

「……はい」

 シャルロさんが脇に避けて、アレクさんが立ち上がる。

 そして、私に手を差し伸べる。

「踊っていただけますか」

 絶対、断れない。

「はい」

 アレクさんの手の上に、自分の手を重ねる。

「あの、私……」

「おいで」

 抱き寄せられて、顔を見上げる。

 菫の右目と碧い左目。

 こんなに間近で見るの、初めてだ。

 すごく綺麗な人。

 あまりにも見惚れてしまって、自分が躍っていることに気付かなかった。

「背筋を伸ばしていると綺麗に見えるよ」

 思わず、体が緊張する。

「大丈夫。私の目を見て」

 目が離せない。

「曲が終わるまでなら、質問を聞くよ」

「あの、」

「ただし、私が答えられるものだけだ」

「エルは無事ですか」

「答えられないな」

 答えられないの?

「お城に居るの?」

「どうだろうね」

 答える気、あるのかな。

「意地悪」

 アレクさんが楽しそうに笑う。

「それは質問かい」

「違います。エルは何をしてるの?」

「教えられないな」

「いつまで死んだことになっているの?」

「二か月ぐらいかな」

 二か月って、ヴィエルジュとバロンス全部?

「エルに会いたい」

「会えるよ」

「いつ?」

「帰りたい日があるみたいだよ」

「え?」

 帰りたい日?

 その日には帰って来るの?

「いつですか」

「いつかな」

 教えてくれないんだ。

 でも、二か月間ずっと会えないわけではなさそう。

 質問を変えよう。

「あの服、喪服ですか?」

「喪服だよ」

 喪服なんだ……。

「着なきゃだめですか」

「着てほしいな」

 ほしい?

「着なくても良いんですか?」

「作り手が残念がるだろうね」

「誰が作ったんですか?」

「秘密」

 言えないの?

「エル?」

 また、アレクさんが笑う。

「エルじゃないよ。……君は本当に面白いね」

 そんなに笑わなくても。

 でも、ちゃんと答えてくれることは答えてくれるみたいだ。

 質問の仕方次第。

 どうやったらエルのこと聞けるかな。

 ……そうだ。

「リュヌリアンは何処にありますか」

 エルの居場所。

「私の宝物塔にあるよ」

「宝物塔?どうしてそんなところに?」

「預かっているんだ」

「エルは持ち歩いていないの?」

「外に出る時には持って行くんじゃないかな」

 あ……。

 ということは、エルは今、お城に居るんだ。

「いつ持ち出すの?」

「未定だね」

 未定……?

 さっきと言い方が違う。

 リュヌリアンを持ち出すのは、エルが家に帰る日じゃない。

「持ち出す予定があるの?」

「あるよ」

 旅に出る予定があるってこと?

 どこに?

 ……わかった。

 エルは、リュヌリアンでドラゴンと戦っていた。

「エル、ドラゴン退治に出かけるの?」

 アレクさんが微笑む。

「秘密」

 そうなんだ。

「私も行きたい」

「それは質問かな」

「ドラゴンがどこに居るか教えて」

「調査中だよ」

「わかったら教えてくれますか」

「教えられないな」

 やっぱり、教えてくれない……。

 どうにか情報を集める方法、ないかな。

 冒険者ギルドや盗賊ギルドに行けば聞けるかも。

「そろそろ時間だね」

 最後の質問。

 何にしよう。

 そうだ。

「ドラゴンの弱点を教えて」

 アレクさんの瞳が大きく開く。

「首の付け根に心臓があるよ」

「ありがとう」

「決して、一人で挑まないようにね」

「はい」

「良い返事だね」

 曲が終わって、ダンスも終わる。

「ありがとうございました」

「それじゃあ、シャルロのところに行こうか」

 アレクさんが私の手を引いて歩く。

 ……あれ?

 ものすごく、注目されてる?

「シャルロ。彼女を頼むよ」

「はい」

「楽しかったよ。いつでも会いにおいで」

 剣花の紋章を持ってるからかな。

「はい」

 アレクさんを見送っていると、急に手を引かれる。

「来い」

「え?」

 シャルロさん?

 早足で連れて行かれた先に、マリーが居た。

「マリー」

「早く連れて帰れ」

「わかったわ」

 今度は、マリーに手を引かれる。

「いらっしゃい。急ぐわよ」

「どうして?」

「裏に行け。……場所は、わかるだろ?」

「えぇ。ありがとう」

 手を引っ張られて、転びそうになりながら、急いでマリーの後を追う。

「あっ」

 靴、脱げちゃった。

「シャルロさん、」

 気づいてくれると良いけど。

 大広間では、さっきとは違う曲が流れ始めた。

 壁際を歩きながら、脇にある扉の前に着く。

「開けてちょうだい」

「はい」

 マリーに言われて、扉を守っていた兵士が扉を開く。

 扉の先は、長い廊下だ。

「待って、マリー」

 速足で歩くマリーに、急いでついて行く。

「リリー、目立ち過ぎよ」

「え?」

「アレクシス様だって。どうしてこんなこと……」

「?」

「今日の舞踏会は、アレクシス様の婚約者探しも兼ねてるって言ったじゃない。アレクシス様は、今日一度もダンスをしていないのよ。なのに、リリーはアレクシス様と曲の終わりまで踊り通した。しかも、大広間のど真ん中で!」

「えっ」

 そうなの?

「意味、解るわね?」

 全然気づかなかった。

 すっごく注目集めてたんだ。

「喪中の私が舞踏会に参加してるって、ばれちゃったかな」

「問題はそこじゃないわ。アレクシス様が踊っていた相手が誰なのか、すぐにみんな調べるわよ」

「わざわざ調べるの?」

「アレクシス様が舞踏会で見初められた相手なのよ。当たり前じゃない」

「見初められたって……」

「シャルロが何とかしてくれることを祈りましょう」

「え?」

「ほら、急いで」

「待って」

 そんなに、急げない。

 

 ここって、お城のどの辺なのかな。

「あれー?マリーちゃん。どうしたの?」

 目の前から、書類の束を持った女の人が歩いてくる。

「メルティム。あなた、新年の休みに仕事してるの?」

「アレク様の秘書官に休みはないのですー」

「相変わらず忙しいのね」

「アレクさんの秘書官?」

「あ。はじめまして。皇太子秘書官メルティムでーす。相棒はタリスちゃん。アレク様ってば人使いが荒いんですよー。新人君が入っても楽にはならないんだよね。……ところで、黒髪のお姫様。あなたのお名前はー?」

「リリーシアです」

「やっぱり。愛しのリリーちゃんだねー。顔がちゃんと見えないのが残念だけど。コーヒーでも飲んで行く?きっと、執務室の士気が上がると思うなー」

「急いでるのよ。また今度にして頂戴」

「残念だなー。きっと喜ぶと思うのにー」

「もう行くわ」

「あっ」

 急に手を引かれて、転ぶ。

「リリー、走る時はドレスの裾を持ってね」

「メイドでも呼んであげようかー?」

「大丈夫よ。馬車を待たせてあるから」

 マリーに引っ張られながら、走る。

 

 ※

 

 どこを通ったかわからないけれど、庭に出た。

「待って、マリー」

 あっ。

「いたっ……」

 何か踏んだ。

「大丈夫?リリー」

「大丈夫」

 靴を両方とも落として来ちゃったんだ。

 一つは大広間で、もう一つは……?

 さっき、廊下で転んだ時?

 薔薇が咲く庭を通り抜けた先には馬車があった。

「マリアンヌ様」

 オルロワール家のメイドさんだ。

 これ、さっき乗って来た馬車?

「リリー、先に乗って」

「うん」

 メイドさんに手を引いてもらって、馬車に乗る。

 すぐにマリーも乗って、扉が閉まると同時に馬車が動き出した。

 お城の中って、馬車が通れる場所が結構あるのかな……?

 私の前に座ったマリーが、急に笑い出す。

「リリーと居ると、本当に何が起こるかわからないわ」

「……ごめんなさい。こんなに早く帰ることになっちゃって」

「良いのよ。リリーこそ、ダンス、上手いじゃない」

「え?私、全然踊れないよ」

 シャルロさんにも、引っ張り回されているようにしか見えなかったって言われたのに。

「アレクシス様とリリーのダンス、とても素敵だったわ」

「私、何もしてないよ。アレクさんについて行っただけだよ」

「本当に踊れないの?」

「うん」

「ずっと見つめ合ってたのに、良く転ばなかったわね。二人だけの世界で、誰も近寄れなかったわ」

「だって、アレクさんが目を見てって言うから……」

「それでずっと見つめ合っていたの?まるで恋人みたいだったわ」

「えっ」

 そんなつもり、全然ないのに。

「あの……。エルが知ったら怒るかな」

「怒って良いのはリリーの方じゃないかしら」

「え?」

「今、どこで何をしてるかわからないんでしょう?」

「……うん」

 ドラゴン退治をするみたいだけど……。

 ドラゴンの居場所は調査中だ。

 それなら、見つかってから準備をして出発すれば良いだけだよね?死んだことにする必要なんてない。

 もしかして、ドラゴン退治以外にも、することがある?

―何か悪戯でも考えて、楽しんでいらっしゃるんじゃない?

「悪戯って何かな」

「エルと一緒に婚約者騒動を潰そうとしていらっしゃるんだと思っていたけれど」

「潰す?」

「今までにも何度かあったのよ。婚約者の話し。でも、その話しが上る度に、アレクシス様は城から抜け出すの」

「逃げてるの?」

「そうよ。さっき話した通り、陛下の御咎めはないもの。本人が不在では婚約者の話しも進めようがないわ。……アレクシス様が城から抜け出すのを手伝っているのは、エルに違いないのだし、また二人で何かしようとしてるのよ」

 そういえば、エルってアレクさんの頼みは何でも聞くみたいだったよね。アレクさんもエルのこと大事にしてるみたいだし……。

「エルとアレクさんってそんなに仲が良いの?」

「アレクシス様がエルを弟と呼んで可愛がってるのは、王都の人ならみんな知ってることよ」

「そうなの?」

「えぇ。フラーダリーがエルを連れて来てからずっと。二人は実の兄弟みたいに仲が良いの」

 そうなんだ。

 だから、みんな信じてるのかな。

 アレクさんが傍に居るなら、エルは死ぬわけないって。

「リリー、巻き込まれたんだわ」

「えっ?」

「私が舞踏会に連れ出したせいね……。ごめんなさい」

「謝らないで、マリー。ダンス、楽しかったよ」

「そう?」

「それより、巻き込まれたってどういうこと?」

「エルが死んで、アレクシス様が未亡人のはずのリリーに手を出したって話し。すぐに広まるんじゃないかしら」

「え?」

 何?それ。

「本当は剣術大会で決まると思っていたのだけど。アレクシス様が事前に婚約者を用意しようとしてる可能性があるわね」

「あの、どういう意味?」

「リリー、剣術大会の優勝者に与えられる報酬が何か知っている?」

「えっと……。国王陛下が、優勝者の願いを何でも聞いてくれるんだよね?」

「そうよ。陛下は剣術大会の優勝者が望めば、皇太子の婚約者を決めるとおっしゃったの」

「そんなお願いも聞いちゃうの?だって、アレクさんは相手を選べないってことだよね?」

「もちろん、そんな願いを貴族が出せば、不敬行為で爵位をはく奪されかねないわ」

 何でも願いが叶う割に、暗黙の制限があるんだ……。

「でも、陛下の呼びかけなら正当な理由があるもの。年頃の姫を抱える貴族は、皆、参加するんじゃないかしら」

「……なんだか可哀想かも」

 結婚する人を自分で選べないなんて。

「だから、エルはアレクシス様に協力してるのよ。アレクシス様が望まない婚約者を作ることのないように。……剣術大会の前に婚約者が決まってしまえば、婚約者を願いになんてできないもの。きっと、リリーに婚約者になってもらおうとしているんじゃないかしら」

「えっ?」

「ほら、リリーは未亡人で今は夫が居ないのよ。エルを死んだことにして、アレクシス様と婚約して。剣術大会が終わってからエルが生き返れば婚約は解消」

 そういえば、エルが死んだことになってる期間って、二か月ぐらいって言ってたよね?

 今はヴィエルジュで来月は剣術大会のバロンス。

 アレクさんが言ってたことにも合致する。

「私、嘘でもアレクさんと婚約なんてしないよ。いくらエルが死んだことになってるからって、エル以外の人と一緒になるなんて嫌だよ」

「それは、エルに言ったらどう?」

 エルに会いに行くには、お城に行かなくちゃいけない。

 でも、今、私がお城に行ったら、アレクさんに会いに行ったって思われるんじゃ……。

 あれ?

 私、お城に行けない?

 


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