116 ばらの花
昼食会が終わって、マリーの部屋へ。
マリーの部屋は、いつも優しい薔薇の香りであふれている。
「リリー、ちょっと待っててね」
「うん」
すぐに、マリーがメイドさんたちに囲まれる。
「晩餐に使う食器は……」
「装花についてですが……」
「音楽は……」
「待って。順番に聞くわ」
忙しい時に来ちゃったな。
リックさんを迎える為の準備がたくさんあるらしい。
「誰か、リリーに紅茶を用意して頂戴」
「かしこまりました。……リリーシア様、こちらへ」
メイドさんの一人が案内してくれたのは、大きな本棚の横にある丸いテーブル。
ここは、マリーが読書をしながら紅茶を楽しむ場所だ。
大きな本棚には専門書はもちろん、マリーの趣味の本もたくさん置いてある。
本棚は、好みが一番出る場所だよね。
エルの本棚は専門書ばかりだったっけ。
マリーの本棚は、薔薇に関する本も多い。
それから、物語も。
トリオット物語も綺麗に五冊並んでる。
今度は何を借りようかな……。
「どうぞ」
紅茶とお茶うけがテーブルに並ぶ。
「ありがとうございます」
良い香りの紅茶。
お茶うけは、ベリーのジャムと薔薇の花びらのジャム、それからジンジャミエル。
どれも試してみたいけど、今はお腹がいっぱいだ。
椅子に座って、まだ忙しそうなマリーを見ながら紅茶を飲む。
リックさんが来る前に話しが出来るかな。
マリーの気持ちをちゃんと知りたい。
『リリー、こっちに来て』
ナインシェが手招きをして飛んでいく。
ついて行くと、マリーの机で止まった。
『散らかってるね』
『マリーは忙しいのよ』
高く積まれた本に、机一杯に広げられたノートや専門書。
なんだか勉強中のエルみたい。
こんなに散らかってるのなんて、初めて見た。遊びに来る時は、いつも綺麗にしてるから。
マリー、家でも、こんなに頑張ってるんだ。
『ここに手紙が入ってるわ』
ナインシェが、薔薇の取っ手が付いた可愛い引き出しを指す。
『手紙って?』
『フォション辺境伯の姫からもらったものよ』
「え?」
『ちょっと待ってよ。人の机を勝手に開けろって?そんなことをさせる為にリリーを呼んだっていうの?』
『でも、あの手紙が原因なのは確かなのよ』
手紙……。
―マリーは嫌味な手紙を貰ったじゃない。
ナインシェがさっき言ってたのだよね。
『お願い、リリー。手紙を読んで。何が書かれていたか知りたいの』
ナインシェは文字が読めないから、マリーが貰った手紙の内容を知らない。
でも。
「ごめん。ナインシェ」
ナインシェが肩を落とす。
『だめなのね』
『当然だよ』
「手紙を見ても、マリーの気持ちは理解できないと思う。マリーが手紙は関係ないって言うのなら、本当の理由は別のところにあるんじゃないかな」
『そうかしら』
ナインシェが本棚の上の方に行く。
そこには、枯れた花が入った花瓶が飾られている。
『これはね、マリーが最初にもらった薔薇なのよ』
「リックさんから?」
ナインシェが頷く。
『大事に取っておこうとしたけれど、上手に加工できなかったの』
赤だったと思えないほどくすんだ色の一輪の薔薇。
『次に会った時、リック王子は薔薇を三本くれた。マリーはそれを押し花にしたわ』
『薔薇って押し花にできるの?』
『出来るわ。でも、失敗したの。形も悪いし、色も悪くなってしまった。おまけに、本も駄目にしてしまったのよ』
『失敗してばっかりだね』
「イリス」
その言い方は酷いと思う。
イリスが肩をすくめる。
『次に貰った薔薇は五本。リック王子が、上手な加工方法を教えてくれたわ。天井に飾られているのがそうよ』
ナインシェが指した方を見上げると、薔薇が吊るされている。
「上手くいったんだね」
『えぇ。だから、そのまま飾ってあるわ。……その次は七本。お風呂に浮かべて楽しんで、乾燥ポプリにしたの。次は九本。モイストポプリを作ったわ』
「マリーは、ポプリを作るのが上手いんだよね」
『花の妖精が褒めるぐらい上手なのよ』
『すごいね』
『そして、十一本。加工して、髪飾りにもなるコサージュを作ったわ』
確か、それは見たことがある。
マリーがたまに髪に飾っているものだ。
『本数に何か意味があるの?』
『マリーがもらった薔薇の本数を足してみて』
本数は、全部奇数だった。
一本、三本、五本、七本、九本、十一本。
合わせると……。
「三十六本」
プロポーズに使う本数だ。
ナインシェが頷く。
『次に会ったのは、マリーが養成所を卒業した後。リック王子は赤い薔薇を三十六本持ってきてくれたの。それが、初めてプロポーズされた日なのよ』
まるで詩みたいだ。
『でも、マリーは断った』
「どうして?」
『それは……』
「魔法研究所で働くと決めていたからよ」
その声に、振り返る。
「マリー」
用事は終わったのかな?
「リック王子にも伝えてあったわ。だから、結婚を申し込まれるなんて思っていなかった。……断ったら、王子は待つと言ってくれたの」
リックさん。
待つつもりだったなら、どうしてプロポーズなんてしたんだろう。
「でも、彼女はそれが気に入らなかったみたいね」
「彼女?」
マリーが机の引き出しから手紙を出す。
「フォション辺境伯の姫君からの手紙よ」
『ナインシェが読みたがってた奴だ』
「これには、リック王子の為に早く結婚して欲しいと書いてあったの」
「応援してたってこと?」
『本当に?』
「彼女は、王子が恋人と一緒に居られないことを不憫に思っていたみたいね。……私は学生で、王子と毎日会える関係ではなかったから。結婚すればそれが解消されるはずなのに、王子よりも仕事を選んだ私に不満があったのよ」
『結婚を急かしてたってわけ』
『そんなの、その子には関係ないことでしょう。マリーとリック王子が決めることよ』
「でも、彼女の意見はもっともよ。私は研究を続けたい。この先も王子との結婚なんて選べないわ」
えっと……。
「リックさんからプロポーズされて、待つことにして、フォション辺境伯のお姫様から手紙を貰って……。次に会った時に、別れようって言ったの?」
「次に王子に会ったのは新年よ」
「新年?養成所の卒業って春だよね?秋まで会えなかったの?」
「そうよ。お忙しい方なの。手紙のやり取りはしていたけれど、直接会えたのは新年ね」
リックさん、そんなに忙しい人なんだ……。
こんなに長い間会えないなんて。
断られるってわかっててもマリーにプロポーズしたのは、やっぱり一緒に居たかったからなのかな。
「その時に、結婚は出来ないって言ったわ」
あれ?
「結婚は出来ない?別れようって言ったんじゃなくて?」
マリーが少し考えて、頷く。
「そうね」
『薔薇はちゃんと受け取ってたけれど』
『また?そんなんだから、リックは諦めないんだろ』
「リックさん、別れたと思ってないんじゃないかな……」
「そんなことないわ」
そうかな……。
―今日こそは連れて行くからな。
―行くわけないじゃない。
―今日こそは色良い返事をくれるんだろうな。
―何度も言ってるわ。私、行く気はないもの。
リックさんとマリーのやり取りは、いつもこう。
「あのね。私、リックさんって、毎回、プロポーズしてるわけじゃないと思うんだ」
『え?』
「どういう意味?」
「私、リックさんが結婚してくださいって言ってるの聞いてないよ」
『そういえば、結婚しようって言われたのは最初だけね』
『そうなの?』
「ほら。リックさんが言ってるのって、連れて行くとか返事をくれとかだよ。マリーだって、行かないしか言ってないよね?」
「だって、リック王子は、それしか言わないんだもの」
やっぱり。
「リックさんは最初の約束の通り、マリーを待ってるだけなんだよ」
「私、結婚するつもりはないってはっきり言ってるわ」
「本気でそう思ってるなら、薔薇を拒否しなきゃ駄目だよ」
『そうだよね』
『そうね』
「それは……」
マリーが黙る。
「花に罪はないわ」
『また、それ?』
マリーは、薔薇を拒否することも、結婚することも出来ない。
「結婚すれば、マリーのやりたい研究って出来ないの?」
「出来ないわ」
『即答だね』
駄目なんだ。
「これでも、悩んで出した答えなのよ」
マリーがため息を吐いて、部屋の奥に歩いていく。
「私の研究は、魔法研究所でしか出来ないの。あれだけの設備と人材がそろった場所なんて何処にもないのよ」
マリーは王都を離れられない。
でも、リックさんは王都に居られない。
「ユリアにもセリーヌにも言われたわ。仕事は失っても取り戻せるけど、愛は一度失えば取り戻せないって」
『あ。リックを好きなことを否定しなくなったね』
好きなのは、明らかだよね。
「それでも、私が選んだのは仕事なの」
マリーが部屋の奥のカーテンを開くと、光が射す。
「わぁ……」
なんて、綺麗なんだろう。
薄暗いところにあるのに淡く輝く衣装。
私は、この光を良く知ってる。
「光の精霊と同じだ」
優しい黄色の輝き。
「リリーが言うのなら、大成功ね」
「どういうこと?」
「これは、光の魔法を織り込んだ光のドレスなの」
マリーが楽しそうにドレスを撫でる。
「マリーが作ったの?」
「そうよ。私の研究は、魔法の力を持った防具の作成なんだもの」
宝石でもないのに、明るい場所でもないのに輝いているなんて不思議。
これが魔法の力?
「触っても良い?」
「もちろん」
柔らかい絹のような手触り。
「ナインシェ以外の光の精霊の助けも借りながら作っているのよ。新しい研究結果が出るたびに、ほどいてやり直してを繰り返しているから、まだ完成は見えないのだけど」
あれ?
「研究所では、もっと高度な技術で作っているわ。最新のものだと……」
最近、これと同じような変わった手触りのものを触ったような……。
「どうしたの?何か気になる事でもある?」
「手触りが不思議だなって」
「流石、リリーね」
マリーが微笑む。
「これは特殊な糸を使っているのよ。製法は秘密だけど」
『研究所の最先端の技術なんだろうね』
これが、マリーのやりたいこと。
研究所にはマリーが必要なんだ。
「マリアンヌ様」
「ロジーヌ?」
ロジーヌさんだ。
いつ部屋に入って来たんだろう?
「どうしたの?急ぎの用事?」
「はい。フェリックス様とエルロック様がおいでです」
「え?もう?」
「エルも?」
エル、今日はリックさんと一緒に居たの?
叙任式では見かけなかったけど……。
また、変装でもしてたのかな。
「お父様たちは?」
「御家族は誰も戻られておりません。今は応接室でお待ちいただいております。いかがいたしましょう」
「私が対応するわ。薔薇のお部屋にカルテットのメンバーを揃えて。音楽室で練習中のはずよ。それから、お茶の準備を。軽めの焼菓子で良いわ」
「かしこまりました」
ロジーヌさんが部屋に居たメイドさんに指示を出しに行く。
「もう。こんなに早く来るなんて。予定が滅茶苦茶だわ」
「少しでも長くマリーと一緒に居たいんだよ」
リックさんは、明日には出発しなくちゃいけないから。
「それでも、私は……」
「マリアンヌ様」
指示を出し終えたロジーヌさんが戻って来る。
「どうしたの?ロジーヌ」
「エルロック様が図書室をご覧になりたいとおっしゃられております」
「え?だめよ」
「どうか、御許可を」
ロジーヌさんが頭を下げる。
「何言ってるの。ロジーヌだって、エルを入れたらどうなるかわかってるでしょう」
エルが散らかすことって、どこでも有名なんだ。
「御予定を変更していただき、フェリックス様のお相手をお願いしております」
マリーが頭を抱える。
「そういうこと。うちにある本ならほとんど読んでるはずなのに、何の用があるって言うのよ……」
オルロワール家の図書室って、相当な量の本があると思うけど……。
「良いわ。目的の本だけ用意するって交渉してくる。メルリシア姫もお使いになるのだから、図書室に入れるのは無理よ」
「勝手な約束をしてしまい、申し訳ありません」
「良いのよ。王子を放っておくわけにはいかないもの。私も支度を急ぐわ」
「支度?」
『着替えるのよ』
「正式な晩餐の衣装にね」
『また着替えるの?』
「でも、返事はどうするの?」
「最初から決まっているわ」
マリーがやりたいことは王都にある。
リックさんがやらなければいけないことは、王都から遠く離れた場所にある。
……私が出来る事って、何だろう。
マリーはすごく悩んで、この結果を一人で選んだ。
一人で?
そうだ。
まだ、やれることがある。
「マリー。このドレスって、着られる?」
「もちろんよ。裁縫が得意なメイドの助言も貰っているから、ちゃんと着られるわ」
「じゃあ、これを着て待ってて。私、リックさんを呼んでくる」
「えっ?私が着るの?」
「もちろん」
「だめよ。こんなの着られないわ。未完成なのよ」
『着られるって言ったのに』
「マリーがやりたいこと、ちゃんとリックさんに知ってもらおうよ」
「私がやってることなんて、いつも話してるわ」
『話してるんだ』
『王子が聞いて来るんだもの』
リックさん、ちゃんとマリーがやってることを聞いてるんだ。
「だったら、尚更、これを見せようよ。マリーがやってること、聞くだけじゃなくて、見てみたいって思ってるよ」
「だから、これは未完成なのよ」
「私、好きな人が頑張ってるなら応援したい。私に出来ることが全然なくても、それで長い間会えなくなっても。私、エルのそういうところも好きなの」
「応援?ないがしろにされているだけじゃない。リリーは、自分を置いて、ふらふらしてるような相手を許せるの?」
あれっ?
―リリーは、自分を置いて、ふらふらしてるような相手を許せるの?
「それ、前にも私に言ったよね?」
「そうだったわね……」
マリーも気づいたらしい。
そっか。これが、マリーが一番気にしてたことだったんだ。
「離れていても、エルは私のことを考えてくれてるよ。会えなくても、好きな人は好きな人のままだ」
―リリーは強いわ。
「マリーだって、そうだよね?」
マリーが首を振る。
「違うわ。私、勝手なのよ。自分のやりたいことを優先してる。王子の気持ちを無視して……」
「そんなことないよ。いつも、薔薇を大事に受け取ってる」
「私、薔薇を貰う資格なんてないのよ。なのに……」
「良いんだよ、マリー。リックさんはマリーのことが好きなんだもん」
―これは、最愛の人へ贈る特別な花束なんだ。
「マリーが受け取ってくれて、リックさんはすごく嬉しいと思う」
だって。
薔薇を受け取ったマリーは、いつもあんなに幸せそうに微笑むんだもん。
「だから、着替えて待っててね」
「えっ?待って」
リックさんを呼んでこなくちゃ。
「誰か、リリーを止めて!」
「あ、」
扉に辿り着く前にメイドさんたちに捕まってしまった。
どうしよう。
振り返ってマリーを見ると、マリーが腰に手を当てる。
「リリー。応接室がどこにあるかわかっているの?」
「あ」
そうだ。
マリーが笑う。
「困った子ね。一人で行くなんてだめよ。ロジーヌ、リリーを応接室に案内して頂戴」
「かしこまりました」
『流石、マリーだね』
連れて来て良いってことだよね?
「ありがとう。マリー」
ロジーヌさんが手を叩く。
「さぁ。マリアンヌ様のお仕度の手伝いを」
「はい」
メイドさんたちが揃って返事をして、私を開放する。
「リリーシア様、参りましょう」
「はい」
待ってて。マリー。
※
ロジーヌさんの案内で、応接室へ。
「エル、リックさん。マリーの部屋に来てもらえる?」
エルがコーヒーカップに口をつけたまま、こちらを見る。
あれ?眼鏡?
「マリアンヌ様の許可は得ております。どうか、いらっしゃって頂けますでしょうか」
ロジーヌさんがそう言って頭を下げると、エルがカップを置いて立ち上がる。
「行くぞ、リック」
エルに促されて、ようやくリックさんが立ち上がる。
「わかったよ」
良かった。来てくれるみたいだ。
……あれっ?
リックさん、今日は薔薇を持ってない。
マリーに会いに来てるのに、どうして?
ロジーヌさんの後に付いて歩きながら、眼鏡をかけているエルを見上げる。
「今日はリックさんと一緒だったの?」
「いや。王立図書館に居たんだ」
「そっか。だから、眼鏡をかけてたんだ」
気が付いたエルが、眼鏡をはずす。
「何か調べてたの?」
「トリオット物語を読んでたんだ」
「えっ?トリオット物語?」
どうして、そんな急に?
しかも、トリオット物語を?
物語なんて全然興味ないはずじゃ……。
「全部読んだの?」
「いや。王立図書館で四巻まで読んだんだけど、五巻がなかったんだ。マリーなら持ってると思って来たんだよ」
「そうだったんだ。トリオット物語なら、マリーの部屋に全巻揃ってたよ」
さっき、本棚で見たばかりだ。
「ロジーヌ、悪かったな。図書室に用はない」
「いいえ。お探しの本を御用意出来そうで安心しました」
ロジーヌさんが安心したように胸を撫で下ろす。
……皆、エルに本を触らせたくないんだな。
ロジーヌさんの案内で、マリーの部屋に戻ってくる。
マリー、着替え終わったかな。
「フェリックス様。エルロック様。申し訳ありませんが、少々、こちらでお待ちくださいませ」
「ん」
「別に良いぜ」
「ありがとうございます。リリーシア様は私と御一緒に」
「うん」
ロジーヌさんと一緒に部屋に入る。
「わぁ……」
輝く光のドレス。
「マリー、すごく綺麗だよ」
「その評価は凄く嬉しいのだけど……」
マリーが、スカートの端を掴みながら俯く。
「リックさんを呼んでくるね」
「待って。もう少し心の準備をさせて」
マリーが深呼吸をする。
あ。そうだ。
「マリー、トリオット物語の五巻を借りても良い?」
「え?良いけれど……」
ロジーヌさんが本棚から本を持って来る。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
トリオット物語の最終巻。
「まさか、それがエルの探してた本?」
「うん」
マリーが驚いた顔をして、それから頷く。
「負けてられないわ」
「え?」
「大丈夫よ。扉を開いて頂戴」
いつもの自身に満ち溢れた声で、マリーが言う。
「うん」
ロジーヌさんと一緒に扉を開く。
「準備できたよ」
部屋の中が見えるように、外に出てエルの傍に行く。
「マリー?」
リックさんが驚いた顔でマリーを見てる。
マリーがリックさんの方を見て、それから私を見る。
大丈夫。頑張って、マリー。
マリーが頷いて、深呼吸をしてから口を開く。
「ごめんなさい。ドレスを作る予定なのだけど、未完成なの。これが今、私がやっている仕事よ。私の研究を話したところで、何も変わらないのはわかっているわ。でも……」
「何も言わなくて良い」
リックさんがマリーのところまで歩いて、マリーの手を取る。
「結婚式は、このドレスを着てくれ」
「え?」
「ドレスが完成するまで、いくらでも待つ」
「そんな。いつになるかわからないわ」
「それでも」
「だって、伯爵としての責任が……」
「だったら、俺は自分の発言に責任を持つ」
リックさんが何か出す。
あれは、指輪?
「結婚を申し込んだ時に言ったはずだ。好きなだけ、好きなことをやって良いって。今、形になりかけているものを手放す必要なんてない」
「でも……」
「待つって言っただろ?しおれた薔薇なんて欲しくない。その輝きのまま、俺のところに来てくれ。完成したドレスと一緒に」
急に、エルに腕を引かれる。
……そっか。ここに居たら邪魔だよね。
気付いたナインシェが、私の方に来る。
『ありがとう』
それだけ言って、ナインシェがマリーの方に戻って行く。
リックさん。
指輪を渡すつもりだったから、薔薇を持って来なかったのかな。
マリーは薔薇を断らない。
でも、指輪は……。
私、手伝えたのかな。
どうか、二人が幸せになりますように。




