115 冠りもの
逃げなきゃ。
……追いかけてくる。
「どっちに逃げれば良い?」
『ええと、とりあえず、人の多いところを通って行ったら?』
「うん」
どうしよう。ここ、どこ?
「ごめんなさい」
さっきから、人にぶつかってばかりで、上手く前に進めている気がしない。
追いかけてくる気配を引き離してる感じもない。
誰かに助けを求める?
でもそれが、城の人間だったら?
『リリー、追いつかれちゃうよ』
魔法使い特有の光。
あちこちに見える光は、どれも城の人間と同じに見えて。
どうしよう。
頼れそうな人を探せない。
……あれ?
何?あの、強い光。
初めて見る。
赤い……。
『あ』
ぶつかる、と思った時には、ぶつかっていた。
「いってぇ」
赤い光。なんてすごい魔力。
城にもたくさん魔法使いはいたけれど、こんな輝き、見たことがない。
「助けて」
私の声に、金髪の魔法使いが振り返って。
濃い紅の瞳と目が合う。
あ……。
その瞳に、吸い込まれる。
どうしよう……?
「……ったく」
何かが地面にぶつかって割れる音がしたかと思うと、辺りに煙が立ち込めた。
「来い」
驚いている間もなく、左手を引かれる。
そして、一緒に走る。
……助けてくれたんだ。
「ありがとう」
この出会いは運命だって思ってた。
「あなたじゃないと、だめなんだ」
※
「おはよう。エル」
「おはよう」
あれ?
「いつ帰って来たの?」
急に、エルが笑い出す。
「昨日の夜だよ」
『リリーが寝てる間に決まってるだろ』
それぐらい、わかってるけど。
エルが私の頬をつつく。
「起こしてくれても良かったのに」
「おかえりって、ちゃんと言ってくれただろ」
そんなこと、言った?
『言ってたよ』
イリスの声に、エルの周りに居る精霊たちが頷く。
言ったらしい。
そんなに遅い時間に帰って来たのかな。
もしかして、私が急かしたせい?
「ごめんなさい。無理させて」
そんなつもりはなかったのに。
「無理なんてしてないよ。早くリリーに会いたかったんだ。着替えて朝食にしよう」
エルが着替えを探しにクローゼットの方へ行く。
「今日の予定は?」
今日は……。
「カーバンクルの腕輪が出来たから、王妃様のところに取りに行く予定だよ」
急ぐ必要はないみたいだけど、早めに行った方が良いよね。
「なら、この辺にしておくか」
そう言って、エルがワンピースを出す。
私の服を選んでいたらしい。
でも、どうしてワンピース?
「私、近衛騎士だよ?」
エルが、襟と裾のフリルが可愛い紺色のワンピースとボレロをベッドの上に並べる。
「近衛騎士の仕事を頼まれてるのか?」
仕事?
アレクさん、マリユスには朝食が終わったら来るように言ってたけど、私には……。
「だったら非番だ。これで良い」
私、休みなの?
あ。でも。
「主命があるよ」
「主命?」
「エルと一緒に砂漠の封印の棺を封印し直して欲しいって」
私も着替えなくちゃ。
「棺の正確な場所は?協力を頼める精霊は居るのか?」
「場所は聞いてないけど、風の大精霊は王都に居るかもしれないんだ」
暖かい生地の服だ。
ボレロの袖はベルスリーブになっていて可愛い。
足を少し動かしてみる。
……スカートは、少し長めかな。
「誰か、見かけたことはあるか?」
『ないわ』
『ないな』
『ジオは?』
『ないよー。でも、オイラたちは賑やかなところが好きだからねー。王都は結構、風の大精霊が好きな場所だと思うよー』
ラングリオンの王都は、私が見たどの場所よりも精霊や妖精がたくさん居る。
精霊は、活気があるところが好きだよね。あれ?逆なのかな。精霊がたくさんいるから活気がある?
「頼りに出来るのはリリーだけだな」
「えっ?」
私?
頼られてる?
「うん。頑張るね」
足を引っ張らないようにしなくちゃ。
顔を上げると、エルと目が合う。
……あれ?
「こっちに来て」
「うん」
リボンを掲げて見せるエルの方に行く。
エルに背を向けると、エルが私の腰にリボンを結ぶ。
それから、頭も。
隣に置いてある鏡越しにエルを見る。
……何か、変。
エルの手が止まって。
少し間を置いてから、エルが私を抱きしめる。
「エル?」
なんだろう。この違和感。
いつもと違うこと……。
そっか。
今日は、いつもみたいに、からかってこない。
「リリー。愛してる」
その、口調。
……エルの馬鹿。
振り返って、エルを抱きしめる。
「私も、エルが大好き」
何かあったんだ。
また、私に関すること?
だったら、聞いても答えてくれないんだろうな。
※
食堂は朝からたくさんの人で賑わっている。
「ビュッフェ形式なんだよね?」
「あぁ。何でも好きなものを選んで良い。食器はここ。席も自由だぜ」
エルからトレイを渡されて、その上にお皿、フォークとスプーンが乗る。
何を食べようかな。
大きな長いテーブルの上には、肉料理に豆料理、パンにサラダに果物……。色とりどりの食べ物がずらりと並んでいる。流石に、朝から甘いデザートはなさそうだけど。
大きな鍋の前には長い行列が出来ている。一番人気は温かいスープらしい。給仕の人が順番にスープを配っている。
確かに、寒くなると温かいものが欲しくなるかも。
一通り回った後、最後に列に並んでスープを貰って、ようやく空いている席に着く。
「すごい人だね」
「毎日こんな感じだ。城で働くつもりなら、慣れておいた方が良いぜ」
あれ?エルのトレイには、パンが二種類とスープ、林檎が二切れしか乗ってない。
食欲もないの?
「コーヒーを二つ」
「かしこまりました」
顔を上げると、メイドさんが歩いて行くのが見える。
「今の人は?」
「給仕係だよ。飲み物は注文しておけば持って来てくれる」
そういえば、スープ以外の飲み物はなかったかも。
「誰が給仕係なの?」
メイドさんの恰好をした人も食事をしてるから、ちょっとわかりにくい。
「首から注文用の札をぶら下げてて、室内用の帽子をつけているのがそうだ。ここで食事をするなら帽子を外すのがマナーなんだよ」
周りを見ると、食事をしてる人は誰も帽子をつけてない。
そういえば、スープの給仕をしている人も帽子を被っていたよね。
働いている女の人は、フリルの白い帽子を被って、黒いワンピースの上に白いエプロンをつけてる。お城で良く見るメイドさんと同じ服装。やっぱり帽子で見分けるしかなさそうだ。
男の人は、白いコック帽……?違う。あれはベレー帽かな?それを被って、白いコックコートに黒いパンツ姿だ。
……あれ?
今、飛んでた光の精霊って、ナインシェ?
目で追うと、マリーの姿も見えた。
そっか。マリーたちも昨日、エルと一緒に帰って来てるんだよね。
『エル、リリー』
気づいた二人がこっちに来る。
「おはよう。エル、リリー」
「おはよう、マリー」
「おはよう。昨日は帰らなかったのか?」
「リック王子の伯爵叙任式が今日行われるんだもの。その準備で大忙しよ」
「え?今日なの?」
「随分急だな」
「始めから、帰還次第すぐにと言われていたみたいなの」
リックさん、そんなに忙しいのに、マリーの為に一緒に来てくれたんだ。
「あの派手な頭はどうするんだよ」
「鬘を被るような人じゃないもの。そのまま出席するんじゃないかしら」
流石に、女の人の恰好はしないよね……?
「明日には領地へ出立の予定よ」
「え?明日?」
明日には、もう行っちゃうの?
「マリー、良いの?」
「何が?」
―そろそろフォション辺境伯の姫君との結婚を考えてるのかもしれないし。
「リックさん、他の人と結婚しちゃうかも……」
「リリー、一人で王妃の居室まで行けるか?」
「えっ?」
「え?」
何の話し?
『無理じゃない?』
あれ?エルの近くにナインシェが居る。
「マリー。リリーを王妃のところに案内してやってくれ。カーバンクルの腕輪を取りに来いって言われてるんだ」
「そうなの?今日は王妃様もお忙しいのよ。朝食が終わったらすぐに行った方が良いわ」
「じゃあ、リリーを頼むぜ。俺はこれから別の用がある」
「もう。勝手なんだから」
ナインシェがマリーの方に戻ってきた。
椅子が動く音がしてエルを見る。
あれしか食べてないけど、お腹いっぱいになったのかな。
「リリー、後で迎えに行くからマリーと一緒に居て」
「後でって?」
「今日の夜」
夜まで忙しいってこと?
「わかった」
『なら、ボクはリリーと居るよ』
『イリスちゃん、後でねぇ』
空いている私の食器も一緒に持って、エルが行ってしまう。
「食器は自分で片づけるの?」
「自分で片づけても良いけれど、すぐに給仕が片づけに来るわよ。ここでは、席を立てば席がなくなるの。たとえ食事の途中だろうとね」
『暢気におかわりなんてしたら、席がなくなっちゃうんだね』
気を付けないと。
「どうぞ」
メイドさんがコーヒーをテーブルに置く。
さっきエルが注文したものだ。
「ありがとうございます」
「砂糖とミルクはいかがいたしましょう」
私は要らないけど……。
マリーを見上げる。
「要らないわ」
そう言って、マリーが椅子に座る。
良かった。せっかく淹れてもらったコーヒーは無駄にならなそうだ。
隣のテーブルの人が席を立ったのを見て、給仕の人がすぐに片づけに行く。
……食堂には一人では来ないようにしよう。
「食後のコーヒーも飲まずに行くなんて。急ぎの用でもあるの?」
どうなんだろう。
今日の予定は聞いてない。
「エルと喧嘩でもした?」
「えっ?してないよ」
「そうなの?」
マリーがエルの方を見る。
エルは食器を片付けると、真っ直ぐ食堂から出て行った。
『そういえば、今日はマリーと喧嘩しなかったね』
『マリーはエルと喧嘩してるつもりなんてないわよ』
「いつもより元気がないのは確かだけど」
「え?病気ってこと?」
マリーが苦笑する。
「そうじゃなくって。……エルって、いつもリリーと居ると表情が柔らかいのよ。なのに、今朝はそうじゃなかったから」
今朝の様子がいつもと違うのは、私も気になっていたことだ。
「マリー。昨日、何かあった?」
「昨日?」
『何もなかったと思うけど』
イリスは、エルが言いたくないことは私に教えてくれないから当てにならない。
「ほとんど別行動だったからわからないわ。合流した後は、真っ直ぐ帰って来たもの」
「真っ直ぐ?帰りは遅かったんじゃないの?」
「時間が遅くなったのは、エルが間違えて実験段階の呪文を使ったせいよ」
「間違えた?」
エルが?
「どんな呪文?」
「教えられないわ。使うなって言われているの。エルでも失敗するんだもの」
「え?失敗?」
「そうよ。よっぽど早くリリーに会いたかったのね」
「私に?」
マリーが微笑む。
「そうよ」
『そうね』
『朝も言ってただろ』
それは、嬉しいのだけど……。
呪文を間違えるなんて、エルらしくない。
大丈夫かな。エル。
こんなことなら、朝のうちに何があったか聞いておくんだった。
※
マリーと一緒に王妃様の部屋へ。
カーバンクルの腕輪を受け取った後、マリーと一緒に丁寧にお礼を言って、早々に退散する。
「素敵ね。リリーに似合ってるわ」
「ありがとう、マリー」
マリーと一緒に歩きながら、カーバンクルを使った銀の腕輪を眺める。
思った以上に腕に馴染む仕上がりだ。形状はもちろん、私の肌に馴染む色合いの銀を選んでいるところもとても良い。
それに、この可愛い装飾。少しいびつなカーバンクルの形を、凝った銀細工が滑らかに優しく包んでいる。
こんな短期間で、原石の特徴をここまで生かした腕輪を作れるなんて。
「もうちょっと話をしたかったんだけど……」
「また日を改めて伺ったら良いわ。王妃様は、叙任式の御準備とリック王子を送る昼食会の御準備があってお忙しいのよ」
すごく忙しいらしい。
取りに行くの、今日じゃない方が良かったかな。
でも、礼儀正しいマリーが一緒だと心強いよね。今日はちゃんと敬語を使えていたと思う。
「マリーは、これからどうするの?」
「伯爵叙任式に出席するわ。リリーも出席するでしょう?」
「私も?」
「アレクシス様と一緒に。そういえば、エルも出席するはずよね。サボる気かしら」
『サボりそうだね』
リックさんは明日には居なくなっちゃう。
でも、伯爵叙任式があって、その後は王妃様と昼食会。
「もう、リックさんに会えないのかな」
『王子は、晩餐にオルロワール家に来る予定よ』
良かった。
「ちゃんとマリーに会いに来てくれるんだね」
「違うわ。伯爵の務めで、お父様と話し合わなければならないことがあるだけよ」
『違うわ。マリーに会いに来るって言っていたでしょう』
『言ってたよ。返事を聞きに来るって』
イリスも聞いてるってことは、昨日の内に約束してたんだ。
「さっきの話だけど、マリーはリックさんが他の人と結婚しちゃっても良いの?」
「もちろんよ。アレクシス様が婚約者を選ばれたのだから、リック王子も御結婚を考えなければならないでしょう。伯爵というお立場になられるのなら尚更、結婚も急がなければならないわ」
『リックの婚約者候補なんて居るの?』
イリスは知らない話しだっけ。
「マリーがリックさんと結婚しないのは、フォション辺境伯のお姫様に遠慮してるから?」
『誰?』
マリーが驚いて、立ち止まる。
「リリー、知ってるの?」
「うん」
『リック王子の幼馴染よ。辺境伯も二人の結婚を望んでいたの』
『何それ。完全に外堀が埋まってるじゃん』
「関係ないわ。フォション辺境伯の事情ぐらい、私だってリック王子とお付き合いする前から知っていたもの」
『嘘。マリーは嫌味な手紙を貰ったじゃない』
「嫌味な手紙?」
「変なことを言わないで。ナインシェは手紙の内容を知らないでしょう」
文字を読める精霊は、そんなに居ない。
イリスは読めるけど。
『読まなくてもわかるわ。手紙を貰ってからマリーの態度が変わったじゃない』
「違うわ。結婚を断ったなら、恋人関係も解消するべきと思っただけよ」
あれ?
「でも、マリーは結婚を断ってないよね?」
「断ってるわ」
「いつもリックさんの赤い薔薇を受け取ってるのに?」
ラングリオンでは、結婚するつもりがないなら赤い薔薇を受け取っちゃ駄目なはずだ。
マリーが視線をそらす。
「花に罪はないわ」
『それ、理由になってる?』
「理由になってないよ」
「王子の薔薇は素敵よ。私は、あれがどれだけ大切に育てられているか知っているもの」
リックさんが大事に育てた薔薇を断れないなら、リックさんのことを大事に思ってるってことだと思うけど。
それって、やっぱり好きってことじゃないのかな。
でも、結婚したくない理由はありそうだ。
「手紙には、なんて書いてあったの?」
「大したことじゃないわ」
『そんなはずないわ』
「あれは関係ないの」
「マリアンヌ様!」
呼ばれて、マリーと一緒に振り返る。
「間もなく式典が始まります!急いでお支度を!」
「え?もう?」
「早く着替えないと。リリー、あなたもアレクシス様のところへ行った方が良いわ」
『リリー、一緒に来て』
ナインシェ。
……決めた。
「私、今日は非番なの。マリーについて行く」
「非番?」
風の大精霊探しはエルと一緒じゃなきゃできないんだから、大丈夫だよね。
「わかったわ。でも、リリーも着替えるのよ」
「え?」
「ほら、早く」
少し遅れて、メイドさんとマリーに付いて走る。
「マリアンヌ様。本日は、メルリシア姫様も昼食会を催したいとおっしゃられております。いかがいたしましょう」
「前に仰られていたものね。もちろん、参加するわ。リリーも行くわよね?」
「うん?」
メルの昼食会?
「旦那様が、晩餐の御準備はマリアンヌ様に一任すると仰られております」
「それなら、今の内に決められることは決めちゃいましょう」
「では、テーブルクロスですが……」
『忙しそうだね』
『そうよ。でも、リリーに一緒に居て欲しいの』
ナインシェが私の傍に来る。
『今日は一日リリーを貸してって、エルにお願いしたのよ』
そうだったんだ。じゃあ、エルは今日……?
『マリーはリック王子のことが大切なのよ。このまま離れちゃうなんて寂しいわ。お願い、リリー。マリーを助けてあげて』
『責任重大だね。そんなこと、リリーに任せて大丈夫なの?』
『大丈夫よ。だって、リリーって縁結びの加護があるんでしょう?』
「え?」
縁結び?
『何それ?』
『精霊が噂してたわ』
噂……?
そうだ。
「風の大精霊って見たことある?」
『え?風の大精霊?……ちょっと待ってて』
ナインシェがマリーの中に入って、メリブを連れて戻ってくる。
『メリブが知ってるみたい』
『砂漠でも見かけた風の大精霊なら、王都にも良く来ているようね』
『砂漠に王都?行動範囲が広いね』
『風の精霊だもの。大陸中移動してるわ。……会いたいの?』
『協力して欲しいことがあるんだよ』
『そう。今度会ったら伝えておくわ』
『こっちは急ぎの用があるんだよ。知ってることがあったら教えて』
『何を聞きたいの?』
『そうだな……。外見の特徴は?』
『精霊に人間的な特徴を聞くと言うの?』
ジオが、エルとレイリスが似ていることに気づかないぐらいだ。
たいていの精霊は、あまり人の顔に興味がなさそうだよね。
『髪の色と長さ、瞳の色ぐらいは教えてよ』
『風の精霊だもの。翡翠の瞳と茶色の髪よ』
風の精霊の特徴は、ルイスとキャロルと同じだっけ。
『髪は長いこともあれば短いこともある。最後に会った時は長かったわ』
精霊って、髪の長さを自由に変えられるものなの?
『そうだ。知り合いなら、名前も知ってるんじゃない?』
『名前?……そうね。リリーになら教えても大丈夫かしら。デルファイよ』
風の大精霊、デルファイ。
『人間からは、デルフィって呼ばれているわ』
『人間に馴染んでるってこと?』
『えぇ。人間や精霊から聞いた噂話をたくさん教えてくれるわ』
いろんな場所を移動して情報を集めるなんて。
「冒険者でもやってるのかな」
『ふふふ。そうだったら面白いわね』
『他に知ってることってある?』
『珍しいものを集めるのが好きみたいよ。後、可愛いものも。買い物が好きって言っていたわ』
『なんだか女の子みたいな精霊だね』
おしゃべり好きで、可愛いものが好き。
キャロルみたいな精霊を探せば良いってこと?
※
伯爵叙任式。
着飾った人たちが大勢集まっている謁見の間は、舞踏会のように華やかだ。
『ほら。転ぶよ』
気を付けて歩いてるのだけど。
マリーに指示されて着替えることになったドレスは、かなり動きにくい。
周りを見ると、エルが今朝用意してくれたような服装の人も居るのに。
私、着替える必要あったのかな……。
「お兄様、遅くなって申し訳ありません」
ようやく、アルベールさんとレオナールさんが居る場所に着く。
「リリーシア?アレクと一緒じゃなかったのか」
「今日は……。仕事を頼まれてないんです」
アルベールさんが笑う。
「まぁ、その恰好の方がエルが喜びそうだな」
そうかな……。
「見て。あれが伯爵冠よ」
玉座の脇。
陛下の近衛騎士が守る豪華な台の上に、宝石がたくさん散りばめられた冠が置かれている。
冠があるってことは、叙任式って、戴冠式みたいな感じなのかな。
「少しデザインが古いでしょう。代々伯爵の名と共に伝わる伯爵の証で、当主だけが身に付けることのできる冠なのよ」
確かに、華美過ぎるデザインも、宝石のカットの仕方も、少し古い感じがする。
でも、あれだけ大きな真珠が飾られているなら、今でも相当な価値があるものに違いない。
周りを見渡す。
あれ?周りの人が身に着けているのは、そんなに古い感じがしないよね?
「あの冠は特別なものなの?」
マリーが苦笑する。
「違うわ。正式な冠は特別な時にしか身に着けないものなの。貴族がつけているのは略式冠と言って、爵位に応じたルールの範囲で自由に作ったものなのよ」
「今、身に着けてるのは、自分好みに作った物ってこと?」
「そういうこと」
「アルベールさんとレオナールさんはつけないんですか?」
二人が笑う。
「公式な場で冠をつけられるのは当主だけだ」
「オルロワール伯爵だけ?」
「例外として、略式冠は一代限りの冠だから、当主の座を譲った貴族も身に付けて良いことになってるんだよ」
老齢の人で冠を被っているのは爵位を譲った人?
あ。でも、あの人は現役のはずだ。
「フォション辺境伯は?」
「今日はいらっしゃっていないわ。急な叙任式だから、王都に居る貴族しか集まっていないの」
本来だったら、もっとたくさんの人が来てるってこと?
ここには、これ以上、入らないんじゃないかな。
「あら。何かしら」
謁見の間の入口の方が、ざわついてる。
みんなが驚いた顔で見ている先に居るのは……。
『アレクだ』
アレクさんがロザリーと一緒に歩いて来る。
後ろには、グリフ、ロニーとマリユス。
エルは居ない。
目の前を通ったアレクさんが、一度こちらを見て微笑む。
ルキアも私に気付いてくれたけど、ロザリーは緊張しているのか気づかずに通り過ぎた。
皇太子一行が来たからざわついてたのかな。
それにしては、皆、驚いた顔をしてる気がするけど。
ロザリーが一緒だから?
……そんなことないよね?
「アレクシス様が冠をお付けになるなんて、どれぐらいぶりかしら」
「冠?」
アレクさんの頭には、瑠璃があしらわれた冠が載っている。
―喪中の王族や貴族は冠をつけないんだよ。
そういえば、フラーダリーが死んでから、ずっとつけてなかったんだっけ。
「めでたい式になりそうだな」
アルベールさんの表情が和らぐ。
そっか。
ようやく、アレクさんも気持ちに区切りがついたんだ。
―一生忘れない。
―ずっと、後悔し続ける
……エルは、まだみたいだよね。
※
叙任式が終わって、着替えを済ませてからマリーと一緒にオルロワール家へ。
『慌ただしいね……』
今度はメル主催の昼食会。アリシアも来てるらしい。
「リリー!」
部屋に入ると、メルが私に飛びつく。
「久しぶり。メル、アリシア、フィオ」
「リリーも一緒だったのか」
「予定が合ったのよ」
「マリー、リリーを連れて来てくれてありがとう。でも、料理は一人増えても大丈夫?ちゃんと準備できてるかな」
「一人増えたところで問題ないだろう。シェフに伝えて来るよ」
そう言って、アリシアが部屋を出る。
『今日は、マリーだって忙しい日なのに。別の日にずらせなかったの?』
「マリーにグラシアルの料理を紹介しようと思って、頑張ったんだもん」
「私が居ない間に、色々準備してくれていたのよね」
『準備したのはオルロワール家だけどね』
「うん」
『メルのわがままを通したって言うの』
『大陸会議で使う資料と一緒にグラシアルから届いた食材もあったからね。今日じゃないと出せないメニューもあるんだ』
「そうなの。マリーに是非食べてもらいたいんだ」
『で?グラシアル風の料理なんて、誰が作るのさ』
「一緒に来たシェフ見習いだよ」
『異国の文化を学ぶ良い機会だからね。メルの同行者は多いんだ』
「そうなんだ」
護衛の人ばかりじゃないらしい。
『見習いに任せて大丈夫なの?』
「大丈夫よ。材料の準備も料理の監督もオルロワール家の料理長が取り仕切ってくれているから」
ノックがあって、扉が開く。
「リリー。久しぶりね」
「ポリー」
「えー。ポリーまで来ちゃったの?」
「どういう意味よ」
「こんなに人数が増えちゃったら、マリーの為の昼食会が滅茶苦茶だよ」
「どぉして私だけのけ者にしようとするのよ。リリーだって後から来たはずよ」
「リリーは良いの!」
『また始まったよ』
「二人とも、喧嘩しないで」
「リリーは黙ってて!」
「リリーは関係ないの!」
「でも……」
またノックがあって、アリシアとコック帽をかぶった子が入って来る。
「失礼します」
「ジョージ」
「ジョージ?」
『ジョージ?』
「自己紹介を」
「はい」
アリシアに促されて、黒髪の男の子が頭を下げる。
「はじめまして。昼食会の料理を担当させて頂くジョージと申します」
「よろしくね」
この子がシェフ見習いなんだ。
「あの、メルリシア様。御相談があります」
「わかってるわ。ポリーが来たせいで、料理が滅茶苦茶なのね?」
「そういうわけでは……」
「メル。ちゃんと話を聞け」
「はぁい」
「ジョージ、続けてくれるか」
「はい。お食事は、お料理を大皿に盛り、皆様でオープンサンドを作る形式に変更してもよろしいでしょうか」
「えー」
「あら。良いんじゃない?良く、みんなでそうやって食べたじゃない」
懐かしい。
皆で中庭に集まって食べるランチは、いつもそんな感じだった。
「でも、それじゃ、ラングリオンみたいに豪華な感じにはならないよ」
「楽しければ良いじゃない」
「私も、グラシアルの料理が色々出せて良いと思うよ」
「リリーまでー?」
「どうするんだ?メル」
『反対なのはメルだけだよ』
「むー。マリーはどう?」
「もちろん、構わないわ」
「そうなの?……じゃあ、それで決まり。ジョージ、サルモとポテトのディルマリネは忘れないでね」
「はい。お任せください。では、準備して参ります」
そう言って、ジョージが部屋を出る。
『ジョージかぁ』
イリスがため息を吐く。
「どうしたの?」
『リリーはさ。なんで、エルにジョージのことを教えてあげないの?』
「え?」
ジョージって、あのジョージのこと?
わざわざ教えるようなことじゃないと思うんだけど……。
エルは、どうしてそんなに知りたいのかな。




